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ゼロのアトリエ-26 - (2007/08/10 (金) 14:54:57) のソース
あっさり片付くと思われていたニューカッスルの攻城戦は、 レコン・キスタに想像の範囲を超える損害を与えつつ、丸々一日を要してようやく終結を迎えた。 三百の王軍に対して、損害は三千。怪我人も合わせれば六千。 戦死傷者の数だけ見れば、どちらが勝ったのかわからないぐらいである。 サウスゴータの森の中、ウエストウッドと呼ばれる村の中で。 ティファニアたちが、出入りの商人の語る『最新情勢』に耳を傾けていた。 「そうかい。戦争はとりあえず…終わったのかい」 『マチルダ姉さん』はいつも通り宝石と金貨の詰まった袋を手渡し、 「ご苦労だったね」と、ねぎらいの言葉をかける。 商人はしきりに恐縮して、太守様には並々ならぬご恩を頂戴し…と、いつもの感謝を繰り返し、 頭を下げ下げ馬車に乗って、帰って行った。 秘密を守りつつティファニアを援助するのに最適なあの商人がいたことはおそらく、幸運なのであろう。 そんなことを考えていたフーケは、馬車の後を追うようにゆっくりと歩き始める。 「マチルダ姉さん?」 「戦争が終わったってならまあ、戻ってやるかと思ってね」 問うティファニアに答えると、空を仰ぎ、 「せいぜいゆっくり戻るとするさ」 それだけ言って、フーケは村を後にした。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師26~ 戦が終った二日後。かつては名城とうたわれたニューカッスルの城は、無残な姿を晒すこととなった。 城壁は度重なる砲撃と魔法攻撃で瓦礫の山となり、無残に焼け焦げた死体がそこかしこに転がっている。 照りつける太陽の下、長身の貴族が死体を検分しているようだ。 羽のついた帽子に、トリステインの魔法衛士隊の制服。ワルドである。 その隣には、フードを目深に被った土くれのフーケがいた。 『レコン・キスタ』の兵士達は、戦勝祝いの勢いのままに財宝漁りにいそしんでいる。 宝物庫のあたりでは金貨を見つけた兵士達が歓声を上げ、 中庭のあたりでは傭兵団が死体から装飾品や武器を奪い取り、大声ではしゃいでいるようだ。 フーケはその様子を苦々しげに見つめ、思わず軽蔑をあらわにする。 そんなフーケの表情に気付き、ワルドは薄い笑いを浮かべた。 「どうした土くれよ。貴様もあの連中のように、財宝を漁らんのか?」 「私とあんな連中を一緒にしないで欲しいわ。目の色変えてお宝を詰め込むなんて、趣味じゃないもの」 「盗賊には盗賊の美学があるということか」 ワルドは笑った。 「私がここで狙うとしたら…そうね」 フーケは、ちらっと王軍のメイジの死体を眺めて言う。 「ウェールズ皇太子の、風のルビー…だけど、見当たらないわね」 その言葉にワルドは呪文を詠唱し、杖を振って答える。小型の竜巻が、礼拝堂の瓦礫を吹き上げて――― ウェールズの亡骸が、姿を現した。その指にはアルビオン王家の宝たる『風のルビー』が燦然と輝く。 「あらら。懐かしのウェールズさまじゃない」 フーケは思わずそう呟いて、『風のルビー』を手に取る。 「いいのかい?」 ワルドにそう問うたが、ワルド自身は別の何かを探すのに夢中で、フーケの方を向こうとすらしない。 (こいつは本当に…ま、その方が都合がいいけどね) ワルドの他人をかえりみない自己中心的な行動、視野狭窄に感謝しつつ、フーケは風のルビーを懐にしまいこむ。 遠くから、そんな二人に声がかけられた。 快活な、澄んだ声だった。 「子爵、ワルド君!ウェールズの死体は見つかったかね?」 ワルドは頷き、たった今姿を現した亡骸を指差す。 「おお、やはり止めを刺したのは君だったか!一時はどうなる事かと思ったが、 やはり魔法衛士隊隊長の名は伊達ではなかったということだな!」 やってきた男は、年のころは三十代半ば。 球帽をかぶり、緑色のローブとマントを身につけている。 一見すると聖職者のような格好に見えるが、物腰は軽く、軍人のようでもあった。 高い鷲鼻に、理知的な色をたたえた碧眼。帽子のすそから、カールした金髪が覗いている。 「ですが、陛下が欲しがっておられた手紙は入手できず、王子を名誉の戦死という形で死なせる事になり、 私自身も奸計に嵌められて逃げ帰る始末…私は陛下のご期待に沿う事ができませんでした。」 「何を言うか、子爵!君は杖をもってその汚名を見事にすすいで見せたのだよ!なに、気にする事はない。 今回はウェールズが死にさえすればそれでいいのだ。理想は着実に一歩ずつ進むことにより達成される」 そこまで言うと、緑のローブの男はフーケの方を向いた。 「ときに子爵、そこの綺麗な女性を余に紹介してくれたまえ」 フーケは、男を見つめた。ワルドが頭を下げているところを見ると、ずいぶんと偉いさんなのだろう。 だがしかし、気に入らない。妙なオーラを放っている。禍々しい雰囲気が、ローブの隙間から漂ってくる。 ワルドが立ち上がり、男にフーケを紹介した。 「彼女が、かつてトリステインの貴族たちを震え上がらせた土くれのフーケにございます、陛下」 「おお!噂はかねがね存じておるよ!お会いできて光栄だ、ミス・サウスゴータ」 かつて捨てた貴族の名を口にされ、フーケは微笑んだ。 「ワルドに、私のその名前を教えたのはあなたなのね?」 「そうとも。余はアルビオンの貴族のことなら何でも知っておる。司教時代に学んだことだ」 その男は、実に『快活』な笑顔を作りながら挨拶をする。 「レコン・キスタ総司令官を勤めさせていただいておる、オリヴァー・クロムウェルだ。 貴族会議の厳正なる投票の結果、聖職者でありながらこのような重責を担う事になった。 微力の行使のために、『余』などという不遜な言葉を使うことを許してくれたまえよ?」 「陛下は既にただの総司令官ではありません、今ではアルビオンの…」 「皇帝だ、子爵」 クロムウェルは笑った。しかし、目の色は変わらない。 「確かにトリステインとゲルマニアの同盟阻止は余の願うところだ。 しかし、我々にはもっと大切なものがある。何だかわかるかね?子爵」 「陛下の深い考えは、凡人の私には量りかねます」 クロムウェルはその言葉を合図として、かっと目を見開いた。 それから両手を振り上げて、大げさな身振りで演説を始める。 「『結束』だ!鉄の『結束』だ!ハルケギニアは我々、選ばれた貴族たちによって結束し、 聖地を忌まわしきエルフどもから取り返す!それが始祖ブリミルにより余に与えられし使命なのだ! 『結束』には、何より信用が大切だ。だから余は子爵、君を信用する。些細な失敗を責めはしない」 ワルドは深々と頭を下げた。 「その偉大なる使命のために、始祖ブリミルは余に力を授けたのだ」 フーケの眉が、ぴくんと跳ねた。力?一体どんな力だというのだろうか? 「『陛下』、始祖が『陛下』にお与えになった力とは何でございましょう?よければお聞かせ願えませんこと?」 自分の演説に酔うような口調で、クロムウェルは続けた。 「魔法の四大系統はご存知かね?ミス・サウスゴータ」 フーケは頷いた。そんなことは子供でも知っている。火、風、水、土の四つである。 「だが…魔法にはもう一つの系統が存在する。始祖ブリミルが用いし、零番目の系統だ」 「零番目の系統…虚無?」 フーケは蒼ざめた。今は失われた系統だ。どんな魔法だったのかすら、伝説の闇の向こうに消えている。 この男はその零番目の系統を知っていると言うのだろうか? 「ワルド君、ウェールズ皇太子を余の友人に加えようと思うのだが…異存はあるかね?」 クロムウェルはウェールズの死体を指差して、ワルドに問うた。ワルドは首を振る。 「陛下の決定に異論が挟めようはずもございません」 クロムウェルはにやにやしながら、フーケに宣言した。 「では、ミス・サウスゴータ。貴女に『虚無』の系統をお見せしよう」 フーケは、息をのんでクロムウェルの挙動を見る。 クロムウェルは腰にさした小さい杖を引き抜いた。 低い、小さな詠唱がクロムウェルの口から漏れる。 フーケがかつて聞いたことのない言葉であった。 詠唱が完成すると、クロムウェルは優しくクロムウェルの死体に杖を振り下ろす。 すると…何ということであろう。冷たい躯であったウェールズの瞳がぱちりと開いた。 ウェールズはゆっくりと身を起こし、青白かった顔が、みるみるうちに生前の面影を取り戻してゆく。 まるで萎れた花が水を吸うように、ウェールズの体に生気がみなぎる。 「おはよう、王子」 クロムウェルが呟く。 蘇ったウェールズは、クロムウェルに微笑み返し、 「久しぶりだね、大司教」 「失礼ながら、今では皇帝なのだ。親愛なる皇太子閣下」 「そうだった。これは失礼した、陛下」 ウェールズは膝をついて、臣下の礼をとった。 「君を余の親衛隊に加えようと思うのだが、ウェールズ君」 「喜んで」 「なら、友人達に引き合わせてあげよう」 クロムウェルが歩き出し、その後ろを、ウェールズが生前と変わらぬ仕草で歩いてゆく。 フーケは呆然として、その様子を見つめていた。 (まずい) フーケの懐にある『風のルビー』は、ウェールズの死体から頂戴したものだ。 普通の死体はそのまま死んでいるので問題ないが、その死体が生き返ったとしたら… フーケは歯噛みして、いつでも逃げられるように周囲に警戒をめぐらす。 ふと、クロムウェルは思い出したように立ち止まり、振り向いて言った。 「ワルド君、同盟は結ばれてもかまわない。この程度なら余の計画に変更はない」 「…?」 てっきり問い詰められると思ったフーケは、拍子抜けして警戒を解く。 ワルドは会釈した。 「とりあえずトリステインとゲルマニアには暖かいパンをくれてやろう」 「御意」 「トリステインは、なんとしても余の版図に加えねばならぬ。あの王室には、 『始祖のオルゴール』が眠っておるからな。聖地におもむく際には必要となるだろう」 そういって満足げに頷くと、クロムウェルは去っていった。 「あれが…虚無?」 クロムウェルとウェールズが視界の外に去った後、フーケはやっとの思いで口を開いた。 ワルドが答える。 「虚無は生命を操る系統…陛下が言うにはそう言うことらしい。 俺にも信じられんが、目の当たりにすると信じざるをえんな」 その後もワルドは何か言葉を連ねていたようだが、 フーケの心中はそれ所ではなかったので、適当に聞き流しておいた。 クロムウェルに、あからさまな疑念の種を見つけてしまったのだ。 風のルビーの話を持ち出してこなかったウェールズ。単に気づいていないだけという可能性はあるが、 最期まで後生大事に身につけていた王家の秘宝をそう簡単に忘れるものだろうか? あれは本当にウェールズその人なのか? そして、見覚えのある…正確には似たようなものを見たことがある『魔法の指輪』も気になる。 そう、クロムウェルのしていた指輪は、どこがというわけではないが全体的なデザインが、 ティファニアが母からもらったという『先住の魔法』が込められた指輪に似通っていたのだ。 あれは虚無ではなく、おそらく何らかの『先住の魔法』が込められたマジックアイテムなのだろう。 (引き際を考える時かもしれないね) クロムウェルが嘘をついたのか、あるいはクロムウェルも騙されているのか。 どっちみち、あんな奴に冠を被せたこの『レコン・キスタ』という組織に先はなさそうだ。 とりあえず次の戦争あたりに参加して、そのどさくさに紛れてまた消えるとしよう。 今度は多分永遠に…そう長くはない、レコン・キスタの瓦解する日まで。 そして、この『風のルビー』を、おそらくはこの世に残った最後の所有者に託す。 最も蔑まれ、最も王座から遠かった者が最期の継承者となり、 アルビオン王家は風のルビーと共に静かにその幕を下ろす。悪くない。 とるべき道は決まった。あとは時を待つだけ。 「…いると、俺は思うのだよ」 考えをまとめたフーケの傍らでは、ワルドの語りがクライマックスを迎えていた。 ヴィオラートたちが魔法学院に帰還してから三日後に、 正式にトリステイン王女アンリエッタと帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世との婚姻が発表された。 ゲルマニアの首府ヴィンドボナで軍事同盟の締結式が行われ、 トリステインからは宰相のマザリーニ枢機卿が出席し、条約文に署名した。 アルビオンの新政府樹立の公布が行われたのは、同盟締結式の翌日。両国の間には緊張が走ったが、 アルビオン帝国初代皇帝クロムウェルはすぐに特使を派遣し、不可侵条約の締結を打診して来た。 両国は協議の結果、これを受けることになる。 両国の空軍力をあわせてもアルビオンの艦隊には対抗しきれない両国にとって、 この申し出は願ったり叶ったりであったからだ。 そして…ハルケギニアに表面上は平和が訪れた。 政治家達には夜も眠れぬ日々が続いたが、普通の貴族や平民には日常が戻ったのだ。 それは、トリステインの魔法学院でも例外ではなかった。