ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1707 飛蝗に喘ぐ
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山桜がたおやかな春風にふかれて揺れている。樹冠の落とす木漏れ日もまたおなじ。空
の青さは指をかざせば染まってしまいそうなほどだ。蝶は舞い、花は咲き、梢にとまる小
鳥たちは盛んにさえずり愛を謳っている。
野山はさんざめいていた。
ついに、ゆっくりが待ち望んでやまない季節がやってきたのだ。
この季節、ありとあらゆるゆっくりが巣穴を飛びだして春をむさぼる。
そのため。
とあるゆっくりプレイスでは、惨劇が発生していた。
「うー。……うまいんだどー!」
「ゅ……ゆ……ゆっ」
「うー、うー。あまあまなんだどー」
「はなちぇー! はなちぇー!」
「むーしゃむーしゃするんだどー」
「やべでね! れいむに いたいこと しないでね! ……ゆぶべぇぇっ!」
午睡を誘う麗らかな春の日に、れみりゃ種による饗宴がくりひろげられていた。
胴体の有無を問わず、十数体のれみしゃ種がゆっくりの踊り食いにふけっている。
すでに、コロニーは壊滅状態にあった。
百頭を越えていたゆっくりプレイスの構成員は、捕食種の襲撃から一時間もへたずして
壊滅状態に追いこまれ、顔面の造作をまるごと失ったれいむや、内部の餡子をすすられて
のっぺりとした皮と化したまりさといった、酸鼻をきわめた宴の残骸がそこかしこに散乱
しているという、まったくもって惨憺たる光景が呈せられるようになった。
生存しているゆっくりもいないわけではない。だが、そのほとんどはすでにれみりゃの
手中にあるか、さもなくば瀕死のまま放置されていた。
そしていま、れみりゃの毒牙から逃げのびつづけていた最後の家族が、食物連鎖の一端
に連なろうとしていた。
「ぶぎゃぁぁぁぁぁぁぁっっっ! ぎょわいっ、ぎょばいぃぃぃぃっっっ!」
「あっぢいげぇぇぇぇえぇっ! あっぢいげぇぇぇっっっ!」
「ゆぴぃぃぃぃぃぃぃぃっ! ゆぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!」
「ごっぢごな゛い゛でね゛ぇぇぇぇぇぇっっ!」
「ぷきゅぅぅぅぅぅぅっっ! ぷ、ぷ、ぷ、ぷきゅぅぅぅぅぅぅっっ! ぶ……ぶぎゅぅぅぅぅぅっっ!」
胴付きれみりゃがうつ伏せになり、崖にうがたれた横穴に太った右手をつっこんでいる。
その穴からは、号泣と慟哭と怒声のいりまじった聞くに堪えない叫び声がだだ漏れになっ
ていた。見てのとおり、れみりゃが「おうち」に逃げこんだゆっくりを引きずり出そうと
しているのである。
「うー。とどかないんだどー」
しかし惜しくも奥にまで手がとどかなった。獲物は横穴の奥にぴったりと背中をつけて
いて、かつ横穴にはかなりの距離があった。
いったん手を引っこめた。
それと同時に声をあげての泣きわめきはむせび泣きに転じた。
横穴の奥底では五頭のゆっくりがふるえている。
家族構成は成体のまりさとれいむ、それから赤ゆのまりさが一頭とれいむが二頭だった。
成体まりさの口がひらく。
「お、お、おぢびぢゃん、だ、だいじょ、だいじょうぶ、なん、なんだぜっ、
れみ、れみ、れみりゃ、おぢびぢゃん、おぢびっ、おぢびぢゃんば、
ば、ば、ば、ばりぢゃが、まも、まもるんだぜっ」
成体まりさの強がりなど、気休めにもならなかった。家族の恐怖は極限にたっしていた。
こんな状態でなぐさめの言葉を授けたところで、効果のほどはたかが知れている。
家族一同、おびえているどころではなかった。
だれもかれも、涙線は完全に崩壊している。しーしーもうんうんも垂れ流しだが、その
汚臭を気にするゆっくりは一頭もいない。五頭の足もとには、落涙ゆえか失禁ゆえか、あ
るいはその両方ゆえか、砂糖水が溜まり池をつくっていた。成体まりさの血走った眼球は
前方にせりだし、いまにもこぼれおちそうだ。親子ともども、まりさ種は歯をかちかちと
噛みならし、れいむ種は下唇を痛いほどにかみしめている。そして全員、氷点下の青空に
放り出されてもこれほどでもあるまいと思えるほど激しくふるえている。
れみりゃの腕が再度侵入してきた。
「ゆぎぃぃやぁぁぁああぁぁぁっっ! ぐるな゛ぁぁぁぁぁああぁっっ!」
「ぎょばいぃぃぃぃぃっっっ! な゛んでぐるのぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
「ま゛、ままままままままままままりじゃ、まりじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃっ、
ぢゅよいっ、ぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅよいんだじぇぇぇぷぎゃぁぁぁぁああぁぁっ!」
目と鼻のさきで捕食者の太った五指がわきわきと躍っているのだから、たまらない。
だが手は虚空をつかむばかり。
悪魔の触手が引っ込んだ。
泣き声がやむ。
さきほどから泣いてはやみ、やんでは泣くの繰りかえしだ。
「ゆ゛……ゅ゛……ゅ゛……ゅ゛……もう、ぐるんじゃ、ないん、だぜ、ぐるな、ぐるな、ぐるな、ぐるなぐるなぐるな……」
「ゅあ……ゅ゛……ゅ゛……ごないでね゛っ、ごないでね゛っ、ごないでね゛っ、ごないでね゛っ、ごないでね゛っ」
「ま、まりじゃ、まりじゃば、ぢゅよいんだじぇ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎだら゛、ようじゃ、じな゛いんだ、じぇっ」
「ごべんなざい゛ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ! ごにゃいでぇぇぇぇぇっ! ごないでにぇぇぇぇぇっっ」
うねうねと、手がやってくる。
家族の声がそろった。
『ぎだぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!』
だが何度やっても結果はおなじだった。
獲得するのは悲鳴ばかりで、かんじんかなめのあまあまは巣穴の奥底で無傷だった。
あと数センチばかりれみりゃの腕が長かったら、いまごろ家族は仲良くれみりゃの胃液
を泳いでいることだろう。現在の状況が永続するならば、いずれれみりゃも諦めてくれる
かもしれない。
だが、眼前で死が躍っている状況で安堵できるほど、ゆっくりは豪胆ではなかった。
かれらは見知らぬものには無意味なほどに横暴になれるが、一度経験した危険に対して
は病的なほど臆病になる。そして、れみりゃ種をふくむ捕食種への恐怖は、餡子脳の根底
に深々と刻みこまれている。知らないどころではなかった。
恐怖が臨界点を突破したのか、家族は目も当てられない愛憎劇を演じつつあった。
「いぐっ……ぃぐっ……ぎょばいよぉぉ、ぎょば……ぎょばいよぉぉぉぉおおおぉぉっっ!
おどぉぉぉぉじゃぁぁぁぁぁんっ! だずげでよぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
赤ゆのれいむの無我夢中の哀哭に接し、成体れいむの目に殺気のような希望がやどった。
「ぞ……ぞうだっ! ば、ばりざ! れみりゃをやっづげでねっ! いぐっ、
ゆっぐりじでないで れみりゃを やっづげでね! ざっざどじでねぇぇぇっ!」
成体まりさはツガイの命令に反抗した。
どれだけ理性を働かせて回答したかは分かったものではない。
「い……いや゛なんだぜ! ごろざれるん゛だぜ! でいぶが いぐんだぜぇぇ!」
いちおう、ゆっくりにも母性や父性がある。家族愛もあるし、保護欲もある。
が、薄っぺらな家族愛など圧倒的恐怖によって引っぺがされていた。いまやゆっくりを
支配しているのは、理性のすぐ下にうずくまっていた防衛本能だけだった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? な゛に いっでるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!?
でいぶば がわ゛いーんだよぉぉぉぉ! ばりざが じんでねぇぇぇぇええぇっっ!
がぞぐを、がぞぐを まもるんでじょぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
「でいぶ なんだぜぇぇぇぇぇ! でいぶが じねぇぇぇぇえぇぇっっ!」
もはや夫婦喧嘩という水準にはなかった。敵意をむきだしにして、お前が死ねいいやお
前が死ぬべきだとやりあっている。家族をまもるはずの両親が見るにたえない悲喜劇をは
じめてしまったから、赤ゆたちは困惑をきわめた。
「ゆぴゃぁぁぁぁああぁぁぁっっ! げんがじないでねぇぇぇぇええぇぇっっっ!」
「うるざいよぉぉぉぉぉぉっっ! げずの おぢびぢゃんば だまっででねぇぇぇぇぇ!」
「ぎゃばいぐっでごめん゛ね゛ぇぇぇぇぇぇぇ! ぎゃばいぐっでごめん゛ね゛ぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ずーばーじーじーだいぶぅぅぅぅぅっ! ずーばーじーじーだいぶぅぅぅぅぅっっ!」
侃々諤々の議論の結果、つぎにやってきたれみりゃの腕を、まりさが迎え撃つことにな
った。家長の役目を思い出したというよりも、押し切られただけであった。家族一同、ま
りさの迎撃を固唾をのんで見守る。
はたして、触手のような腕がやってきた。
まりさは白蛇のような五本指に対して、
「ぷ……ぷ……ぷきゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
威嚇した。
突撃するわけでも噛みつくわけでもない。あんよは一ミリたりとも前進していない。
ゆっくりの代表的威嚇行動である「ぷくー」を展開するばかりだった。
あまりにも情けない敗北主義をまのあたりにして、れいむは激昂した。
「まじめに゛やっでねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
首を絞められたように目をみひらき、ツガイのまりさを蹴りとばした。
まりさは回転しながら前方につんのめった。
起きあがったとき、横穴の入口に背を向けたかっこうになっていた。
後頭部に衝撃がはしり、総毛だった。
捕食者に後ろ髪をつかまれたのだ。
すかさずまりさは「ゆん」と叫び、あんよに力をこめた。
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
火事場の馬鹿力というやつか。通常のゆっくりが胴つきれみりゃの膂力にかなうはずが
ない。ないのだが、たしかにその場に踏ん張っている。それでも、種族のちがいに根差し
た腕力の差は埋めがたく、すこしずつ外へとひっぱられてゆく。
「だ……だずげでぇぇぇぇ! でいぶぅぅぅぅぅぅぅ! おぢびぢゃぁぁぁぁぁぁんっ!」
まりさは死にものぐるいで助けをもとめた。しかし家族は立ちすくむばかりで動こうと
さえしない。それどころか、ツガイのれいむは勝ち誇ったようなうすら笑いをたたえるの
だった。赤ゆたちのほうがはるかに心配そうな目をしている。
「で……でいぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! どぼじで わらっでるんだぜぇぇぇぇぇっ! だずげろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「ふんっ! ぷくーなんかで ごまかそとした げすへの『てんっばつっ』だね! ゆっくり りかいしてねぇぇ!」
一向に家族をまもろうとせず、あまつさえ自分の身代わりになれと吼えちらかし、よう
やく父親の役割を再認識したかとおもったら、ぷくーなどで誤魔化そうとするまりさなど、
もはやツガイではなかった。かくしてれいむはツガイに三下り半を突きつけるにいたった。
だが、生死のはざまに立たされているまりさにとっては、そんなことはどうでもよい。
「な゛にいってるんだぜぇぇぇぇぇぇ! だずげろっでいっでるんだぜぇぇぇぇぇぇぇっ!」
恫喝のような救援をもとめるまりさを見て、れいむの目は哀憫の色を浮かべた。
その色を発見し、まりさは胸をなでおろすとまでは行かなくても、希望をつないだ。
「へ。そこまでいうなら……たすけてあげるねぇ!」
ずるり。と、まりさがいま一歩後退を余儀なくされた。成体は歯を食いしばってその場
にとどまる。れいむは今まさに奈落に引きずり込まれようとしているかつてのつがいに歩
み寄った。
そして、くるっと一回転した。
「きゃわいくってごめんねぇぇー!」
ウィンクして、ポーズを決めた。
まりさは絶望した。
というより、意味が分からなかった。
ところが赤ゆたちの目はかがやいた。
それは、れいむが常日頃から行っている挨拶のようなものだった。
降ってわいた日常に、かれらは恐怖を忘却した。
「れいみゅもやりゅー!」
「れいみゅもやりゅー!」
「まりしゃもやりゅー!」
赤ゆたちがれいむの隣にならんだ。
れいむはもみあげの先端で赤ゆたちを撫でた。家族揃ってまりさと向きあう。
「おちびちゃん、いくよ~~! いっせーの……」
『きゃわいくっちぇ ぎょめんにぇー!』
母と娘が同時にポーズを決めた。
一寸の乱れもなかった。
「だずげでねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ! ばがやっでないで だずげでねぇぇぇぇぇぇっっ! ゆ゛ぎぎぎぎぎ……!」
「みゅみゅっ!? しぇっきゃきゅの『きゃわいくっちぇごみぇんにぇ』だよ!?」
「どーちて りきゃい できにゃいにょ? ばかにゃにょ? ちぬの?」
「おとーしゃんは ゆっきゅり できにゃいよ! ちんでね!」
まりさは唾を飛ばして助けを呼んだ。
が、赤ゆは総じて不満をあらわにしていた。
自分たちの「かわいくってごめんね」が、かつてないほど綺麗に決まったのに、どうし
て意味不明な救援を求めるのだろうと、赤ゆたちは心底疑問だった。その回答は父の発狂
に求められた。父はおかしくなったのだ、と。狂気を孕んだゆっくりなどもはやゆっくり
ではなく、ましてや親なんかではなく、そのために赤ゆは親を罵倒しても、てんとして恥
じなかった。
ところが、れいむがまりさの眼前に進み出て言うのである。
「わかったよ! これなら どう!?」
まりさの黒瞳に、打ち砕かれるべき希望が宿った。れいむはつがいにあんよを、正確に
いえば肛門を向けた。ちなみにゆっくりは肛門を「あにゃる」と呼称する。そのあにゃる
から、ムリッと、黒いものがせりだしてきた。
「すーぱー! うんうん! たいむ!」
「ゆ゛……!?」
まりさの驚愕の声を聞くと、心躍った。肛門に力をこめた。うんうんは弾道軌道をえが
いて助けをもとめるまりさの口に着地した。
「すっきりー!」
れいむは恍惚とした。ひとかけらのうんうん。それが差し出された助けだった。
まりさの眼光に怒気が差した。
その一方で、赤ゆたちは歓声をあげた。
うんうんがゆっくりのおくちに!
ありえない現象を目撃しておもしろがった。
「まりしゃもー!」
「れいみゅもー!」
「れいみゅもー!」
赤子とは、面白いものを真似したがるものだ。
たちまち、死に瀕するまりさの眼下に三匹の赤ゆがならんだ。そして、一様にあんよを
親まりさに向ける。掛声一銭。うんうんを射出してみせた。だが、腹部の力が弱かったた
めか、口には入らず顎に命中したのだった。
『しゅっきりー!』
「おちびちゃんたち! おじょーずだよー! ぺーろぺーろしてあげるね!」
「くすぐっちゃい~」
「ゆゆ~。おきゃーしゃんの ぺーりょぺーりょは とっちぇも ゆっきゅり できりゅんだじぇ~」
ひとしきり赤ゆを舐めあげると、れいむはまりさに向きなおった。
そろそろまりさの死力も枯渇する。
むしろ、いまの今までれみりゃの膂力に抗いつづけていられたことが奇跡にもひとしか
った。歯ぎしりをして悔しがるまりさに対し、れいむは愉快げに言った。
「げすまりさは れいむの うんうんを いっぱい むーしゃむーちゃしていいよ!」
『いーよー!』
赤ゆの合唱が追従した。
まりさの口の端から、うんうん混じりの黒い唾液がしたたりおちる。
「……ゅ……ゆ゛……ゅ゛……」
「んん~? どうしたの? さっさとむーしゃむーしゃしてね!」
『しちぇにぇ~』
赤ゆの甲高い声がひびきわたった、そのときだった。
「ごろじでやるぅぅぅぅっっ! ごろじでやるんだぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
「ゆゆぅぅぅぅっっ!?」
まりさは絶叫した。
成体一頭と赤ゆ三匹、殺意におされて後ずさった。
「ごろじでやるぅぅぅ! でいぶもっっ! ちびどももっっ! ごろじでやるんだぜぇぇぇぇぇっ!」
「ゆ゛……ゆ゛……」
「ぎょばいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! ぎょばいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「ごっぢ ごないでねぇぇぇぇぇっ! あっぢ いっでねぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
「ゆぴぃぃぃぃぃぃぃっっ! ゅぴぃぃぃぃぃぃっ!」
あろうことか、まりさは前進を始めていた。
後頭部を引っ張るれみりゃの腕力にあらがって、ひきさがるどころか、鬼神の殺意を目
もとにたたえつつ、家族のもとへと這ってゆく。まりさは変身していた。怒声、罵声、脅
し文句を思いつくかぎりならべたて、屑どもに接近する。赤ゆたちはさきほどまでの歓喜
はどこへやら、いまは力のかぎり泣きわめいている。
れいむは震える歯を噛みしめて、力いっぱいさけんだ。
「ゆっくりしていってね!!!」
赤ゆがほがらかにこたえた。
『ゆっきゅりしちぇいっちぇにぇ~』
まりさも言った。すばらしい笑顔を浮かべたまま。
「ゆっくりしていってね!!!」
ゆっくりたるもの、ゆっくりしていってねと言われれば、ゆっくりしていってねと答え
るほかない。死のふちに瀕していようが、隠密行動の最中だろうが、もし十秒以内にゆっ
くりしていってねと叫ぶと森羅万象が滅ぶと認めていたとしても関係ない。
本能のようなものである。
そしてこの言葉を発するとき、ゆっくりは力が抜ける。
「ぎょぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! ゆごぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
まりさの姿が急速に小さくなったいく。一瞬のうちに横穴の外にまで引きずり出された。
れみりゃはやっと獲得した一匹目を堪能すべく、身を起こし、あぐらをかいて、これをむ
さぼりはじめた。おそらをとんでいるみたいとか、やめるんだぜまりさはおいしくないん
だぜとか、色々聞こえてきたが家族にとってはどうでもよいことだった。
れいむはほっと安堵の吐息をもらした。
巣穴の入り口に背をむけて、赤ゆたちに声をかけた。
「すっきりしたね! おちびちゃん!」
「したにぇー!」
「したんだじぇー!」
れいむが赤ゆたちの視界を遮っていなかったなら、もう少しましなことを言っていたか
もしれない。巣穴の外では悲鳴まじりに黒い雨が降っていた。れみりゃは、またたくまに
一匹目のゆっくりを食らいつくしてしまっていた。だが、まだ満腹には及ばない。そこで
身をかがめて巣穴をうかがった。
そこにれいむ種の背中を発見した。
覗くものは、覗きこまれるものである。
赤ゆたちの視界のはしには、れみりゃの赤い瞳が見えていた。
「……ゆぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!」
赤ゆは悲鳴をあげて後ずさった。が、れいむは背中で何が起こっているのか分からない。
分かったのは、巣穴に差しこんでいた日の光が、突然にさえぎられて家が暗くなったこと
だけだった。
「え? ……ゆごぉっ!」
れみりゃの手が伸びてきて、無防備な後ろ姿をわしづかみにした。
れいむは踏ん張った。こちらも馬鹿力だった。まりさが引きずり出されるときと、ほと
んど同じ光景が現出した。ちがいといえば、死に淵に立たされているのがまりさではなく
れいむだということと、助けを求める相手に成体ゆっくりが含まれていない、という二点
だけといえた。
いや、もうひとつ。
まりさの時とは違って、後ろ髪ではなく皮膚をつかまれていたために、皮膚が後ろに引
っ張られ、あわせて顔面の造作が左右にのび、鬼面ができあがった。
「ふごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ! おちびちゃんだぢぃぃぃぃぃっっ! だずげでねぇぇぇぇっっ!」
「ゆ゛ぇええええぇぇぇ゛ぇぇぇ゛っっ!」
「ゆっぎゅりでぎないぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」
「ごっぢごないでねぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
「たずげでっでいっでんでぢょぉぉぉぉぉぉぉっっ! ざっざどじろぉぉぉぉぉぉっっ!」
必死の形相で叫んだかいがあり、赤ゆは母が危険に陥っていると悟ることができた。
そこで赤ゆたちは審議をはじめた。
「ゆぅ……? おきゃーしゃん。ゆっきゅり してないね~。どーちて?」
「ゆぅ……。どうちよ……」
「ゆっくちー、ゆっくちー。ゆっくち しゅりぇば いいよ!」
「おきゃーしゃんは たすけて って……ゆ~。どーゆーこちょ?」
「たしゅけりゅんだよ!」
「ゆぅ……ゆぅ! しょっか! たしゅけりゅよ!」
「おきゃーしゃんを たしゅけりゅよ!」
まったりとした審議中、れいむは叫びまくっている。
が、シングルタスク脳である餡子脳にとってはそれはほとんど他人事、あるいは雑音、
風の音のようなものにしかならず、右から左へと抜けていた。
ともかく結論は出た。
赤ゆたちはれいむの前に横一列にならんだ。
そして、
『きゃわいくってぎょめんにぇー!』
ポーズを決めた。
びしっと。
一糸乱れぬポーズだった。
「ゆがぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁっっ! ごろずっっ! ごろじでやるぅぅぅぅぅぅぅっっっ!」
赤ゆにとっては予想外の展開だった。親まりさが引きずり出されそうになったとき、親
れいむはこれでまりさを助けようとしたのだ。このあとは「すーぱーうんうんたいむ」で
完璧だ、とさえ思っていた。
「どぼじでおごるにょぉぉぉぉぉっっ! れいみゅは『たすけ』だのにぃぃぃぃぃっっ!」
「『たすけ』たのに まりしゃを おこりゅ げしゅな おきゃーしゃんは ちねっ! ゆっくりちねっ!」
赤ゆのまりさが宣戦を布告した。
たちまち姉妹も同調し、死相を浮かべる親れいむに突撃した。
「ちんでねっ!」
「ちね、ちねっ!」
「ちねっ、ちねっ、げしゅは……ちねっ!」
ぽんぽんと、ぶつかっては跳ね返されてゆく。
れいむは殺意にかられた。
「ゆぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……ごろずぅぅぅぅぅぅ……ゆべぇっっ!」
突然、れいむは解放された。
唐突の出来事に力の制御がきかず、つんのめり、赤ゆをはじきとばした。
「はぁ! はぁ! ……おぢびぢゃんだぢ……よぐも……よぐも……」
ゆるゆると起きあがる。そこに赤ゆの悲鳴がきこえてきた。
「ゆぅぅぅぅぅ! ゆっぐりでぎにゃい ゆっぐりが いりゅぅぅぅぅぅっっ!」
れいむの頭部から、ゆっくりれいむの象徴たる赤いお飾りが紛失していた。
胴付きれみりゃがもぎとってしまったのだ。そのころれみりゃは、お飾りを見て「うー?」
と首をひねり、ぽいと放り投げてしまっていた。
視点を巣穴にもどす。
「ん? ……ああ? ぁ……ぁ……お……、お、おがざりがぁぁああぁぁあああぁぁ!?
ずべでの ゆっぐりの あこがれがぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっ!
でいぶの がわいい おがざりがぁぁぁぁぁああぁぁっっ!!
ゆ゛っぐりの しほうがぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
れいむは発狂していた。あたりを見まわしてもお飾りはない。子供たちはいきなり出現
した見知らぬゆっくりに、わなないている。二頭いる赤ゆのれいむの一頭にいたっては、
モリモリッと、あにゃるから糞を流していた。
緊張のあまり腹部が弛緩してしまったのだろう。
「……おちびぢゃんだちの ぜいだねぇぇぇ……ん? ふぎょわぁぁぁああぁぁぁぁっっ!」
お飾りを失くした原因を、赤ゆに求めた。
が、直後、巣のなかが暗くなった。
れいむは入口に見て、そこに巣穴をのぞいている捕食種を発見した。
殺される!
と思うや、母親が赤ゆのれいむのお飾りを口にはさんだ。
「……ゆゆ?」
「ゆんっ!」
うなりを上げて赤ゆが出入口に吸い込まれてゆく。
投げたのだ。
「おしょりゃとんでりゅみちゃいぃぃぃぃぃ……ゆごっ!」
放り出された赤ゆのれいむを、れみりゃは見事にキャッチした。悲鳴をあげるまもなく、
母の身代わりとなった赤ゆはひとのみに飲みこまれた。胃液に溶かされながら苦しみ悶え
て死ぬしかないので、なかなかに辛い死に際であろう。母が子を殺した一部始終は、のこ
りの二頭の赤ゆにしっかりと見られていた。
「いもーちょをかえちぇぇぇぇ!」
「かえちてね!? まりしゃのいもーちょかえちてね!」
懲りずにはじまる親子喧嘩。
「ふんっ。おまえらなんか、こうだよ!」
れいむは赤ゆからお飾りと帽子を略奪し、それを巣穴の入り口へと投げすてた。
「ゆゆぅぅぅぅぅ! まりしゃのおぼーちがぁぁぁ!」
「れいみゅのおきゃざりぎゃぁぁぁ!」
「ふん! れみりゃがくるよ!」
「ゆゆぅ!」
赤ゆはようやく、外に捕食種がいることを思い出した。
さすがに命は惜しかった。帽子と飾りを潤んだ目つきで見つめるしかなかった。
その後、もう一度れみりゃの手がもぐりこんできて、また去っていった。
回廊に堕ちていた帽子とお飾りは消えさっていた。
引き下がる腕に巻きこまれたのだ。
胴つきれみりゃは地団太を踏んだ。
成体まりさと赤ゆのれいむは食べられたが、あと三頭も残っている。悔しい。
道具を使う、という発想はなかった。
そこに翼を生やしたれみりゃ、胴なしのれみりゃがやってきた。
「なにやってるんだどー?」
「このなかにあまあまがあるんだどー。はいれるんだどー?」
「とっでぐるんだどー!」
家が暗くなった。
「……ゆ?」
家族は入口を見やった。
れみりゃの顔が浮かんでいた。
「ぶぎょぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ゆごぉぉぉぉぉ!」
「ゆぴぃぃぃぃぃ!」
「うー、うー」
胴なしれみりゃが巣穴に侵入をこころみていた。
ところが。
「う~~~~~!」
巣穴の大きさは、成体ゆっくりが一列縦隊で入れるほどの隙間しかなかった。
そのため、翼をもっているれみりゃは、翼の付け根がひっかかって入れなかった。
「うう~~~~~~!」
うす暗がりに、れみりゃの声が充満した。一家は抱き合いながらさんざんに泣きあって
いたが、やがて、れみりゃがその大きさのために入ってこれないことに気付くと、一転し
て勝ち誇り、侮蔑の笑みさえたたえた。一家は入口へと跳ねていく。そして、おもいおも
いに、れみりゃをからかいはじめた。
「は……は……こっぢごれないよ! ざまぁー! ざまぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
「うー、うー」
「きゃわいくっちぇぎょめんにぇぇぇぇ!」
「うー、うー、うー」
「ゆゆーん。まりしゃは とっちぇも ゆっきゅりしちぇいりゅんだじぇ~~」
「うー、うー。……う~~~~っ!」
「どうしてこっちこないの? ばかなの? しぬの? ほーらほーら、れいむはここにいるよー」
「うー。どくんだどー」
「あれ?」
胴付きれみりゃが業を煮やして、胴無しのれみりゃをどかした。
そして、巣穴の中をのぞく。
「うー?」
手近にいたゆっくりを捕らえた。成体れいむである。おそらとんでいるみたいと、場を
わきまえぬ戯言を繰りだす。直後に目をみひらくと、息が吹きかかりそうな近距離にれみ
りゃの顔があったので絶叫した。れみりゃは両手で果実を持ち、不細工きわまる泣き顔を
じっくりと観察した。
なお、子は成体れいむが引きずり出されたあいだに、奥に逃げ去ってしまっていた。
「う~?」
「ぁ……あ……は、はなしてね! れいむをはなしてね!」
「うー?」
「……な、なかにおちびちゃんがいるよ! あっちのほうがおいしいよ!
「うー!」
「……そ、そうだよ! れいむは おいしくないよ! おちびちゃんは おいしーよ!」
「うー……」
「やめてね! ……れいむを、ゆぇぇ、た、たべない、でね! れいむば、ゆぐっ、じにだくない……」
「うー……」
「やじゃぁぁぁぁぁぁっっっ! でいぶ じにだくないよぉぉぉぉぉぉ! じにだくないぃぃぃぃぃぃっっ!」
「うー!」
れみりゃは、れいむの肛門に指をつっこんで餡子をほじくりだした。ついで、あんよを
握りつぶしてその穴から餡子をすすった。さらに右目をえぐりだして口にふくみ、こりこ
りとした食感をたのしんだ。まだれいむには意識があった。成体ゆっくりの大味は、満腹
になりかけた胴付き舌には不満だった。放り投げた。ぐしゃりと潰れた音を立てて墜落し
た。みあげた生命力だった。瀕死ではあったが死んではいなかった。だが、そこに胴無し
のれみりゃが飛んできて、おこぼれにあずかる。
胴付きは赤ゆを楽しもうと巣穴をのぞく。
甲高い声がもれてくる。
「し……しりゃにゃい ゆっきゅりが いりゅんだじぇ!」
「しりゃにゃい ゆっきゅりが いりゅぅぅぅ!」
赤ゆのまりさとれいむは、おたがいに目をやって同時に悲鳴をあげていた。
お飾りと帽子が失われているから、おたがいだれだか分からない。
そして同時に、お互いを排除すべき異物と認識した。
先手をとったのまりさだった。
「ちね!」
「ゆん!?」
体当たりをかました。
赤ゆのれいむが転がった。
「ゆゆ~。おぼうちのないゆっきゅりは、ちね!」
「ゆゅ!?」
こんどはれいむが反撃した。
まりさは転がったがさしたる打撃にはなっていない。
はた目には、じゃれあっているようにしか見えないだろう。
「ちね!」
「ちね! ちね!」
しかし、当人たちは本気の殺し合いを演じているつもりである。
赤ゆが死闘をくりひろがている間、外では決定的な異変が起こっていた。
胴付きと胴無しが話しあっている。
「うー、うー!」
「うー? どうしたんだどー?」
「うーにあやまらせるんだどー」
「なんでなんだどー?」
「れみりゃをからかったんだどー。あやまらせるんだどー。あやまるなら
あいつら ゆるしてやるんだどー。たべちゃいけないんだどー」
「どーしてなんだどー?」
「おなかいっぱいなんだどー。それと、れみりゃを ばかにした ゆっくりは
ひさしぶりなんだどー。ゆーきに めんじるんだどー」
「わかったんだどー。うーも おなかいっぱい なんだどー」
胴付きれみりゃが、巣穴をのぞく。
姉妹の決闘はつづいていた。
「ちね! ちね!」
「うー。おちびちゃーん。でてくるんだどー」
「ちねっ! ちねっ!」
「おちびちゃーん。うーに あやまるんだどー」
「ちねぃっ!」
「あやまるんだどー」
「ちね! ちね!」
「あやまれば たちさるんだどー?」
「ちねぃ! ちねぃ!」
「うー。あやまらないんだどー。ばかなんだどー。……こーなったら、こーするんだどー」
れみりゃは巣穴に尻を密着させた。
ばふっ。
と、濁った音を立てて、黄ばんだ煙がれみりゃの肛門から発射された。
胴付きれみりゃの屁は、あらゆるゆっくりに死をあたえる。
指向性のついた毒けむりが巣に広がってゆく。
「ゆぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
殺し合いどころではなくなった。
殺到する黄色い煙をまえにして、まりさはれいむの背中に移動した。
「か、かくれりゅんだじぇー!」
「ゆゅっ!? は、はなちてね! れいみゅを はなちてね!」
「ゆゅ~~。れいみゅばりあー!」
まりさはれいむにしがみ付いて離さない。
髪の毛に顔をうずめて、煙をやり過ごそうとする。
れいむは、もがいた。
「はなちてね! きゃわいい れいみゅを はなちてね! しゃっしゃと はなしゃないと おこりゅよ!」
「は、はなちてね! ゆゆ! ゆっきゅりできにゃいよ!? ぷっぷーさんがくりゅよ! は、はなち、はなちてね……ふごっ!」
ついに赤ゆのれいむは毒ガスを吸い込んだ。
「ゆ゛……ゅ゛……ゅ……ゅぐ……あ……」
臭気はたちまちれいむの全身にめぐり、体内餡子を汚染していく。
赤ゆのれいむは震えだし、白目をむき、電気を帯びたようにはげしく痙攣し、肛門がひ
らいてうんうんが搾りだされ、まむまむから汁がひらいて汁がちょろちょろと垂れながさ
れ、うめき声とともに口からべろりと舌が垂れ、その多目的器官は病的なまでに黄色く変
じていた。
「ぃぃぃぃぃぃ……ぎぎぎぎぎぎ………ゆごっっっ!」
赤ゆが大きくふくらみ、爆発するように大量の餡子を嘔吐した。
その背中に隠れていたまりさは、楯がいきなり薄っぺらになって防禦機能を喪失してし
まったため、戦慄した。
「ぶぎゃぁぁぁぁぁああああぁぁぁっ! な、なにやっでりゅんだじぇぇぇぇぇぇぇっっ!
じゃ、じゃっじゃど もどに もどっでねぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!
べーりょべーりょしであげりゅねぇぇぇぇぇぇぇっ!
ぺーりょぺーりょ……ゆべぇぇぇぇっ!」
赤ゆの死骸にはたっぷりと毒ガスが沁みこんでいた。まずいどころか危険である。
ぷっと餡子を吐きだした。
そこに死刑宣告にもひとしい声がとどろいた。
「もっとするんだどー!」
ばふっ、ばふっ、ばふっ!
放屁の三連射だ。
濃厚な煙が、赤ゆを抱こうと突進する。
卒倒しそうになった。
「ゆぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ! ゆぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」
なにか身を隠すものはないかと、血相をうかべてあたりにさぐった。
あった。
「しょ、しょーだ! おといれしゃんに にげりゅんだじぇー!」
この家にはトイレがあった。
それもゆっくりにしてはかなり本格的なものだ。
巣の一隅に高台が築かれていて、そこに小さな縦穴が掘られている。
ちなみに、高台にトイレがあるのは、赤ゆの落下をふせぐ措置である。高台にあれば
赤ゆは登れず、登れるような運動能力を獲得したときにはゆっくりの大きさは穴の直径
をこえている。
赤ゆのまりさも、いつもは直接にたれ流すのではなく、葉っぱに用を足していた。
その葉っぱを両親が回収し、トイレにすてるのだ。
だから赤ゆのまりさは直接にトイレにうんうんを放ったことはなかった。
だが構造は知っていた。
穴が開いていると知っている。
そこに入れば、れみりゃの放屁をやりすごせるだろう。
まりさはトイレに向かい、
「ゆぅっ!」
と、さけんで高台に乗った。
決死の自己保存本能が、赤ゆの運動性能をあげていた。
このときのまりさは、トイレの底がどうなっているかが想像できるほど知恵が発達し
ていなかった。うんうんは、さながらブラックホールのように――むろん、そんな知識
などなかったが――どこへともなく消失するものと思っていた。
「ゆん!」
と、いきおいよく草の蓋をのけて、
「ゆんやっ!」
と、トイレの穴に身を投げた。
「おしょらっ!」
ぽちゃりと音がした。
直後。
「くちゃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ! きちゃにゃいぃぃぃぃぃぃっっっ!」
縦穴から悲鳴がはっせられた。
まりさは混乱のきわみにあった。
れみりゃが絶対に手をだせないと思っていた安住の地には、鼻をねじ曲げるような熾
烈な臭気がみちみちていた。動けば動くほど、古餡子があんよにねっとりとからみつく。
それに暗い。いや暗いどころか一筋の光もない。また、狭かった。身動き一つできそう
になかった。それでも、身をよじってなんとか天井をあおいだ。白い穴が開いていた。
その穴はたいへんに小さかった。
れみりゃはいぶかしがっていた。
放屁でいぶりだせるかと思ったが、どれだけたっても赤ゆは出てこない。
巣穴をのぞいてみても、どこにも赤ゆの姿はなかった。
「うー。あきらめるんだどー」
成体れいむの残骸をむさぼっていた翼のれみりゃとともにきびすを返し、群れにもどっ
ていった。
日のたかいうちに、いなごの大群は次なるゆっくりプレイスを探しに旅立った。
夜が来た。
春の涼気が野山をひたし、おぼろな月が空に泳ぐ。
とてもとてもゆっくりできる夜が来た。
だが、たった一匹だけ、ゆっくりできないゆっくりがいた。
奈落の底に落ちたゆっくりが、汚物にまみれて泣いていた。
「たしゅけちぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!
ぴゃぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!
みゃみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!
れいみゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!
たしゅけちぇにぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!
ゆ……ゆ……ゅ……ゆんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!
どぼじでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!
だずげで ぐれないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!
ば……。
ば……。
ばりざは……。
ばりざは ここに いりゅよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
月が大地に溶けこむまで、慟哭はつづいた。
泣き声は日を追うごとに小さくなっていき、数日後には永遠に聞こえなくなった。
(おわり)
の青さは指をかざせば染まってしまいそうなほどだ。蝶は舞い、花は咲き、梢にとまる小
鳥たちは盛んにさえずり愛を謳っている。
野山はさんざめいていた。
ついに、ゆっくりが待ち望んでやまない季節がやってきたのだ。
この季節、ありとあらゆるゆっくりが巣穴を飛びだして春をむさぼる。
そのため。
とあるゆっくりプレイスでは、惨劇が発生していた。
「うー。……うまいんだどー!」
「ゅ……ゆ……ゆっ」
「うー、うー。あまあまなんだどー」
「はなちぇー! はなちぇー!」
「むーしゃむーしゃするんだどー」
「やべでね! れいむに いたいこと しないでね! ……ゆぶべぇぇっ!」
午睡を誘う麗らかな春の日に、れみりゃ種による饗宴がくりひろげられていた。
胴体の有無を問わず、十数体のれみしゃ種がゆっくりの踊り食いにふけっている。
すでに、コロニーは壊滅状態にあった。
百頭を越えていたゆっくりプレイスの構成員は、捕食種の襲撃から一時間もへたずして
壊滅状態に追いこまれ、顔面の造作をまるごと失ったれいむや、内部の餡子をすすられて
のっぺりとした皮と化したまりさといった、酸鼻をきわめた宴の残骸がそこかしこに散乱
しているという、まったくもって惨憺たる光景が呈せられるようになった。
生存しているゆっくりもいないわけではない。だが、そのほとんどはすでにれみりゃの
手中にあるか、さもなくば瀕死のまま放置されていた。
そしていま、れみりゃの毒牙から逃げのびつづけていた最後の家族が、食物連鎖の一端
に連なろうとしていた。
「ぶぎゃぁぁぁぁぁぁぁっっっ! ぎょわいっ、ぎょばいぃぃぃぃっっっ!」
「あっぢいげぇぇぇぇえぇっ! あっぢいげぇぇぇっっっ!」
「ゆぴぃぃぃぃぃぃぃぃっ! ゆぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!」
「ごっぢごな゛い゛でね゛ぇぇぇぇぇぇっっ!」
「ぷきゅぅぅぅぅぅぅっっ! ぷ、ぷ、ぷ、ぷきゅぅぅぅぅぅぅっっ! ぶ……ぶぎゅぅぅぅぅぅっっ!」
胴付きれみりゃがうつ伏せになり、崖にうがたれた横穴に太った右手をつっこんでいる。
その穴からは、号泣と慟哭と怒声のいりまじった聞くに堪えない叫び声がだだ漏れになっ
ていた。見てのとおり、れみりゃが「おうち」に逃げこんだゆっくりを引きずり出そうと
しているのである。
「うー。とどかないんだどー」
しかし惜しくも奥にまで手がとどかなった。獲物は横穴の奥にぴったりと背中をつけて
いて、かつ横穴にはかなりの距離があった。
いったん手を引っこめた。
それと同時に声をあげての泣きわめきはむせび泣きに転じた。
横穴の奥底では五頭のゆっくりがふるえている。
家族構成は成体のまりさとれいむ、それから赤ゆのまりさが一頭とれいむが二頭だった。
成体まりさの口がひらく。
「お、お、おぢびぢゃん、だ、だいじょ、だいじょうぶ、なん、なんだぜっ、
れみ、れみ、れみりゃ、おぢびぢゃん、おぢびっ、おぢびぢゃんば、
ば、ば、ば、ばりぢゃが、まも、まもるんだぜっ」
成体まりさの強がりなど、気休めにもならなかった。家族の恐怖は極限にたっしていた。
こんな状態でなぐさめの言葉を授けたところで、効果のほどはたかが知れている。
家族一同、おびえているどころではなかった。
だれもかれも、涙線は完全に崩壊している。しーしーもうんうんも垂れ流しだが、その
汚臭を気にするゆっくりは一頭もいない。五頭の足もとには、落涙ゆえか失禁ゆえか、あ
るいはその両方ゆえか、砂糖水が溜まり池をつくっていた。成体まりさの血走った眼球は
前方にせりだし、いまにもこぼれおちそうだ。親子ともども、まりさ種は歯をかちかちと
噛みならし、れいむ種は下唇を痛いほどにかみしめている。そして全員、氷点下の青空に
放り出されてもこれほどでもあるまいと思えるほど激しくふるえている。
れみりゃの腕が再度侵入してきた。
「ゆぎぃぃやぁぁぁああぁぁぁっっ! ぐるな゛ぁぁぁぁぁああぁっっ!」
「ぎょばいぃぃぃぃぃっっっ! な゛んでぐるのぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
「ま゛、ままままままままままままりじゃ、まりじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃっ、
ぢゅよいっ、ぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅよいんだじぇぇぇぷぎゃぁぁぁぁああぁぁっ!」
目と鼻のさきで捕食者の太った五指がわきわきと躍っているのだから、たまらない。
だが手は虚空をつかむばかり。
悪魔の触手が引っ込んだ。
泣き声がやむ。
さきほどから泣いてはやみ、やんでは泣くの繰りかえしだ。
「ゆ゛……ゅ゛……ゅ゛……ゅ゛……もう、ぐるんじゃ、ないん、だぜ、ぐるな、ぐるな、ぐるな、ぐるなぐるなぐるな……」
「ゅあ……ゅ゛……ゅ゛……ごないでね゛っ、ごないでね゛っ、ごないでね゛っ、ごないでね゛っ、ごないでね゛っ」
「ま、まりじゃ、まりじゃば、ぢゅよいんだじぇ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎだら゛、ようじゃ、じな゛いんだ、じぇっ」
「ごべんなざい゛ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ! ごにゃいでぇぇぇぇぇっ! ごないでにぇぇぇぇぇっっ」
うねうねと、手がやってくる。
家族の声がそろった。
『ぎだぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!』
だが何度やっても結果はおなじだった。
獲得するのは悲鳴ばかりで、かんじんかなめのあまあまは巣穴の奥底で無傷だった。
あと数センチばかりれみりゃの腕が長かったら、いまごろ家族は仲良くれみりゃの胃液
を泳いでいることだろう。現在の状況が永続するならば、いずれれみりゃも諦めてくれる
かもしれない。
だが、眼前で死が躍っている状況で安堵できるほど、ゆっくりは豪胆ではなかった。
かれらは見知らぬものには無意味なほどに横暴になれるが、一度経験した危険に対して
は病的なほど臆病になる。そして、れみりゃ種をふくむ捕食種への恐怖は、餡子脳の根底
に深々と刻みこまれている。知らないどころではなかった。
恐怖が臨界点を突破したのか、家族は目も当てられない愛憎劇を演じつつあった。
「いぐっ……ぃぐっ……ぎょばいよぉぉ、ぎょば……ぎょばいよぉぉぉぉおおおぉぉっっ!
おどぉぉぉぉじゃぁぁぁぁぁんっ! だずげでよぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
赤ゆのれいむの無我夢中の哀哭に接し、成体れいむの目に殺気のような希望がやどった。
「ぞ……ぞうだっ! ば、ばりざ! れみりゃをやっづげでねっ! いぐっ、
ゆっぐりじでないで れみりゃを やっづげでね! ざっざどじでねぇぇぇっ!」
成体まりさはツガイの命令に反抗した。
どれだけ理性を働かせて回答したかは分かったものではない。
「い……いや゛なんだぜ! ごろざれるん゛だぜ! でいぶが いぐんだぜぇぇ!」
いちおう、ゆっくりにも母性や父性がある。家族愛もあるし、保護欲もある。
が、薄っぺらな家族愛など圧倒的恐怖によって引っぺがされていた。いまやゆっくりを
支配しているのは、理性のすぐ下にうずくまっていた防衛本能だけだった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? な゛に いっでるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!?
でいぶば がわ゛いーんだよぉぉぉぉ! ばりざが じんでねぇぇぇぇええぇっっ!
がぞぐを、がぞぐを まもるんでじょぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
「でいぶ なんだぜぇぇぇぇぇ! でいぶが じねぇぇぇぇえぇぇっっ!」
もはや夫婦喧嘩という水準にはなかった。敵意をむきだしにして、お前が死ねいいやお
前が死ぬべきだとやりあっている。家族をまもるはずの両親が見るにたえない悲喜劇をは
じめてしまったから、赤ゆたちは困惑をきわめた。
「ゆぴゃぁぁぁぁああぁぁぁっっ! げんがじないでねぇぇぇぇええぇぇっっっ!」
「うるざいよぉぉぉぉぉぉっっ! げずの おぢびぢゃんば だまっででねぇぇぇぇぇ!」
「ぎゃばいぐっでごめん゛ね゛ぇぇぇぇぇぇぇ! ぎゃばいぐっでごめん゛ね゛ぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ずーばーじーじーだいぶぅぅぅぅぅっ! ずーばーじーじーだいぶぅぅぅぅぅっっ!」
侃々諤々の議論の結果、つぎにやってきたれみりゃの腕を、まりさが迎え撃つことにな
った。家長の役目を思い出したというよりも、押し切られただけであった。家族一同、ま
りさの迎撃を固唾をのんで見守る。
はたして、触手のような腕がやってきた。
まりさは白蛇のような五本指に対して、
「ぷ……ぷ……ぷきゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
威嚇した。
突撃するわけでも噛みつくわけでもない。あんよは一ミリたりとも前進していない。
ゆっくりの代表的威嚇行動である「ぷくー」を展開するばかりだった。
あまりにも情けない敗北主義をまのあたりにして、れいむは激昂した。
「まじめに゛やっでねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
首を絞められたように目をみひらき、ツガイのまりさを蹴りとばした。
まりさは回転しながら前方につんのめった。
起きあがったとき、横穴の入口に背を向けたかっこうになっていた。
後頭部に衝撃がはしり、総毛だった。
捕食者に後ろ髪をつかまれたのだ。
すかさずまりさは「ゆん」と叫び、あんよに力をこめた。
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
火事場の馬鹿力というやつか。通常のゆっくりが胴つきれみりゃの膂力にかなうはずが
ない。ないのだが、たしかにその場に踏ん張っている。それでも、種族のちがいに根差し
た腕力の差は埋めがたく、すこしずつ外へとひっぱられてゆく。
「だ……だずげでぇぇぇぇ! でいぶぅぅぅぅぅぅぅ! おぢびぢゃぁぁぁぁぁぁんっ!」
まりさは死にものぐるいで助けをもとめた。しかし家族は立ちすくむばかりで動こうと
さえしない。それどころか、ツガイのれいむは勝ち誇ったようなうすら笑いをたたえるの
だった。赤ゆたちのほうがはるかに心配そうな目をしている。
「で……でいぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! どぼじで わらっでるんだぜぇぇぇぇぇっ! だずげろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「ふんっ! ぷくーなんかで ごまかそとした げすへの『てんっばつっ』だね! ゆっくり りかいしてねぇぇ!」
一向に家族をまもろうとせず、あまつさえ自分の身代わりになれと吼えちらかし、よう
やく父親の役割を再認識したかとおもったら、ぷくーなどで誤魔化そうとするまりさなど、
もはやツガイではなかった。かくしてれいむはツガイに三下り半を突きつけるにいたった。
だが、生死のはざまに立たされているまりさにとっては、そんなことはどうでもよい。
「な゛にいってるんだぜぇぇぇぇぇぇ! だずげろっでいっでるんだぜぇぇぇぇぇぇぇっ!」
恫喝のような救援をもとめるまりさを見て、れいむの目は哀憫の色を浮かべた。
その色を発見し、まりさは胸をなでおろすとまでは行かなくても、希望をつないだ。
「へ。そこまでいうなら……たすけてあげるねぇ!」
ずるり。と、まりさがいま一歩後退を余儀なくされた。成体は歯を食いしばってその場
にとどまる。れいむは今まさに奈落に引きずり込まれようとしているかつてのつがいに歩
み寄った。
そして、くるっと一回転した。
「きゃわいくってごめんねぇぇー!」
ウィンクして、ポーズを決めた。
まりさは絶望した。
というより、意味が分からなかった。
ところが赤ゆたちの目はかがやいた。
それは、れいむが常日頃から行っている挨拶のようなものだった。
降ってわいた日常に、かれらは恐怖を忘却した。
「れいみゅもやりゅー!」
「れいみゅもやりゅー!」
「まりしゃもやりゅー!」
赤ゆたちがれいむの隣にならんだ。
れいむはもみあげの先端で赤ゆたちを撫でた。家族揃ってまりさと向きあう。
「おちびちゃん、いくよ~~! いっせーの……」
『きゃわいくっちぇ ぎょめんにぇー!』
母と娘が同時にポーズを決めた。
一寸の乱れもなかった。
「だずげでねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ! ばがやっでないで だずげでねぇぇぇぇぇぇっっ! ゆ゛ぎぎぎぎぎ……!」
「みゅみゅっ!? しぇっきゃきゅの『きゃわいくっちぇごみぇんにぇ』だよ!?」
「どーちて りきゃい できにゃいにょ? ばかにゃにょ? ちぬの?」
「おとーしゃんは ゆっきゅり できにゃいよ! ちんでね!」
まりさは唾を飛ばして助けを呼んだ。
が、赤ゆは総じて不満をあらわにしていた。
自分たちの「かわいくってごめんね」が、かつてないほど綺麗に決まったのに、どうし
て意味不明な救援を求めるのだろうと、赤ゆたちは心底疑問だった。その回答は父の発狂
に求められた。父はおかしくなったのだ、と。狂気を孕んだゆっくりなどもはやゆっくり
ではなく、ましてや親なんかではなく、そのために赤ゆは親を罵倒しても、てんとして恥
じなかった。
ところが、れいむがまりさの眼前に進み出て言うのである。
「わかったよ! これなら どう!?」
まりさの黒瞳に、打ち砕かれるべき希望が宿った。れいむはつがいにあんよを、正確に
いえば肛門を向けた。ちなみにゆっくりは肛門を「あにゃる」と呼称する。そのあにゃる
から、ムリッと、黒いものがせりだしてきた。
「すーぱー! うんうん! たいむ!」
「ゆ゛……!?」
まりさの驚愕の声を聞くと、心躍った。肛門に力をこめた。うんうんは弾道軌道をえが
いて助けをもとめるまりさの口に着地した。
「すっきりー!」
れいむは恍惚とした。ひとかけらのうんうん。それが差し出された助けだった。
まりさの眼光に怒気が差した。
その一方で、赤ゆたちは歓声をあげた。
うんうんがゆっくりのおくちに!
ありえない現象を目撃しておもしろがった。
「まりしゃもー!」
「れいみゅもー!」
「れいみゅもー!」
赤子とは、面白いものを真似したがるものだ。
たちまち、死に瀕するまりさの眼下に三匹の赤ゆがならんだ。そして、一様にあんよを
親まりさに向ける。掛声一銭。うんうんを射出してみせた。だが、腹部の力が弱かったた
めか、口には入らず顎に命中したのだった。
『しゅっきりー!』
「おちびちゃんたち! おじょーずだよー! ぺーろぺーろしてあげるね!」
「くすぐっちゃい~」
「ゆゆ~。おきゃーしゃんの ぺーりょぺーりょは とっちぇも ゆっきゅり できりゅんだじぇ~」
ひとしきり赤ゆを舐めあげると、れいむはまりさに向きなおった。
そろそろまりさの死力も枯渇する。
むしろ、いまの今までれみりゃの膂力に抗いつづけていられたことが奇跡にもひとしか
った。歯ぎしりをして悔しがるまりさに対し、れいむは愉快げに言った。
「げすまりさは れいむの うんうんを いっぱい むーしゃむーちゃしていいよ!」
『いーよー!』
赤ゆの合唱が追従した。
まりさの口の端から、うんうん混じりの黒い唾液がしたたりおちる。
「……ゅ……ゆ゛……ゅ゛……」
「んん~? どうしたの? さっさとむーしゃむーしゃしてね!」
『しちぇにぇ~』
赤ゆの甲高い声がひびきわたった、そのときだった。
「ごろじでやるぅぅぅぅっっ! ごろじでやるんだぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
「ゆゆぅぅぅぅっっ!?」
まりさは絶叫した。
成体一頭と赤ゆ三匹、殺意におされて後ずさった。
「ごろじでやるぅぅぅ! でいぶもっっ! ちびどももっっ! ごろじでやるんだぜぇぇぇぇぇっ!」
「ゆ゛……ゆ゛……」
「ぎょばいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! ぎょばいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「ごっぢ ごないでねぇぇぇぇぇっ! あっぢ いっでねぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
「ゆぴぃぃぃぃぃぃぃっっ! ゅぴぃぃぃぃぃぃっ!」
あろうことか、まりさは前進を始めていた。
後頭部を引っ張るれみりゃの腕力にあらがって、ひきさがるどころか、鬼神の殺意を目
もとにたたえつつ、家族のもとへと這ってゆく。まりさは変身していた。怒声、罵声、脅
し文句を思いつくかぎりならべたて、屑どもに接近する。赤ゆたちはさきほどまでの歓喜
はどこへやら、いまは力のかぎり泣きわめいている。
れいむは震える歯を噛みしめて、力いっぱいさけんだ。
「ゆっくりしていってね!!!」
赤ゆがほがらかにこたえた。
『ゆっきゅりしちぇいっちぇにぇ~』
まりさも言った。すばらしい笑顔を浮かべたまま。
「ゆっくりしていってね!!!」
ゆっくりたるもの、ゆっくりしていってねと言われれば、ゆっくりしていってねと答え
るほかない。死のふちに瀕していようが、隠密行動の最中だろうが、もし十秒以内にゆっ
くりしていってねと叫ぶと森羅万象が滅ぶと認めていたとしても関係ない。
本能のようなものである。
そしてこの言葉を発するとき、ゆっくりは力が抜ける。
「ぎょぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! ゆごぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
まりさの姿が急速に小さくなったいく。一瞬のうちに横穴の外にまで引きずり出された。
れみりゃはやっと獲得した一匹目を堪能すべく、身を起こし、あぐらをかいて、これをむ
さぼりはじめた。おそらをとんでいるみたいとか、やめるんだぜまりさはおいしくないん
だぜとか、色々聞こえてきたが家族にとってはどうでもよいことだった。
れいむはほっと安堵の吐息をもらした。
巣穴の入り口に背をむけて、赤ゆたちに声をかけた。
「すっきりしたね! おちびちゃん!」
「したにぇー!」
「したんだじぇー!」
れいむが赤ゆたちの視界を遮っていなかったなら、もう少しましなことを言っていたか
もしれない。巣穴の外では悲鳴まじりに黒い雨が降っていた。れみりゃは、またたくまに
一匹目のゆっくりを食らいつくしてしまっていた。だが、まだ満腹には及ばない。そこで
身をかがめて巣穴をうかがった。
そこにれいむ種の背中を発見した。
覗くものは、覗きこまれるものである。
赤ゆたちの視界のはしには、れみりゃの赤い瞳が見えていた。
「……ゆぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!」
赤ゆは悲鳴をあげて後ずさった。が、れいむは背中で何が起こっているのか分からない。
分かったのは、巣穴に差しこんでいた日の光が、突然にさえぎられて家が暗くなったこと
だけだった。
「え? ……ゆごぉっ!」
れみりゃの手が伸びてきて、無防備な後ろ姿をわしづかみにした。
れいむは踏ん張った。こちらも馬鹿力だった。まりさが引きずり出されるときと、ほと
んど同じ光景が現出した。ちがいといえば、死に淵に立たされているのがまりさではなく
れいむだということと、助けを求める相手に成体ゆっくりが含まれていない、という二点
だけといえた。
いや、もうひとつ。
まりさの時とは違って、後ろ髪ではなく皮膚をつかまれていたために、皮膚が後ろに引
っ張られ、あわせて顔面の造作が左右にのび、鬼面ができあがった。
「ふごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ! おちびちゃんだぢぃぃぃぃぃっっ! だずげでねぇぇぇぇっっ!」
「ゆ゛ぇええええぇぇぇ゛ぇぇぇ゛っっ!」
「ゆっぎゅりでぎないぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」
「ごっぢごないでねぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
「たずげでっでいっでんでぢょぉぉぉぉぉぉぉっっ! ざっざどじろぉぉぉぉぉぉっっ!」
必死の形相で叫んだかいがあり、赤ゆは母が危険に陥っていると悟ることができた。
そこで赤ゆたちは審議をはじめた。
「ゆぅ……? おきゃーしゃん。ゆっきゅり してないね~。どーちて?」
「ゆぅ……。どうちよ……」
「ゆっくちー、ゆっくちー。ゆっくち しゅりぇば いいよ!」
「おきゃーしゃんは たすけて って……ゆ~。どーゆーこちょ?」
「たしゅけりゅんだよ!」
「ゆぅ……ゆぅ! しょっか! たしゅけりゅよ!」
「おきゃーしゃんを たしゅけりゅよ!」
まったりとした審議中、れいむは叫びまくっている。
が、シングルタスク脳である餡子脳にとってはそれはほとんど他人事、あるいは雑音、
風の音のようなものにしかならず、右から左へと抜けていた。
ともかく結論は出た。
赤ゆたちはれいむの前に横一列にならんだ。
そして、
『きゃわいくってぎょめんにぇー!』
ポーズを決めた。
びしっと。
一糸乱れぬポーズだった。
「ゆがぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁっっ! ごろずっっ! ごろじでやるぅぅぅぅぅぅぅっっっ!」
赤ゆにとっては予想外の展開だった。親まりさが引きずり出されそうになったとき、親
れいむはこれでまりさを助けようとしたのだ。このあとは「すーぱーうんうんたいむ」で
完璧だ、とさえ思っていた。
「どぼじでおごるにょぉぉぉぉぉっっ! れいみゅは『たすけ』だのにぃぃぃぃぃっっ!」
「『たすけ』たのに まりしゃを おこりゅ げしゅな おきゃーしゃんは ちねっ! ゆっくりちねっ!」
赤ゆのまりさが宣戦を布告した。
たちまち姉妹も同調し、死相を浮かべる親れいむに突撃した。
「ちんでねっ!」
「ちね、ちねっ!」
「ちねっ、ちねっ、げしゅは……ちねっ!」
ぽんぽんと、ぶつかっては跳ね返されてゆく。
れいむは殺意にかられた。
「ゆぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……ごろずぅぅぅぅぅぅ……ゆべぇっっ!」
突然、れいむは解放された。
唐突の出来事に力の制御がきかず、つんのめり、赤ゆをはじきとばした。
「はぁ! はぁ! ……おぢびぢゃんだぢ……よぐも……よぐも……」
ゆるゆると起きあがる。そこに赤ゆの悲鳴がきこえてきた。
「ゆぅぅぅぅぅ! ゆっぐりでぎにゃい ゆっぐりが いりゅぅぅぅぅぅっっ!」
れいむの頭部から、ゆっくりれいむの象徴たる赤いお飾りが紛失していた。
胴付きれみりゃがもぎとってしまったのだ。そのころれみりゃは、お飾りを見て「うー?」
と首をひねり、ぽいと放り投げてしまっていた。
視点を巣穴にもどす。
「ん? ……ああ? ぁ……ぁ……お……、お、おがざりがぁぁああぁぁあああぁぁ!?
ずべでの ゆっぐりの あこがれがぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっ!
でいぶの がわいい おがざりがぁぁぁぁぁああぁぁっっ!!
ゆ゛っぐりの しほうがぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
れいむは発狂していた。あたりを見まわしてもお飾りはない。子供たちはいきなり出現
した見知らぬゆっくりに、わなないている。二頭いる赤ゆのれいむの一頭にいたっては、
モリモリッと、あにゃるから糞を流していた。
緊張のあまり腹部が弛緩してしまったのだろう。
「……おちびぢゃんだちの ぜいだねぇぇぇ……ん? ふぎょわぁぁぁああぁぁぁぁっっ!」
お飾りを失くした原因を、赤ゆに求めた。
が、直後、巣のなかが暗くなった。
れいむは入口に見て、そこに巣穴をのぞいている捕食種を発見した。
殺される!
と思うや、母親が赤ゆのれいむのお飾りを口にはさんだ。
「……ゆゆ?」
「ゆんっ!」
うなりを上げて赤ゆが出入口に吸い込まれてゆく。
投げたのだ。
「おしょりゃとんでりゅみちゃいぃぃぃぃぃ……ゆごっ!」
放り出された赤ゆのれいむを、れみりゃは見事にキャッチした。悲鳴をあげるまもなく、
母の身代わりとなった赤ゆはひとのみに飲みこまれた。胃液に溶かされながら苦しみ悶え
て死ぬしかないので、なかなかに辛い死に際であろう。母が子を殺した一部始終は、のこ
りの二頭の赤ゆにしっかりと見られていた。
「いもーちょをかえちぇぇぇぇ!」
「かえちてね!? まりしゃのいもーちょかえちてね!」
懲りずにはじまる親子喧嘩。
「ふんっ。おまえらなんか、こうだよ!」
れいむは赤ゆからお飾りと帽子を略奪し、それを巣穴の入り口へと投げすてた。
「ゆゆぅぅぅぅぅ! まりしゃのおぼーちがぁぁぁ!」
「れいみゅのおきゃざりぎゃぁぁぁ!」
「ふん! れみりゃがくるよ!」
「ゆゆぅ!」
赤ゆはようやく、外に捕食種がいることを思い出した。
さすがに命は惜しかった。帽子と飾りを潤んだ目つきで見つめるしかなかった。
その後、もう一度れみりゃの手がもぐりこんできて、また去っていった。
回廊に堕ちていた帽子とお飾りは消えさっていた。
引き下がる腕に巻きこまれたのだ。
胴つきれみりゃは地団太を踏んだ。
成体まりさと赤ゆのれいむは食べられたが、あと三頭も残っている。悔しい。
道具を使う、という発想はなかった。
そこに翼を生やしたれみりゃ、胴なしのれみりゃがやってきた。
「なにやってるんだどー?」
「このなかにあまあまがあるんだどー。はいれるんだどー?」
「とっでぐるんだどー!」
家が暗くなった。
「……ゆ?」
家族は入口を見やった。
れみりゃの顔が浮かんでいた。
「ぶぎょぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ゆごぉぉぉぉぉ!」
「ゆぴぃぃぃぃぃ!」
「うー、うー」
胴なしれみりゃが巣穴に侵入をこころみていた。
ところが。
「う~~~~~!」
巣穴の大きさは、成体ゆっくりが一列縦隊で入れるほどの隙間しかなかった。
そのため、翼をもっているれみりゃは、翼の付け根がひっかかって入れなかった。
「うう~~~~~~!」
うす暗がりに、れみりゃの声が充満した。一家は抱き合いながらさんざんに泣きあって
いたが、やがて、れみりゃがその大きさのために入ってこれないことに気付くと、一転し
て勝ち誇り、侮蔑の笑みさえたたえた。一家は入口へと跳ねていく。そして、おもいおも
いに、れみりゃをからかいはじめた。
「は……は……こっぢごれないよ! ざまぁー! ざまぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
「うー、うー」
「きゃわいくっちぇぎょめんにぇぇぇぇ!」
「うー、うー、うー」
「ゆゆーん。まりしゃは とっちぇも ゆっきゅりしちぇいりゅんだじぇ~~」
「うー、うー。……う~~~~っ!」
「どうしてこっちこないの? ばかなの? しぬの? ほーらほーら、れいむはここにいるよー」
「うー。どくんだどー」
「あれ?」
胴付きれみりゃが業を煮やして、胴無しのれみりゃをどかした。
そして、巣穴の中をのぞく。
「うー?」
手近にいたゆっくりを捕らえた。成体れいむである。おそらとんでいるみたいと、場を
わきまえぬ戯言を繰りだす。直後に目をみひらくと、息が吹きかかりそうな近距離にれみ
りゃの顔があったので絶叫した。れみりゃは両手で果実を持ち、不細工きわまる泣き顔を
じっくりと観察した。
なお、子は成体れいむが引きずり出されたあいだに、奥に逃げ去ってしまっていた。
「う~?」
「ぁ……あ……は、はなしてね! れいむをはなしてね!」
「うー?」
「……な、なかにおちびちゃんがいるよ! あっちのほうがおいしいよ!
「うー!」
「……そ、そうだよ! れいむは おいしくないよ! おちびちゃんは おいしーよ!」
「うー……」
「やめてね! ……れいむを、ゆぇぇ、た、たべない、でね! れいむば、ゆぐっ、じにだくない……」
「うー……」
「やじゃぁぁぁぁぁぁっっっ! でいぶ じにだくないよぉぉぉぉぉぉ! じにだくないぃぃぃぃぃぃっっ!」
「うー!」
れみりゃは、れいむの肛門に指をつっこんで餡子をほじくりだした。ついで、あんよを
握りつぶしてその穴から餡子をすすった。さらに右目をえぐりだして口にふくみ、こりこ
りとした食感をたのしんだ。まだれいむには意識があった。成体ゆっくりの大味は、満腹
になりかけた胴付き舌には不満だった。放り投げた。ぐしゃりと潰れた音を立てて墜落し
た。みあげた生命力だった。瀕死ではあったが死んではいなかった。だが、そこに胴無し
のれみりゃが飛んできて、おこぼれにあずかる。
胴付きは赤ゆを楽しもうと巣穴をのぞく。
甲高い声がもれてくる。
「し……しりゃにゃい ゆっきゅりが いりゅんだじぇ!」
「しりゃにゃい ゆっきゅりが いりゅぅぅぅ!」
赤ゆのまりさとれいむは、おたがいに目をやって同時に悲鳴をあげていた。
お飾りと帽子が失われているから、おたがいだれだか分からない。
そして同時に、お互いを排除すべき異物と認識した。
先手をとったのまりさだった。
「ちね!」
「ゆん!?」
体当たりをかました。
赤ゆのれいむが転がった。
「ゆゆ~。おぼうちのないゆっきゅりは、ちね!」
「ゆゅ!?」
こんどはれいむが反撃した。
まりさは転がったがさしたる打撃にはなっていない。
はた目には、じゃれあっているようにしか見えないだろう。
「ちね!」
「ちね! ちね!」
しかし、当人たちは本気の殺し合いを演じているつもりである。
赤ゆが死闘をくりひろがている間、外では決定的な異変が起こっていた。
胴付きと胴無しが話しあっている。
「うー、うー!」
「うー? どうしたんだどー?」
「うーにあやまらせるんだどー」
「なんでなんだどー?」
「れみりゃをからかったんだどー。あやまらせるんだどー。あやまるなら
あいつら ゆるしてやるんだどー。たべちゃいけないんだどー」
「どーしてなんだどー?」
「おなかいっぱいなんだどー。それと、れみりゃを ばかにした ゆっくりは
ひさしぶりなんだどー。ゆーきに めんじるんだどー」
「わかったんだどー。うーも おなかいっぱい なんだどー」
胴付きれみりゃが、巣穴をのぞく。
姉妹の決闘はつづいていた。
「ちね! ちね!」
「うー。おちびちゃーん。でてくるんだどー」
「ちねっ! ちねっ!」
「おちびちゃーん。うーに あやまるんだどー」
「ちねぃっ!」
「あやまるんだどー」
「ちね! ちね!」
「あやまれば たちさるんだどー?」
「ちねぃ! ちねぃ!」
「うー。あやまらないんだどー。ばかなんだどー。……こーなったら、こーするんだどー」
れみりゃは巣穴に尻を密着させた。
ばふっ。
と、濁った音を立てて、黄ばんだ煙がれみりゃの肛門から発射された。
胴付きれみりゃの屁は、あらゆるゆっくりに死をあたえる。
指向性のついた毒けむりが巣に広がってゆく。
「ゆぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
殺し合いどころではなくなった。
殺到する黄色い煙をまえにして、まりさはれいむの背中に移動した。
「か、かくれりゅんだじぇー!」
「ゆゅっ!? は、はなちてね! れいみゅを はなちてね!」
「ゆゅ~~。れいみゅばりあー!」
まりさはれいむにしがみ付いて離さない。
髪の毛に顔をうずめて、煙をやり過ごそうとする。
れいむは、もがいた。
「はなちてね! きゃわいい れいみゅを はなちてね! しゃっしゃと はなしゃないと おこりゅよ!」
「は、はなちてね! ゆゆ! ゆっきゅりできにゃいよ!? ぷっぷーさんがくりゅよ! は、はなち、はなちてね……ふごっ!」
ついに赤ゆのれいむは毒ガスを吸い込んだ。
「ゆ゛……ゅ゛……ゅ……ゅぐ……あ……」
臭気はたちまちれいむの全身にめぐり、体内餡子を汚染していく。
赤ゆのれいむは震えだし、白目をむき、電気を帯びたようにはげしく痙攣し、肛門がひ
らいてうんうんが搾りだされ、まむまむから汁がひらいて汁がちょろちょろと垂れながさ
れ、うめき声とともに口からべろりと舌が垂れ、その多目的器官は病的なまでに黄色く変
じていた。
「ぃぃぃぃぃぃ……ぎぎぎぎぎぎ………ゆごっっっ!」
赤ゆが大きくふくらみ、爆発するように大量の餡子を嘔吐した。
その背中に隠れていたまりさは、楯がいきなり薄っぺらになって防禦機能を喪失してし
まったため、戦慄した。
「ぶぎゃぁぁぁぁぁああああぁぁぁっ! な、なにやっでりゅんだじぇぇぇぇぇぇぇっっ!
じゃ、じゃっじゃど もどに もどっでねぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!
べーりょべーりょしであげりゅねぇぇぇぇぇぇぇっ!
ぺーりょぺーりょ……ゆべぇぇぇぇっ!」
赤ゆの死骸にはたっぷりと毒ガスが沁みこんでいた。まずいどころか危険である。
ぷっと餡子を吐きだした。
そこに死刑宣告にもひとしい声がとどろいた。
「もっとするんだどー!」
ばふっ、ばふっ、ばふっ!
放屁の三連射だ。
濃厚な煙が、赤ゆを抱こうと突進する。
卒倒しそうになった。
「ゆぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ! ゆぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」
なにか身を隠すものはないかと、血相をうかべてあたりにさぐった。
あった。
「しょ、しょーだ! おといれしゃんに にげりゅんだじぇー!」
この家にはトイレがあった。
それもゆっくりにしてはかなり本格的なものだ。
巣の一隅に高台が築かれていて、そこに小さな縦穴が掘られている。
ちなみに、高台にトイレがあるのは、赤ゆの落下をふせぐ措置である。高台にあれば
赤ゆは登れず、登れるような運動能力を獲得したときにはゆっくりの大きさは穴の直径
をこえている。
赤ゆのまりさも、いつもは直接にたれ流すのではなく、葉っぱに用を足していた。
その葉っぱを両親が回収し、トイレにすてるのだ。
だから赤ゆのまりさは直接にトイレにうんうんを放ったことはなかった。
だが構造は知っていた。
穴が開いていると知っている。
そこに入れば、れみりゃの放屁をやりすごせるだろう。
まりさはトイレに向かい、
「ゆぅっ!」
と、さけんで高台に乗った。
決死の自己保存本能が、赤ゆの運動性能をあげていた。
このときのまりさは、トイレの底がどうなっているかが想像できるほど知恵が発達し
ていなかった。うんうんは、さながらブラックホールのように――むろん、そんな知識
などなかったが――どこへともなく消失するものと思っていた。
「ゆん!」
と、いきおいよく草の蓋をのけて、
「ゆんやっ!」
と、トイレの穴に身を投げた。
「おしょらっ!」
ぽちゃりと音がした。
直後。
「くちゃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ! きちゃにゃいぃぃぃぃぃぃっっっ!」
縦穴から悲鳴がはっせられた。
まりさは混乱のきわみにあった。
れみりゃが絶対に手をだせないと思っていた安住の地には、鼻をねじ曲げるような熾
烈な臭気がみちみちていた。動けば動くほど、古餡子があんよにねっとりとからみつく。
それに暗い。いや暗いどころか一筋の光もない。また、狭かった。身動き一つできそう
になかった。それでも、身をよじってなんとか天井をあおいだ。白い穴が開いていた。
その穴はたいへんに小さかった。
れみりゃはいぶかしがっていた。
放屁でいぶりだせるかと思ったが、どれだけたっても赤ゆは出てこない。
巣穴をのぞいてみても、どこにも赤ゆの姿はなかった。
「うー。あきらめるんだどー」
成体れいむの残骸をむさぼっていた翼のれみりゃとともにきびすを返し、群れにもどっ
ていった。
日のたかいうちに、いなごの大群は次なるゆっくりプレイスを探しに旅立った。
夜が来た。
春の涼気が野山をひたし、おぼろな月が空に泳ぐ。
とてもとてもゆっくりできる夜が来た。
だが、たった一匹だけ、ゆっくりできないゆっくりがいた。
奈落の底に落ちたゆっくりが、汚物にまみれて泣いていた。
「たしゅけちぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!
ぴゃぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!
みゃみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!
れいみゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!
たしゅけちぇにぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!
ゆ……ゆ……ゅ……ゆんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!
どぼじでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!
だずげで ぐれないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!
ば……。
ば……。
ばりざは……。
ばりざは ここに いりゅよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
月が大地に溶けこむまで、慟哭はつづいた。
泣き声は日を追うごとに小さくなっていき、数日後には永遠に聞こえなくなった。
(おわり)