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零魔娘娘追宝録 3 - (2008/08/25 (月) 22:02:14) の1つ前との変更点
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親切心が仇となり決闘を申し込まれた
静嵐刀はいかにして
『青銅のギーシュ』
との戦いを渡り合ったか?
静嵐が使い魔としてルイズに召喚され、宝貝について長々と説明をしたその翌朝。
静嵐がルイズとともに部屋を出ると、部屋の前には二人の女がいた。
一人は健康的な褐色の肌をした美しい女、ルイズと同級生の「微熱のキュルケ」、
もう一人はそんなキュルケの後ろに隠れるようにして立つ青い髪の小柄な少女「雪風のタバサ」である。
「あら、おはようゼロのルイズ」
「…………おはようキュルケ」
にこやかに挨拶をするキュルケに対し、ルイズはどこか不機嫌そうだった。
その原因はキュルケの足元にあった。
「ほら、フレイムも挨拶なさい」
きゅるるる、とキュルケの使い魔――サラマンダーのフレイムが鳴く。
その姿はトラほどの大きさもある巨大なトカゲとでも言えばいいだろうか。尻尾がメラメラと火を灯している。
「はぁ、珍しいものですね。こんな仙獣見たことないですよ」
感心したように静嵐は言う。いろいろと珍奇な仙界の生き物は見てきたが、こんな生き物は見たことが無い。
それでも驚かないのはさすが宝貝というとこだろうか。
なにせ仙界に跋扈する魑魅魍魎に比べればオオトカゲくらい可愛いものである。
「ふふ、そうよ。この子は火竜山脈のサラマンダー、ちょっとその辺じゃお目にかかることはできなくてよ。
――それで貴方がゼロのルイズの使い魔ね?」
「はい。使い魔なんかをやらせてもらうことになった静嵐刀です。よろしく」
「そう、よろしくね。私の名前はキュルケ、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
それでこっちの娘が――」
「タバサ」
タバサは手に持っていた本に目を落す。キュルケはじろじろと値踏みするように静嵐を観察する。
「ふうん。ホントに平民の使い魔なんだ――貴方にお似合いじゃない? ゼロのルイズ?」
「うっ……」
ルイズは悔しげに歯噛みする。言い返してやりたいが、何せキュルケの使い魔はサラマンダー、最上級の使い魔だ。
それにひきかえこいつときたら――
「わぁ、こいつ人なつっこいですねえ。はははは、おっと、服を引っ張らないでおくれよ。ああ、痛い痛い、指を噛まないで!」
フレイムにじゃれつかれて(傍目には襲われているように見えるが)
ガジガジとあちこちを噛まれている間抜けな――欠陥宝貝なのである。
しかも武器の宝貝だという。この緊張感の無さのどの辺りが武器なのか説明してもらいたい。
「おイタしちゃ駄目よフレイム」
キュルケの言葉に、フレイムは静嵐の頭をかじるのをやめる。すでに躾も行き届いているようだ。
「貴方も大変ねえ? ゼロのルイズ。こーんな貧弱な平民が使い魔だなんて。
何かお困りのことでもあれば遠慮なく言ってくれてかまわないわよ?
――ああ、気にしないで。私と貴方の仲じゃない? ねえ、ミス・ヴァリエール」
「お断りよ! 誰がアンタなんかに頼むもんですか、ツェルプストー!」
怒鳴り返すルイズに、静嵐は諭すように言う。
「駄目だよ、ルイズ、そんなこと言っちゃ。
キュルケさんはルイズが僕みたいなのを召喚して困ってやしないか心配なんだよ。
でももし困ってても正面から手助けするのが照れくさいからこうやってからかってるんだ」
「………………!」
意外な言葉に、驚いたような顔をするキュルケ。
タバサは相変わらずの無表情で、誰にも見えない角度でほんの少しだけコクリとうなずく。
「ルイズも。かまってくれる人がいて嬉しいからってそんなに悪態ついてちゃいけないと思うよ」
「………………!?」
押し黙るルイズ。タバサは誰にも聞こえない声で「図星」と囁く。
「喧嘩するほど仲が良いとは言うけどね、そんなんじゃ――あ」
二人は無言で杖を振りかざす。よくわからないが何か危険なものを感じて、静嵐は慌てて訂正する。
「嘘! 嘘です、二人とも険悪だなぁ! こんなに仲の悪い人達なんて見たことないよ!」
とってつけたような訂正は当然聞き入れられることなく、
キュルケの「火」とルイズの「爆発」(無論、失敗魔法である)が見事な連携で静嵐に炸裂した。
タバサは爆風で乱れた髪を直しながら、「いい連携」と呟いた。
*
「酷い目にあったなぁ」
ガリガリと人参をかじりながら静嵐は呟いた。
二人の魔法で寮の窓から吹き飛ばされた時の傷が痛む。
地面に落ちる寸前タバサが何か魔法をかけてくれたようで、幸い地面に激突はしないで済んだため重傷というわけではない。
それでも静嵐に備わっている「損傷度を示すための痛みを感じる機能」はズキズキと痛みを訴え続けている。
そんな彼を心配して、メイド服姿の少女が心配そうに声をかける。
「大丈夫なんですか? セイランさん」
「あ、シエスタ。うん。まぁこう見えても頑丈でね、ちょっとやそっとくらいじゃ破損したりしないよ。
二人ともなんだかんだ言っても手加減してくれてたみたいだし、あれでけっこう優しいところあるのかなぁ」
魔法で吹っ飛ばされておいて優しいも何も無いだろうと思ったが、
本人がそれで納得しているならいいかとも思ったシエスタは何も言わなかった。
彼女の名はシエスタ。学院でメイドとして働く平民の少女である。
キュルケとルイズに爆風で吹っ飛ばされ、折悪しくその下を歩いていたシエスタの目の前に落ちたのだ。
驚いたのはシエスタだ。いきなり目の前にボロボロの男が吹っ飛ばされてくれば吃驚するどころの騒ぎではない。
とりあえず人を呼んで医務室に運ばなければと思った矢先、男はむっくりと起き上がってきた。
どう見ても無事では済まないような事態にあっさりと回復してきた男にシエスタは卒倒しかけた。
とまぁそれが、静嵐とシエスタの出会いであった。
「……生のままでよかったんですか? 人参」
「平気だよ。美味しいね、この人参」
時刻は昼。午前の授業はすでに済み、広場では貴族の生徒たちが使い魔を連れてお茶を楽しんでいた。
静嵐はその広場の隅っこに座り、昼食代わりの人参をがりがり齧っているのである。
もとより宝貝である静嵐は食事を必要としないが、食事をとることもできる。
本来毒見や味見のための機能なのであるが、
人間の形をしたものが食事もしないでいるという不自然を誤魔化すためのものでもある。
とりあえず己が宝貝であるということを無理に触れ回る必要がないため、静嵐は見かけだけの食事として人参を齧っているのだ。
それが余計に不自然であるということも気にせずに。
シエスタは静嵐を観察する。
変わった人だ、と思う。服装や雰囲気もそうであるが、何よりこの掴みどころの無い性格はなんなんだろう。
気が抜けているといえば気が抜けているが、なんだかそれだけではないように思わせ、
それでいてそんな裏を期待するとひどく裏切られそうな裏表の無さを感じさせる。
そんな妙な違和感がつきまとう。
聞けば彼は使い魔として召喚されたのだという。
人間が、それも平民が使い魔になどなるのだろうか? 魔法のことなどさっぱりわからないシエスタであったが、
それは何か間違っているのではと思わなくも無い。辺りを見回せば、貴族の方々が連れている使い魔たちが見える。
犬や猫、鳥と言った普通の動物や、竜などといった幻獣たち。そういうのが普通なのではないだろうか?
不思議ではあるが、そういうこともあるのだろうと自分を納得させる。
それに、奇妙ではあるがこうして異国の人間と知り合えたのだ。その縁は大事にしよう。
そういえば、こうしていきなり召喚されたということは、静嵐は貴族について何も知らないのではないか。
もし貴族に対して何か失礼があれば取り返しのつかないことになるだろう。
静嵐はふと気づいた。
テーブルの下、金髪の顔立ちの整った貴族の少年の足元に何か小瓶が落ちている。
中に入っているのはただの液体ではないと見て取れる。何かの薬品だろう。
あれを踏んづけたりしたら困るのではないだろうか?
静嵐は特別お人よしでもないが、予想される他人の窮地を見過ごすほど非情でもない。
拾ってやっても罰は当たらないだろう。そう思いながら立ち上がる。
遠くから、誰かを探すように茶色のマントを羽織った少女が歩いてくる。
その気配を察知してはいるが、深く注意はせず静嵐は小瓶を拾う。
その少女が、小瓶を落した少年を探しているであろうことはよく見ればわかることだった。
にも関らず静嵐はそれに気づかなかった。そして口を開く、
「あの、もし――」
しかしまぁ彼の物腰は穏やかであるし、人相も言葉遣いも悪いというわけでも無い。
普通にしていれば貴族の逆鱗に触れるようなこともないだろう、とシエスタが思ったその矢先に、
「これ落しましたよ」
静嵐はあっさりと地雷を踏んていだ。
*
「遅れちゃったなぁ……全く、なんで私がゼロのルイズの後始末なんか……!」
モンモランシーは広場への道を急いでいた。
先ほど行われた錬金の授業。そこでルイズがやらかした大失敗の後始末のため、教室に取り残されていたからだ。
片付け自体はルイズが行ったものの、清掃の一部などは水の魔法の使い手である彼女が駆り出されたのだった。
そうして広場にやってきたモンモランシーであるが、広場の中央で何やら人だかりができているのに気づいた。
人だかりの中心には、えらい剣幕で誰かに怒鳴りつけているギーシュの姿がある。
普段は努めて優雅に振舞おうとして(上滑りしているのだが)いる彼女の『恋人』には珍しい怒りようである。
眉間に皺を寄せ、口角泡を飛ばすといった風情である。その顔は何故か頬が妙に腫れている。
不思議に思い、喧嘩をオロオロとしながら見守っているメイド、シエスタに問いかける。
「そこのメイドの貴方、何があったの? ギーシュは何をあんなに怒っているの?」
「あ、ミス・モンモランシ……。ええと、あそこに居るセイランさんが……
そう言ってシエスタは、ギーシュが詰め寄っている人間を示す。
見たことの無い服装をした青年が困ったような顔でギーシュの怒りの言葉を受けていた。
その顔には見覚えがある。あれはたしか、
「ああ、あのゼロのルイズが召喚した使い魔の平民ね。彼が何かやったの?」
「その……ミスタ・ギーシュが落された香水の瓶を拾って差し上げたんです、
でもそれが何か女性からの贈り物か何かみたいだったようで」
「香水? ならそれは私の贈り物だわ。私が作ってギーシュに贈ったのよ」
彼女は自身の持つ『香水』の二つ名の通り、香水を始めとしたポーション作りを得意としていた。
シエスタの言っているのは先日彼に告白された時、その返事として贈ったものだろう。
自分でもなかなかの自信作だと思っているが、持ち歩いてくれていたというのは少し嬉しかった。
だがそんなささやかな幸せも、シエスタの次の一言で打ち砕かれる。
「はぁ。それでですね、その香水の瓶を見た一年生の生徒の方がどうやらミスタ・ギーシュから誘われていたらしく……」
「二股かけていたことがバレてフラれたってわけね――アイツ!」
想像するのは容易い。大方自分には恋人がいないとでも言ってナンパしたんだろう。
モンモランシーはギーシュ同様怒りに満ちた表情で人だかりの中心へと向かっていく。
「どうしてくれるんだよ平民くん。君が空気を読まないせいで
ケティは怒ってしまったじゃないか。どう責任をとってくれるんだね!」
「いや、あの、責任と言われてもですね。僕はただ良かれと思って……」
「それが余計なお世話だと言うんだ!」
ギーシュという貴族の少年に詰め寄られ、静嵐は困惑していた。
本当に、自分は親切心で小瓶を拾ったのに、何故かこうして怒られている。
元はと言えば二股をかけていたギーシュが悪いのであるが、それを指摘したところで火に油であることは目に見えていた。
困った。おろおろとしているシエスタの態度を見るに、この貴族というのを怒らせるのは相当にマズイことであるようだ。
そんな静嵐であったが、意外なところから助け舟が入る。
「ギーシュ! 貴方何やってるの!」
「モンモランシー……!」
金色の髪をひっつめたようにしている、モンモランシーと呼ばれた少女が二人の間に割って入る。
既に彼女が事情を知っていると察知したギーシュは、先ほどまでの剣幕とは打って変わって気弱に言い訳を開始する。
「こ、これはだね、誤解なんだよ。この平民が……」
「そんなことは聞いてないわ。何をしているのかって聞いてるの!」
哀れなにもギーシュの言い訳をモンモランシーは一蹴する。
「それは……こ、この愚かな平民に貴族として注意をだね」
「あっきれた! それってただの八つ当たりじゃない! 元はと言えば貴方の浮気が原因なんでしょう?
彼は親切で貴方に落し物を届けたのに、それで怒鳴りつけるなんて最低ね!」
別に彼女は平民である静嵐をかばっているわけではない。
ただ、自分の恋人が権威を笠に着て弱いものに居丈高と怒鳴りつけるのが情けなかっただけだ。
だがギーシュとしてもここまできてしまった以上引き下がるわけにはいかない。
平民に頭を下げては貴族としての沽券に関るし、何よりこのままではモンモランシーとの仲も終わってしまう。
ケティに振られてしまった今、それだけは避けたい。
あのマリコルヌのように、恋人のいない学院生活を送ることは一分一秒でも我慢できない。
それがギーシュという少年だった。ある意味では天晴れと言えるほどの自己主張である。
「っ、ならば正々堂々と決闘で勝負をつけようじゃないか。それなら文句はないだろう、モンモランシー!」
平民との決闘。そんなものは有り得る話ではない。
だが、無茶とも言える主張を正式に相手に認めさせるには決闘という前時代的な手段は有効である。
それも、貴族という存在に対してはなおさらであり、モンモランシーもまた貴族であった。
「平民……セイランとか言ったわね」
「はい」
それまで蚊帳の外に置かれていたが、いきなりモンモランシーから話しかけられ静嵐はつい素直に返事をしてしまう。
そこで悪態でもついて見せればいいものだろうが、そういうことができない性質であるのが静嵐であった。
モンモランシーは平坦な声で言う。
「貴方の骨は拾ってあげるわ。正々堂々戦って死になさい」
「……え?」
言ってる意味がわからない。たしか彼らは決闘がどうとか言っていた。誰と誰が?
ひょっとしてギーシュという少年と自分が決闘するのだろうか?
そんなことを了承した覚えはないし、しなければならない謂れもない。
なのに何故? 自分が決闘を?
「平民!」
「は、はい?」
今度はギーシュが静嵐を呼ぶ。またもや素直に返事をしてしまった。
「あとでヴェストリの広場に来たまえ。そこで勝負といこう。――逃げるんじゃないぞ?」
「じゃああとは頼んだわ」
吐き捨てるようにいい、ギーシュは去っていく。モンモランシーも、任せたと言って去っていく。
取り残された静嵐は未だに状況が掴めない。
「え。えええ?」
なんでこんなことになってしまったんだろう。
*
「セイラン!」
息を切らせ、ルイズが走りこんでくる。どうやら騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。
「やあルイズ。もう食事は済んだの?」
「やあルイズ、じゃないわよ!何勝手に決闘の約束なんかしてんのよ!」
「いや、僕もそんな約束した覚えはないんだけど。何かいつの間にかそんなことになっちゃって」
そう言って静嵐は頭をかく。言葉通り、彼は一言も決闘をするとは言っていない。
ルイズは声を潜め、ささやくようにして問いかける。
彼がただの平民ならいざ知らず、その正体は宝貝であるのだ。
ひょっとすれば、という思いもある。
「で? あんたどうなのよ。勝てる見込みはあるの?」
「こう見えても武器の宝貝だからね。前にも言ったけど、僕の体には様々な武術が仕込まれてるんだ。
だから普通に戦えば人間相手に負けるつもりはないけれど……」
間が抜けているとは言え、静嵐は武器の宝貝だ。
訓練を積んだ武人が相手ならいざ知らず、普通の少年相手に戦いで遅れをとるなどということは絶対に無い。
だが、相手もまた普通の少年ではない。ギーシュはメイジなのだ。
「あの達人の技が使えるっていうやつ? ……でもそれだけじゃ無理よ。
ギーシュはドットクラスとはいえメイジであることに間違いないわ。いくらあんたが凄くても……」
「はあ。勝てませんかね、やっぱり」
いまいちメイジというのが理解できていない静嵐には、己の敗北がピンとこない。
「単に力や技がすごくても、それをひっくり返せるのがメイジよ。でなければ貴族なんて存在になれないもの」
たしかに、今朝のキュルケのような攻撃を本気で食らえば静嵐とて危ない。
頑丈な刀形態に戻れば耐えられるだろうが、今の姿ではそれほどの耐久力は期待できそうにない。
「参ったなぁ。謝っても許してもらえそうもないし。……破壊されないように上手く負けるのが一番かな」
「……なんとか先生を引っ張ってきてあげるから、それまでなんとか死なないように頑張りなさい」
どうしようも無く静嵐は気が重くなった。
静嵐がヴェストリの広場と呼ばれる場所にやってくると、
そこにはギーシュたちの諍いを見ていた貴族たちが押し寄せていた。
平和で退屈な学院生活に、決闘という血なまぐさいイベントは格好の暇つぶしなのだろう。
「逃げずに来たことだけは誉めてあげようじゃないか、平民くん」
そんな観衆を意識してか、大仰に、芝居がかった仕草でギーシュは語る。
「さて、勝負の方法だが……ここはシンプルにいこう。
勝敗の決着は参ったと言って相手にそれを認められるか、それとも戦闘続行不可能になるかだ」
自分が絶対有利であることを見越しての発言であることは明白であった。
試しに静嵐は言ってみた。
「ええと、参りました」
「認めると思うかね?」
あっけなく却下される。
つまりこれは、死ぬ寸前まで痛めつけられて無様に命乞いをするか、
それとも意地を張って再起不能を選ぶかどちらかしかないということだ。
「さて、それじゃあ勝負開始といこうじゃないか!」
そう宣言してギーシュは薔薇の花のついた杖を振るう。花びらの一枚が飛び散り、地面に落ちる。
花びらは地面に触れると同時に掻き消え、それともに地面から人形が浮かび上がる。
武装した女性を模した青い人形。その表面には金属の光沢があり、その人型が金属製であることはわかった。
「これは!」
驚く静嵐。魔法というのはこんなこともできるのか?
(まるで仙術だなぁ)
仙術には化修という泥の人形を作り出す術があるが、それはかなり高等な仙術である。
それにも似たような魔法を、この少年は難なく行って見せた。
周囲の観客も歓声こそあげ、さして驚きの声を挙げてはいない。
つまりこれは魔法としてはそれほど大したことではないということだろう。
「僕は土のメイジ、『青銅のギーシュ』さ。ゆえに君のお相手はこの僕の作った人形、ワルキューレがつとめよう」
これは仙術、いや、
(どちらかというと宝貝だな)
ある意味では宝貝は仙人よりも大きな力を持っている。ある一つの機能に特化した宝貝ならば、
高等仙術に匹敵する現象を造作も無く行うことができる。
思い出すのは砂兵巻という宝貝だ。
字の通り巻物の宝貝で、巻物から零れ落ちる砂で人形を作り出すという機能を持っている。
ただ前述の通り人形は砂でできているため、衝撃に対して非常に脆いという欠陥を持っていた。
だが、このギーシュの作り出した人形は、
(青銅製、脆いなんてことはないよね。……砂兵巻の能力を青銅でやったようなものか。こいつは強敵だぞ)
静嵐にしてみれば自分ならば耐えられる火や氷を飛ばして攻撃されるよりもよほど厄介な相手だった。
「さぁ行くよ、平民くん!」
言うや否や人形は静嵐に踊りかかる。
(速い!)
鈍重な外見からは想像もつかないほど素早い動きで静嵐に迫り来る。
しかしそれは、武器の宝貝であり、速さを得意とする刀の宝貝である静嵐にしてみれば回避できない速さではない。
ワルキューレの一撃を回避し、静嵐はその腹に掌底を叩き込む。
「!」
やはり硬い。自分の攻撃が通用しないことを悟った静嵐は、掌底の反動をそのまま利用して後ろに跳ぶ。
ワルキューレはすぐに間合いを詰めようとはせず、様子を伺うように立つ。
(まずいなぁ。こちらの攻撃は通用しない、そして敵の攻撃は重くて速い。
なんだ、こいつのほうがキュルケなんかよりもよっぽど強敵じゃないか)
単純に、硬い鎧を着込んだ相手だというのならば、鎧の隙間を狙うなり、関節をとって極めるなりすればいい。
だが文字通り全身が青銅製で、かつ人間のように有機的に動く人形相手にそれが通用するとは思えない。
静嵐は考える。ならばどうすれば勝つことができるか?
答えは簡単だ、術者にして決闘相手であるギーシュ本人を打ち倒せばいい。
青銅製人形をすり抜け、ギーシュの鳩尾に拳を叩き込めばそれで終わりだ。
だが、そんな作戦はとれなくなる。何故なら、
「へえ? なかなかやるじゃないか。ならばこれでどうかね?」
ギーシュが杖を振ると、先ほどと同じようにして六体の人形が続けて浮かび上がる。
「計七体の青銅製ゴーレム、僕の美しい戦乙女たちさ。
どうやら少しは腕に覚えがあるようだが、その程度では僕に勝つことはできないね」
七体の敵が一挙に静嵐へと殺到する。
*
静嵐の戦いを遠くから見守っている娘が二人いた。キュルケとタバサである。
気性の激しいゲルマニア人らしく、キュルケは面白がるように見ている。
だが珍しいのは、キュルケの友人であるタバサがこれを見物していることだ。
いつもならば我関せずと読書を決め込むのだが、今日に限ってはどういう風の吹き回しか
手に持った書物には目もくれずじっと真剣に静嵐の動きを見ている。
それを不思議に思ったキュルケが問う。
「貴女がこういうのを見物するなんて珍しいわね。興味あるのかしら?」
「無い。だけど……」
気になるという言葉を飲み込む。まだ彼女自身、それを口に出すべきか迷っていた。
今この場で戦況をもっとも的確に見ているのはタバサであった。
それは彼女のこなしてきた『任務』の経験で培ってきた、冷静な兵士としての観察眼ゆえである。
その彼女の分析は告げる。このままでは遠からずあのセイランという平民は負ける。
もし逆転勝利を狙うのならば『アレ』が必要だ。
そう思い、タバサは誰にもわからぬよう密かに杖を掲げた。
*
これは詰め将棋だ、と静嵐は考える。
敵の手の中には7枚の『歩』があり、こちらは自分自身、すなわち『王』の駒のみがある。
『王』は『歩』よりも多彩な動きが出来る。だが『歩』には七という数がある。
七枚の『歩』は『王』を詰もうと動き回り、『王』は全ての動きを七枚の『歩』からの回避に使う。
ただ一つ、普通の将棋と違うのは自分の『王』は相手の『歩』を取ることができない。
それは大きな違いであり、現実問題として静嵐を追い詰めようとしている。
宝貝である静嵐に疲れは無い。そして戦術・戦略的なことでならいざ知らず、
こと戦闘中においての状況判断を誤ることは(彼に限っては無いとは言い切れないが)無い。
考えるより先に体が動く、そういう風に静嵐たちは『造られて』いる。
だがそれは相手のゴーレムたちとて同じことだ。
一度作り出してしまえば術者であるギーシュに負担は少ない。
だからこの戦いは膠着状態に陥っているように見えるだろう。
だがこれは詰め将棋なのだ。ゆっくりと、だが確実に静嵐は追い詰められている。
ほんの少し小さなことでいい、偶然の作用する要素がギーシュに味方すれば、
それが積もっていきやがては静嵐の致命傷へと至る。
真綿で首を絞められるように静嵐は危地へと向かい続けている。
それほどに、生身の状態の静嵐刀にとって『青銅のギーシュ』とは相性の悪い敵だった。
(せめて武器があればいいんだけどな)
青銅製のゴーレムを破壊できるほどの硬度をもった武器か、さもなければ鋭い刃のついた刀や剣があれば、
ゴーレムを倒してギーシュに近づくことができるようになる。
あるいは静嵐がその本性を現し、刀として誰かが使用してくれればいいのだが、
この一対一(と呼ぶには不当なものがないではないが)の決闘で助太刀してくれる人がいるわけがない。
終わりの無い回避戦に飽きたのか、ギーシュは髪をかき上げて告げる。
「よく粘ったね、平民にしてはよくやる。正直僕は感心したよ。……だがここまでだ」
ギーシュはワルキューレの駆動を揃え、一気に連携した動きで静嵐を襲わせる。
ワルキューレたちの剣が雨のように静嵐に降り注ぐ。
ここまでか、と思った時。静嵐の左手に違和感が走る。
気がつけば、地面から生えるようにして剣が伸びている。その剣の柄が自分の左手に触れたのだ。
(これは、太刀……いや剣かな)
考えるより早く静嵐はその剣を掴み、引き抜いた――そしてさらにその勢いをそのままにワルキューレ一体を斬りつける。
斬りつけられたワルキューレは呆気なく両断され消滅した。
「使えそう――だね」
*
「先生、こっちです!」
「ま、待ってくれたまえミス・ヴァリエール!」
息を切らせながらルイズとコルベールがヴェストリの広場に走りこんでくる。
広場に多くの貴族の生徒たちが決闘を観戦している。皆口々に歓声を上げている。
刺激に飢えた貴族の子弟たちは、生意気な平民が血祭りにあげられようと止めはしない。
(こんな馬鹿騒ぎ早くやめさせなきゃ!)
焦るルイズは一人暇そうにしていたコルベールを捕まえて急いできたのだ。
(あんな欠陥使い魔でも私の使い魔なんだから)
不満が無いではない。だが初めて出来た自分の使い魔に愛着もある。
ギーシュなんかに殺させるわけにはいかなかった。
「アンタたち! どきなさいよ!」
人垣になっている生徒たちが邪魔で、背の低いルイズは決闘がどうなっているか見ることができない。
だが今だ響く歓声とその合間の剣戟音が、決闘がまだ続いていることを教えている。
ようやく人ごみを掻き分け、ルイズとコルベールが前に出たとき。
決闘は意外な様相を見せていた。
「何、コレ……」
*
言い訳をしてしまえば、ギーシュは「自分は本気ではなかった」と言うだろう。
ギーシュとて静嵐を殺すつもりなど無い。
少し派手に痛めつけてやって無様に『平民らしく』命乞いさせてやりたかっただけであり。
それでもし意地を張るというのなら仕方無い。大怪我をさせて再起不能にするだけだ。
何、ここには水魔法の使えるメイジも大勢いる。少しくらい痛めつけても寝覚めの悪い結果にはならない。
それは全く貴族らしい歪んだ愉悦感への欲求であるが、人間としてはそれほどおかしな話ではない。
自分とケティ、モンモランシーとの仲に不要な亀裂を入れた生意気な平民。
それを少し痛い目に合わせてやったところで何が悪い? というだけだ。
誤解されがちであるが、ギーシュは馬鹿ではあっても頭が悪いわけではない。
ギーシュはそれが言いがかりであることを自覚している。
だがそれが自分の言いがかりであっても、それを通すことができるのがメイジであり、通そうとするのが貴族という生き物だった。
加えて悲しいことに、ギーシュはメイジであり、そして貴族であったのだ。
故にこれは貴族としての正当な権利であるとも言えた。だが、現実は……。
三体目のワルキューレが無惨にも両断される。
残りのワルキューレは四体。まだ四体、否、もう四体。既に数による絶対的有利は揺らぎつつある。
ギーシュは考える。何故あの平民はこれほどまでに戦える?
これでもギーシュは軍人の一族である。元よりあの平民の体術が優れていることは承知していた。
あの動き、今まで見たことも無いような体捌きは賞賛に値すると素直に感心した。
だが、あくまでもそれは体術でしかなく、自分のワルキューレに対抗できるものではない。
現に最初、あの平民は硬い青銅のゴーレム相手に攻めあぐねていた。
だが、あの剣を手にしてから一変した。
四体目。ワルキューレが消滅した。
あの剣。あんなものを平民は持っていなかった。となれば自分以外の誰かが『錬金』の魔法で平民に与えたことは間違いない。
誰だ? 観客を見回すがそれらしい素振りを見せた人間はいない。
観客の中にはピンクの髪が見える。あの平民の契約者、ルイズだ。
彼女か? いや、そんなはずはない。今日も錬金の授業で派手に失敗した彼女にそんなことはできないはずだ。
では自分を焚きつけたモンモランシー? だが彼女は水のメイジだ。
錬金を使えないわけではないだろうが、無動作で剣を作り出すことなど不可能だ。
それを出来るとすれば、自分より数段上のトライアングルクラスのメイジしかいない。
だが誰だ! 誰がやった! ギーシュの混乱は頂点に達する。
そして五体目のワルキューレが切り裂かれた。
驚いているのは静嵐も同じであった。
六体目の人形を切り裂いた時静嵐は確信した。自分の動作がいつもより数段速く、強いと。
静嵐の『技』であればこの剣――地面から生えていた謎の剣――でも青銅の人形を斬る事はできる。
だがそれはあくまでも、気勢を乗せた一撃を的確な場所へ的確な速さで打ち込むことによって成しえる、達人の神技に他ならない。
どだい、それが青銅であっても金属製の物体を両断することなど常識的には不可能なのだ。
しかし、今の静嵐はその『技』を使用していない。
純粋な、力と速さでもって青銅製の人形を斬っているのだ。
剣の切れ味がよほど優れているのかと思っているが、
今だ魔法というものを完全に理解していない静嵐には判断がつかない。
ただ、左手が熱く燃えているようだった。その熱さを感じるたびに剣を振るう力が増していく。
それだけが確かに判ることだった。
――七体目のワルキューレが音を立てて崩れた。
七体全てのワルキューレを斬り、静嵐は片手に剣を携えギーシュの前に立つ。
ギーシュにはもはや戦闘能力は残されていない。文字通りの身一つだけだ。
「ま、参った」
それは先ほど彼が自分に言ったことであるが、自分はそれを認めなかった。
だが彼はあっさりとうなずいて、
「うん。じゃあこれでお仕舞いということで」
剣を収める。散々自分に追い込まれておいてなお恨みの一つも零さない静嵐の姿に、
ギーシュは単純な敗北以上の感情を覚える。
「負けた……」
本当に、どうしようもなく敗北してしまった時。
不思議と人間は悔しさを覚えないのだとギーシュは悟った。
ここに、ギーシュと静嵐の決闘は終わりを迎えたのだった
静嵐は剣を下ろし、気を抜く。弛緩と脱力の間の加減で力を緩める。
そんな彼の元に心配そうな顔をしたルイズが走りこんでくる。
そんなご主人様に使い魔である静嵐は声をかける。
「あ、ルイズ。危なかったけどなんとか勝てたよ。というか、見てたんなら止めて欲しいんだけど」
「止めようとしたころにはすでに決着がつきかけてたのよ。……何よ、けっこう楽勝だったじゃない」
「うーん、最初はそうでもなかったんだけど。この剣のおかげかな?」
剣をルイズに見せてみる。ルイズはその剣を良く見てみるが、何の変哲もないただの剣だった。
「あんた、そのルーンは……」
それよりもむしろ気になったのは、剣を持った左手に輝くルーンだった。
使い魔の印かとも思ったが、それが武器に反応して光り輝くとは聞いたことがない。
「これ? なんか光ったと思ったらいつもよりよく動けてさ。これもこの剣の魔法なのかい?」
「貸してみたまえ」
遅れてやって来て、様子を見ていたコルベールがディテクトマジックを使用する。
そしてその反応を見て、ううむ、と唸る。
「錬金で作られたことは間違いないが、これはただの剣と同じようだ。その証拠に」
剣はボロボロと形を失い、その材料であったであろう広場の土に戻っていく。
「砕け……ちゃった?」
「術者が魔法を解除したのだろう。これはどこで?」
「さぁ? 危ないと思ったときに足元にいきなり現れたから使ってみたんですけど」
使用していた本人である静嵐も、それがどこから現れたかはわからないようだった。
ルイズは首をかしげる。誰かが魔法で手助けしたことは間違いない。
だが一体誰が?
*
「決闘の手助けしちゃったわね。ギーシュが知れば怒るかしら?」
「関係ない」
「そうね。別に貴女が造った剣じゃなくても、結果は同じだっただろうし」
キュルケはそう言って友人の顔を覗き込む。
その顔はいつも無表情な彼女にしては珍しい、険しいものとなっていた。
(鼻持ちならない貴族様を颯爽と打ち倒した謎の平民君に一目惚れ、なんていう目じゃないわね……)
タバサは未だ首をかしげているルイズたちに背を向け、歩き出す。
「もういいの?」
キュルケが聞くと、コクリとタバサはうなずいた。その顔はすでにいつもの無表情に戻っている。
そして二人は寮へと戻っていく。
その去り際、タバサは歓声に沸くヴェストリの広場に向けて振り返り、一言。
「……似ている」
と呟いた。
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}
親切心が仇となり決闘を申し込まれた
静嵐刀はいかにして
『青銅のギーシュ』
との戦いを渡り合ったか?
静嵐が使い魔としてルイズに召喚され、宝貝について長々と説明をしたその翌朝。
静嵐がルイズとともに部屋を出ると、部屋の前には二人の女がいた。
一人は健康的な褐色の肌をした美しい女、ルイズと同級生の「微熱のキュルケ」、
もう一人はそんなキュルケの後ろに隠れるようにして立つ青い髪の小柄な少女「雪風のタバサ」である。
「あら、おはようゼロのルイズ」
「…………おはようキュルケ」
にこやかに挨拶をするキュルケに対し、ルイズはどこか不機嫌そうだった。
その原因はキュルケの足元にあった。
「ほら、フレイムも挨拶なさい」
きゅるるる、とキュルケの使い魔――サラマンダーのフレイムが鳴く。
その姿はトラほどの大きさもある巨大なトカゲとでも言えばいいだろうか。尻尾がメラメラと火を灯している。
「はぁ、珍しいものですね。こんな仙獣見たことないですよ」
感心したように静嵐は言う。いろいろと珍奇な仙界の生き物は見てきたが、こんな生き物は見たことが無い。
それでも驚かないのはさすが宝貝というとこだろうか。
なにせ仙界に跋扈する魑魅魍魎に比べればオオトカゲくらい可愛いものである。
「ふふ、そうよ。この子は火竜山脈のサラマンダー、ちょっとその辺じゃお目にかかることはできなくてよ。
――それで貴方がゼロのルイズの使い魔ね?」
「はい。使い魔なんかをやらせてもらうことになった静嵐刀です。よろしく」
「そう、よろしくね。私の名前はキュルケ、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
それでこっちの娘が――」
「タバサ」
タバサは手に持っていた本に目を落す。キュルケはじろじろと値踏みするように静嵐を観察する。
「ふうん。ホントに平民の使い魔なんだ――貴方にお似合いじゃない? ゼロのルイズ?」
「うっ……」
ルイズは悔しげに歯噛みする。言い返してやりたいが、何せキュルケの使い魔はサラマンダー、最上級の使い魔だ。
それにひきかえこいつときたら――
「わぁ、こいつ人なつっこいですねえ。はははは、おっと、服を引っ張らないでおくれよ。ああ、痛い痛い、指を噛まないで!」
フレイムにじゃれつかれて(傍目には襲われているように見えるが)
ガジガジとあちこちを噛まれている間抜けな――欠陥宝貝なのである。
しかも武器の宝貝だという。この緊張感の無さのどの辺りが武器なのか説明してもらいたい。
「おイタしちゃ駄目よフレイム」
キュルケの言葉に、フレイムは静嵐の頭をかじるのをやめる。すでに躾も行き届いているようだ。
「貴方も大変ねえ? ゼロのルイズ。こーんな貧弱な平民が使い魔だなんて。
何かお困りのことでもあれば遠慮なく言ってくれてかまわないわよ?
――ああ、気にしないで。私と貴方の仲じゃない? ねえ、ミス・ヴァリエール」
「お断りよ! 誰がアンタなんかに頼むもんですか、ツェルプストー!」
怒鳴り返すルイズに、静嵐は諭すように言う。
「駄目だよ、ルイズ、そんなこと言っちゃ。
キュルケさんはルイズが僕みたいなのを召喚して困ってやしないか心配なんだよ。
でももし困ってても正面から手助けするのが照れくさいからこうやってからかってるんだ」
「………………!」
意外な言葉に、驚いたような顔をするキュルケ。
タバサは相変わらずの無表情で、誰にも見えない角度でほんの少しだけコクリとうなずく。
「ルイズも。かまってくれる人がいて嬉しいからってそんなに悪態ついてちゃいけないと思うよ」
「………………!?」
押し黙るルイズ。タバサは誰にも聞こえない声で「図星」と囁く。
「喧嘩するほど仲が良いとは言うけどね、そんなんじゃ――あ」
二人は無言で杖を振りかざす。よくわからないが何か危険なものを感じて、静嵐は慌てて訂正する。
「嘘! 嘘です、二人とも険悪だなぁ! こんなに仲の悪い人達なんて見たことないよ!」
とってつけたような訂正は当然聞き入れられることなく、
キュルケの「火」とルイズの「爆発」(無論、失敗魔法である)が見事な連携で静嵐に炸裂した。
タバサは爆風で乱れた髪を直しながら、「いい連携」と呟いた。
*
「酷い目にあったなぁ」
ガリガリと人参をかじりながら静嵐は呟いた。
二人の魔法で寮の窓から吹き飛ばされた時の傷が痛む。
地面に落ちる寸前タバサが何か魔法をかけてくれたようで、幸い地面に激突はしないで済んだため重傷というわけではない。
それでも静嵐に備わっている「損傷度を示すための痛みを感じる機能」はズキズキと痛みを訴え続けている。
そんな彼を心配して、メイド服姿の少女が心配そうに声をかける。
「大丈夫なんですか? セイランさん」
「あ、シエスタ。うん。まぁこう見えても頑丈でね、ちょっとやそっとくらいじゃ破損したりしないよ。
二人ともなんだかんだ言っても手加減してくれてたみたいだし、あれでけっこう優しいところあるのかなぁ」
魔法で吹っ飛ばされておいて優しいも何も無いだろうと思ったが、
本人がそれで納得しているならいいかとも思ったシエスタは何も言わなかった。
彼女の名はシエスタ。学院でメイドとして働く平民の少女である。
キュルケとルイズに爆風で吹っ飛ばされ、折悪しくその下を歩いていたシエスタの目の前に落ちたのだ。
驚いたのはシエスタだ。いきなり目の前にボロボロの男が吹っ飛ばされてくれば吃驚するどころの騒ぎではない。
とりあえず人を呼んで医務室に運ばなければと思った矢先、男はむっくりと起き上がってきた。
どう見ても無事では済まないような事態にあっさりと回復してきた男にシエスタは卒倒しかけた。
とまぁそれが、静嵐とシエスタの出会いであった。
「……生のままでよかったんですか? 人参」
「平気だよ。美味しいね、この人参」
時刻は昼。午前の授業はすでに済み、広場では貴族の生徒たちが使い魔を連れてお茶を楽しんでいた。
静嵐はその広場の隅っこに座り、昼食代わりの人参をがりがり齧っているのである。
もとより宝貝である静嵐は食事を必要としないが、食事をとることもできる。
本来毒見や味見のための機能なのであるが、
人間の形をしたものが食事もしないでいるという不自然を誤魔化すためのものでもある。
とりあえず己が宝貝であるということを無理に触れ回る必要がないため、静嵐は見かけだけの食事として人参を齧っているのだ。
それが余計に不自然であるということも気にせずに。
シエスタは静嵐を観察する。
変わった人だ、と思う。服装や雰囲気もそうであるが、何よりこの掴みどころの無い性格はなんなんだろう。
気が抜けているといえば気が抜けているが、なんだかそれだけではないように思わせ、
それでいてそんな裏を期待するとひどく裏切られそうな裏表の無さを感じさせる。
そんな妙な違和感がつきまとう。
聞けば彼は使い魔として召喚されたのだという。
人間が、それも平民が使い魔になどなるのだろうか? 魔法のことなどさっぱりわからないシエスタであったが、
それは何か間違っているのではと思わなくも無い。辺りを見回せば、貴族の方々が連れている使い魔たちが見える。
犬や猫、鳥と言った普通の動物や、竜などといった幻獣たち。そういうのが普通なのではないだろうか?
不思議ではあるが、そういうこともあるのだろうと自分を納得させる。
それに、奇妙ではあるがこうして異国の人間と知り合えたのだ。その縁は大事にしよう。
そういえば、こうしていきなり召喚されたということは、静嵐は貴族について何も知らないのではないか。
もし貴族に対して何か失礼があれば取り返しのつかないことになるだろう。
静嵐はふと気づいた。
テーブルの下、金髪の顔立ちの整った貴族の少年の足元に何か小瓶が落ちている。
中に入っているのはただの液体ではないと見て取れる。何かの薬品だろう。
あれを踏んづけたりしたら困るのではないだろうか?
静嵐は特別お人よしでもないが、予想される他人の窮地を見過ごすほど非情でもない。
拾ってやっても罰は当たらないだろう。そう思いながら立ち上がる。
遠くから、誰かを探すように茶色のマントを羽織った少女が歩いてくる。
その気配を察知してはいるが、深く注意はせず静嵐は小瓶を拾う。
その少女が、小瓶を落した少年を探しているであろうことはよく見ればわかることだった。
にも関らず静嵐はそれに気づかなかった。そして口を開く、
「あの、もし――」
しかしまぁ彼の物腰は穏やかであるし、人相も言葉遣いも悪いというわけでも無い。
普通にしていれば貴族の逆鱗に触れるようなこともないだろう、とシエスタが思ったその矢先に、
「これ落しましたよ」
静嵐はあっさりと地雷を踏んていだ。
*
「遅れちゃったなぁ……全く、なんで私がゼロのルイズの後始末なんか……!」
モンモランシーは広場への道を急いでいた。
先ほど行われた錬金の授業。そこでルイズがやらかした大失敗の後始末のため、教室に取り残されていたからだ。
片付け自体はルイズが行ったものの、清掃の一部などは水の魔法の使い手である彼女が駆り出されたのだった。
そうして広場にやってきたモンモランシーであるが、広場の中央で何やら人だかりができているのに気づいた。
人だかりの中心には、えらい剣幕で誰かに怒鳴りつけているギーシュの姿がある。
普段は努めて優雅に振舞おうとして(上滑りしているのだが)いる彼女の『恋人』には珍しい怒りようである。
眉間に皺を寄せ、口角泡を飛ばすといった風情である。その顔は何故か頬が妙に腫れている。
不思議に思い、喧嘩をオロオロとしながら見守っているメイド、シエスタに問いかける。
「そこのメイドの貴方、何があったの? ギーシュは何をあんなに怒っているの?」
「あ、ミス・モンモランシ……。ええと、あそこに居るセイランさんが……
そう言ってシエスタは、ギーシュが詰め寄っている人間を示す。
見たことの無い服装をした青年が困ったような顔でギーシュの怒りの言葉を受けていた。
その顔には見覚えがある。あれはたしか、
「ああ、あのゼロのルイズが召喚した使い魔の平民ね。彼が何かやったの?」
「その……ミスタ・ギーシュが落された香水の瓶を拾って差し上げたんです、
でもそれが何か女性からの贈り物か何かみたいだったようで」
「香水? ならそれは私の贈り物だわ。私が作ってギーシュに贈ったのよ」
彼女は自身の持つ『香水』の二つ名の通り、香水を始めとしたポーション作りを得意としていた。
シエスタの言っているのは先日彼に告白された時、その返事として贈ったものだろう。
自分でもなかなかの自信作だと思っているが、持ち歩いてくれていたというのは少し嬉しかった。
だがそんなささやかな幸せも、シエスタの次の一言で打ち砕かれる。
「はぁ。それでですね、その香水の瓶を見た一年生の生徒の方がどうやらミスタ・ギーシュから誘われていたらしく……」
「二股かけていたことがバレてフラれたってわけね――アイツ!」
想像するのは容易い。大方自分には恋人がいないとでも言ってナンパしたんだろう。
モンモランシーはギーシュ同様怒りに満ちた表情で人だかりの中心へと向かっていく。
「どうしてくれるんだよ平民くん。君が空気を読まないせいで
ケティは怒ってしまったじゃないか。どう責任をとってくれるんだね!」
「いや、あの、責任と言われてもですね。僕はただ良かれと思って……」
「それが余計なお世話だと言うんだ!」
ギーシュという貴族の少年に詰め寄られ、静嵐は困惑していた。
本当に、自分は親切心で小瓶を拾ったのに、何故かこうして怒られている。
元はと言えば二股をかけていたギーシュが悪いのであるが、それを指摘したところで火に油であることは目に見えていた。
困った。おろおろとしているシエスタの態度を見るに、この貴族というのを怒らせるのは相当にマズイことであるようだ。
そんな静嵐であったが、意外なところから助け舟が入る。
「ギーシュ! 貴方何やってるの!」
「モンモランシー……!」
金色の髪をひっつめたようにしている、モンモランシーと呼ばれた少女が二人の間に割って入る。
既に彼女が事情を知っていると察知したギーシュは、先ほどまでの剣幕とは打って変わって気弱に言い訳を開始する。
「こ、これはだね、誤解なんだよ。この平民が……」
「そんなことは聞いてないわ。何をしているのかって聞いてるの!」
哀れなにもギーシュの言い訳をモンモランシーは一蹴する。
「それは……こ、この愚かな平民に貴族として注意をだね」
「あっきれた! それってただの八つ当たりじゃない! 元はと言えば貴方の浮気が原因なんでしょう?
彼は親切で貴方に落し物を届けたのに、それで怒鳴りつけるなんて最低ね!」
別に彼女は平民である静嵐をかばっているわけではない。
ただ、自分の恋人が権威を笠に着て弱いものに居丈高と怒鳴りつけるのが情けなかっただけだ。
だがギーシュとしてもここまできてしまった以上引き下がるわけにはいかない。
平民に頭を下げては貴族としての沽券に関るし、何よりこのままではモンモランシーとの仲も終わってしまう。
ケティに振られてしまった今、それだけは避けたい。
あのマリコルヌのように、恋人のいない学院生活を送ることは一分一秒でも我慢できない。
それがギーシュという少年だった。ある意味では天晴れと言えるほどの自己主張である。
「っ、ならば正々堂々と決闘で勝負をつけようじゃないか。それなら文句はないだろう、モンモランシー!」
平民との決闘。そんなものは有り得る話ではない。
だが、無茶とも言える主張を正式に相手に認めさせるには決闘という前時代的な手段は有効である。
それも、貴族という存在に対してはなおさらであり、モンモランシーもまた貴族であった。
「平民……セイランとか言ったわね」
「はい」
それまで蚊帳の外に置かれていたが、いきなりモンモランシーから話しかけられ静嵐はつい素直に返事をしてしまう。
そこで悪態でもついて見せればいいものだろうが、そういうことができない性質であるのが静嵐であった。
モンモランシーは平坦な声で言う。
「貴方の骨は拾ってあげるわ。正々堂々戦って死になさい」
「……え?」
言ってる意味がわからない。たしか彼らは決闘がどうとか言っていた。誰と誰が?
ひょっとしてギーシュという少年と自分が決闘するのだろうか?
そんなことを了承した覚えはないし、しなければならない謂れもない。
なのに何故? 自分が決闘を?
「平民!」
「は、はい?」
今度はギーシュが静嵐を呼ぶ。またもや素直に返事をしてしまった。
「あとでヴェストリの広場に来たまえ。そこで勝負といこう。――逃げるんじゃないぞ?」
「じゃああとは頼んだわ」
吐き捨てるようにいい、ギーシュは去っていく。モンモランシーも、任せたと言って去っていく。
取り残された静嵐は未だに状況が掴めない。
「え。えええ?」
なんでこんなことになってしまったんだろう。
*
「セイラン!」
息を切らせ、ルイズが走りこんでくる。どうやら騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。
「やあルイズ。もう食事は済んだの?」
「やあルイズ、じゃないわよ!何勝手に決闘の約束なんかしてんのよ!」
「いや、僕もそんな約束した覚えはないんだけど。何かいつの間にかそんなことになっちゃって」
そう言って静嵐は頭をかく。言葉通り、彼は一言も決闘をするとは言っていない。
ルイズは声を潜め、ささやくようにして問いかける。
彼がただの平民ならいざ知らず、その正体は宝貝であるのだ。
ひょっとすれば、という思いもある。
「で? あんたどうなのよ。勝てる見込みはあるの?」
「こう見えても武器の宝貝だからね。前にも言ったけど、僕の体には様々な武術が仕込まれてるんだ。
だから普通に戦えば人間相手に負けるつもりはないけれど……」
間が抜けているとは言え、静嵐は武器の宝貝だ。
訓練を積んだ武人が相手ならいざ知らず、普通の少年相手に戦いで遅れをとるなどということは絶対に無い。
だが、相手もまた普通の少年ではない。ギーシュはメイジなのだ。
「あの達人の技が使えるっていうやつ? ……でもそれだけじゃ無理よ。
ギーシュはドットクラスとはいえメイジであることに間違いないわ。いくらあんたが凄くても……」
「はあ。勝てませんかね、やっぱり」
いまいちメイジというのが理解できていない静嵐には、己の敗北がピンとこない。
「単に力や技がすごくても、それをひっくり返せるのがメイジよ。でなければ貴族なんて存在になれないもの」
たしかに、今朝のキュルケのような攻撃を本気で食らえば静嵐とて危ない。
頑丈な刀形態に戻れば耐えられるだろうが、今の姿ではそれほどの耐久力は期待できそうにない。
「参ったなぁ。謝っても許してもらえそうもないし。……破壊されないように上手く負けるのが一番かな」
「……なんとか先生を引っ張ってきてあげるから、それまでなんとか死なないように頑張りなさい」
どうしようも無く静嵐は気が重くなった。
静嵐がヴェストリの広場と呼ばれる場所にやってくると、
そこにはギーシュたちの諍いを見ていた貴族たちが押し寄せていた。
平和で退屈な学院生活に、決闘という血なまぐさいイベントは格好の暇つぶしなのだろう。
「逃げずに来たことだけは誉めてあげようじゃないか、平民くん」
そんな観衆を意識してか、大仰に、芝居がかった仕草でギーシュは語る。
「さて、勝負の方法だが……ここはシンプルにいこう。
勝敗の決着は参ったと言って相手にそれを認められるか、それとも戦闘続行不可能になるかだ」
自分が絶対有利であることを見越しての発言であることは明白であった。
試しに静嵐は言ってみた。
「ええと、参りました」
「認めると思うかね?」
あっけなく却下される。
つまりこれは、死ぬ寸前まで痛めつけられて無様に命乞いをするか、
それとも意地を張って再起不能を選ぶかどちらかしかないということだ。
「さて、それじゃあ勝負開始といこうじゃないか!」
そう宣言してギーシュは薔薇の花のついた杖を振るう。花びらの一枚が飛び散り、地面に落ちる。
花びらは地面に触れると同時に掻き消え、それともに地面から人形が浮かび上がる。
武装した女性を模した青い人形。その表面には金属の光沢があり、その人型が金属製であることはわかった。
「これは!」
驚く静嵐。魔法というのはこんなこともできるのか?
(まるで仙術だなぁ)
仙術には化修という泥の人形を作り出す術があるが、それはかなり高等な仙術である。
それにも似たような魔法を、この少年は難なく行って見せた。
周囲の観客も歓声こそあげ、さして驚きの声を挙げてはいない。
つまりこれは魔法としてはそれほど大したことではないということだろう。
「僕は土のメイジ、『青銅のギーシュ』さ。ゆえに君のお相手はこの僕の作った人形、ワルキューレがつとめよう」
これは仙術、いや、
(どちらかというと宝貝だな)
ある意味では宝貝は仙人よりも大きな力を持っている。ある一つの機能に特化した宝貝ならば、
高等仙術に匹敵する現象を造作も無く行うことができる。
思い出すのは砂兵巻という宝貝だ。
字の通り巻物の宝貝で、巻物から零れ落ちる砂で人形を作り出すという機能を持っている。
ただ前述の通り人形は砂でできているため、衝撃に対して非常に脆いという欠陥を持っていた。
だが、このギーシュの作り出した人形は、
(青銅製、脆いなんてことはないよね。……砂兵巻の能力を青銅でやったようなものか。こいつは強敵だぞ)
静嵐にしてみれば自分ならば耐えられる火や氷を飛ばして攻撃されるよりもよほど厄介な相手だった。
「さぁ行くよ、平民くん!」
言うや否や人形は静嵐に踊りかかる。
(速い!)
鈍重な外見からは想像もつかないほど素早い動きで静嵐に迫り来る。
しかしそれは、武器の宝貝であり、速さを得意とする刀の宝貝である静嵐にしてみれば回避できない速さではない。
ワルキューレの一撃を回避し、静嵐はその腹に掌底を叩き込む。
「!」
やはり硬い。自分の攻撃が通用しないことを悟った静嵐は、掌底の反動をそのまま利用して後ろに跳ぶ。
ワルキューレはすぐに間合いを詰めようとはせず、様子を伺うように立つ。
(まずいなぁ。こちらの攻撃は通用しない、そして敵の攻撃は重くて速い。
なんだ、こいつのほうがキュルケなんかよりもよっぽど強敵じゃないか)
単純に、硬い鎧を着込んだ相手だというのならば、鎧の隙間を狙うなり、関節をとって極めるなりすればいい。
だが文字通り全身が青銅製で、かつ人間のように有機的に動く人形相手にそれが通用するとは思えない。
静嵐は考える。ならばどうすれば勝つことができるか?
答えは簡単だ、術者にして決闘相手であるギーシュ本人を打ち倒せばいい。
青銅製人形をすり抜け、ギーシュの鳩尾に拳を叩き込めばそれで終わりだ。
だが、そんな作戦はとれなくなる。何故なら、
「へえ? なかなかやるじゃないか。ならばこれでどうかね?」
ギーシュが杖を振ると、先ほどと同じようにして六体の人形が続けて浮かび上がる。
「計七体の青銅製ゴーレム、僕の美しい戦乙女たちさ。
どうやら少しは腕に覚えがあるようだが、その程度では僕に勝つことはできないね」
七体の敵が一挙に静嵐へと殺到する。
*
静嵐の戦いを遠くから見守っている娘が二人いた。キュルケとタバサである。
気性の激しいゲルマニア人らしく、キュルケは面白がるように見ている。
だが珍しいのは、キュルケの友人であるタバサがこれを見物していることだ。
いつもならば我関せずと読書を決め込むのだが、今日に限ってはどういう風の吹き回しか
手に持った書物には目もくれずじっと真剣に静嵐の動きを見ている。
それを不思議に思ったキュルケが問う。
「貴女がこういうのを見物するなんて珍しいわね。興味あるのかしら?」
「無い。だけど……」
気になるという言葉を飲み込む。まだ彼女自身、それを口に出すべきか迷っていた。
今この場で戦況をもっとも的確に見ているのはタバサであった。
それは彼女のこなしてきた『任務』の経験で培ってきた、冷静な兵士としての観察眼ゆえである。
その彼女の分析は告げる。このままでは遠からずあのセイランという平民は負ける。
もし逆転勝利を狙うのならば『アレ』が必要だ。
そう思い、タバサは誰にもわからぬよう密かに杖を掲げた。
*
これは詰め将棋だ、と静嵐は考える。
敵の手の中には7枚の『歩』があり、こちらは自分自身、すなわち『王』の駒のみがある。
『王』は『歩』よりも多彩な動きが出来る。だが『歩』には七という数がある。
七枚の『歩』は『王』を詰もうと動き回り、『王』は全ての動きを七枚の『歩』からの回避に使う。
ただ一つ、普通の将棋と違うのは自分の『王』は相手の『歩』を取ることができない。
それは大きな違いであり、現実問題として静嵐を追い詰めようとしている。
宝貝である静嵐に疲れは無い。そして戦術・戦略的なことでならいざ知らず、
こと戦闘中においての状況判断を誤ることは(彼に限っては無いとは言い切れないが)無い。
考えるより先に体が動く、そういう風に静嵐たちは『造られて』いる。
だがそれは相手のゴーレムたちとて同じことだ。
一度作り出してしまえば術者であるギーシュに負担は少ない。
だからこの戦いは膠着状態に陥っているように見えるだろう。
だがこれは詰め将棋なのだ。ゆっくりと、だが確実に静嵐は追い詰められている。
ほんの少し小さなことでいい、偶然の作用する要素がギーシュに味方すれば、
それが積もっていきやがては静嵐の致命傷へと至る。
真綿で首を絞められるように静嵐は危地へと向かい続けている。
それほどに、生身の状態の静嵐刀にとって『青銅のギーシュ』とは相性の悪い敵だった。
(せめて武器があればいいんだけどな)
青銅製のゴーレムを破壊できるほどの硬度をもった武器か、さもなければ鋭い刃のついた刀や剣があれば、
ゴーレムを倒してギーシュに近づくことができるようになる。
あるいは静嵐がその本性を現し、刀として誰かが使用してくれればいいのだが、
この一対一(と呼ぶには不当なものがないではないが)の決闘で助太刀してくれる人がいるわけがない。
終わりの無い回避戦に飽きたのか、ギーシュは髪をかき上げて告げる。
「よく粘ったね、平民にしてはよくやる。正直僕は感心したよ。……だがここまでだ」
ギーシュはワルキューレの駆動を揃え、一気に連携した動きで静嵐を襲わせる。
ワルキューレたちの剣が雨のように静嵐に降り注ぐ。
ここまでか、と思った時。静嵐の左手に違和感が走る。
気がつけば、地面から生えるようにして剣が伸びている。その剣の柄が自分の左手に触れたのだ。
(これは、太刀……いや剣かな)
考えるより早く静嵐はその剣を掴み、引き抜いた――そしてさらにその勢いをそのままにワルキューレ一体を斬りつける。
斬りつけられたワルキューレは呆気なく両断され消滅した。
「使えそう――だね」
*
「先生、こっちです!」
「ま、待ってくれたまえミス・ヴァリエール!」
息を切らせながらルイズとコルベールがヴェストリの広場に走りこんでくる。
広場に多くの貴族の生徒たちが決闘を観戦している。皆口々に歓声を上げている。
刺激に飢えた貴族の子弟たちは、生意気な平民が血祭りにあげられようと止めはしない。
(こんな馬鹿騒ぎ早くやめさせなきゃ!)
焦るルイズは一人暇そうにしていたコルベールを捕まえて急いできたのだ。
(あんな欠陥使い魔でも私の使い魔なんだから)
不満が無いではない。だが初めて出来た自分の使い魔に愛着もある。
ギーシュなんかに殺させるわけにはいかなかった。
「アンタたち! どきなさいよ!」
人垣になっている生徒たちが邪魔で、背の低いルイズは決闘がどうなっているか見ることができない。
だが今だ響く歓声とその合間の剣戟音が、決闘がまだ続いていることを教えている。
ようやく人ごみを掻き分け、ルイズとコルベールが前に出たとき。
決闘は意外な様相を見せていた。
「何、コレ……」
*
言い訳をしてしまえば、ギーシュは「自分は本気ではなかった」と言うだろう。
ギーシュとて静嵐を殺すつもりなど無い。
少し派手に痛めつけてやって無様に『平民らしく』命乞いさせてやりたかっただけであり。
それでもし意地を張るというのなら仕方無い。大怪我をさせて再起不能にするだけだ。
何、ここには水魔法の使えるメイジも大勢いる。少しくらい痛めつけても寝覚めの悪い結果にはならない。
それは全く貴族らしい歪んだ愉悦感への欲求であるが、人間としてはそれほどおかしな話ではない。
自分とケティ、モンモランシーとの仲に不要な亀裂を入れた生意気な平民。
それを少し痛い目に合わせてやったところで何が悪い? というだけだ。
誤解されがちであるが、ギーシュは馬鹿ではあっても頭が悪いわけではない。
ギーシュはそれが言いがかりであることを自覚している。
だがそれが自分の言いがかりであっても、それを通すことができるのがメイジであり、通そうとするのが貴族という生き物だった。
加えて悲しいことに、ギーシュはメイジであり、そして貴族であったのだ。
故にこれは貴族としての正当な権利であるとも言えた。だが、現実は……。
三体目のワルキューレが無惨にも両断される。
残りのワルキューレは四体。まだ四体、否、もう四体。既に数による絶対的有利は揺らぎつつある。
ギーシュは考える。何故あの平民はこれほどまでに戦える?
これでもギーシュは軍人の一族である。元よりあの平民の体術が優れていることは承知していた。
あの動き、今まで見たことも無いような体捌きは賞賛に値すると素直に感心した。
だが、あくまでもそれは体術でしかなく、自分のワルキューレに対抗できるものではない。
現に最初、あの平民は硬い青銅のゴーレム相手に攻めあぐねていた。
だが、あの剣を手にしてから一変した。
四体目。ワルキューレが消滅した。
あの剣。あんなものを平民は持っていなかった。となれば自分以外の誰かが『錬金』の魔法で平民に与えたことは間違いない。
誰だ? 観客を見回すがそれらしい素振りを見せた人間はいない。
観客の中にはピンクの髪が見える。あの平民の契約者、ルイズだ。
彼女か? いや、そんなはずはない。今日も錬金の授業で派手に失敗した彼女にそんなことはできないはずだ。
では自分を焚きつけたモンモランシー? だが彼女は水のメイジだ。
錬金を使えないわけではないだろうが、無動作で剣を作り出すことなど不可能だ。
それを出来るとすれば、自分より数段上のトライアングルクラスのメイジしかいない。
だが誰だ! 誰がやった! ギーシュの混乱は頂点に達する。
そして五体目のワルキューレが切り裂かれた。
驚いているのは静嵐も同じであった。
六体目の人形を切り裂いた時静嵐は確信した。自分の動作がいつもより数段速く、強いと。
静嵐の『技』であればこの剣――地面から生えていた謎の剣――でも青銅の人形を斬る事はできる。
だがそれはあくまでも、気勢を乗せた一撃を的確な場所へ的確な速さで打ち込むことによって成しえる、達人の神技に他ならない。
どだい、それが青銅であっても金属製の物体を両断することなど常識的には不可能なのだ。
しかし、今の静嵐はその『技』を使用していない。
純粋な、力と速さでもって青銅製の人形を斬っているのだ。
剣の切れ味がよほど優れているのかと思っているが、
今だ魔法というものを完全に理解していない静嵐には判断がつかない。
ただ、左手が熱く燃えているようだった。その熱さを感じるたびに剣を振るう力が増していく。
それだけが確かに判ることだった。
――七体目のワルキューレが音を立てて崩れた。
七体全てのワルキューレを斬り、静嵐は片手に剣を携えギーシュの前に立つ。
ギーシュにはもはや戦闘能力は残されていない。文字通りの身一つだけだ。
「ま、参った」
それは先ほど彼が自分に言ったことであるが、自分はそれを認めなかった。
だが彼はあっさりとうなずいて、
「うん。じゃあこれでお仕舞いということで」
剣を収める。散々自分に追い込まれておいてなお恨みの一つも零さない静嵐の姿に、
ギーシュは単純な敗北以上の感情を覚える。
「負けた……」
本当に、どうしようもなく敗北してしまった時。
不思議と人間は悔しさを覚えないのだとギーシュは悟った。
ここに、ギーシュと静嵐の決闘は終わりを迎えたのだった
静嵐は剣を下ろし、気を抜く。弛緩と脱力の間の加減で力を緩める。
そんな彼の元に心配そうな顔をしたルイズが走りこんでくる。
そんなご主人様に使い魔である静嵐は声をかける。
「あ、ルイズ。危なかったけどなんとか勝てたよ。というか、見てたんなら止めて欲しいんだけど」
「止めようとしたころにはすでに決着がつきかけてたのよ。……何よ、けっこう楽勝だったじゃない」
「うーん、最初はそうでもなかったんだけど。この剣のおかげかな?」
剣をルイズに見せてみる。ルイズはその剣を良く見てみるが、何の変哲もないただの剣だった。
「あんた、そのルーンは……」
それよりもむしろ気になったのは、剣を持った左手に輝くルーンだった。
使い魔の印かとも思ったが、それが武器に反応して光り輝くとは聞いたことがない。
「これ? なんか光ったと思ったらいつもよりよく動けてさ。これもこの剣の魔法なのかい?」
「貸してみたまえ」
遅れてやって来て、様子を見ていたコルベールがディテクトマジックを使用する。
そしてその反応を見て、ううむ、と唸る。
「錬金で作られたことは間違いないが、これはただの剣と同じようだ。その証拠に」
剣はボロボロと形を失い、その材料であったであろう広場の土に戻っていく。
「砕け……ちゃった?」
「術者が魔法を解除したのだろう。これはどこで?」
「さぁ? 危ないと思ったときに足元にいきなり現れたから使ってみたんですけど」
使用していた本人である静嵐も、それがどこから現れたかはわからないようだった。
ルイズは首をかしげる。誰かが魔法で手助けしたことは間違いない。
だが一体誰が?
*
「決闘の手助けしちゃったわね。ギーシュが知れば怒るかしら?」
「関係ない」
「そうね。別に貴女が造った剣じゃなくても、結果は同じだっただろうし」
キュルケはそう言って友人の顔を覗き込む。
その顔はいつも無表情な彼女にしては珍しい、険しいものとなっていた。
(鼻持ちならない貴族様を颯爽と打ち倒した謎の平民君に一目惚れ、なんていう目じゃないわね……)
タバサは未だ首をかしげているルイズたちに背を向け、歩き出す。
「もういいの?」
キュルケが聞くと、コクリとタバサはうなずいた。その顔はすでにいつもの無表情に戻っている。
そして二人は寮へと戻っていく。
その去り際、タバサは歓声に沸くヴェストリの広場に向けて振り返り、一言。
「……似ている」
と呟いた。
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