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宇佐原椎也の報告書

#external-01 宇佐原椎也の報告書




◆”文字紙の招待状”についての報告◆

 このファイルには、都市伝説「文字紙の招待状」についての報告を記す。
 未だ憶測の域を出ない推論や仮想の論理が展開されているため、小注意。

 *

 最初にこの都市伝説の存在が確認されたのは少なくとも四か月前ほどのこと。

  夜寝るときに枕の下を見て、不思議な虹色のインクで文字が書かれた「文字紙」があったらそれが招待状。
  文字紙を貰ってしまった人は、そのあと何もせずに寝てはいけないのだ。
  もし寝てしまったら、起きたときにはそこは異次元。
  まるで別の世界に飛んできたように、それはそれは不思議な空間に連れ込まれて――帰ってこれなくなる。

 これがB県のある学校の生徒の間で噂になったものの、最後の一文以外の内容だ。
 しかしこれも、この学校の裏ネット掲示板に書き込まれていたのを筆者が見つけただけなので、
 本当はもっと前から広まっていた可能性もある。
 とりあえずこの都市伝説、ここまでの文章は大きく脚色されることなく、共通している。
 問題はこのあとの最後の一文で、パターンが十から二十ほどもある。曰く、連れて行かれないためには、

  枕のそばに塩を置いておき、招待状に染みこませれば大丈夫である、とか。
  招待状を焼却炉で焼きながら、止めて、止めてと連呼するべし、であるとか。

 そこまでは共通の内容が流布されているのに比して、
 ”連れて行かれない方法”があまりに違っているのがこの都市伝説の特徴だ。
 それだけじゃない。
 この都市伝説は全国での確認事例があるが、口裂け女やメリーさんなどの”異質な存在”を指すものではなく、
 あくまで招待状が届くというだけの陳腐な内容で、他の都市伝説と比べるとそう話題性に富んでいるわけじゃない。

 これが例えばゲームの裏技の話なら、分かる。利益を共有したいという思いが噂を広めるだろう。
 例えば妖怪じみた怪物だとしても、分かる。インパクトのある恐怖の伝聞はスナックと同一だからだ。

 しかしこの噂には、利益もなければ恐怖も薄い。普通ならばすぐに飽きられるはずの噂だ。
 にも関わらず全国からの報告があり、さらにその報告は増え続けている。
 学校だけではなく、社会全体でだ。
 飲み屋で、ゲーセンで、会社の休憩室で――様々な人がこの都市伝説について話している。
 これではまるで、本当に連れて行かれてしまった人がいるかのようだ。
 だが。さる筋から得た情報によれば、
 警察の記録に、ここ数か月で”ベッドから消えてしまった”なんていう行方不明者の報告はゼロ件なのだそうだ。
 そもそも、本当に”文字紙の招待状”があったとしたら、
 都市伝説の通り、帰ってくる人は誰もいないはず。

 この都市伝説は不可解だった。
 発祥も伝搬速度も、その広がり方も、矛盾を多く抱えている。
 筆者の個人的な見解では、この都市伝説は“人工物”だ。
 誰かが、明らかに――意図的にこの噂を流布しているのでは、ないだろうか。
 なぜ? と問われて答えられる証拠はない。ただの勘だ。
 巨大な陰謀とか悪の組織とか、使い古された表現で申し訳ないが、
 そんな系列の何かが闇の中で動いていて……噂はそれに“使われて”いるのでは?

 ……やはり飛躍しすぎかもしれないと筆者も思う。
 こんな流言飛語を浸透させることで、何が出来るというのだろう。馬鹿らしい。
 でも、だけど、ジャーナリストとしての血が何かを訴えている。暴くべき何かが、あるような胸騒ぎ。

 その何かに従おうと、筆者は思う。
 ”文字紙の招待状”に対しての情報は継続して集めつつ、もう少し別の観点からも探りを入れたい。
 何が起こるか、分からない。一応、念のために身の回りに気をつけることも、視野に入れる。

 2010/10/11
 執筆 “記者見習い” 宇佐原椎也



「よっし、まあ、こんなもんかな……んじゃ、調べてみるか……」 
「また何か調べ始めたの? C也(しーや)」
「……? ああ、小草か。まあな、ちょっと最近学校で噂の都市伝説があるんだが、それが気にかかって」

 書類がうず高く積まれ、昼なのにカーテンも閉めて情報という情報をシャットアウトした、暗い暗い自室。
 都市伝説”文字紙の招待状”についてひとしきり報告書を書き終わった俺がふと後ろを見ると、
 そこにはいつのまにか、幼なじみの野町小草(ノマチ・コグサ)が居た。
 いつものように黒髪で前髪を隠して、休日だというのに通っている高校の制服を着ている。
 今俺がいるのは自分の部屋だが、小草とは家族ぐるみで仲がいいから、親に言って勝手に上がったのだろう。
 いろんなことに首を突っ込む俺の代わりに引っこみ思案なところのある小草にしては珍しい行動だが、
 さっきまとめたばかりの都市伝説に比べたら驚くほどのことじゃない。

 俺の名前は宇佐原椎也(ウサバラ・シイヤ)。
 近くのT高校に通う高校一年生で、ジャーナリストを目指している。
 世界にはまだまだ暴かれていない闇があって、それを少しでも暴いて伝えていきたい。
 そんな中二的な欲望が、どうやら人より俺は強かったらしい。
 いろいろな事件を調べ、知り合いの刑事さんにもさりげなく協力してもらって、
 自宅のPCにこうして”いつか発表できるかもしれないネタ”を書き溜めるのが俺の日課だ。

「音も立てずに入ってくっから、驚いたよ……小草が俺の部屋に勝手に入ってくるなんて珍しいな。どうかしたのか?」
「え? ううん、ちょっと会いたくなったっていうか、暇だったから……気まぐれかな」
「俺は大歓迎だけどな。お前、自分からじゃ何もしないとこあるからなー。もっと積極的になっていいんだぞ?
 前髪上げればけっこうかわいいんだし。もっとこう、自信持って良いぜ?」
「ふぇ」
「学園のアイドルなんかにゃ役が足りないけど、見慣れた俺目線でもクラスで5番には入ると思う。
 さらに性格を含めるなら、ホントはお前が一番かわいいと思ってるからな、マジで」

 と言うと、小草は分かりやすいくらい顔を赤くして俯いて一気に縮こまった。

「恥ずかしいこと、言わないで……」
「おいおいちょっと褒めたくらいでしなびた草みたいになるなよ、小草」

 本当にもうちょっと積極的になればいいのにな、と思う。
 学校であんまり友達もいないようだし、将来が心配というか。

「まあそれはそれとして、せっかく来たんだしお前も見ていけよ。
 警察からの情報もあるから、俺の報告書はネットに上げれなくてさ、見てくれる人がいないんだ」
「あ、うん。というか、それを見に来たの」
「そうなのか」
「うん。暇だったから」

 あくまで暇だったから、を強調する小草に少し違和感を感じないでもなかったが、
 俺はPCのスリープモードを解いて、報告書を保存してあるワードを開く。
 この前見せた分を除くと新たな報告書は三件。そのうち一件はさっきの”文字紙の招待状”だ。
 小草が興味を示したのは、やはり旬である”文字紙の招待状”だった。

「あ、これ、知ってる。……最近いろんなところで聞くよね。
 C也が興味を持ちそうだなーって思ったけど、やっぱC也だ。ちゃんとまとめてある」
「ああ。俺もこの前聞いたばっかなんだが、やっぱ気になってな。まとめてみた。
 そしたら、ちょっと不可解な点が多すぎるんだよな。
 藺生さんの情報が確かなら、間違いなく“行方不明者は出ていない”んだが……」
「うーん、本当にね。枕の下に招待状なんて、夢みたいな話なのに。
 ――――ああ、
 ――でもね、実際これって――夢なのかもしれないよ?」
「ん?」
「これに連れ去られた人たちはさ、夢から帰ってこれなくなるんだよ。永遠に」

 やけにはっきりした口調で小草はそう言った。
 脈絡のないその発言に、俺は今まで感じていたものの比じゃない違和感を感じる。
 普段の小草はこんなはっきりとしたことは言わない。
 口数自体も少なくて、いつも会うときは俺から会話を振っていたはずだ。
 ……思えばやはり、部屋に勝手に入ってくるなんて小草がやるだろうか?

「小草、どうした? 今日なんかお前、おかしい」
「え? 私は私だよ。……ねえC也、テレビつけていい?」

 俺は小草にいぶかしげな視線を送るが、前髪を隠している小草と俺の目が合うことはない。
 小草は俺の視線を全く意に介してないのか、勝手にリモコンを取って部屋の小さなテレビをつけた。
 そこで俺は、もう一つ不可解なことに気付く。
 指。
 小草は、リモコンを取った左手の中指に、指輪を一つつけていた。

「なんだ、それは。指輪?」
「ねえC也、見て。面白いニュースをやってるよ」

『――次のニュースです。建設中の東京スカイツリーの高度444メートル地点で、不可解な変死体が発見されました』

 小草が指差す先のTV画面を見る。
 すると、毅然とした話し方をする俺のお気に入りのアナウンサーが、
 みんなに警戒を求めるような深刻な顔をして衝撃的なニュースを伝えている。

『なぜか変死体は胸部がえぐられたように焼失しており』
『建設中のスカイツリーの鉄柱に、頭から刺さるようにして死亡していました』
『……死体の身元は都内の焼肉チェーン店、MTH新宿店のチーフを務めていた火邦正志さん(27)とみられ』

「なんだ、これ……? はぁ……?」
「おかしいね。スカイツリーの柱に頭から刺さってたなんて、人間業じゃないよ。
 これからこんな事件がすごく増えるかもしれない。私もC也も、気を付けなきゃ、ね」

 俺は事件の詳細を伝えるアナウンサーの声を聴きながら、小草のほうに目をやった。
 横顔を見る形になっているからだろう、きれいな黒髪の隙間から、普段見えない小草の片目が少しだけ見える。
 その目は――こちらを見ていないその目は、爛々と、不思議な虹色の虹彩を放っている。

 人間の目じゃ、無かった。

 あまりのことに一瞬目を奪われて。
 俺は次の瞬間、小草の腕を掴んだ、はずなのに。

「……お、い……!?」
「どうしたの、C也。顔色悪いよ?」

 その腕には温かみが全くない。
 小草の腕は、まるで冷蔵庫から取り出したばかりのように冷たくて――死人のような、白さだった。
 なのに、今までにないくらい無邪気な声を出す小草は、俺が絶句しているのにも気づいてない。
 ただきょとんとした顔をして、小首をかしげてこちらを見ている。
 自分が”おかしい”ことに、気が付いていないのか……!?

「小草、お前――」
「あ、そうだC也。これ、渡せって頼まれてたんだった」

 急に、小草の虹色の目が黒に戻った。
 と思ったら、ものすごい勢いで身をひるがえして俺の手を振りほどく。
 勢い弾かれた俺が体のバランスを崩している間に、
 小草は懐から茶封筒を取り出して部屋の机の上に置いた。

「はい。じゃあね。また明日」

 そしてそそくさと部屋から出ていく。おい、と声をかけようとしたが、得体のしれない恐怖がそれをためらわせる。
 部屋の扉が閉まる音がして、部屋には再び俺一人になった。
 ニュースが終わってバカげたCMが流れるだけになったTVの音だけが、部屋の中に残響していた。

「……な――」

 ――なんだったんだ、今のは?
 俺は呆然として、しばらく瞬きをすることさえ忘れてしまっていた。
 さっきまで俺の部屋にいたのは、確かに俺のよく知っている野町小草と同じ姿をしていた。 
 喋り方のイントネーションもそうだし、照れてうつむいたときの仕草もそうだ、
 最近は月一くらいでしか合わないとはいえ、
 幼稚園からずっと小草を見ている俺が見て断言できるくらいにはそれらも小草と同じだった。
 しかし、違う。
 虹色の眼に冷たい手、何か悟ったような態度。
 俺を振りほどいたときの、人並み外れた力……これらは野町小草とは違う何かだった。
 事実、あれは一回も、自分のことを野町小草だと言わなかった。
 ”私”は”私”だと、そういっただけで。自分が何者であるのかは、とうとう最後まで言わなかった。

「小草は、どこに行ったんだ」

 俺は机の上に小草が置いて行った茶封筒を見る。
 差出人は「天飼千世」となっている。宛先は宇佐原椎也、俺だ。
 住所は不明、印もなく、俺にそんな名前の知り合いはいない。
 煩く鳴り続けるTVを消して、何かすがりつくような気持ちになりながら俺は封筒を開けた。

 中に入っていたのは虹色のインクで書かれた手紙だった。
 そこには、たった三行の文字が大きく描かれている。

——

◆拝啓 宇佐原椎也 様◆

 ”野町小草はもういない”
 これ以上、招待状には関わるな
 お前は監視されている

◆ 天飼千世 ◆

——

 その文字を見た瞬間、俺は胃がかきまぜられるほどの吐き気を覚えた。
 念のため周りに気を付けようだなんて、呑気に考えている場合じゃなかった。
 現実は俺の考えていたよりも夢みたいな速度で、俺という意思を摘みに来ていた。

 踏み出そうとした一歩が、すでに遅かったのだ。

 *

 次の週明け、小草は学校に来なかった。
 どうやら学校へ行くと言って居なくなったらしい。
 小草の姿は町から消えて、普通の行方不明者の扱いになった。
 そしてそれを知らせてくれた知り合いの刑事、藺生さんも、急な転勤が決まってから連絡が取りづらくなった。
 もう一つの不可思議、スカイツリーの事件も進展はない。
 奇怪な事件だけに、報道から二か月ほどは新聞を騒がせていたが、すぐに他のニュースに埋もれてしまった。

 小草のいない、日常。
 通学路で小草が俺を待っていることも、なくなって。
 学校ですれ違うことも、親が居ないときに互いの家に遊びに行くことも、なくなって、
 なくなって。それ以外の全ては平和なのに、俺にとってそれは、生まれて初めてとも言える非日常だった。
 だった。それももう、過去形だ。
 俺は普通に学校に通って、普通に学校から帰って、勉強したりゲームしたりして一日を過ごすようになった。
 そういう日常に、ならされる。環境が変わって、俺は変わらざるを得なくなっていく。
 ――たまにそれでも奮起して、PCに向かってみるのだが。
 スカイツリーの事件や招待状のことに触れるたびに、どこからか視線を感じるのだ。
 けして嘘でない、どこか遠くから。小草でないあの、”私”と名乗ったアレが、俺をじっと見て呟くのだ。

 「ダメだよ」、と。
 帰ってこなくなる前の小草と同じ声で、そう呟いてくるのだ……。

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最終更新:2015年03月15日 01:55
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