EDL――――Advance・6

ザクッ。

音にするなら、そんな感じ。
掘る。掘る。


植物庭園。
この芽吹高校の植物庭園は、この学校を語る上で特徴的な制服に次いでいわば学校の特徴として扱われる。
なにせ植物庭園の敷地面積が学校の敷地面積の三分の一を使っているというのだから驚きだ。
学校でそんな育てなくてもいいだろう、という声もある(主に俺)が、まあ確かに見栄えもよく、
よくある授業風景として生徒がその植物の手入れをするわけでもないし、文句をつけるにつけれない。

まあ。
どうでもいい。そんなことを説明したい気分じゃない。

ただただ無心で穴を掘る。
理由は一つ。

――――楓之風香を、弔うためだ。


 ○


胃の中がなにかでぐちゃぐちゃ。
口に溜まるは酸の味。
もう何度、吐いたことだろう。

血の臭いと重なって、ただならぬ異臭が俺を襲う。
しかしそれは俺が受ける罰としてはあまりに軽く。どう足掻いても対等ではない。

血痕の異臭。
反吐の異臭。
混沌の異臭。

俺は人を殺した。その罪や罰がある。
受けるべき。然るべき結果。
文句を言うつもりはない。はなから俺はそのつもりだったんだ……っ。
これが当然で至極尤もな結末だったんだよ。

「  」

なにかを呟いた。
俺にも分からない、ナニカ。得体のしれない、もしかしたら言語ではなかったのかもしれない。
されど俺の体中に蔓延るナニカは確実に、俺を犯す。

殺人。

重いようで、軽い。
一発。たった一発。
頭上に向けて、一発お見舞いしただけなのに。死ぬ。死ぬ。シヌ。

モザイクなんてかからない、裸眼の状態でそれを見るのだ。
18禁がどうとか。条例がどうだとか。そんな範疇なぞとっくに吹っ切れており。
グロイそれは、燦然と俺の瞳に映り、脳に届き、全身を震わせる。
描写なんかしたくないほど、あまりにそれはリアルすぎた。

背筋が冷たい。なんか汗が出てくる。
興奮なんかしている訳じゃない。猟奇的殺人鬼とは違うのだ。
それでも、汗は止まらない、止まらない、止まらない。
寧ろ徐々に増していく。止まらない。増していく。止まらない。
唾だって。すでに反吐と一緒になんど吐き出したことか。
異様なぐらいに溜まっていく、氾濫しそうになる。

「  」

もう一度俺は、ナニカを呟いた。
そして掘った穴に、楓之風香だったモノを、そっと静かに、入れる。


 ○


なにもない世界。
広がってたのは、なにもなかった。

妹を助ける為に人を殺す?
おいおい。
おいおいおいおい。
馬鹿じゃないのか俺。

自分の手で、運命を覆したくて、今まで医者になるために一生懸命勉強してきたんだろ?

なんで。
何で俺はこんな風に人を殺してるんだよ。


くらい世界。

風香の声。
風香の気持ち。
風香の温もり。

全て奪った。
俺が。狂いに狂いまくった俺が。
この手で。この身体で。

「――――」

言葉が出ない。
喉がカラカラだ。声がガラガラだ。
脳が正常に作動しない。
グラングランする。揺れて揺れて揺れて揺れて。

視界が。
濁り淀みまくった俺の視界が、廻る、色彩が消える。
昔の映画みたいに、白黒で見える。


かわった世界。

結局のところ、人を殺したところで俺に在ったのは、寂寥感と罪悪感だけ。
達成感なんて、満足感なんて、どこにもなくて。

穢れた身体(にくたい)と。
朽ちた精神(たましい)が。

ここにあるだけであって。
どこにも妹に対する正義なんて。
どこにも妹に対する慈愛なんて。
なにもない。

ないないない。いないいない。
残るものは皆無。
余るものは絶無。

俺のしたことで得れたことは、なにもない。
むしろ――――失うものばかりが大きくて。

わかっていたことなのに。
自覚していたことなのに。
踏まえたうえで、俺は、殺そうと、決意したのに。

なんでこうにも。
どうしてこんなに。

ムカつくんだろう。俺は自分に怒ってるんだろう。
いっそ振り切れたらどんだけ楽だったか。
思い切って、心を捨てればどれだけ倖せだったか。

つーか、こう言う独白だって。
実のところ、全然なにも籠めれない。

悲しみと言う感情。
哀しみと言う感情。
嬉しさと言う感傷。
卑しさと言う感傷。

なにも籠めれない。今の俺はいうならば、抜け殻。ただの抜け殻。
魂の抜けた、抜け殻。
今の俺はきっと、セミの抜け殻のように、ちょっとしたなにかで、簡単に潰れてしまうじゃないか。

責任だとか。
義務だとか。

後悔だとか。
懺悔だとか。

記憶だとか。
記念だとか。

そんな圧力に。
そんな重圧に、俺はすぐに沈んで、壊れる。
親友を殺して、戦う気力もなくし、魂を手放して。
もう一度だけ言う。

……俺は、なにがしたいんだよ……っ。


「――――俺はぁ」

零す言葉は儚くて。
放つ言葉は虚しくて。

誰の耳にも入ることはなく、脆弱に崩れる。
まるで世界に一人きり。
舞台に一人、無人客席に応答なき裏方。
たった一人の一人芝居。

見るにも堪えない無残な抜け殻人形劇。

本当に俺はどうしたいんだろう。
本当に俺はどうしたんだろう。

妹を救うんじゃなかったのかよ。
せめて贖罪の旅路に歩くんじゃねえのかよ。

こんな救われないだなんて知らねえよ。
人一人殺しておいて、親友を殺しておいて、今更挫けるなんてありえねえだろ。

狂うだけ狂えばいいじゃないか。
殺すだけ殺せばいいじゃないか。
なにを躊躇う。
なにが心残りだ。
俺にもはや良心なんてものはないだろう。
ヒーローなんて望んでない。
悪役だって、悪者だって構わない。
たったひとつの冴えないやり方で、俺は勝ち抜こうと決めた……はずだったのに。

どうしてこうも、滞る。
おかしいだろ。あっちゃならないだろ。
あー笑えない。
笑えない、綻ぶなんて無理だ。もう俺の何もかもが滅びそうだ。

「……あ、は、はは」

苦い。
苦しい。
苦い。
苦しい。
身体の奥底から湧き立つナニカが、暴れる。
身体の内側からドンドンと勢いよく叩く。
激流のように、全てを巻き込みながら、流れていく。


きしむ世界。


きしむ、きしむ、ゆがむ、ゆがむ。

俺は……。
俺は……!


どうすればいいんだろう。


【樫山堅司:生存中:シャベル】
【5人】


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最終更新:2012年04月09日 12:05
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