見渡す限りの暗闇が広がっていた。
常闇、と称せる程にどこまでも深く、底のないような闇が。
誰か居ないか、と僕は叫んだ。
返事があるかどうかなんてどうでもよかったのかもしれない、とにかく、静寂が嫌だったんだ。
僕しかいない。そんな現実から、一刻も早く逃避したかったんだと、思う。
何故なら僕―――天野雪輝にとって、こんな暗闇は『二度目』だったんだから―――。
でもそれはもう終わったことだ、今の僕には過ぎたことだったのに、僕はこうしてまた、闇の底に居る。
指先さえ動かすことはままならず、感覚だけで何とか『瞬きしている』ことくらいが分かる程度。
縛られている感覚はないのに、内側から体の芯を縫い止められたように、動けない。
声を出せることから口も動かせているらしいけれど、目と口の二つの部位だけが鮮明に動いているのが不気味で、得体の知れない気持ち悪さに襲われる。
どうして、僕が。
どうして、僕がまた、こんなことに。
全部終わったと思っていたのに、ハッピーエンドを手に入れた筈なのに、世界はまだ僕を許してくれないのか。
神様は――――僕、なのに。
『それは違うぞ、1st―――――いや、天野雪輝!』
甲高い、少女期特有の幼い少女の声がした。
その声には色々いい思い出がなくて、こういう事態を最も好みそうなあいつの声だった。
僕、天野雪輝が『神様』になったきっかけでもある『サバイバルゲーム』――その、首謀者。
裏からゲームを牛耳り、僕の大切な恋人と共に時間を遡った、時空王の使い魔、ムルムル。
「お前か、ムルムル……今度は何をする気なの」
「ふっふー、声が震えておるぞ雪輝。あれほどの大立ち回りを演じた1stらしくもない」
言われて初めて、僕は自らの発した声が震えていることに気付いた。
僕は怖い。
こいつが、ムルムルが……また、何かをしでかすつもりなのはもはや明白なのだから。
これが『二周目』なのか『三周目』のムルムルなのかは分からない。
でも、ムルムルはあの『ゲーム』をきっと誰より楽しんでいたのだ。
危険な奴だということには変わりない―――たとえ時間軸が異なっていたとしても。
また、何かが始まる。
誰かが泣いて、誰かが犠牲になってしまうような、地獄とさえ呼べる何かが始まる。
僕の不安を余所に、回想する時間さえ与えられぬままに、使い魔は告げた。
"それ"の始まりを、"これ"の終わりを。
「お前を含めて全六十五人の参加者に、たった一つの優勝枠を巡って殺し合ってもらう」
◇ ◆ ◇
「………どういうことだ、答えろよ、てめえ!」
「言葉通りの意味さ、杏子。君達には
殺し合いをしてもらう」
佐倉杏子もまた、少年と同時刻に、よく知っている一匹の生物から"それ"を告げられていた。
インキュベーター、『キュゥべえ』と呼んだ方が彼女ら『魔法少女』には馴染み深いだろうか。
願いを対価に、魔女と戦い続ける使命を帯びる―――杏子はそれしか知らなかった。だから、この白い生物が魔法少女を利用し、エネルギーを収集しているなどとは知りもせずに突然、告げられたのだ。
困惑は当然大きく、信じられないとさえ思った。
だがしかし、自分がこうして謎の暗闇の中に拘束されていること。
キュゥべえにとって、杏子にこんな真似をすることに他に意味があるとは思えないこと。
二つの異常が、キュゥべえの告げた言葉が真実であると認識せざるを得ない状況を作り出していた。
沸き起こる感情は当然怒り。
掌を返したように淡々と殺し合えなどと言ったキュゥべえへの怒り。
魔女なんてものではない。
本気で言っているのだとしたら、この白い生物は―――狂っている。
どうしようもない、根絶されるべき邪悪だ。
「参加者間での反則はなし。
正々堂々でも姑息に戦っても構わないよ……ただし、いくつか例外はあるんだ」
「あん……例外だぁ?」
訝しむような声が漏れた瞬間に、杏子の視界を覆っていた暗闇が晴れ、四方に風景が現れる。
さっきまではキュゥべえの姿だけしか見えなかったのに、今では風景までくっきりと見える―――しかし、杏子自身の肉体は陽炎のように透け、希薄な存在に感じられた。
暫くして、一人の少女が現れる。
小柄な、小学生くらいに見える外見―――しかしその胸は豊満で、髪の毛は見事なポニーテールだ。
小動物と見紛うような、捨て置けない独特の雰囲気を持っている。
しかし一つだけ明らかに異常なのは、その首に巻き付いている無骨な"それ"。
しかも当の本人はまるで気付いていないように、軽やかな足取りで整備された道路を歩いていく。
大通りだというのに通行人の一人もなく、真っ昼間なのに車の一台も通っていない。
そんな異常にも、気付いていない少女が、丁度杏子の目の前を通ろうとした。
どうやらあちらからは杏子達の姿は見えていないようで、今の杏子達はいわば『幽体離脱』しているような状態らしい、と察するにそう時間は掛からなかった。
だが、そんなことは本当に些末なことだったのだ。
杏子とインキュベーター。
一人と一匹の目の前を、少女が通り掛かった時――――、
ピィ―――――――、バァンッ!!
少女の可愛らしい顔。
そのすぐ真下の喉から、大量の血液が噴出していた。
首に巻き付いていた首輪が突如爆発し、一人の少女の命をいとも容易く、奪ってみせたのだった。
【種島ぽぷら@WORKING!! 死亡】
◆◇◆
「分かったかい、杏子。君達がもし『必要』の範疇を遥かに超えた反逆行為を行うようなら、こうなるんだよ……君にも、当然この『首輪』を巻かせてもらう」
「てめえ……てめえは、何なんだよ一体ッ!」
激昂する杏子など意に介さずといったように、インキュベーターは飄々と続ける。
「おっと、言っておくけどこの首輪の爆発からは如何なる存在からも逃れられないからね。君達がいかに魔法少女だからと言って、そんなものは気休めにもなりはしないんだ」
ゾクッ―――と、背筋を得体の知れない感覚が這い回った。
今まで何処かに、自分が魔法少女である、という事実に安堵しきっていたのだ。
これでは、関係ない。
無差別に、実力と運の両方を兼ね備えない者から蹴落とされていく、これから始まるのはそういうゲームなのだ。
魔法少女であることも、佐倉杏子という人間の意思など関係なく、命が奪われる。
殺し合わなければ、生き残ることは出来ない。
だからと言って―――自分は、殺し合いなんてふざけた催しに乗ってしまってもいいのか?
それこそ主催者の、インキュベーターの思うツボなのではないのだろうか?
自問自答に埋もれていく杏子の様子を見て、白い獣は静かに微笑んだ。
「まあいいさ。別に多少の反逆行為は目を瞑るだろうからね、彼は」
佐倉杏子の視界が、四方に広がっていた風景が少しずつ、再び闇に閉ざされていく。
少女の無惨な亡骸も、闇に呑まれて消え失せた。
インキュベーターの姿も次第に見えなくなっていき、気付けば自分の体さえ見えなくなっていた。
墜ちる。そんな獰猛な感覚に襲われながら意識を深淵に遠ざけていく杏子の耳は、最後に捉えた。
「君の願いは叶う! この殺し合いに勝ち残れば、もう一度どんな願いだって叶えてあげられるよ!」
やけに耳障りな甲高い声を最後に、何も聞こえなくなる。
程なくして、佐倉杏子の意識は完全に消失した。
【二次媒体バトルロワイアル――――開幕】
◎◎◎
―――――舞台変わって。
絶対の防壁を誇る建造物『窓のないビル』の中。
『良い』
よく通る、神秘的とさえ言えるような男の声が、静かに響いていた。
―――周囲に、二人と一匹の『協力者』を侍らせて、培養器とおぼしき容器の中で逆さになって浮遊している白髪の男。
殺し合いの立案者にして全ての黒幕である彼は、嗤う―――。
最終更新:2012年03月31日 23:30