なんか変な落下感で目を覚ましたら。
目の前には水がありました。おかしいですよね。理不尽ですよね。
あーそういや榊田になんか殺されそうになって、思考がシャットダウンしたんだっけな。
とするとなんなの? あたしは無事助かったと。
まあ、大方柳沼が助けてくれたんでしょうね。こういうときにあいつは役に立つ。
いやはや感謝もしきれませんね。ほんとう助かったよ柳沼。見直すわ。
もう本当に惚れそうよ。
――――こんなことしなきゃね。
今までの間、0.5秒。あたしはまだ宙にいる。
そんな異常な体感速度を堪能した後、あたしは叫んだのであった。
「きゃ、っっぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
自分で言うのも何だけど、奇声。しかもなんか可愛くない。
いやーお恥ずかしい限り。文句ならあのふざけた柳沼野郎に言いやがれですわ。おほほ。
遅れて、変な水特有の感触を顔を含め全面で受け(結構いたいんだよね)、遅れて盛大な音が聞こえる。
あーうん。
「なにすんだああああああああああ!!」
「いやプールに落とした」
怒号を浴びせる。急いで体を浮き上がらせると、やはり予想通りに奴はいた。奴はいた! 柳沼卯月!
もう……びしょびしょだよ。うえぇ……下着までぐっしょりだ。気持ち悪い。テンション下がるわあ。
いくら命の引き換えとしては軽いからってこれは酷くありませんかねえ、柳沼さんや。冷たくないだけよかったけどさ。
やってらんないよね。いやはやほんと。
つーか平然に返さないでほしいんだけど、平然に。
「プールに落としちまったぜ!」
「張りきって言ったところでもダメじゃあああああああああ!」
あ、やばい。叫んだら温水が入ってきた。叫んでばっかね、あたし。おかしいわ。
さっきまでのシリアスな空気はどこ行ったのよ。
上がんなきゃ、まずは。プールの端に向かって泳ぎだす。
「お、さすがプール部。泳ぐ姿だけは綺麗だな」
「いえいえ恐縮ですね! あと水泳部! 何度も間違えないでほしいんだけど!」
どの口が言うんだ! こいつは!
あーもう手首とかいためたらどうするのよ。
ふう、ついたついた。思わぬ展開。ありえない。
と、考えながら壁に手をつけ力任せに抜け出そうとした時、頭上から声が降ってきた。
「おつかれさん」
「殴っていいかしら」
「ダメだ、つーか話を聞けよこんやろ」
「つーかさっさと言って頂戴な、こんにゃろー」
言いながらあたしは、ようやくのことで陸に辿りつく。
いやー。おかしいなあ。……はあぁ。
心の底からため息を吐くが、しかし構わず柳沼は話を始める。
「まず、おまえは榊田に襲われていた。おーけー?」
「おーけーよ」
うん、確かにそのはずだ。
家庭科室から持ってきたであろうその包丁をあたしに向けて、彼女は更衣室に入ってきた。
そのはずだ。うん、あたしって賢い。うんうん。
あたしが頷きを数回繰り返す中、柳沼は言葉をつづけた。
「で、まあそのあとおれは駆けつけて、榊田追い払ってお前を助けた。おーけー?」
「まってよ。どうしてそんな簡単に言えるのよ。見た感じあんたに怪我はなさそうだし。
一応……その、殺す気はあったのよ、相手は。包丁だって持ってたし」
ただ当然のように平然とこいつは言う。
いやいやそんな風に言われても。それは納得いかないところではある。
まあ、あたしが情けないだけなのかもしれないけれど。けれどやはり気にはなる。
なんて。
なんて暢気に考えていると、こいつは一つ大きなため息をつき(全くもって心外だ)、
腰辺りを弄り、一つの物体を取り出していた。
見たことはある。けれどそれは本や画面の向こう側に限った話であり、実際見るのは初めてだった。
けど、それが何であるかなんて一々言葉にしなくても分かる。
黒光りするL字型の物体。――――拳銃。それを確かにこいつは持っていた。
瞬間、あたしは成程ね、と得心がいき頷きをまたもや数回繰り返してた。
まあそれでも柳沼は念を置いて、今までに至る経緯を話し始める。
その話にあたしは静かに耳を傾ける。
○
窓から入る風が気持ちいい。
ちなみにこれは榎本のやつも開けさせているはずだ。
これなら私立故なのか、防音設備となっているこの更衣室のロッカーであれど、いざとなったとき、あいつの声は聞こえるはずだ。
おれはぼんやりとそんな事を考えながら、更衣室のロッカーなどを漁る。
目的は拳銃だ。グロック17とかぬかしてやがったが、まあそんな種類のことはどうでもいい。
実際目的は、使うことじゃないくて、身の危険の回避である。
むろん信頼するに越したことはねえけど、用心しておくのにも越したことはねえ。
悪いがおれは本気でやっている。あいつをぶっ飛ばすまで止まるわけにはいかねえよなあ!
精々後悔でもしていやがれ。
つーわけで、はい。
ありました。
もうなんとも言いようがないぐらい唐突さでおれはそれ――拳銃を見つけました。
なんか面倒臭くなってきたなあ、と思っていたとこで開けたロッカーの中にそれはあった。
正確には上段2段目の左から5番目のロッカーの中に、普通に。さも当然かのように放置してある。
「……ふうん」
おれはその拳銃を手に取る。
思ったよりも、大きい。なんていうかもっとポケットサイズかと考えてたが。
まあ不便な大きさではないな。使い勝手はいい方なんだと素人なりに考察しておく。
しかし、冷たいな。
鉄の冷たさが、ひしひしと肌を通して伝わってくる。
重さも、ずっしりと重い。鉄の重さが、そこにはあった。
……。
ふん。だからと言って、それがどうした。
使わなければいいことで、何の問題もない。ないない。
そういっておれは一緒に在ったホルスターを腰に付け、そこに拳銃を入れる。
……制服に拳銃って似合うんかな。気にしてられる状況でもねえんだけどさ。やっぱ一男子としてまあ。
ガンマンっつーのも最近文化としてはもう落ち着いてきちゃってるしなー。
うーん。
いや、いいか。
と、おれが身体を出入り口へ向けたころ。
窓の方から、音が漏れてきた。
内容は良く分かんないんだけれど、女子の声。
最初は独り言かと思って、こりゃからかうネタになると窓の方に身体を預け、耳を傾けていると(趣味悪いとか言わねえ。いいじゃねえか)
どうも、そこには二人の人間がいるようで、一人はまあ榎本の奴だ。――ただ二人目は、この声は。
「榊田か」
うん、確実に榊田神菜の声だね。ちょっと低めの中性的な落ち着いた声は、あいつの声だ。
しかし流れがおかしい。どうにもいつもみたいなやんわかエリアが顕現しない。
つーかむしろ剣呑な、悪意に満ちた、居心地の悪い、どんよりとした結界でも張られているかのよう。
……。……。……なるほどな。
「私のために殺されてくれないかしら」
聞こえた瞬間。
壁に預けていた背を浮かせ、おれは駆けだしていた。
○
バンッ、と乱暴に女子更衣室のドアを開ける。
若干なんか男として一つ欠けて行ってような気もするけれど構わない。
実際、それどころではなかったんだから――。
見ると、二人。
青髪の少女と、白髪の少女。
片や手ぶら。片や包丁。
その視線はおれの方に向いている。いやうんまあ。
「おい、榊田。何の真似だよ」
「あら、柳沼さん。あなたこそ拳銃向けちゃって何の真似かしら」
「安全の確保だよ」
なんてことで。
おれは両手で、拳銃を握り、榊田に向ける。
手はふるえない。そこまでおれは腑抜けてない。おれはいいと思ったことはやる主義だ。
だからこその自己中心。
自分の自分による自分のための生き方。他人の心情なんか、信条なんか知ったことか。
ふつうにおれ。あくまでおれ。よくておれ。わるくてもおれだ。
ゆえーに!
この榊田のやつがなにに囚われ
殺し合いをやってようがしったこっちゃねえんだよ。
はんっ、どうでもいい。実にどうでもいい。
しかしそれでいて、大切な仲間である榎本を傷つけようとしてるんだから腹立つ。てかうざい?
はっきりいって、この勝負どう足掻いたところであいつに勝ち目はない。
言っとくがおれは人殺しは最悪躊躇う気はない。
うん、おれがいいことだと思ったことは、いいことなんだ。これ決定事項。テストに出るぜ。覚えておきな。
「で、だ。榊田。その包丁を下に置け」
「……嫌と言ったら?」
「撃つ」
簡単に淡々に、一言だけ、おれは思っている意思をそのまま伝える。
嘘偽りなどない、おれの率直な意見。
そう、おれは殺す。ただそれだけだ。
対して榊田は。
「……はいはい、わかったわ」
と。
渋々といった感じで、包丁を榎本から標準を外して、包丁を床に置く。
敵意はあるが、反抗はしない。いくらかお利口で、建設的だ。
なんか拗ねた、っつーか恨んだ表情の榊田はなんつーか見ていて楽しい。
うーん、ギャップ萌え?
「じゃあ次は、両手を挙げろ!」
「……いい加減にしなさいよ」
いやちげえな。ギャップ違う。
調子乗りました。視線が痛え。勘弁しろよ。
まあそれでも律義に手を挙げている榊田も榊田だが。
これが、拳銃の効果……か。さすがだな。
まったく恐ろしい。これがおれ以外の手に渡っていたらと思うと身震いする。
まあそんなイフの話は今はやってる暇はねえな。
力強く、おれは榊田に対して言う。
「出てけ、そしてもう何もするな」
「……そう、ね」
榊田は、小さくそう呟いて。
既に包丁に対しては視線も向けず、ゆっくりとした歩調でおれのいるところ。
つまり出入り口に向かって歩きだす。顔は俯いているためによくみえない。元々前髪なげえしこいつ。
その間おれは銃口を下ろしたりはせず、相も変わらず榊田に突きつけている。まあ用心って大事だよな。
そして目の前に、榊田がやってきて初めて、おれは半歩横に動き出入り口を開ける。
「それじゃ、さようなら柳沼さん」
「あばよ、榊田。せいぜいお元気で」
ただそれだけで。
実に簡単に、おれたちは出会って別れた。
そしてもう、二度と会うこともなかった。
○
……。
立ったまま反応がないんだけど。
「榎本さーん?」
「榎本のくそ野郎ー」
「榎本ちゃん可愛いよー」
「榎本っ!」
無駄。
どこぞのスタンド使いみたく叫びてえ。殴りてえ。無駄無駄無駄無駄以下略。
目の前で、手をかざしプラプラと左右に動かしたところで反応はおなじ。
「ちっ」
小さく舌打ちをする。面倒掛けさせやがって。
しょうがねえなあ。
……なんて、回想すること一分前の出来事。
おれは、こいつを担いで、とあるところに向かいましたとさ。
はい。
榎本、プールにごあんなーい。
投げる。
プールの中(温水プールだ。冬も使えるな)に。
ド派手な水の音がおれの耳にまで届く。
うん。
「きゃ、っっぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
途中気を取り戻したのか、奇声をあげながら落ちていく榎本さんでした。
目が覚めたようでなによりだ。
さて。
「さて、目が覚めたならとっとと行くぞ、こんにゃろー」
○
「まって」
あたしは思わず制止の声を入れる。
いや。いやいやいや。
「あたしを落とす必要ないじゃん!」
どこに今あたしはプールに入れる必要性があったの!?
いやあたしも悪いけど! あたしも悪いんだけどね! でもおかしくない!?
「いや、面倒だったから」
「もっと手軽な方法あったでしょ! 叩くとか!」
「うん、叩いたぞ。頬を」
「言った傍から何だけど、ひどっ!」
「あとは頭を揺さぶったな!」
「卑劣! あんた思ってたより手段選ばないのね!」
そしてそれで起きないあたしって!
「そうそうあとはその貧相な胸を揉んだな!」
「ごめん、殴るわ。言っとくけどクラスであたしは二番目に胸が大きいのよ!」
「言いかえると二番目に胸が小さいんだよな。てか三人しかいねえだろうが。女子。いやまあ嘘だし」
「そうじゃないと困るわよ」
ちなみに一番は榊田さんよ。
「ちなみに頭を揺さぶった辺りから嘘だ」
「叩きはしたんだ!」
声を荒げるのは疲れるわ。ていうかなんでこんなことしなきゃいけないのよ。
……ふう。小さく嘆息するも現状は何も変わらなかった。
閑話休題。
「で、よ。それで榊田はどうしたのよ」
「知るか。勝手に生き延びてんじゃねーの」
「……? なんで言い方悪いけどさ、野放しにしておいたのよ」
どうせなら傍に置いておいてもいいと思うけれど。
「ぁあ? そりゃさすがのおれも気絶してるおまえがいんのに殺意ある人間をのうのうと置けるか。
流石に面倒しきれねえよ。おまえ置いていっても仕方ねえしな」
「…………」
それはあたしを気遣ってくれた。ってことでいいのかしら。
……。まあ自分のことしか考えない言う割には他人を見ているんだよね、こいつ。
とはいっても、こいつの行動原理には常に「俺がこうしたいから」が先頭につくんだけど。
まあ。
「ありがと」
礼は言っておかないとね。
結果的にはあたしを助けてくれたんだし。
……。助けて……ね。
「気にすんな」
そういうと、柳沼は踵を返し、歩き始める。
「おら、最初にも言ったが目を覚ましたんならとっとと行くぞ」
こいつは歩く。力強く、足を動かす。
だからあたしも付いていく。一人は怖い。
そこにまだあたしの意思はないけれど。
どこにもあたしの意思のない歩みだけれど付いていく。
弱さ。
自分を偽る、誑かす弱さ。
あまりに安っぽい信頼で、あたしは痛い目を見た。
自分がないから、行動指針に自分がないから、こうして後悔ばかりが募るんでしょう。
そう言う意味ではあたしとこいつはあまりに正反対なのだ。
自分を貫く強さがないから、あまりにあたしは弱いのだ。薄弱。薄くて弱い。
だったらあたしはどうするべきなのか。
それならあたしとはなんなのか。
クラスメイトを信じないのがあたしというわけじゃないし。
むろん、殺しあえと言われて、そうですねやりましょう、と承諾するような人物ではないと自負できる。
掌を返すようだけれど。
こいつは何を思って今を歩いているんだろうね。
気にしているようでは、やはりそれは弱いんだろうけれど。
「……ええ、行きましょうか」
わからないまま、あたしは生きる。
黙々と。何を吹きかけるわけでもなく、流されて。
弱さをその胸に抱いて。――――――。
ふと胸ポケットに手を入れる。
そこにはあるべきものがなかった。――――手紙が消えていた。
「…………あれ」
スカートのポケットを確かめるも、ない。
……どこかで落としちゃったようだ。
けれど、探す暇もなく、柳沼は行ってしまっている。
……。
どうせあいつのことだから、失くしたいっても時間くれないだろうなあ。
……仕方がない。ちょっとこいつには悪いが黙っておこう。
第一生き残れば何の問題でもないんだし。と。
足早にあたしはこいつの隣まで歩く。
どうしようもないぐらい。
自分を定めてないあたしは、それでも懸命に今を生きる。
……。
それは本当の悪夢のようであり、きっといい結果につながらないであろうことを知っていながら。
あたしはそれでも決めれずにいた。意志薄弱の似合うあたしは、どこまでの弱かった。
【榊田神菜:生存中:もちものなし】
【柳沼卯月:生存中:手紙、グロック17】
【榎本夏美:生存中:水浸しの衣服】
【5人】
最終更新:2012年04月09日 12:07