体育館。別名、体育館ホール。何だっていいんだけれど。
そこに異様な男はいた。最初となんら変わらず、壇上に一人偉そうにふんぞり返っていた。
あたしは用意されていたパイプ椅子に座る。ちなみに場所は体育館のど真ん中。――――嫌がらせにも程がある。
「さて、ご苦労だったな。榎本夏美さん」
「労いありがとう」
「いやいや、、こちらこそ中々に面白かったよ」
不毛である。あたしはともかく向こうも悟ったのか、とっとと本題に入ることとなった。
「で、見事六人の中から生き抜いてきた榎本夏美さんは、これからどうしたいのかな? 願いを得たいか?」
「……ええ、ここまできたら勿論じゃない。その願いとやらを、いただきましょう」
哀哭は既に済んでいる。「あたし」の願いは変わらない。
慟哭は既に終えている。「あたし」の祈りは代わらない。
もう、迷わない。迷う時間はもう済んだ。――――そのうえであたしは来たのだから、貫くべきだと思う。
「……では、聴かせてもらおうか、榎本夏美――――その身で戦い抜いた先に見た願いを」
異彩な男、木幹葉枝はあたしに問う。だから、あたしは答える。「あたし」の、答えを――――。
はっきりと、言わせてもらおう。
……。
息を吸う。
重い空気だ。空気に重さはないけれど、想いはあるというものだ。
意思によって空気は変わる。居合わせる者によって変動する。
例えば柳沼といる時と、この異様な男といる時とでは、やはりテンションもボルテージもかわっちゃうということ。
しかし息を吸ったところで、全然心地が良くならない。
むしろ毒ガスを吸っているかのように、身体が重くなっていく。
今からあたしが行う、非人道的な行い、神をも超越する、あるいは馬鹿にする行いに対しての、罪悪感、いやあたしの残念さに対する憐れみでしょう。
それが身体を支配していく。一度回り出したら止まらない。この劇薬(おもい)に抗生物質は存在しない。
けれどいい。もう後戻りはしないから。――――いや、この言い方は正しくなかった。
息を吸う。
決して軽くなったわけじゃないこの身体で、この口で。
願いを、祈りを。奉げる。
「――――」
指先に神経が届かない。凍ったかのように固まった指。
同時に感じる硬直する、唇。成程、今のあたしの声は届かなかった。
ならばもう一度だ。
言う。言う。言う。
震える唇。構わない。
凍える胸。構わない。
動かぬ指。構わない。
直立不動な姿勢で、あたしは言う。今度こそ、「あたし」の願いを。
一瞬の静けさ、そして響くあたしの声。
「――――――時を戻し、もう一度この
殺し合いを、させてください」
○
『この手紙を見てる時、おれ……まあ柳沼卯月は死んでいるだろう、なんて書くとそれっぽいけど、やはりその通りなはずだからそう、書いとく。
多分この手紙を渡すのは榎本夏美、楓之風香、樫山堅司が当てはまると思うけど、楔音や榊田も見ていたら応じろ。異論は認めん。
つーわけで、ひとつお願いだ。おれが死んだら、誰か優勝しろ。そして願え。願いの自由なんて与えさせるか。
おれの言ったことを願ってくれ。辛いかもしれねえ、だがやれ。これはこん願ではなく、命令だ。
じゃあ、書いとくが「このバトルロワイアル前にタイムリープして、もう一度このバトルロワイアルをやれ」。
そしてハッピーエンドを目指してくれ。実によくある話を、おまえらの手で掴み取ってくれ。
この願いであれば、「願い」は「一回」だし、記憶を引き継がせる「者」も「一人」。理、ルールには一応乗じている。
以下は詳細なことを書いておく、が。先に謝らせてもらうと。
おれは仮に一人でも死んでいたら、みんなを殺してこれをするつもりだった。それは謝らせてほしい。
いつも通りの、おれのエゴだと思ってくれて全然構わねえ。貶してくれたっていい。何と言われたって変える気はなかった。
ずっと最初に出会った榎本夏美だって、きっと冷たく切り捨てただろう。おれはそう言う人間だ。わかってるとおもうがな。
じゃあ、細かいことを話そうか。まず、願いを言う時はこう言え』
○
「正確には、『優勝者の記憶を引き継いで、理想の結果を得るまで、繰り返させてほしい』」
○
『こう言う理由は分かるか。まず、優勝者ってするのは、それをしたら仮に…まあ、おまえが死んだところで、記憶を次週以降引き継いでくれる人がいるからだ。
まあ「○○の記憶」』として、次週以降も「○○」の名義として記憶を引き継いでくれるのかもしれないけれど、
多分此の先、一度失敗したら心を折られるかもしれない。「死んだ」って事実は結構辛いからな。…予測でしかねえが。
そしたらきっとお終いだよ。おまえは恐らく、この日を延々に繰り返すことになるかもしれない。…流石にそれはきついだろう。だから、優勝者って名義にしておく。
で、理想の結果てするのはあれだ。先生を切り捨てるとしても「六人を生き返らせるまで」とするとさすがにあからさま過ぎて「対象」は「一人」まで
のルールを破る可能性がある。そうしてもう一度願えるチャンスが来ればいいけれど、危ない橋渡るぐらいなら、先にこっちを言ってても損はねえだろう。
ちなみに間違っても「身体ごと」…タイムトラベルはしねえでな。そしたら今は大丈夫でも次週以降、怪我をしたら圧倒的に不利だ。
だから記憶だけ、過去に移す。まあ、気をつけろよ (以下略) ――――柳沼卯月より』
○
よくこんなに書いたな、とは思えるけれど、この乱雑な字は通称「柳沼語」と呼ばれる、
速筆なかわりに読める相手が限られるという、まあいわば雑な字。……。あたしは最近読めるようになってきてしまった。
恐らく最初に書いてあった、「多分あたし、楓之、樫山に渡すと思う」っていうのはこれを読めるかどうかっていう話だと思う。
なんて回想もさておいて。
あたしは願いを言った。
対し、木幹葉枝は、一瞬目を丸くして、仄かに笑う。
顔を引き締めると、あたしの方を向き、返事を返す。
「ええ、了承した。それでは、日を跨ぐ頃に、タイムリープさせていただきます――――ですがその前に確認です」
「なにかしら」
少しだけ言葉を選ぶような仕草をした後、木幹葉枝は言った。
「ゲームの『優勝者』が、『このバトルロワイアルを行う――――まあ死業式の直前』にまで『記憶を飛ばし』、
『今の榎本夏美』さんが『本心から願う理想の結末』を獲得するまで、『今日』を『何度』でも『繰り返す』。そういうことでよろしいですね?」
「ええ。そう言うことで」
優勝者、今はあたし。榎本夏美。
死業式直前、まあそこはしょうがない。下手打って相手の機嫌を損ねるのは最悪だ。
記憶を飛ばし、ここは、柳沼が言う通りだと思う。さすがに痛いままでは話にならない。
今の榎本夏美、逆にこのロワイアルやる前ではダメだし、ロワイアルやっていく最中であたしが考えを狂わす、それが一番怖い。
理想の結末、ええ、やってやろうじゃない。ちゃんと六人全員で、生還してやる。樫山や楔音や榊田だって、改心してやるんだから。
今日を何度でも繰り返す、その覚悟は、さっき決めてきたから。……大丈夫、大丈夫よ、あたし。
何の問題もない。
――――いや、問題は山積みなんだけど、意欲の問題なら、大丈夫。
――――今のあたしなら、出来る。
守られてばかりがあたしではないことを、証明しましょう。
守る側が正しい立ち位置だということを、明かしてやりましょう。
……。
「それでは、これにて閉壊式を、終わります」
……。
時は進み――――時間は戻る。
○一週目:時をかける少女(Edit Decision List)○ ――――END
【EDLロワイアル――――再始動】
【6人】
最終更新:2012年04月26日 21:54