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ゼロのしもべ第3部-19 - (2007/08/27 (月) 09:18:26) の1つ前との変更点
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またたく間に数日が過ぎた。
「胸が大きくなるジンクスがある」
というスカロンのふかしか事実かわからぬ言を信じたルイズは、意外と真面目に接客を行っていた。
といっても、『きわどい格好の可愛い女の子が飲み物を運ぶ』というスタイルは、貴族で比較的潔癖なルイズにとっては耐え難いこと
である。愛想一つせず、客にワインをかけたり、平手打ちを食らわしたり、蹴ったり、ベアクローで植物人間にしたり、とてもではないが
接客業などとは真逆の行動ばっかしてしまったのである。
そんなことばかりしていたら、客がつかないのは当然でしょでしょ♪ってな感じであった。もう意図的に客を寄せ付けないようにしてい
るとしか思えない。チップなど一枚も貰えず、情報収集しようにも客と会話をすることすら稀。そればかりか、貰えるはずの給金まで減
らされてしまうありさま。
「急な願いを聞いていただけただけでもご迷惑をかけているのに、それに加えてのご迷惑、もうしわけない。」
店に顔を出した残月が、ジェシカにぺこりと頭を下げる。
「いいっていいってー。はじめは誰でもそンなもんさっ。」
はっはっはっと爽やかに笑うジェシカ。根っこが陽気なのだろう。笑い声を聞くだけで楽しくなってくるから不思議だ。
「でもまー、本人の前では言わないけどねっ。早く一人前になってもらわないと困るからさっ。」
ジェシカは店の女の子の管理を任されている。ルイズのようなタイプのような女の子も、何人も世話をしてきたのだ。
「でもまー、ちょいとお客さんを怒らせすぎかなって思うことはあるけどね。たははっ」
恐縮する残月。いや、この男恐縮するふりをして、胸を見ている。なんという男だ。
「たはは。そういうとこは相変わらず隙がないね、残月っちは。」
ぐいっと覆面をずらして目を隠すジェシカ。慌てて残月が覆面を元に戻す。
「でもまー、なんか特殊な趣味の固定客もつき始めてるし、なんとかなる雰囲気はあるよ」
「特殊な趣味…?」
ああ、とジェシカ。
「殴られたり蹴られたりして悦んでるのを、なんか最近ちょくちょく見かけるんだよねっ。変態さんだよ。」
あー、と妙に納得してしまう残月。なるほど、つまりそういう趣味の人たちか。
「そ、それはそうと、ひいおじい様から贈り物です。」
残月が小さな包みを取り出す。あけてみると、中には小さな壷が。
「おお、もしかしてこれは?」
ええ、と残月が頷く。
「どうやら完成したので渡してきてくれと言われまして。足らなければまた運んできますので。」
「ありがとねー。いやー、前から作りたい作りたいって言ってたのは知ってるんだけどねっ。」
満面の笑みで壷を受け取るジェシカ。あ、なんかこの笑顔のためなら俺死ねそうだよ。
「たしか調味料だよねっ?飲み物と勘違いしないようにわけないとねっ。」
ああ、たしかにコーラなんかと間違えて一気飲みするネタはよくある。そういう代物であった。
「さて。残月っち、今日はちょっと忙しいんでこれで失礼するよっ」
「ほう?」
なるほど。見れば先ほどから店の奥が騒がしい。料理をひっきりなしに作り続けており、どんどん酒が樽ごと店に運ばれてくる。
「団体客の予約があってね。うちで会合開くなんてどこの物好きなんだろうねー。そーいや、たしか変わった団体名だったねー」
「ほう。なんという団体ですかな?」
「んーとね、たしか『囲炉裏会』だったね。なんだろーねー、囲炉裏を研究する学術団体かな?そんなのがうちで開くってのも、変だよねっ」
どこかで聞いたような団体であった。
ルイズはなぜか気分が重かった。
順調にチップは手に入っている。お客さんもつき始めている。
なのになんだ、この違和感は。なにかがおかしいような気がする。
そう思いつつ、尻に手を伸ばしてきた男の顔を蹴り飛ばす。とうぜん男はその衝撃で椅子から転げ落ちた。なぜか、笑顔で。
「はぁはぁ。もっと、もっと嬲ってください。」
なんだかなぁ、と思いつつ、顔を踏みしめる。なんだか自分にはこんな客しかついていないような気がするのは気のせいだろうか。
話によると、来週からチップレースというイベントがあるらしい。期間中に貰ったチップの金額を競うという捻りも何にもないイベントだ。
そんなものにさして興味はなかったが、どうも店の一部では本命ジェシカ、対抗ルイズなどといわれているらしい。そういわれる理由
はもちろん、
「ルイズ様、料理をこぼしてしまいました!どうか次はこの浅ましい豚めに御仕置きを」
「ルイズ様、もっと強く踏んでください。」
「ルイズ様、言葉で嬲ってください!」
日に日に増える特殊な趣味のかたがたであった。
ちやほやされるのは嫌いなほうではない。しかし、こういう趣味の人間にされるのははっきり言ってお断りだ。だが邪険にすればする
ほどなぜか喜ぶし、店からは「もっとサービスしてきなさい」といわれるし、踏んだり蹴ったりだ。こんなことならいっそ放置してくれとも
思っていた。贅沢な悩みにしか思えないのは気のせいだろうか。
そんなこんなで踏んだり蹴ったり蝋をたらしたりと大忙しのルイズ。いっそ店を変わるべきのような気もしないまでもない。
「こんな子供に顔を踏まれて喜んでるなんて、どうしようもないわね!犬!」
ぐりぐりと顔を踏みしめていると、チリンチリンという鈴の音が聞こえた。店に客が入って来たのだ。
「いらっしゃいませー。」
にこやかな笑みを浮かべて振り返る。それだけなら普通なのだが、よりによって男の顔を踏みつけながらだと客が逃げ出すような威
力がある。入ってきた客が思わずたじろぐ。
そしてルイズは石像になった。なぜならばそこにいたのは、
「げぇっ!ワルド!」
「げぇっ!ルイズ!」
アルビオンで戦って以来、音沙汰のなかったワルドその人であったからだ。
「なんだって!ワルドだって!?」
叫び声を聞いて、奥の厨房からバビル2世が飛び出してきた。手には拭きかけの皿を持っている。
「くっ!もうヨミにぼくたちの居場所がばれていたのか!?」
振りかぶって皿を投げつける。皿が呻りを立てて飛び、壁に突き刺さる。
「う、うお!?」
賢明にそれを避けたワルドが、転がりながら机を掴んで盾にする。そこへバビル2世が飛び掛り、机ごと投げ飛ばす。
「うむぅ!」
「敵か!」
店の隅で誰かが叫んだ。椅子ががたりと倒れる音。
アルベルトたちだ。こっそり、店の隅で飲んでいたらしい。ただし、ワルドのことを知らなかったので反応が遅れたのだ。
遅ればせながら飛び掛った二人は、椅子を持ち上げたたきつける。折れた椅子の足で、殴りつける。
30秒もたつと、ワルドは完全に虫の息となって伸びていた。当然、店は半壊状態である。
「偵察にしてはずいぶんと無用心だな、ワルド」
ズタボロになって転がっているワルドに冷たく言い放つバビル2世。ルイズも冷たい目で見下ろしている。無理もない。かつてアンリ
エッタの命を受けたにもかかわらず裏切り、あまつさえ一度はウェールズを殺した男なのだ。
「まさかあなたが直々に偵察とはね。やはり、このあたりにはかなりのレコン・キスタの間諜が紛れ込んでいるようね。」
「こやつ、いかがなさいますか?」
アルベルトがワルドを抱えあげる。
「どこまでぼくたちの情報を伝えているか気になる。意識を取り戻したら、ぼくがテレパシーを使って情報を読み取るから、それまで逃
げないように監禁しておこう。」
なにやらされている物騒な会話に、野次馬がどよめく。いったい何が起こったんだ?捕り物らしいよ?ああ、女王様と反応は様々だ。
「まずいな」とバビル2世
「なにが?」
「今の騒ぎを、ほかにいた間諜に気づかれたかもしれない。」
バビル2世は周囲をうかがう。透視能力で、壁を透けさせ外の様子をも伺う。するとやはり、あきらかに怪しい人影が。
「いたっ!」
店の壁に隠れるようにして中の様子を伺っている男を発見したバビル2世は、急いで外に駆け出した。
駆け出てきたバビル2世に気づいた男が、マントを翻して慌てて逃げ出す。
「逃がすか!」
後ろから飛び掛り、男を羽交い絞めにする。
「ん?」
と、ここでバビル2世は羽交い絞めにした男が、以前知り合ったある男に似ているということに気づいた。というか、その人物であった。
「あ、あなたは……」
「そ、その。バビル2世様。もう逃げませぬので、腕の力を緩めていただきたい…」
懇願する男。その姿は間違いない。クロムウェルとの戦いでバビル2世を助けてくれた…
「あなたは、セルバンテスさん!?」
そう。中をうかがっていたのは幻惑のセルバンテスであったのだ。
「あなたもレコン・キスタの人間だったのですか!?」
緩めることなく、腕の力をこめる。セルバンテスの顔が見る見る紫色になっていく。
「ち、違う。そうではないんだ…。それは勘違いだ…。」
「騙されるものか。」
非情にもさらに強く締め上げる。セルバンテスの身体から、生命反応というものが消えていく。野次馬がこちらにも集まってきた。
そのとき、
「会長!」
野次馬の中からする叫び声。
「貴様、会長になにをする!」
バビル2世にとびかかるなにものか。あわてて腕を振りほどき、くるくると回転してバビル2世は飛び退く。
「おまえもレコン・キスタの一員か?」
魅惑の妖精亭前の、お茶を飲ませるという店の屋根に着陸したバビル2世。その言葉にセルバンテスを救出した男が、
「れこん・きすた?なんのことだ?我々は、その……そこの店に今日予約を入れている、囲炉裏会という団体だ。」
なぜか恥ずかしそうに、というか言いにくそうに答えた。
「囲炉裏会?」
その名前を聞いて、朝礼を思い出すバビル2世。そういえば今日は囲炉裏会という団体が予約を入れている、とスカロンが言っていた。
「我々は客だぞ!客になにをするんだ!」
ぷんぷんと相当お冠の様子の男。ゲホゲホと咳き込んでいたセルバンテスが、それを制するように腕を出した。
「い、いや、いいんだよ、モット伯……。怪しまれるような行動をとってしまった私が悪いのだ。それに、我々はひっそりと咲くひなげしの
ように生きなければならない。そうだろう、モット伯?それに、私よりもワルド君を……。中で大怪我をしているようなんだ。」
なんですと!?とモット伯。慌てて他の会員らしい男たちと、宿の中に入っていく。
ここになって、中からすれちがうようにスカロンが出てきた。
「あーら、まーまーまー。まことに申し訳ございません。ひらに、ひらにご容赦のほうを……」
ぺこぺことコメツキムシのように頭を下げるスカロン。いや、大丈夫ですよ、とセルバンテスが言う。
「彼と私は友人でして。よくふざけてこういうことをしてくるんですよ。」
うっふっふ、と嗤うセルバンテス。どう考えても全力で締め上げていたのは明らかなのだが。
「ワルド君のほうも、死んだまねをしているだけですのでご安心ください。店の修理費も出させていただきましょう。なぁに、お気遣いな
く。」
そういうと、セルバンテスは身だしなみをととのえ、店内に入って行った。
「………。」
降りるタイミングをつかめず、以上を屋根の上でうかがっていたバビル2世を、スカロンが手招きして呼んだ。そしてにこやかに、
「修理費を出してくれるとは言っていたけど、示しがつかないから給金30%カットね。」
当然といえば当然だが、非情の宣告であった。
1人の男がその光景を見ていた。
全身、ピンク色の男だ。林家ペーパーも真っ青のピンクっぷりだ。
その男がこの街に現れたのはほんの数日前である。
話によると、ここ数ヶ月の記憶を失っているのだという。以前はタルブとラ・ロシェールの間にあるという山の中に住んでいたという。
「アルビオンに行っていたような記憶もあるが、よく覚えていない」
そのようなことも言っていたが、今まさに戦争寸前というアルビオンへ行ってきたというのはいささか信じられない。
「おそらく以前訪れたことがあって、それを頭の中で混同しているのだろう」
というのが医者の見立てであった。
発見者の紹介で、男はトリスタニアのとある店で働くこととなった。最近流行の、東方から伝わったという『茶』を飲ませる店だ。
ここで男は懸命に働いた。記憶を失ったことを忘れようとしているかのようであった。
そんなある日、前の店が騒がしくなった。
何事かと思い顔を出すと、なにやら店の中で騒ぎがあったらしい。
興味深く見ていると、中から少年が飛び出してきた。
少年は外にいた男を捕まえ、締め上げていた。しかしなにか行き違いがあっただけらしく、すぐに拘束は解かれ、騒ぎは収まった。
しかし、男はその場を去る気にはなれなかった。
なぜかその少年が奇妙に気になったのである。
自分の失った記憶を取り戻す鍵になるのではないか?なぜか、ふとそんな気がしたのだ。
男の名は樊瑞。フーケと、アルビオン大陸で戦っていた男だ。
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