33◆休憩時間 1*空白時間
あの男がこちらを殺しに来る。それを躱し、こちらはあの男を倒す。
しばしの話し合いのあと、五人は傍若無人の提示した”最終戦”に合意した。
「では、時間は四時間後。それだけ頂きます」
代表して紆余曲折が宣言し、貰った休憩時間は四時間。
これは自分たちの回復時間を取ると言うより、相手の回復を阻止するための時間設定だ。
最悪、四時間後に延長を申し込むということもできる。所詮はルール外の口約束。使える手は、全部使う。
だけどその”手”を考えるにも時間が必要。
プラス現状の把握が大優先だという考えは、この場に生き延びた全員の共通認識だった。
それから彼ら5人は、改めて自己紹介をした。
◆休憩開始より 三十分◆
「……切磋琢磨だ。どうにも、戦いには目が無いようになってる。先手必勝とさっき手合って、結果、殺した」
「紆余曲折です。……さっきは変に音頭を取ってしまってすいません。僕が殺したのは猪突猛進さんです」
「一刀両断。青息吐息に致命傷を与えたのはあたしだ。キルカウントに入ってるかどうかはわからねぇけど」
「あー、優柔不断っす。心機一転を殺したのはオレだ。えーっと、そんで……」
「勇気凛々です。一望千里さん、軽妙洒脱さん、それに酒々落々を殺しました。わたしが、殺しました」
ハリボテの車を動かしてバリケードを作り、車止めの縁石におのおのが座ると、自己紹介が始まった。
自己紹介……といっても、実験の開始前に”自己”を奪われた彼ら五人が語れるのは、
与えられた四字熟語の名前と、誰と出会い、誰を殺したかということくらいしかなかったのだが。
切磋琢磨は少し重めに、紆余曲折は気持ち頭を下げつつ。一刀両断はサバサバと。
急な合流をした優柔不断は言いづらそうに。勇気凛々は誠実に真っ直ぐ、これまでの罪を告白した。
告白されたその罪――いや、正確には
殺し合いの実験故、罪と言えるかは定かではないが、
ともかくその殺害報告を聞いて――三人と二人は、素直に驚く。
「やっぱり……みんな、誰かしらやっちまってんのか」
「俺は、一番殺しているのが君の連れのその少女だってのに一番驚かされたよ。一体何があったんだ」
一方は、生き残りの誰もが殺し合いを生き延びてきたという事実に。
もう一方は、目の前の小さな少女、勇気凛々が三人を死に至らしめているという事実に。
「わたしがやったのは確かです」
切磋琢磨に訊かれた少女は、少し目を伏せつつもやはり誠実に答える。
「でも、わたしにもよく分からない部分があるんです。ふわふわしていて、頼りないんです。
なぜわたしが《間違えて》しまったのか……ごめんなさい。今は、上手くお伝えすることができません」
「すまねぇ、タクマさん。凛々ちゃんもオレも、人を殺したときのことについては色々混乱してるんだ。
もうちょっと、考える時間をくれないか。あるいは、傍若無人は知ってるのかもしれないが……」
「ってことは――”ルール能力”がらみ、ってことかな。優柔不断さん、それに、凛々ちゃん」
「ああ、そうだ」
「はい、そうです。わたしたち二人は殺しをするに至ったその前に、同じ人物に接触している……。
傍若無人は確か、とくべつな名簿を。大まかなルール能力が記載されている名簿を持っていると言ってました。
その紙にあの人の、心機一転のルール能力が記載されていれば、謎に迫れるはずなんです」
「……なるほど。ルール能力が確定できないまま死んでしまったパターン、か……」
「どうする、紆余。俺はこの二人が嘘をついてるとは思えないが」
「僕もそう思います。・……分かりました。今からの決戦には関係ないことみたいですし。
それに二人ともすでに、殺しをしたことを”背負っている”。なら僕らからは、何も言わない」
「ハイパー感謝いたみいる。紆余くんだっけ、キミいい奴だな」
「ありがとうございます、みなさん」
優柔不断が、勇気凛々が、紆余曲折におじぎをする。
勇気凛々は後ろでひとつ結びにした長い髪の毛がくたりと前に垂れるくらいに深く。
――切磋琢磨はその髪の毛に、洗い落としきれなかっただろう乾いた血の破片がいくつもこびりついているのを見逃さなかった。
身体についた傷も、その憔悴度も、五人の中でこの少女が一番多い。
三人を殺してしまうような・……どんな”戦闘”をくぐってきたのか。
彼はそれに興味があったが、今は他に優先すべきことがあった。
切磋琢磨は右を向く。ポニーテールを切ってさっぱりとした髪になった一刀両断がじっと目を閉じている。
「じゃあ、一刀両断」
「ああ」
自己紹介からだんまりを決め込んでいた彼女は目を開くと、持っていた日本刀をコンクリートに突き刺す。
《まるで水面に木の棒を差し込むかのように、するりと切っ先は入っていく》。そしてぱっと手を離すとそこで止まる。
彼女は他の四人に向けて、真正面からきっぱりと言った。
「これから、あたし達はあの男を倒すわけだが。その前に、聞いてほしいことがある」
「あー、オレもあんたにゃ聞きたいことがある」
と、遮って手を上げる者がひとりいた。優柔不断だ。彼は日本刀を指差し、
「その日本刀――空から落ちてきた。あれ、なんだよな。てことは」
「ああ」
「じゃあさっき、オレたちのことを知らないフリをしたのは……」
「ああ、嘘だ。それもこれから話す」
「……言い切るねぇ。随分かっけえこと。そんじゃ、聞かせてもらうとするわ」
いくつか質問して、一刀両断はそれに答える。
答えに納得したらしい優柔不断は、もう何も言わないよとばかりに両手を頭の後ろに組んで唸った。
一刀両断は一呼吸おいて、再び話し出した。彼女の戦いを。
「傍若無人と。あの男とあたしは、闘った。
そして、未だ不明なあいつのルール能力――その手がかりを掴んだんだ。
結論から言うぜ。”傍若無人には、ルール能力が効かないかもしれない”。
あの男の前では、全てが無になってしまうのかも、しれない」
それは一刀両断が紆余曲折や切磋琢磨と離れてから、彼らの下に戻ってくるまでの話。
青息吐息や先手必勝との戦い、傍若無人との対話、
さまざまなことに邪魔されて伝えられなかった、空白の時間について。
◆休憩開始より マイナス二時間四十八分◆
あるべき場所から消えてた日本刀を探すために、あの時あたしは紆余たちから一旦離れた。
十分で戻るとは言ったが――実際のとこ、十分で戻るつもりは、なかった。
日本刀が見つかるか、あたしが日本刀を諦めることができるかの二択だった。
あたしのルール能力に使う刃物はこれじゃなくてもいいことは知っていた。
けどこの日本刀はあたしにとって、けっこう大事な物なんだ。
もともとあたしに支給されてたのは日本刀じゃない。これは猪突猛進の支給品だ。
あたしが偶然、一番最初にあの子に出会って。あの子と支給品を交換したから、あたしは紆余と戦うことができた。
そう考えるとどうしても必要だったんだ。とくに、猪突猛進のやつのことを忘れてしまいそうなのが怖かった。
馬鹿だよな。それだけ大切なら、すぐに取りに行けばいいのに。
でも大切なものって失って初めてその重さに気付くだろ、そういうものだろ。だからあたしは、焦ってたんだ。
焦って、独断で紆余たちから離れてまで、施設の中をかけずって。
そしたら案外早く、あたしはあの場所にたどりついた。
優柔不断、勇気凛々、お前らは知ってるよな。なにしろ”当事者”なんだから。そう、C-1の中央階段だ。
日本刀を探すのに、まず二階に行って一階に下りるルートを使ってたから、あたしは二階にいた。
ちょうどレストラン街のあたりだ。そこに着くのとほぼ同時だったかな、
中央階段の下から物音がしたから覗いたら、ちょうどそこの小さいのがふっとばされてくるところだった。
――え? お前それで十五なの? すまねえ、干支一回りは離れてると思ってた。
とにかく着いたと同時にそれを目撃したあたしはすぐレストラン街に向かった。
適当な店を見つけて、中に入って包丁を取った。身を守るため、そして、もしもの時に他の参加者を殺せるように。
なるべく使いやすい、かつ刃渡りの長いやつを選んだ。
戻ってみると状況が変わっていた。傍若無人と凛々、お前が無謀な戦いをしてるのが見えただけじゃない。
階段の裏に新たな登場人物がいたんだ。そう、優柔不断、お前だ。
きっとあたしがレストランに向かってすぐ中央階段に着いたんだろうな。
お前はずいぶん長いこと震えていたみたいだった。
あたしが戻ってきたのは――びくびくしながら戦いを見てたその男が、ちょうどデイパックから獲物を取り出すところだった。
お前がこの日本刀を取り出した時、あたしのやることは決まった。
――あたしは一刀両断。紆余曲折の盾だ。
そしてあたし自身としては、あたしは盾だけでなく剣も兼ねる必要があると思っている。
つまり、状況に応じて最善の対応をするってことだ。
目の前に三人の参加者が居て、そのうち一人があたしの目的の獲物を持っている。
紆余を優勝させるためにこの状況をどうするか。答えは簡単、全員殺すことだ。
そうだ、
あたしがお前を蹴り飛ばして戦場のただ中に放り込んだのは、凛々を助けさせるためじゃねぇ。
お前を傍若無人に突撃させて、殺すためだ。
準備は万端にした。
死んだお前から傍若無人が日本刀を取り上げたその瞬間にあたしがそれを奪えるように、
先に踊り場の手すりを包丁で《上手く斬って》、蹴りでがれきを下に落とせる状態にしておいた。
お前を突き飛ばして、傍若無人に殺させて……タイミングを合わせてがれきを落とし、
同時に二階から飛び降りて日本刀を奪い、傍若無人の首を獲る。
しかるのちに瀕死の勇気凛々も殺す。あたしはそのつもりだった。
まさかお前が《斬撃を無効にする》だなんてルール能力を持ってて、凛々を助けちまった上に、
傍若無人にまで一撃与えるだなんてあたしは思ってもいなかったんだ。
作戦は変更を余儀なくされて――傍若無人の意識を逸らすためのがれき攻撃が、
タイミングのずれでお前らを逃がす手助けになっちまって。
それでも、傍若無人から日本刀を奪うっていう本来の目的だけはなんとか果たせた。
で、ここからが。
ここからが、あたしとあの男しか知らない場面だ。
あたしの目的は変わらない。ここで一人でも多く殺しておけば後で紆余に有利になることは確定しているし、
さらに優柔不断のおかげで傍若無人は痛手を負っている。絶好のチャンスだと思ったよ。
すぐに駆けだした。相手は斧を持っていたから、まず一合、あたしのルール能力であの斧を《斬って》やろうとした。
問題はここからだった。
”あたしの斬撃が――斧に弾かれた”んだ。
日本刀が。《何だろうと無条件に切り裂く》はずのこの日本刀が、あいつの斧には”通用しなかった”。
……幸いこの初撃ではあたしはダメージを負わなかった。
タクマは気づいてるだろうが、《何でも切れる日本刀》には、これ特有の戦い方がある。
斬るのに力が全くいらないから、どちらかといえば逃げ腰で戦うのが正解なんだ。あたしとしては嫌な戦い方だがな。
まあ、このときはそのお陰で、日本刀が弾かれたときにはあたしは斧の攻撃線から逸れていた。
斧が地面を打った。
地面の、床のカーペットが割れて、その下のコンクリに突き刺さった。
構え直したあと、傍若無人はあたしの方を見て笑ったよ。そう上手くはいかないぞって言いたげな顔でな。
――なぜ日本刀が弾かれちまったのか、だなんて考える暇はなかった。
そこからは防戦一方だ。ルール能力無しでの戦いじゃ、あたしは破顔一笑にすら通用しない。
手負いとはいえ歴戦の猛者に勝てるわけがねえ。
頑張ったとか誤魔化すこともしないさ、普通にボコボコにされかけた。
逃げ回って逃げ回って、致命的なダメージをどうにか防ぐだけの戦いだった。
絵面だけ見りゃ、ちょっと前の中央階段下となんら変わりねぇ。
凛々があたしに代わって、お前が挑んでは薙ぎ払われてたのが、あたしが逃げたり追われたりするのに代わっただけだ。
お笑い種さ。
最終的に、しっぽを掴まれた。
後ろ髪を引かれて吊り上げられた。
あの野郎、身長と腕力があるくせに乙女心ってもんが分かってねぇよな。
髪引っ張って吊り上げるとか屈辱以前に髪が傷んでしゃーねえっていう話だぜ。そんな場合じゃなかったけど。
つーか死ぬかと思った。
あの男がそこから斧を振るわずに、デイパックからあれを取り出さなきゃ――実際に死んでたよ。
ん? あれって何かって、お前、それに優柔不断も気にならなかったのか?
あの場には明らかに足りないものがあっただろ。
無かっただろ、あるべきものが。人を人だと示すために、いちばん大事なものが。
首が。
そう、動けないあたしに向かって、あの男はそれを使った。
破顔一笑の、その頭部を。あたしの顔を《破る》道具として、死体の首を使ったんだ。
効果を試したかったんだろうな。まさか、あたしがそいつとすでに一回戦ってるとは思ってもみなかったんだろうよ。
笑顔のまま死んだ破顔一笑の顔があたしの前に差し出される。
あたしはそれに気づいた瞬間、目を瞑ってジャージのポケットからこれを取り出した。
二階に置いてあった誰かの――え、お前のだったのか、そりゃ奇遇だなまた。
えーっと、二階に置いてあった凛々のデイパックから拝借してあった、この手鏡を使ったんだ。
ふふ、用意がいいことだろ? あたしもここだけは自分を誉めていいと思ってる。
結局これが決め手になったからな。破顔一笑のルール能力は手鏡によって跳ね返されて、
奴自身の顔が《破れて》、首はただの首になった。
そうして出来た隙を使ってあたしはもう片方の手に握った日本刀で自分の髪を《斬って》、
傍若無人から解放されると全速力で走ったんだ。
全速で、全力で、傍若無人の前から姿をくらませるために娯楽施設の中を走り回った。
逃げて逃げて、逃げ切ったんだ。そりゃもうただただ純粋にな。
拡声器のバカデカい音であたしがB-2へと移動することになるのは、その少し後の話だ。
以上が顛末だ。
カッコよく助けているように見えたかもしれないけど、実際は酷いか情けないことしかしてない一刀両断の独白だ。
まったく、本当は隠しておきたいくらい恥ずかしい話だよ、でも、あたしはこれを伝えなきゃならなかった。
”あたしのルール能力が通用しなかった”こと。そしてもう一つ。
あの男から逃げる時、あたしは確かにこの手鏡で破顔一笑のルール能力を跳ね返したはずだ。
なのに――”あの男の顔は破れなかった”。あの男も確かに、鏡に映ったそれを見たはずなのに。
だから、あたしの私見はこうだ。
あいつのルール能力は、おそらく。”自分に対するルール能力の無効化”だ。
これを踏まえた上で対策と作戦を考えねぇと……あたし達は、一秒かからず殺されちまうと思うんだ。
◆休憩開始より 一時間◆
「……どう思う、凛々ちゃん」
「何についてですか。さっきの話なのか、もっと前か、それともちょっと前のことか」
「全部だよ全部。オレたちが考えなきゃいけないのは全部だ。きっと一つでも思考停止したら、死ぬぜ」
「そうですね……。わたしもそう思います、優柔不断さん」
傍若無人からの一方的な最終戦の宣告から一時間。
彼が語る”脱出の方法”という撒き餌につられる形で共闘を決めた五人の参加者は一通りの情報交換を終え、
三時間後に迫る決戦に向けてグループ別に固まって休息を取っていた。
円形に並べたハリボテの車が形作る防衛サークルの中、東の端に紆余曲折と一刀両断のペア。
少し離れて真ん中に切磋琢磨、そして西の端に、優柔不断と勇気凛々は居た。
二人は赤い車に体を預けるようにして、すこし離れて座っている。
「まずは、さっきの一刀両断の話についてからだ」
優柔不断は隣の同行者の少女へ顔を向けると、しゃべらないと落ち着かないといった様子で話し出す。
「あれを……あいつが語った話を、オレたちは本当に信じていいのか?
ルール能力が効かないったってよ、聞く限りじゃもう残ってる奴の中で傍若無人に通用しないのはあいつの《一刀両断》だけだろ。
切磋琢磨さんのルール能力も、紆余くんのルール能力も対象は傍若無人自身じゃねえし、オレたちのもそうだ。
《一刀両断》が効かないってのは確かに重要な話だけど、自分が戦いたくねーから嘘ついたと思われても仕方ねーぜ」
不安げな表情でそう言った優柔不断を見て、もっともな反応だ、と勇気凛々は思う。
凛々自身も一刀両断の発言には疑問を呈している。
そもそも傍若無人による放送以前に彼女が自分たちに出会ったとき、彼女は自分たちのことを知らないフリをしたうえ、
自分たちを危険人物と断じるかのように振る舞って話し合いの余地をつぶそうとしていた。
さらに先の話では、自分たちに関して、傍若無人を殺すための囮に使ったことを告白してきたのだ。
明らかな悪意がそこにはあって。勇気凛々はこれまで、そういうことをする人を悪い人だと断じてきた。
だから彼女の話を真正面から信じろだなんて、普通なら到底無理な話だ。
けれど。……悪い人が必ずしも悪いことばかりするわけではないことを、少女はすぐ隣に座る男から学んだばかりなのだ。
「わたしは――そうは思いません」
「マジか。信じるってのか?」
「いえ。話自体には、わたしも素直に賛同できかねるところがあります。傍若無人と打ち合ったのはわたしも同じですが……、
”あの人の斧が床のカーペットごとコンクリを割った”というのは少し、納得できません。そこまでの力があったかどうか」
「作り話かもしれない、ってことか」
「これだけじゃ判断できませんけどね。わたしの《りんりんソード》は、わたし自身は軽く扱えるんですが、実際はかなり重い武器。
一刀両断さんが日本刀であの斧と打ち合うのとでは勝手が違うでしょうし。それに、わたしが違うと思うのはそこじゃないんです」
「……?」
「あの人は……一刀両断さんは、自分のために嘘を吐く人じゃない気がするんです。
自分が戦いたくないって理由で嘘はつかない……嘘を吐くにしても、何か、誰かのために吐いている」
「はあ? どうしてそう思うんだ?」
「上手くは言えませんが、あの人もわたしと同じで……うーん、すいません、言葉にするのが下手で。
ともかく一刀両断さんは自分のことを、紆余曲折さんの盾だと言っていました。
わたしたちに対する行動もすべて紆余曲折さんのために行ったことだと言っていました。だったら……」
会話を一旦止め、少し離れたところにいる一刀両断を二人は見る。
彼女は紆余曲折と何かを話しながら、彼の顔に巻かれた包帯を新しいものに取り換えているところだった。
破顔一笑の恐ろしいルール能力をもろに食らったという少年の顔は遠目に見てもひどい有様で、
顔のいたるところがずたずたになってしまっている。目も閉じたまま、もう開かず、何も見えないのだという。
――放送はもう過ぎた。
破顔一笑の名前もちゃんと呼ばれた。しかし、紆余曲折の顔はまだ傷だらけだ。
この事実は二人にとってとても重要なことだった。激辛団子の痛みを癒しながら二人が行っていた推理では、
現時点で紆余曲折の顔は治っていなければならないはずだった。
もちろん理由はいくらでも思いつく。効果が消えても傷は消えない場合。心機一転のものだけが特別だった可能性。
だがあまりにも不確かだ。ふわふわしている。一刀両断の話の真偽と同程度に、これも答えの出ない問題なのだ。
そしてその答えを出すには……。
優柔不断は再び勇気凛々の方を向いて、そのほっぺたをつんと人差し指で付く。
「わっ」
「おー、さすがにぷにぷにしてるじゃん」
「ち、ちょ、やめてくださいっ! なにするんですかいきなり」
「いやすまんつい弾みで」
「斬りますよ」
「それは殴りますよのノリで言っていい言葉じゃないぞ凛々ちゃん!」
むすっとして睨んでくる勇気凛々に半笑いで返事をして、優柔不断は両手をホールドアップする。
「えーっとだな、それはそれとして! どっちみちオレらにゃ傍若無人の能力を推理することなんかできないんだ、
共闘すると決めた以上疑ってばっかもよくないだろ。一刀両断の話は保留にしようぜ。
今はただ、来るべき決戦に備える時間だろーとオレは思う! 無駄な争いはやめようやめよう」
「ええ確かにこの《りんりんソード》であなたを斬っても《斬れません》。
ですがわたしのストレスは発散されますよね? それって十分、あなたを斬る理由になると思うんです」
「おいおいソード出さないでー! 凛々ちゃん、君は一番疲れてんだからオレのひざまくらで寝るべきだと思う!
いやむしろオレが凛々ちゃんのひざまくらで寝たいかもしれない! これっていい案だと思いませんかね奥さん」
「そういうのは全部終わった後にしてください。
大体、五対一とはいえ、わたしたちで傍若無人を倒せるかもわからないのに、遊んでる時間なんて……」
「倒せるさ。いや、倒す」
不意に別方向から聞こえた声に、二人は一斉にそちらを向いた。
さっきまでバリケードの中央で座禅を組んでいた赤髪の格闘家、切磋琢磨が二人を見下ろすように立っている。
その目は紅く燃えているように見える。自力、プラスのルール能力で鍛えられた身体から放たれるオーラも、燃えている。
呆然とそんな切磋琢磨を見やる二人を真っ直ぐ見据えて、切磋琢磨はもう一度言った。
「倒す。俺が。傍若無人は俺が倒す。
老師の仇でも、あの男がジョーカーだからでもない。
あの男を倒せば脱出できるかもしれないとか、その真偽すらもはや、関係ない。
俺が強くなったことを――正しく強くなったことを証明するために。俺はあの男を倒さなければならないんだ」
「タクマさん?」
「だから休む間もなくてすまないが、君たち二人には協力してほしい」
脇を締め、足でとんとんとリズムを取る。右手左手にはボクシンググローブ。構えは小さく、”待機”。
切磋琢磨は明らかな戦闘前体勢を取りながら、いまだ事態が呑み込めない二人に向けて説明した。
「俺のルール能力は《戦うたびに強くなる》能力。そしてそれは、《一人一回》《対象からダメージを受けた時に》発動する。
今から俺と君たち二人で、本気の練習試合をしたい。俺はまったく手を抜かないから――俺にダメージを与えてくれ」
「あ、あんたにオレと凛々ちゃんでダメージを!? 無理だろ、あんた聞く限りすげー強いんだろ!?」
「わかりました、やりましょう」
「凛々ちゃあん!?」
「どのみち今のあなたにすらダメージを与えられないようでは、最終決戦でわたしは役に立たないでしょうから。
不束者のわたしで良ければ、お手合わせ願います、切磋琢磨さん」
「ああ。じゃあ、始めよう」
「ちょっと待てオレの意思はぐえっ!?」
風が吹く暇すらない速度で距離を詰めた切磋琢磨は、
セリフを言い終わる前の優柔不断の首に手刀を振りおろし、気絶させる。
はらほれひれはれ、古典的なフレーズを呟きながら一回転し、優柔不断は車にもたれかかるようにすとんと倒れこんだ。
一人を仕留めた切磋琢磨はもう一人の少女がいる方を見る。
何も居ない。
上か。
「《りんりんソード》ッ!」
「むっ――!」
左。
地面に向けてソードを《出現》させ、その反動で小さな体を跳ばしていた勇気凛々が、再度の跳躍で切磋琢磨に迫る!
咄嗟に防御の構えに切り替え、筋肉硬直させた腕を前に突き出す切磋琢磨、
その腕に向かって、全力で振り下ろされた《りんりんソード》が火花を上げてぶち当たる――!
両者は目線を交わして、お互い高揚の笑みを浮かべた。
せっかくの休憩時間だというのに、此処から少なくとも一時間、優柔不断が気絶しつづけ、その眼前で練習試合が行われた。
用語解説
【練習試合】
大会などを想定して同一ルールで行う模擬演習のこと。試合の練習。
はからずも、作中では試合っていうか殺し合いの練習の意味となっていて掛詞になっていた。
今気づいた。
最終更新:2013年06月25日 01:56