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第1話 男と少年)
トリステイン魔法学院の医務室は、水の塔3~6階まである。
その最上階一番奥のベッドで、一人の若い男が眠り続けていた。髪は黒く鼻は低い。異
国の民の様に見える
ベッド横には数人の教師と生徒が杖を掲げてルーンを唱える。男の頭を、杖から放たれ
た青白い雲が包む。
「眠りの雲を、これだけ厳重に重ね掛けだなんて…一体この人、誰なのかしらね?」
「さぁ…見た事無いなぁ。ルイズ達が連れてきたんだろ?」
「そうなんだけど、あいつら何にも話さずどっかいっちまったよ。学院長も、とにかく眠
らせ続けろっていうばかりだし。グリフォン隊の騎士も王宮帰っちゃったしなぁ」
幾つもの疑問符が、男を見つめる彼等の頭に浮かぶ。
男の名はウェールズ。亡国の王子。
眠ったまま学院に運ばれた彼は安全のため、すぐに風と水を組み合わせた高度な系統魔
法『フェイス・チェンジ』で変装させられた。そして、アンリエッタが来るまで絶対に目
覚めさせないため、『眠りの雲』を使える教員と生徒が総動員されていた。
ウェールズ皇太子は、眠り続ける。
「ふぅわぁ~…。それじゃ、おやすみぃ~。お姫様来たら呼んでねぇ~」
「ええ、それまで休んでいてね」
キュルケは眠そうにあくびをしながら、部屋に入っていった。タバサはやっぱり無言で
部屋へ帰った。
ルイズと使い魔達も、部屋に戻る。
「それじゃルイズさん、オールド・オスマンへの報告を願いしますね」
「スィドリーム残すです。すぐ戻るですから」
「おーいジュンよぉ、タマには俺も地球とやらにつれてけよぉ」
「ダメよ、デルフリンガー。あなたもルイズのそばにいてあげて」
「うぅ~、しゃーねぇなぁ」
「いいから早く行きなさいよ。お姉さん心配してるんでしょ?」
ルイズに促され、使い魔達は鏡台の中へ消えていった。
日本、夜明け前。
桜田家の倉庫奥に置かれた大きな鏡が、淡い光の波を放つ。
鏡面から、大小三つの人影がわき出した。
「ぐはぁ~っ!やっと帰って来れたぁ~!」
「はうぅ~、疲れたですぅ~」
「本当に、今回は大冒険だったわ。のりはまだ寝てるかしら?」
ジュンは倉庫の扉に手をかけて開けようとした。
どたたたた、バンッ!
彼が開けるより早く、廊下を駆けてきた人物が開け放った。
「はぁっはぁっはぁっ・・・ジュンくん?」
のりがパジャマのまま、息をきらして飛んできていた。目の下にはクマがある。
「あ、ああ。ただいま姉ちゃん」
「ジュンくん・・・う、うわあああああんっっ!」
のりはジュンに抱きつき、声を上げて泣き出した。
「ちょ、ちょっとねえちゃん、そんな大げさな」
「だって、だって!もう、何日たっても、ぐす、帰ってこないから!学校だって、せっか
く戻ったのに、うう、また休んじゃって…あたし、もう、心配で、心配で・・・。
ふ、ふえ、ええええぇぇん!」
のりは、ジュンに抱きついたまま泣き続けた。
ジュンは、のりを優しく抱きしめた。
真紅と翠星石も微笑みながら、のりの背をさすっていた。
「ふぅ~ん・・・そんな大変な事があったんだぁ」
ようやく泣きやんだのりは、朝食を作りながらジュンの話を聞いていた。彼はソファー
に座って紅茶を飲んでいる。
「ああ…でも、おそらくこれから、もっと大変になる。あのレコン・キスタっていうのは
トリステインに侵攻する気らしい」
「そ!そんな・・・」
のりの顔は、もう蒼白だ。顔を手で覆い、わなわなと震えている。
ジュンの横に座り、沈痛な声で語りかける。
「ジュンくん、もう、やめようよ…ね?」
「…」
ジュンを見つめるのりの瞳からは、溢れそうなほど涙がたまっていた。
「やめようよ、ハルケギニアに行くの・・・。
雛苺と蒼星石の事は残念だけど、ローザ・ミスティカ、全然見つからないんでしょ?魔
法の勉強だって、何年かかるかも、使いものになるかも分からないんでしょ?
ねぇ、死んだら、何にもならないのよ」
「死んだら、何にもならない…か」
カチャッとカップを皿に戻し、体を背もたれに預ける。
しばしの沈黙の後、彼は口を開いた。
「でも、ここで諦めたって、やっぱり何にもならない」
「ジュンくん…」
「何か、したいんだ。出来る事があるんだ。もう、怖いからって、逃げたくないんだ」
のりの目から溢れる涙が、膝の上に握りしめられた手を濡らす。
「ごめん、姉ちゃん。本当に、心配ばっかりかけて…。
でも、戦う事は生きる事だって真紅は言ってた。僕も、戦う。あいつらと、ローゼンメ
イデンと一緒に生きるために…。いや」
少年の瞳は、まっすぐ前を見据えた。
「ルイズさん、巴、シエスタさん、草笛さん、コルベール先生…姉ちゃんとだけじゃなく
て、みんなと一緒に生きるために、僕は戦う。それが、生きるという事だから」
その瞳は、まっすぐだった。ただ、まっすぐ前を見つめる。
何の迷いも偽りもない目。
姉は、そんな弟のために精一杯強がって、ぎこちない微笑みを作る。
「ジュンくんも、男の子なのね…」
「…ああ」
「そうよね、男の子はいつか、どっかに旅立っちゃうのよね。でも、まさか異世界に旅立
つなんて思わなかったなぁ」
「へへ、僕も想像もしなかったなぁ」
弟も、そんな姉のために笑顔を作った。
「大丈夫だよ、さすがに死ぬ気はないから。ホントにやばくなったら、さっさと逃げてく
るよ。あ、でもそん時はもしかしたら、ルイズさんやデルフリンガーも連れてくるかも知
れないんだ」
「もちろん大歓迎よ!ステキな紅茶を入れて待ってるわね」
ようやく姉弟は、心からの笑顔を送りあえていた。
「ちょっとぉ~、そろそろいいかしらぁ?」
廊下から水銀燈が、面倒そうに声をかけた。ジュンとのりが振り向くと、真紅と翠星石
と、金糸雀も瞳に涙をためて立っていた。
「す、水銀燈…ちょっとそれはデリカシーない、かしら?」
「あぁ~ら、時間が無いんでしょう?急がなくていいわけぇ?」
「そうね、水銀燈の言う通りよ。ジュン、急ぎましょう」
「のり…ゴメンです。でもジュンは必ず無事に連れて帰るです。全部終わったら、地球の
学校も普通に行けるです。安心するですよ」
ジュンは立ち上がり、歩き出す。
涙を拭って手を振る姉に見送られ、弟は再び異世界へ旅立った。
ハルケギニアは、既に深夜だ。
雲の多い夜空に二つの月、ゆるゆると流れる雲に隠れたり現れたりしている
鏡台の放つ光が、暗いルイズの部屋を照らし出す。
「よー。やっと帰ってきたか」
のんきなデルフリンガーの声が三人を迎えた。
「ぶへぇ~・・・やっとついた。さすがにこんな急にとんぼ返りすると、きついなぁ」
ジュンがずるずると重い体を引きずって、鏡から這い出してきた。
「本当にお疲れ様ですねぇ。でも、のりにお前の顔を見せれて良かったですよぉ」
翠星石もひょこっと飛び出し、這いつくばるジュンの頭に着地した。
「本当ね。ジュンも本当は、のりが心配だったのでしょう?」
今度は真紅がジュンの背中に降り立った。
「ふん、何言ってンだよ…別に僕は…」
口を尖らせ否定するが、二人を頭と背に乗せたまま、未だに立ち上がろうとはしない。
ぎゅむっ
翠星石が、ジュンの後頭部を思いっきり踏んづけた。
「えーい!いつまでもウジウジしてるじゃないですよっ!しゃっきり目玉開けて立ち上が
るです!」
「踏むなぁーっ!」
いきなり立ち上がり、人形達は跳ね飛ばされた。
真紅と翠星石を両手に抱え、長剣を背に担いだジュンは、学院長室に駆け込む。
「すいません!遅くなりました」
部屋にはオスマン氏とルイズがソファーに座っていた。ルイズの上をクルクルとスィド
リームが飛び回っている。
「ジュン、遅いわよぉ。間に合わないかと思ったわ」
「うむ、もうすぐワルド殿が姫殿下を連れてくるとの事じゃ」
「そう、よかったわ。間に合ったのね」
真紅が胸をなでおろす。
ワルドはウェールズが学院の医務室に運び込まれたのを確認すると、すぐに王宮へ向け
てグリフォンで駆けていった。夜に紛れ、秘密裏にアンリエッタを学院へ連れてくる手は
ずになっている。
「皇太子はどうしているです?」
「まだ寝ているわ。姫様が来られたら、すぐに起こす手はずよ。ジュン、あなた達もそれ
まで部屋で休んでいていいわ」
「えっと、ルイズさんは?」
「まだオールド・オスマンと話があるの。終わったら戻るわね」
「「「はーい」」」
使い魔達はルイズの部屋に戻っていった。
ルイズの部屋の窓からは、月が流れる雲に見え隠れしている。
ジュンは、ルイズのベッドの上で寝っ転がっていた。
別に寝てはいない。今夜これから起きる事を想像し、神経が高ぶって寝れないのだ。
それは、トランクの中に入って休んでいる真紅と翠星石も同じだった。
それでも彼等は、少しでも休むべく目を閉じて横になっていた。
デルフリンガーも何も語らず、黙って壁に立てかけられている。
コツ…コツ、コツ
何かが窓を叩いた。と同時にガバッと三人は飛び起きる。
小さな紅色の光が、窓ガラスにコツコツとぶつかっていた。
「ホーリエ、お帰りなさい」
真紅が窓を開け、紅い光を部屋に入れる。己の半身である人工精霊を小さな手の中に招
き入れた。
その瞬間、真紅の顔がこわばった。
「おうシンクよ、どうだったんだぁ?」
デルフリンガーの声に、真紅は何も答えず立ちつくし続ける。
「真紅、どうだったんだ?」
「やっぱり、ジュンの予想どーりだったですか?」
ジュンと翠星石の問いかけに、ようやく真紅は重い口を開いた。
「良い知らせと、悪い知らせがあるわ・・・まったく、物事というのは本当に思い通りに
行かないものね」
真紅からホーリエの報告を語られたジュンも翠星石も、その内容に凍り付いた。
ガチャッ!
ドアがいきなり開けられた。
「みんなー!姫様が着いたわ!早く医務室へ来てちょうだい!…どうしたの?」
扉を開けて中を覗いてきたのは、ルイズだ。仰天して飛び上がった使い魔達を、不思議
そうに眺めていた。
「い、いや、いきなり開けられたからビックリしただけだよ」
ギクシャクとぎこちなく答えるジュン。
「?…なにかヘンね。まぁいいわ、とにかく早く来て」
「わ…わかったよルイズさん、今行くよ…あ、み、みす、ミスタ・ワルドは…まだ、いる
かな?」
「えっと、また王宮に戻るって外へ…どうして?」
「い、いや、何でもないよ。そ、それと、手紙は?例の手紙」
「ああ、あれならもう姫さまに渡したわよ。今頃、灰になってるわ」
「そ、そっか!よかった。んじゃすぐ行くから、先行っててくれるかな」
「??、何かよく分からないけど、まぁいいわ」
急ぎなさいよー、という声と共に、足音が遠ざかっていった。
だが、部屋の中の人々は急ぐ事はおろか、動けなかった。
しばし、沈黙が部屋を支配する。
「まぁ、これも世の常ってやつだ。戦乱の時代だからな、しょうがねぇかもよ?」
ようやく口を開いたデルフリンガーの軽い語り口調も、この場の雰囲気を和らげられな
かった。
「困ったです…どうするですか?」
「ジュン…、こんなの、とてもルイズには言えないわね…」
困惑する人形達に、しばらく逡巡したジュンは、やがて意を決して顔を上げた。
「…言えない、よな。でも、このままじゃルイズさんや、いや、学院のみんなが危険だ。
やるしかない…行こう!」
「おーっ!」
元気な声を残し、彼等は部屋を飛び出した。
時は既に夜明け前。
白々とした薄明かりが、6階医務室内部にも差し込み始めていた。
開け放たれた窓は、涼やかな風と小鳥のさえずりを招き入れる。
一番奥のベッドにはウェールズがいた。既に『フェイス・チェンジ』も『眠りの雲』も
解除されている。あとは目覚めを待つばかりだ。
そして、ベッド横の椅子には、アンリエッタが座っていた。その後ろには、ルイズとオ
スマンが、部屋の入り口にはタバサとキュルケとギーシュが控えている。
アンリエッタの足下には、燃えかすがあった。既に焼かれて灰になった、アンリエッタ
の手紙だ。
アンリエッタが、震える手でウェールズの頬に触れる。
「・・・うん・・・うぅ」
僅かにうめき、顔を逸らす。ただそれだけで、その姿を見ただけで、王女は大粒の涙を
こらえられなかった。
細く白い指が王子の頬を、額を、首筋を、いとおしげに優しくさする。
「ウェールズさま、起きて下さいまし、ウェールズさま」
「うぅん…、ん?アンリエッタ…?」
「はい、アンリエッタに…アンリエッタにございます。ウェールズさ、ま…」
「…これは、夢、か」
「いいえ、いいえ!現にございます、ウェールズさま」
「ふふふ、妙な夢だ。夢でなければ、このような甘い時を過ごせるはずもなかろうに」
「おお…ウェールズさま!」
王女は、王子に力の限り抱きついた。声の限りに、涙の尽きんばかりに、泣き続けた。
ウェールズは、一瞬驚愕し、そしてゆっくりと、震える手でアンリエッタを抱きしめた。
「これは、まさか、私は生きているのか?亡国の王子が、まさか、このような至福の時を
過ごしてよいというのか!?」
「良いのです、良いのです!ああ、愛しのウェールズさま!たとえ国を失おうと、たとえ
ハルケギニアの全てを敵にしようと!どうかアンリエッタと共に、生きて下さいまし!」
「だ、だが!私は、アルビオン王家の者として」
「お忘れ下さい!アルビオン王家はもう、滅んだのです!あなたはもう王子でも何でもあ
りませぬ!」
「違うっ!私はアルビオンの」
「ただのウェールズさまにございます!ただの、ただの、わたくしの愛しいウェールズさ
まに、ございます…」
アンリエッタを抱きしめるウェールズの手が、次第に力を込める。
「なんという、なんということだ!あのラグドリアン湖で願った事が、二人で全てを捨て
て、庭付きの小さな家をと、願った事が、まさか、本当に」
「はい、はい!叶ったのでございます、今、わたくし達の願いは、叶えられたのでござい
ます!」
「これも、水の精霊の、『誓約の精霊』のご加護なのか…ああ、アンリエッタ!もう放し
たくない、離れるものか!」
「離れませぬ、ああ、愛しいウェールズさま!」
「今こそ誓おう!始祖ブリミルの名において、あなたを永久に愛すると!」
「わくしもです!今一度誓います!始祖ブリミルの名において、ウェールズ様を永久に愛
しますわ!!」
二人は、力の限り抱きしめ合った。滝の様に涙を流し、声を限りに愛を誓い合った。
オスマンも、ルイズも、キュルケも、ギーシュも涙を流していた。タバサですら、顔を
伏せている。
窓の外の人も感動したようだ。
「いやぁ~、まったく、泣かせるじゃないですか!」
「本当だな。我々も若い二人の門出を祝福しよう」
「――――――なっ!?」
その場にいた老若男女は、絶句した。
開け放たれた窓の外には、二人の男が浮いていた。
一人は三十過ぎの、長身長髪で目つき鋭い黒ローブの男。
もう一人は皮のコートを着て、腕に鳶を乗せた、両の目元に大きな火傷のある大男だ。
無骨な鉄棒を右手に持っている。
「ああ、しばし待たれよ」
二人は外壁の出っ張りに降り立った。火傷の男が悠々と鳶を空に放すと、鳶は空高く飛
び去った。
「失礼した。今のは、ゲルマニアのお偉いさんの使い魔でね。ちょっと借りてきてたのだ
よ」
「な!なっ!なななっっ!!」
それが誰の叫びだったか、もはや誰にも分からなかった。だが誰にも分かったのは、使
い魔を通して先ほどの会話全てが、ゲルマニアに送られた事だ!
「『ジャベリン』」
ルイズ達の後方から窓に向け、氷の矢が飛んだ。それも特大の矢が。
「『火球』」
だが、火傷の男の鉄棒から打ち出された炎で、一瞬にして溶かされた。
「『ファイア・ボール』!!」
間髪入れず、今度は火球がカーテンやベッドを焦がしながら飛ぶ。
「危ないですよ、火事になったらどうすんですか」
長髪の男は軽く杖を横に払う。と同時に生じた烈風が、火球をかき消した。さらに窓か
ら飛び込んだ烈風は、室内のベッドも机も人間も、全てまとめて吹き飛ばした。
未だ立っているのは扉の影に隠れた二人――キュルケとタバサだけだ。ギーシュは廊下
まで飛ばされた
「強いわねぇ。恐らく、レコン・キスタの傭兵ね」
キュルケの言葉に、タバサは頷く。
ギーシュは薔薇の杖を手に立ち上がり、部屋へ駆け込もうと走り出した。
「くっくそ!今こそ忠義の心を示す時!諸君、突撃だ!とつげ!」
ぼてっ
キュルケが出した足にひっかかってすっ転んだ。
「落ち着きなさいっての!」
「ああ!もしもし皆さぁん!抵抗しない方がいいですよぉ!」
長髪の男が窓から、空を指さしながら叫ぶ。
「だってねぇ!ホラ、お空の上を見てくださいよ!」
キュルケとタバサは、烈風に吹き飛ばされた室内の四人もよろよろと体を起こし、窓か
ら外を見た。ついでに顔面から床に突っ込んだギーシュも。
そこには、船があった。
上り始めた太陽に照らされた、真っ黒な船が浮いていた。
さほど大きくないが、それは確かに軍艦だ。主力の戦列艦を補助する目的で作られた、
小型高速艇――フリゲート艦。
「なりはちっちゃいんですけどねぇ、あれも一応軍艦なんで。大砲はちゃ~んと積んでま
すよ。もちろん、学院を狙ってますから」
7人は、戦艦の砲列が学院を、自分たちを狙っているのを目にして、うかつに動く事が
できない。
「な!なぜじゃ!?わしの学院を狙うとは…何が目的じゃ!」
立ち上がって叫んだオスマンだったが、自分で言っててバカバカしくなった。聞くまで
もない。
レコン・キスタは手紙の奪取より、更に確実な方法をとった。
愛し合い、将来を誓い合う王子と王女の姿を、直接ゲルマニアに送ったのだ。
そして、アルビオンの王子が、トリステイン王女と愛を誓い合うという事は――
火傷の男が、朗々と語り出した。
「我らの目的?聞くまでも無かろう!ゲルマニアとトリステインの同盟を妨害する。アル
ビオンの王子を匿うトリステインを、レコン・キスタの敵として討ち滅ぼす事。
じじい、説明せねば分からぬ程に呆けていたか?」
「あ、隊長。もう一つ、忘れてますよ」
「おっと、また失礼した。これは説明せねば分からんな。もう一つの目的は…お前だ」
火傷の男は、まっすぐルイズを指さした。
ルイズは、もはや恐怖と驚愕で起きあがる事も出来ない。
「お前、というよりお前の使い魔だ。何でもお前は、一人で沢山の使い魔を引き連れてい
るらしいな。おまけに、風竜より早く飛ぶ巨大な鉄の鳥を操るとか。
…今ひとつ信じがたいが、まぁいい。そいつ等を連れてこい」
「な、なな、なん、なんであんた達が、そんな事を!」
「どうして知っているかは、どうでもいい。早く連れてこい。でないと、こうなる」
火傷の男は、手に持った無骨な鉄棒を高く掲げた。
同時に、フリゲート艦の大砲がいくつか光った。
ドドドンッ!!
砲弾が広場に、門に、そして本塔に当たった。
固定化の魔法も虚しく、壁には大きくヒビが入る。広場に大穴が開く。
学院のあちこちから悲鳴や使い魔達の鳴き声がわき起こる。
船からは、さらに何人もの人影が降りてくるのが見える。
「さて、次は全砲門で一斉射撃だ。船へ運ぶのは、こちらで部下達にさせるから、早く連
れてこい」
「あ…あぁ、あう…」
ルイズは、動けない。
ジュンが、真紅が、翠星石が、そして自身が一番恐れていた事態が、目の前にある。
使い魔達の存在を、力を狙われてしまった。奪い去りに来てしまった。
目の前の二人を倒しても、意味がない。今度は砲撃が、船から降りた傭兵達が来る。
同じようにオスマンも、ウェールズも、アンリエッタも、キュルケも、タバサも、ギー
シュも動けなかった。
今、学院の全てが人質となっているのだから。
火傷の男が、長身を窮屈そうに縮めて窓から入る。
「やれやれ、これだから貴族の娘というのは・・・恐怖で口もきけぬとは、な」
そういって、ルイズの襟首を左手で掴み、軽々と持ち上げた。
「まぁ使い魔だけに、主人が危機になれば、向こうから来るだろうな」
「き、来ちゃ…ダメ!」
ルイズが、息も絶え絶えになりながら、必死でつぶやく。
「ふむ?これはこれは、意外に気丈だな。だが…」
右手の鉄棒から、小さく、だが青く激しく輝く炎が燃え上がった。
「顔を焼かれても、まだ同じ事が言えるかな?」
「くぅ!誰が…誰があんたなんかに!わ、渡さない…あの子達は、あの子達は!あたしが
守る!!」
ルイズは襟首を締め上げられつつも、必死に胸元の杖に手を伸ばす。
だが、窓の外の男が杖を振り、ルイズの杖を胸元から取り上げた。ルイズの杖がふわふ
わと、わざわざルイズの目の前で宙を漂っている。
火傷の男はニヤニヤと笑い、楽しそうに青い炎をゆっくりとルイズに近づける。
「や…やりなさいよ、いくらでも、焼きなさいよっ!でもね、あの子達は、あたしの、友
達よ!大事な友達なのよ!絶対に、絶対に渡さないんだからぁっ!!」
「うむ、良い言葉だ。お前はきっと灼ける臭いも素晴らしいに違いない」
ルイズの髪が、ちりちりと焦げていく。
しゅぽっ
窓の外で、栓が抜けるような音がした。
長髪の男は、何気なくその音の方を、本塔最上階の学院長室を見た。
最上階の窓から、何か羽の生えたモノが、白煙を引いて飛んでいく姿があった。
それは、まっすぐ飛んでいった―――船へ向かって、まっすぐ。
ドゥンッ!
爆音が響いた。
M72 LAWの成形炸薬弾が、フリゲート艦に直撃し、炸裂した。
300mm以上の装甲を貫通できるロケット弾にとって、木製の船など、紙に等しい。
船に大穴が開いた。
そして、大砲の火薬に引火した。
ズドドドドドドド…
誘爆が続いた。
フリゲート艦は内側から連続して爆発、四散する。
煙と炎が一瞬で船を包み、吹き飛んだ木片やマストや大砲弾が地面へ落ちていく。
煙が晴れた時、空には何も残っていなかった。
学院長室には、大小二つの人影があった。
「やれやれ、宝物庫の鍵を持ち出して『破壊の杖』を盗むなんて…私もフーケと同じ盗人
になってしまいましたぞ」
溜息混じりにぼやいたのは、コルベールだ。
「そして僕は、人殺しです」
消えゆく煙を見つめるのは、ロケットランチャーを肩から下ろしたジュンだ。
「まぁ、ハルケギニアじゃ当たり前の事だ。気にする事ぁねぇぜ」
床に置かれたデルフリンガーが、ジュンを彼なりに励ました。
「さて、それじゃ行ってきます。…頼むぜ、デル公」
「任せな!んじゃオッサン、下まで降ろしてくれや」
「ああ、皆を頼むよ」
窓から飛ぶジュンに、『レビテーション』がかけられる。
朝日にきらめく白刃を手に、少年は地上へ降下する。
水の塔を見ると、六階の窓からは、滝の如く水が溢れだしていた。火傷の男と、窓際に
いた目つきの鋭い長髪男は、水に流され落ちていった。
水の塔の屋根から、薔薇が紅い嵐となって地上へ襲いかかる。
「おーい~、おまえら大丈夫ですかぁ~」
緑の光に包まれた翠星石が、如雨露片手に叫んだ。
「あううう…ちょっとぉ、もう少し優しくしてよねぇ」
情けない声をだしたのはルイズだ。部屋中にビッシリ枝をはったツタに足を絡まれ、逆
さづりにされていた。おまけにずぶ濡れだ。
「やれやれじゃのぉ、桁外れの魔力じゃわい」「ウェールズさま、ご、ご無事ですか?」
「無事、と、いうか…これは一体!?」「あぁんもぉ~お!びしょ濡れじゃないのぉ!」
「ひ、ひめ、姫殿下はご無事かぁあ~~」「冷たい」
医務室内の7人全員がツタで体を絡め取られ、宙づりになっていた。でも、おかげで外
へ流されずに済んだ。
「助けてやったんですから、感謝しやがれですよー」
と言い残すや、緑の光が尾を引いて外へ飛び去った。
外からは、轟音と衝撃音が鳴り響いてくる。
カカカカカカンッ!キィンッ!
火傷の男はジュンの剣を、鉄棒でいなす。
残像しか見えない連撃を、無骨な鉄の棒で受け止め続けていた。
男の背後から、幾筋もの紅い薔薇の帯が、竜の顎の如く襲いかかる。
「『火球』!」
男は後ろも見ずに、後方へ炎を幾つも飛ばした。炎は正確に薔薇の竜へ飛び、焼き尽していく。さらに残った一つの火球が、紅い光に包まれる真紅に襲いかかる。
「無駄よ!」
真紅の手から吹き出す薔薇の渦は、燃やし尽くされる前に火球を切り刻み霧散させた。
長髪の男もようやく起きあがり、杖をジュンに向けた。
パシュン!
何かが長髪男の前を横切ったように見えた。
見えたと同時に、杖が真っ二つになっていた。切られた杖の先が、虚しく地に落ちる。
男の頭上にいた翠星石が打ち出した水流は、ウォーターレーザーの如く杖を切り裂いた
のだ。
「まだ、やるですか?」
「ひっ!ひええぇ・・・」
長髪の男は、門から外へ逃げていった。
ジュンの長剣と真紅の薔薇に挟まれ、火傷の男は確実に押され、消耗していた。加えて
翠星石も如雨露を向ける。
「くっ!どうやらここまでだな!」
いうが早いか、男は杖を突き出す。
カッ!
杖の先が、真昼の太陽の如く光り輝いた。
小さい炎だ。ただし、とてつもない熱量で光り輝く炎。
「くぅっ!」「め、目が!」「や、ヤツはどこですかー!」
「さらばだ!お前達の温度は覚えたぞ!」
彼等の耳には、遠ざかっていく足跡が聞こえていた。
やっと視力を回復した三人は、パジャマやネグリジェにカーディガンを羽織った教員生
徒、メイド達にもに囲まれていた。
口々に「おい、さっきの爆発音はなんだ?」「ここ、何故こんな水浸しなの?」「なん
か、あっちこっち焼け焦げてるし」と、疑問を投げかけてくる。
「行くぞ!」「ええ!」「後は船から降りてきたヤツらですぅ!」
三人は野次馬を無視して、風の如く去っていった。
そのころ医務室では…
「誰かぁ~おろしてよぉ~」「皆、外へ行ってしまったようですね…」「く、不覚…よもや杖を流されてしまうとは…」「うむむ…濡れそぼった少女達も、ええのぉ」「ひめぇ~、今、たすけにぃぃ~」「化粧がぁ、全部おちちゃったじゃないのぉ」「寒い」
つたに絡まったまま、7人は宙ぶらりんになっていた。
門から飛び出た三人は、船が滞空していた方を見る。学院近くにある森の辺りだ。森の
入り口周辺に、船の残骸がくすぶっている。
その森の中には、何故か巨大な竜巻が踊り狂っていた。土砂や木々が巻き上げられ、周
辺に降り注いでいる。
三人は、森を目指す。
森の中には、幾つもの死体が転がっていた。
むき出しになった地面には螺旋状のひっかき傷の様なモノが残っている。周囲の木々も
円形になぎ倒されている。竜巻の跡だ。
そしてその向こう、池のほとりでは二人の男が立っていた。一人は学院から逃げた長身
長髪の黒ローブ。もう一人は、白い仮面に黒マントと黒塗りの杖を持った男だ。
「ぐほぁっ・・・」
仮面男の黒い杖が、黒ローブの男の胸を貫通していた。杖を引き抜くと同時に血が噴き
だし、地面に崩れ落ちた。白い仮面と黒マントが、返り血で朱く染まる。
そして、仮面の男は学院の方を見た。そこには、ジュンがいた。長剣を手に、無表情に
歩いてくる。
仮面の男は、マントを翻し立ち去ろうとした。
「ワルド!」
ジュンの言葉に、男は足を止めた。
ゆっくりと振り返り、仮面を外す。
「いつから、気付いていた?」
「いやぁ、話せば長くなるんですけどね。
実をいうと、今朝まで、ぜーんぜん気付いてなかったんです。あなたがレコン・キスタ
派だったなんて」
ワルドは、不敵な笑みを浮かべた。
「ほほぅ?だが、お前は襲撃を見事に迎撃した。知らずに出来る事ではあるまい」
「それは、ホーリエよ」
ワルドの右後方、暗い森の中から真紅の姿が浮かび上がる。
「あなたの背中に、ホーリエがずっと張り付いていたのよ。気付かなかった?」
ワルドはハッとして自分の背中を見た。そのワルドの左後方から、翠星石の姿も闇に浮
かび上がる。
「ホーリエのお話、ホントびっくりこきましたです。まっさか学院にウェールズさんがい
る事を、そこの黒ローブの男にペラペラしゃべってるだなんてぇ!」
ワルドは、唖然としていた。そして俯き、肩を震わせる。
「・・・く、くくくっ!くはははははははっあははははっはあはっははは!!」
腹を抱え、涙を流しながら爆笑する。
そして突然真顔で、ジュンに向き直った。
「大したものだ。いつから私を疑っていたんだ?」
ジュンは、ワルドから5メイルほどの所で、立ち止まった。
「いや、実は、疑っていたのは、あんたじゃないんだよ。姫さんと枢機卿なんだ」
「なに?どういう事だ?」
ワルドは、本気で訳が分からない風で、首をかしげた。
「つまり、『偉い人の秘密を知った平民は、どうなるか』て事だ。普通、口封じに殺され
ちゃうんじゃない?」
「ああ、そうだな」
「おまけに僕を殺せば、真紅と翠星石も奪えるかもしれない。
そう考えて、あんたを監視していたんだよ。恐らく口封じを命じられるのは、枢機卿や
姫さんの信用があって、腕利きで、僕の油断を突ける人…つまり、あんただ」
チャキッ
ジュンがデルフリンガーを、中段に構える。そのデルフリンガーも、のんきにしゃべり
だす。
「でもまぁ、おでれーたよなぁ!実は姫さんも枢機卿も、ジュンを殺す気は全然無くて、
近衛隊隊長は国を売ってたなんてなぁ!ほーんと、こいつはおでれーたわ!」
ワルドも、すぅっと杖を構える。
「くくく、王家のマヌケ共にそんな知恵はない。だからこそ、アルビオンは内憂を払えず
潰えたのだ」
「さて、お話はこれくらいにしましょうか」
真紅が、ステッキを構える。
「ですねぇ、でもメイドの土産とやらを言うなら、今のウチですよ」
翠星石も、如雨露を構える。
「くくっ…冥土の土産というわけではないが、ジュンよ。どうだ、レコン・キスタについ
てみないか?」
「ふん…やっぱりその話か」
ジュンとワルドは、しばし睨み合う。その場にいる全員が、刻を待つ。
「なぁ、冥土の土産というわけじゃないけど、教えてくれよ」
「…何だ?」
男と少年は構えを解かず、睨み合ったまま言葉を交わす
「あんた、何が目的?」
「目的、か」
「ハッキリ言って、あんたの目的が、よく分からない。
ラ・ロシェールではフーケに宿屋を襲わせたクセに、桟橋では分身使ってルイズさんを
掠うような動きを見せた。
地位だの名誉だのなら、あんたは元々が魔法衛士隊、グリフォン隊隊長だ。ルイズさん
と結婚するだけで、ラ・ヴァリエール公爵家も手にはいる。その気なら、この国裏から支
配出来るんじゃない?
レコン・キスタにいくら勢いがあっても、ゲルマニアとの同盟があれば攻め込めないん
だから、わざわざトリステインを裏切るなんてリスクはいらない。
さっきだって、自分で情報を流したクセに、襲撃してきたレコン・キスタの連中を、自
分で倒しちゃった。
あんた、何考えてるの?」
ワルドは、口を閉ざしたままジュンを睨み続けた。強大な力を持つ使い魔達に包囲され
ても、未だ恐怖の欠片も見せていない。
やがて、ようやく口を開いた。
「聖地…と言ったら、信じるか?」
「聖地?」
「そうだ。エルフに占領された、我らの聖地だ。そこに、俺が求めるものがある」
「だから、レコン・キスタ…聖地回復運動、か。まさかあんた、意外と信心深い?」
「ふ、まさかな。坊主共の寝言に興味はない。俺の個人的理由だ。ともかく、力が要る。
エルフから聖地を取り戻す力が」
「で、僕らも必要なんで、ルイズさんから奪われたら困る、と」
「その通り。これは、ルイズにもお前達にも悪い話ではないぞ。
お前達には王家も貴族も、どうでもよかろう。要は、魔法を勉強するのが目的、と言っ
ていたな?
もはや、トリステインがレコン・キスタに滅ぼされる事は疑いない。ならばルイズと共
に、早くこちらにつくがいい」
「なるほど、ね…」
ジュンはワルドの眼光を正面から受け止める。そこにはもはや、引きこもりだった少年
の目はない。
「あんたの言う事はもっともだ。レコン・キスタが勝てば、あんたを頼ってアルビオンへ
行くのも構わない。でも、ね…」
ジュンは、構えを解いた。デルフリンガーを逆手に持ち、腰に当てる。
「ふむ?まだ何か納得出来ないのか?」
ワルドは、未だ杖を下ろそうとはしない。
少年の腰が、すぅっと下がる。スタンスも僅かに広まる。
「あんたは、ルイズさんを利用するつもりだろう?」
「…否定はせんよ。だが、見たところ、お互い様だな」
「まぁね。でも、何より大事なのはね」
一閃―――片刃剣が抜き放たれた。
横一文字に、後ろへ!
キィンッ!
デルフリンガーの輝線が、半月を描く。
背後に立っていたワルドの杖と交わり、火花を散らす。
耳障りな金属音が森に響き渡る。
「僕らはルイズさんの使い魔だけど、それ以上に、ルイズさんは僕らの大事な、友達だっ
て事だよ」
チュンッ!
緑に光る翠星石の如雨露から、細い水流が放たれた――背後へ、振り向きざまに。
ドサドサドサと、切り落とされた枝や木が地に落ちる。
地面には、腰を落としてウォーターレーザーをかわしたワルドが伏せていた。
その遙か後方で、爆発的に植物が生え出す。
「遍在、ですかぁ…幾つも作れるなんて、すんごいですねぇ」
ドドドド…
紅に光る真紅の背後では、小さな竜巻が激しく風音を響かせる。
背後に立つワルドが、真紅の薔薇を竜巻で吸い込んでいた。
「見事に後ろを取られたわ、さすがね」
池のほとりに立っていたワルドが、背を向けるジュンに向けて杖を向け続けている。
ジュンの左から、更にワルドが森から現れ、杖を向ける。
三体のワルドは口の端を釣り上げた。
だが、それでもジュンは、怯えを見せない。
「ルイズさんを泣かせるヤツは、許さない。あんたが、ルイズさんを利用するだけだとい
うなら、殺す!」
絡み合う剣と杖を挟み、男と少年は睨み合う。
「くっくっく…この期に及んで愛を求めるとは。まったく、子供でもあるまいに」
「いや、僕は子供だし」
「ほざけ」
二人の間で、大気が凍り付く。小鳥のさえずりも、そよ風も消える。
真紅と翠星石も、それぞれにワルドと向かい合ったまま、睨み合う。
おーい!みんなぁ~大丈夫ぅ~どこよ~
森の向こう、学院の方からルイズの声がした。他にも沢山の声が聞こえる。
男と少年は、ニヤッと笑い、そして同時に
剣と杖を納めた。
ぼごんっ!と爆発音を響かせて、ジュンと剣を交えていた本体を残し、全ての分身が消
える。
「ルイズさんの使い魔と婚約者が殺し合えば、悲しむのはルイズさんだ」
「うむ。そしてそれは、ここにいる誰のためにもならん」
「あんたの裏切りの事は、今さらどうこう言っても遅い。黙っててやる。一つ貸しだ」
「素直に感謝する。しばらく身を隠すとしよう」
ワルドは黒マントを翻し、ジュン達に背を向ける。
「そうそう、最後に一つ、良い事教えてやるよ」
「うん?なんだね」
「僕らも、いずれ聖地に向かうつもりなんだ。エルフの先住魔法を知るために」
「ほほぅ!それは奇遇だな。となると、エルフと争わずに行くわけか」
「もちろん。武力でごり押しより、良いと思う」
「なるほど、それは面白い。覚えておこう…では、また会おう」
ワルドは、森の中へ消えていった。
「…ぐはあっ!はあっ!はっ!はあ、はぁはぁ、はぁ…ふぅうぅ~」
突如息を乱したジュンは膝をついてしまった。
「大丈夫ですかぁ!?よく頑張ったですよ!」
「本当に見事だったわ!…危なかったわ、この数日は無理が過ぎたわ。もう力は限界に近
かったわね」
「へっへ!おでれーたなぁ、こりゃ。チビのボウズかと思ってたら、あっという間に男に
なっちまったぜ」
駆け寄る人形達は口々にジュンの健闘を褒め称えた。デルフリンガーも、持ち主の成長
が信じられない風だ。
「ともかく、一段落ついたけど、これでよかったのかなぁ?…はぁ、ルイズさんには言え
ないよな」
「しょうがないわ、あの男は今は争う気が無いのだし」
「ケンカせずに済んだなら、最高ですぅ!みんな無事で良かったですよ!」
「そだな。んじゃ、帰るとしようか」
剣を支えに、よろよろと立ち上がる。
そして森の奥でも、ワルドが膝をついていた。その体を若い女性――フーケが支える。
「全く、大したガキ共だわ。この数日の無茶で疲れ果ててたあんたじゃあ、相手にならな
かったろうね」
「くははは…本当だな。全く、素晴らしい」
「で、これからどうすんだい?」
「聞いた通りだ。今はトリステインには戻れん。レコン・キスタへ行けば、あの使い魔達
と戦わねばならなくなる。
ほとぼりが冷めるまで、身を隠すとしよう」
「そうかい。あたしも戦争に巻き込まれるのはまっぴらだしね。しばらくあんたに付き合
おうかね」
ワルドは、フーケに支えられ、去っていった。
悲壮な顔で森の奥へ、池のほとりへ踏みいってきたのは、ずぶ濡れのままのルイズ。
並んで歩きだした使い魔達は、主の笑顔で迎えられた。
第1話 男と少年 END
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&setpagename(第四部 第1話 男と少年)
トリステイン魔法学院の医務室は、水の塔3~6階まである。
その最上階一番奥のベッドで、一人の若い男が眠り続けていた。髪は黒く鼻は低い。異
国の民の様に見える
ベッド横には数人の教師と生徒が杖を掲げてルーンを唱える。男の頭を、杖から放たれ
た青白い雲が包む。
「眠りの雲を、これだけ厳重に重ね掛けだなんて…一体この人、誰なのかしらね?」
「さぁ…見た事無いなぁ。ルイズ達が連れてきたんだろ?」
「そうなんだけど、あいつら何にも話さずどっかいっちまったよ。学院長も、とにかく眠
らせ続けろっていうばかりだし。グリフォン隊の騎士も王宮帰っちゃったしなぁ」
幾つもの疑問符が、男を見つめる彼等の頭に浮かぶ。
男の名はウェールズ。亡国の王子。
眠ったまま学院に運ばれた彼は安全のため、すぐに風と水を組み合わせた高度な系統魔
法『フェイス・チェンジ』で変装させられた。そして、アンリエッタが来るまで絶対に目
覚めさせないため、『眠りの雲』を使える教員と生徒が総動員されていた。
ウェールズ皇太子は、眠り続ける。
「ふぅわぁ~…。それじゃ、おやすみぃ~。お姫様来たら呼んでねぇ~」
「ええ、それまで休んでいてね」
キュルケは眠そうにあくびをしながら、部屋に入っていった。タバサはやっぱり無言で
部屋へ帰った。
ルイズと使い魔達も、部屋に戻る。
「それじゃルイズさん、オールド・オスマンへの報告を願いしますね」
「スィドリーム残すです。すぐ戻るですから」
「おーいジュンよぉ、タマには俺も地球とやらにつれてけよぉ」
「ダメよ、デルフリンガー。あなたもルイズのそばにいてあげて」
「うぅ~、しゃーねぇなぁ」
「いいから早く行きなさいよ。お姉さん心配してるんでしょ?」
ルイズに促され、使い魔達は鏡台の中へ消えていった。
日本、夜明け前。
桜田家の倉庫奥に置かれた大きな鏡が、淡い光の波を放つ。
鏡面から、大小三つの人影がわき出した。
「ぐはぁ~っ!やっと帰って来れたぁ~!」
「はうぅ~、疲れたですぅ~」
「本当に、今回は大冒険だったわ。のりはまだ寝てるかしら?」
ジュンは倉庫の扉に手をかけて開けようとした。
どたたたた、バンッ!
彼が開けるより早く、廊下を駆けてきた人物が開け放った。
「はぁっはぁっはぁっ・・・ジュンくん?」
のりがパジャマのまま、息をきらして飛んできていた。目の下にはクマがある。
「あ、ああ。ただいま姉ちゃん」
「ジュンくん・・・う、うわあああああんっっ!」
のりはジュンに抱きつき、声を上げて泣き出した。
「ちょ、ちょっとねえちゃん、そんな大げさな」
「だって、だって!もう、何日たっても、ぐす、帰ってこないから!学校だって、せっか
く戻ったのに、うう、また休んじゃって…あたし、もう、心配で、心配で・・・。
ふ、ふえ、ええええぇぇん!」
のりは、ジュンに抱きついたまま泣き続けた。
ジュンは、のりを優しく抱きしめた。
真紅と翠星石も微笑みながら、のりの背をさすっていた。
「ふぅ~ん・・・そんな大変な事があったんだぁ」
ようやく泣きやんだのりは、朝食を作りながらジュンの話を聞いていた。彼はソファー
に座って紅茶を飲んでいる。
「ああ…でも、おそらくこれから、もっと大変になる。あのレコン・キスタっていうのは
トリステインに侵攻する気らしい」
「そ!そんな・・・」
のりの顔は、もう蒼白だ。顔を手で覆い、わなわなと震えている。
ジュンの横に座り、沈痛な声で語りかける。
「ジュンくん、もう、やめようよ…ね?」
「…」
ジュンを見つめるのりの瞳からは、溢れそうなほど涙がたまっていた。
「やめようよ、ハルケギニアに行くの・・・。
雛苺と蒼星石の事は残念だけど、ローザ・ミスティカ、全然見つからないんでしょ?魔
法の勉強だって、何年かかるかも、使いものになるかも分からないんでしょ?
ねぇ、死んだら、何にもならないのよ」
「死んだら、何にもならない…か」
カチャッとカップを皿に戻し、体を背もたれに預ける。
しばしの沈黙の後、彼は口を開いた。
「でも、ここで諦めたって、やっぱり何にもならない」
「ジュンくん…」
「何か、したいんだ。出来る事があるんだ。もう、怖いからって、逃げたくないんだ」
のりの目から溢れる涙が、膝の上に握りしめられた手を濡らす。
「ごめん、姉ちゃん。本当に、心配ばっかりかけて…。
でも、戦う事は生きる事だって真紅は言ってた。僕も、戦う。あいつらと、ローゼンメ
イデンと一緒に生きるために…。いや」
少年の瞳は、まっすぐ前を見据えた。
「ルイズさん、巴、シエスタさん、草笛さん、コルベール先生…姉ちゃんとだけじゃなく
て、みんなと一緒に生きるために、僕は戦う。それが、生きるという事だから」
その瞳は、まっすぐだった。ただ、まっすぐ前を見つめる。
何の迷いも偽りもない目。
姉は、そんな弟のために精一杯強がって、ぎこちない微笑みを作る。
「ジュンくんも、男の子なのね…」
「…ああ」
「そうよね、男の子はいつか、どっかに旅立っちゃうのよね。でも、まさか異世界に旅立
つなんて思わなかったなぁ」
「へへ、僕も想像もしなかったなぁ」
弟も、そんな姉のために笑顔を作った。
「大丈夫だよ、さすがに死ぬ気はないから。ホントにやばくなったら、さっさと逃げてく
るよ。あ、でもそん時はもしかしたら、ルイズさんやデルフリンガーも連れてくるかも知
れないんだ」
「もちろん大歓迎よ!ステキな紅茶を入れて待ってるわね」
ようやく姉弟は、心からの笑顔を送りあえていた。
「ちょっとぉ~、そろそろいいかしらぁ?」
廊下から水銀燈が、面倒そうに声をかけた。ジュンとのりが振り向くと、真紅と翠星石
と、金糸雀も瞳に涙をためて立っていた。
「す、水銀燈…ちょっとそれはデリカシーない、かしら?」
「あぁ~ら、時間が無いんでしょう?急がなくていいわけぇ?」
「そうね、水銀燈の言う通りよ。ジュン、急ぎましょう」
「のり…ゴメンです。でもジュンは必ず無事に連れて帰るです。全部終わったら、地球の
学校も普通に行けるです。安心するですよ」
ジュンは立ち上がり、歩き出す。
涙を拭って手を振る姉に見送られ、弟は再び異世界へ旅立った。
ハルケギニアは、既に深夜だ。
雲の多い夜空に二つの月、ゆるゆると流れる雲に隠れたり現れたりしている
鏡台の放つ光が、暗いルイズの部屋を照らし出す。
「よー。やっと帰ってきたか」
のんきなデルフリンガーの声が三人を迎えた。
「ぶへぇ~・・・やっとついた。さすがにこんな急にとんぼ返りすると、きついなぁ」
ジュンがずるずると重い体を引きずって、鏡から這い出してきた。
「本当にお疲れ様ですねぇ。でも、のりにお前の顔を見せれて良かったですよぉ」
翠星石もひょこっと飛び出し、這いつくばるジュンの頭に着地した。
「本当ね。ジュンも本当は、のりが心配だったのでしょう?」
今度は真紅がジュンの背中に降り立った。
「ふん、何言ってンだよ…別に僕は…」
口を尖らせ否定するが、二人を頭と背に乗せたまま、未だに立ち上がろうとはしない。
ぎゅむっ
翠星石が、ジュンの後頭部を思いっきり踏んづけた。
「えーい!いつまでもウジウジしてるじゃないですよっ!しゃっきり目玉開けて立ち上が
るです!」
「踏むなぁーっ!」
いきなり立ち上がり、人形達は跳ね飛ばされた。
真紅と翠星石を両手に抱え、長剣を背に担いだジュンは、学院長室に駆け込む。
「すいません!遅くなりました」
部屋にはオスマン氏とルイズがソファーに座っていた。ルイズの上をクルクルとスィド
リームが飛び回っている。
「ジュン、遅いわよぉ。間に合わないかと思ったわ」
「うむ、もうすぐワルド殿が姫殿下を連れてくるとの事じゃ」
「そう、よかったわ。間に合ったのね」
真紅が胸をなでおろす。
ワルドはウェールズが学院の医務室に運び込まれたのを確認すると、すぐに王宮へ向け
てグリフォンで駆けていった。夜に紛れ、秘密裏にアンリエッタを学院へ連れてくる手は
ずになっている。
「皇太子はどうしているです?」
「まだ寝ているわ。姫様が来られたら、すぐに起こす手はずよ。ジュン、あなた達もそれ
まで部屋で休んでいていいわ」
「えっと、ルイズさんは?」
「まだオールド・オスマンと話があるの。終わったら戻るわね」
「「「はーい」」」
使い魔達はルイズの部屋に戻っていった。
ルイズの部屋の窓からは、月が流れる雲に見え隠れしている。
ジュンは、ルイズのベッドの上で寝っ転がっていた。
別に寝てはいない。今夜これから起きる事を想像し、神経が高ぶって寝れないのだ。
それは、トランクの中に入って休んでいる真紅と翠星石も同じだった。
それでも彼等は、少しでも休むべく目を閉じて横になっていた。
デルフリンガーも何も語らず、黙って壁に立てかけられている。
コツ…コツ、コツ
何かが窓を叩いた。と同時にガバッと三人は飛び起きる。
小さな紅色の光が、窓ガラスにコツコツとぶつかっていた。
「ホーリエ、お帰りなさい」
真紅が窓を開け、紅い光を部屋に入れる。己の半身である人工精霊を小さな手の中に招
き入れた。
その瞬間、真紅の顔がこわばった。
「おうシンクよ、どうだったんだぁ?」
デルフリンガーの声に、真紅は何も答えず立ちつくし続ける。
「真紅、どうだったんだ?」
「やっぱり、ジュンの予想どーりだったですか?」
ジュンと翠星石の問いかけに、ようやく真紅は重い口を開いた。
「良い知らせと、悪い知らせがあるわ・・・まったく、物事というのは本当に思い通りに
行かないものね」
真紅からホーリエの報告を語られたジュンも翠星石も、その内容に凍り付いた。
ガチャッ!
ドアがいきなり開けられた。
「みんなー!姫様が着いたわ!早く医務室へ来てちょうだい!…どうしたの?」
扉を開けて中を覗いてきたのは、ルイズだ。仰天して飛び上がった使い魔達を、不思議
そうに眺めていた。
「い、いや、いきなり開けられたからビックリしただけだよ」
ギクシャクとぎこちなく答えるジュン。
「?…なにかヘンね。まぁいいわ、とにかく早く来て」
「わ…わかったよルイズさん、今行くよ…あ、み、みす、ミスタ・ワルドは…まだ、いる
かな?」
「えっと、また王宮に戻るって外へ…どうして?」
「い、いや、何でもないよ。そ、それと、手紙は?例の手紙」
「ああ、あれならもう姫さまに渡したわよ。今頃、灰になってるわ」
「そ、そっか!よかった。んじゃすぐ行くから、先行っててくれるかな」
「??、何かよく分からないけど、まぁいいわ」
急ぎなさいよー、という声と共に、足音が遠ざかっていった。
だが、部屋の中の人々は急ぐ事はおろか、動けなかった。
しばし、沈黙が部屋を支配する。
「まぁ、これも世の常ってやつだ。戦乱の時代だからな、しょうがねぇかもよ?」
ようやく口を開いたデルフリンガーの軽い語り口調も、この場の雰囲気を和らげられな
かった。
「困ったです…どうするですか?」
「ジュン…、こんなの、とてもルイズには言えないわね…」
困惑する人形達に、しばらく逡巡したジュンは、やがて意を決して顔を上げた。
「…言えない、よな。でも、このままじゃルイズさんや、いや、学院のみんなが危険だ。
やるしかない…行こう!」
「おーっ!」
元気な声を残し、彼等は部屋を飛び出した。
時は既に夜明け前。
白々とした薄明かりが、6階医務室内部にも差し込み始めていた。
開け放たれた窓は、涼やかな風と小鳥のさえずりを招き入れる。
一番奥のベッドにはウェールズがいた。既に『フェイス・チェンジ』も『眠りの雲』も
解除されている。あとは目覚めを待つばかりだ。
そして、ベッド横の椅子には、アンリエッタが座っていた。その後ろには、ルイズとオ
スマンが、部屋の入り口にはタバサとキュルケとギーシュが控えている。
アンリエッタの足下には、燃えかすがあった。既に焼かれて灰になった、アンリエッタ
の手紙だ。
アンリエッタが、震える手でウェールズの頬に触れる。
「・・・うん・・・うぅ」
僅かにうめき、顔を逸らす。ただそれだけで、その姿を見ただけで、王女は大粒の涙を
こらえられなかった。
細く白い指が王子の頬を、額を、首筋を、いとおしげに優しくさする。
「ウェールズさま、起きて下さいまし、ウェールズさま」
「うぅん…、ん?アンリエッタ…?」
「はい、アンリエッタに…アンリエッタにございます。ウェールズさ、ま…」
「…これは、夢、か」
「いいえ、いいえ!現にございます、ウェールズさま」
「ふふふ、妙な夢だ。夢でなければ、このような甘い時を過ごせるはずもなかろうに」
「おお…ウェールズさま!」
王女は、王子に力の限り抱きついた。声の限りに、涙の尽きんばかりに、泣き続けた。
ウェールズは、一瞬驚愕し、そしてゆっくりと、震える手でアンリエッタを抱きしめた。
「これは、まさか、私は生きているのか?亡国の王子が、まさか、このような至福の時を
過ごしてよいというのか!?」
「良いのです、良いのです!ああ、愛しのウェールズさま!たとえ国を失おうと、たとえ
ハルケギニアの全てを敵にしようと!どうかアンリエッタと共に、生きて下さいまし!」
「だ、だが!私は、アルビオン王家の者として」
「お忘れ下さい!アルビオン王家はもう、滅んだのです!あなたはもう王子でも何でもあ
りませぬ!」
「違うっ!私はアルビオンの」
「ただのウェールズさまにございます!ただの、ただの、わたくしの愛しいウェールズさ
まに、ございます…」
アンリエッタを抱きしめるウェールズの手が、次第に力を込める。
「なんという、なんということだ!あのラグドリアン湖で願った事が、二人で全てを捨て
て、庭付きの小さな家をと、願った事が、まさか、本当に」
「はい、はい!叶ったのでございます、今、わたくし達の願いは、叶えられたのでござい
ます!」
「これも、水の精霊の、『誓約の精霊』のご加護なのか…ああ、アンリエッタ!もう放し
たくない、離れるものか!」
「離れませぬ、ああ、愛しいウェールズさま!」
「今こそ誓おう!始祖ブリミルの名において、あなたを永久に愛すると!」
「わくしもです!今一度誓います!始祖ブリミルの名において、ウェールズ様を永久に愛
しますわ!!」
二人は、力の限り抱きしめ合った。滝の様に涙を流し、声を限りに愛を誓い合った。
オスマンも、ルイズも、キュルケも、ギーシュも涙を流していた。タバサですら、顔を
伏せている。
窓の外の人も感動したようだ。
「いやぁ~、まったく、泣かせるじゃないですか!」
「本当だな。我々も若い二人の門出を祝福しよう」
「――――――なっ!?」
その場にいた老若男女は、絶句した。
開け放たれた窓の外には、二人の男が浮いていた。
一人は三十過ぎの、長身長髪で目つき鋭い黒ローブの男。
もう一人は皮のコートを着て、腕に鳶を乗せた、両の目元に大きな火傷のある大男だ。
無骨な鉄棒を右手に持っている。
「ああ、しばし待たれよ」
二人は外壁の出っ張りに降り立った。火傷の男が悠々と鳶を空に放すと、鳶は空高く飛
び去った。
「失礼した。今のは、ゲルマニアのお偉いさんの使い魔でね。ちょっと借りてきてたのだ
よ」
「な!なっ!なななっっ!!」
それが誰の叫びだったか、もはや誰にも分からなかった。だが誰にも分かったのは、使
い魔を通して先ほどの会話全てが、ゲルマニアに送られた事だ!
「『ジャベリン』」
ルイズ達の後方から窓に向け、氷の矢が飛んだ。それも特大の矢が。
「『火球』」
だが、火傷の男の鉄棒から打ち出された炎で、一瞬にして溶かされた。
「『ファイア・ボール』!!」
間髪入れず、今度は火球がカーテンやベッドを焦がしながら飛ぶ。
「危ないですよ、火事になったらどうすんですか」
長髪の男は軽く杖を横に払う。と同時に生じた烈風が、火球をかき消した。さらに窓か
ら飛び込んだ烈風は、室内のベッドも机も人間も、全てまとめて吹き飛ばした。
未だ立っているのは扉の影に隠れた二人――キュルケとタバサだけだ。ギーシュは廊下
まで飛ばされた
「強いわねぇ。恐らく、レコン・キスタの傭兵ね」
キュルケの言葉に、タバサは頷く。
ギーシュは薔薇の杖を手に立ち上がり、部屋へ駆け込もうと走り出した。
「くっくそ!今こそ忠義の心を示す時!諸君、突撃だ!とつげ!」
ぼてっ
キュルケが出した足にひっかかってすっ転んだ。
「落ち着きなさいっての!」
「ああ!もしもし皆さぁん!抵抗しない方がいいですよぉ!」
長髪の男が窓から、空を指さしながら叫ぶ。
「だってねぇ!ホラ、お空の上を見てくださいよ!」
キュルケとタバサは、烈風に吹き飛ばされた室内の四人もよろよろと体を起こし、窓か
ら外を見た。ついでに顔面から床に突っ込んだギーシュも。
そこには、船があった。
上り始めた太陽に照らされた、真っ黒な船が浮いていた。
さほど大きくないが、それは確かに軍艦だ。主力の戦列艦を補助する目的で作られた、
小型高速艇――フリゲート艦。
「なりはちっちゃいんですけどねぇ、あれも一応軍艦なんで。大砲はちゃ~んと積んでま
すよ。もちろん、学院を狙ってますから」
7人は、戦艦の砲列が学院を、自分たちを狙っているのを目にして、うかつに動く事が
できない。
「な!なぜじゃ!?わしの学院を狙うとは…何が目的じゃ!」
立ち上がって叫んだオスマンだったが、自分で言っててバカバカしくなった。聞くまで
もない。
レコン・キスタは手紙の奪取より、更に確実な方法をとった。
愛し合い、将来を誓い合う王子と王女の姿を、直接ゲルマニアに送ったのだ。
そして、アルビオンの王子が、トリステイン王女と愛を誓い合うという事は――
火傷の男が、朗々と語り出した。
「我らの目的?聞くまでも無かろう!ゲルマニアとトリステインの同盟を妨害する。アル
ビオンの王子を匿うトリステインを、レコン・キスタの敵として討ち滅ぼす事。
じじい、説明せねば分からぬ程に呆けていたか?」
「あ、隊長。もう一つ、忘れてますよ」
「おっと、また失礼した。これは説明せねば分からんな。もう一つの目的は…お前だ」
火傷の男は、まっすぐルイズを指さした。
ルイズは、もはや恐怖と驚愕で起きあがる事も出来ない。
「お前、というよりお前の使い魔だ。何でもお前は、一人で沢山の使い魔を引き連れてい
るらしいな。おまけに、風竜より早く飛ぶ巨大な鉄の鳥を操るとか。
…今ひとつ信じがたいが、まぁいい。そいつ等を連れてこい」
「な、なな、なん、なんであんた達が、そんな事を!」
「どうして知っているかは、どうでもいい。早く連れてこい。でないと、こうなる」
火傷の男は、手に持った無骨な鉄棒を高く掲げた。
同時に、フリゲート艦の大砲がいくつか光った。
ドドドンッ!!
砲弾が広場に、門に、そして本塔に当たった。
固定化の魔法も虚しく、壁には大きくヒビが入る。広場に大穴が開く。
学院のあちこちから悲鳴や使い魔達の鳴き声がわき起こる。
船からは、さらに何人もの人影が降りてくるのが見える。
「さて、次は全砲門で一斉射撃だ。船へ運ぶのは、こちらで部下達にさせるから、早く連
れてこい」
「あ…あぁ、あう…」
ルイズは、動けない。
ジュンが、真紅が、翠星石が、そして自身が一番恐れていた事態が、目の前にある。
使い魔達の存在を、力を狙われてしまった。奪い去りに来てしまった。
目の前の二人を倒しても、意味がない。今度は砲撃が、船から降りた傭兵達が来る。
同じようにオスマンも、ウェールズも、アンリエッタも、キュルケも、タバサも、ギー
シュも動けなかった。
今、学院の全てが人質となっているのだから。
火傷の男が、長身を窮屈そうに縮めて窓から入る。
「やれやれ、これだから貴族の娘というのは・・・恐怖で口もきけぬとは、な」
そういって、ルイズの襟首を左手で掴み、軽々と持ち上げた。
「まぁ使い魔だけに、主人が危機になれば、向こうから来るだろうな」
「き、来ちゃ…ダメ!」
ルイズが、息も絶え絶えになりながら、必死でつぶやく。
「ふむ?これはこれは、意外に気丈だな。だが…」
右手の鉄棒から、小さく、だが青く激しく輝く炎が燃え上がった。
「顔を焼かれても、まだ同じ事が言えるかな?」
「くぅ!誰が…誰があんたなんかに!わ、渡さない…あの子達は、あの子達は!あたしが
守る!!」
ルイズは襟首を締め上げられつつも、必死に胸元の杖に手を伸ばす。
だが、窓の外の男が杖を振り、ルイズの杖を胸元から取り上げた。ルイズの杖がふわふ
わと、わざわざルイズの目の前で宙を漂っている。
火傷の男はニヤニヤと笑い、楽しそうに青い炎をゆっくりとルイズに近づける。
「や…やりなさいよ、いくらでも、焼きなさいよっ!でもね、あの子達は、あたしの、友
達よ!大事な友達なのよ!絶対に、絶対に渡さないんだからぁっ!!」
「うむ、良い言葉だ。お前はきっと灼ける臭いも素晴らしいに違いない」
ルイズの髪が、ちりちりと焦げていく。
しゅぽっ
窓の外で、栓が抜けるような音がした。
長髪の男は、何気なくその音の方を、本塔最上階の学院長室を見た。
最上階の窓から、何か羽の生えたモノが、白煙を引いて飛んでいく姿があった。
それは、まっすぐ飛んでいった―――船へ向かって、まっすぐ。
ドゥンッ!
爆音が響いた。
M72 LAWの成形炸薬弾が、フリゲート艦に直撃し、炸裂した。
300mm以上の装甲を貫通できるロケット弾にとって、木製の船など、紙に等しい。
船に大穴が開いた。
そして、大砲の火薬に引火した。
ズドドドドドドド…
誘爆が続いた。
フリゲート艦は内側から連続して爆発、四散する。
煙と炎が一瞬で船を包み、吹き飛んだ木片やマストや大砲弾が地面へ落ちていく。
煙が晴れた時、空には何も残っていなかった。
学院長室には、大小二つの人影があった。
「やれやれ、宝物庫の鍵を持ち出して『破壊の杖』を盗むなんて…私もフーケと同じ盗人
になってしまいましたぞ」
溜息混じりにぼやいたのは、コルベールだ。
「そして僕は、人殺しです」
消えゆく煙を見つめるのは、ロケットランチャーを肩から下ろしたジュンだ。
「まぁ、ハルケギニアじゃ当たり前の事だ。気にする事ぁねぇぜ」
床に置かれたデルフリンガーが、ジュンを彼なりに励ました。
「さて、それじゃ行ってきます。…頼むぜ、デル公」
「任せな!んじゃオッサン、下まで降ろしてくれや」
「ああ、皆を頼むよ」
窓から飛ぶジュンに、『レビテーション』がかけられる。
朝日にきらめく白刃を手に、少年は地上へ降下する。
水の塔を見ると、六階の窓からは、滝の如く水が溢れだしていた。火傷の男と、窓際に
いた目つきの鋭い長髪男は、水に流され落ちていった。
水の塔の屋根から、薔薇が紅い嵐となって地上へ襲いかかる。
「おーい~、おまえら大丈夫ですかぁ~」
緑の光に包まれた翠星石が、如雨露片手に叫んだ。
「あううう…ちょっとぉ、もう少し優しくしてよねぇ」
情けない声をだしたのはルイズだ。部屋中にビッシリ枝をはったツタに足を絡まれ、逆
さづりにされていた。おまけにずぶ濡れだ。
「やれやれじゃのぉ、桁外れの魔力じゃわい」「ウェールズさま、ご、ご無事ですか?」
「無事、と、いうか…これは一体!?」「あぁんもぉ~お!びしょ濡れじゃないのぉ!」
「ひ、ひめ、姫殿下はご無事かぁあ~~」「冷たい」
医務室内の7人全員がツタで体を絡め取られ、宙づりになっていた。でも、おかげで外
へ流されずに済んだ。
「助けてやったんですから、感謝しやがれですよー」
と言い残すや、緑の光が尾を引いて外へ飛び去った。
外からは、轟音と衝撃音が鳴り響いてくる。
カカカカカカンッ!キィンッ!
火傷の男はジュンの剣を、鉄棒でいなす。
残像しか見えない連撃を、無骨な鉄の棒で受け止め続けていた。
男の背後から、幾筋もの紅い薔薇の帯が、竜の顎の如く襲いかかる。
「『火球』!」
男は後ろも見ずに、後方へ炎を幾つも飛ばした。炎は正確に薔薇の竜へ飛び、焼き尽していく。さらに残った一つの火球が、紅い光に包まれる真紅に襲いかかる。
「無駄よ!」
真紅の手から吹き出す薔薇の渦は、燃やし尽くされる前に火球を切り刻み霧散させた。
長髪の男もようやく起きあがり、杖をジュンに向けた。
パシュン!
何かが長髪男の前を横切ったように見えた。
見えたと同時に、杖が真っ二つになっていた。切られた杖の先が、虚しく地に落ちる。
男の頭上にいた翠星石が打ち出した水流は、ウォーターレーザーの如く杖を切り裂いた
のだ。
「まだ、やるですか?」
「ひっ!ひええぇ・・・」
長髪の男は、門から外へ逃げていった。
ジュンの長剣と真紅の薔薇に挟まれ、火傷の男は確実に押され、消耗していた。加えて
翠星石も如雨露を向ける。
「くっ!どうやらここまでだな!」
いうが早いか、男は杖を突き出す。
カッ!
杖の先が、真昼の太陽の如く光り輝いた。
小さい炎だ。ただし、とてつもない熱量で光り輝く炎。
「くぅっ!」「め、目が!」「や、ヤツはどこですかー!」
「さらばだ!お前達の温度は覚えたぞ!」
彼等の耳には、遠ざかっていく足跡が聞こえていた。
やっと視力を回復した三人は、パジャマやネグリジェにカーディガンを羽織った教員生
徒、メイド達にもに囲まれていた。
口々に「おい、さっきの爆発音はなんだ?」「ここ、何故こんな水浸しなの?」「なん
か、あっちこっち焼け焦げてるし」と、疑問を投げかけてくる。
「行くぞ!」「ええ!」「後は船から降りてきたヤツらですぅ!」
三人は野次馬を無視して、風の如く去っていった。
そのころ医務室では…
「誰かぁ~おろしてよぉ~」「皆、外へ行ってしまったようですね…」「く、不覚…よもや杖を流されてしまうとは…」「うむむ…濡れそぼった少女達も、ええのぉ」「ひめぇ~、今、たすけにぃぃ~」「化粧がぁ、全部おちちゃったじゃないのぉ」「寒い」
つたに絡まったまま、7人は宙ぶらりんになっていた。
門から飛び出た三人は、船が滞空していた方を見る。学院近くにある森の辺りだ。森の
入り口周辺に、船の残骸がくすぶっている。
その森の中には、何故か巨大な竜巻が踊り狂っていた。土砂や木々が巻き上げられ、周
辺に降り注いでいる。
三人は、森を目指す。
森の中には、幾つもの死体が転がっていた。
むき出しになった地面には螺旋状のひっかき傷の様なモノが残っている。周囲の木々も
円形になぎ倒されている。竜巻の跡だ。
そしてその向こう、池のほとりでは二人の男が立っていた。一人は学院から逃げた長身
長髪の黒ローブ。もう一人は、白い仮面に黒マントと黒塗りの杖を持った男だ。
「ぐほぁっ・・・」
仮面男の黒い杖が、黒ローブの男の胸を貫通していた。杖を引き抜くと同時に血が噴き
だし、地面に崩れ落ちた。白い仮面と黒マントが、返り血で朱く染まる。
そして、仮面の男は学院の方を見た。そこには、ジュンがいた。長剣を手に、無表情に
歩いてくる。
仮面の男は、マントを翻し立ち去ろうとした。
「ワルド!」
ジュンの言葉に、男は足を止めた。
ゆっくりと振り返り、仮面を外す。
「いつから、気付いていた?」
「いやぁ、話せば長くなるんですけどね。
実をいうと、今朝まで、ぜーんぜん気付いてなかったんです。あなたがレコン・キスタ
派だったなんて」
ワルドは、不敵な笑みを浮かべた。
「ほほぅ?だが、お前は襲撃を見事に迎撃した。知らずに出来る事ではあるまい」
「それは、ホーリエよ」
ワルドの右後方、暗い森の中から真紅の姿が浮かび上がる。
「あなたの背中に、ホーリエがずっと張り付いていたのよ。気付かなかった?」
ワルドはハッとして自分の背中を見た。そのワルドの左後方から、翠星石の姿も闇に浮
かび上がる。
「ホーリエのお話、ホントびっくりこきましたです。まっさか学院にウェールズさんがい
る事を、そこの黒ローブの男にペラペラしゃべってるだなんてぇ!」
ワルドは、唖然としていた。そして俯き、肩を震わせる。
「・・・く、くくくっ!くはははははははっあははははっはあはっははは!!」
腹を抱え、涙を流しながら爆笑する。
そして突然真顔で、ジュンに向き直った。
「大したものだ。いつから私を疑っていたんだ?」
ジュンは、ワルドから5メイルほどの所で、立ち止まった。
「いや、実は、疑っていたのは、あんたじゃないんだよ。姫さんと枢機卿なんだ」
「なに?どういう事だ?」
ワルドは、本気で訳が分からない風で、首をかしげた。
「つまり、『偉い人の秘密を知った平民は、どうなるか』て事だ。普通、口封じに殺され
ちゃうんじゃない?」
「ああ、そうだな」
「おまけに僕を殺せば、真紅と翠星石も奪えるかもしれない。
そう考えて、あんたを監視していたんだよ。恐らく口封じを命じられるのは、枢機卿や
姫さんの信用があって、腕利きで、僕の油断を突ける人…つまり、あんただ」
チャキッ
ジュンがデルフリンガーを、中段に構える。そのデルフリンガーも、のんきにしゃべり
だす。
「でもまぁ、おでれーたよなぁ!実は姫さんも枢機卿も、ジュンを殺す気は全然無くて、
近衛隊隊長は国を売ってたなんてなぁ!ほーんと、こいつはおでれーたわ!」
ワルドも、すぅっと杖を構える。
「くくく、王家のマヌケ共にそんな知恵はない。だからこそ、アルビオンは内憂を払えず
潰えたのだ」
「さて、お話はこれくらいにしましょうか」
真紅が、ステッキを構える。
「ですねぇ、でもメイドの土産とやらを言うなら、今のウチですよ」
翠星石も、如雨露を構える。
「くくっ…冥土の土産というわけではないが、ジュンよ。どうだ、レコン・キスタについ
てみないか?」
「ふん…やっぱりその話か」
ジュンとワルドは、しばし睨み合う。その場にいる全員が、刻を待つ。
「なぁ、冥土の土産というわけじゃないけど、教えてくれよ」
「…何だ?」
男と少年は構えを解かず、睨み合ったまま言葉を交わす
「あんた、何が目的?」
「目的、か」
「ハッキリ言って、あんたの目的が、よく分からない。
ラ・ロシェールではフーケに宿屋を襲わせたクセに、桟橋では分身使ってルイズさんを
掠うような動きを見せた。
地位だの名誉だのなら、あんたは元々が魔法衛士隊、グリフォン隊隊長だ。ルイズさん
と結婚するだけで、ラ・ヴァリエール公爵家も手にはいる。その気なら、この国裏から支
配出来るんじゃない?
レコン・キスタにいくら勢いがあっても、ゲルマニアとの同盟があれば攻め込めないん
だから、わざわざトリステインを裏切るなんてリスクはいらない。
さっきだって、自分で情報を流したクセに、襲撃してきたレコン・キスタの連中を、自
分で倒しちゃった。
あんた、何考えてるの?」
ワルドは、口を閉ざしたままジュンを睨み続けた。強大な力を持つ使い魔達に包囲され
ても、未だ恐怖の欠片も見せていない。
やがて、ようやく口を開いた。
「聖地…と言ったら、信じるか?」
「聖地?」
「そうだ。エルフに占領された、我らの聖地だ。そこに、俺が求めるものがある」
「だから、レコン・キスタ…聖地回復運動、か。まさかあんた、意外と信心深い?」
「ふ、まさかな。坊主共の寝言に興味はない。俺の個人的理由だ。ともかく、力が要る。
エルフから聖地を取り戻す力が」
「で、僕らも必要なんで、ルイズさんから奪われたら困る、と」
「その通り。これは、ルイズにもお前達にも悪い話ではないぞ。
お前達には王家も貴族も、どうでもよかろう。要は、魔法を勉強するのが目的、と言っ
ていたな?
もはや、トリステインがレコン・キスタに滅ぼされる事は疑いない。ならばルイズと共
に、早くこちらにつくがいい」
「なるほど、ね…」
ジュンはワルドの眼光を正面から受け止める。そこにはもはや、引きこもりだった少年
の目はない。
「あんたの言う事はもっともだ。レコン・キスタが勝てば、あんたを頼ってアルビオンへ
行くのも構わない。でも、ね…」
ジュンは、構えを解いた。デルフリンガーを逆手に持ち、腰に当てる。
「ふむ?まだ何か納得出来ないのか?」
ワルドは、未だ杖を下ろそうとはしない。
少年の腰が、すぅっと下がる。スタンスも僅かに広まる。
「あんたは、ルイズさんを利用するつもりだろう?」
「…否定はせんよ。だが、見たところ、お互い様だな」
「まぁね。でも、何より大事なのはね」
一閃―――片刃剣が抜き放たれた。
横一文字に、後ろへ!
キィンッ!
デルフリンガーの輝線が、半月を描く。
背後に立っていたワルドの杖と交わり、火花を散らす。
耳障りな金属音が森に響き渡る。
「僕らはルイズさんの使い魔だけど、それ以上に、ルイズさんは僕らの大事な、友達だっ
て事だよ」
チュンッ!
緑に光る翠星石の如雨露から、細い水流が放たれた――背後へ、振り向きざまに。
ドサドサドサと、切り落とされた枝や木が地に落ちる。
地面には、腰を落としてウォーターレーザーをかわしたワルドが伏せていた。
その遙か後方で、爆発的に植物が生え出す。
「遍在、ですかぁ…幾つも作れるなんて、すんごいですねぇ」
ドドドド…
紅に光る真紅の背後では、小さな竜巻が激しく風音を響かせる。
背後に立つワルドが、真紅の薔薇を竜巻で吸い込んでいた。
「見事に後ろを取られたわ、さすがね」
池のほとりに立っていたワルドが、背を向けるジュンに向けて杖を向け続けている。
ジュンの左から、更にワルドが森から現れ、杖を向ける。
三体のワルドは口の端を釣り上げた。
だが、それでもジュンは、怯えを見せない。
「ルイズさんを泣かせるヤツは、許さない。あんたが、ルイズさんを利用するだけだとい
うなら、殺す!」
絡み合う剣と杖を挟み、男と少年は睨み合う。
「くっくっく…この期に及んで愛を求めるとは。まったく、子供でもあるまいに」
「いや、僕は子供だし」
「ほざけ」
二人の間で、大気が凍り付く。小鳥のさえずりも、そよ風も消える。
真紅と翠星石も、それぞれにワルドと向かい合ったまま、睨み合う。
おーい!みんなぁ~大丈夫ぅ~どこよ~
森の向こう、学院の方からルイズの声がした。他にも沢山の声が聞こえる。
男と少年は、ニヤッと笑い、そして同時に
剣と杖を納めた。
ぼごんっ!と爆発音を響かせて、ジュンと剣を交えていた本体を残し、全ての分身が消
える。
「ルイズさんの使い魔と婚約者が殺し合えば、悲しむのはルイズさんだ」
「うむ。そしてそれは、ここにいる誰のためにもならん」
「あんたの裏切りの事は、今さらどうこう言っても遅い。黙っててやる。一つ貸しだ」
「素直に感謝する。しばらく身を隠すとしよう」
ワルドは黒マントを翻し、ジュン達に背を向ける。
「そうそう、最後に一つ、良い事教えてやるよ」
「うん?なんだね」
「僕らも、いずれ聖地に向かうつもりなんだ。エルフの先住魔法を知るために」
「ほほぅ!それは奇遇だな。となると、エルフと争わずに行くわけか」
「もちろん。武力でごり押しより、良いと思う」
「なるほど、それは面白い。覚えておこう…では、また会おう」
ワルドは、森の中へ消えていった。
「…ぐはあっ!はあっ!はっ!はあ、はぁはぁ、はぁ…ふぅうぅ~」
突如息を乱したジュンは膝をついてしまった。
「大丈夫ですかぁ!?よく頑張ったですよ!」
「本当に見事だったわ!…危なかったわ、この数日は無理が過ぎたわ。もう力は限界に近
かったわね」
「へっへ!おでれーたなぁ、こりゃ。チビのボウズかと思ってたら、あっという間に男に
なっちまったぜ」
駆け寄る人形達は口々にジュンの健闘を褒め称えた。デルフリンガーも、持ち主の成長
が信じられない風だ。
「ともかく、一段落ついたけど、これでよかったのかなぁ?…はぁ、ルイズさんには言え
ないよな」
「しょうがないわ、あの男は今は争う気が無いのだし」
「ケンカせずに済んだなら、最高ですぅ!みんな無事で良かったですよ!」
「そだな。んじゃ、帰るとしようか」
剣を支えに、よろよろと立ち上がる。
そして森の奥でも、ワルドが膝をついていた。その体を若い女性――フーケが支える。
「全く、大したガキ共だわ。この数日の無茶で疲れ果ててたあんたじゃあ、相手にならな
かったろうね」
「くははは…本当だな。全く、素晴らしい」
「で、これからどうすんだい?」
「聞いた通りだ。今はトリステインには戻れん。レコン・キスタへ行けば、あの使い魔達
と戦わねばならなくなる。
ほとぼりが冷めるまで、身を隠すとしよう」
「そうかい。あたしも戦争に巻き込まれるのはまっぴらだしね。しばらくあんたに付き合
おうかね」
ワルドは、フーケに支えられ、去っていった。
悲壮な顔で森の奥へ、池のほとりへ踏みいってきたのは、ずぶ濡れのままのルイズ。
並んで歩きだした使い魔達は、主の笑顔で迎えられた。
第1話 男と少年 END
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