ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko0902 七罪
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■罪源
冬の長さを示すような根深い雪を踏みしめ、私は歩く。
肩をすくめて寒さを耐え忍び、我が家への帰路を歩く。
口元に漂う白い息を見ていると、心まで冷たくなってゆくようだ。
「おにいさん、れいむをゆっくりさせてね!」
緩やかな風に流れる灰色の曇り空は、日の光も通してはくれない。
雪を落としてこないのが、せめてもの救いだろうか。
両の耳などは、恥ずかしいぐらい真っ赤になっているのだろう。
指で擦ってみると、まるで自分の身体ではないかのように冷たくなっていた。
「あと、あまあまちょうだいね!」
コンビニ袋を持っていなければ、両手ともポケットに突っ込みたいところだ。
それでも今の私には、わずかな温もりがありがたい。
片手だけを上着のポケットへねじ込み、私は身を縮ませた。
閑散とした、見慣れた住宅街が周囲に広がってくる。
人通りも少なく、聞こえてくるのは自らのコンビニ袋が擦れる音だけだ。
この先には、貧しいながらも暖かい我が家が待っているはすだ。
「ゆ? ここがおにいさんのおうち?」
足を止め、ズボンのポケットから鍵を取り出す。
このドアの向こう側は、どれだけの暖かさを与えてくれるのだろう。
想像するだけで、寒く辛かった道のりも全て癒される気がした。
「きにいったよ! ここをれいむのゆっくりぷれいすにするよ!」
私は鍵を取り出す手を止め、足元に視線を移した。
■強欲
「ゆぶげっ!」
振り下ろした足の下で、潰れたバレーボールのようなものが悲鳴を上げる。
悲鳴に合わせて、黒髪と赤いリボンがわさわさと蠢いていた。
想像以上に心地良い弾力が、足の裏から伝わってくる。
私は、力を抜いたり入れたりを何度も何度も繰り返した。
「ゆぶっ! ゆびっ! ゆぶっ!」
バレーボールが、歪な変形を繰り返す。
寒さも忘れてしまいそうなほど、私はその行為に熱中した。
「い、いたいよ! いますぐやめてね!」
私はハッとなり、コンビニ袋に目をやった。
とんでもない失敗に気が付いたのだ。
貴重な時間を使い過ぎてしまったことに。
慌てて袋から中身を取り出す。
手に取ると同時に、私はひどく安堵した。
「ゆゆっ! あんまんさんだよ!」
暖かさが保たれていたことに、心から感謝する。
かすかな湯気を放つあんまんが、輝いて見えるかのようだ。
「はやくちょうだいね! たくさんでいいよ!」
それは、とても感動的な暖かさだった。
寒さにかじかんだ指は思うように動かない事を忘却するほどに。
「ゆ!」
柔らかい、とても柔らかい音と共に、あんまんが地面に接する。
一瞬の油断が命取り、と語ったのはどこの誰だっただろう?
なんの打開策にもならないことを悩むほどに、私は激しく動揺していた。
「むーしゃむーしゃ!」
心が平静を取り戻す頃には、全てが終わっていた。
落下したあんまんは、跡形も無くなっていたのだ。
「おかわりちょうだいね! ぜんぜんたりないよ!」
私はしばし、思慮にふける。
無くなってしまったものは、もう戻ってはこない。
ならばこの状況、私が取れる最善とは一体なんなのだろうか?
答えは、思いのほか簡単に導き出された。
あんまんは、無くなったわけではなかったのだ。
「あと、あまあまちょうだいね! ゆっくりぷれいすもちょうだいね!」
あんまんは、この中にある。
「ゆゆっ! おそらをとんでるみたい!」
両の手で、頬のあたりをしっかりと掴み持ち上げる。
指の先まで強い意志を込め、決して落とさないように。
「れいむとんでる! おそらもれいむのものだよ!」
頬を紅潮させ、だらしなく涎を垂らすバレーボールと向き合う。
目を背けたくなるような光景だが、これもあんまんのためだ。
私は、ゆっくりと掴む力を強くしていく。
「ゆんゆゆ~♪ ……ゆっ? ちょっといたいよ!」
力を込めたことで、わすかでも体温が上がったのだろうか。
かじかんでいたはずの指も、自由に動かせるようになってきた。
私はゆっくりと、両の手を左右に広げてゆく。
「いたいっ! ちぎれちゃう!」
ミチ……ミチ……という音が、指のあたりから聞こえてきた。
バレーボールの頬に亀裂が入り、薄っすらと黒い餡子が見え始める。
ほんの少し前まで笑顔に満ちていたものは、もう見る影もなかった。
横幅は2、3倍に引き伸び、どんな表情なのか判別できなくなっている。
どれほど出来の良い福笑いでも、ここまで面白い顔にはならないだろう。
「やめてね! やめてね!」
この状態でも言葉を発っせられることに、ほんの少しだけ感心する。
私は敬意を表して、左右へ引く力を更に強くした。
「ゆ、ゆんやあぁ~っ!」
頬だけではなく、身体のあちこちに亀裂が入り始める。
最初は滲む程度だった餡子も、亀裂から漏れ落ちて床に染みを作っていた。
大変見苦しいので、足の裏で丹念に踏みにじる。
「れいむのあんこさん、ふまないでね!」
他人の所有物、誰の所有物でもないもの、何もかも全て。
どれだけの物を欲すれば、気が済むのだろう。
あんまんも自分のもの、家も自分のもの、大空も自分のもの。
「もっと、ゆっくり……したかったぶぎゅ!」
自問自答をしているうちに、目前では餡子の花が咲き乱れていた。
床に飛び散る、餡子に混じった何か。
それはあんまんではなく、ただの生ゴミだった。
■色欲
「ただいまー」
帰宅を告げながら、横着して手を使わずにつま先で靴を脱ぐ。
玄関を上がったあたりで、廊下の向こうからポヨンポヨンと間抜けな効果音が聞こえてきた。
「おにいさん、ゆっくりおかえり!」
金色の髪に黒い帽子を被った球体が、不敵な笑顔で飛び跳ねてくる。
あまりに激しく跳ねるものだから、帽子が徐々にずれてきているようだ。
「おい、そんなに跳ねると……」
「ゆゆっ!?」
案の定、帽子が床にずり落ちてしまった。
慌てて振り向き行方を追うが、ゆっくりは急に止まれない。
「まりさのすてきなおぼうしがぁー!」
「前見ろ、前」
ポヨヨン!
「ゆぴっ!」
見事、私の足元へ正面衝突だ。
大きな目に涙を一杯に溜め込み、仰向けに転がってしまう。
「ゆっぐ……えっぐ……」
コンビニ袋を床に置き、両手を使って元の体勢に直してやる。
瞬く間に、不敵な笑顔が戻ってくる。
「ゆっくりもどったよ!」
「ああ、よかったな」
「……ゆ!? まりさのすてきなおぼうしがないよ!?」
キョロキョロと、せわしなく左右を見回す。
落ちた帽子は遥か後方なので、いくら前方を探しても見つかるわけがない。
私は仕方なく帽子を取りに移動し、持ち主の元へ返してやる。
「ゆ! おぼうしさん、ゆっくりおかえり!」
よほど嬉しかったのか、鏡も無いのに身体をクネクネさせてモデル気取りだ。
満足げな顔を見届け、私は廊下の奥へ歩き出す。
玄関先の餡子の染みを思い出すと、少し気分が憂鬱になる。
しかし、放置しておいて虫でも集まられたらたまらない。
私は物置部屋に入り、掃除用具……箒に塵取りを取り出した。
「んほおおぉぉぉ!」
嬌声が響き渡ったのは、その瞬間だった。
「ゆんやああぁぁぁ!?」
掃除用具を手にしたまま、慌てて玄関へ戻る。
そこには、とても言い知れない光景が広がっていた。
「とっても、とかいはなまりさだわ! んほ! んほ!」
「やめてね、やめてね!」
嬌声の主は、金髪にカチューシャをつけた丸い球体だった。
何かの液体で濡れているのか、表面は妙な光沢を発している。
先程までクネクネしていたのは、モデル気取りの帽子の主だった。
しかし、今クネクネしているのは金髪カチューシャの方だ。
モデル気取りに押しかかり、腰のあたりを激しく動かしている。
生理的な嫌悪が、身体をかけずる。
反射的に、手にしていた箒を金髪カチューシャに振り下ろした。
「ゆぎぃ!?」
濁ったうめき声を上げて、金髪カチューシャは動きを止めた。
ほんの、一瞬だけ。
「……ゆふ、ゆふんほほおぉ!」
「ゆんやぁー!?」
金髪カチューシャが、再び腰を動かし始める。
箒で叩いた部分が歪に凹んでいるのも、おかまいなしだ。
「くそっ! このっ!」
私は何度も何度も、箒を振り下ろす。
叩いた箇所から金髪カチューシャの皮が裂け、クリームが漏れてくる。
それでも、腰の動きを完全に止めることは出来なかった。
「きんもちいいぃぃぃ! まりさのまむまむ、さいこうだわああぁぁぁ!」
「す、すっきりしちゃう~!?」
気が付けば、涙と謎の液体で両者ともヌルヌルテカテカだ。
猶予が無さそうな状況に、私は覚悟を決めた。
「ゆぎゅっ!」
モデル気取りを足で踏みつけ、金髪カチューシャに両手を添える。
「いくわよまりさ、いく、いくうぅぅぅ!」
スポーン!
金髪カチューシャがモデル気取りから外れ、腰の突起物が露になった。
そのまま、玄関外へ放り投げる。
手のひらには、ねっとりとした最悪の感触が残っていた。
「すっきりいぃぃぃ!」
金髪カチューシャが嬌声を上げながら、放物線を描く。
腰の突起物からは、謎の液体を放出しながら。
「ゆぶっ!」
モデル気取りから足を離し、玄関外へ飛び出す。
金髪カチューシャは既に体勢を整え、起き上がろうとしていた。
「ぶっかけもよいけど、なかにもださせてねええぇぇぇ!?」
ご近所さんにとんでもない誤解を招きそうな絶叫に、私は顔をしかめる。
狭い玄関では躊躇していた分を取り返すべく、思い切り箒を振り上げた。
「こんやは、ねかさないわよおおぉぉ!」
渾身の力で、箒を叩きつける。
あまりの勢いに箒が折れてしまうのではないか、といわんばかりに。
「んほぶっ!」
盛大に謎の液体を撒き散らしながら、金髪カチューシャはやっと動かなくなった。
性欲の塊が、クリームの塊に変化したのだ。
私は目をつぶり、とても深い溜息を漏らす。
処理が終わった安堵感と、掃除対象が増えた無念感からくるものだった。
■嫉妬
「ゆっぐ……えっぐ……」
モデル気取りも今は昔。
こんなに腹をぷっくりと膨らませては、引退も止む無しだろう。
「まりさ……にんっしんっ! しちゃった……」
いくらおさげで目元を抑えても、溢れる涙は止まらない。
膣外射精は避妊法じゃないから……などと説明した所で、慰めにもならないだろう。
掃除があるからと横着して、玄関ドアを開け放しにすべきではなかった。
私だって、通りすがりに絶世の美女がクネクネとポーズを取っていたら……。
……いや、それでも突然レイプはしない。
そもそも、こいつは美女なのだろうか?
「ゆわぁ~あ。よく寝たよ!」
間延びした声に顔を向けると、廊下の奥からズリズリと球体が這いずってきた。
元モデルも気が付いたらしく、這いずる球体の方を見つめている。
球体の黒髪は寝癖だらけで、赤リボンも変な角度に曲がっているようだ。
三六〇度どこから見ても、完璧な寝起きである。
その腹のあたりは、元モデルに負けず劣らずぷっくりと膨れている。
「れ、れいむ……」
「ゆゆっ!? まりさ、なんなのそのおなか!」
寝癖リボンが、元モデルへ向かって物凄い勢いで跳ねてくる。
身篭っているとは思えないぐらいの跳ねっぷりだ。
鬼のようにつり上がった眉毛に、血走った目、歯茎むき出しの口元。
その表情は、とてもじゃないがゆっくりしたものとは程遠かった。
「これはね、れいぱ……」
「うわきしたんだね、まりさ!」
さすが耳が無いだけあって、聞く耳も持たない。
「ちがうよ! だからこれは、れいぱーに……」
「れいむというものがありながら!」
一方的に責め立てる寝癖リボン。
元モデルがあまりに忍びないので、私は助け船を出してやることにした。
「おい、これは事故で……」
「おにいさんはだまっててね!」
ドムン!
会心のトゥーキックが、寝癖リボンに鋭く決まった。
寝癖リボンが壁で反射しながら、廊下の奥へ飛んでゆく。
もしかしたら、風圧で寝癖も直るかもしれない。
「ど、どぼじでこんなことするの……」
「急にボールが来たんで、つい……」
前歯が何本が無くなっているようだが、大きな問題は無いだろう。
この程度は日常茶飯事なので、気にする必要はない。
「まぁ、こいつの話も聞いてやれよ」
「ゆ! いいわけなんてきかないよ!」
寝癖リボンの目前で、もう一度トゥーキックの体勢を取る。
「まりさ、ゆっくりせつめいしてね!」
平和的に示談が始まったようなので、あとは当人達に任せることする。
「れいぱーに、すっきりされたんだよ!」
「れいぱーなんて、どこにもいないよ!?」
「おにいさんが、せいっさいっしたんだよ!」
「てきとうなこといわないでね!」
「ほんとうだよ! ゆっくりしんじてね!」
「……でも、すっきりしたんでしょ!」
「すっきりしたよ!」
「きもちよかったんでしょ!?」
「そんなことないよ!」
「まりさのうわきもの! れいむのばーじんかえしてね!」
初めてのことを気にしているとは、思わなかった。
年中盛っているイメージがあったので、意外だったのだ。
「まりさだって、ばーじんだったんだよ!」
「ばーじんをれいぱーにあげるなんて、どういうことなの!?」
「あげたくてあげたんじゃないよ! ゆっくりりかいしてね!」
「ほんとうなの!? まりさからさそったんじゃないの!?」
「ひどいこといわないでね!」
「まりさは、いんらんだよ! めすぶたってよんであげるよ!」
「どぼじでそんなこというのー!?」
「れいむのいうことがきけないの!?」
「まりさのいうこともきいてよ!」
元モデルの顔は涙でグシャグシャになり、確かに豚顔のようにも見える。
しかし、あまりにあまりなやり取りである。
「あのな……」
思わず口を挟むと、寝癖リボンが般若のような顔で見上げてきた。
目は血走り、口元からは涎が吹き出している。
「じじぃはだまっててね!」
「おい、話を聞けよ」
寝癖リボンは鼻も無いのに鼻息荒く、元モデルに向き直る。
「もう、はなしてもむだだね!」
「ゆんやぁー!」
「ゲスなまりさは、せいっさいっしてやるよ!」
寝癖リボンが飛び上がり、空中に浮かぶ。
「ゆっくりしね!」
ドムン!
会心のボレーキックが、寝癖リボンに鋭く決まった。
廊下の一番奥まで吹っ飛び、壁に激突してずり落ちる。
気絶してしまったのか、ピクリとも動かない。
餡子を少し吐いているようだが、あの程度なら命に別状はない。
後でオレンジジュースでもかけてやれば、寝癖も一緒に直るだろう。
元モデルの方を見ると、いつもの不敵な笑顔に戻っていた。
膨らんだ腹のせいかもしれないが、踏ん反り返っているようにも見える。
「ゆふふ、いいきみだよ」
「……チッ」
元モデルの呟きに、眉をしかめて舌打ちする。
会心のキックが決まったというのに、不満げな気持ちが込み上がる。
掃除するものが増えたから……それだけが理由ではないような気がした。
■怠惰
部屋の真ん中には、腹を大きく膨らませた饅頭が二つ鎮座していた。
「すーやすーや……すーやすーや……」
寝癖の直らない赤リボンの方は、熟睡を示す寝言を喋りながら夢の中だ。
ついさっきまで修羅場だったとは、とても思えない。
幸せそうな笑顔で、膨らんだ腹に両のもみあげを置いている。
生まれてくる赤ん坊の夢でも見ているのだろうか。
「まりさのかわいいおちびちゃん、ゆっくりうまれてね!」
元モデルの方も、すっかり母性に目覚めたようだ。
こちらも膨らんだ腹をおさげで擦り、満足げに微笑んでいる。
「というか、産むのか?」
元モデルの目前に座り込み、私は問いかけた。
強姦されて出来た子……多少でも葛藤はないのだろうか。
「かわいいまりさのおちびちゃんだから、きっとかわいいよ!」
「ああ、そう……」
問題は、もう一つあった。
寝癖リボンが身篭った時に、元モデルと約束を交わしていたのだ。
「しかし、そんな身体でコイツの面倒見られるのか?」
問いかけながら、寝癖リボンを指差す。
身篭ってからというもの、寝るか食ってるか二択の生活だ。
最近では、まともに動こうともしない。
だからこそ、元モデルが世話をする約束が必要だったのだ。
「まりさはにんっしんっしたんだよ!」
「知ってるよ」
「だから、おにいさんがれいむのめんどうをみてね!」
「断る」
「どぼじでそんなこというの!?」
子を産むことに反対こそしなかったが、これ以上手間をかける気もなかった。
当人達の望みなのだから、当人達で責任を取れと約束したはずだ。
「じゃあ、れいむはどうでもいいよ!」
「そうなのか」
「かわりに、まりさのめんどうをみてね!」
「断る」
「どぼじでそんなこというの!? まりさはだぶるまざーなんだよ!」
産まれた後のことも、頭が痛い。
倍の数を面倒見るつもりは毛頭無いが、わざわざ間引くのも面倒くさい。
「全部殺すか」
「こわいこといわないでね!」
情けない涙顔で見上げる元モデルの頭を、帽子越しに撫でてやる。
「ははは、半分冗談だ」
「ゆふー! びっくりしたよ!」
元モデルが嬉しそうに、餡子が一杯に詰まっているであろう腹をプルプルさせる。
ふと玄関にあんまんが置きっぱなしだったことを思い出し、立ち上がった。
「……ゆ? はんぶん?」
元モデルの呟きが背中越しに聞こえた気がしたが、私は無視して玄関へ向かった。
■暴食
今度こそ玄関の戸締りを確認し、床のコンビニ袋に手を伸ばす。
部屋に戻ってみると、鎮座した二つの饅頭は仲良く寝息を立てていた。
元モデルも、寝るか食うかの二択生活になってしまったようだ。
私は目前に座り込み、コンビニ袋を床に置く。
あんまんを一つ取り出した所で、飲み物が無い事に気がついた。
台所へ向かおうと、立ち上がった瞬間……。
「……ゆゆっ!?」
熟睡していた筈の饅頭達が、カッを目を見開いた。
「あまあまだ!」
「はやくちょうだいね!」
一目散に、饅頭達がコンビニ袋へ向かう。
慌てて私も手を伸ばすが、一度立ち上がろうとしたために反応が遅れてしまった。
「がーさがーさ! がーさがーさ!」
「ゆゆゆっ! あまあまがあったよ!」
「むーしゃむーしゃ! むーしゃむーしゃ!」
「うめっ、これめっちゃうめっ!」
「しあわせーっ!」
透明度の低い袋なので、中の様子は良く見えない。
しかし、何が行われているのかは明確に予測できた。
思えば、寝癖リボンはともかく元モデルは身篭ったばかりだ。
懐妊祝いというわけではないが、今回は自由に食わせてやろう。
私はそんなことを考えながら、あらためてあんまんを頬張ろうとした。
「ゆびぃっ!?」
突然、コンビニ袋の中から悲鳴が聞こえてきた。
声だけでは、どちらの饅頭が発したものなのかはわからない。
「むーしゃむーしゃ、それなりー?」
「いたいよ! すぐにやめてね!」
コンビニ袋に手を差し込む。
しかし、どれがあんまんでどれがそれ以外なのか、感触だけでは分からなかった。
「このあんまんは、あまりおいしくないよ!」
「ひどいこといわないでね!」
「でもまりさはたべてあげるよ! ゆっくりかんしゃしてね!」
「ゆんやぁー! れいむのたまのはだがー!」
引っ張り出すのをあきらめて、コンビニ袋を逆さになるよう引っ張り上げる。
何かが引っかかっているのか、なかなか中身は出てこない。
「がーつがーつ! がーつがーつ!」
やがて、ポテポテッ! という音と共に、二つの球体が床に落ちる。
元モデルは無傷のようだが、寝癖リボンは重傷だった。
身体のあちらこちらが食いちぎられ、穴だらけになっている。
「ゆぐっ……れいむの……おちびちゃんが……」
寝癖リボンの腹が裂けて、漏れた餡子に混じって何かが見えた。
小さな目と口がついた、ピンポン玉のような塊だ。
寝癖リボンを掴み上げ、台所へ向かう。
流し台にそっと置いて、オレンジジュースをたっぷりと振り掛けた。
「ゆゆっ!? まりさのあまあまはどこ?」
声に背後を振り返る。
そこには、帽子を被った食欲の塊が、頬を紅潮させ満面の笑みを浮かべていた。
食欲の塊が、キョロキョロと周囲を見渡す。
よく見ると口元には餡子だけでなく、癖のついた黒髪が纏わり付いていた。
「お前、何してんだ……」
私の心に怒りや恐怖はなく、ただひたすらに呆れていた。
この食欲の塊は、自分と甘味以外の存在をこの世から打ち消していたのだ。
「ゆっ! あまあまだ!」
食欲の塊が、私が手にしていたオレンジジュースに顔を向ける。
そのつぶらで大きな瞳には、もう私の存在も映っていないのだろうか。
全くゆっくりしていない反応で、食欲の塊が手元向かって飛び跳ねてきた。
しかし私は手を避けることはせず、逆に振り下ろす。
「ゆびっ!?」
空中衝突した食欲の塊が勢いを失い、床に落下する。
「ゆうぅ……まりさはしんぐるまざーなんだよ!」
……食欲の塊は、先刻確かに『ダブルマザー』と言ったはずだ。
強姦魔は、既に亡き者となっている。
ならば『シングルマザー』の方が正しいといえば正しいのだが……。
それを言い直したということは、つまり。
私の中の呆れが、嫌悪に変わってゆく。
最初はどうだか分からないが、少なくとも現時点では確信しての行動だったのだ。
「だから、えいようとらなきゃだめなんだよ!」
再び、食欲の塊が私へ向かって飛び込んできた。
「あと、あまあまちょうだいね!」
私は、オレンジジュースを持っていなかった方の腕を振り下ろした。
思いきり振りかぶり、渾身の力を込めて。
「ゆぶぎゅっ!?」
食欲の塊が床に叩きつけられ、歪に変形する。
私は行く末を見届けるまもなく、繰り返し拳を叩き込む。
「ぎゅぶっ!? やべちぇぶっ!?」
食欲の塊からは、既に意味不明の言葉しか聞こえなくなっていた。
もちもちだった肌は亀裂だらけになり、衝撃の度に餡子がばら撒かれる。
つぶらで大きな瞳があった場所も、不敵な笑みを浮かべる口元も。
もはや、何処にあったのか判別できない。
凄惨な光景とは裏腹に、不思議なほど私の心は落ち着いていた。
何度も拳を振り下ろしながら、他のことまで考える余裕さえあった。
後の掃除のこと、マンガの単行本を買い忘れたこと……。
■憤怒
「どぼじで、いうことがきけないの!?」
寝癖リボンの怒声が響き渡る。
その目前では、ピンポン玉ほどの塊が目に涙を一杯に溜めこんでいた。
黒い帽子を目深に被り、小さな身体をプルプル震わせ俯いている。
まるで、今にも消えてなくなってしまいそうだ。
「まだ赤ん坊なんだから、仕方ないだろ」
私が横から声をかけると、寝癖リボンの眉毛がキリリ! とつり上がった。
小麦粉の補強跡を気にする素振りもなく、身体を大きく踏ん反りかえさせる。
「まったく、できのわるいおちびちゃんだよ!」
「だって……まりしゃ……まりしゃ……」
「くちごたえしないでね!」
寝癖リボンが身体を捻って、もみあげを振り回す。
ピンポン玉は弾き飛ばされ、テン、テン、と転がっていった。
「ゆぴぃ~! ゆっくちできない~っ!」
滝のような涙を流して、ピンポン玉が泣き叫ぶ。
それを見て寝癖リボンは、例によって鼻もないのに鼻息を荒くした。
「これは、あいのむちなんだよ! ゆっくりりかいしてね!」
「もうやじゃ~! ぴゃぴゃ、たしゅけちぇ~!」
父親を呼ぶ言葉を聞いて、寝癖リボンの身体が朱に染まってゆく。
ピンポン玉の目前まで跳ねてゆくと、大きく息を吸い込んだ。
「あんなゲス、ぱぱじゃないよ! ぷくーっ!」
「ゆんやぁ~っ!?」
人差し指を伸ばし、寝癖リボンの頬を突く。
「ぷしゅるるるる!」
口から空気が抜けたことが、万人に分かるよう宣言される。
私は寝癖リボンの頭に手を置き、顔をこちらに向かせた。
「それぐらいにしろよ」
「お、おにいさん……」
オレンジジュースの効果は絶大だったらしく、親子饅頭は見事息を吹き返した。
減っていた餡子は食欲の塊だったものから拝借したが、特に問題もないようだ。
一刻も経たないうちに、こうして言い合うほどに元気になるとは思わなかったが。
今さらだが、つくづく不思議なナマモノだ。
しかし、余程に元モデルとの出来事が腹に据えかねたらしい。
寝癖リボンはピンポン玉の一挙一動に難癖を付け、説教と体罰を繰り返していた。
金髪に黒帽子で産まれてきたことも、気に食わないのだろう。
「あんなゲスにならないよう、れいむがきょういくしないとだめなんだよ!」
「まりしゃゲスじゃないよ!」
「だいたい、そのぼうしがきにくわないよ!」
「まりしゃのすてきなおぼうちさんは、ゆっくちできるよ!」
「かみのいろも、ゆっくりしてないよ!」
「しゃらしゃらのきんぱつしゃんは、ゆっくちできるよ!」
「そもそも、れいむにぜんぜんにてないよ!」
「まりしゃはまりしゃだよ! ゆっくちりかいしちぇね!」
しかし、聞けば聞くほど、どうしようもない理由ばかりだ。
「なまいきいうんじゃないよ!」
寝癖リボンの体当たりで、ピンポン玉が弾き飛ばされた。
再びテン、テン、と転がってゆく。
「い、いじゃい~! ゆっくちさせちぇよ~!」
「ゆん! やっぱりゲスのこはゲスだね!」
「どぼじでそんなこちょいうにょ~!?」
「またくちごたえしたね! もうゆるさないよ!」
私は溜息をつき、寝癖リボンの眼前に手を開く。
寝癖リボンは視界を塞がれ、動きを止めた。
「あんまん、もう一度買ってくるよ。マンガも買い忘れてたしな」
「あんみゃん?」
「おちびちゃんは、だまっててね!」
「ああ、とっても甘くて美味しいぞ」
「あみゃあみゃ! あみゃあみゃ!」
「ゆぐっ……」
「だから、おとなしく待ってるんだぞ」
私はできるだけ静かな口調で、語りかけた。
寝癖リボンには手のひらで、ピンポン玉には指先で、頭を撫でてやる。
「わ、わかったよおにいさん……」
「はやくあみゃあみゃちょうだいにぇ!」
嬉しそうにピョンピョン跳ねるピンポン玉を見て、寝癖リボンの眉間にしわが寄る。
あの食欲の塊への怒りが消えないのはわかるが、子供には罪は無い。
今日は一段と寝癖リボンのヒステリーが酷いが、根はのんびりした性格だ。
もう少し時間が経てば、きっと怒りも静まるだろう。
再び外に出るのは億劫だが、暖かいあんまんのため……いや、親子団欒のためだ。
そう信じて、私は家を後にした。
■傲慢
「ただいまー」
私が帰宅を告げると、いつも最初に跳ねてきたのは黒帽子の元モデルだった。
今にして思えば、帰宅時は何かしら食い物を買ってきていた。
目的はそこだったのかと思うと、悲しくはないが情けない気持ちになる。
玄関を上がって廊下を歩く。
あんなに騒がしかった親子の喧噪も、全く聞こえなくなっていた。
疲れて、昼寝でも始めたのだろうか?
饅頭達が居るはずの部屋に入るべく、私はゆっくりとドアを開ける。
「おまた……せ……」
手にしていたコンビニ袋を、床に落としてしまう。
すぐに我に返り拾い直すが、何とも不思議な感覚だ。
こんなリアクションなんて、ドラマやマンガの中だけだと思っていたのに。
身体の力がスッと抜け、自分でも気付かぬうちに指を離していたのだ。
しかし、ショックを受けて……というのとは、少し違うようにも思えた。
心のどこかでは、この光景を予想できていたのかもしれない。
やはりこうなってしまったか、思ったとおりだ、という脱力感。
「むーちゃむーちゃ!」
寝癖リボンの姿は、どこにも見当たらなかった。
代わりに、赤いリボンと癖のついた黒髪が、餡子の海に広がっている。
その中心に佇む、なすび型に膨らんだ醜い何か。
一心不乱に咀嚼を繰り返すその姿は、新種のエイリアンか何かのようだ。
私に気づく様子もないエイリアンに、近づきしゃがみ込む。
「美味いか?」
「ゆゆっ?」
私を見ても逃げる様子もなく、悪びれた様子も無い。
「おいしくにゃいよ!」
エイリアンが、つぶらな瞳をキラキラさせる。
その顔には、親そっくりの不敵な笑みを浮かべていた。
「でもまりしゃはたべてあげるよ! ゆっくちかんしゃしちぇね!」
少しだけ周囲を見渡してから、あらためてエイリアンに向き直る。
「何をしたんだ?」
「ねてるすきに、りぼんをぼっしゅうっ! したんだよ!」
確かにあれは、ゆっくりにとってはかなり大事なものだ。
洗濯する度に暴れて大変だったことを思い出す。
赤ん坊の身体でよく外せたものだが、寝相の悪さで取れかかっていたのだろうか。
「そしちゃら、ごらんのありしゃまだよ!」
圧倒的に説明不足だが、周囲に散らばっている掃除用具や家具を見れば想像はついた。
リボンを探して暴れたあげく、掃除に使っていた箒やその他に追突したのだろう。
二次災害で更に色々と倒れ込み、見事潰れてしまったわけだ。
今日はすっかり、掃除三昧になってしまったな……。
そんなことを考えていると、エイリアンがじりじりと移動を開始した。
すぐ横にあった、一際大きく盛り上がった餡子の塊に向かっている。
「しょくごのうんどうをしゅるよ!」
エイリアンは、私の目の前で腰を降り始めた。
「んほおおぉぉぉぉ!」
強姦魔に犯された餡子を、治療に使ったためなのだろうか?
エイリアンは何かに取り憑かれたかのように、餡子に腰を叩きつけている。
「にゃ、にゃんだか、きもちよくなってきちゃったよ!」
私は、それを尻目に掃除用具や家具を片付け始める。
「しゅっきり~っ!」
行為が終わったようだ。
片付けを中断し、あらためてエイリアンと向き合う。
「ゆゆっ! まりしゃにみとれてりゅの?」
「ゆっくりできたか?」
「もっと、ゆっくちさせちぇね!」
「まだ足りないのか」
「まりしゃは、せかいでいちばんゆっくちするんだよ!」
「親が死んだんだぞ?」
「まりしゃはゆっくちしてるよ!」
「部屋も、こんなに散らかってしまった」
「まりしゃがゆっくちできれば、それでいいよ! ゆっくちりかいしちぇね!」
私は、拳を握り締める。
「理解出来ねぇよ」
床に叩きつけた拳を中心に、餡子その他が激しく飛び散る。
「ゆぴぃっ! いちゃい、いちゃいよ!」
エイリアンは半身を失いながら、悲鳴を上げ続けていた。
裂けた所に皮が張り付き、餡子の流出は最小限に留まっている。
餡子が潤滑材となったのか、叩きつけられたエイリアンの身体が滑ったのだ。
「おいじじぃ! どりぇいにしてやるから、まりしゃをたしゅけちぇね!」
半身を奪った張本人に対して、救助の申し込みだ。
返事の代わりに、手のひらでエイリアンを持ち上げる。
「ゆゆっ! おそらをとんでるみちゃい!」
エイリアンは、あっという間に上機嫌になった。
痛みも忘れたのか、手の上でキョロキョロとせわしない。
自分の不幸に何の疑問も持たない、純粋無垢の笑顔が輝いている。
「やっぱりまりしゃは、とくべちゅなんだにぇ!」
空いた方の手を構える。
「かわいくっちぇ、ごめんにぇ!」
パン! と手を合わせる甲高い音が、餡子まみれの部屋に鳴り響いた。
隙間から流れ落ちる餡子も気にせず、私はそのまま合掌した。
何を拝むわけでも、なく。
■贖罪
掃除が一通り終わった時に、私はやっとあんまんのことを思い出した。
コンビニ袋をテーブルに載せ、買い物してきたものを取り出してゆく。
あんまん、ジュース、マンガの単行本……。
そこで目が留まり、単行本の表紙を見つめる。
それは『七つの大罪』がストーリに絡んでいるマンガだった。
なぜか今日の出来事全てが、私の頭の中に蘇ってくる。
――あらためて思えば、いつもそうだった。
ゆっくりの言動は単純だ。
ほぼ、どれかに当てはまる。
強欲・色欲・嫉妬・怠惰・暴食・憤怒・傲慢。
『ゆっくり』が示したもの。
『人間』を罪に導くと言われるもの。
それが、何を意味しているのか。
『ゆっくり』が『人間』に示しているものは、何なのか。
「………………」
答えを口にすることが出来なかった。
答えがあるかどうかさえも、分からなかった。
代わりに私は、あんまんを口にした。
あんまんは、すっかり冷え切っていた。
‐‐‐‐‐‐‐‐過去作‐‐‐‐‐‐‐‐
ふたば系ゆっくりいじめ 776 ゆっくりたたき
ふたば系ゆっくりいじめ 769 ゆっくり採集~つかまってごめんね!~
ふたば系ゆっくりいじめ 766 まりさがまりさだよ!
ふたば系ゆっくりいじめ 761 ゆっくりした週末
ふたば系ゆっくりいじめ 755 まりさもみもみ
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
冬の長さを示すような根深い雪を踏みしめ、私は歩く。
肩をすくめて寒さを耐え忍び、我が家への帰路を歩く。
口元に漂う白い息を見ていると、心まで冷たくなってゆくようだ。
「おにいさん、れいむをゆっくりさせてね!」
緩やかな風に流れる灰色の曇り空は、日の光も通してはくれない。
雪を落としてこないのが、せめてもの救いだろうか。
両の耳などは、恥ずかしいぐらい真っ赤になっているのだろう。
指で擦ってみると、まるで自分の身体ではないかのように冷たくなっていた。
「あと、あまあまちょうだいね!」
コンビニ袋を持っていなければ、両手ともポケットに突っ込みたいところだ。
それでも今の私には、わずかな温もりがありがたい。
片手だけを上着のポケットへねじ込み、私は身を縮ませた。
閑散とした、見慣れた住宅街が周囲に広がってくる。
人通りも少なく、聞こえてくるのは自らのコンビニ袋が擦れる音だけだ。
この先には、貧しいながらも暖かい我が家が待っているはすだ。
「ゆ? ここがおにいさんのおうち?」
足を止め、ズボンのポケットから鍵を取り出す。
このドアの向こう側は、どれだけの暖かさを与えてくれるのだろう。
想像するだけで、寒く辛かった道のりも全て癒される気がした。
「きにいったよ! ここをれいむのゆっくりぷれいすにするよ!」
私は鍵を取り出す手を止め、足元に視線を移した。
■強欲
「ゆぶげっ!」
振り下ろした足の下で、潰れたバレーボールのようなものが悲鳴を上げる。
悲鳴に合わせて、黒髪と赤いリボンがわさわさと蠢いていた。
想像以上に心地良い弾力が、足の裏から伝わってくる。
私は、力を抜いたり入れたりを何度も何度も繰り返した。
「ゆぶっ! ゆびっ! ゆぶっ!」
バレーボールが、歪な変形を繰り返す。
寒さも忘れてしまいそうなほど、私はその行為に熱中した。
「い、いたいよ! いますぐやめてね!」
私はハッとなり、コンビニ袋に目をやった。
とんでもない失敗に気が付いたのだ。
貴重な時間を使い過ぎてしまったことに。
慌てて袋から中身を取り出す。
手に取ると同時に、私はひどく安堵した。
「ゆゆっ! あんまんさんだよ!」
暖かさが保たれていたことに、心から感謝する。
かすかな湯気を放つあんまんが、輝いて見えるかのようだ。
「はやくちょうだいね! たくさんでいいよ!」
それは、とても感動的な暖かさだった。
寒さにかじかんだ指は思うように動かない事を忘却するほどに。
「ゆ!」
柔らかい、とても柔らかい音と共に、あんまんが地面に接する。
一瞬の油断が命取り、と語ったのはどこの誰だっただろう?
なんの打開策にもならないことを悩むほどに、私は激しく動揺していた。
「むーしゃむーしゃ!」
心が平静を取り戻す頃には、全てが終わっていた。
落下したあんまんは、跡形も無くなっていたのだ。
「おかわりちょうだいね! ぜんぜんたりないよ!」
私はしばし、思慮にふける。
無くなってしまったものは、もう戻ってはこない。
ならばこの状況、私が取れる最善とは一体なんなのだろうか?
答えは、思いのほか簡単に導き出された。
あんまんは、無くなったわけではなかったのだ。
「あと、あまあまちょうだいね! ゆっくりぷれいすもちょうだいね!」
あんまんは、この中にある。
「ゆゆっ! おそらをとんでるみたい!」
両の手で、頬のあたりをしっかりと掴み持ち上げる。
指の先まで強い意志を込め、決して落とさないように。
「れいむとんでる! おそらもれいむのものだよ!」
頬を紅潮させ、だらしなく涎を垂らすバレーボールと向き合う。
目を背けたくなるような光景だが、これもあんまんのためだ。
私は、ゆっくりと掴む力を強くしていく。
「ゆんゆゆ~♪ ……ゆっ? ちょっといたいよ!」
力を込めたことで、わすかでも体温が上がったのだろうか。
かじかんでいたはずの指も、自由に動かせるようになってきた。
私はゆっくりと、両の手を左右に広げてゆく。
「いたいっ! ちぎれちゃう!」
ミチ……ミチ……という音が、指のあたりから聞こえてきた。
バレーボールの頬に亀裂が入り、薄っすらと黒い餡子が見え始める。
ほんの少し前まで笑顔に満ちていたものは、もう見る影もなかった。
横幅は2、3倍に引き伸び、どんな表情なのか判別できなくなっている。
どれほど出来の良い福笑いでも、ここまで面白い顔にはならないだろう。
「やめてね! やめてね!」
この状態でも言葉を発っせられることに、ほんの少しだけ感心する。
私は敬意を表して、左右へ引く力を更に強くした。
「ゆ、ゆんやあぁ~っ!」
頬だけではなく、身体のあちこちに亀裂が入り始める。
最初は滲む程度だった餡子も、亀裂から漏れ落ちて床に染みを作っていた。
大変見苦しいので、足の裏で丹念に踏みにじる。
「れいむのあんこさん、ふまないでね!」
他人の所有物、誰の所有物でもないもの、何もかも全て。
どれだけの物を欲すれば、気が済むのだろう。
あんまんも自分のもの、家も自分のもの、大空も自分のもの。
「もっと、ゆっくり……したかったぶぎゅ!」
自問自答をしているうちに、目前では餡子の花が咲き乱れていた。
床に飛び散る、餡子に混じった何か。
それはあんまんではなく、ただの生ゴミだった。
■色欲
「ただいまー」
帰宅を告げながら、横着して手を使わずにつま先で靴を脱ぐ。
玄関を上がったあたりで、廊下の向こうからポヨンポヨンと間抜けな効果音が聞こえてきた。
「おにいさん、ゆっくりおかえり!」
金色の髪に黒い帽子を被った球体が、不敵な笑顔で飛び跳ねてくる。
あまりに激しく跳ねるものだから、帽子が徐々にずれてきているようだ。
「おい、そんなに跳ねると……」
「ゆゆっ!?」
案の定、帽子が床にずり落ちてしまった。
慌てて振り向き行方を追うが、ゆっくりは急に止まれない。
「まりさのすてきなおぼうしがぁー!」
「前見ろ、前」
ポヨヨン!
「ゆぴっ!」
見事、私の足元へ正面衝突だ。
大きな目に涙を一杯に溜め込み、仰向けに転がってしまう。
「ゆっぐ……えっぐ……」
コンビニ袋を床に置き、両手を使って元の体勢に直してやる。
瞬く間に、不敵な笑顔が戻ってくる。
「ゆっくりもどったよ!」
「ああ、よかったな」
「……ゆ!? まりさのすてきなおぼうしがないよ!?」
キョロキョロと、せわしなく左右を見回す。
落ちた帽子は遥か後方なので、いくら前方を探しても見つかるわけがない。
私は仕方なく帽子を取りに移動し、持ち主の元へ返してやる。
「ゆ! おぼうしさん、ゆっくりおかえり!」
よほど嬉しかったのか、鏡も無いのに身体をクネクネさせてモデル気取りだ。
満足げな顔を見届け、私は廊下の奥へ歩き出す。
玄関先の餡子の染みを思い出すと、少し気分が憂鬱になる。
しかし、放置しておいて虫でも集まられたらたまらない。
私は物置部屋に入り、掃除用具……箒に塵取りを取り出した。
「んほおおぉぉぉ!」
嬌声が響き渡ったのは、その瞬間だった。
「ゆんやああぁぁぁ!?」
掃除用具を手にしたまま、慌てて玄関へ戻る。
そこには、とても言い知れない光景が広がっていた。
「とっても、とかいはなまりさだわ! んほ! んほ!」
「やめてね、やめてね!」
嬌声の主は、金髪にカチューシャをつけた丸い球体だった。
何かの液体で濡れているのか、表面は妙な光沢を発している。
先程までクネクネしていたのは、モデル気取りの帽子の主だった。
しかし、今クネクネしているのは金髪カチューシャの方だ。
モデル気取りに押しかかり、腰のあたりを激しく動かしている。
生理的な嫌悪が、身体をかけずる。
反射的に、手にしていた箒を金髪カチューシャに振り下ろした。
「ゆぎぃ!?」
濁ったうめき声を上げて、金髪カチューシャは動きを止めた。
ほんの、一瞬だけ。
「……ゆふ、ゆふんほほおぉ!」
「ゆんやぁー!?」
金髪カチューシャが、再び腰を動かし始める。
箒で叩いた部分が歪に凹んでいるのも、おかまいなしだ。
「くそっ! このっ!」
私は何度も何度も、箒を振り下ろす。
叩いた箇所から金髪カチューシャの皮が裂け、クリームが漏れてくる。
それでも、腰の動きを完全に止めることは出来なかった。
「きんもちいいぃぃぃ! まりさのまむまむ、さいこうだわああぁぁぁ!」
「す、すっきりしちゃう~!?」
気が付けば、涙と謎の液体で両者ともヌルヌルテカテカだ。
猶予が無さそうな状況に、私は覚悟を決めた。
「ゆぎゅっ!」
モデル気取りを足で踏みつけ、金髪カチューシャに両手を添える。
「いくわよまりさ、いく、いくうぅぅぅ!」
スポーン!
金髪カチューシャがモデル気取りから外れ、腰の突起物が露になった。
そのまま、玄関外へ放り投げる。
手のひらには、ねっとりとした最悪の感触が残っていた。
「すっきりいぃぃぃ!」
金髪カチューシャが嬌声を上げながら、放物線を描く。
腰の突起物からは、謎の液体を放出しながら。
「ゆぶっ!」
モデル気取りから足を離し、玄関外へ飛び出す。
金髪カチューシャは既に体勢を整え、起き上がろうとしていた。
「ぶっかけもよいけど、なかにもださせてねええぇぇぇ!?」
ご近所さんにとんでもない誤解を招きそうな絶叫に、私は顔をしかめる。
狭い玄関では躊躇していた分を取り返すべく、思い切り箒を振り上げた。
「こんやは、ねかさないわよおおぉぉ!」
渾身の力で、箒を叩きつける。
あまりの勢いに箒が折れてしまうのではないか、といわんばかりに。
「んほぶっ!」
盛大に謎の液体を撒き散らしながら、金髪カチューシャはやっと動かなくなった。
性欲の塊が、クリームの塊に変化したのだ。
私は目をつぶり、とても深い溜息を漏らす。
処理が終わった安堵感と、掃除対象が増えた無念感からくるものだった。
■嫉妬
「ゆっぐ……えっぐ……」
モデル気取りも今は昔。
こんなに腹をぷっくりと膨らませては、引退も止む無しだろう。
「まりさ……にんっしんっ! しちゃった……」
いくらおさげで目元を抑えても、溢れる涙は止まらない。
膣外射精は避妊法じゃないから……などと説明した所で、慰めにもならないだろう。
掃除があるからと横着して、玄関ドアを開け放しにすべきではなかった。
私だって、通りすがりに絶世の美女がクネクネとポーズを取っていたら……。
……いや、それでも突然レイプはしない。
そもそも、こいつは美女なのだろうか?
「ゆわぁ~あ。よく寝たよ!」
間延びした声に顔を向けると、廊下の奥からズリズリと球体が這いずってきた。
元モデルも気が付いたらしく、這いずる球体の方を見つめている。
球体の黒髪は寝癖だらけで、赤リボンも変な角度に曲がっているようだ。
三六〇度どこから見ても、完璧な寝起きである。
その腹のあたりは、元モデルに負けず劣らずぷっくりと膨れている。
「れ、れいむ……」
「ゆゆっ!? まりさ、なんなのそのおなか!」
寝癖リボンが、元モデルへ向かって物凄い勢いで跳ねてくる。
身篭っているとは思えないぐらいの跳ねっぷりだ。
鬼のようにつり上がった眉毛に、血走った目、歯茎むき出しの口元。
その表情は、とてもじゃないがゆっくりしたものとは程遠かった。
「これはね、れいぱ……」
「うわきしたんだね、まりさ!」
さすが耳が無いだけあって、聞く耳も持たない。
「ちがうよ! だからこれは、れいぱーに……」
「れいむというものがありながら!」
一方的に責め立てる寝癖リボン。
元モデルがあまりに忍びないので、私は助け船を出してやることにした。
「おい、これは事故で……」
「おにいさんはだまっててね!」
ドムン!
会心のトゥーキックが、寝癖リボンに鋭く決まった。
寝癖リボンが壁で反射しながら、廊下の奥へ飛んでゆく。
もしかしたら、風圧で寝癖も直るかもしれない。
「ど、どぼじでこんなことするの……」
「急にボールが来たんで、つい……」
前歯が何本が無くなっているようだが、大きな問題は無いだろう。
この程度は日常茶飯事なので、気にする必要はない。
「まぁ、こいつの話も聞いてやれよ」
「ゆ! いいわけなんてきかないよ!」
寝癖リボンの目前で、もう一度トゥーキックの体勢を取る。
「まりさ、ゆっくりせつめいしてね!」
平和的に示談が始まったようなので、あとは当人達に任せることする。
「れいぱーに、すっきりされたんだよ!」
「れいぱーなんて、どこにもいないよ!?」
「おにいさんが、せいっさいっしたんだよ!」
「てきとうなこといわないでね!」
「ほんとうだよ! ゆっくりしんじてね!」
「……でも、すっきりしたんでしょ!」
「すっきりしたよ!」
「きもちよかったんでしょ!?」
「そんなことないよ!」
「まりさのうわきもの! れいむのばーじんかえしてね!」
初めてのことを気にしているとは、思わなかった。
年中盛っているイメージがあったので、意外だったのだ。
「まりさだって、ばーじんだったんだよ!」
「ばーじんをれいぱーにあげるなんて、どういうことなの!?」
「あげたくてあげたんじゃないよ! ゆっくりりかいしてね!」
「ほんとうなの!? まりさからさそったんじゃないの!?」
「ひどいこといわないでね!」
「まりさは、いんらんだよ! めすぶたってよんであげるよ!」
「どぼじでそんなこというのー!?」
「れいむのいうことがきけないの!?」
「まりさのいうこともきいてよ!」
元モデルの顔は涙でグシャグシャになり、確かに豚顔のようにも見える。
しかし、あまりにあまりなやり取りである。
「あのな……」
思わず口を挟むと、寝癖リボンが般若のような顔で見上げてきた。
目は血走り、口元からは涎が吹き出している。
「じじぃはだまっててね!」
「おい、話を聞けよ」
寝癖リボンは鼻も無いのに鼻息荒く、元モデルに向き直る。
「もう、はなしてもむだだね!」
「ゆんやぁー!」
「ゲスなまりさは、せいっさいっしてやるよ!」
寝癖リボンが飛び上がり、空中に浮かぶ。
「ゆっくりしね!」
ドムン!
会心のボレーキックが、寝癖リボンに鋭く決まった。
廊下の一番奥まで吹っ飛び、壁に激突してずり落ちる。
気絶してしまったのか、ピクリとも動かない。
餡子を少し吐いているようだが、あの程度なら命に別状はない。
後でオレンジジュースでもかけてやれば、寝癖も一緒に直るだろう。
元モデルの方を見ると、いつもの不敵な笑顔に戻っていた。
膨らんだ腹のせいかもしれないが、踏ん反り返っているようにも見える。
「ゆふふ、いいきみだよ」
「……チッ」
元モデルの呟きに、眉をしかめて舌打ちする。
会心のキックが決まったというのに、不満げな気持ちが込み上がる。
掃除するものが増えたから……それだけが理由ではないような気がした。
■怠惰
部屋の真ん中には、腹を大きく膨らませた饅頭が二つ鎮座していた。
「すーやすーや……すーやすーや……」
寝癖の直らない赤リボンの方は、熟睡を示す寝言を喋りながら夢の中だ。
ついさっきまで修羅場だったとは、とても思えない。
幸せそうな笑顔で、膨らんだ腹に両のもみあげを置いている。
生まれてくる赤ん坊の夢でも見ているのだろうか。
「まりさのかわいいおちびちゃん、ゆっくりうまれてね!」
元モデルの方も、すっかり母性に目覚めたようだ。
こちらも膨らんだ腹をおさげで擦り、満足げに微笑んでいる。
「というか、産むのか?」
元モデルの目前に座り込み、私は問いかけた。
強姦されて出来た子……多少でも葛藤はないのだろうか。
「かわいいまりさのおちびちゃんだから、きっとかわいいよ!」
「ああ、そう……」
問題は、もう一つあった。
寝癖リボンが身篭った時に、元モデルと約束を交わしていたのだ。
「しかし、そんな身体でコイツの面倒見られるのか?」
問いかけながら、寝癖リボンを指差す。
身篭ってからというもの、寝るか食ってるか二択の生活だ。
最近では、まともに動こうともしない。
だからこそ、元モデルが世話をする約束が必要だったのだ。
「まりさはにんっしんっしたんだよ!」
「知ってるよ」
「だから、おにいさんがれいむのめんどうをみてね!」
「断る」
「どぼじでそんなこというの!?」
子を産むことに反対こそしなかったが、これ以上手間をかける気もなかった。
当人達の望みなのだから、当人達で責任を取れと約束したはずだ。
「じゃあ、れいむはどうでもいいよ!」
「そうなのか」
「かわりに、まりさのめんどうをみてね!」
「断る」
「どぼじでそんなこというの!? まりさはだぶるまざーなんだよ!」
産まれた後のことも、頭が痛い。
倍の数を面倒見るつもりは毛頭無いが、わざわざ間引くのも面倒くさい。
「全部殺すか」
「こわいこといわないでね!」
情けない涙顔で見上げる元モデルの頭を、帽子越しに撫でてやる。
「ははは、半分冗談だ」
「ゆふー! びっくりしたよ!」
元モデルが嬉しそうに、餡子が一杯に詰まっているであろう腹をプルプルさせる。
ふと玄関にあんまんが置きっぱなしだったことを思い出し、立ち上がった。
「……ゆ? はんぶん?」
元モデルの呟きが背中越しに聞こえた気がしたが、私は無視して玄関へ向かった。
■暴食
今度こそ玄関の戸締りを確認し、床のコンビニ袋に手を伸ばす。
部屋に戻ってみると、鎮座した二つの饅頭は仲良く寝息を立てていた。
元モデルも、寝るか食うかの二択生活になってしまったようだ。
私は目前に座り込み、コンビニ袋を床に置く。
あんまんを一つ取り出した所で、飲み物が無い事に気がついた。
台所へ向かおうと、立ち上がった瞬間……。
「……ゆゆっ!?」
熟睡していた筈の饅頭達が、カッを目を見開いた。
「あまあまだ!」
「はやくちょうだいね!」
一目散に、饅頭達がコンビニ袋へ向かう。
慌てて私も手を伸ばすが、一度立ち上がろうとしたために反応が遅れてしまった。
「がーさがーさ! がーさがーさ!」
「ゆゆゆっ! あまあまがあったよ!」
「むーしゃむーしゃ! むーしゃむーしゃ!」
「うめっ、これめっちゃうめっ!」
「しあわせーっ!」
透明度の低い袋なので、中の様子は良く見えない。
しかし、何が行われているのかは明確に予測できた。
思えば、寝癖リボンはともかく元モデルは身篭ったばかりだ。
懐妊祝いというわけではないが、今回は自由に食わせてやろう。
私はそんなことを考えながら、あらためてあんまんを頬張ろうとした。
「ゆびぃっ!?」
突然、コンビニ袋の中から悲鳴が聞こえてきた。
声だけでは、どちらの饅頭が発したものなのかはわからない。
「むーしゃむーしゃ、それなりー?」
「いたいよ! すぐにやめてね!」
コンビニ袋に手を差し込む。
しかし、どれがあんまんでどれがそれ以外なのか、感触だけでは分からなかった。
「このあんまんは、あまりおいしくないよ!」
「ひどいこといわないでね!」
「でもまりさはたべてあげるよ! ゆっくりかんしゃしてね!」
「ゆんやぁー! れいむのたまのはだがー!」
引っ張り出すのをあきらめて、コンビニ袋を逆さになるよう引っ張り上げる。
何かが引っかかっているのか、なかなか中身は出てこない。
「がーつがーつ! がーつがーつ!」
やがて、ポテポテッ! という音と共に、二つの球体が床に落ちる。
元モデルは無傷のようだが、寝癖リボンは重傷だった。
身体のあちらこちらが食いちぎられ、穴だらけになっている。
「ゆぐっ……れいむの……おちびちゃんが……」
寝癖リボンの腹が裂けて、漏れた餡子に混じって何かが見えた。
小さな目と口がついた、ピンポン玉のような塊だ。
寝癖リボンを掴み上げ、台所へ向かう。
流し台にそっと置いて、オレンジジュースをたっぷりと振り掛けた。
「ゆゆっ!? まりさのあまあまはどこ?」
声に背後を振り返る。
そこには、帽子を被った食欲の塊が、頬を紅潮させ満面の笑みを浮かべていた。
食欲の塊が、キョロキョロと周囲を見渡す。
よく見ると口元には餡子だけでなく、癖のついた黒髪が纏わり付いていた。
「お前、何してんだ……」
私の心に怒りや恐怖はなく、ただひたすらに呆れていた。
この食欲の塊は、自分と甘味以外の存在をこの世から打ち消していたのだ。
「ゆっ! あまあまだ!」
食欲の塊が、私が手にしていたオレンジジュースに顔を向ける。
そのつぶらで大きな瞳には、もう私の存在も映っていないのだろうか。
全くゆっくりしていない反応で、食欲の塊が手元向かって飛び跳ねてきた。
しかし私は手を避けることはせず、逆に振り下ろす。
「ゆびっ!?」
空中衝突した食欲の塊が勢いを失い、床に落下する。
「ゆうぅ……まりさはしんぐるまざーなんだよ!」
……食欲の塊は、先刻確かに『ダブルマザー』と言ったはずだ。
強姦魔は、既に亡き者となっている。
ならば『シングルマザー』の方が正しいといえば正しいのだが……。
それを言い直したということは、つまり。
私の中の呆れが、嫌悪に変わってゆく。
最初はどうだか分からないが、少なくとも現時点では確信しての行動だったのだ。
「だから、えいようとらなきゃだめなんだよ!」
再び、食欲の塊が私へ向かって飛び込んできた。
「あと、あまあまちょうだいね!」
私は、オレンジジュースを持っていなかった方の腕を振り下ろした。
思いきり振りかぶり、渾身の力を込めて。
「ゆぶぎゅっ!?」
食欲の塊が床に叩きつけられ、歪に変形する。
私は行く末を見届けるまもなく、繰り返し拳を叩き込む。
「ぎゅぶっ!? やべちぇぶっ!?」
食欲の塊からは、既に意味不明の言葉しか聞こえなくなっていた。
もちもちだった肌は亀裂だらけになり、衝撃の度に餡子がばら撒かれる。
つぶらで大きな瞳があった場所も、不敵な笑みを浮かべる口元も。
もはや、何処にあったのか判別できない。
凄惨な光景とは裏腹に、不思議なほど私の心は落ち着いていた。
何度も拳を振り下ろしながら、他のことまで考える余裕さえあった。
後の掃除のこと、マンガの単行本を買い忘れたこと……。
■憤怒
「どぼじで、いうことがきけないの!?」
寝癖リボンの怒声が響き渡る。
その目前では、ピンポン玉ほどの塊が目に涙を一杯に溜めこんでいた。
黒い帽子を目深に被り、小さな身体をプルプル震わせ俯いている。
まるで、今にも消えてなくなってしまいそうだ。
「まだ赤ん坊なんだから、仕方ないだろ」
私が横から声をかけると、寝癖リボンの眉毛がキリリ! とつり上がった。
小麦粉の補強跡を気にする素振りもなく、身体を大きく踏ん反りかえさせる。
「まったく、できのわるいおちびちゃんだよ!」
「だって……まりしゃ……まりしゃ……」
「くちごたえしないでね!」
寝癖リボンが身体を捻って、もみあげを振り回す。
ピンポン玉は弾き飛ばされ、テン、テン、と転がっていった。
「ゆぴぃ~! ゆっくちできない~っ!」
滝のような涙を流して、ピンポン玉が泣き叫ぶ。
それを見て寝癖リボンは、例によって鼻もないのに鼻息を荒くした。
「これは、あいのむちなんだよ! ゆっくりりかいしてね!」
「もうやじゃ~! ぴゃぴゃ、たしゅけちぇ~!」
父親を呼ぶ言葉を聞いて、寝癖リボンの身体が朱に染まってゆく。
ピンポン玉の目前まで跳ねてゆくと、大きく息を吸い込んだ。
「あんなゲス、ぱぱじゃないよ! ぷくーっ!」
「ゆんやぁ~っ!?」
人差し指を伸ばし、寝癖リボンの頬を突く。
「ぷしゅるるるる!」
口から空気が抜けたことが、万人に分かるよう宣言される。
私は寝癖リボンの頭に手を置き、顔をこちらに向かせた。
「それぐらいにしろよ」
「お、おにいさん……」
オレンジジュースの効果は絶大だったらしく、親子饅頭は見事息を吹き返した。
減っていた餡子は食欲の塊だったものから拝借したが、特に問題もないようだ。
一刻も経たないうちに、こうして言い合うほどに元気になるとは思わなかったが。
今さらだが、つくづく不思議なナマモノだ。
しかし、余程に元モデルとの出来事が腹に据えかねたらしい。
寝癖リボンはピンポン玉の一挙一動に難癖を付け、説教と体罰を繰り返していた。
金髪に黒帽子で産まれてきたことも、気に食わないのだろう。
「あんなゲスにならないよう、れいむがきょういくしないとだめなんだよ!」
「まりしゃゲスじゃないよ!」
「だいたい、そのぼうしがきにくわないよ!」
「まりしゃのすてきなおぼうちさんは、ゆっくちできるよ!」
「かみのいろも、ゆっくりしてないよ!」
「しゃらしゃらのきんぱつしゃんは、ゆっくちできるよ!」
「そもそも、れいむにぜんぜんにてないよ!」
「まりしゃはまりしゃだよ! ゆっくちりかいしちぇね!」
しかし、聞けば聞くほど、どうしようもない理由ばかりだ。
「なまいきいうんじゃないよ!」
寝癖リボンの体当たりで、ピンポン玉が弾き飛ばされた。
再びテン、テン、と転がってゆく。
「い、いじゃい~! ゆっくちさせちぇよ~!」
「ゆん! やっぱりゲスのこはゲスだね!」
「どぼじでそんなこちょいうにょ~!?」
「またくちごたえしたね! もうゆるさないよ!」
私は溜息をつき、寝癖リボンの眼前に手を開く。
寝癖リボンは視界を塞がれ、動きを止めた。
「あんまん、もう一度買ってくるよ。マンガも買い忘れてたしな」
「あんみゃん?」
「おちびちゃんは、だまっててね!」
「ああ、とっても甘くて美味しいぞ」
「あみゃあみゃ! あみゃあみゃ!」
「ゆぐっ……」
「だから、おとなしく待ってるんだぞ」
私はできるだけ静かな口調で、語りかけた。
寝癖リボンには手のひらで、ピンポン玉には指先で、頭を撫でてやる。
「わ、わかったよおにいさん……」
「はやくあみゃあみゃちょうだいにぇ!」
嬉しそうにピョンピョン跳ねるピンポン玉を見て、寝癖リボンの眉間にしわが寄る。
あの食欲の塊への怒りが消えないのはわかるが、子供には罪は無い。
今日は一段と寝癖リボンのヒステリーが酷いが、根はのんびりした性格だ。
もう少し時間が経てば、きっと怒りも静まるだろう。
再び外に出るのは億劫だが、暖かいあんまんのため……いや、親子団欒のためだ。
そう信じて、私は家を後にした。
■傲慢
「ただいまー」
私が帰宅を告げると、いつも最初に跳ねてきたのは黒帽子の元モデルだった。
今にして思えば、帰宅時は何かしら食い物を買ってきていた。
目的はそこだったのかと思うと、悲しくはないが情けない気持ちになる。
玄関を上がって廊下を歩く。
あんなに騒がしかった親子の喧噪も、全く聞こえなくなっていた。
疲れて、昼寝でも始めたのだろうか?
饅頭達が居るはずの部屋に入るべく、私はゆっくりとドアを開ける。
「おまた……せ……」
手にしていたコンビニ袋を、床に落としてしまう。
すぐに我に返り拾い直すが、何とも不思議な感覚だ。
こんなリアクションなんて、ドラマやマンガの中だけだと思っていたのに。
身体の力がスッと抜け、自分でも気付かぬうちに指を離していたのだ。
しかし、ショックを受けて……というのとは、少し違うようにも思えた。
心のどこかでは、この光景を予想できていたのかもしれない。
やはりこうなってしまったか、思ったとおりだ、という脱力感。
「むーちゃむーちゃ!」
寝癖リボンの姿は、どこにも見当たらなかった。
代わりに、赤いリボンと癖のついた黒髪が、餡子の海に広がっている。
その中心に佇む、なすび型に膨らんだ醜い何か。
一心不乱に咀嚼を繰り返すその姿は、新種のエイリアンか何かのようだ。
私に気づく様子もないエイリアンに、近づきしゃがみ込む。
「美味いか?」
「ゆゆっ?」
私を見ても逃げる様子もなく、悪びれた様子も無い。
「おいしくにゃいよ!」
エイリアンが、つぶらな瞳をキラキラさせる。
その顔には、親そっくりの不敵な笑みを浮かべていた。
「でもまりしゃはたべてあげるよ! ゆっくちかんしゃしちぇね!」
少しだけ周囲を見渡してから、あらためてエイリアンに向き直る。
「何をしたんだ?」
「ねてるすきに、りぼんをぼっしゅうっ! したんだよ!」
確かにあれは、ゆっくりにとってはかなり大事なものだ。
洗濯する度に暴れて大変だったことを思い出す。
赤ん坊の身体でよく外せたものだが、寝相の悪さで取れかかっていたのだろうか。
「そしちゃら、ごらんのありしゃまだよ!」
圧倒的に説明不足だが、周囲に散らばっている掃除用具や家具を見れば想像はついた。
リボンを探して暴れたあげく、掃除に使っていた箒やその他に追突したのだろう。
二次災害で更に色々と倒れ込み、見事潰れてしまったわけだ。
今日はすっかり、掃除三昧になってしまったな……。
そんなことを考えていると、エイリアンがじりじりと移動を開始した。
すぐ横にあった、一際大きく盛り上がった餡子の塊に向かっている。
「しょくごのうんどうをしゅるよ!」
エイリアンは、私の目の前で腰を降り始めた。
「んほおおぉぉぉぉ!」
強姦魔に犯された餡子を、治療に使ったためなのだろうか?
エイリアンは何かに取り憑かれたかのように、餡子に腰を叩きつけている。
「にゃ、にゃんだか、きもちよくなってきちゃったよ!」
私は、それを尻目に掃除用具や家具を片付け始める。
「しゅっきり~っ!」
行為が終わったようだ。
片付けを中断し、あらためてエイリアンと向き合う。
「ゆゆっ! まりしゃにみとれてりゅの?」
「ゆっくりできたか?」
「もっと、ゆっくちさせちぇね!」
「まだ足りないのか」
「まりしゃは、せかいでいちばんゆっくちするんだよ!」
「親が死んだんだぞ?」
「まりしゃはゆっくちしてるよ!」
「部屋も、こんなに散らかってしまった」
「まりしゃがゆっくちできれば、それでいいよ! ゆっくちりかいしちぇね!」
私は、拳を握り締める。
「理解出来ねぇよ」
床に叩きつけた拳を中心に、餡子その他が激しく飛び散る。
「ゆぴぃっ! いちゃい、いちゃいよ!」
エイリアンは半身を失いながら、悲鳴を上げ続けていた。
裂けた所に皮が張り付き、餡子の流出は最小限に留まっている。
餡子が潤滑材となったのか、叩きつけられたエイリアンの身体が滑ったのだ。
「おいじじぃ! どりぇいにしてやるから、まりしゃをたしゅけちぇね!」
半身を奪った張本人に対して、救助の申し込みだ。
返事の代わりに、手のひらでエイリアンを持ち上げる。
「ゆゆっ! おそらをとんでるみちゃい!」
エイリアンは、あっという間に上機嫌になった。
痛みも忘れたのか、手の上でキョロキョロとせわしない。
自分の不幸に何の疑問も持たない、純粋無垢の笑顔が輝いている。
「やっぱりまりしゃは、とくべちゅなんだにぇ!」
空いた方の手を構える。
「かわいくっちぇ、ごめんにぇ!」
パン! と手を合わせる甲高い音が、餡子まみれの部屋に鳴り響いた。
隙間から流れ落ちる餡子も気にせず、私はそのまま合掌した。
何を拝むわけでも、なく。
■贖罪
掃除が一通り終わった時に、私はやっとあんまんのことを思い出した。
コンビニ袋をテーブルに載せ、買い物してきたものを取り出してゆく。
あんまん、ジュース、マンガの単行本……。
そこで目が留まり、単行本の表紙を見つめる。
それは『七つの大罪』がストーリに絡んでいるマンガだった。
なぜか今日の出来事全てが、私の頭の中に蘇ってくる。
――あらためて思えば、いつもそうだった。
ゆっくりの言動は単純だ。
ほぼ、どれかに当てはまる。
強欲・色欲・嫉妬・怠惰・暴食・憤怒・傲慢。
『ゆっくり』が示したもの。
『人間』を罪に導くと言われるもの。
それが、何を意味しているのか。
『ゆっくり』が『人間』に示しているものは、何なのか。
「………………」
答えを口にすることが出来なかった。
答えがあるかどうかさえも、分からなかった。
代わりに私は、あんまんを口にした。
あんまんは、すっかり冷え切っていた。
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ふたば系ゆっくりいじめ 776 ゆっくりたたき
ふたば系ゆっくりいじめ 769 ゆっくり採集~つかまってごめんね!~
ふたば系ゆっくりいじめ 766 まりさがまりさだよ!
ふたば系ゆっくりいじめ 761 ゆっくりした週末
ふたば系ゆっくりいじめ 755 まりさもみもみ
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