少女の痕

ただ、あの小さな、でも幸せな時間がずっと続いているだけで良かった。

上品な甘いにおいのする煙草を吸いながら私の頭を撫でてくれたお父さん

いつでも私を抱きしめてくれたお母さん

そして、お庭に迷い込んできて友達になってくれた一人の男の子

私はこの小さな幸せが、世界の全てだと信じていた。
だってこれ以上望む物なんて無いと、心から思える満ち足りた毎日だったから。







『君のお父さんとお母さんの乗っていた飛行機が、海に、落ちてしまったんだ……』






だから






『おとーさん…!おかーさん!!どこにいるの!?』






その幸せが壊れた時に





「わたし、いい子にするからっ…いい子にするから……だからっ…おとうさん、おかあさっ…」





私の世界は無くなってしまったんだ…












少女…一ノ瀬ことみは、森林の一際大きな巨木の根元に座り込んでいた。
丸いビー玉のような髪止めを両脇に付けた子供っぽい髪型とは裏腹に、黒を基調としたドレス風の艶やかな服装は観る者にアンバランスな印象を持たせるも、彼女の持つ独特の雰囲気によって奇妙な均衡を保っていた。
この場所に飛ばされてから実に15分は経過したが、この少女はスタート地点から全く動いていなかった。
それはこの場所が殺し合いに乗った者達を迎撃するのに適した場所であるから、と言うわけではなく、此処を拠点としようとしている訳でもない。
というよりも、そもそもこの少女はまだ自分の支給品はおろか、名簿にすら目を通していなかった。
ただ何も考えずこの場に座り込み、時が過ぎるのを感じるのみ。


ことみはこの会場に連れてこられる直前まで、家の中に閉じ篭り、登校拒否の状態であった。

彼女が幼いときに突然訪れた両親との死別、その日を境に家から無くなってしまった暖かさ。
それら全てを自分のせいとし、自らを責めながら生きてきた幼少時代。

それから10年程の年月を経て、再び巡り合った初恋の男の子、彼が引き合わせてくれた新しい友達。
動き出そうとしていた彼女の時間。


だが、そんなことみの心は、再び壊れてしまった。


事故に遭いかけた親友。
重なる過去の悲劇。
親しい人が自分の前からいなくなる事への恐怖。

過去のトラウマが一気に噴出し、結果恐慌状態へとなってしまった彼女は、他人との関わる事への恐怖から、自らの家に閉じ篭ってしまったのである。



そんな彼女をあの男の子…岡崎朋也は心から心配してくれて、友達と共に待っていると言ってくれた。
だが…



「やっぱり…罰、なのかな…」
誰にも聞こえないくらいのか細い声でことみは呟いた。当然その声を聴くものは誰もいない。


そうだ、やっぱりこれは罰なんだ。
神様はまだ私を許してくれていないのに、私は償いを終えていないのに。
おとうさんとおかあさんの論文を、世界中の人達が求めていた論文を…あの日私の家に来た人が、おとうさんとおかあさんの命よりも大事だと言った論文を、
燃やしてしまったから…だから私は、その研究を一生かけてでも完成させなくちゃいけないのに、
それなのに一瞬でもみんなと一緒に仲良く、幸せに生きていきたいなんて思ったから…



あの日、私のお見舞いに来た次の日から、朋也君はずっと家の裏庭に来ている様だった。
昔、彼と一緒に遊んで、おやつを食べて、お昼寝をして、そして、私たちが初めて出会ったあの庭に。
でも、今は草も伸び放題、真っ白だったイスとテーブルは錆びで埋め尽くされ、もう昔の面影は全く残っていない、あの庭に。
彼は庭を元に戻そうとしている、それはすぐに分かった。

だが、今更そんな事をしても何になると言うのだろうか。
もうあの頃とは何もかもが違う。
服も違う。バイオリンも持っていない。私も朋也君も、もう子供じゃない。

おとうさんとおかあさんも、もういない。

きっと朋也君だってそんな事はすぐに分かる。
そして、こんな事は無駄だと分かり帰っていくだろう。


でもそう思っていた私の思いとは裏腹に、彼は次の日も、次の日も、朝から晩までずぅっと庭を手入れしている様だった。
草を切る音や、土を掘る音は一日中やまず、その音からは、彼の諦めない意志と決意が感じられた様な気がした。

もしかしたら…

もしかしたら、またあの日に帰れるのかな…
彼の行動を感じて行く内に、心の中からそんな感情が少しずつ湧き出してくるのを感じる。



そう考えていると、何時の間にか庭での音がやんでいた。
彼は諦めて帰ったのだろうか…

それとも、もしかしたら…

気がついたら、私は何時の間にか服を着替え、カーテンで閉じられた窓の前に立っていた。
あの頃、朋也君と初めて出会った時の服と良く似た、黒いドレス風の服。

うん。
一歩だけ…一歩だけ踏み出してみたい。
きっと、あの頃に戻れるわけじゃない。
神様はまだ私を許してくれてはいない。
もしかしたら、また大きなショックを受ける様な事があるのかも知れない。

朋也君が私を待っていてくれる保証も、無い。
それでも、今は少しだけ踏み出す勇気をもらったから、だから…!



私はそう決意し、カーテンを一気にひらいた。











でも、そこにあったのは朋也君の姿でも、思い出の庭でも、あの荒れ果てた庭ですら無く。




見覚えの無いホール。

たくさんの人達。

翼の付いた女の子と、尻尾の生えた女の子。

殺し合い。

頭を吹き飛ばされた女の子。

首輪。

ルールの説明。

光の雨の様な物を浴び、死に絶えた謎の怪物。



正直何が起こったのか、どうしてこんな事になったのか、全く考えが追いつかなかった。

でも、一つだけ気付いたことがある。


どうやら私は、神様に許してもらっていない所か、嫌われているのかもしれない、という事だ。









そこまで考え、ふと顔を上げると、何時の間にか一人の少女が心配そうにことみの事を覗き込んでいた。
だが、目が合うと途端に少女はくるりと背を向け、逆方向に向かって走り出した。
ことみが止める間もなく手短な巨木の近くまで走ると、その位置からことみの事を見つめだした。

「……」

「……」

ことみも少女も互いに沈黙。
ことみは状況がいまいち飲み込めなかったがそれ以上に、今自分から他人に話しかける気など無かったので、あえて話しかけなかった。



「…あ」

互いに見つめ合ってから暫くの時間が経過し、やっと折れたのか、向こう側に居た少女が声を上げた。
そして、ことみの事を先程以上に凝視している。


「…?」
だが、よく見るとこの少女、ことみでは無く何か別の物に目を奪われている様だ。
ことみはその少女から視線を外し、少女の視線を追っていくと、その先にはまだ中身の確認すらせずに地面に放り出した自分のデイバッグがあった。
そしてそのバッグからは落としたときにか、幾つかのお菓子が散らばっていた。

(もしかして…お腹、空いてるのかな…?)
ぼんやりと考えながら、ことみはのろのろと近くに落ちていたキャンディーを拾うと包み紙を取り、中身を取り出した。

「……」

少女は相変わらず無言のままではあるが、キャンディーを持っていることみの手のひらに視線を向けていた。

「食べる?」
何時の間にか、自分でも気付かない内にことみは少女に声をかけていた。

「!…」
反応はしたが、近寄ってこない。
まだことみを警戒しているらしい。

そしてことみも、自分が何時の間にかあの少女に話しかけていた事に気付き、驚く。
どうして自分はあの子に話しかけているのだろう。
そう思いながらも、頭の中ではどう接すれば彼女がこっちに来てくれるかを考えている。

(ああ…そうか)

つまり…自分は寂しいのだ。
こんな場所に放り込まれて、恐くて寂しくてたまらない。
死にたい等と思っていたくせに、自分で死ぬ勇気すらないから、殺人者に殺されるか、誰かが自分に接してくれるのを待っていただけ。
その事実を自覚すると共に、ことみは自分がどうしようもなく惨めな存在に思えて仕方が無かった。

「とっても甘くて、おいしいよ?」

そして、そんなことみの心を肯定するように、身体は勝手に少女に話しかけ、自分の口の中にキャンディーを入れる。
口の中でころころと転がしながら食べていく。
イチゴ味で、とても甘かった。

「……」

そうしていると、少女は先程の警戒心が嘘の様に、テテテテテッと軽快な音を立てながらことみに向かって走って来た。
ことみはそれを見ると、もう一つ持っていたイチゴキャンディーの包みを取り出した。

(あれ、この子…)

ことみは自分からもらったキャンディを美味しそうに口に含む少女を見て、違和感を感じた。
それは彼女の耳から、獣の様な耳が生えている事や、後方で見え隠れする尻尾なども勿論なのだが、それ以上に、ことみはこの少女をどこかで見た気がしてならなかった。
「え…と……」

思い出そうとするも、中々思い出す事が出来ない。

一体どこでこの子を見かけたのだったか―――そこまで考え、あの主催者の翼の少女に向かって何かを叫んでいた少女が、この少女と良く似た服を着ていた事を思い出した。

「♪~~」

だがそんなことみの心中を知る由も無い獣耳の少女は、変わらず幸せそうに口の中でキャンディーを舐め転がしている。
その光景はひたすらに微笑ましく、これを邪魔するのは邪推かな、とことみは思った。
話は食べ終わった後でも聞けるのだし、もしこの子が機嫌を損ねれば、また自分は此処に一人――
そこまで思考して、ことみは自分で自分を思い切り殴りつけたい衝動で一杯になった。

私は最低だ。
この子に付け込み、自分の寂しさを埋めようとしている。
そしてそれを自覚しながらも、その行動をやめられずにいる。
こんな私が、神様に許してもらえる筈も無いのだ。

「ねぇ。」

急に呼ばれ、舐めていたキャンディーを思わず飲み込む獣耳の少女。
そんな様を見て苦笑しながら、ことみは自分の顔を指差しながら、朋也や親しい友達に最初に使った挨拶を始めた。

「えっとね、ことみ、一ノ瀬ことみ」

そう挨拶をしながらも、そんな自分が可笑しくて仕方なかった。
あれだけ他人と触れ合うのを恐怖していた筈なのに。
今は、違う。
この子の事をもっと知ってみたい。
この子に自分を知ってもらいたい。
自分の寂しさを紛らわせるために。
こんな理由で一人でいる覚悟をあっさりと変えた自分自身を、ことみは深く軽蔑した。

「ひらがなみっつでことみ…呼ぶときは、ことみちゃん」
「ン…アルルゥ」

ことみの自己紹介を聞き終え、少女はすぐに意を理解したようで、笑みを浮かべながら即答してくれた。
その笑顔が、今は、痛い。

「アルルゥ…ちゃん」
「ことみちゃん」
互いに名前を呼び合い、アルルゥは満面の笑みを浮かべつつ新しいキャンディーを口の中に入れる。

とても幸せそうな顔をしながら、キャンディを頬張る少女の顔を見て、ことみはアルルゥに見えないように、そっと…一滴の、涙をこぼしたのだった。





【C-4/林/一日目/深夜】

【一ノ瀬ことみ@CLANNAD】
[状態]: 絶望、食事中
[服装]: 黒のドレス風の服
[装備]: 無し
[道具]: 基本支給品一式、甘味お菓子セット@現実、不明支給品×2
[思考]
基本:???
0: アルルゥとお菓子を食べる
1: 基本的に他人と関わりたくない
2: 自身に嫌悪感
[備考]
※ことみルート終盤、家から出てくる直前からの参戦です。
※名簿の確認をしていません

【アルルゥ@うたわれるもの】
[状態]: 健康、食事中
[服装]: トゥスクルの民族服
[装備]: 無し
[道具]: 基本支給品一式、不明支給品×3
[思考]
基本:???
0: おいしい♪
1: カミュちーどうしたの…?
[備考]

C-4に、甘味お菓子セット@現実の一部が散らばっています。


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最終更新:2010年03月25日 01:07
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