ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1710 人間の世界でゆっくりが見た夢(上)
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『人間の世界でゆっくりが見た夢(上)』
序、
深夜。二十四時間営業のコンビニエンスストアの入り口付近で屯しているゆっくりの姿があった。成体のまりさ種に番のあり
す種。そしてその子供たちであると思われる三匹の赤ゆたち。内訳は赤まりさが二匹に、赤ありすが一匹。
「ゆゆっ! おねーさん!! まりさたちにごはんさんをちょうだいねっ!!! まりさたち、おなかがぺーこぺーこで……ど
ぼじでむじずる゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ?!!」
店の中に入ろうとする客の足元に跳ね寄っては物乞いを繰り返すも、餌やそれに準ずるものを与えてくれる人間は誰一人とし
ていない。皆、一様に訝しげな表情を浮かべて早足で目の前を通り過ぎて行く。まりさがコンビニの入り口に設置してある看板
に体当たりをかました。静まり返った夜の闇にその音が融けて消える。
コンビニの入り口は自動ドアではなく手動であるため、まりさたちは店の中に入ることができない。できたとしても店員によ
ってすぐに追い出されてしまうだろうが。野良で生きるゆっくりたちが衛生的に最悪であることは言うまでもないだろう。薄汚
れた皮やあんよで店内に入られてはたまらない。常に空腹の限界に近いゆっくりたちが店内に侵入しようものなら、欲望を剥き
出しにした醜悪な顔で商品にがっつくのは目に見えている。そんな光景を客に見られでもしたら店の信用はガタ落ちだ。野良ゆ
が触れた商品を買って行く客などはいない。
一昔前は堂々と店の中に入ってくる野良ゆも少なくはなかった。自動ドアのコンビニが最もその被害に遭ったと言えるだろう。
ゆっくりたちの視点からすれば、自分たちに意地悪をしていた壁が何もせずに開いた。すなわち、自分たちは歓迎されているの
だ……などという思考の元、店内で好き勝手にやらかし店員によって追い出されるのが日常茶飯事だった頃もある。無論、店の
入り口は客を歓迎するためにあるものだが、野良ゆなどお呼びではない。招かれざる客に他ならないのだ。
「まりさ……もう、ちびちゃんたちが、がまんのげんかいよ……」
「まりしゃ……おきゃ……しゃん……。 ごはんしゃん……たべちゃい……。 たべちゃい……。 たべちゃいよぅ……」
「ゆゆゆゆっ! ちびちゃん! もうちょっとのしんぼうだからねっ! がまんしてねっ!! ぺーろぺーろ……っ」
元々は野生の生き物であるゆっくりにとって都会での暮らしは劣悪極まりない環境にあると言える。草花が生えるべき地面は
アスファルトに覆われ、飲み水のアテは雨が降った後の水たまりやドブの中に顔を突っ込んで泥水をすする他ない。ピンポン玉
ほどの大きさしかない赤ゆたちでは、なおさらこの世界で生きることは厳しいだろう。
その時、コンビニのドアが開き先ほど店内に入って行った女性が再びまりさ親子の前に現れた。手にはコンビニの袋が握られ
ており、その中からとても美味しそうな匂いが漂ってくる。まりさもありすも思わず涎を垂らすほどだ。赤ゆたちはぷるぷると
震えながら女性の足下に這い寄った。涙目で舌を懸命に伸ばし、女性に声をかける赤ゆたち。その姿を見てありすは思わず涙を
流した。
「おねーさん! おねがいします! ありすたちのちびちゃん……もう、ずっとなにもたべていなくて……すごくゆっくりでき
ていないんです! ……だから、すこしだけでいいんです……! すこしだけ、ごはんさんを……」
「お客様。 ささ、どうぞお帰りください。 ありがとうございました。 またのお越しをお待ちしております!」
戸惑ったようにその場を去る女性の後姿を見ながらまりさ親子がぼろぼろと泣き出す。店員はまりさ親子の姿を見て舌打ちを
した。店の周囲に人がいなくなるのを見計らってから、用意していたコンビニ袋に三匹の赤ゆを投げ入れる。カサコソと音を立
てる袋の中から、けたたましい叫び声をは聞こえてこない。声を上げる元気すらないのだろう。突如として我が子を奪われたま
りさは店員に威嚇をしながら声を荒げた。
「ぷくー! やめてねっ! まりさたちのかわいいちびちゃんたちをかえしてねっ!!」
「何言ってやがるゆっくり如きが……。 お前らみたいな汚ぇヤツらが店の前にいると迷惑なんだよ」
「と……とかいはじゃないわ……っ。 ありすたち、ほんとうにたいへんで……」
「腹を空かせてるのはこのガキ共なんだろ? もう、餌集めなんてしなくていいからどこへなりとも行っちまえ」
「ゆゆっ?! どういうこと……ゆ、ゆあぁぁぁっ!!! やめてっ!! やめてよぉぉぉぉ!!!!」
店員が三匹の赤ゆの入ったコンビニ袋を勢いよく水平に薙ぎ、店の壁に叩きつけた。袋の中で何かが潰れるような嫌な音がす
る。袋の口から飛び出した餡子と千切れたお下げが、何を意味しているか二匹はゆっくりと理解した。ありすがその場でぽろぽ
ろと涙を流す。まりさはアスファルトの駐車場に転がる千切れたお下げに舌を這わせて「ゆっくり……ゆっくり……」とうわ言
のように呟いている。店員は追い打ちをかけるかのように二匹を店の敷地外まで蹴り飛ばした。固いアスファルトの上をバウン
ドしながら転がる二匹の全身に激痛が走る。
「い゛だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!!」
「どぼじでごんな゛ごど――――」
顔中が擦り傷だらけになり、歯も数本折れてしまったまりさが叫ぼうとしたときには店員は店の中に戻った後だった。痛みと
悔しさのせいで涙が溢れて止まらない。大事に大事に育ててきた赤ゆたちも一瞬で潰されてしまった。途方に暮れる二匹。無言
のままどちらともなくずりずりとあんよを動かし始めた。行くアテなどない。どこへ行っても自分たちは邪魔者扱い。何も、本
当に何も悪いことなどしていないのに。
「むきゅ。 まりさにありす。 ゆっくりしていってね!」
「「ゆっくりしていってね!!」」
暗闇の向こう側からのそのそと現れたのは一匹のぱちゅりー種だった。成体ゆっくりであろう。サイズはまりさたちと同じく
バスケットボール程もある。二匹は久しぶりに同族に声をかけられた事と、“ゆっくりしていってね”という言葉に胸を打たれ、
ゆんゆん泣き始めた。ぱちゅりーは二匹に頬擦りをすると、
「こまっているようね……? よかったら、ぱちゅたちのおうちでゆっくりしていかないかしら……? すこしだけなら、ごは
んさんもわけてあげることができるわ……」
「…………っ」
嬉しさと同時に悔しさで思わず顔が曇る。ぱちゅりーは申し訳なさそうな表情で二匹を見つめていた。あと少し。あと、ほん
の少しだけ早くにこのぱちゅりーと自分たちが出会っていれば。自分たちの愛しい我が子も潰されずに済んでキラキラと輝く笑
顔を見ることができたかも知れないのに。
「むきゅぅ……。 とりあえず、おはなしはぱちゅたちのおうちについてからきかせてもらうことにしようかしら。 よるはれ
みりゃのじかんだから、こんなところにいたらたべられてしまうわよ?」
「ゆっくり……りかい、したよ……」
促されるようにぱちゅりーの後ろをついていくまりさとありす。ぱちゅりーは狭い路地裏に入って行った。暗闇の中だと言う
のに迷いのない様子であんよを這わせるため、二匹はついていくのがやっとだ。時折後ろを振り返りながらぱちゅりーがあんよ
を進める。ぱちゅりー種と言えば虚弱・貧弱・病弱で有名なゆっくりだが、どうもこのぱちゅりーは数多のぱちゅりー種と少し
だけ毛色が違うようだ。
奥へ奥へと進むにつれてどんどん視界が悪くなっていく。目をこらして辺りを見回すと不法投棄された粗大ゴミや空き缶など
が散見される。ぱちゅりーがあんよを止めた。それに合わせてまりさとありすが立ち止まる。
「むきゅ。 ここがぱちゅたちのおうちよ」
煩雑に積み上げられた廃材。それを覆い隠すかのように連なるゴミの山脈。都会の片隅において時の流れから見放された空間
である。微かに他のゆっくりたちの動く気配を感じた。どうやらぱちゅりーはこのゴミ山の事をおうちと呼んでいるようだった。
しかし、案外馬鹿にできたものではない。ヒビの入ったコンパネや底の抜けたバケツ。骨が折れて機能を果たさなくなった傘
や片方だけの長靴。それらはゆっくりたちがおうちとして利用するにはうってつけの素材であるように思える。事実、長靴の中
には子れいむの姉妹が“ゆぅゆぅ”と寝息を立てていた。
「しんいりさんなんだねー? わかるよ~?」
一匹のちぇんが廃材の隙間から顔だけを出して話しかけてきた。まりさとありすがおっかなびっくりと言った様子で曖昧な返
事を返す。ぱちゅりーはゴミを拾い集めて作り上げたおうちの中に潜り込むと、口に木の実を咥えて二匹の前に戻ってきた。
「むきゅっ。 たべてちょうだい。 おなかがすいていたんでしょ?」
ウィンクをしながら二匹に促すぱちゅりー。まりさとありすは一瞬だけ互いの顔を見合わせた。その瞳には淡い悲しみが浮か
んでいる。少し間を置いてようやく二匹が木の実を口の中に入れた。
「むーしゃ、むーしゃ……、…………」
幸せ、とは継げない。分けてもらった木の実が美味しくないわけではないのだ。ただ、どうしてもお腹を空かせたまま潰され
てしまった赤ゆたちのことが脳裏に纏わりついて離れない。事情こそ理解はしていないものの、二匹の表情から何か感じ取る物
があったのかぱちゅりーは無理に声をかけようとはしなかった。廃材の山からぞろぞろと他のゆっくりたちが這い出してくる。
“ゆんゆん”とむせび泣く二匹の様子が気になっているのだろう。中には同様に涙を浮かべているゆっくりもいた。
ぱちゅりーを中心に廃材のゆっくりぷれいすで暮らすゆっくりたちは、最初からここで共同生活を行っていたわけではない。
皆、野良として蔑まれ、忌み嫌われ、居場所を追われてここに流れ着いてきたものばかりだ。
最初の頃は言葉を喋り愛嬌もある“ゆっくり”は一家に一匹と言うようなレベルで人間に飼われ、社会現象にまで発展するブ
ームを巻き起こした。しかし、ゆっくり本来の性格や生態が明るみになっていくにつれて愛想を尽かした飼い主たちにより次々
とゆっくりは捨てられていく。犬のように帰巣本能を持たないゆっくりは飼い主を探してアスファルトの上を昼夜問わず這い回
り続けた。言葉を話すことができたので積極的に人間とコミュニケーションを図ろうとしたが、相手にされずあまつさえ手まで
上げられる始末。いつしか薄汚れた顔とあんよで都会を徘徊するゆっくりたちは“野良ゆ”と呼ばれるようになった。その数は
百や二百ではない。保健所などによる定期的な野良ゆの駆除も行われたが数で圧倒的に勝るゆっくりたちを全滅させるには到底
至らず、税金の無駄遣いと強い批判を受けていた。それでも、野良ゆたちによるゴミ漁りや今回のまりさ一家のように人間の領
域に侵入してくるなどの問題行動が目立つようになると、今度は「早く野良ゆっくりを駆除しろ」との声が上がる。
そんな劣悪な環境下に置かれながらも多少なりとも人間と行動を共にし、得た知識を使うことによって野良ゆたちは少しずつ
この生活に適応していった。口に木の枝や石を咥え道具のように扱ったり、雨風を凌ぐために数匹がかりで段ボールで家を作っ
たりと必死になって過ごす毎日。常に空腹に晒されながらも、ただ生き残るためだけに全てのゆっくりする事を犠牲にして今日
まで暮らしてきたのだ。
だからこそ、廃材置き場の野良ゆたちはまりさとありすの涙の意味を強く理解することができる。気がついたら十匹以上もの
ゆっくりたちが二匹に頬をすり寄せていた。その優しさに触れた二匹がまた強く嗚咽を漏らす。ぱちゅりーがそっと呟いた。
「まりさ。 ありす。 ……ぱちゅたちといっしょにくらしましょう……? そして、いつかみんなでもりにかえるのよ」
「ゆゆっ……?」
「わかるよー……。 ちぇんたちは、かいぬしさんにすてられちゃったんだねー……」
「れいむたちは……ゆっくりしたかっただけなのに……」
「むきゅ。 ざんねんだけれど、にんげんさんたちのかんがえる“ゆっくり”とぱちゅたちのかんがえる“ゆっくり”はちがっ
ていたのよ……。 ぱちゅも、みんなも……それにきづくのがおそすぎたみたいだけれど……」
リーダーと思われるぱちゅりーの言葉に一堂に会したゆっくりたちがしょぼくれた表情に変わる。ここに集う野良ゆの殆どが
“第二世代”とも言うべき直接人間に捨てられたゆっくりたちの間に生まれた子供たちだ。この環境下に置かれたからこそ、見
える世界があったのだろう。両親から伝え聞いた言葉の意味を窺い知る事ができたのだろう。
そう。ゆっくりたちは気づいていたのだ。自分たちと人間という生き物は、決して相容れない存在であるということに。
一、
早朝。廃材の山から一匹の成体れいむ種がずりずりと這い出してきた。お決まりの挨拶も、のーびのーびもせずにぴょんぴょ
んと飛び跳ねる。遅れて数匹のゆっくりたちもその後に続いた。狩りの時間である。まだ人間たちが活動していない時間を見計
らって行動を起こすのだ。
「ゆっ! ゆっ!」
息を切らしながら目指すのは公園。そこには多少の草花が生えている。草の中を這って進むと朝露が誇りまみれの顔に触れ、
泥水の雫となって頬を伝っていく。ゆっくりたちはそれを気にも留めず一心不乱に口で草をむしり続けた。それを同じく成体ま
りさ種の帽子の中に投げ入れていく。その作業を約十分ほど繰り返した。時折、ジョギングなどをして汗を流す人間が近づいて
来たときには木の陰や背の高い草の後ろに隠れてやり過ごす。何匹かのゆっくりはコオロギやオケラなどと言った“大物”を捕
まえて顔を綻ばせている。
まだ薄暗い。少し遠回りにはなれども狭い路地裏を選んでずりずりとあんよを動かす。ボロボロの饅頭が連なって移動する光
景を保健所の職員などに見つかればたちまち捕獲されるなり、駆除されるなりしてしまうだろう。しかし、このゆっくりたちは
知っているのだ。人間は主に日中しか現れない。それも都会で暮らすうちに身に付けた“知識”だった。人間と出会ったらとに
かく逃げる。全てを投げ打ってでも逃げるように教え込まれていた。そして、その際には仲間が捕まってしまおうと決して振り
返ってはならないとも。
「ゆっくりただいま!!」
「ゆっくりおかえりなさい!!」
満面の笑みを浮かべて廃材置き場へと帰ってきたれいむ以下数匹のゆっくりたちがぞろぞろと帰宅する。それを廃材に身を隠
していたゆっくりたちが暖かい笑顔で出迎えた。
「きょうは、にんげんさんにはあわなかったよ。 くささんもたくさんあつめてきたよ!」
「ゆわぁ……っ! むししゃんだぁ!!」
「ゆゆっ。 むしさんはちびちゃんたちがむーしゃむーしゃしてね。 れいむたちはくささんをむーしゃむーしゃするよ」
育ち盛りな上にすぐに空腹に陥ってしまう赤ゆ、子ゆには栄養価の高い食べ物を優先的に回す。成体ゆっくりであれば凌げる
飢えも赤ゆ、子ゆでは耐えきれずに餓死してしまう可能性が高いからだ。狩りに出かけた成体ゆっくりたちも、自分たちが子供
だった頃は美味しい虫をたくさん食べさせてもらった。だからこそ今の自分たちが在る。
「むきゅ。 ごはんさんをむーしゃむーしゃしたら、おうちのなかでゆっくりしましょう。 おおきなこえをだしたりしてはだ
めよ?」
無言で頷く一同。この“都会の群れ”は驚くほどに統率されていた。それぞれが人間に近しい知識を持っていることと、日々
を生き抜くことしか考えていないことがその理由として挙げられる。故に「ゆっくりしたい」と喚き散らすような、ある意味で
はゆっくりらしいゆっくりは一匹たりともいなかった。
――――必ず生き延びて、皆で森に帰る。
この言葉だけを心の支えに、懸命に“ゆっくりできない日々”を過ごしてきたのだ。両親から伝え聞いた故郷の森への憧れは
強い。固いアスファルトの上ではなく柔らかい原っぱの上を跳ねてみたい。誰にも邪魔をされずに日向ぼっこがしてみたい。冷
たくて綺麗な川の水を飲んでみたい。それは野良ゆたちの悲願であった。
「ぱちゅ……」
「どうしたの? まりさ」
「ぱちゅたちは……みんなでもりにかえる、っていうけれど……もりがどこにあるかわかるの? まりさもそうだけど、にんげ
んさんにつれてこられたときは、なにかにとじこめられてなんにもみえなかったよ……?」
「むきゅ。 かわさんのながれるほうこうとは、はんたいほうこうにむかってすすめばいいはずよ」
「ゆ?」
「にんげんさんのまちをながれているかわさんと、もりをながれるかわさんはおなじなのよ」
「そうなの……? でも……ここのかわさんのみずはきたなくて、ごーくごーくできないよ……。 ほんとうにおなじかわさん
なの?」
「むきゅきゅ。 ぱちゅをしんじてちょうだい」
穏やかな口調で笑みを返すぱちゅりーの表情に安心したのか、まりさは眉をハの字に曲げながらも少しだけ口元を緩めて廃材
の中へと身を隠した。廃材の中にできた空洞をそのままおうち代わりにしているのである。一匹だけになったぱちゅりーが厚い
雲に覆われた空を見上げた。もうじき梅雨の季節が訪れる。長雨に晒されればそれだけで死んでしまう仲間たちが大勢出てくる
だろう。それを懸念すると“都会脱出計画”はなるべく早期に決行する必要があった。
(ちぇん……みょん……。 ぶじだといいのだけれど……)
ちぇんとみょん。二匹はぱちゅりーの指示を受け、森へ帰るための最短ルートを導き出すべく廃材置き場から旅立った。純粋
にゆっくりの中では戦闘に長けたみょん。すばしっこさを活かした偵察が得意のちぇん。この二匹のコンビが役目を果たすには
うってつけであると判断された。
ぱちゅりーは未だ戻らぬ二匹の身を案じながら、廃材置き場の奥にその身を隠した。
翌朝。廃材置き場の奥で休んでいたぱちゅりーの元に吉報が入った。森へ帰るまでの道筋を探すために街中を跳ね回っていた
ちぇんが帰って来たのだ。ちぇんはボロボロの状態だった。外見はいつもと変わらない。様子がおかしいのはその表情である。
青ざめた表情で唇を震わせ、しきりに「ごめんね」と繰り返す。ぱちゅりーがちぇんの元にやってきてもその様子が変わる事は
なかった。
「ちぇん……いったいなにがあったの……?」
「ぱちゅぅ……わからない……わからないよー……」
集まったゆっくりたちは自分たちの方こそが“わからない”と困惑した表情を浮かべたが、ぱちゅりーは極端におびえるちぇ
んの表情から何かを読み取ったようだった。傍らにみょんがいない事も気になる。
「――――にんげんさんに、あったのね……?」
「に……に゛ゃあ゛ぅ゛ぅ゛……っ!!!」
むせび泣きながら叫び声を上げる。そしてぱちゅりーの頬に滅茶苦茶に頬をすり寄せた。いつもはゆらゆら揺れている二本の
尻尾が今日は地にぺたりとついて動かない。
「まりさ。 ありす。 てつだってちょうだい」
「ゆっくりりかいしたよ」
すっかり廃材置き場の群れに馴染んだまりさとありすがちぇんをおうちの中へと誘導する。そこに別のまりさが現れた。
「みょんは……えいえんにゆっくりしてしまったのぜ……?」
ぱちゅりーが振り返らずに答える。
「……ちぇんといっしょにかえってこなかったのだから……そうなのでしょうね……」
路地裏に茜色の光が差し込み周囲の窓に点々と明かりが灯り始めた頃、ちぇんはようやく落ち着きを取り戻した。まりさ、あ
りすと打ち解けたちぇんは照れ笑いをしながらぱちゅりーを呼んできてほしいと二匹に頼んだ。ありすが即席のおうちから出て
行く。
「みっともないところをみせちゃったんだねー……」
「そ、そんなことないよ……っ! まりさたちも……ちびちゃんたちが……いなくなったときは……」
「……もう、こんなおはなしはやめようねー……。 ちぇんがわるかったんだよー……」
「ゆゆっ……。 ごめんね、ちぇん」
程なくしてぱちゅりーを連れたありすが戻ってきた。ぱちゅりーが心配そうにちぇんを見つめる。ちぇんは無理矢理笑顔を作
って見せた。少しだけ痛々しい。意を決した様子でぱちゅりーが尋ねる。
「みょんは……にんげんさんにつれていかれてしまったのね……?」
「……そうだよー……。 ほかのゆっくりたちをたすけようとして……つかまっちゃったんだねー……」
人間の手によって我が子を殺されたまりさとありすが気付かれないようにそっと身を寄せ合った。両者とも目に涙を浮かべて
いる。ちぇんは泣くのを堪えながらみょんの最期をぱちゅりーに語って聞かせた。ちぇん以外にも数匹のゆっくりがいたらしい。
駆除の真っ最中で泣き叫ぶ子ゆっくりの声を聞いたら居ても立ってもいられなくなったと言う。みょんは必死でゆっくりたちを
逃がそうとしたがあっさりと捕まってしまった。袋の中に入れられ姿は見えないものの、そこからみょんはちぇんに逃げるよう
に叫んだと言う。ちぇんはその通りに逃げた。涙で視界が歪んで何度も何度も転んだそうだ。
「ちぇんは……にげたんだよー……。 みょんをおいて……ひとりで……ゆ……ゆぐっ、ひっく……」
「ちぇん……」
「みょん……ごめんねー……、ごめんねー……わからないよぅ……」
「ちぇん!」
ぱちゅりーがちぇんにすーりすーりをした。泣きながらそれに甘えるちぇん。
「ありがとう、ちぇん。 ちぇんだけでも……もどってきてくれて、ぱちゅはうれしいわ……。 だからおねがいよ。 そんな
にじぶんをせめないで……」
ぱちゅりーのちぇんへかける言葉は自分に言い聞かせているようにも感じた。ちぇんとみょんに指示を出したのはぱちゅりー
だ。それ故、ちぇんとはまた違ったベクトルでの自責の念、後悔の思いが心の中を駆け巡っている事だろう。これが野良ゆの現
実だった。生きようと努力すればするほど、死の危険が付きまとう。だからと言って何もしないわけにはいかない。そして、ち
ぇんもぱちゅりーも自分たちに泣いている時間などないと言わんばかりに次の話題に移った。……話題を変えなければ、お互い
場が持たなかったというのもあるかも知れない。
「……ぱちゅのいっていた、かわさんへのみちのことだけれど……」
森へ帰る唯一の道標となる川を目指すには、どのように動いても大きな道路を最低二つは横切らなければならないらしい。ま
たそれが可能だったのはちぇんとみょんが二匹だけで行動していたことによるところが大きく、群れのゆっくりたち……まして
赤ゆ・子ゆと一緒に横切ろうとした場合は上手くいくかわからないと判断していた。
「かわさんについてからもたいへんなんだよー……かくれるばしょがすこしもないからねー……」
堤防を整備された河川敷には確かに身を隠すようなスペースはないだろう。川を遡って移動を続けていればいつかは人間に見
つかってしまう。夜になれば捕食種も襲ってくるはずだ。ちぇんの答えた“現実”にぱちゅりーが思わず目を閉じる。想像して
いた以上に故郷への道は険しかった。
ぱちゅりーの都会脱出計画に暗雲が立ち込め始める。何か対策を考えなければ一生この街から出ることはできない。そして、
それは自分たちのそう遠くない未来の死を意味する。
「ぱちゅ……。 どうしてまりさたちは、にんげんさんにここにつれてこられただけなのに……こんなゆっくりできないめにあ
わないといけないの……? まりさたち……ずっともりでゆっくりできればそれでよかったのに……」
「…………むきゅぅ」
まりさの問いかけにぱちゅりーが言葉を濁す。人間は森で暮らしていたゆっくりを乱獲しペット用に都会に持ち込んだ。それ
にも関わらずブームが過ぎ去ってしまえば害獣扱いである。ゆっくりたちの中でその事を知っている者は少ない。だが、ぱちゅ
りーは気づいていた。それを思うたびにやり場のない怒りがこみ上げる。しかし、だからと言ってどうすることもできない。ぱ
ちゅりーは一呼吸置いてから、まりさの質問に答えた。
「……にんげんさんがとてもつよくて……ぱちゅたちがとてもよわいからよ……」
同時刻。保険所の会議室では人間たちによる“野良ゆっくり対策”のための会議が行われていた。ホワイトボードには六種類
のゆっくりの写真が張り出されており、これまでの被害状況や今後予測される事態について討論が行われている。
「……小学校のPTAから苦情が届いてます。 野良ゆっくりが交尾をしているところを街で見かけ、子供たちの教育上よくな
いと……」
「中には汚れたゆっくりがうろついているだけで街の景観を損なわせている、との声も上がってますね……」
「さすがに飲食店やスーパーへの侵入被害は減ってきたようですが……」
「車に轢き潰されたゆっくりなんか見たら小さな子供はトラウマになりかねん。 生首がぐちゃぐちゃになって潰れてるのとほ
とんど同じなんだからな……」
各々渡された資料の一枚目には「都市内野良ゆっくり一斉駆除計画(案)」とタイトルが印字されている。街に住む大多数の
人間が増えすぎた野良ゆに大なり小なりの不満を持っており、近年それが大きなうねりとなって動き始めているようだった。起
因は飼いゆっくりを捨てた飼い主にあるのだが、どれも同じような顔をしたゆっくりを誰が捨てたかなどとは判別できないし、
そんな事をするだけ時間と労力の無駄だ。それを理解しているのは一般市民も同じのようで、連日連夜かかってくる電話の内容
も、「野良ゆを何とかしてほしい」ではなく「野良ゆを全部駆除してほしい」という具体的なものに変化し始めている。
ゆっくりを潰すとき、ゆっくりたちは泣き叫ぶ。本気で命乞いをする。必死になって逃げ回る。額をアスファルトにこすりつ
けて何度も何度も謝罪を繰り返す。そんな様子を目の当たりにしながら、ゆっくりを潰す作業に従事できるような者はなかなか
いない。故に面倒事は全て保健所職員に回そうとするのだ。無論、保健所職員はそれが仕事であるため嫌々ながらも実行せざる
を得ない。今年入ったばかりの若い女性職員はゆっくりを潰す作業が嫌で退職してしまった。ゆっくり用のガス室に閉じ込めて
毒殺を行ってもその死体を回収する際にどうしても視界に入るゆっくりたちの苦悶の表情はおぞましいものがある。
人間たちはゆっくりを動物として見ることができていなかった。もちろん、動物としてカテゴライズされるかどうかにまず疑
問の声が上がるが、それ以前に人間たちはゆっくりを“人間に近い何か”のように感じていたのだ。表情。仕草。生態。家族。
ゆっくりは思いのほか、人間らしい部分を多く供えていた。だからこそゆっくりに多少なりとも感情移入をしてしまうのだ。
――私には無理です……ッ! ずっとずっと母親ゆっくりに寄り添って「お母さん、お母さん、おめめを開けてね」って繰り返
しながら泣いてるゆっくりを潰すなんてできません……ッ!!!
――あいつら、馬鹿だから……簡単に俺の言葉に騙されるんすよ……。親子仲良くガス室に入って行って……「お兄さん! れ
いむたちに嘘をついたの?! 助けてよ!! やめてよ……やめて!!!」って……。
「しかし、それが私たちの仕事だ」
所長の言葉が重くのしかかる。言い返せない。誰もかれもそんな事は理解していた。しかし、良心がその理解に追い付く事が
できないでいる。
「会議は終わりだ。 ……今月中に野良ゆっくりの一斉駆除を行う。 参加する市民がいるとは思えんが、日雇いで雇用できる
枠も作っておこう。 何しろあの数だ。 私たちだけは手に余る……」
「……所長。 “公餡”を通してみては如何でしょうか……」
若い職員の言葉に所長が声を荒げた。
「あんな得体の知れない連中に税金を投資できるかッ!!!!」
公餡。東京本部を中心に北海道支部、東本州支部、西本州支部、四国支部、九州・沖縄支部と、日本全国に六ヶ所ほど存在し
ている最近出来たばかりの組織だ。驚く事に民間企業ではあるが、公餡代表取締役は自分たちの国家公務員化を国に求めている
らしい。しかし、今のところ実績らしい実績は上がっていないと言う。
「会議は終わりだ!」
そう言って勢いよく会議室の扉を閉める所長。取り残された職員一同はテーブルの片づけ等を終えるとそれぞれの職務に戻っ
た。ある壮年の職員が廊下を無言で歩く。向かう先はゆっくり用のガス室だ。窓から中の様子を眺めると午後一番で毒殺処分さ
れる予定のゆっくりたちがガタガタ震えて泣いている。なぜ初めて連れて来られた場所でこんなに怯えているのか理解できない。
ゆっくりたちはこの部屋に入るのを凄まじく嫌がっていた。
――やめてねっ! ここはゆっくりできないよっ!! ゆんやあぁぁぁ!!!
職員に気がついたゆっくりたちが窓の近くまで押し寄せる。皆、一様に口をぱくぱく動かしながら何か喋っているようだが中
の声は聞こえない。全員泣いていた。何を叫んでいるかも理解できる。職員は眉をしかめて目を閉じるとその場を後にした。
「にんげんざあ゛ぁ゛ん゛!!! だじでっ!!! だじでよぉぉ!!! までぃざ、おうちがえる゛ぅ゛ぅ゛!!!!!」
「れいむたち、なんにもわるいことしてないのにぃぃぃぃ!!!」
「ここはゆっぐりでぎな゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!」
「…………」
阿鼻叫喚の地獄の中で、ただじっと窓から差し込む光を見上げている一匹のみょん種がいた。泣き叫ぶ同族たちの姿に心を痛
めているのかその目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「ぱちゅ……ごめんだみょん。 かならずぶじにもどってきて、っていうやくそくは……もう、まもれそうにないみょん……」
目を閉じる。
(みてみたかったみょん……。 もりのなかでみんないっしょにゆっくりしているところを……)
二、
まりさとありすが廃材置き場の群れに加わってから二週間が経とうとしていた。今では二匹とも“狩り”に加わり群れの為に
と尽力している。活発でゆっくり基準で言えば運動神経に優れたまりさは時折、ちぇんと共に街を抜け出すためのルートを視察
する役目も担っていた。ぱちゅりーは、ちぇん以外のゆっくりにこの役目を当てようとしていたが、ちぇんは自らこの危険な役
を引き受けた。一度周囲を把握している自分こそがこの役目に相応しいと。誰も何も言わなかったが、みょんの弔い合戦である
ことも影響しているのだろう。これを使命だと言わんばかりの言動は少々生き急いでいるようにも見える。
まりさとちぇんは路地裏の隅を二匹並んであんよを這わせていた。まりさが、ちぇんの後ろに続く。二匹ともあんよの速さに
は自信を持っているせいか心なしか進むペースが速い。それでいて常に周囲に目を配る繊細さは忘れていないようだ。
「ゆ?」
二匹の元に微かではあるが叫び声が聞こえたような気がした。それと同時に自分たちの目の前を横切るような形で一匹の成体
ゆっくりが飛んでくる。二匹は目を丸くし身を寄せ合った。壁に頬を押しつけながら路地裏の先を注視する。
「ゆあぁぁ!! れいむぅ!! れいむぅぅ!!!」
泣きながらぴょんぴょんと飛び跳ねるまりさ種の姿が視界に入る。飛ばされてきた成体ゆっくりはれいむ種だったようだ。余
りにも突然の出来事で種を判別することができなかった。どうやら他にもゆっくりたちがいるらしい。二匹のまりさ種、三匹の
ありす種がそれぞれ一点を見上げ威嚇を行っている。そこに金属バットを持った男が現れた。
「よくもれいむをこんなめにあわせてくれたね! あやまるならいまのうちだよっ!!」
「ありすたちはやさしいゆっくりだから、あまあまさんをおいていけばゆるしてあげるわっ!!!」
まりさとちぇんが顔を見合わせる。このゆっくりたちは一体何を言っているのだろう。そんな表情を浮かべながら。まりさも
ちぇんも固唾を飲んでその様子を見つめていた。自分たちであれば逃げる一択しかない。それなのになぜ人間に対して威嚇なん
てしているのだろう。それは自分たちの常識からは余りにもかけ離れた愚行にしか映らなかった。
男が金属バットを垂直に振り下ろすと一番前で威嚇をしていたありすが勢いよく爆ぜた。金属バットはありすの顔を正確に断
割し、その先端がアスファルトにまで叩きつけられた。バラバラに砕けた歯の奥から切れ切れに呼吸を繰り返す。
「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ……もっど……ゆ゛っぐり゛じだ……が……た……――――――」
「ゆぎゃああああ!!! ありすぅぅぅ!!!! ありすがぁぁぁぁぁ!!!!!」
「このいなかものぉっ!!! どおしてこんなことするのぉおぉぉぉおぉッ?!」
なぜ逃げようとしないのか。それがまりさにもちぇんにもわからなかった。自分たちの群れの教えでは人間が視界に入ろうも
のならそれだけで逃げ出すように言われてきたのに。威嚇をやめようとしないゆっくりたちが次々に叩き潰されていく。残りが
三匹程度になったところでようやく命乞いを始めた。もちろん人間がそれを聞き入れるわけもなく、淡々と潰れて死んでいくゆ
っくりたち。その様子を見たちぇんががたがたと震え始めた。みょんの記憶をフラッシュバックさせているのだろう。
「ごべんな゛ざい゛ぃ゛ぃ゛!! ばでぃざだぢ……おな゛ががぺーこぺーこで……ゆ゛ぷぎゅえ゛ッ??!!!」
最後の一匹になったまりさも物言わぬ饅頭に姿を変えた。遅れて別の男が駆け寄ってきた。
「終わったか?」
「ああ……。 ちくしょう……これじゃ効率が悪すぎる……」
「もう限界だぜ……。 ゆっくりなんて早く一匹残らず死んじまえばいいのに……ッ!!」
潰されたありすを蹴り飛ばしながら悪態をつく。男たちは保健所の職員だった。一連の“作業”を終えた後に白の上着を羽織
る。ちぇんが震えながら小声で呟いた。
「……わかるよー……。 あのしろいおようふくをきているにんげんさんは……ゆっくりをみつけたら、いきなりおそいかかっ
てくるんだねー……」
「……ひどいよ……。 まりさたち、なんにもわるいことしてないのに……どうしてそんなことされないといけないの?」
「わからないよー。 わからないけど、にんげんさんたちはゆっくりがきらいできらいでしょうがないみたいなんだねー……。
かなしいねー……」
ゆっくりたちの間で“白衣の悪魔”という言葉が広がりつつある。どこでその単語を覚えたかは知らないがどのゆっくりから
ともなく、保健所職員の事はそう呼ばれるようになっていた。曰く、“白衣の悪魔”は自分たちを見つけたら、ご飯を食べてい
ようが休んでいようが眠っていようが襲ってくる。自分たちの言葉には一切耳を貸さず、問答無用で手にした凶器を振り下ろす。
それで潰されたゆっくりの数は凄まじいものがあるらしい。ちぇんがみょんと一緒に街を散策していた時に聞いた噂だった。み
ょんも“白衣の悪魔”によって連れていかれてしまっのである。
「まりさたち……いっしょうけんめい、まちでくらしているだけなのに……」
ぱちゅりー率いる廃材の群れも毎日食料を得るために街中を這いずり回っている。人間にとってはそれさえも気に入らないと
言うのだろうか。実際はそうではない。まりさたちは知らなかったのだ。自分たち以外の野良ゆが街で人間を相手にどんな事を
しているかということを。皆、慎ましく日々を生きているわけではなかったということを。人間から反感を買い、既に自分たち
が生きる未来は無いに等しいと言える状態まで事態が悪化しつつかるということを……街で暮らす野良ゆたちはどれ一匹として
気付いていなかった。
“白衣の悪魔”たちがゆっくりの死骸を淡々とゴミ袋の中に入れて行く。力なくだらりと垂れさがった顔の皮やあんよ、漏れ
出す中身に幾度となく吐き気を催す二匹。その作業が終わり、ようやく辺りが静かになったことを見計らって二匹があんよを動
かした。
「ゆぅ……ここはゆっくりできないよ……」
「わかるよー……。 はやくとおりぬけるんだねー」
ずりずりとあんよを動かし足早に路地裏を抜ける。目の前にそびえるのは堤防。ちぇんが言うにはこれを越えると川が見える
らしい。ちぇんの情報通り川へとたどり着くまでに二度ほど道路を横切ったか、人間に見つかるようなことはなかった。街を行
き交う人々はいちいちゆっくりの動きなどに気を取られない。まりさたちのように隠れながら進んでいけば、人間に見つかるよ
うな道理はないのだ。膝下以下の背丈しかないゆっくりなどそうそう視界に入るものではないはずである。では、なぜゆっくり
たちは人間に見つかり、徹底的に叩き潰されてしまうのか。もし、その理由にゆっくりたちが気付くことができたのなら、こん
なにも大々的に駆除の被害に遭うこともなかっただろう。
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇ!!」
二匹が突然の声に振り返ると、そこには一匹の赤れいむがいた。顔も髪もリボンもボロボロでお世辞にもゆっくりしていると
は言い難い。
「れーみゅ! れーみゅ! あんまりとおくにいっちゃだめにゃのよ? ……ゆゆっ?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねてきたのは赤れいむと同じくらいのサイズの赤ありすだった。赤れいむと赤ありすが二匹並んで、再
び挨拶をした。今度はまりさとちぇんも挨拶を返す。嬉しそうに微笑む二匹の元に、成体のれいむ種がずりずりとあんよを這わ
せて現れる。さらにその後ろからは五、六匹の赤ゆが連なって跳ねてきた。最初は子だくさんなゆっくりだと思っていた二匹だ
ったが、ちぇん種やぱちゅりー種もその中にいた。どうやらただの大家族というわけではなさそうだ。
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりしていってね!!! ゆ~? このちびちゃんたちはみんな、れいむのちびちゃんたちなの?」
「ゆぅ……ちがうよぉ」
「れーみゅおきゃーしゃんはにぇっ! まりしゃたちのおきゃーしゃんにゃんだよっ!!」
「むきゅ! ぱちゅのおきゃーしゃんはえいえんにゆっくちしちぇしまっちゃのよ……。 だきゃら、いまはれーみゅおきゃー
しゃんがぱちゅたちのおきゃーしゃんにゃのよっ!」
“むっきゅん!”と顔全体を後ろに反らしながら得意気に話す赤ぱちゅりー。どうやら、れいむの元に集まる赤ゆたちは様々
な理由で親を失った孤ゆたちのようである。れいむがまりさとちぇんに苦笑いをしてみせた。ちぇんは微笑みを浮かべると、
「わかるよー……。 れいむはやさしいゆっくりなんだねー……」
「ち……ちがうよぉ……。 れいむはちびちゃんをそだてることぐらいしかできないから……。 それにちびちゃんたちがひと
りだとゆっくりできないからいっしょにいてあげたいだけだよ……」
「ゆゆっ! れーみゅおきゃーしゃんはやさしいんだよっ! ゆっくちりきゃいしちぇにぇっ!!」
赤れいむが叫ぶ。それに続いて他の赤ゆたちも「ゆんゆん」とれいむに声をかけていた。本当に信頼されているのだろう。初
対面のまりさとちぇんにもそれがよく分かった。こんなにもたくさんの赤ゆたちに一度にすーりすーりをされているゆっくりを
今まで見たことがない。れいむと赤ゆたちの幸せそうな笑顔を見ていると、先刻の惨劇が遠い過去の出来事であったかのような
錯覚を起こす。
「まりさとちぇんはこんなところでなにをしているの?」
「ゆゆっ! まりさたちはね、もりにかえるためのじゅんびをしているんだよ」
「もりに……かえるの……? いいな。 れいむもいっしょにかえりたいよ。 だれにもじゃまされずにゆっくりしたいよ」
「ゆゆっ? ゆっくち! ゆっくちしちゃい!!」
はしゃぐ赤ありすにそっと頬を寄せるれいむ。まりさとちぇんはしばらく顔を見合わせていたが、“れいむ一家”が住んでい
る場所は森へと続く通り道にある。途中で合流してもらう分には構わないだろうと判断した二匹は、ぱちゅりーに相談してみる
ことをれいむに告げるとれいむは嬉しそうに微笑んでいた。
街で暮らすゆっくりの中には故郷の森に帰ることを願っているものたちもたくさんいることだろう。二匹は“れいむ一家”と
別れたあと、やはり誰にも見つかることなく廃材置き場へと無事に戻ってきた。その事をぱちゅりーに話すとぱちゅりーは快く
承諾してくれた。“みんなでいっしょにかえりましょう”と言って嬉しそうに笑っている。
廃材置き場の野良ゆたちの夢はどんどん膨らんで行った。都会からの脱出計画は、ゆっくりにとっても人間にとっても幸せに
なれる道だと考えている。人間たちは自分たちのことが嫌いみたいだ。だから、自分たちは自分たちで森へ帰る。自分たちは森
に帰りたい。双方に有意義なものであることをぱちゅりー以下群れのゆっくりたちは確信していた。
そんな、ある夜。
「めでぃあさん?」
聞きなれない言葉にまりさとちぇんとありすが顔を傾げた。ぱちゅりーは少しだけ真面目な顔つきで“メディアさん”につい
て説明を始めた。
「ぱちゅのおかあさんからきいたはなしだけれど……にんげんさんは“めでぃあさん”をつかっていろんなひとにはなしかける
ことができるらしいわ」
「それが、ありすたちとなんのかんけいがあるのかしら……?」
「ぱちゅたちが、もりにかえりたがっていることを“めでぃあさん”にたのんでにんげんさんたちにつたえてもらえないかしら
とおもって……」
「わかるよー! きっとにんげんさんたちもよろこぶんだねー!!」
「まりさたちはにんげんさんたちにきらわれてるから……まりさたちがここからでていくことをつたえれば、まりさたちもにん
げんさんたちも“しあわせー”になれるよね……っ!!」
嬉しそうにはしゃぐ。ぱちゅりーが今後の展望を話して聞かせた。メディアを通じて自分たちの気持ちを人間に伝える術を探
ること。この時、まだ誰も理解していなかった。自分たちの残された時間を考えれば、そんなことをしている余裕などなかった
ことを。
「ゆんやぁあぁあ!!!」
「ちびちゃあぁぁぁん!! やめてねっ!! にんげんさんっ!!! どぼじでごんなごどずるのぉぉぉぉ?!!」
橋の下に作られた段ボール製のおうちが無残に破壊されていく。その中には生まれたばかりの赤ゆたちが取り残されていた。
ぐしゃぐしゃになった段ボールの隙間から餡子がぽとり、ぽとりと落ちてくる。保健所職員……白衣の悪魔たちはれいむ以下四
匹の赤ゆがひっそりと暮らしていたおうちを徹底的に破壊し、れいむをゴミ袋の中に投げ込んだ。
「ゆゆっ?! まっくらでこわいよっ!? だしてねっ!! だしてねっ!!!」
ガサガサとゴミ袋の中でもがき続けるれいむをコンクリート製の橋脚に思い切り打ち付ける。
「え゛ぎゅっ!!!」
気持ち悪い叫び声を上げたが最後、河川敷は唐突に静かになった。
「おきゃーしゃん……」
段ボール箱から運よく逃れた赤れいむが「ゆっくち! ゆっくち!」と叫びながら職員から距離を取ろうとする。後ろからそ
っと近づいた職員は赤れいむを持っていた火ばさみで突き殺した。ほんの一瞬だった。職員は堤防沿いに止めてあった公用の軽
トラックの荷台に段ボールやゴミ袋を載せるとそのまま走り去って行く。
それらはゴミ収集所へと送られる。県内各地から集まったゴミ袋の数は千や二千のものではない。保健所で殺処分されたゆっ
くりや、交通事故などで潰れたゆっくりなどが一気に集められてくる。ある程度ゴミ袋の数が纏まってから一斉に焼却処分を行
うのだ。
「だすんだぜぇぇぇ!!!」
「ごわいよぉぉぉ!!!」
当然、その中にはまだ生きているゆっくりたちが入っている事もある。しかし、先ほどのれいむ同様どれだけ袋の中で暴れよ
うと決して脱出することはできない。積み重ねられたゴミ袋の山に火が放たれた。一瞬でゴミの山は火の山へとその姿を変えて
いく。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
「あ゛づい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!」
いつ頃からか、ゆっくり用のゴミ袋が店に出回るようになった。自らゆっくりを積極的に潰そうとする市民はいないが、その
意識を向上させるためなどの意図が組み込まれている。いよいよもって保健所だけでは手が回らなくなってきたのだ。しかし、
自分たちが勝手に連れてきたゆっくりが街で繁殖を繰り返したせいで増えたからと言って、「では皆で潰しましょう」と啓発を
促すのは明らかに無理がある。
野良ゆによる被害は少しずつ……少しずつ拡大し始めていた。テレビのニュースなどでゆっくりの話題が出る事も珍しくない。
ゆっくりは人間が思っていた以上に知恵が回った。正確には知恵をつけてきたと言える。ゆっくりは無知で脆弱ゆえに無害とさ
れてきた生き物だ。それが人間と生活を共にした事で、本来野生で生きるには必要のない知恵を身に付けてしまった。餌を求め
てゴミ箱を漁るゆっくり。主に標的にされたのは意外にも表通りに設置されてあるゴミ箱だ。ゆっくりたちは理解し始めていた。
人間が自分たちを潰す事に抵抗を覚えているということを。人通りの多い場所で駆除のためとはいえ、ゆっくりを叩き潰そうも
のなら批難の的にされる。一瞬にして増長した野良ゆたちが一列縦隊で並び我がもの顔で街を闊歩するようになるまで時間はか
からなかった。
「すいません! すいません! すぐに現場に向かいます……っ!」
「今度はなんだ?!」
「交差点のど真ん中でゆっくりが十匹ほど跳ね飛ばされて、餡子でスリップした車が対向車と衝突をしたらしい。そのまま玉つ
き事故だ」
市役所、警察署、保健所。あらゆる機関に毎日苦情の電話が殺到する。その対応に追われ職員たちは疲れ切っていた。ゆっく
り対策緊急本部も設置され、二十四時間体制でゆっくりに関係する処理に当たっているのだ。
また、徒党を組んだ野良ゆたちによる児童を狙った窃盗事件も起こり始めていた。これに対し教育関係者たちは小学校四年生
以下を対象に集団下校を徹底させ、児童の身の安全を確保する対策を取らざるを得なくなったのだ。
「いつまでゆっくりをのさばらせておくつもりなの?! 子供たちが安全に登下校できる環境を作るのがあんたたちの仕事なん
でしょっ!? 早くゆっくり共をなんとかしなさい!!!」
“潰せ”とは言えない。相手は仮にも生き物だ。害を及ぼしているものが虫であれば誰もかれもが殺虫剤を片手に片っぱしか
ら駆除を行っただろう。なぜなら虫は喋らないから。野良犬であれば保健所に送ったであろう。なぜなら犬は人間の言葉を話さ
ないから。しかし。ゆっくりは自分たちと同じ言葉を同じように使う。
人間に対抗するための唯一にして最大の武器。それが、“人間と同じ言葉を喋る”ということだった。それが直接防衛手段に
結びつくことはなくとも、人間がゆっくりを潰すことに躊躇いを覚えるのは間違いない。仕事でもなければ断末魔を上げる野良
ゆを叩き潰すなど、一般人にとっては正気の沙汰ではないはずだ。それゆえ、一般人はゆっくりを潰せない。近所の体裁もある。
この時期。もっともゆっくりたちが街でゆん生を謳歌している時代だったと言えよう。
つづく
序、
深夜。二十四時間営業のコンビニエンスストアの入り口付近で屯しているゆっくりの姿があった。成体のまりさ種に番のあり
す種。そしてその子供たちであると思われる三匹の赤ゆたち。内訳は赤まりさが二匹に、赤ありすが一匹。
「ゆゆっ! おねーさん!! まりさたちにごはんさんをちょうだいねっ!!! まりさたち、おなかがぺーこぺーこで……ど
ぼじでむじずる゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ?!!」
店の中に入ろうとする客の足元に跳ね寄っては物乞いを繰り返すも、餌やそれに準ずるものを与えてくれる人間は誰一人とし
ていない。皆、一様に訝しげな表情を浮かべて早足で目の前を通り過ぎて行く。まりさがコンビニの入り口に設置してある看板
に体当たりをかました。静まり返った夜の闇にその音が融けて消える。
コンビニの入り口は自動ドアではなく手動であるため、まりさたちは店の中に入ることができない。できたとしても店員によ
ってすぐに追い出されてしまうだろうが。野良で生きるゆっくりたちが衛生的に最悪であることは言うまでもないだろう。薄汚
れた皮やあんよで店内に入られてはたまらない。常に空腹の限界に近いゆっくりたちが店内に侵入しようものなら、欲望を剥き
出しにした醜悪な顔で商品にがっつくのは目に見えている。そんな光景を客に見られでもしたら店の信用はガタ落ちだ。野良ゆ
が触れた商品を買って行く客などはいない。
一昔前は堂々と店の中に入ってくる野良ゆも少なくはなかった。自動ドアのコンビニが最もその被害に遭ったと言えるだろう。
ゆっくりたちの視点からすれば、自分たちに意地悪をしていた壁が何もせずに開いた。すなわち、自分たちは歓迎されているの
だ……などという思考の元、店内で好き勝手にやらかし店員によって追い出されるのが日常茶飯事だった頃もある。無論、店の
入り口は客を歓迎するためにあるものだが、野良ゆなどお呼びではない。招かれざる客に他ならないのだ。
「まりさ……もう、ちびちゃんたちが、がまんのげんかいよ……」
「まりしゃ……おきゃ……しゃん……。 ごはんしゃん……たべちゃい……。 たべちゃい……。 たべちゃいよぅ……」
「ゆゆゆゆっ! ちびちゃん! もうちょっとのしんぼうだからねっ! がまんしてねっ!! ぺーろぺーろ……っ」
元々は野生の生き物であるゆっくりにとって都会での暮らしは劣悪極まりない環境にあると言える。草花が生えるべき地面は
アスファルトに覆われ、飲み水のアテは雨が降った後の水たまりやドブの中に顔を突っ込んで泥水をすする他ない。ピンポン玉
ほどの大きさしかない赤ゆたちでは、なおさらこの世界で生きることは厳しいだろう。
その時、コンビニのドアが開き先ほど店内に入って行った女性が再びまりさ親子の前に現れた。手にはコンビニの袋が握られ
ており、その中からとても美味しそうな匂いが漂ってくる。まりさもありすも思わず涎を垂らすほどだ。赤ゆたちはぷるぷると
震えながら女性の足下に這い寄った。涙目で舌を懸命に伸ばし、女性に声をかける赤ゆたち。その姿を見てありすは思わず涙を
流した。
「おねーさん! おねがいします! ありすたちのちびちゃん……もう、ずっとなにもたべていなくて……すごくゆっくりでき
ていないんです! ……だから、すこしだけでいいんです……! すこしだけ、ごはんさんを……」
「お客様。 ささ、どうぞお帰りください。 ありがとうございました。 またのお越しをお待ちしております!」
戸惑ったようにその場を去る女性の後姿を見ながらまりさ親子がぼろぼろと泣き出す。店員はまりさ親子の姿を見て舌打ちを
した。店の周囲に人がいなくなるのを見計らってから、用意していたコンビニ袋に三匹の赤ゆを投げ入れる。カサコソと音を立
てる袋の中から、けたたましい叫び声をは聞こえてこない。声を上げる元気すらないのだろう。突如として我が子を奪われたま
りさは店員に威嚇をしながら声を荒げた。
「ぷくー! やめてねっ! まりさたちのかわいいちびちゃんたちをかえしてねっ!!」
「何言ってやがるゆっくり如きが……。 お前らみたいな汚ぇヤツらが店の前にいると迷惑なんだよ」
「と……とかいはじゃないわ……っ。 ありすたち、ほんとうにたいへんで……」
「腹を空かせてるのはこのガキ共なんだろ? もう、餌集めなんてしなくていいからどこへなりとも行っちまえ」
「ゆゆっ?! どういうこと……ゆ、ゆあぁぁぁっ!!! やめてっ!! やめてよぉぉぉぉ!!!!」
店員が三匹の赤ゆの入ったコンビニ袋を勢いよく水平に薙ぎ、店の壁に叩きつけた。袋の中で何かが潰れるような嫌な音がす
る。袋の口から飛び出した餡子と千切れたお下げが、何を意味しているか二匹はゆっくりと理解した。ありすがその場でぽろぽ
ろと涙を流す。まりさはアスファルトの駐車場に転がる千切れたお下げに舌を這わせて「ゆっくり……ゆっくり……」とうわ言
のように呟いている。店員は追い打ちをかけるかのように二匹を店の敷地外まで蹴り飛ばした。固いアスファルトの上をバウン
ドしながら転がる二匹の全身に激痛が走る。
「い゛だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!!」
「どぼじでごんな゛ごど――――」
顔中が擦り傷だらけになり、歯も数本折れてしまったまりさが叫ぼうとしたときには店員は店の中に戻った後だった。痛みと
悔しさのせいで涙が溢れて止まらない。大事に大事に育ててきた赤ゆたちも一瞬で潰されてしまった。途方に暮れる二匹。無言
のままどちらともなくずりずりとあんよを動かし始めた。行くアテなどない。どこへ行っても自分たちは邪魔者扱い。何も、本
当に何も悪いことなどしていないのに。
「むきゅ。 まりさにありす。 ゆっくりしていってね!」
「「ゆっくりしていってね!!」」
暗闇の向こう側からのそのそと現れたのは一匹のぱちゅりー種だった。成体ゆっくりであろう。サイズはまりさたちと同じく
バスケットボール程もある。二匹は久しぶりに同族に声をかけられた事と、“ゆっくりしていってね”という言葉に胸を打たれ、
ゆんゆん泣き始めた。ぱちゅりーは二匹に頬擦りをすると、
「こまっているようね……? よかったら、ぱちゅたちのおうちでゆっくりしていかないかしら……? すこしだけなら、ごは
んさんもわけてあげることができるわ……」
「…………っ」
嬉しさと同時に悔しさで思わず顔が曇る。ぱちゅりーは申し訳なさそうな表情で二匹を見つめていた。あと少し。あと、ほん
の少しだけ早くにこのぱちゅりーと自分たちが出会っていれば。自分たちの愛しい我が子も潰されずに済んでキラキラと輝く笑
顔を見ることができたかも知れないのに。
「むきゅぅ……。 とりあえず、おはなしはぱちゅたちのおうちについてからきかせてもらうことにしようかしら。 よるはれ
みりゃのじかんだから、こんなところにいたらたべられてしまうわよ?」
「ゆっくり……りかい、したよ……」
促されるようにぱちゅりーの後ろをついていくまりさとありす。ぱちゅりーは狭い路地裏に入って行った。暗闇の中だと言う
のに迷いのない様子であんよを這わせるため、二匹はついていくのがやっとだ。時折後ろを振り返りながらぱちゅりーがあんよ
を進める。ぱちゅりー種と言えば虚弱・貧弱・病弱で有名なゆっくりだが、どうもこのぱちゅりーは数多のぱちゅりー種と少し
だけ毛色が違うようだ。
奥へ奥へと進むにつれてどんどん視界が悪くなっていく。目をこらして辺りを見回すと不法投棄された粗大ゴミや空き缶など
が散見される。ぱちゅりーがあんよを止めた。それに合わせてまりさとありすが立ち止まる。
「むきゅ。 ここがぱちゅたちのおうちよ」
煩雑に積み上げられた廃材。それを覆い隠すかのように連なるゴミの山脈。都会の片隅において時の流れから見放された空間
である。微かに他のゆっくりたちの動く気配を感じた。どうやらぱちゅりーはこのゴミ山の事をおうちと呼んでいるようだった。
しかし、案外馬鹿にできたものではない。ヒビの入ったコンパネや底の抜けたバケツ。骨が折れて機能を果たさなくなった傘
や片方だけの長靴。それらはゆっくりたちがおうちとして利用するにはうってつけの素材であるように思える。事実、長靴の中
には子れいむの姉妹が“ゆぅゆぅ”と寝息を立てていた。
「しんいりさんなんだねー? わかるよ~?」
一匹のちぇんが廃材の隙間から顔だけを出して話しかけてきた。まりさとありすがおっかなびっくりと言った様子で曖昧な返
事を返す。ぱちゅりーはゴミを拾い集めて作り上げたおうちの中に潜り込むと、口に木の実を咥えて二匹の前に戻ってきた。
「むきゅっ。 たべてちょうだい。 おなかがすいていたんでしょ?」
ウィンクをしながら二匹に促すぱちゅりー。まりさとありすは一瞬だけ互いの顔を見合わせた。その瞳には淡い悲しみが浮か
んでいる。少し間を置いてようやく二匹が木の実を口の中に入れた。
「むーしゃ、むーしゃ……、…………」
幸せ、とは継げない。分けてもらった木の実が美味しくないわけではないのだ。ただ、どうしてもお腹を空かせたまま潰され
てしまった赤ゆたちのことが脳裏に纏わりついて離れない。事情こそ理解はしていないものの、二匹の表情から何か感じ取る物
があったのかぱちゅりーは無理に声をかけようとはしなかった。廃材の山からぞろぞろと他のゆっくりたちが這い出してくる。
“ゆんゆん”とむせび泣く二匹の様子が気になっているのだろう。中には同様に涙を浮かべているゆっくりもいた。
ぱちゅりーを中心に廃材のゆっくりぷれいすで暮らすゆっくりたちは、最初からここで共同生活を行っていたわけではない。
皆、野良として蔑まれ、忌み嫌われ、居場所を追われてここに流れ着いてきたものばかりだ。
最初の頃は言葉を喋り愛嬌もある“ゆっくり”は一家に一匹と言うようなレベルで人間に飼われ、社会現象にまで発展するブ
ームを巻き起こした。しかし、ゆっくり本来の性格や生態が明るみになっていくにつれて愛想を尽かした飼い主たちにより次々
とゆっくりは捨てられていく。犬のように帰巣本能を持たないゆっくりは飼い主を探してアスファルトの上を昼夜問わず這い回
り続けた。言葉を話すことができたので積極的に人間とコミュニケーションを図ろうとしたが、相手にされずあまつさえ手まで
上げられる始末。いつしか薄汚れた顔とあんよで都会を徘徊するゆっくりたちは“野良ゆ”と呼ばれるようになった。その数は
百や二百ではない。保健所などによる定期的な野良ゆの駆除も行われたが数で圧倒的に勝るゆっくりたちを全滅させるには到底
至らず、税金の無駄遣いと強い批判を受けていた。それでも、野良ゆたちによるゴミ漁りや今回のまりさ一家のように人間の領
域に侵入してくるなどの問題行動が目立つようになると、今度は「早く野良ゆっくりを駆除しろ」との声が上がる。
そんな劣悪な環境下に置かれながらも多少なりとも人間と行動を共にし、得た知識を使うことによって野良ゆたちは少しずつ
この生活に適応していった。口に木の枝や石を咥え道具のように扱ったり、雨風を凌ぐために数匹がかりで段ボールで家を作っ
たりと必死になって過ごす毎日。常に空腹に晒されながらも、ただ生き残るためだけに全てのゆっくりする事を犠牲にして今日
まで暮らしてきたのだ。
だからこそ、廃材置き場の野良ゆたちはまりさとありすの涙の意味を強く理解することができる。気がついたら十匹以上もの
ゆっくりたちが二匹に頬をすり寄せていた。その優しさに触れた二匹がまた強く嗚咽を漏らす。ぱちゅりーがそっと呟いた。
「まりさ。 ありす。 ……ぱちゅたちといっしょにくらしましょう……? そして、いつかみんなでもりにかえるのよ」
「ゆゆっ……?」
「わかるよー……。 ちぇんたちは、かいぬしさんにすてられちゃったんだねー……」
「れいむたちは……ゆっくりしたかっただけなのに……」
「むきゅ。 ざんねんだけれど、にんげんさんたちのかんがえる“ゆっくり”とぱちゅたちのかんがえる“ゆっくり”はちがっ
ていたのよ……。 ぱちゅも、みんなも……それにきづくのがおそすぎたみたいだけれど……」
リーダーと思われるぱちゅりーの言葉に一堂に会したゆっくりたちがしょぼくれた表情に変わる。ここに集う野良ゆの殆どが
“第二世代”とも言うべき直接人間に捨てられたゆっくりたちの間に生まれた子供たちだ。この環境下に置かれたからこそ、見
える世界があったのだろう。両親から伝え聞いた言葉の意味を窺い知る事ができたのだろう。
そう。ゆっくりたちは気づいていたのだ。自分たちと人間という生き物は、決して相容れない存在であるということに。
一、
早朝。廃材の山から一匹の成体れいむ種がずりずりと這い出してきた。お決まりの挨拶も、のーびのーびもせずにぴょんぴょ
んと飛び跳ねる。遅れて数匹のゆっくりたちもその後に続いた。狩りの時間である。まだ人間たちが活動していない時間を見計
らって行動を起こすのだ。
「ゆっ! ゆっ!」
息を切らしながら目指すのは公園。そこには多少の草花が生えている。草の中を這って進むと朝露が誇りまみれの顔に触れ、
泥水の雫となって頬を伝っていく。ゆっくりたちはそれを気にも留めず一心不乱に口で草をむしり続けた。それを同じく成体ま
りさ種の帽子の中に投げ入れていく。その作業を約十分ほど繰り返した。時折、ジョギングなどをして汗を流す人間が近づいて
来たときには木の陰や背の高い草の後ろに隠れてやり過ごす。何匹かのゆっくりはコオロギやオケラなどと言った“大物”を捕
まえて顔を綻ばせている。
まだ薄暗い。少し遠回りにはなれども狭い路地裏を選んでずりずりとあんよを動かす。ボロボロの饅頭が連なって移動する光
景を保健所の職員などに見つかればたちまち捕獲されるなり、駆除されるなりしてしまうだろう。しかし、このゆっくりたちは
知っているのだ。人間は主に日中しか現れない。それも都会で暮らすうちに身に付けた“知識”だった。人間と出会ったらとに
かく逃げる。全てを投げ打ってでも逃げるように教え込まれていた。そして、その際には仲間が捕まってしまおうと決して振り
返ってはならないとも。
「ゆっくりただいま!!」
「ゆっくりおかえりなさい!!」
満面の笑みを浮かべて廃材置き場へと帰ってきたれいむ以下数匹のゆっくりたちがぞろぞろと帰宅する。それを廃材に身を隠
していたゆっくりたちが暖かい笑顔で出迎えた。
「きょうは、にんげんさんにはあわなかったよ。 くささんもたくさんあつめてきたよ!」
「ゆわぁ……っ! むししゃんだぁ!!」
「ゆゆっ。 むしさんはちびちゃんたちがむーしゃむーしゃしてね。 れいむたちはくささんをむーしゃむーしゃするよ」
育ち盛りな上にすぐに空腹に陥ってしまう赤ゆ、子ゆには栄養価の高い食べ物を優先的に回す。成体ゆっくりであれば凌げる
飢えも赤ゆ、子ゆでは耐えきれずに餓死してしまう可能性が高いからだ。狩りに出かけた成体ゆっくりたちも、自分たちが子供
だった頃は美味しい虫をたくさん食べさせてもらった。だからこそ今の自分たちが在る。
「むきゅ。 ごはんさんをむーしゃむーしゃしたら、おうちのなかでゆっくりしましょう。 おおきなこえをだしたりしてはだ
めよ?」
無言で頷く一同。この“都会の群れ”は驚くほどに統率されていた。それぞれが人間に近しい知識を持っていることと、日々
を生き抜くことしか考えていないことがその理由として挙げられる。故に「ゆっくりしたい」と喚き散らすような、ある意味で
はゆっくりらしいゆっくりは一匹たりともいなかった。
――――必ず生き延びて、皆で森に帰る。
この言葉だけを心の支えに、懸命に“ゆっくりできない日々”を過ごしてきたのだ。両親から伝え聞いた故郷の森への憧れは
強い。固いアスファルトの上ではなく柔らかい原っぱの上を跳ねてみたい。誰にも邪魔をされずに日向ぼっこがしてみたい。冷
たくて綺麗な川の水を飲んでみたい。それは野良ゆたちの悲願であった。
「ぱちゅ……」
「どうしたの? まりさ」
「ぱちゅたちは……みんなでもりにかえる、っていうけれど……もりがどこにあるかわかるの? まりさもそうだけど、にんげ
んさんにつれてこられたときは、なにかにとじこめられてなんにもみえなかったよ……?」
「むきゅ。 かわさんのながれるほうこうとは、はんたいほうこうにむかってすすめばいいはずよ」
「ゆ?」
「にんげんさんのまちをながれているかわさんと、もりをながれるかわさんはおなじなのよ」
「そうなの……? でも……ここのかわさんのみずはきたなくて、ごーくごーくできないよ……。 ほんとうにおなじかわさん
なの?」
「むきゅきゅ。 ぱちゅをしんじてちょうだい」
穏やかな口調で笑みを返すぱちゅりーの表情に安心したのか、まりさは眉をハの字に曲げながらも少しだけ口元を緩めて廃材
の中へと身を隠した。廃材の中にできた空洞をそのままおうち代わりにしているのである。一匹だけになったぱちゅりーが厚い
雲に覆われた空を見上げた。もうじき梅雨の季節が訪れる。長雨に晒されればそれだけで死んでしまう仲間たちが大勢出てくる
だろう。それを懸念すると“都会脱出計画”はなるべく早期に決行する必要があった。
(ちぇん……みょん……。 ぶじだといいのだけれど……)
ちぇんとみょん。二匹はぱちゅりーの指示を受け、森へ帰るための最短ルートを導き出すべく廃材置き場から旅立った。純粋
にゆっくりの中では戦闘に長けたみょん。すばしっこさを活かした偵察が得意のちぇん。この二匹のコンビが役目を果たすには
うってつけであると判断された。
ぱちゅりーは未だ戻らぬ二匹の身を案じながら、廃材置き場の奥にその身を隠した。
翌朝。廃材置き場の奥で休んでいたぱちゅりーの元に吉報が入った。森へ帰るまでの道筋を探すために街中を跳ね回っていた
ちぇんが帰って来たのだ。ちぇんはボロボロの状態だった。外見はいつもと変わらない。様子がおかしいのはその表情である。
青ざめた表情で唇を震わせ、しきりに「ごめんね」と繰り返す。ぱちゅりーがちぇんの元にやってきてもその様子が変わる事は
なかった。
「ちぇん……いったいなにがあったの……?」
「ぱちゅぅ……わからない……わからないよー……」
集まったゆっくりたちは自分たちの方こそが“わからない”と困惑した表情を浮かべたが、ぱちゅりーは極端におびえるちぇ
んの表情から何かを読み取ったようだった。傍らにみょんがいない事も気になる。
「――――にんげんさんに、あったのね……?」
「に……に゛ゃあ゛ぅ゛ぅ゛……っ!!!」
むせび泣きながら叫び声を上げる。そしてぱちゅりーの頬に滅茶苦茶に頬をすり寄せた。いつもはゆらゆら揺れている二本の
尻尾が今日は地にぺたりとついて動かない。
「まりさ。 ありす。 てつだってちょうだい」
「ゆっくりりかいしたよ」
すっかり廃材置き場の群れに馴染んだまりさとありすがちぇんをおうちの中へと誘導する。そこに別のまりさが現れた。
「みょんは……えいえんにゆっくりしてしまったのぜ……?」
ぱちゅりーが振り返らずに答える。
「……ちぇんといっしょにかえってこなかったのだから……そうなのでしょうね……」
路地裏に茜色の光が差し込み周囲の窓に点々と明かりが灯り始めた頃、ちぇんはようやく落ち着きを取り戻した。まりさ、あ
りすと打ち解けたちぇんは照れ笑いをしながらぱちゅりーを呼んできてほしいと二匹に頼んだ。ありすが即席のおうちから出て
行く。
「みっともないところをみせちゃったんだねー……」
「そ、そんなことないよ……っ! まりさたちも……ちびちゃんたちが……いなくなったときは……」
「……もう、こんなおはなしはやめようねー……。 ちぇんがわるかったんだよー……」
「ゆゆっ……。 ごめんね、ちぇん」
程なくしてぱちゅりーを連れたありすが戻ってきた。ぱちゅりーが心配そうにちぇんを見つめる。ちぇんは無理矢理笑顔を作
って見せた。少しだけ痛々しい。意を決した様子でぱちゅりーが尋ねる。
「みょんは……にんげんさんにつれていかれてしまったのね……?」
「……そうだよー……。 ほかのゆっくりたちをたすけようとして……つかまっちゃったんだねー……」
人間の手によって我が子を殺されたまりさとありすが気付かれないようにそっと身を寄せ合った。両者とも目に涙を浮かべて
いる。ちぇんは泣くのを堪えながらみょんの最期をぱちゅりーに語って聞かせた。ちぇん以外にも数匹のゆっくりがいたらしい。
駆除の真っ最中で泣き叫ぶ子ゆっくりの声を聞いたら居ても立ってもいられなくなったと言う。みょんは必死でゆっくりたちを
逃がそうとしたがあっさりと捕まってしまった。袋の中に入れられ姿は見えないものの、そこからみょんはちぇんに逃げるよう
に叫んだと言う。ちぇんはその通りに逃げた。涙で視界が歪んで何度も何度も転んだそうだ。
「ちぇんは……にげたんだよー……。 みょんをおいて……ひとりで……ゆ……ゆぐっ、ひっく……」
「ちぇん……」
「みょん……ごめんねー……、ごめんねー……わからないよぅ……」
「ちぇん!」
ぱちゅりーがちぇんにすーりすーりをした。泣きながらそれに甘えるちぇん。
「ありがとう、ちぇん。 ちぇんだけでも……もどってきてくれて、ぱちゅはうれしいわ……。 だからおねがいよ。 そんな
にじぶんをせめないで……」
ぱちゅりーのちぇんへかける言葉は自分に言い聞かせているようにも感じた。ちぇんとみょんに指示を出したのはぱちゅりー
だ。それ故、ちぇんとはまた違ったベクトルでの自責の念、後悔の思いが心の中を駆け巡っている事だろう。これが野良ゆの現
実だった。生きようと努力すればするほど、死の危険が付きまとう。だからと言って何もしないわけにはいかない。そして、ち
ぇんもぱちゅりーも自分たちに泣いている時間などないと言わんばかりに次の話題に移った。……話題を変えなければ、お互い
場が持たなかったというのもあるかも知れない。
「……ぱちゅのいっていた、かわさんへのみちのことだけれど……」
森へ帰る唯一の道標となる川を目指すには、どのように動いても大きな道路を最低二つは横切らなければならないらしい。ま
たそれが可能だったのはちぇんとみょんが二匹だけで行動していたことによるところが大きく、群れのゆっくりたち……まして
赤ゆ・子ゆと一緒に横切ろうとした場合は上手くいくかわからないと判断していた。
「かわさんについてからもたいへんなんだよー……かくれるばしょがすこしもないからねー……」
堤防を整備された河川敷には確かに身を隠すようなスペースはないだろう。川を遡って移動を続けていればいつかは人間に見
つかってしまう。夜になれば捕食種も襲ってくるはずだ。ちぇんの答えた“現実”にぱちゅりーが思わず目を閉じる。想像して
いた以上に故郷への道は険しかった。
ぱちゅりーの都会脱出計画に暗雲が立ち込め始める。何か対策を考えなければ一生この街から出ることはできない。そして、
それは自分たちのそう遠くない未来の死を意味する。
「ぱちゅ……。 どうしてまりさたちは、にんげんさんにここにつれてこられただけなのに……こんなゆっくりできないめにあ
わないといけないの……? まりさたち……ずっともりでゆっくりできればそれでよかったのに……」
「…………むきゅぅ」
まりさの問いかけにぱちゅりーが言葉を濁す。人間は森で暮らしていたゆっくりを乱獲しペット用に都会に持ち込んだ。それ
にも関わらずブームが過ぎ去ってしまえば害獣扱いである。ゆっくりたちの中でその事を知っている者は少ない。だが、ぱちゅ
りーは気づいていた。それを思うたびにやり場のない怒りがこみ上げる。しかし、だからと言ってどうすることもできない。ぱ
ちゅりーは一呼吸置いてから、まりさの質問に答えた。
「……にんげんさんがとてもつよくて……ぱちゅたちがとてもよわいからよ……」
同時刻。保険所の会議室では人間たちによる“野良ゆっくり対策”のための会議が行われていた。ホワイトボードには六種類
のゆっくりの写真が張り出されており、これまでの被害状況や今後予測される事態について討論が行われている。
「……小学校のPTAから苦情が届いてます。 野良ゆっくりが交尾をしているところを街で見かけ、子供たちの教育上よくな
いと……」
「中には汚れたゆっくりがうろついているだけで街の景観を損なわせている、との声も上がってますね……」
「さすがに飲食店やスーパーへの侵入被害は減ってきたようですが……」
「車に轢き潰されたゆっくりなんか見たら小さな子供はトラウマになりかねん。 生首がぐちゃぐちゃになって潰れてるのとほ
とんど同じなんだからな……」
各々渡された資料の一枚目には「都市内野良ゆっくり一斉駆除計画(案)」とタイトルが印字されている。街に住む大多数の
人間が増えすぎた野良ゆに大なり小なりの不満を持っており、近年それが大きなうねりとなって動き始めているようだった。起
因は飼いゆっくりを捨てた飼い主にあるのだが、どれも同じような顔をしたゆっくりを誰が捨てたかなどとは判別できないし、
そんな事をするだけ時間と労力の無駄だ。それを理解しているのは一般市民も同じのようで、連日連夜かかってくる電話の内容
も、「野良ゆを何とかしてほしい」ではなく「野良ゆを全部駆除してほしい」という具体的なものに変化し始めている。
ゆっくりを潰すとき、ゆっくりたちは泣き叫ぶ。本気で命乞いをする。必死になって逃げ回る。額をアスファルトにこすりつ
けて何度も何度も謝罪を繰り返す。そんな様子を目の当たりにしながら、ゆっくりを潰す作業に従事できるような者はなかなか
いない。故に面倒事は全て保健所職員に回そうとするのだ。無論、保健所職員はそれが仕事であるため嫌々ながらも実行せざる
を得ない。今年入ったばかりの若い女性職員はゆっくりを潰す作業が嫌で退職してしまった。ゆっくり用のガス室に閉じ込めて
毒殺を行ってもその死体を回収する際にどうしても視界に入るゆっくりたちの苦悶の表情はおぞましいものがある。
人間たちはゆっくりを動物として見ることができていなかった。もちろん、動物としてカテゴライズされるかどうかにまず疑
問の声が上がるが、それ以前に人間たちはゆっくりを“人間に近い何か”のように感じていたのだ。表情。仕草。生態。家族。
ゆっくりは思いのほか、人間らしい部分を多く供えていた。だからこそゆっくりに多少なりとも感情移入をしてしまうのだ。
――私には無理です……ッ! ずっとずっと母親ゆっくりに寄り添って「お母さん、お母さん、おめめを開けてね」って繰り返
しながら泣いてるゆっくりを潰すなんてできません……ッ!!!
――あいつら、馬鹿だから……簡単に俺の言葉に騙されるんすよ……。親子仲良くガス室に入って行って……「お兄さん! れ
いむたちに嘘をついたの?! 助けてよ!! やめてよ……やめて!!!」って……。
「しかし、それが私たちの仕事だ」
所長の言葉が重くのしかかる。言い返せない。誰もかれもそんな事は理解していた。しかし、良心がその理解に追い付く事が
できないでいる。
「会議は終わりだ。 ……今月中に野良ゆっくりの一斉駆除を行う。 参加する市民がいるとは思えんが、日雇いで雇用できる
枠も作っておこう。 何しろあの数だ。 私たちだけは手に余る……」
「……所長。 “公餡”を通してみては如何でしょうか……」
若い職員の言葉に所長が声を荒げた。
「あんな得体の知れない連中に税金を投資できるかッ!!!!」
公餡。東京本部を中心に北海道支部、東本州支部、西本州支部、四国支部、九州・沖縄支部と、日本全国に六ヶ所ほど存在し
ている最近出来たばかりの組織だ。驚く事に民間企業ではあるが、公餡代表取締役は自分たちの国家公務員化を国に求めている
らしい。しかし、今のところ実績らしい実績は上がっていないと言う。
「会議は終わりだ!」
そう言って勢いよく会議室の扉を閉める所長。取り残された職員一同はテーブルの片づけ等を終えるとそれぞれの職務に戻っ
た。ある壮年の職員が廊下を無言で歩く。向かう先はゆっくり用のガス室だ。窓から中の様子を眺めると午後一番で毒殺処分さ
れる予定のゆっくりたちがガタガタ震えて泣いている。なぜ初めて連れて来られた場所でこんなに怯えているのか理解できない。
ゆっくりたちはこの部屋に入るのを凄まじく嫌がっていた。
――やめてねっ! ここはゆっくりできないよっ!! ゆんやあぁぁぁ!!!
職員に気がついたゆっくりたちが窓の近くまで押し寄せる。皆、一様に口をぱくぱく動かしながら何か喋っているようだが中
の声は聞こえない。全員泣いていた。何を叫んでいるかも理解できる。職員は眉をしかめて目を閉じるとその場を後にした。
「にんげんざあ゛ぁ゛ん゛!!! だじでっ!!! だじでよぉぉ!!! までぃざ、おうちがえる゛ぅ゛ぅ゛!!!!!」
「れいむたち、なんにもわるいことしてないのにぃぃぃぃ!!!」
「ここはゆっぐりでぎな゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!」
「…………」
阿鼻叫喚の地獄の中で、ただじっと窓から差し込む光を見上げている一匹のみょん種がいた。泣き叫ぶ同族たちの姿に心を痛
めているのかその目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「ぱちゅ……ごめんだみょん。 かならずぶじにもどってきて、っていうやくそくは……もう、まもれそうにないみょん……」
目を閉じる。
(みてみたかったみょん……。 もりのなかでみんないっしょにゆっくりしているところを……)
二、
まりさとありすが廃材置き場の群れに加わってから二週間が経とうとしていた。今では二匹とも“狩り”に加わり群れの為に
と尽力している。活発でゆっくり基準で言えば運動神経に優れたまりさは時折、ちぇんと共に街を抜け出すためのルートを視察
する役目も担っていた。ぱちゅりーは、ちぇん以外のゆっくりにこの役目を当てようとしていたが、ちぇんは自らこの危険な役
を引き受けた。一度周囲を把握している自分こそがこの役目に相応しいと。誰も何も言わなかったが、みょんの弔い合戦である
ことも影響しているのだろう。これを使命だと言わんばかりの言動は少々生き急いでいるようにも見える。
まりさとちぇんは路地裏の隅を二匹並んであんよを這わせていた。まりさが、ちぇんの後ろに続く。二匹ともあんよの速さに
は自信を持っているせいか心なしか進むペースが速い。それでいて常に周囲に目を配る繊細さは忘れていないようだ。
「ゆ?」
二匹の元に微かではあるが叫び声が聞こえたような気がした。それと同時に自分たちの目の前を横切るような形で一匹の成体
ゆっくりが飛んでくる。二匹は目を丸くし身を寄せ合った。壁に頬を押しつけながら路地裏の先を注視する。
「ゆあぁぁ!! れいむぅ!! れいむぅぅ!!!」
泣きながらぴょんぴょんと飛び跳ねるまりさ種の姿が視界に入る。飛ばされてきた成体ゆっくりはれいむ種だったようだ。余
りにも突然の出来事で種を判別することができなかった。どうやら他にもゆっくりたちがいるらしい。二匹のまりさ種、三匹の
ありす種がそれぞれ一点を見上げ威嚇を行っている。そこに金属バットを持った男が現れた。
「よくもれいむをこんなめにあわせてくれたね! あやまるならいまのうちだよっ!!」
「ありすたちはやさしいゆっくりだから、あまあまさんをおいていけばゆるしてあげるわっ!!!」
まりさとちぇんが顔を見合わせる。このゆっくりたちは一体何を言っているのだろう。そんな表情を浮かべながら。まりさも
ちぇんも固唾を飲んでその様子を見つめていた。自分たちであれば逃げる一択しかない。それなのになぜ人間に対して威嚇なん
てしているのだろう。それは自分たちの常識からは余りにもかけ離れた愚行にしか映らなかった。
男が金属バットを垂直に振り下ろすと一番前で威嚇をしていたありすが勢いよく爆ぜた。金属バットはありすの顔を正確に断
割し、その先端がアスファルトにまで叩きつけられた。バラバラに砕けた歯の奥から切れ切れに呼吸を繰り返す。
「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ……もっど……ゆ゛っぐり゛じだ……が……た……――――――」
「ゆぎゃああああ!!! ありすぅぅぅ!!!! ありすがぁぁぁぁぁ!!!!!」
「このいなかものぉっ!!! どおしてこんなことするのぉおぉぉぉおぉッ?!」
なぜ逃げようとしないのか。それがまりさにもちぇんにもわからなかった。自分たちの群れの教えでは人間が視界に入ろうも
のならそれだけで逃げ出すように言われてきたのに。威嚇をやめようとしないゆっくりたちが次々に叩き潰されていく。残りが
三匹程度になったところでようやく命乞いを始めた。もちろん人間がそれを聞き入れるわけもなく、淡々と潰れて死んでいくゆ
っくりたち。その様子を見たちぇんががたがたと震え始めた。みょんの記憶をフラッシュバックさせているのだろう。
「ごべんな゛ざい゛ぃ゛ぃ゛!! ばでぃざだぢ……おな゛ががぺーこぺーこで……ゆ゛ぷぎゅえ゛ッ??!!!」
最後の一匹になったまりさも物言わぬ饅頭に姿を変えた。遅れて別の男が駆け寄ってきた。
「終わったか?」
「ああ……。 ちくしょう……これじゃ効率が悪すぎる……」
「もう限界だぜ……。 ゆっくりなんて早く一匹残らず死んじまえばいいのに……ッ!!」
潰されたありすを蹴り飛ばしながら悪態をつく。男たちは保健所の職員だった。一連の“作業”を終えた後に白の上着を羽織
る。ちぇんが震えながら小声で呟いた。
「……わかるよー……。 あのしろいおようふくをきているにんげんさんは……ゆっくりをみつけたら、いきなりおそいかかっ
てくるんだねー……」
「……ひどいよ……。 まりさたち、なんにもわるいことしてないのに……どうしてそんなことされないといけないの?」
「わからないよー。 わからないけど、にんげんさんたちはゆっくりがきらいできらいでしょうがないみたいなんだねー……。
かなしいねー……」
ゆっくりたちの間で“白衣の悪魔”という言葉が広がりつつある。どこでその単語を覚えたかは知らないがどのゆっくりから
ともなく、保健所職員の事はそう呼ばれるようになっていた。曰く、“白衣の悪魔”は自分たちを見つけたら、ご飯を食べてい
ようが休んでいようが眠っていようが襲ってくる。自分たちの言葉には一切耳を貸さず、問答無用で手にした凶器を振り下ろす。
それで潰されたゆっくりの数は凄まじいものがあるらしい。ちぇんがみょんと一緒に街を散策していた時に聞いた噂だった。み
ょんも“白衣の悪魔”によって連れていかれてしまっのである。
「まりさたち……いっしょうけんめい、まちでくらしているだけなのに……」
ぱちゅりー率いる廃材の群れも毎日食料を得るために街中を這いずり回っている。人間にとってはそれさえも気に入らないと
言うのだろうか。実際はそうではない。まりさたちは知らなかったのだ。自分たち以外の野良ゆが街で人間を相手にどんな事を
しているかということを。皆、慎ましく日々を生きているわけではなかったということを。人間から反感を買い、既に自分たち
が生きる未来は無いに等しいと言える状態まで事態が悪化しつつかるということを……街で暮らす野良ゆたちはどれ一匹として
気付いていなかった。
“白衣の悪魔”たちがゆっくりの死骸を淡々とゴミ袋の中に入れて行く。力なくだらりと垂れさがった顔の皮やあんよ、漏れ
出す中身に幾度となく吐き気を催す二匹。その作業が終わり、ようやく辺りが静かになったことを見計らって二匹があんよを動
かした。
「ゆぅ……ここはゆっくりできないよ……」
「わかるよー……。 はやくとおりぬけるんだねー」
ずりずりとあんよを動かし足早に路地裏を抜ける。目の前にそびえるのは堤防。ちぇんが言うにはこれを越えると川が見える
らしい。ちぇんの情報通り川へとたどり着くまでに二度ほど道路を横切ったか、人間に見つかるようなことはなかった。街を行
き交う人々はいちいちゆっくりの動きなどに気を取られない。まりさたちのように隠れながら進んでいけば、人間に見つかるよ
うな道理はないのだ。膝下以下の背丈しかないゆっくりなどそうそう視界に入るものではないはずである。では、なぜゆっくり
たちは人間に見つかり、徹底的に叩き潰されてしまうのか。もし、その理由にゆっくりたちが気付くことができたのなら、こん
なにも大々的に駆除の被害に遭うこともなかっただろう。
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇ!!」
二匹が突然の声に振り返ると、そこには一匹の赤れいむがいた。顔も髪もリボンもボロボロでお世辞にもゆっくりしていると
は言い難い。
「れーみゅ! れーみゅ! あんまりとおくにいっちゃだめにゃのよ? ……ゆゆっ?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねてきたのは赤れいむと同じくらいのサイズの赤ありすだった。赤れいむと赤ありすが二匹並んで、再
び挨拶をした。今度はまりさとちぇんも挨拶を返す。嬉しそうに微笑む二匹の元に、成体のれいむ種がずりずりとあんよを這わ
せて現れる。さらにその後ろからは五、六匹の赤ゆが連なって跳ねてきた。最初は子だくさんなゆっくりだと思っていた二匹だ
ったが、ちぇん種やぱちゅりー種もその中にいた。どうやらただの大家族というわけではなさそうだ。
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりしていってね!!! ゆ~? このちびちゃんたちはみんな、れいむのちびちゃんたちなの?」
「ゆぅ……ちがうよぉ」
「れーみゅおきゃーしゃんはにぇっ! まりしゃたちのおきゃーしゃんにゃんだよっ!!」
「むきゅ! ぱちゅのおきゃーしゃんはえいえんにゆっくちしちぇしまっちゃのよ……。 だきゃら、いまはれーみゅおきゃー
しゃんがぱちゅたちのおきゃーしゃんにゃのよっ!」
“むっきゅん!”と顔全体を後ろに反らしながら得意気に話す赤ぱちゅりー。どうやら、れいむの元に集まる赤ゆたちは様々
な理由で親を失った孤ゆたちのようである。れいむがまりさとちぇんに苦笑いをしてみせた。ちぇんは微笑みを浮かべると、
「わかるよー……。 れいむはやさしいゆっくりなんだねー……」
「ち……ちがうよぉ……。 れいむはちびちゃんをそだてることぐらいしかできないから……。 それにちびちゃんたちがひと
りだとゆっくりできないからいっしょにいてあげたいだけだよ……」
「ゆゆっ! れーみゅおきゃーしゃんはやさしいんだよっ! ゆっくちりきゃいしちぇにぇっ!!」
赤れいむが叫ぶ。それに続いて他の赤ゆたちも「ゆんゆん」とれいむに声をかけていた。本当に信頼されているのだろう。初
対面のまりさとちぇんにもそれがよく分かった。こんなにもたくさんの赤ゆたちに一度にすーりすーりをされているゆっくりを
今まで見たことがない。れいむと赤ゆたちの幸せそうな笑顔を見ていると、先刻の惨劇が遠い過去の出来事であったかのような
錯覚を起こす。
「まりさとちぇんはこんなところでなにをしているの?」
「ゆゆっ! まりさたちはね、もりにかえるためのじゅんびをしているんだよ」
「もりに……かえるの……? いいな。 れいむもいっしょにかえりたいよ。 だれにもじゃまされずにゆっくりしたいよ」
「ゆゆっ? ゆっくち! ゆっくちしちゃい!!」
はしゃぐ赤ありすにそっと頬を寄せるれいむ。まりさとちぇんはしばらく顔を見合わせていたが、“れいむ一家”が住んでい
る場所は森へと続く通り道にある。途中で合流してもらう分には構わないだろうと判断した二匹は、ぱちゅりーに相談してみる
ことをれいむに告げるとれいむは嬉しそうに微笑んでいた。
街で暮らすゆっくりの中には故郷の森に帰ることを願っているものたちもたくさんいることだろう。二匹は“れいむ一家”と
別れたあと、やはり誰にも見つかることなく廃材置き場へと無事に戻ってきた。その事をぱちゅりーに話すとぱちゅりーは快く
承諾してくれた。“みんなでいっしょにかえりましょう”と言って嬉しそうに笑っている。
廃材置き場の野良ゆたちの夢はどんどん膨らんで行った。都会からの脱出計画は、ゆっくりにとっても人間にとっても幸せに
なれる道だと考えている。人間たちは自分たちのことが嫌いみたいだ。だから、自分たちは自分たちで森へ帰る。自分たちは森
に帰りたい。双方に有意義なものであることをぱちゅりー以下群れのゆっくりたちは確信していた。
そんな、ある夜。
「めでぃあさん?」
聞きなれない言葉にまりさとちぇんとありすが顔を傾げた。ぱちゅりーは少しだけ真面目な顔つきで“メディアさん”につい
て説明を始めた。
「ぱちゅのおかあさんからきいたはなしだけれど……にんげんさんは“めでぃあさん”をつかっていろんなひとにはなしかける
ことができるらしいわ」
「それが、ありすたちとなんのかんけいがあるのかしら……?」
「ぱちゅたちが、もりにかえりたがっていることを“めでぃあさん”にたのんでにんげんさんたちにつたえてもらえないかしら
とおもって……」
「わかるよー! きっとにんげんさんたちもよろこぶんだねー!!」
「まりさたちはにんげんさんたちにきらわれてるから……まりさたちがここからでていくことをつたえれば、まりさたちもにん
げんさんたちも“しあわせー”になれるよね……っ!!」
嬉しそうにはしゃぐ。ぱちゅりーが今後の展望を話して聞かせた。メディアを通じて自分たちの気持ちを人間に伝える術を探
ること。この時、まだ誰も理解していなかった。自分たちの残された時間を考えれば、そんなことをしている余裕などなかった
ことを。
「ゆんやぁあぁあ!!!」
「ちびちゃあぁぁぁん!! やめてねっ!! にんげんさんっ!!! どぼじでごんなごどずるのぉぉぉぉ?!!」
橋の下に作られた段ボール製のおうちが無残に破壊されていく。その中には生まれたばかりの赤ゆたちが取り残されていた。
ぐしゃぐしゃになった段ボールの隙間から餡子がぽとり、ぽとりと落ちてくる。保健所職員……白衣の悪魔たちはれいむ以下四
匹の赤ゆがひっそりと暮らしていたおうちを徹底的に破壊し、れいむをゴミ袋の中に投げ込んだ。
「ゆゆっ?! まっくらでこわいよっ!? だしてねっ!! だしてねっ!!!」
ガサガサとゴミ袋の中でもがき続けるれいむをコンクリート製の橋脚に思い切り打ち付ける。
「え゛ぎゅっ!!!」
気持ち悪い叫び声を上げたが最後、河川敷は唐突に静かになった。
「おきゃーしゃん……」
段ボール箱から運よく逃れた赤れいむが「ゆっくち! ゆっくち!」と叫びながら職員から距離を取ろうとする。後ろからそ
っと近づいた職員は赤れいむを持っていた火ばさみで突き殺した。ほんの一瞬だった。職員は堤防沿いに止めてあった公用の軽
トラックの荷台に段ボールやゴミ袋を載せるとそのまま走り去って行く。
それらはゴミ収集所へと送られる。県内各地から集まったゴミ袋の数は千や二千のものではない。保健所で殺処分されたゆっ
くりや、交通事故などで潰れたゆっくりなどが一気に集められてくる。ある程度ゴミ袋の数が纏まってから一斉に焼却処分を行
うのだ。
「だすんだぜぇぇぇ!!!」
「ごわいよぉぉぉ!!!」
当然、その中にはまだ生きているゆっくりたちが入っている事もある。しかし、先ほどのれいむ同様どれだけ袋の中で暴れよ
うと決して脱出することはできない。積み重ねられたゴミ袋の山に火が放たれた。一瞬でゴミの山は火の山へとその姿を変えて
いく。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
「あ゛づい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!」
いつ頃からか、ゆっくり用のゴミ袋が店に出回るようになった。自らゆっくりを積極的に潰そうとする市民はいないが、その
意識を向上させるためなどの意図が組み込まれている。いよいよもって保健所だけでは手が回らなくなってきたのだ。しかし、
自分たちが勝手に連れてきたゆっくりが街で繁殖を繰り返したせいで増えたからと言って、「では皆で潰しましょう」と啓発を
促すのは明らかに無理がある。
野良ゆによる被害は少しずつ……少しずつ拡大し始めていた。テレビのニュースなどでゆっくりの話題が出る事も珍しくない。
ゆっくりは人間が思っていた以上に知恵が回った。正確には知恵をつけてきたと言える。ゆっくりは無知で脆弱ゆえに無害とさ
れてきた生き物だ。それが人間と生活を共にした事で、本来野生で生きるには必要のない知恵を身に付けてしまった。餌を求め
てゴミ箱を漁るゆっくり。主に標的にされたのは意外にも表通りに設置されてあるゴミ箱だ。ゆっくりたちは理解し始めていた。
人間が自分たちを潰す事に抵抗を覚えているということを。人通りの多い場所で駆除のためとはいえ、ゆっくりを叩き潰そうも
のなら批難の的にされる。一瞬にして増長した野良ゆたちが一列縦隊で並び我がもの顔で街を闊歩するようになるまで時間はか
からなかった。
「すいません! すいません! すぐに現場に向かいます……っ!」
「今度はなんだ?!」
「交差点のど真ん中でゆっくりが十匹ほど跳ね飛ばされて、餡子でスリップした車が対向車と衝突をしたらしい。そのまま玉つ
き事故だ」
市役所、警察署、保健所。あらゆる機関に毎日苦情の電話が殺到する。その対応に追われ職員たちは疲れ切っていた。ゆっく
り対策緊急本部も設置され、二十四時間体制でゆっくりに関係する処理に当たっているのだ。
また、徒党を組んだ野良ゆたちによる児童を狙った窃盗事件も起こり始めていた。これに対し教育関係者たちは小学校四年生
以下を対象に集団下校を徹底させ、児童の身の安全を確保する対策を取らざるを得なくなったのだ。
「いつまでゆっくりをのさばらせておくつもりなの?! 子供たちが安全に登下校できる環境を作るのがあんたたちの仕事なん
でしょっ!? 早くゆっくり共をなんとかしなさい!!!」
“潰せ”とは言えない。相手は仮にも生き物だ。害を及ぼしているものが虫であれば誰もかれもが殺虫剤を片手に片っぱしか
ら駆除を行っただろう。なぜなら虫は喋らないから。野良犬であれば保健所に送ったであろう。なぜなら犬は人間の言葉を話さ
ないから。しかし。ゆっくりは自分たちと同じ言葉を同じように使う。
人間に対抗するための唯一にして最大の武器。それが、“人間と同じ言葉を喋る”ということだった。それが直接防衛手段に
結びつくことはなくとも、人間がゆっくりを潰すことに躊躇いを覚えるのは間違いない。仕事でもなければ断末魔を上げる野良
ゆを叩き潰すなど、一般人にとっては正気の沙汰ではないはずだ。それゆえ、一般人はゆっくりを潰せない。近所の体裁もある。
この時期。もっともゆっくりたちが街でゆん生を謳歌している時代だったと言えよう。
つづく