アットウィキロゴ

EDL――――Advance・11

静かに時は過ぎた。
どれだけ経ったんだろうか。校舎に設置されている大きな時計が指していた時間は、この悪夢が始まってからどうしようもなく進んでいた。
それでも一日にも満たない時間で、もう既に二人死んでいる。

楓之風香。
樫山堅司。

……。
二人は、隣にいる柳沼の、親友であった。
樫山が楓之を殺し。柳沼が、樫山を殺した。連鎖的に死んでいった二人。
理不尽に。不条理に。きっとわけもわからなく、二人は混沌のままに死んでいったんでしょう。

思い出す。思い返す。
やったところで、表れる景色は真っ黒、もしくは真っ赤に染まったものではあったけれど、あたしは思う。

色々あった。
この二年間、そしてこの一日。
本当にいろいろあった。この身を以て痛感する。
生きるって素晴らしい、なんて今のあたしに言う権利なんて無いけれど、それでも充実な二年間であり、その分辛き今日。

……。
さて、と。
じゃあ、今日という日を終わらせよう。
残った四人で、とっととあのふざけたことをぬかした異常な男をぶっ飛ばす。


――――これで、終わらそう。



 ○


「いや、もう榊田も死んじゃってるけどね」

場所はグラウンド、ど真ん中。
あたしと柳沼は、樫山をちゃんと弔った後でグラウンドに来ていた。
理由は分かりやすいためだ、校舎からも分かりやすい。
実際に銃がどれほどの機能を有しているかなんて知らないけれど、あたしらが銃を持っている以上、そんな遠距離からの攻撃だって余程は心配ないし。
さっきあんなこと口走っていて何だけれど、榊田が殺し合いに乗っちゃっていたから、最低限の保安は必要であった。

で、まあ。予定調和と言ってもいい。楔音が躍り出て、あたしらに気がついてトコトコと歩いてきたわけだけれど、
こいつが言ったのは、そんな台詞だった。――――。

「まあ、僕が責任を以て殺した訳だけど。幼馴染として当然の処置だねー。仕方がない」
「「――――ん?」」

まてまて。待って頂戴。
ゆらゆらとさながら生きてるかのようにゆられる楔音の俗に言うアホ毛を目で追いながら、考える。
――――いや考える必要もなかった。

「――――本当に、殺したのか」

あたしの言葉を代弁するかのように、柳沼は楔音に真摯な口調で訊ねる。
対する楔音の口調は実に爽やか。あっけらかんとしたもので。

「うん、校舎内で殺したよー。だってまあこれって殺し合いだし? 殺されても文句は言えないよねー」

――――今までの二人とは、違うタイプであり、同時に榊田が居た堪れなかった。
なんのために、あの子は駆けていたのか、本当に哀れ以外の何者でもない。

「……本気で言ってるのかよ」

柳沼は蒼白した表情で問いかける。きっとあたしの顔だって、これ以上なく真っ青だろう。青髪と重なって実に青い人間になってることが予想付く。
楔音は変わらず、「?」と言った具合に首をかしげてる。きっと榊田からの歓声があがるでしょうね、普段なら。
そしてこのあたしも、「無邪気そうだなあ」といつもは思うだけかもしれないが、今はただその笑顔が、怖かった。

「じゃないと流石に不謹慎すぎて言えないでしょー、柳沼くん」

楔音契也。
予想外の、爆弾であった。
その艶やかな黒髪が、今は怪しく見える。


まあ、とはいえれども。

「そうか、なら今からでも遅くはない、一緒にあのふざけた木幹葉枝って野郎をぶっ飛ばすぞ。異論は認めねえ、強引にでも連れだす」

柳沼が言うように、あたしらのすることは変わらない。
一緒に――――あの木幹葉枝を倒す。それだけのこと。
言うなれば、あたしらだって、既に人殺しと大差ないんだから、過程はどうあれ、こいつとは何ら変わらない。
見殺しにしたあたしだって、十分に共犯者だ。

「おー、いつも榊田が言う柳沼くん節ってやつだね。いやはや凄く格好いいねー。ただ、僕はそんな危ない橋を渡りたくはない。
 あんなさ、化物じみた相手をするぐらいなら、よっぽどきみたちを殺した方が手間が省けるしー。うん、そういうわけで僕はきみたちを殺します」

楔音の言葉を聞いて、背筋がゾクッっと震える。冷や汗や脂汗が、途方もないぐらい溢れ出る。
幾重にも交差し錯綜する思考の裏に「あ、こいつ本気だ」という確固たる意識、直感が冴えた。

「……楔音、お願いだから、やめましょう? こんなの」
「えーやだよー」

あたしも試みるか、返ってくる反応には全くの手応えがない。
馬に念仏。柳に風。
正しく今のあたしらと楔音を体現してるといっても過言じゃない。

徐々に一歩、一歩と鉄パイプ片手に近づいてくる。
鬼神と言うにはあまりに緊張感なく、聖人と言うには、あまりに安心感がない。
目算あと十歩。鉄パイプの範囲に届くためには、あと八歩。

あたしはたじろいで一歩引いてしまう。
柳沼とて、依然としてそのスタンスは変えようとはしないけれど、樫山から引き継いだシャベルを構える。
拳銃は……使わない。あれは、一撃必殺だから。使ったら、説得の意味がなくなってしまう。

「……おまえ、本気でおれに勝てるとでも?」
「あははー。柳沼くんそれ架空の物語であったらただの悪役、三流悪役の死亡フラグだよ。言動には気を付けたほうがいい。――もしかしたら神様は見てるかもしれないぜ」
「はん、言うじゃねえの。――――ただ、悪いが今は正義の味方気分に浸りたくてね、おまえだけでもこっちへ引き連れてやる」

そして、楔音は鉄パイプの届く範囲に――――踏み入った。
同時に聞こえる、風を切り裂く音、そして目撃する、柳沼に鉄パイプが襲いかかる光景を。
あたしは「ひぃ」と情けない悲鳴をあげて、二、三歩後ろに下がり、思わずお尻から転んでしまった。

「や、柳沼!」と、心配と不安とまああたしの転んだ際に生じた混乱で声を荒げるが、
「はいはい、大丈夫だから」と、返ってきた言葉は冷静だった。

疲弊を含む声。下がった視線を上に持ってくると、鉄パイプは、シャベルの柄の部分でしっかりと止められている。
安堵するとともに、まだ相応の危険が待機していることに、気付く。

鉄パイプを上から振りかざしたんであろうポーズのまま固まる楔音、
対し、両手で柄を持ち、シャベルで鉄パイプを受け止めている柳沼。
(「手がしびれた」なんて言葉は聞かなかったことにしよう)

硬直。
あたしも、腰が抜けたまま力が入らない。

……なんで、こう言うノリになるのかしら。
あれ? 全員で主催を倒しましょー、じゃなんでいけないの?
それが正しいんじゃないの? なんで今こうやって楔音はあたしらを攻撃するの?

『――――。…………。』

答えは返ってくるわけがない。向こうでは、未だ柳沼が説得を試みようとしている模様だが、生憎あたしの耳には届かない。
第一、楔音自体には、明確な意志が見えないのだから、答えなんてないのかもしれない。

楓之は、わからないけれど。
樫山は、妹の為に動いていた。
榊田は、楔音のために動いていた。
この辺は明確すぎるぐらいによくわかる。

なら、楔音はなんなのか――――わからなかった。

なんて。
ぼんやりと考えていたら、止まっていた時が動いた。あっさりと。

「――――は?」

柳沼は、とぼけた声を挙げる。あたしも遅れて、「あ」とハッとした感じに漏らす。

楔音は、鉄パイプを手放した。鉄パイプは勿論重力に従い、そのまま下へと落ちていくが、見向きもせずに、
あいつは柳沼の懐まで一瞬で入り込み、腹に、きっと勢いが付いているであろう蹴りを食らわした。
軽い万歳状態であった彼の腹に蹴りを入れるのは、実に容易であったということ――なのか。

柳沼から零れた声は、明らかに苦しげなもの。
咳き込む柳沼に楔音は容赦の欠片もなく両手で握り合せた大きな拳で脳天へと追撃を食らわす。

直後、ドサッ、といった具合に大きな音がした。……みると、柳沼がうつぶせで倒れていた。
――――え? なんで? 楔音にそんな格闘が強いなんて裏設定は隠されてないわよ。
……いや、違う。

「や、柳沼ぁっ!!」

さっきよりも大きな呼び声で、叫ぶ。

そうじゃなかった。
――――今の柳沼は、確実に手加減をしていた。楔音をちゃんと前に向かせるために傷つけないようにしていた。
そして、その手加減は認識が甘かった。
……たしかに柳沼は運動神経がこのクラスの誰よりもいいけれど、だからといって喧嘩慣れをしているとは限らないじゃない。

こんなルールもへったくれもない無法な戦闘に置いては、単純な運動神経は通用しないことも多い――――。
最近読み始めている少年漫画などでも、よくあることでもあった。「影の番町」的な存在が活躍できるのも、その為。

柳沼からの返事はない。
軽い脳震盪だろうか。まさかあれぐらいでは死なないとは思うけれど。

そんな最中。目線を移す。楔音だ。楔音契也だ。あいつは今、なにし――――ああ、シャベルを握っていた。
…………。
ん? あれれ。おかしいな。
急激にあたしの脳内サイレンが逞しく鳴り続けているんけれど。

あたしの心中を無視して、楔音は続ける。
容赦情けなく、言葉を繋いだ。――――最悪の言葉を。


「じゃあ、まずは柳沼くん、悪いけれど眠っていて、もらえるかな」


振り上げる。
振り下げる。
終わった。

「――――え」

漏れる。声が漏れる。
視界を染める煌く鮮血。
鼻をくすぐるは鉄の臭い。
肌に伝わる返り血は、実に熱く気持ち悪い。

「――――え?」

漏れる。声が漏れる。
溢れる血を前にして呆然と、座り込む。
頭から、血が流れる。
よくわからないけれど、きっと近い内死ぬだろうな、と思わせる量の血液。

「――――え」

……うそ? 死んだ?
そんな単純な感想しか湧いてこない。
もっと溢れ出てもいいだろうとは思うけれど、こんな僅かな気持ちしか出てこない。
…………。

悲鳴の一つも出てこないあたし。
呑気に座り込んでいるあたし。
刻々と迫る死の瞬間に、走馬灯すら湧いて出ない、あたし。

実に間抜けなバッドエンドだ、デッドエンドだ。
くだらないぐらい黒に染まった現実。目の前の楔音に視線を向けたまま、固まる。

それでも、耳には砂を躙る音が木霊する。
じゃり、じゃり、じゃり、じゃり。数えること計四回。計四歩。
傍観者ぶって、冷静――――ではなく、他人事のように、眺める。

「じゃ、次は榎本さん、だね? そういや濃硫酸、理科室にあったんだけど御望みならそっちでもいいんだけど?」

おぞましいことを言う。
常軌を逸した言葉を聞いて、あたしの腰はますます腑抜ける。
選択の余地のない選択を迫られ、あたしはどうすることもできなかった。
つん、と鼻につく異臭の臭いは、樫山のものと大差なく、それでも決して慣れるものでもない。
吐き気がこみ上げてくる。
楔音は、シャベルの状態を確かめつつ、あたしに声を――――もしかしたら独り言を続ける。そして独り言は自然と終える。

「結局鉄パイプ片手に持ってくるのは面倒だったから持ってこなかったんだけどねー。……ま、面倒だから、これでいっか」

と。
そこで、あたしと楔音の目が合った。必然的なアイコンタクト。助けの懇願はやはり無下にされて、
こいつは、フッと小さなため息にも似た笑みを浮かべ、一言。

「んじゃ、バイバイ。榎本さん」

――――。
ああ、うん。

さようなら? さようなら。

碌に覚悟もなにも満たさず。
弱いままにあたしは終わる。

ああ、うん。

そう。
そうですか。

諦め――――あるいはただの強がり、あるいはあくまで現実逃避。
ある意味では一色に澄みきった綺麗なようで根本では淀んでいる気持ちで、あたしは静かに死期を待つ。
まあ。
ぶっちゃけ、何にも考えちゃいなかったけれど。
頭の回路なんて、ショートどころか爆発した。さながら昔のマンガでよくある研究が失敗した時に起こる爆発。ポンッ! といった感じかな。



なんて。なんて、どうでもいいくだらないことを思っていた頃。急展開。超展開。
――――乾いた銃声が、パンッ! と鳴った。



 ○


即死。
背中から血飛沫をあげる楔音は、「……あ、はは」と笑みかなにかを浮かべたまま、一人の男の姿をしっかりとその瞳に捉えて、あたしの身体に向かって、倒れこんできた。
幾ら先ほどまで、恐怖していた相手とはいえ、クラスメイト。それを避けるなんて真似なんて、できなかった。
実にご都合的、その場限りな思考回路である。爆発しておかしくなったのかしら、と場違いなことを思う。

いや、場違いなことでも違う何かを考えたかった。
……楔音を抱きかかえたまま、前を見る。そこには、一人の男――――柳沼卯月が、臥せている。
先ほど確認したものとは、微妙に光景が変わっていたが、正確に表記すると、身体や顔を若干こちらに向け、手には拳銃を握っていたが、それでもそこには柳沼しかいなかった。

……。
なにが起こったかなんて、説明なんぞしなくともわかる。
目を覚ました柳沼が、楔音を殺したことなんて、一目瞭然。

……。
本来は、喜ぶべきなのでしょう。
本当は、安堵するべきなのでしょう。
けれど、できない。
この孤独感。
この寂寥感。
倖せなんか、感じる隙すらない。

……。

……。

……。

時が止まる。
これ以上ないぐらいに、時は止まった。
停止。

何も聞こえない。
何も感じない。
何も視えない。
何も臭わない。
何も味わえない。
何も何も何にも。

混乱の極みに達した混濁の意識。昏睡する自我。
ぐるぐると回る。
ただただ、受け入れきれない意味難解な現実を前に。
拒否する。拒絶する。拒んで、否んで、絶する。

……? あれ、どうしてこうなった? ……なるほど、わからん。
わからない。どうしてあたしは生きてるの? どうしてみんなは死んでるの?

実感がない。故に怖い。
今でも声が快活な声が聞こえて来そうで――。


「――――は、はは」


――――聞こえた。柳沼の擦れた声が。
瀕死と言うしかないぐらいに、ピンチな彼を救う手立てなんてあたしにはない。
どこぞの青狸ではないのだ。無免許の天才外科医でもない。――――どこまでも弱すぎて、普通すぎたあたしには、どうしようもない。
――――ただ。

「柳沼っ!」

楔音を一旦置いて、声を荒げながら柳沼の元へ駆けつける。
やはり、それとこれとは事情が違う。幾ら助けるのは無理でも、余計自分を傷つける自傷行為だと悟っていても、しないわけにはいけなかった。

柳沼の手を握る。冷たい。若干固い。それが男ゆえの隆々しさなのか、瀕死故のものなのか。
わからない、けれどあたしは手を握って、こいつの隣に座る。

……実に漫画らしい、ラノベらしい展開。まだ生きているかなんて、思いもしなかった。ご都合主義も、甚だしい。
とはいえ、理解はしてる。どうせ近い内に、そのご都合だってあたしらを見捨てていくのは。柳沼の頭上から流れ出る、髪よりは淀んだ赤色の血を見れば、それは、痛感。
文字通り痛いぐらいに、痛く感じることが出来る。

柳沼の顔を窺う。
……真っ青だ。真っ白だ。紫だ。どんな表現が似つかわしいか、わからない。
彼の唇が、動く。

「……しくっ…たな。ま、あ、あれだ。あとは頼ん、だ」

よく、映画のワンシーンなどでは、「もう喋らないで! お願いだから!」みたいな感じに言ってるが。
正直、話してほしかった。もっと、もっとたくさん、話してほしかったから。『命の芽』を摘まれないように。

柳沼は、うつぶせから、きっと今持てるであろう最大渾身の力を使い、うつ伏せから仰向けへと姿勢変形。
そして制服の内ポケットをガサガサと弄り、一つの紙きれを取り出した。

「――――遺書?」

受け取る。けれどそれはあたしのものではない。あたしはこんな三つ折の表面に無駄に綺麗な字で「遺言」となんて書いてない。
……?

「……本……と、う、はわた、す気なん……て、なかっ……たんだ、けよ」

と、
そこであたしは直感を働かしてた。
ああ、こいつももう、お終いだ。きっともう終わる。
……理解出来るのは容易かった。

どこかで、ゴクリと息を飲む音がした。
あたしか、こいつか。わからない。

それでも、こいつの口は最期の言葉を紡いでいく。

「おれはお前を守って死ぬ。だからお前に託す。ずっとその責任を胸に刻み込んでおけよ」

瀕死のものとは思えないほどはきはきと。
……多分これは、こいつの意地が、そうさせているんだろう。

だからあたしは、恐らくいつも通りに、返す。言葉を返す。

「……本当、自分勝手ね」
「身勝手はおれの座右の銘だ」
「はいはい……」
「ああ」

そこで、持っていたこいつの力が抜ける。
急速に、急激に。
……死んだのだ。柳沼も。柳沼卯月も。

だからこれで、あたしは独りきり。苛む孤独は、実に害悪。

ドクン、ドクン、と。

脈打つ心拍は、それでもあたしを生かしていることを明かしてくれる。
握った「遺書」を、ぐちゃ、と握りつぶす。

……そうして、こうして、あたしのバトルロワイアルは終わっていく。
立った独りを残して、終わろうとしている。

認めれる訳がなかった。
それでも、現実はこうして進む。――――進んでしまう。

その証がここに一つ。



キーンコーンカーンコーン  キーンコーンカーンコーン。



今まで碌に機能していなかった学校の機能が、役目を果たすかのように、チャイムを鳴らす。
次の瞬間、鼓膜をつんざいたのは、

「えー、はい。3年A組の榎本夏美さん。呼び出しです。急がなくても構いませんが体育館までお願いします」

放送。
まさしく呼び出し。


……時は――――進む。



【柳沼卯月:死亡中】
【楔音契也:死亡中】


【榎本夏美:優勝】
【――1人】


【ゲームエンド】


Back: 話順 Next:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年04月09日 12:11
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。