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ゼロのガンパレード 4 - (2007/08/14 (火) 22:24:27) の1つ前との変更点
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夕方、厨房を訪ねてきたルイズにシエスタは満面の笑顔で笑いかけた。
聞けば、無事に使い魔召喚の儀を終えたので、その餌の世話を頼みたいのだと言う。
ルイズをその終の主人として心に決めている召使いにとって、それは本当に喜ばしいことだった。
「おめでとうございます! ところで、その使い魔は、どこにおられるのです? 私にも紹介してくださいな」
使い魔はその主人と一生を共にする。つまりは召使いであるシエスタとも長い付き合いになると言うことだ。
ならば早い内に仲良くなっておくにこしたことはない。
「ところで、どんな使い魔なのですか?」
「ん? 猫よ、猫。ちょっと大きいけどね」
猫か。なるほどルイズには相応しいかもしれないとシエスタは思った。
素直じゃないところも、誇り高いところも。
メイジを知りたいなら使い魔を見よとも言う。そう考えればルイズと猫の組み合わせは納得できる。
にこにこと笑っていたシエスタだが、件の使い魔を見た瞬間にその表情がひきつった。
獅子か虎かとも思えるその体躯。
炎の色の短衣。
首輪。
曾祖父から祖父へ、祖父から父へ、父からシエスタへと伝えられた御伽噺に謳われたままのその姿。
「ブ、ブータニアス卿……?」
大猫の耳が震え、不思議そうにこちらを見やった。
「どうしたの、シエスタ?」
いえ、と我に返ったシエスタは首を振り、曾祖父が伝えた御伽噺の猫かと思ったのだと頬を緩めた。
なんて出来すぎな話だろう。
ひいおじいちゃんの形見とそっくりな首飾りを持つルイズ様が、
ひいおじいちゃんが語った御伽噺にそっくりの猫を使い魔にするだなんて。
「へぇ、猫の伝説ねぇ。どんな話なの?」
ルイズの言葉に、恥ずかしげにシエスタはその伝説を語った。
帝国と共和国を守り、帝国の最後を見届け、船に乗って東へと旅立った猫の王。
何百年のもの旅の果てに辿り着いた火の国で、今も夜の闇から子供たちを守り続ける英雄の話を。
「ところで、共和国ってなに?」
「なんでも、貴族のいない平民だけの国だそうです」
聞き終えると、ルイズは一つ笑って使い魔の頭を撫でた。
これは偶然なのかしら。
自分と同じ首飾りを持つシエスタの家に、
自分が呼び出した使い魔そっくりの猫の言い伝えがあるなんて。
「よし、これからあんたの名前はブータよ。伝説の猫の名前。いいわね?」
シエスタも笑って同意した。
「これからもよろしくね、猫さん。優しい私の友達」
大猫、ブータは短く泣き声をあげた。
ルイズとシエスタは知らなかったが、それは彼の故郷であるバルカラルの言葉だった。
「―――特にさしゆるす」
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夜が過ぎ、ブータはそっと寝台から身を起こすと、机で書き物をしながら寝てしまった主人を運ぶことにした。
無論、猫の身では抱きかかえて連れて行くことも出来ぬが、幸いにして彼の主人は精霊に愛されていた。
一声かければリューンが集まり、銀の雲になってルイズの身体を寝台へと運ぶ。
風邪をひかぬよう毛布をかけると、机の上に散らばった幾つかの本を見た。
使い魔に関する一連の書物。
どうやら自分とブータの間に感覚の共有がなかったのが不満らしい。
だが、ルイズはその件に関して一言もブータを責めなかった。
ただ彼の頭を撫でて、いつか一人前の魔法使いになるから待っていてねと言っただけだった。
これには堪えた。
英雄ではなく、猫神ではなく、この少女はただの猫としての自分を必要としてくれている。
そのことがありがたくも誇らしく、同時に正体を隠している自分が卑しくみすぼらしく思えてならなかった。
窓を開け、寮の屋根に登ると月を見上げる。
大きな二つの月。黒い月ではないそれは彼に懐かしい友がいる軍神の星を思い出させた。
彼は元気だろうか。
長い長い年月を共に戦った古い古い友人、火星に再建された水の都で、廻船問屋を営んでいると言うあの猫は。
「―――それは悲しみが深ければ深いほど、絶望が濃ければ濃いほど、燦然と輝く一条の光」
ブータの口から歌が洩れた。懐かしい友人と共に歌ったあの歌が。
「それは夜が深ければ深いほど、闇が濃ければ濃いほど、天を見上げよと言うときの声」
あの懐かしい日々を思い、あの姫君を思い出す。
「それは光の姫君なり、ただ一人からなる世界の守り」
人々から忌み嫌われ、嘲られ、それでも嘘をつき続けた懐かしい彼の主人が、
その声が面影が老猫の胸に甦った。
「世の姫君が百万あれど、恥を知るものただ一人。世に捨てられし稀代の嘘つき」
どんな苦難も困難もそれがどうしたと笑い飛ばし、殴り飛ばして戦い続けた姫君と戦友たち。
「嘘はつかれた。世界はきっと良くなると。それこそ世界の守りなり」
音を立てて庭の土が盛り上がり、大きなモグラが頭を覗かせた。その上にはカエルが乗っている。
巨大な蛇が頭をもたげ、舌を鳴らしながら月を見上げた。
フクロウが屋根に止まり、火蜥蜴が頭を垂れて耳を済ませた。
空の上から、木の陰から、土の中から、数知れぬ影が歌い上げるブータを見つめた。
「善き神々は恋をした。嘘を真にせんとした」
時は流れ、
ジョニーは戦場へ赴き、
ストライダー兎は主人に従って海を越え、
ハードボイルドペンギンは後進の教育に回った。
かつての友人たちは皆歴史の果てに消えていってしまった。
けれど、それでも捨てきれぬものがある。消え失せずにこの胸に輝くものがある。
「我は世界の守りの守り、守りの守りの守り、守りの守りの守りの守り、守りはここに、この中に」
そこに集った使い魔たちは、一匹残らず同じタイミングでその胸を叩いた。
本当に大事なモノはその中にあるのだと、皆が態度でそう示した。
「かの姫君、踊る者、黒き暴風の歌い手を従え、闇を相手に闘争を始めたり」
それは世界を違え永劫の時を過ごそうとも消えぬ最後の光。
どれだけ離れていようとも光り輝く黄金のすばる。
星の海の中ですら忘れえぬ愛しい輝き。
「それは光の姫君なり ただ一人からなる正義の砦」
今や全ての使い魔が歌っていた。
風も火も水も土もなく、種族の違いすらなく、
それぞれがそれぞれの種族の言葉で、ただ無心に己の心の中にあるものを歌い上げていた。
「世の軍勢が百万あれど、難攻不落はただ一つ。世に捨てられし可憐な嘘つき」
歌う使い魔たちの中に、ブータは確かに懐かしい面影を見て取った。
姿は変わり、名前も無くしていたけれど、それはかつてと同じように人の子に寄り添い、共に戦うことを誓っていた。
「嘘はつかれた。世界はきっと良くなると。それこそ正義の砦なり」
何も変わらなかった。
懐かしがることも無かった。
例え世界が変わり、時代が流れ歴史が移ろうとも、それでもそれはその胸に輝いているのだから。
「善き神々は定めを裏切り、嘘を真にせんとした―――」
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時ならぬ使い魔たちの宴を、強張った顔のミス・ロングビルが宝物庫の陰から見守っていた。
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