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a period

あれは―――そう、土砂降りの夏の日のことだった。
僕はいつものようにクラスメイトの誘いを断って、一人で帰途につく。
誰かと馴れ合うなんて絶対に御免だったし、自分以外の存在をどこかで見下し続けてきた僕。
そうだな。当時の僕を形容するなら『痛い子』だったと思う。

自分が何の変哲もない小学生ではない、普通とは一線を画す存在だと思い込んでいた。
たとえ世界が滅亡しても、僕だけは生き永らえると信じていた。
一人でも生きていけると自負して、しかも生意気なことにそれだけの能力を、僕は持っていた。
自立し過ぎた子供は大人から嫌われるという現実も知らず、周りの冷たい態度を嫉妬のせいと決めつけて、更に周りの存在を下等生物として見下す結果になった。
思い出すだけで胸糞が悪くなってきたのでこのへんにしておくが、とにかく僕、神無月恭一は嫌な奴だったのだ。
声をかけてくれた人達の過半数は、哀れみだったんじゃないかと今なら思える。


その日、僕は一人の少女に泣きつかれた。


公園で、猫を虐めている不良達がいるので止めてほしい―――今思えば、よく僕は無視しなかったな。
その不良ってのがどんな連中かはすぐに分かった。学校でも注意するように呼び掛けがあったし、何より彼らが屯しているのを見るのは日常茶飯事だった。
性格は典型的な馬鹿で、単純な挑発に乗るような単細胞。
本当、生まれてくる生物を間違えたんじゃないかと思うような連中。だから、関わりたくなかった。
高貴な存在である僕には、こんなどこの誰とも知れぬような少女のために体を張る意味がない。
大体僕は猫アレルギーなんだし、そんな無様な目には遭いたくない、ってのもあったかな。
なのに僕は駆け出していた。
泣きじゃくる少女を連れて、彼女の願いを叶えようとした。
――――思えばあれが、僕の人生最大の転機だったんじゃないかとさえ思う。


んで、結論から言うと僕は快勝を修めた。
不良共を引き付けて時間を稼ぎ、見回りの警察官が通りかかっておしまい。
しかしあいつらはバカだったな。
『お兄さん達を悪く言ってる怖い人たちがいて』なんて言っただけで目の色変えるとは思わなかった。
世の中にはああいう人間もいるという社会勉強にはなったかな。


さて、それが僕と白宮つぐみの出会いだった。
あんなことになっても、それでも―――つぐみと出会えたことだけは、否定したくないと思える。
彼女は僕をヒーローと呼んだ。
僕は最初こそつぐみを突き放したし、大分酷いことも言ってしまった。
だって白宮つぐみは、学校では僕以上に友人のいない、俗に言う『コミュ障』人種だから。
孤独を貫き通してきた僕が、孤独にならざるを得なかった彼女に好かれるということがまず、考えられなかった。
そういうドラマチックな展開が、僕は大嫌いだった。
それでもつぐみは黙って僕を追いかけてくれて、次第に周囲の空気も僕を責めるようなものに変わっていく。
これもまた同情だったのだろうが、その時僕はようやっと、自分が特別でも何でもない、普通の小学生と何ら変わらない人間だということに気付く。


―――罪悪感があったのだ。


好意を向けてくれる相手のことを考えず、自分の意思など持たずに彼女を避けることが苦しかった。
何度突き放しても、どうしようとも、つぐみは一度だって泣かなかった。
その姿が、どうしようもなく、愛しく思えて、僕はついに彼女に折れた。
それから四年もの間、僕達は誰もが羨むカップルとして共に歩んだ。


けれど―――僕は一番大切な人さえ、守れなかった。


あの公園で、つぐみの屍を見て、神無月恭一の人生もその時、単なる屍と化したのだろう。
あんなにもひた向きで、弱さの方が多い人間なのに、それでも確かな強さを併せ持つ少女が死んだ。
犯人を殺してやろうと思わない筈がない。


でもその前に、僕は脱け殻のようになってしまった。
魂の入っていない、人を模した人形。
人形には何も出来ないし、人形を気にかけてくれる人も―――もうどこにもいない。

『あなたは、わたしのヒーローです』

あの土砂降りの中、雨と涙に濡れた笑顔で言ったつぐみは二度と戻ってこない。
何がヒーローだ。
惚れた女一人守れずに、挙げ句復讐の野心すら持たないような弱者にそんな肩書きは、重い。


『――――そんなことはないわ、神無月恭一少年』


人形の前に現れた案内人に手を引かれて、乗り込んだ絶望へ向かう船。
そこで白宮つぐみの名前を見て、人形は輝きを取り戻した。



◇ ◇


「――――と、そんなところです。僕は絶対につぐみを守る、言ってしまえばそれだけなんですけどね」
「………君は強いな。その歳でそれだけの覚悟を決められる人間などなかなかいないだろう」


神無月恭一の話が終わった。
長く、だが短い恋の物語。甘酸っぱいという表現は相応しくないように思えるが、これも俗に言う立派な『青春』というやつなのだろうか。私は、当の昔にそんなもの忘れてしまったが。
こうして実際の被害者から聞けば、殺人という行為がどれほど重いものかがよく分かる。
腸が煮えくり返るような、怒りの感情が堪りを見せても、私は自らを律する。

私には、誰かを批判し、糾弾し―――ましてや正しさを説くような真似は出来ないのだから。
殺人鬼とさして変わらない罪を犯した上でこうしてのうのうと生きている人間。
手塩にかけて育てた娘を、こんな宙ぶらりんの馬の骨に殺された遺族は、今私が抱いている怒りの感情より遥かに大きく、そして正当な憤怒を抱いている筈だ。
見上壮一という罪人の存在さえ知らずに、捌け口のない怒りを押さえ込まざるを得ないこと。
それが一体どれほどの苦痛であるかは、私にはきっと一生分からないだろう。
自らの罪を抱え込むことを美徳だと感じているような最低の男には、分かるわけもないだろう。


確かに、この少年さえ間に合っていれば、白宮という少女が死ぬことはなかったのかもしれない。
結果論かもしれないが、悲劇は止められたろう。
最悪、我が身を挺して最愛の彼女だけでも逃がすことはできた筈だ。
それが叶わなかったのは、彼が不甲斐なかったという事実に基づいているとも考えられなくもない。
しかし、神無月恭一と見上壮一では決定的に、違うものがある。
それは、その瞳に宿っている輝きだ。


自分で自分の瞳を見ることは出来ないが、わざわざ確かめずとも分かる。
私の瞳にある輝きは結局、自己満足なのだ。
誰かを救えば、自分の背後に立つ少女への贖罪に繋がるという、ある種のエゴイズム。
罪から逃げようと四苦八苦する、見苦しい罪人の輝きだ。


対する神無月恭一の瞳には、微塵の迷いもない。
純粋に、ほんの僅かな不安の色さえ覗かせない、目的を達成するまでは絶対に折れない強さが伝わってくるようだ。
現に、彼は折れないのだろう。
どんな苦難が待ち受けようとも乗り越え、愛する女を救うまでは絶対に止まらない。
腕をもがれようとも、足を失おうとも生命の灯火が消えるその瞬間までは諦めないという、確固たる輝き。
それを、素直に私は、羨ましいと思った。
自己犠牲だの贖罪だの、ごちゃごちゃ言わずに突っ走るその様が、どうしようもなく美しい。



「あれ、どうしました? 見上さん、少し顔色が悪いですが」
「ああ、いや。何でもないさ」


ちらっと後ろを振り返ると、全くもっていつも通りに、少女はそこにいた。
何も喋らず、名前も知らない、私が殺めた少女の亡霊。
責めるでもなく、ただ恨めしげに背後に居続けるだけの、私の罪を示す存在。
すごく希薄な彼女は、やはり何も答えてはくれない。
彼女のくすんだ瞳に、私の姿はどう写っているのだろうか。
許すことのできない怨念の対象としてか、それとも哀れで滑稽な道化に見えているのか。
どちらにしろ、私が最低の人間だということに変わりはないのだが。


「見上さん」


毅然とした、という表現が一番適切であろうトーンの声が静かに響く。
神無月はただその瞳で私の目をじっと見据え、そして言うのだった。


「僕が話したんですから―――あなたの過去も聞かせてくださいよ」


ついに来たか、と私は胸が締め付けられるような思いに駆られる。
いつか、見上壮一という罪人の犯した罪を誰かに告白する日が来ることを、私は心のどこかで望んでいた。
そして私を完膚なきまでに罵り、否定し――自分の下らない正義を糾弾してほしいと思っていた。
自分を動かす理由にはならなくとも、自分が間違っているとさえ知れたならそれでよかったのだ。
どんな陳腐な言葉でもいい。
そんな甘ったれた願いが叶うというのに、私の心は警鐘をけたたましく鳴らし続ける。

これを語れば楽になれる。
自分を偽り、生きていく必要がなくなる。
これを語れば終わってしまう。
今まで積み重ねてきた何もかもが、音を立てて崩れ去る。
それが本当に正しい決断なのかしばし考えた後―――観念したように目を一度瞑り、私は口を開いた。



◇ ◇


「これが、私の罪だ。一生をかけて償って尚足りない」


時間にして、十分にも満たない時間だったが、私にとっては永遠とさえ思える時間だった。
全て余すところなく、一切包み隠さずにありのままの真実を語ることは苦痛で、だが同時に幸福にも感じられた。
こんなことで私の罪が薄まるとは微塵も思わないが、誰かに告白できただけでも成長したというもの。
長年、臆病を武器にどこか罪から逃げていた私は、今やっと勇気を得られたのかもしれない。


「……正直、驚きです。見上さんが消防士になるきっかけが、そういうものだったとは」
「そうだ。私は最悪だよ――贖罪を糧にして生きてきたような、醜悪な人形だ」


自嘲の意味を込めた笑顔で応答する。
自分が情けなく思えないこともなかったが、そんなことはもはや慣れっこだ。
どんな責め苦だろうと、私にとっては下らないもの。
本当の苦しみは、償うことだ。
もう戻らない、戻せないものに対して、盲目的に償い続けることこそが、最大の拷問だと私は知っている。



「ええ、そうですね。あなたは確かに、自首するべきでした。
そうしてさえいればあなたは、こうも思い詰めることはなかったでしょう」


そうかもしれない。私があの時自ら罪を告白してさえいれば、まだ私は罪を乗り越えられたろう。
それを一時の臆病に任せて逃れ続け、だらだらと罪から逃避し続けて、私はこうなった。
背後からの視線と、自己嫌悪の永久の責め苦に苦しむこともなかったかもしれない。


「ああ、確かにそうしておけばよかったよ。全ては私の臆病のツケが今になって訪れているに過ぎない」
「でも、あなたは出来れば逃れたいと思っている」


何を当たり前のことを、と反論しそうになってしまうが、堪える。
自分のことを棚にあげて他人に反論するなど、愚の極み。
静かに頷くことで返答の代用とし、少年の口から紡がれる言葉をただ待つ。


「何も僕は責めませんよ。だって、それは何も間違っていないことなんですから。
罪からは逃げてしまえばいいとは言いませんけれど、償いの重荷に潰されては意味がないでしょう」
「償い続けることでしか満足できないと―――しても?」
「ええ。自己を蔑ろにした償いなんて、それはただの押し付け、それこそ自己満足です」


逃れてしまえと、この少年は言っているのだ。
私の続けてきた贖罪の年月を棒に振ることにも等しい行為に反論せずにはいられない。
しかし、神無月の口調は揺るがず、毅然とした態度のままで私に語りかける。


「あなたはよく頑張ったと思いますよ。他人事ですけど、あなたを責めることは誰にもできない」
「私が殺めた少女が、それで納得すると?」
「その娘は、本当にあなたの贖罪を望んでいるんでしょうか? 自分を偽って、貶めてまで――。
そうだとすればあなたは確かに、一生十字架を背負っていくしかない。
でも、そうでなければ―――あなたは、少しくらい逃げたっていい」


神無月の奇異の視線も気にせず、視界の端に写り込む希薄な少女の姿を視野の中心に写す。
何を考えているのかは読めない。
彼女が感情を露にすること自体そうそうあることではないのだが、どうしても期待せずにいられない。
もしかしたら、自分の迷いを払拭してくれる答えを出してくれるかも――という、淡い期待。
しかし当然の如く少女は顔を動かさず、ぼうっと、暗い瞳を私に向けているだけだった。
やはり、自分で決めるしかないのだ。
逃れるも戦うも、或いは滅ぶも。全ては見上壮一次第で変わる未来だ。


「趣味でも持ってみたらどうですか? 息抜きってのは何事にも大切ですよ」
「趣味か……学生時代には釣りをたしなんだ経験があるくらいだな」
「何でもいいでしょう。あなたはもうちょっと、自分を許すことを覚えるべきだ」
「自分を許す――――か」


この少年の言葉は、そんなに上等なものではない。
神の啓示のような有り難みもなければ、悪魔の誘惑のよう甘さもない。
逆に、その言葉こそが、私の心をがんがんと揺さぶるのだ。
今まで愚直に、馬鹿みたいに糞真面目に積み上げてきた防壁ががらがらと崩れていく。


「ああ―――悪くないのかもしれないな」


気が付けば私は、陰りの入っていない純粋な微笑みで応答していた。
強固な意志も何もかもをかなぐり捨てて、強い少年の言葉に動かされる。
償いは生きている限りずっと続けていく。そこから逃げてしまえば、私は今度こそ終わってしまう。
ただ、たまには自分を許してみようと思う。
趣味を持つまでいかなくとも、気晴らしに釣りをたしなむくらいはしてみよう。
折角、一歩踏み出せるチャンスなのだから。
私は神無月の胸に右手を当て、そして――――「さらばだ、神無月恭一」


―――――思い切り、突き飛ばした。
肉体への負担は少ないが、下手な武術よりも遠くまで送ることができる。
ゆらり、と振り返り、神無月に見せたものとは全く別質のものと自分でも分かる冷たい眼差しを『そいつ』にやった。

人間の姿をしていながら、ボロの衣服と所々に見られる野生の色が否応なしに獣を連想させる。
身体には血液の付着した痕跡が見られ、ここに来るまでに人間を殺めていることは確かだ。


「はァーイ。サーカス殺人鬼が猛獣、松下健吾くんでェェェっす!! ねえねえどうしたの? そろそろ熱血ムードにも飽きてきたぜぃ」
「松下、健吾―――この―――」
「来るな、神無月!」


サーカスの殺人鬼の片割れ、猛獣の松下健吾。
その名前を聞いた瞬間に血相を変えた神無月を大声で静止しつつ、支給された鉄パイプを取り出す。

「あいつは相当だ。はっきり言って、お前を守りながら勝つのはちょっと厳しい」
「逃げろって、いうのか……」
「そう言っている。………安心しろ、この悪鬼はここで私が葬る。お前の復讐は私が為す」
「……分かりました。死なないで下さいよ、見上さん」
「応。白宮ちゃんを守れよ、色男」


走り去る神無月を追わせないように松下の行く手を塞ぎながら、眼前の猛獣を観察する。
筋肉の質は下手な格闘家より上のようだし、猛獣と名乗っているだけあり相当な実力者と言えるだろう。
しかし、隙だらけでもある。
一撃一撃の威力と速度は脅威かもしれないが、勝率は決して低くはない。


(それなら、戦える)


勝率があってもなくても、誰かを守るためになら私は、我が身を擲って戦える。


「さって! もうおっ始めたいんだがいいかね、オッサン?」

返答はしない。
意識を背後の少女に向けて集中させ、今までにないほどの清々しさを感じながら、言った。


「見ていろ。必ず勝ってやる――生憎と、私はまだ死ねない」



【B-1/廃墟街/午前】


【神無月恭一@生還者】
[状態]健康
[装備]裁縫用の大鋏
[道具]基本支給品一式
[思考]
基本:つぐみと主催を打倒


【見上壮一@消防士】
[状態]健康
[装備]鉄パイプ
[道具]基本支給品一式
[思考]
基本:他人の命を守る


【松下健吾@殺人犯】
[状態]腹部にダメージ(小)
[装備]メス
[道具]基本支給品一式
[思考]
基本:心行くまで殺し合いを楽しむ

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最終更新:2012年05月11日 09:50
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