休憩時間2

34◆休憩時間 2*信頼関係



◆ ほぼ同時刻 ◆


「うわ、タクマのやつ凛々とおっぱじめやがった。全然回復する気ねぇなあいつら」
「タクマさんは思ったより戦闘狂ですよ……まあ、いいんじゃないでしょうか。
 多分タクマさんは寝てても身体がなまるだけだと思いますし、自由にさせておいたほうがいいかと」
「まあそうだけどよ。――よし、包帯巻きなおしたぞ。きつくないか?」
「大丈夫です。ありがとうございます、リョーコさん」
「ならいいんだ。次は背中の傷のほうだな。よし脱げ、さっさと脱げー」
「わわっ、わかりました、分かりましたって」

 切磋琢磨と勇気凛々がレクリエーションじみたバトルを始めたその一方。
 円形につくられたバリケードの反対側では、一刀両断と紆余曲折が包帯を巻き直しながら雑談をしていた。
 彼らにとっては、薬局の診療室以来久しぶりの二人だけの会話の時間でもある。
 積もる話も積もらない話も喉の奥に溜まっていて、会話が尽きることはなかった。
 いま、車止めの置き石に座った紆余曲折と向かい合うようにしてしゃがみこんでいる一刀両断は、
 一番始めの戦闘で彼女自身が彼につけてしまった背中の傷についても包帯を替えようとしているところだ。

「よいしょ……ほら、まず上から脱がすぞ。手を後ろに開け。
 ん……オーケーだ。懐かしいなぁおい、あれからまだ半日も経ってないんだぜ、あたしたち」
「ですね。というかあの時、気絶してる間に僕はリョーコさんに一回脱がされてるんですよね……。
 今さら恥ずかしいとは言いませんが、その時のことを思うと、なんだかなあ」
「別に恥ずかしい体でもないだろ。むしろ細いわりには意外に筋肉ついてんなって思ったぜ。
 ただスポーツ野郎の筋肉の付き方じゃなかったから、少し不思議に思ったけど。……よし、Yシャツも」
「あー……それはたぶん、ゲーセン時代の名残りですね」
「?」

 ボタンをぷちぷちと外したあとに、すらりとYシャツが紆余曲折の腕から抜けた。
 包帯が胸から腹まで巻かれた紆余曲折の上半身があらわになる。
 一刀両断が言うとおり、学ランのゆったりさに隠されていた彼の身体は思いのほかきっちりとしている。
 脱いだらすごいとキャッチコピーを付けられる程ではないが、腕相撲で一刀両断に勝てるくらいはあるだろう。
 考えてみれば彼は、最初の戦いでイノシシの突進を避けたりもしていたし、平均的な身体能力は持っているのだ。
 とても運動系の人間とは思えない彼がどうしてあそこまで動けたのか。
 一刀両断はかねて不思議に思っていたが、
 紆余曲折はそれについてここで初めて、自らの過去に触れるワードを出した。

「ゲーセン?」
「あんまり覚えてないんですけどね。奇々怪々によって人間関係の記憶は奪われているうえ、
 僕に――紆余曲折に”なる”前の僕にとっては、あまり思い出したくない事だったみたいなので」
「なんだよ珍しいじゃねーか。紆余が自分語りするなんて。聞かせてくれよそのへんのこと」
「いいですよ。でもかわりに、一刀両断さんも自分の”夢”について話してもらいましょうか。詳しくは聞いてなかったですよね?」
「あー、それはだな……」

 一瞬口を開きかけた一刀両断は、そこではたと気づいたように目を見開くと、すぐに目を伏せる。

「別に、大した話じゃないんだが。今は……今は、無理だ」
「今は無理、ですか。何かあるんですか」
「いや、……あたしの気持ちの問題だ」
「そうですか。では、僕も今は話しません。そうですね――”最終戦”が終わった後にしましょう。
 最後の戦いが終わったあと。全てが、何もかもが終わった後でなら、お互い気兼ねなく話せるでしょう?」
「……じゃあ、それで頼む。……包帯替えるぞ」

 一刀両断は彼の胴に巻かれた緩んだ包帯をするすると取り、
 地面のデイパックから医療セットを取り出して立ち上がると背中側に回る。
 しばらく続けていた雑談も、これによって一旦中断になる。無言の包帯替え作業が始まった。
 話すのをやめると喧騒が聞こえてくる。切磋琢磨と勇気凛々の熱い戦闘音や発声。
 まだ戦う余力が残っているなんて、元気なものだ、と紆余曲折は思う。
 動いていない彼でさえ、さまざまなことがありすぎて疲れているというのに。
 するする。
 包帯がするすると外されて、肌に新鮮な空気が当たる。爽快な気分で、紆余曲折はそれを味わう。
 最初の戦闘で負った傷に巻かれた包帯を、こうして無事に替えることができている。
 その事実は彼にとって驚くべきことでも、喜ぶべきことでもあった。懸念さえなければもっと清々しい気分だったろう。
 懸念さえ、なければ。
 彼には勇気凛々が優柔不断と一緒に考えていたのと同様に、考えなければならないことがいくつかあった。
 傍若無人の行った”最期通牒”……そのあと一刀両断が話した、”空白時間の話”。
 どちらの話にも紆余曲折は、拭いきれない違和感を抱えていた。
 あれだけ情報が詰め込まれた話だったのに。どこか雲をつかむような、手をするりと抜けていくような、虚無感を感じるのだ。

(なんだろう……? 傍若無人の話も一刀両断さんの話も、信憑性はともかく話の筋は通っているはずなのに。
 不思議なくらいに”合ってない”感じがする。これまでのキャラクターから、ぶれてしまっている)

 傍若無人の方で言えば、”最終戦”なんてものを提案してくる時点でうさんくささが満点だ。
 優柔不断や勇気凛々とのいさかいを収めるような絶妙なタイミングで始めたことで隠してはいるが、
 あの時すでに五人は積極的に殺し合いに乗っている状態じゃなかった。
 わざわざ放送をせずとも、”ジョーカー”であることを告白したり”脱出方法”をちらつかせたりしなくても、
 今の「傍若無人vs他の五人」という構図にはほぼ間違いなくなったはずなのだ。
 それを見ていたはずなのに――なんでわざわざ、積極的に自らの立場を明かしたのだろうか?
 時間制限のほぼない休憩タイムまで許して、傍若無人にとって不利であろう五対一の決戦の場を作り出す理由は、
 金のためではないんだとすれば、よけいにおかしい話だっていうのに。

(言わなくてもいいことを言いすぎなんだ。そのせいで話しの内容はおかしなところだ。一刀両断さんもそう。
 僕の知っている”リョーコさん”なら、あんな事細かな描写はしない。話をもっと、簡潔にまとめてくれるはず。
 それだけじゃない。一刀両断さんは明らかに、一つ以上は嘘をついている……!)

 巻かれる包帯の感覚を確かめながら、紆余曲折は背後に座る一刀両断に意識を移した。 
 今もこうして紆余曲折のために尽くしている彼女だが……彼女はひとつ、彼にしか分からない嘘をついている。
 まだ明かしていない紆余曲折の”切り札”は、そのお陰で”最終戦”まで隠すことが出来るようになった。
 しかし非常に不可解なことに、一刀両断の話が真実であれば、その嘘をつくことは不可能になってしまうのだ。
 ”一刀両断が傍若無人から逃げおおせた”のだとすれば”無い”はずのものが、見える場所に存在してしまっている。
 つまり、つまりそれは――――。

「よし! 替え終わったぜ。新品で清潔、これで後に残ることはないだろうよ」

 背後から聞こえた声に、紆余曲折は思考を切り替える。一刀両断による包帯の巻き替えが終わっていた。
 新しくなった包帯はちょうどよいきつさで巻かれていて、しばらくは緩むこともなさそうだ。

「ありがとうございます……というのは変かもしれないですね。これはリョーコさんが付けた傷ですし」
「まあな。というか、お前はあたしに感謝する必要はないんだぜ、紆余。
 この関係はお前があたしに強制したものであって、あたしは嫌々やらされているだけって設定なんだからよ」
「……そうですね。確かに、そうです。とてもそうは見えませんが」
「あんまし外面の態度だけで信じない方がいいぜ。女ってのはこれで、演技の上手い生き物なんだ」
「年をとればとるほど女性は怖くなるとは言いますよね。でも、僕から見てもリョーコさんはまだまだ若いと思いますけど――」

 軽口をたたき合いながら彼は一刀両断のほうに向きなおる。そして瞑ったままの目で、髪を切ったという彼女の姿を見据える。
 視線あわさずとも、正面で。紆余曲折は一刀両断と向き合う必要があった。
 一刀両断は笑いながらこちらを見返したのかもしれないし、少し驚いた顔をしたのかもしれない、
 ”リョーコさん”が”どんな表情で彼と接しているのか”は、今の彼には分からない。
 顔に巻かれた包帯のたった数ミリの厚さが、一刀両断と紆余曲折の間にどうしようもない壁を作っている。
 もし。もし紆余曲折の推測が正しければ、彼女から感じるあらゆる違和感はひとつの仮説に収束する。
 ついでに線がつながって、傍若無人の思考も少し見えてくる。
 それは紆余曲折にとってあまり考えたくない可能性だったが、思考から外していいことではなかった。

「ん? どうした? そんな見つめられると照れるぜ」
「リョーコさん。確認をとって、いいですか」
「ん」

 だから、確認を。
 曇天のように重い語り口で、紆余曲折は一刀両断に話を切りだす。
 彼にしか分からないほんの些細な変化について。
 背中の傷がぴりぴり痛みだすと同時に、場の空気が一気にぴりぴりと張り詰めた。

「僕は――僕はリョーコさんを、信じています。出会ってまだ間もなかろうと、敵だった過去があろうとも。
 いや、敵だったことがあるからこそ。リョーコさんの、一刀両断としての生き様に間違いがないことを、信じています。
 たとえ今僕の目の前にいるリョーコさんがリョーコさんでは無くなっているとしても、そこに違いはないと。僕は、信じます」
「……何の話だ」
「言いません。僕は、紆余曲折だから。僕も僕らしく。
 あくまで回りくどく、核心には触れずに遠回りして確認をします。答えてください。僕は」

 ――僕はあなたを信じていいですか。と。
 紆余曲折はたった一言、それだけを言った。
 言われた一刀両断は数秒沈黙した。
 その沈黙の間、切磋琢磨と勇気凛々のレクリエーション戦闘音以外のすべての音が世界から消える。
 信じるという行為は、とても難しい行為だ。
 盲目的な信頼はむしろ相手の枷になるし、それすなわち裏切りの可能性を生むことにもなる。
 ましてや殺し合いと言う場で同じ参加者に向かって「信じる」などという言葉を吐く危険性を認識していない二人ではない。
 ゆえにこれまで二人の関係性は、あくまで事務的な取引の結果という体裁で行われている。
 たった一回の口約束のもとに。そう、まるで傍若無人との”最終戦”の取引と同じ――それはとても不安定なものだ。
 紆余曲折はしかし、信じていた。
 一刀両断と自分の間にはたしかに信頼関係が生まれていることを信じてここまでやってきた。
 だからこそあえて何も言わない。
 彼が傍若無人の話や、一刀両断に感じている違和感も、そこから導き出される結論もここでは言わない。
 なぜならば彼の信頼上のリョーコさんは、彼がそこまですでに考え付いていることを信じているからだ。
 それに応えるために、全てを理論立てた上で最終確認をしているのだということを、分かってくれるはずだからだ。

「……ああ。信じていいぜ、紆余」

 沈黙を破って放たれた一刀両断の言葉は短く、悲しげで、
 しかしほんの少し嬉しそうな、よく分からないトーンだった。

「例えこれから何が起ころうと。あたしたちのすることは何一つ変わっちゃいない。
 すべてが、すべてが終わった後に。きっとあたしとお前はまたこうやって下らない会話ができる。きっと、そのはずなんだ」
「そうですか。――わかりました。それが、聞きたかった」

 紆余曲折はその言葉を肯定と受け取り、一刀両断に向かって礼をする。
 これは感謝の礼でもあり、ここまでの非礼を詫びる礼でもあった。
 そして。それだけでは終わらない。この礼は、彼の彼女に対する、”ここから”の非礼を詫びるものでもあるのだ。

「じゃあ、またすべてが終わったあとに。それと、一刀両断さんには僕の盾として、一つお願いをさせてもらいます」
「ああ分かった。じゃあ、すべてが終わったあとで」

 彼はたった今から、一刀両断を信じない。


◆休憩開始より 一時間半◆


 優柔不断が突然の気絶から目覚めると、そこにはアスファルトに寝転んで曇り空を見上げる少女と青年の姿があった。
 鈴の髪留めをつけた少女と赤毛のムキムキな青年による”河原でケンカしたあと互いを認め合うメソッド”である。

「ああ、天晴だった凛々ちゃん。まさかあんな方法で俺にダメージを負わせるとは」
「空は曇りですけどね……タクマさんこそありがとうございました。
 わたし、なりふり構わずにやればなんでも出来るんだってことを初めて知った気がします」
「えーっと、なんでこんなことになってるんだオイ? いてて」

 急に首の後ろに痛みを感じて押さえながら、ハリボテの車によりかかっていた優柔不断はゆっくり体を起こす。
 なんで自分がこんなところで寝ていたのか全く記憶にない。《反転》していたときですら記憶は残っているというのに、
 一体誰の仕業だ――そう言おうとして刹那、いきなり《燃え上がり始めた》切磋琢磨の身体に彼は目を奪われた。

「……よし、来た。ありがとう凛々ちゃん。これで俺は――万全だ」
「あ、あんた……燃えて」
「これが俺のルール能力なんだ、優柔不断。見えるかな……俺が《強くなっていく》のが」
「うわ。わ、わかるぜ、わかる。なんだこれ、サイヤ人かよ」

 その炎の色は藍色。理科実験のガスバーナが放つ青色よりさらに濃い青のゆらめき。
 地面に寝転んでいる切磋琢磨は煌々と燃え上がりながら冷静に、自らが《強くなる》際の心臓の鼓動を確かめていた。
 優柔不断はその心臓の鼓動を聞いた。
 肥大しては縮小し、濃密さを増していく彼の筋肉を、そこに溜められていく力の大きさを見ただけで感じた。
 これは、”強すぎる”――強大な力の本流に気圧された優柔不断は、ごくりと唾を呑んで目の前の男の顔色を伺う。
 が、切磋琢磨は変わっていない。驚くほどに落ち着いている。
 強さを手にすることによる驕りや邪念はもはや彼の心の中には無いのだ。
 ついさっき卑劣な手を持って心を揺さぶってきた憎むべき傍若無人に対しても、一切の雑念なしに戦うことが出来るほどに。
 崇高なまでの、切磋琢磨。

「……すっげえ」

 優柔不断はそれを見て、手を震わせた。
 純粋すぎるその強さに、尊敬すればいいのか、恐怖すればいいのか、分からなくなる。
 ”四字熟語なんてくそくらえ”と優柔不断であることを投げた彼は、ほんの少しだけ思うのだ。
 もし自分があのまま”優柔不断”で居続けたならば、この切磋琢磨のように”優柔不断”になっていたのかもしれないと。
 そうなっていたらどうなっていたんだろうと――ほんの少しだけ。
 優柔不断のそんな思考はつゆ知らず、切磋琢磨は寝転んでいた状態から立ち上がり、数回手のひらをグーパーする。

「よし……《強さ》は大体掴んだ。すぐ使える。今から傍若無人と戦ってもいいくらいだ」
「頼もしいです、タクマさん。ただまだ、わたしたちの方に休憩がほしいですけど」

 地面にころんと転んでいた勇気凛々も上体を起こす。
 と、近づいてくる足音が二つ。包帯を替えおわった紆余曲折と一刀両断だ。

「お、紆余! それに一刀両断! 包帯は替え終わったか」
「ああ。そっちもウォーミングアップは終わったみたいだな」
「ばっちしだ。凛々ちゃんのおかげで《段階》も上がった。これでようやく、作戦が立てられる」
「こっちまで戦闘音が聞こえるような激しいのをウォーミングアップって言うのかどうかは謎ですけど……作戦、そうですね。
 そろそろ話し合いを再開しましょうか。おそらくみんな、気持ちの整理はついたと思いますし」

 一刀両断に手を引かれながらおぼつかない足取りで立つ紆余曲折が、場に言葉を置いた。
 ふと状況を見れば、いつのまにか五人が再び一か所に集い、きれいに円を描いて立っている。
 あとはここにどすんと座りでもすれば、腰を据えて話し合いするのにはおあつらえ向きの体勢だった。
 情報交換のあとの休憩タイムも約束の半分の時間を過ぎようとしている。
 打倒傍若無人の方向性も五人の間で固まった。確かにそろそろ本腰を入れて”最終戦”での動きを確認しておいても問題ない時間だ。

「まあオレは気絶してたっぽいから正直話の展開についていけないんだけどねっ! もう五分く・れ・な・い・か」
「ええ、わたしも優柔不断さんも大丈夫です。話し合いを再開しましょう」
「あ、その……スルー……?」

 全員その場に座って。話し合いは再開された。


◆ 休憩開始より 二時間半 ◆


 一見なんてことないと思っていることでも、案外話し始めると深く考えることができるものだ。 
 そして同時に、意外とそれについて詳しかったり、逆に詳しくなかったり、あるいは興味があったりなかったり、
 話題についての自分のスタンスを明確にすることもできたりする。
 修学旅行の計画、好きなバンドの歴史、あの本の感想、そして――殺し合いの作戦。 

「……こんなもの、ですかね。正直、こんなに盛り上がるとは思いませんでした」
「だなあ。祭りは準備期間が一番楽しいってのはよく言う話だけど、ある意味なんつーかオレらの神経もくるってきてんのかも。
 異常な状況を楽しんじゃってるっていうか」
「だが、勝つため、生き残るためには必要なことだ。真剣にやらないと意味はないと俺は思う」
「あたしも同意だぜ。ってもなー、女子的にはまだ話し足りない感があるな。
 一度火が付いちゃうとトークが止まらない。久しぶりの感覚だ。なあ、そこの凛々」
「はい。何でしょうか?」
「向こうでガールズトークしようぜ」

 へ? と面を喰らった顔を勇気凛々がしたのも無理はない。
 ガールズトークだなんて単語がこの殺し合いの場で出てくるだなんて考えがまず浮かばないからだ。
 だが、突拍子のない発言をした一刀両断のほうを少女が見返すと、
 散切りの髪を揺らす彼女はうきうきした様子で少女の瞳をまっすぐ見つめ、まるで少女が頷くのを待っているかのよう。
 どうやら裏表のある発言のようだった。
 B-2の駐車場、車で作られたバリケードに囲まれたかりそめの休憩空間を五人が作ってから二時間半が経過していた。
 情報交換を終えたあと、しばし心を落ち着かせるためのインターバルを置いて、
 先ほどまで五人は傍若無人打倒のための話し合いをし、そしてそれを今終えたところだ。
 このタイミングで。
 ガールズトーク?

「――いいでしょう。受けて立ちます」
「よしじゃああっち行こうぜ」

 勇気凛々は一秒逡巡して二秒で返事をした。
 言ってしまったあとにガールズトークは別に受けたり攻めたりするものではないと気付いたが、
 今さら訂正できるはずもなく、また、一刀両断とのガールズトークがただの”トーク”ではないであろうと思ったので、
 別にこれでいいやと思い直した。
 それに勇気凛々にとって、この展開が願ったり叶ったりでないというわけでもない。

「《りんりんソード》――《凛ノ型》。」

 掛け声とともに《りんりんソード》を生成する。ただし今までの大剣ではなく、その刀身は細く鋭い。
 驚く顔を見せた一刀両断をぷいと一瞥すると、勇気凛々は立ち上がり円形バリケードの中央部へと歩を進めていく。
 軽くなった剣を慈しむように撫でて、真っ直ぐに前を見た。対岸に立ち並んだ一刀両断には、その姿はずいぶんと潔く見えた。

「へぇ、剣、軽くしたのかよ。タクマとの戦いで、お前も得るものがあったみたいじゃねーか」
「威力は変わっていませんから安心してください。《勇ノ型》で反重力に使っていた分の力を込めることができるようなので」
「なるほどな。ずいぶん、肩の荷を下ろしたみたいだな。……三人殺しておいて?」
「――それを”背負う”ためにも、軽くならないといけません。わたしはもっと、わたしを凛とします。この剣みたいに、まっすぐに」
「ふぅん。じゃ、あたしはそれに”合わせよう”」

 と、対する一刀両断はジャージのポケットから白い布きれのようなものを二つ取り出した。
 ばらりと開くと、それを手に嵌める。布きれに見えたものは、薬局などにも置いてあるゴム手袋だった。
 それを付けた手で、日本刀を鞘から抜く。直接触れなければ彼女のルール能力は発動しない。
 つまり、彼女が語る最終戦と同じ条件だ。

「ガールズトーク(最終戦のリハーサル)、始めようぜ」
「よろしくお願いします。わたしもあなたと、一度話がしてみたかった」

 ひとつ言葉を交わした後、両者中央へ進み出て一礼。二拍呼吸を置いたあと、三歩進んで剣を交えた。
 火花散らす音と共に、語り合いが――始まる。

「えーっと……女子勢が急にバトりはじめちゃったんだけど。これ一体どういうことなんスかね紆余くん」
「すいません、僕が指示したんです。作戦会議が終わったら凛々ちゃんをここから連れ出すように、と」
「は?」
「……どういうことだ、紆余」

 一方、残された男子勢、優柔不断・紆余曲折・切磋琢磨の三人は、
 闘う女子たちを遠目に見ながら、いまだ円形バリケードの淵近くに座ったままだった。
 先ほどまでの話し合いで全員のデイパックを検めたため、
 彼らの周りには、五人に支給されていたor五人が会場で集めた支給品がところせましと転がっている。

 *切磋琢磨が支給された釣り糸の束、
 *紆余曲折が支給された鉄の盾(ただし真っ二つだ)、
 *優柔不断が支給された団子の包み紙、
 *彼が最初期に集めた雑貨類(主に食品。武器を取ることは考えなかったらしい)。
 *そして勇気凛々が支給された手鏡と、
 *彼女がデイパックに入れていた心機一転のボウガン。
 *一刀両断からは日本刀と、
 *一時的に使っていた長刃の包丁、
 *薬局からせしめた救急用具。
 *最後に、先手必勝が持っていた《百発百中》の銘入りの拳銃。

 以上で彼らが使えうる物理的な武器は全てだ。他に弄せるものは、もう策くらいしかない。

「作戦会議です」

 そして――紆余曲折は再度、今度は優柔不断と切磋琢磨の二人のみに対して、作戦会議を申し出た。

「作戦会議って……今してたじゃねーか!?」
「そうだぞ紆余。情報の共有、戦術やサインの確認、話し合うべきことはすべて終えたはずだ。これ以上なにか」
「あります。話し合うべきことが。そしてこの話題は、勇気凛々ちゃんには席を外してもらう必要がありました」
「……どういうことだよ?」
「これからする話は、おそらく正義感の強いあの子には、少し不快だろうからです」

 どろり、と。
 場にヘドロのような苦く重い空気が溜まるのを、三人は感じた。「勇気凛々が不快に思うであろう話」。
 話し手の紆余曲折以外の二人はその言い回しから直感を働かせた。
 二人ともあまり論理的思考が得意なタイプではないが、分かった。
 これから決めることはおそらく……とても”正義”とは呼べないことなのだ、と。

「とはいっても。僕が何を話すつもりなのか、まだお二人には分からないと思います。
 僕自身、確信があるというわけではなくて……あくまで可能性の話だと思っていただけると嬉しいんですが」
「――あいつのことか」

 そして、紆余曲折の言わんとしたことに、切磋琢磨は先に気付いたのだった。
 中央の方へ視線を向けてじっと見据える。
 戦闘を行っている二人がいるが、彼の目線の先に居るのは小さな少女の方ではなく、もっと前から”仲間”だと信じている一人。
 紆余曲折に至っては最初の一戦からずっと”仲間”として信じてきたであろう一人。

「はい。一刀両断さんについてです。
 もっと言うのであれば、”傍若無人と一刀両断さんが繋がっている可能性”についてです」
「……なっ」

 一刀両断に対して――紆余曲折は敵との繋がりの疑いを、議題に挙げたのだ。
 これから行われる最終戦は”一対五”ではなく”二対四”なのかもしれないと。そう言ったのだった。
 優柔不断でも勇気凛々でも切磋琢磨でもなく、紆余曲折が。

「な、何言ってんだよ。おまえ、おま……何言ってんだ?」

 虚を突かれた優柔不断が、心底驚いた表情で紆余曲折に迫る。
 紆余曲折が一刀両断の顔色を伺うことが出来なかったのと同じで、包帯に包まれた彼の表情は見ることが出来ない。
 どんな顔でこんな言葉を言っているのか、わからない。

「一刀両断は。お前の”盾”なんじゃないのかよ。そりゃ俺だっていきなり斬られかけるわ、知らん間に囮にされてたらしいわ、
 あいつに対していい印象は持ってねーけど……お前がそれを言うのかよ。さっきだって仲良さそうにしてたじゃんかよ!」
「つじつまが合うんですよ、優柔不断さん。傍若無人と一刀両断さんが繋がっていると考えれば。
 ”一刀両断さんが傍若無人に従わされている”と考えれば、おおよそすべての疑問点に説明がつくんです」
「従わされて……いる?」

 ただ冷えていた。
 挙動も、口調も、精神も。
 ドライアイスの海をくぐってきたかのような紆余曲折の冷たさは、思わず周りが熱くなってしまうような危うさすら持っていた。
 その温度のまま――話は続く。

「はい。優柔不断さんには最初の情報交換の時に告げたと思いますが、もともと僕と一刀両断さんも敵同士でした。
 でも僕が一刀両断さんを追いつめて、彼女が負けを認めて――殺してくれと懇願してきた彼女に、僕が”盾になって欲しい”と命じた。
 だから一刀両断さんは僕の言うことを聞いてくれる……今、僕が指示したことも聞いてくれている」

 勇気凛々が剣を振るう。一刀両断がそれを避け、斬り返す。
 遠くに見える熱気ある戦いはあくまで練習、レクリエーションではあるが、しばらく終わりそうもない。
 彼女らのガールズトークは、紆余曲折が一刀両断に命じたことだという。
 そう、現在彼は一刀両断に命令を下せる立場にある。それは間違いない、だが。 

「でも、これと同じことがもし、傍若無人との間でも起こっていたとしたら?
 あの男に、”最終戦までは僕の指示を聞くように”指示されていたとしたら? そう考えてみれば。どうでしょう?」
「……な」
「一刀両断さんが――いや、僕が一度殺して蘇らせた”リョーコさん”が。実はもう死んでしまっているのだとしたら。
 傍若無人に”殺され”、また蘇らされた彼女が今あそこにいるのだとしたら……順を追って、話します」


休憩時間1 前のお話
次のお話 休憩時間3

用語解説

【口約束】
証文などによらない、言葉のうえでの約束。
法的には口約束でも一応契約としては成立するが、
いざ約束が存在することを確認する段階に至った場合に証明するものがないため、
一般的には大事な約束には契約書や念書を用いる。

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最終更新:2013年10月05日 22:13
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