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使い魔のカービィ 08b - (2008/08/07 (木) 00:41:38) の最新版との変更点
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#navI(使い魔のカービィ)
&setpagename(カービィの人 第8.5話)
「うーん………」
早朝。
いつものようにカービィよりも先に目を覚ましたルイズは、横で気持ちよさそうに眠っている使い魔を見つめて唸り声をあげていた。
腕はしっかりと組まれ、眉間に寄った深い皺が深刻さをよく表している。
「……………私、カービィのことどのくらい知ってるのかしら」
どうやら、これが彼女の悩みの種らしい。
遂にカービィという存在そのものに疑問を持ったようだ。
ルイズの独り言は続く。
「考えてみれば、カービィってどの既存種の幻獣とも違うのよね……」
ルイズの知識量は、そこらの学生が束になっても敵わない程に多い。
もちろん魔物や幻獣の知識も然りだ。
そんな彼女が見たことも聞いたこともない種類の幻獣となると、数はかなり限られてくる。
ルイズがカービィを召喚した時、コルベールを含むその場にいたすべての人間が生物と判断するまでに時間が掛ったのがいい例だ。
「でも、サモン・サーヴァントはハルケギニアの生き物しか召喚出来ない筈だし」
突然変異種、という可能性も考えた。
しかし、それにしてはカービィはどの種族の面影も残していない。
それに、あの吸い込みや剣士の姿は、到底『突然変異』の一言で片づけられるようなものではなかった。
カービィを表す言葉があるとすれば、『異端』
あたかもいきなりこの世界に現れた生物であるかのように、カービィはただただ『異端』な存在だった。
「カービィって……一体何者なの………?」
カービィとはなんなのか?
そもそもあの姿は?
そういえばこのルーンにも見覚えがない。
人に誇れる数少ないものだった知識まで底をついたんだろうか。
……考えれば考えるほど、カービィの正体については泥沼にはまる一方だった。
さらに、行き詰まりはルイズの考えを悪い方へ悪い方へと導き、最終的に「私ってカービィのこと何も知らないじゃない……」や「使い魔についての知識までゼロだなんて……」と膝を抱えて落ち込んでしまった。
しかし、ここで終わらないのがルイズの強いところだ。
何かを思いついたのか、ふと顔をあげる。
「そうよ、分からないなら調べればいいんだわ!」
なんとも単純な答えだが、ルイズの瞳は先ほどとは打って変わって輝いていた。
「資料なんて結局は過去の記述だもの。今現在も同じとは限らないわ。カービィみたいな未発見の種族が居たっておかしくない。なら、私が調査してまとめればいいのよ!」
確認するが、彼女は一人である。
カービィはもちろん未だに眠っている。
虚空に向かってルイズが意思表明を終えると、ベッドから飛び降りて着替えを始める。
「やっぱり調査って言うくらいだし、それなりの恰好はしなきゃ」
素早く学院の制服に身を包むと、ルイズは机の中を漁り出した。
お誂え向きに、今日は昼からの授業は休講。
彼女に与えられた時間はたっぷりとあるだろう。
Sample.1 食堂の人々の場合
昼食後。
調査のためカービィに単独行動を許したルイズは、気付かれないようこっそりと後をつけていた。
手には羊皮紙の切れ端とペンを持ち、顔には変装のつもりかスカーフを巻いている。
教師に見つかれば指導確定物の姿だが、本人は見つかるか見つからないかのスリルに酔いしれている為気づいていない。
それはともかくとして、食堂を出たカービィが真っ先に向かったのは厨房の裏手口だった。
跳び上がってドアノブに掴まり、そのままドアを開けて中へと入る。
ギーシュとの決闘以来、厨房の人々、特にシエスタとルイズ達は仲が良い。
そのコネクションを生かし、カービィが食べ足りない時などは残飯処理係の仕事を譲ってもらている。
カービィの腹も膨れ、食べ物も粗末にならない。まさに一石二鳥。
だが、相変わらず『朝食の悲劇』から立ち直れない生徒からの苦情は絶えないらしい。
(また残飯処理かしら?)
辺りに誰もいないことを確認し、こっそりと小窓から厨房内を覗き込む。
するとそこでは、シエスタとカービィを真剣な顔をした料理人達が息をひそめて見つめていた。
なにやら只ならぬ雰囲気が漂っている。
(な、なにこれ……まさかカービィ、何かやらかしたの!?)
精一杯背伸びし、中の様子を必死になって観察するルイズ。
漸くカービィの全身が見えた。
その手には、スプーンとプリン・アラモード。
「は?」
気の抜けた声を出してから、ルイズは慌てて自らの口を塞ぐ。
幸い誰にも気づかれてはいないようだ。
「さぁ、希望の星。食べてみてくれ」
「ぽよ!」
張り詰めた料理人達の空気を読まず、カービィは笑顔で生クリームがたっぷり飾り付けられたプリンを一口頬張る。
瞬間、厨房にこれまで以上の緊張が走った。
誰もがカービィの次の反応に息を飲む。
変化はすぐに訪れた。
笑顔だったカービィの顔がさらに緩み、見るからに幸せそうな物へと変化したのだ。
つまり、『美味』
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
同時に、厨房内に歓声が響き渡った。
中には嬉しさの余り帽子を天井に向かって投げた者もいる。
「やりましたね!」
「ああ! これで明日のデザートは決定だ!」
シエスタがこれまた嬉しそうにマルトーに微笑みかけ、マルトーはそれに満足げに頷いた。
騒ぎをよそに、カービィは早くも4口目を口に運んでいた。
「………何これ」
厨房内の盛り上がりとは裏腹に、ルイズは覚束ない足取りでその場を離れた。
ついて行けない。いや、ついて行ったらいけない気がする。
引き攣った笑いを浮かべながら額に手を添え、厨房から影になる壁際に座り込む。
「私は何も見なかった。そう、見なかったのよ……HA、HAHAHAHAHA」
早くも挫けそうになった彼女だったが、なんとか羊皮紙に調査の第一歩を記すことはできた。
『愛らしさゆえにいろんな人に可愛がられる。でも……いや、なんでもない』
Sample.2 キュルケの場合
ルイズが軽いショックから立ち直るのと同時に、厨房の裏口からカービィが出てきた。
シエスタを筆頭に、マルトーと料理人数名が手を振っている。
カービィもそれに応えて無邪気に手を振っていた。
ギーシュのことを抜きにしても、きっとカービィは好かれていただろう。
なんとなくそう思ったルイズだったが、やはり悪い気はしなかった。
その後のカービィは、特に行く当てもないのか学院の敷地内を適当に歩き回っていた。
途中綺麗な蝶を追いかけたり、余所見をして転びそうになったりしていたが、特に大きなこともなく、ルイズもカービィの一挙一動を微笑ましく見守っているだけだった。
しかし、カービィの対面から歩いてきた人物を視界に入れた途端、ルイズの表情がたちまち曇る。
「あら、カービィじゃない」
「きゅるる」
ルイズの敵、キュルケが使い魔のフレイムと共にカービィに近づいてきたのだ。
何気にキュルケとカービィも仲が良い。
使い魔のフレイムのお蔭なのだろうか、それとも胸部装甲に惑わされているのか。
どちらにしても、ルイズにとって嫌悪すべきことには変わりないのだが。
「ぽよぉ!」
そんな主人の気持ちなど知るはずもなく、カービィは嬉しそうにキュルケの下へ駆けてゆく。
キュルケも駆け寄ってきたカービィに向け腕を広げ、そのまま抱き上げると胸の中へと誘った。
カービィと、カービィと同じくらい柔らかいであろう二つの物体が潰れる。
「ふふ、相変わらず可愛いわねぇ。あなたのご主人様もこれくらい可愛げがあればいいんだけど」
(大きなお世話よ!!)
カービィの頭を撫でている宿敵を引っ叩きたくなる衝動を必死に堪え、観察を続行するルイズ。
しかし、その後もキュルケの軽口は続いた。
カービィもカービィで、(じゃれているだけなのだろうが)脂肪の塊に顔を擦りつけている。
ルイズの怒りは加速度的に過熱していった。
「あ、そうそう。これからタバサのところに行くんだけど一緒に行く? ルイズは………居ないみたいだし」
漸く本来の目的を思い出したのか、キュルケは妙な間を置いてカービィを誘った。
まだツェルプストーと一緒にいるつもり!? と叫びそうになったが、ここでばれては台無しとルイズは言葉を飲み込む。
(頼むからこれ以上ツェルプストーと一緒に……)
「ぽよ!」
「決まりね。じゃあ、行きましょうか」
(………行かない訳ないわよね。ええ、分かってたわよ)
カービィが仲の良いキュルケの誘いを断るはずもなかった。
無邪気な顔をしてホイホイキュルケについて行くカービィ。
更なるストレス増加を覚悟し、ルイズは嫌々二人の後を追おうとした。
「きゃ!」
だがその時、いきなりカービィがキュルケの胸から飛び出した。
その衝撃が伝わり、大きく胸が揺れる。
飛び出したカービィはというと、フレイムの上に着地と同時に跨っていた。
「あら、そっちがいいの?」
「ぽよぽよー!」
「きゅるるるるー」
そうだよと言わんばかりにフレイムの上でカービィは歓声を上げる。
乗られているフレイムも満更ではなさそうだ。
「そう。まぁ、いいけどね……」
逆にキュルケは自慢のボディよりもフレイムを選ばれたことが少し残念だったのか、肩を落とし気味に歩き始めた。
陰でルイズがガッツポーズをしていたのは、想像に難しくないだろう。
『動物に好かれる。動物同士気が合うんだろうか? でもなんでよりによって(以下延々とキュルケに対する文句)』
Sample.3 タバサの場合
授業が休講の為か、図書館はいつもより人で賑わっていた。
もちろん、賑わうといっても図書館内のルールは守っており、談笑する生徒がいても聞こえるか聞こえないか程度の小声だ。
その中でも、生徒の影がほとんどない奥のテーブルにタバサは座っていた。
いつものように無表情のまま本に目を走らせ、時折傍らに置いてあるサンドイッチを口に運んでいる。
「ハロー、タバサ」
「はろぉー」
「………」
親友の声と聞きなれないもう一つの呼びかけに反応し、タバサは本から顔を上げた。
その瞬間。
カービィを認識したほんの一瞬。
彼女の眼が見開かれたのだが、微々たる違いだったために誰も気づく者はいなかった。
「今日は何読んでるの?」
キュルケはテーブルに手をつき、タバサが読んでいる本を覗き込む。
かなり分厚い本だ。何かの辞典だろうか。
そんなことを考えながらキュルケが視線を送っていると、不意にタバサが本の表紙を向けて来た。
「………『ハルケギニア生物辞典』?」
「どうしても知りたいことがある」
それだけ言うと、タバサは再び本に視線を落とした。
「知りたいことは見つかりそう?」
タバサは首を横に振る。
相変わらず反応が薄い。
「あなたのことだし、それ以外にも結構調べてたんでしょ?」
今度は首を縦に振る。
首の振り方から見てかなりの量を調べたのだとキュルケは察した。
「そんなにまで知りたいことって、なに?」
字の羅列を追っていたタバサの眼球が一時停止する。
そして本をテーブルの上に置き、ある一点をじっと見つめた。
「?」
疑問に思い、キュルケも同じ方を向く。
後ろの本棚から隠れ見ていたルイズも同じ方を向いた。
視線の先には、タバサの食べかけのサンドイッチを頬張ろうとしているカービィ。
「ああ。もしかしなくても、あなたの調べたいことって……」
「びぃやあああああああああああああああああああ!!!」
キュルケが皆まで言い終わる前に、図書館内に甲高い悲鳴が響き渡った。
周りの生徒がハッとしたように声の方を見ると、タバサのサンドイッチを口にしたカービィがテーブルの上でのた打ち回っているではないか。
体の色は赤や青や緑に変わり、目からは大量の涙があふれ、まるで毒でも口にしたかのような形相だった。
「あ、あなた……何食べてたの………?」
明らかに只事ではない様子に、流石のキュルケもうろたえている。
先程まで何食わぬ顔で同じものを食していたタバサに青くなった顔を向けた。
対するタバサは特に焦った様子もなく、呑気なことにテーブルの上をゴロゴロ転がるカービィを興味深そうに眺めながらポツリと呟く。
「ハシバミのサンドイッチ」
「………あぁ」
納得。
今回ばかりは勝手に人の物を食べたカービィが悪いので、何も言えない。
ルイズも呆れ果てたのか、痛む頭を手で押さえていた。
食い意地が張ると碌なことにならない。
哀れなことに、ハシバミの味が引くまでカービィはテーブルの上を転がり続けたのだった。
『食い意地が張っている。でも、あんまりに不味い物は食べられないみたい。……うー、想像しただけでハシバミの渋みが………』
Sample.4 ???の場合
なんとかハシバミ地獄から解放されたカービィは、キュルケ達と別れ食堂へ向かっていた。
気づけばもう日が傾いており、空は鮮やかな緋色に染まり始めている。
そろそろ夕食の時間だ。
ルイズの腹も空腹を告げる音を鳴らしている。
「まぁ、これくらいかしら。もうこれ以上調べても何も出そうにないし」
「調べるって、何を?」
「そりゃあカービィの」
反射的速度でルイズは振り返った。
そこには先程カービィと別れたはずのキュルケとタバサの姿。
タバサはいつも通りだが、キュルケはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
「あ、あああああんた達いつから!?」
「静かにしなさい。カービィにバレるわよ?」
ルイズの反応を見て、キュルケは満足げに微笑んでいる。
大声が出せれば、ルイズは間違いなく今この場でキュルケを怒鳴りつけていただろう。
「あんたがカービィの跡をつけてから、気になってあんたの跡をつけてみたって訳」
「い、いつから気づいてたのよ?」
「カービィと会ったときからよ。マントの端までは気が回らなかったようね? それより何よそのスカーフ。それで変装のつもり?」
「う、う、うるさいうるさいうるさいうるさいぃぃ!!!」
その後、ルイズは二人に調査のことを洗いざらい吐かされた。
キュルケは尾行の理由が意外にまともだった事に驚き、面白そうだからと残り少ない調査に同行することになった。
タバサはカービィについての情報が少しでも欲しいらしく、ルイズの書留を読みながら調査に同行した。
ルイズにしてみれば、これ以上何も起こらないのだからさっさと満足してもらおうという諦めにも似た考えだったのだろう。
しかし、そういう時に限って何か起こるのが世の常である。
「あれ?」
異変に真っ先に気がついたのはルイズだった。
一旦立ち止まり、カービィをよく観察する。
「どうしたのよ?」
「………カービィが食堂じゃない方に向かってる」
「え、あのくいしん坊が? まさか」
しかし見てみると、確かにカービィは食堂とは反対方向に向かい始めていた。
この時間はカービィもお腹が空いている筈なのに、食堂へ向かわないのはあまりに不自然だ。
それがカービィなのだから、不自然さは倍増する。
が、その謎はすぐに解決した。
「あれ」
「え?」
タバサがカービィのすぐ近くを指さす。
二人は目を細めてそこを凝視した。
すると、夕日の色に馴染んで見辛いが、何かがそこに置かれているのがわかった。
「あれって……リンゴかしら?」
リンゴ。すなわち食べ物が置いてあった。
よくよく見ていると、何かの道標の如く、等間隔でリンゴが置かれている。
あからさまな罠だった。
「なるほどね、これはカービィなら引っ掛かるわ」
「っっ!! どこのどいつよ!? カービィをこんな方法でたぶらかそうとしてるのは!!」
「追ってみればわかる」
「そういうこと」
まるでカービィに引っ掛かってくださいと言わんばかりの罠に憤慨したルイズを先頭に、三人はカービィの後を追っていく。
しばらく歩いているうち辿り着いたのは、食堂から少し離れた学院の中庭だった。
日はさらに傾き、一つ二つと星が出始めている。
「ぽぉよ!」
遂にカービィが最後の一つを拾い上げた。
その場にぺたりと座り込み、キラキラした目でリンゴを見つめる。
本当に幸せそうだ。
そして、カービィがリンゴを食べようとした瞬間、柱の陰から声がした。
「よく来たね。まさか、こんな単純な手に引っ掛かるってくれるなんて思わなかったよ」
「ぽよ?」
リンゴを食べようとするのを止め、カービィが声のした方に体を向けた。
声の主が校舎の日陰から歩み寄ってきている。
日陰から出て、沈みかけた夕陽が照らし出したその人物は、数日前にカービィに決闘を仕掛け見事に敗北した男。
『青銅』の二つ名を持ち、何より女性が大好きなルイズ達のクラスメートだった。
(ギーシュ!!)
「君を呼んだのは他でもない。僕自身のプライドの為さ。あれじゃあ、僕の気が済まないんだ」
カービィしか見ていないというのに、ギーシュは勿体を付けたようにゆっくりと歩んだ。
その表情はいかにも余裕。いや、自分に酔っているとでも言うのだろうか。
前髪を軽く手で払い、笑みを湛えた口元からは白い歯が覗いていた。
とても数日前自分を負かした相手の前にいるような態度ではない。
(な、なんでギーシュがここに!?)
(私に聞かないでよ。私に)
一方、ある意味意外な人物の登場に、ルイズは思考が追い付かなくなっていた。
しかも相手はカービィが倒したギーシュである。
報復という理由で何をされるかわかったものではない。
(単純に考えれば、報復)
ルイズの心内を読んだかのようにタバサが呟いた。
その手にはいつの間にか杖が握られている。
(カービィの圧勝だったのに、なんだって今更!?)
(だから本人が言ってるじゃないの、プライドの問題だって。モンモラシーともまだ和解してないみたいだし、やつあたりでもしに来たんじゃないの?)
(そんなの知ったこっちゃないわよ!!)
ルイズ達が小声で話している間に、もうギーシュはカービィの目の前まで来ていた。
危機が迫っているというのに、カービィが動く気配は全くない。
このままでは前のようにたこ殴りにされるだけだろう。
「漸くこの時が来た……遠慮なく、ケジメをつけさせてもらうよ!」
ギーシュが勢いよく両手を広げる。
そしてカービィ目掛けてその手を伸ばした。
「カービィ! 逃げ」
ルイズが叫ぶが間に合わない。
しかし、ギーシュの伸ばした手はカービィを捕えなかった。
カービィを素通りした手は地面に宛がわれ、次の瞬間にはギーシュの頭も地面と対面を果たす。
「本当に申し訳なかった!!!」
「ぽよ?」
「は?」
「え?」
「………」
空気が、凍った。
カービィも、飛び出そうとしたルイズとキュルケも、冷静にエア・ハンマーを繰り出そうとしたタバサでさえも、ギーシュが何をしたかハッキリ理解できなかった。
少しして、「ギーシュがカービィに謝った」ということを理解し始める程度で。
凍った空気が完全に動き出したのは、ギーシュが頭を上げてからだった。
「あの時の僕は本当にどうかしていたよ。二人のレディの心を傷つけておきながら、またレディを傷つけて、あまつさえ君にやつあたり紛いの決闘まで申し込んでしまったんだから」
そう語るギーシュの表情は、心なしか痛々しく見える。
「だけど、君に負けて気がついたよ。僕がやっていたのは悪いことだったって。いや、認めた、のかな……?」
今度は自嘲気味の笑顔を浮かべたが、やはり表情から痛々しさは抜けなかった。
いつものヒョウヒョウとした態度からは想像もできない姿に、見守る三人も押し黙る。
「あの時はルイズやモンモラシー達に謝るのに必死で、君に対して謝罪ができなかったから。他の皆が聞いたら独り善がりだって笑われるかもしれないけど、僕は貴族として君に謝らなくちゃいけない」
ギーシュは表情を引き締めると、地面に宛がっていた両手を握りしめた。
腹を決め、再び謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさい」
言葉と同時にギーシュは再び深々と地面に頭をついた。
今の彼に恥はない。
謝っている相手が誰だろうと関係ない。
本当に謝らなければならない相手にちゃんと頭を下げる。
たとえ許してもらえなくても、それが彼に出来る精一杯の謝罪だった。
「……ぽよ」
ふと、ギーシュは仄かな甘い香りが漂ってきたことに気がついた。
顔を上げると、そこにはリンゴをギーシュに差し出しているカービィ。
漂ってきた甘い香りはリンゴのものだったのだ。
リンゴを差し出すカービィの目を見た時、ギーシュはこの行動が何を表しているのかを悟った。
「もしかして……僕を許してくれるのかい?」
「ぽよ!」
右手を差し出し、カービィからリンゴを受け取るギーシュ。
女の子達のように罵倒されることはないにしても、許してもらえるとは思っていなかっただけに、このカービィの行動は彼の心に響くものがあった。
無意識にリンゴを持つ手が震えてくる。
「あ、ああ、ありがとう!! き、君は! ぼ、ぼぐの心の友だ!!」
「びぃ!?」
カービィを力いっぱい抱きしめ、ギーシュは声を上げて泣きし始めた。
その姿は何とも締まりが無く、ルイズ達は思わず顔を背ける。
「調子いいこと言っちゃって……」
「台詞は臭いけど、反省はしているみたいね。やり方はせこいけど」
「こんな小細工しなくても普通に謝りに来ればいいのよ」
泣き続けるギーシュの声を聞きながら、心底呆れたように腕を組むルイズ。
しかし表情はそれほど曇ってはおらず、少し笑っているようにも見えた。
ギーシュのことを少し見直したのだろう。
「気恥ずかしかったんでしょ? それよりもう夕食の時間よ。速く食堂に行きましょう」
「その考えに賛同する」
キュルケとタバサに至っては面白いものが見れて満足したのか、既に元来た道を戻り始めていた。
「ちょ、待ちなさいよ!」
ルイズもすぐにその後を追う。
その前に、もう一度ギーシュとカービィの方を見てみた。
目から滝のように涙を流したギーシュが、まだカービィのことを抱きしめている。
放っておいたらいつまでもあのままのような気がしたので、不本意ながらも呼びに行くことにした。
『子供だからよく分からないのかもしれないけど、それでも十分過ぎるくらい優しい子。ギーシュも少しは懲りたみたいだし、とりあえず一件落着ね。でも、私のことを見て化け物にでも遭遇したような叫びをあげたのは絶対に許さない』
Sample.5 ルイズの場合
「……ふぅ」
夕食を終えたルイズは、部屋に着くなりベッドの上で仰向けに寝転がった。
なんだか、今日は精神的にとても疲れた気がする。
というより、カービィが来てからというもの、いろいろ気苦労が多くなった。
そんなことを考えながら、半日使って作成した書留を取り出す。
改めて見返すが、どれも今までのカービィとの生活で既に知っていることばかりだった。
「私の半日はなんだったのよ……」
はぁ、と思わず深い溜め息をつく。
溜め息と共に、彼女のネガティブな精神が姿を現し始めた。
それなりの収穫があったような気もしたけど、肝心のカービィのことは分からず仕舞い。
自分の使い魔なのに。
初めて使えた魔法の成果なのに。
カービィのことが何も分からない。
カービィのことを理解することもできない。
これじゃあ今までと、ゼロと変わらない。
「結局、どこまでいっても私は……」
ゼロ。
「きゃ!?」
ルイズの口から禁句が零れる直前、何かが彼女の上に飛び乗ってきた。
何かと言っても部屋にはカービィしかいないのだが。
「ちょ、ちょっと。どうしたの?」
「ぽぉよ! ぽぉよ!」
上体を起こしてカービィを膝の上に乗せると、笑いながら両手両足をバタつかせ始めた。
愛らしいことは愛らしいが、何をやっているのかさっぱり分からない。
ルイズも最初は何をやっているのか全く理解できなかったが、先程の自分の状態からなんとなくカービィのやっていることを察した。
「『元気だして』って、言ってる?」
「ぽよ!」
カービィはいつもと変わらぬ笑顔でルイズに答えた。
その瞬間、ルイズはハッとした。
使い魔召喚の夜も、ギーシュとの決闘の後も、カービィはこの笑顔だった。
この笑顔は落ち込んでいる自分に、勇気と元気を与えてくれた。
「……そうね! 落ち込んでばかりじゃいられないわ!」
そう、落ち込んでばかりじゃいられない。
主人がつらい顔ばかりしてちゃ、使い魔に示しがつかなくなってしまう。
なら、私もカービィに笑い掛けてあげよう。
カービィがいる。
それだけで私はゼロじゃない。
「ありがとう、カービィ」
ルイズはカービィを抱きしめると、彼の額に優しくキスを落とした。
『カービィはカービィ。掛け替えのない私の使い魔であることに変わりはない。以上、調査終了!』
「でも、いつか必ず暴いて見せるわ。カービィの正体!」
「ぽよ?」
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「うーん………」
早朝。
いつものようにカービィよりも先に目を覚ましたルイズは、横で気持ちよさそうに眠っている使い魔を見つめて唸り声をあげていた。
腕はしっかりと組まれ、眉間に寄った深い皺が深刻さをよく表している。
「……………私、カービィのことどのくらい知ってるのかしら」
どうやら、これが彼女の悩みの種らしい。
遂にカービィという存在そのものに疑問を持ったようだ。
ルイズの独り言は続く。
「考えてみれば、カービィってどの既存種の幻獣とも違うのよね……」
ルイズの知識量は、そこらの学生が束になっても敵わない程に多い。
もちろん魔物や幻獣の知識も然りだ。
そんな彼女が見たことも聞いたこともない種類の幻獣となると、数はかなり限られてくる。
ルイズがカービィを召喚した時、コルベールを含むその場にいたすべての人間が生物と判断するまでに時間が掛ったのがいい例だ。
「でも、サモン・サーヴァントはハルケギニアの生き物しか召喚出来ない筈だし」
突然変異種、という可能性も考えた。
しかし、それにしてはカービィはどの種族の面影も残していない。
それに、あの吸い込みや剣士の姿は、到底『突然変異』の一言で片づけられるようなものではなかった。
カービィを表す言葉があるとすれば、『異端』
あたかもいきなりこの世界に現れた生物であるかのように、カービィはただただ『異端』な存在だった。
「カービィって……一体何者なの………?」
カービィとはなんなのか?
そもそもあの姿は?
そういえばこのルーンにも見覚えがない。
人に誇れる数少ないものだった知識まで底をついたんだろうか。
……考えれば考えるほど、カービィの正体については泥沼にはまる一方だった。
さらに、行き詰まりはルイズの考えを悪い方へ悪い方へと導き、最終的に「私ってカービィのこと何も知らないじゃない……」や「使い魔についての知識までゼロだなんて……」と膝を抱えて落ち込んでしまった。
しかし、ここで終わらないのがルイズの強いところだ。
何かを思いついたのか、ふと顔をあげる。
「そうよ、分からないなら調べればいいんだわ!」
なんとも単純な答えだが、ルイズの瞳は先ほどとは打って変わって輝いていた。
「資料なんて結局は過去の記述だもの。今現在も同じとは限らないわ。カービィみたいな未発見の種族が居たっておかしくない。なら、私が調査してまとめればいいのよ!」
確認するが、彼女は一人である。
カービィはもちろん未だに眠っている。
虚空に向かってルイズが意思表明を終えると、ベッドから飛び降りて着替えを始める。
「やっぱり調査って言うくらいだし、それなりの恰好はしなきゃ」
素早く学院の制服に身を包むと、ルイズは机の中を漁り出した。
お誂え向きに、今日は昼からの授業は休講。
彼女に与えられた時間はたっぷりとあるだろう。
Sample.1 食堂の人々の場合
昼食後。
調査のためカービィに単独行動を許したルイズは、気付かれないようこっそりと後をつけていた。
手には羊皮紙の切れ端とペンを持ち、顔には変装のつもりかスカーフを巻いている。
教師に見つかれば指導確定物の姿だが、本人は見つかるか見つからないかのスリルに酔いしれている為気づいていない。
それはともかくとして、食堂を出たカービィが真っ先に向かったのは厨房の裏手口だった。
跳び上がってドアノブに掴まり、そのままドアを開けて中へと入る。
ギーシュとの決闘以来、厨房の人々、特にシエスタとルイズ達は仲が良い。
そのコネクションを生かし、カービィが食べ足りない時などは残飯処理係の仕事を譲ってもらている。
カービィの腹も膨れ、食べ物も粗末にならない。まさに一石二鳥。
だが、相変わらず『朝食の悲劇』から立ち直れない生徒からの苦情は絶えないらしい。
(また残飯処理かしら?)
辺りに誰もいないことを確認し、こっそりと小窓から厨房内を覗き込む。
するとそこでは、シエスタとカービィを真剣な顔をした料理人達が息をひそめて見つめていた。
なにやら只ならぬ雰囲気が漂っている。
(な、なにこれ……まさかカービィ、何かやらかしたの!?)
精一杯背伸びし、中の様子を必死になって観察するルイズ。
漸くカービィの全身が見えた。
その手には、スプーンとプリン・アラモード。
「は?」
気の抜けた声を出してから、ルイズは慌てて自らの口を塞ぐ。
幸い誰にも気づかれてはいないようだ。
「さぁ、希望の星。食べてみてくれ」
「ぽよ!」
張り詰めた料理人達の空気を読まず、カービィは笑顔で生クリームがたっぷり飾り付けられたプリンを一口頬張る。
瞬間、厨房にこれまで以上の緊張が走った。
誰もがカービィの次の反応に息を飲む。
変化はすぐに訪れた。
笑顔だったカービィの顔がさらに緩み、見るからに幸せそうな物へと変化したのだ。
つまり、『美味』
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
同時に、厨房内に歓声が響き渡った。
中には嬉しさの余り帽子を天井に向かって投げた者もいる。
「やりましたね!」
「ああ! これで明日のデザートは決定だ!」
シエスタがこれまた嬉しそうにマルトーに微笑みかけ、マルトーはそれに満足げに頷いた。
騒ぎをよそに、カービィは早くも4口目を口に運んでいた。
「………何これ」
厨房内の盛り上がりとは裏腹に、ルイズは覚束ない足取りでその場を離れた。
ついて行けない。いや、ついて行ったらいけない気がする。
引き攣った笑いを浮かべながら額に手を添え、厨房から影になる壁際に座り込む。
「私は何も見なかった。そう、見なかったのよ……HA、HAHAHAHAHA」
早くも挫けそうになった彼女だったが、なんとか羊皮紙に調査の第一歩を記すことはできた。
『愛らしさゆえにいろんな人に可愛がられる。でも……いや、なんでもない』
Sample.2 キュルケの場合
ルイズが軽いショックから立ち直るのと同時に、厨房の裏口からカービィが出てきた。
シエスタを筆頭に、マルトーと料理人数名が手を振っている。
カービィもそれに応えて無邪気に手を振っていた。
ギーシュのことを抜きにしても、きっとカービィは好かれていただろう。
なんとなくそう思ったルイズだったが、やはり悪い気はしなかった。
その後のカービィは、特に行く当てもないのか学院の敷地内を適当に歩き回っていた。
途中綺麗な蝶を追いかけたり、余所見をして転びそうになったりしていたが、特に大きなこともなく、ルイズもカービィの一挙一動を微笑ましく見守っているだけだった。
しかし、カービィの対面から歩いてきた人物を視界に入れた途端、ルイズの表情がたちまち曇る。
「あら、カービィじゃない」
「きゅるる」
ルイズの敵、キュルケが使い魔のフレイムと共にカービィに近づいてきたのだ。
何気にキュルケとカービィも仲が良い。
使い魔のフレイムのお蔭なのだろうか、それとも胸部装甲に惑わされているのか。
どちらにしても、ルイズにとって嫌悪すべきことには変わりないのだが。
「ぽよぉ!」
そんな主人の気持ちなど知るはずもなく、カービィは嬉しそうにキュルケの下へ駆けてゆく。
キュルケも駆け寄ってきたカービィに向け腕を広げ、そのまま抱き上げると胸の中へと誘った。
カービィと、カービィと同じくらい柔らかいであろう二つの物体が潰れる。
「ふふ、相変わらず可愛いわねぇ。あなたのご主人様もこれくらい可愛げがあればいいんだけど」
(大きなお世話よ!!)
カービィの頭を撫でている宿敵を引っ叩きたくなる衝動を必死に堪え、観察を続行するルイズ。
しかし、その後もキュルケの軽口は続いた。
カービィもカービィで、(じゃれているだけなのだろうが)脂肪の塊に顔を擦りつけている。
ルイズの怒りは加速度的に過熱していった。
「あ、そうそう。これからタバサのところに行くんだけど一緒に行く? ルイズは………居ないみたいだし」
漸く本来の目的を思い出したのか、キュルケは妙な間を置いてカービィを誘った。
まだツェルプストーと一緒にいるつもり!? と叫びそうになったが、ここでばれては台無しとルイズは言葉を飲み込む。
(頼むからこれ以上ツェルプストーと一緒に……)
「ぽよ!」
「決まりね。じゃあ、行きましょうか」
(………行かない訳ないわよね。ええ、分かってたわよ)
カービィが仲の良いキュルケの誘いを断るはずもなかった。
無邪気な顔をしてホイホイキュルケについて行くカービィ。
更なるストレス増加を覚悟し、ルイズは嫌々二人の後を追おうとした。
「きゃ!」
だがその時、いきなりカービィがキュルケの胸から飛び出した。
その衝撃が伝わり、大きく胸が揺れる。
飛び出したカービィはというと、フレイムの上に着地と同時に跨っていた。
「あら、そっちがいいの?」
「ぽよぽよー!」
「きゅるるるるー」
そうだよと言わんばかりにフレイムの上でカービィは歓声を上げる。
乗られているフレイムも満更ではなさそうだ。
「そう。まぁ、いいけどね……」
逆にキュルケは自慢のボディよりもフレイムを選ばれたことが少し残念だったのか、肩を落とし気味に歩き始めた。
陰でルイズがガッツポーズをしていたのは、想像に難しくないだろう。
『動物に好かれる。動物同士気が合うんだろうか? でもなんでよりによって(以下延々とキュルケに対する文句)』
Sample.3 タバサの場合
授業が休講の為か、図書館はいつもより人で賑わっていた。
もちろん、賑わうといっても図書館内のルールは守っており、談笑する生徒がいても聞こえるか聞こえないか程度の小声だ。
その中でも、生徒の影がほとんどない奥のテーブルにタバサは座っていた。
いつものように無表情のまま本に目を走らせ、時折傍らに置いてあるサンドイッチを口に運んでいる。
「ハロー、タバサ」
「はろぉー」
「………」
親友の声と聞きなれないもう一つの呼びかけに反応し、タバサは本から顔を上げた。
その瞬間。
カービィを認識したほんの一瞬。
彼女の眼が見開かれたのだが、微々たる違いだったために誰も気づく者はいなかった。
「今日は何読んでるの?」
キュルケはテーブルに手をつき、タバサが読んでいる本を覗き込む。
かなり分厚い本だ。何かの辞典だろうか。
そんなことを考えながらキュルケが視線を送っていると、不意にタバサが本の表紙を向けて来た。
「………『ハルケギニア生物辞典』?」
「どうしても知りたいことがある」
それだけ言うと、タバサは再び本に視線を落とした。
「知りたいことは見つかりそう?」
タバサは首を横に振る。
相変わらず反応が薄い。
「あなたのことだし、それ以外にも結構調べてたんでしょ?」
今度は首を縦に振る。
首の振り方から見てかなりの量を調べたのだとキュルケは察した。
「そんなにまで知りたいことって、なに?」
字の羅列を追っていたタバサの眼球が一時停止する。
そして本をテーブルの上に置き、ある一点をじっと見つめた。
「?」
疑問に思い、キュルケも同じ方を向く。
後ろの本棚から隠れ見ていたルイズも同じ方を向いた。
視線の先には、タバサの食べかけのサンドイッチを頬張ろうとしているカービィ。
「ああ。もしかしなくても、あなたの調べたいことって……」
「びぃやあああああああああああああああああああ!!!」
キュルケが皆まで言い終わる前に、図書館内に甲高い悲鳴が響き渡った。
周りの生徒がハッとしたように声の方を見ると、タバサのサンドイッチを口にしたカービィがテーブルの上でのた打ち回っているではないか。
体の色は赤や青や緑に変わり、目からは大量の涙があふれ、まるで毒でも口にしたかのような形相だった。
「あ、あなた……何食べてたの………?」
明らかに只事ではない様子に、流石のキュルケもうろたえている。
先程まで何食わぬ顔で同じものを食していたタバサに青くなった顔を向けた。
対するタバサは特に焦った様子もなく、呑気なことにテーブルの上をゴロゴロ転がるカービィを興味深そうに眺めながらポツリと呟く。
「ハシバミのサンドイッチ」
「………あぁ」
納得。
今回ばかりは勝手に人の物を食べたカービィが悪いので、何も言えない。
ルイズも呆れ果てたのか、痛む頭を手で押さえていた。
食い意地が張ると碌なことにならない。
哀れなことに、ハシバミの味が引くまでカービィはテーブルの上を転がり続けたのだった。
『食い意地が張っている。でも、あんまりに不味い物は食べられないみたい。……うー、想像しただけでハシバミの渋みが………』
Sample.4 ???の場合
なんとかハシバミ地獄から解放されたカービィは、キュルケ達と別れ食堂へ向かっていた。
気づけばもう日が傾いており、空は鮮やかな緋色に染まり始めている。
そろそろ夕食の時間だ。
ルイズの腹も空腹を告げる音を鳴らしている。
「まぁ、これくらいかしら。もうこれ以上調べても何も出そうにないし」
「調べるって、何を?」
「そりゃあカービィの」
反射的速度でルイズは振り返った。
そこには先程カービィと別れたはずのキュルケとタバサの姿。
タバサはいつも通りだが、キュルケはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
「あ、あああああんた達いつから!?」
「静かにしなさい。カービィにバレるわよ?」
ルイズの反応を見て、キュルケは満足げに微笑んでいる。
大声が出せれば、ルイズは間違いなく今この場でキュルケを怒鳴りつけていただろう。
「あんたがカービィの跡をつけてから、気になってあんたの跡をつけてみたって訳」
「い、いつから気づいてたのよ?」
「カービィと会ったときからよ。マントの端までは気が回らなかったようね? それより何よそのスカーフ。それで変装のつもり?」
「う、う、うるさいうるさいうるさいうるさいぃぃ!!!」
その後、ルイズは二人に調査のことを洗いざらい吐かされた。
キュルケは尾行の理由が意外にまともだった事に驚き、面白そうだからと残り少ない調査に同行することになった。
タバサはカービィについての情報が少しでも欲しいらしく、ルイズの書留を読みながら調査に同行した。
ルイズにしてみれば、これ以上何も起こらないのだからさっさと満足してもらおうという諦めにも似た考えだったのだろう。
しかし、そういう時に限って何か起こるのが世の常である。
「あれ?」
異変に真っ先に気がついたのはルイズだった。
一旦立ち止まり、カービィをよく観察する。
「どうしたのよ?」
「………カービィが食堂じゃない方に向かってる」
「え、あのくいしん坊が? まさか」
しかし見てみると、確かにカービィは食堂とは反対方向に向かい始めていた。
この時間はカービィもお腹が空いている筈なのに、食堂へ向かわないのはあまりに不自然だ。
それがカービィなのだから、不自然さは倍増する。
が、その謎はすぐに解決した。
「あれ」
「え?」
タバサがカービィのすぐ近くを指さす。
二人は目を細めてそこを凝視した。
すると、夕日の色に馴染んで見辛いが、何かがそこに置かれているのがわかった。
「あれって……リンゴかしら?」
リンゴ。すなわち食べ物が置いてあった。
よくよく見ていると、何かの道標の如く、等間隔でリンゴが置かれている。
あからさまな罠だった。
「なるほどね、これはカービィなら引っ掛かるわ」
「っっ!! どこのどいつよ!? カービィをこんな方法でたぶらかそうとしてるのは!!」
「追ってみればわかる」
「そういうこと」
まるでカービィに引っ掛かってくださいと言わんばかりの罠に憤慨したルイズを先頭に、三人はカービィの後を追っていく。
しばらく歩いているうち辿り着いたのは、食堂から少し離れた学院の中庭だった。
日はさらに傾き、一つ二つと星が出始めている。
「ぽぉよ!」
遂にカービィが最後の一つを拾い上げた。
その場にぺたりと座り込み、キラキラした目でリンゴを見つめる。
本当に幸せそうだ。
そして、カービィがリンゴを食べようとした瞬間、柱の陰から声がした。
「よく来たね。まさか、こんな単純な手に引っ掛かるってくれるなんて思わなかったよ」
「ぽよ?」
リンゴを食べようとするのを止め、カービィが声のした方に体を向けた。
声の主が校舎の日陰から歩み寄ってきている。
日陰から出て、沈みかけた夕陽が照らし出したその人物は、数日前にカービィに決闘を仕掛け見事に敗北した男。
『青銅』の二つ名を持ち、何より女性が大好きなルイズ達のクラスメートだった。
(ギーシュ!!)
「君を呼んだのは他でもない。僕自身のプライドの為さ。あれじゃあ、僕の気が済まないんだ」
カービィしか見ていないというのに、ギーシュは勿体を付けたようにゆっくりと歩んだ。
その表情はいかにも余裕。いや、自分に酔っているとでも言うのだろうか。
前髪を軽く手で払い、笑みを湛えた口元からは白い歯が覗いていた。
とても数日前自分を負かした相手の前にいるような態度ではない。
(な、なんでギーシュがここに!?)
(私に聞かないでよ。私に)
一方、ある意味意外な人物の登場に、ルイズは思考が追い付かなくなっていた。
しかも相手はカービィが倒したギーシュである。
報復という理由で何をされるかわかったものではない。
(単純に考えれば、報復)
ルイズの心内を読んだかのようにタバサが呟いた。
その手にはいつの間にか杖が握られている。
(カービィの圧勝だったのに、なんだって今更!?)
(だから本人が言ってるじゃないの、プライドの問題だって。モンモラシーともまだ和解してないみたいだし、やつあたりでもしに来たんじゃないの?)
(そんなの知ったこっちゃないわよ!!)
ルイズ達が小声で話している間に、もうギーシュはカービィの目の前まで来ていた。
危機が迫っているというのに、カービィが動く気配は全くない。
このままでは前のようにたこ殴りにされるだけだろう。
「漸くこの時が来た……遠慮なく、ケジメをつけさせてもらうよ!」
ギーシュが勢いよく両手を広げる。
そしてカービィ目掛けてその手を伸ばした。
「カービィ! 逃げ」
ルイズが叫ぶが間に合わない。
しかし、ギーシュの伸ばした手はカービィを捕えなかった。
カービィを素通りした手は地面に宛がわれ、次の瞬間にはギーシュの頭も地面と対面を果たす。
「本当に申し訳なかった!!!」
「ぽよ?」
「は?」
「え?」
「………」
空気が、凍った。
カービィも、飛び出そうとしたルイズとキュルケも、冷静にエア・ハンマーを繰り出そうとしたタバサでさえも、ギーシュが何をしたかハッキリ理解できなかった。
少しして、「ギーシュがカービィに謝った」ということを理解し始める程度で。
凍った空気が完全に動き出したのは、ギーシュが頭を上げてからだった。
「あの時の僕は本当にどうかしていたよ。二人のレディの心を傷つけておきながら、またレディを傷つけて、あまつさえ君にやつあたり紛いの決闘まで申し込んでしまったんだから」
そう語るギーシュの表情は、心なしか痛々しく見える。
「だけど、君に負けて気がついたよ。僕がやっていたのは悪いことだったって。いや、認めた、のかな……?」
今度は自嘲気味の笑顔を浮かべたが、やはり表情から痛々しさは抜けなかった。
いつものヒョウヒョウとした態度からは想像もできない姿に、見守る三人も押し黙る。
「あの時はルイズやモンモラシー達に謝るのに必死で、君に対して謝罪ができなかったから。他の皆が聞いたら独り善がりだって笑われるかもしれないけど、僕は貴族として君に謝らなくちゃいけない」
ギーシュは表情を引き締めると、地面に宛がっていた両手を握りしめた。
腹を決め、再び謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさい」
言葉と同時にギーシュは再び深々と地面に頭をついた。
今の彼に恥はない。
謝っている相手が誰だろうと関係ない。
本当に謝らなければならない相手にちゃんと頭を下げる。
たとえ許してもらえなくても、それが彼に出来る精一杯の謝罪だった。
「……ぽよ」
ふと、ギーシュは仄かな甘い香りが漂ってきたことに気がついた。
顔を上げると、そこにはリンゴをギーシュに差し出しているカービィ。
漂ってきた甘い香りはリンゴのものだったのだ。
リンゴを差し出すカービィの目を見た時、ギーシュはこの行動が何を表しているのかを悟った。
「もしかして……僕を許してくれるのかい?」
「ぽよ!」
右手を差し出し、カービィからリンゴを受け取るギーシュ。
女の子達のように罵倒されることはないにしても、許してもらえるとは思っていなかっただけに、このカービィの行動は彼の心に響くものがあった。
無意識にリンゴを持つ手が震えてくる。
「あ、ああ、ありがとう!! き、君は! ぼ、ぼぐの心の友だ!!」
「びぃ!?」
カービィを力いっぱい抱きしめ、ギーシュは声を上げて泣きし始めた。
その姿は何とも締まりが無く、ルイズ達は思わず顔を背ける。
「調子いいこと言っちゃって……」
「台詞は臭いけど、反省はしているみたいね。やり方はせこいけど」
「こんな小細工しなくても普通に謝りに来ればいいのよ」
泣き続けるギーシュの声を聞きながら、心底呆れたように腕を組むルイズ。
しかし表情はそれほど曇ってはおらず、少し笑っているようにも見えた。
ギーシュのことを少し見直したのだろう。
「気恥ずかしかったんでしょ? それよりもう夕食の時間よ。速く食堂に行きましょう」
「その考えに賛同する」
キュルケとタバサに至っては面白いものが見れて満足したのか、既に元来た道を戻り始めていた。
「ちょ、待ちなさいよ!」
ルイズもすぐにその後を追う。
その前に、もう一度ギーシュとカービィの方を見てみた。
目から滝のように涙を流したギーシュが、まだカービィのことを抱きしめている。
放っておいたらいつまでもあのままのような気がしたので、不本意ながらも呼びに行くことにした。
『子供だからよく分からないのかもしれないけど、それでも十分過ぎるくらい優しい子。ギーシュも少しは懲りたみたいだし、とりあえず一件落着ね。でも、私のことを見て化け物にでも遭遇したような叫びをあげたのは絶対に許さない』
Sample.5 ルイズの場合
「……ふぅ」
夕食を終えたルイズは、部屋に着くなりベッドの上で仰向けに寝転がった。
なんだか、今日は精神的にとても疲れた気がする。
というより、カービィが来てからというもの、いろいろ気苦労が多くなった。
そんなことを考えながら、半日使って作成した書留を取り出す。
改めて見返すが、どれも今までのカービィとの生活で既に知っていることばかりだった。
「私の半日はなんだったのよ……」
はぁ、と思わず深い溜め息をつく。
溜め息と共に、彼女のネガティブな精神が姿を現し始めた。
それなりの収穫があったような気もしたけど、肝心のカービィのことは分からず仕舞い。
自分の使い魔なのに。
初めて使えた魔法の成果なのに。
カービィのことが何も分からない。
カービィのことを理解することもできない。
これじゃあ今までと、ゼロと変わらない。
「結局、どこまでいっても私は……」
ゼロ。
「きゃ!?」
ルイズの口から禁句が零れる直前、何かが彼女の上に飛び乗ってきた。
何かと言っても部屋にはカービィしかいないのだが。
「ちょ、ちょっと。どうしたの?」
「ぽぉよ! ぽぉよ!」
上体を起こしてカービィを膝の上に乗せると、笑いながら両手両足をバタつかせ始めた。
愛らしいことは愛らしいが、何をやっているのかさっぱり分からない。
ルイズも最初は何をやっているのか全く理解できなかったが、先程の自分の状態からなんとなくカービィのやっていることを察した。
「『元気だして』って、言ってる?」
「ぽよ!」
カービィはいつもと変わらぬ笑顔でルイズに答えた。
その瞬間、ルイズはハッとした。
使い魔召喚の夜も、ギーシュとの決闘の後も、カービィはこの笑顔だった。
この笑顔は落ち込んでいる自分に、勇気と元気を与えてくれた。
「……そうね! 落ち込んでばかりじゃいられないわ!」
そう、落ち込んでばかりじゃいられない。
主人がつらい顔ばかりしてちゃ、使い魔に示しがつかなくなってしまう。
なら、私もカービィに笑い掛けてあげよう。
カービィがいる。
それだけで私はゼロじゃない。
「ありがとう、カービィ」
ルイズはカービィを抱きしめると、彼の額に優しくキスを落とした。
『カービィはカービィ。掛け替えのない私の使い魔であることに変わりはない。以上、調査終了!』
「でも、いつか必ず暴いて見せるわ。カービィの正体!」
「ぽよ?」
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