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宵闇の使い魔 第拾玖話 - (2007/10/09 (火) 00:02:09) のソース
こんな世界とはいえ、流石にお宝って奴はそうそう出てはこないらしい。 美津里の蔵の中みたいに宝箱でも落ちてると楽なんだがな。 ま、別に期待しちゃいなかったけども。 宵闇の使い魔 第拾玖話:《閃光》、襲来 廃寺院でのオーク鬼退治の翌日。 目的のタルブ村についた一行の前に現れたのは、なんとシエスタであった。 彼女はこの村の出身らしく、アンリエッタの結婚式の関係で発生した休暇で帰省していたらしい。 それどころか、目的の《龍の羽衣》とは、彼女の祖父が持ち込んだ物なのだという。 「でも奇遇ですねー。私も、昨日帰ってきたばっかりなんですよ」 一行を《龍の羽衣》が置かれていると言う寺院へと案内するシエスタが楽しそうに話しかけてくる。 ルイズたち三人娘は、随分と仲が良いのねーといった視線を向けているが、その対象は虎蔵ではない。 マチルダだった。 シエスタはマチルダの手を引いて歩いているのである。 マチルダの方も、多少困った様子ではあるが、嫌そうではない。 虎蔵は一度話を聞いていたが、シエスタは長女らしく、頼りになる兄や姉が欲しかったのだそうだ。 そこに最近仲良くなったマチルダが、話してみれば意外に気さくで頼りになる女性だったものだから、 ころっと懐いてしまったという訳だ。 マチルダの方も、ティファニアを思い出すのか満更でも無い様子である。 「なんか、妙な感じね」 「まぁ良いんじゃないの? 仲の良いことは素晴らしいことよ。私たちもやってみる?」 「冗談でしょ?」 その様子を見て首を傾げるルイズに、キュルケが冗談っぽくしなだれかかる。 ルイズは普段のタバサの苦労を慮り、キュルケを押し返しながらため息をついた。 「これが《龍の羽衣》なんですけど――」 「――――こいつは」 案内された寺院の中にあったもの。 《龍の羽衣》――その正体は戦闘機であった。 濃緑に塗装され、胴体や翼には赤丸が描かれている。 赤丸――――恐らくは日の丸だろう。 そして、この世界に金属製の飛行機などがあるとは思えない。 それはつまり―――― 虎蔵が珍しく頭を働かせながら機体に触れる。 すると、ガンダールヴのルーンが微かに輝いた。 頭の中に流れ込んでくる操縦方法や内部構造。 これもルーンの力の一つなのかもしれない。 便利なことだと感じながら、改めてシエスタを見る。 「黒髪に黒い瞳――――なるほどな」 「はい?」 「いや、こっちの事だ。他に、何か残っている物は無いのか?」 虎蔵の言葉に首を傾げるシエスタだが、質問を重ねられば素直に墓へと案内してくれた。 彼女が珍しいと称したその墓は、虎蔵の予想通り、周囲の白い石で出来た物とは異なる日本風の墓石であった。 シエスタは、彼女は勿論のこと両親ですら読めない文字を虎蔵がすらすらと読み上げた事に酷く驚いていたが、 東方の文字だという説明を受けて納得したようだった。 「――――異界に眠る、か」 虎蔵はポケットから煙草を取り出して火をつけると、線香代わりだとでも言うように墓前に捧げる。 勿論、このハルケギニアに線香などという文化は無い。 故に、周囲の誰もがその行為に首を傾げていたが、不思議と咎めようとは思わなかった。 その後、一行はシエスタの計らいで彼女の生家に泊まることとなった。 もっとも、宿のように何部屋もある訳ではないから、五人を二部屋に分けて、だ。 そのことにシエスタの両親たちは恐縮していたが、 何日も野宿を続けてきたルイズ達にしてみれば高級宿の一等客室のようなものだった。 そして夜。 五人は片方の部屋に集まっていた。 ルイズが真っ先に口を開く。 「で、結局どういうことなの? アレはなんなのよ」 結局虎蔵から説明を受けぬままに、あれよあれよと夜になってしまったためか、彼女は少し不機嫌なようだ。 疑問を残しているのはキュルケやタバサ、マチルダも同様である。 「まあ、恐らくはって事になるんだが―――-」 虎蔵は面倒臭そうに頭をかきながら、そう前置いて説明を始めた。 《龍の羽衣》は虎蔵の世界か、それに近い世界の乗り物であると言うこと。 シエスタの祖父は、その世界からやって来た人間だということ。 "飛ばせなくなった"のは、燃料が足りないだけで、燃料を与えることが出来れば飛ばせるということ。 「へぇ――――でも、飛べるだけじゃあねぇ」 少なくとも今までの様な大外れではなかったが、当たりとはいえない《龍の羽衣》に肩を落とすキュルケ。 ルイズは兎も角として、彼女たちは自前の魔法で空が飛べるのだから当然の反応である。 「シルフィードより大分早く飛べるぞ」 「――嘘ッ!?」 だが、虎蔵の言葉には大きく反応を示した。 タバサも疑うような視線を向けてくる。 幼生体とはいえ、自慢の風竜だ。 その反応は当たり前である。 「ほれ、こないだ禿のおっさんが作ってきた奴あるだろ。あれのもっと凄いのが乗っててだな――」 ルーンによって得た知識を出来るだけ噛み砕いて説明してみるが、虎蔵自身造詣が深い訳ではない。 誰もが疑っている様子だった。 「――――まぁ、アンタが嘘を言うとは思えないけど、流石に俄かには信じられないねぇ」 「だろうな。逆の立場なら俺は信じない」 「――――飛べるようになったら、競争する」 苦笑いして答えるマチルダに、虎蔵も肩を竦める。 高度に発達した科学は魔法と差がないとかなんとかいう言葉があった気がするが、 全くと言って良いほど科学技術の発展が無いこの世界の住人からしてみれば、 ドラゴン以上の速度を出す物など俄かには信じられないのだろう。 モーゼルのフルオート射撃の感想を熱っぽく語っていたマチルダを思い出す。 一方タバサは、何時も通りに少ない言葉の影に微かな対抗心が透けて見える。 虎蔵としても頷いてやりたい所だが―― 「燃料がこの世界で手に入るかどうか、だな」 「帰ったら、ミスタ・コルベールに相談してみましょうよ。多分、彼も喜ぶわ」 キュルケの提案に、《エンジン》について熱く語るコルベールを思い出したルイズが面倒臭そうに同意した。 翌日。 遅めの朝食を貰い、学院に戻る準備をしていた一行の耳に爆発音が届いた。 そしてすぐに外が騒がしくなる。 一行は何事かと慌てて一階へと向かった。 「あ、皆さん。大変です!」 「何事?」 「良くわかりません。でも、ラ・ロシェールの方から爆発音が聞こえて、 そうしたら今度は何席ものフネが燃えながら落ちてきて――――」 虎蔵たちに気付いたシエスタが事情を説明してくれるが、彼女も軽く混乱しているようで的を射ない。 ラ・ロシェールと言えば、今日はトリステイン艦隊が新生アルビオン艦隊を迎えているはずだが―――― だが次の瞬間、村の広場の方から悲鳴が上がった。 何事かと窓から外を見れば、なんと竜がブレスで村を焼き始めているのだ。 「えッ――嘘――」 「――拙いな。裏口はあるか?」 「あ、はい。勝手口が――――」 「そこから出て、森の中に逃げるんだ。良いね?」 あまりの光景に言葉を失うシエスタたち。 だが、虎蔵とマチルダはいち早く状況を把握し、行動に移った。 全員を強引に窓から引き剥がして、部屋の奥へと押し込む。 そこで脱出経路を聞き出すと、マチルダは真剣な様子でシエスタに言い含める。 その剣幕にシエスタはこくこくと頷き、行動に移った。 恐怖に泣き出す子供達を宥めながら、なんとか裏口へと向かって歩かせる。 「あ、あの――皆さんは逃げないんですか?」 「私達は他の村人を逃がしにいくわ。貴族の勤めを果たすの」 「じゃ、じゃあ私もッ!」 暫くして両親や兄弟を裏口へと押し出したシエスタが、一人戻ってきた。 なんの戦闘力も持たない、普通の少女にしては賞賛に値する度胸だ。 しかし、今はそれほど甘い状況ではない。 窓から覗く限り、積極的に村人を殺そうとはしていないように見えるが、村は次々と燃やされている。 「――――足手まとい」 「安全な所に逃げてなさい。お礼は、学院でまたあの料理を作ってくれれば良いわ」 「――――わかり、ました。皆さんもご無事で」 タバサとキュルケにまでそう言われて、シエスタは悔しそうな表情を見せながらも、素直に家族の後を追った。 窓から外を見れば、竜騎士達の暴威は更に増していた。 村のあちこちから火の手が上がっている。 「俺が奴らを引き受ける。お前らで村人を助けろ」 「――やれるのかい?相手は空だよ」 「あの位の高さならな」 確かに、虎蔵の驚異的な跳躍力があれば、村に火をつけるために降りて来ている竜騎士達のもとまで飛ぶことは簡単だろう。 ルイズたちが頷き、役割が決定した。 後は実行に移すのみと、自分たちも裏口から外へと飛び出す。 しかし、その一行に陰がさした。 彼らの真上へと一騎の竜騎士が舞い降りてきたためだ。 虎蔵が舌打ちをして、デルフを取り出しながら上を見上げるのだが―――― 「見つけたぞ――」 「おいおい、久しぶりの出番かと思ったら――――こいつぁ、一体どういうことだ?」 デルフが場違いに間の抜けた声で疑問を示す。 その竜騎士の正体が、倒した筈の――死んだ筈のワルドであったからだ。 「嘘――――死んだ筈じゃ」 誰ともなく声が漏れる。 当然だ。 彼に虎蔵がトドメをさしたことは、マチルダとタバサが見ている。 そして、その事をルイズもキュルケも聞いていたのだから。 だが、目の前で風竜に跨っているのは、紛れも無くワルドその人である。 「勝手に殺してもらっては困るな。もっとも、随分と酷い目に合わされたが。 まぁ、地獄から戻ってきたと言うことにでもしておこうか?」 「冗談にしては、笑えないね――――」 ワルドがニヤリと笑みを浮かべる。 顔も声も、紛れも無くジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド、その人であった。 彼の死を見届けた一人であるマチルダが呻く。 「"道化"は止めたからな――――だが、折角の再開だ。状況を説明してやろう」 「そりゃありがたいな」 「新生アルビオンとトリステインは交戦状態に入った。既にトリステイン艦隊は全滅――――勝利は目前といったところか」 「不可侵条約はどうしたんだい。それに、今はラ・ロシェールで式典が――――真逆」 マチルダの問いに、ワルドは一切表情を変えることなく答える。 その言葉から、最悪の展開を予想したマチルダは、あまりの行為に唇を噛んだ。 未だに貴族は嫌いだ――――だが、それ以上に憎むべき行為が行われたのだろう。 「好きに想像したまえ。私には関係の無いことだ」 「裏切った祖国の危機も、新しい親玉の勝利もかい?」 「あぁ。私の目的は唯一つ――――」 そう言ってレイピア状の杖の切っ先を、虎蔵へと向けた。 突きつけられる殺気。 そして、彼から漂うある"匂い"に、虎蔵は舌打ちをする。 「使い魔。貴様を倒し、ルイズを取り戻す!」 「取り戻すって――――子爵。いつルイズがアナタの物になったって言うのよ」 「ずっと昔からだ。そうだろう? 私の可愛いルイズ」 キュルケがルイズを庇うように前に出る。 しかし、ワルドは本気の目だった。 裏切り、一度は刃すら向けようとした相手に対して。 まともではない。 ルイズは自らの身体を守るように抱きしめ、思わず一歩下がってしまう。 言いようの無い恐怖をワルドから感じていた。 「――――違う。違うわ。私は貴方の物なんかじゃない。それに、ワルド――――貴方はもう」 「良いんだ、ルイズ。君は騙されているだけだ。私が、必ず君を助け出して見せよう。待っていてくれたまえ」 「ワルド!!」 「――姑息なことだな、使い魔。どんな手でルイズを誑かしたのかは知らんが――――その報いは受けてもらうぞ」 狂っている。 誰しもが感じていた。 ルイズの声すら届いていない。 ルイズの感じていた恐怖が、キュルケ達にも感染していく。 だが――そんな彼女らをよそに、虎蔵は一歩踏み出した。 デルフを肩に担ぐように構え、口の端に笑みを浮かべて。 その笑みの中に、哀れみが含まれている事に気づく者は居なかったが。 「御託は終わりか? こっちは何時でも良いぜ」 「ほう。潔いな」 「あぁ――――どうやら、これは本気で俺のツケらしいからな」 鼻を軽くこする。 嫌な匂いだ、と呟いた声が風に流されて消えた。 「こいつは任された。そっちは適当に村人を避難させて、安全な所に隠れてろ」 「あ、あぁ――竜騎士相手に隠れる場所があれば良いんだけどねぇ」 「そこは自分で考えるんだな」 「仕方が無い。任されたよ。そっちも、死ぬんじゃないよ――――ほら、行くよ」 四人の中で真っ先に正気を取り戻したマチルダは、そう言ってルイズを引っ張ってその場を離れようとする。 ルイズは不安そうに虎蔵を見るが、一度は勝った相手である。 「虎蔵――――気をつけて」 「あいよ」 一言だけ告げると、マチルダについて行った。 キュルケ、タバサも後に続く。 ワルド以外の竜騎士が心配ではあるが、彼女達なら上手くやってくれることを期待するしかない。 虎蔵は片手で器用にポケットから煙草を取り出し、咥える。 ガスの残りが殆どなくなっているライターで火をつけた。 「意外だな。追いかけるかと思ったぜ」 「ルイズは貴様に騙されているようだからな――――まずは貴様を血祭りに上げて、彼女の目を覚ます」 「その口が言うか、それを」 呆れながら、ふぅっと煙を吐き出す。 完全に"喰われて"しまっているようだ。 棚に上げて、どころの話ではない。 「で、相棒――――あいつぁ、何時の間に敵に回ったんだ?」 「あー、ま、いつの間にかだな」 「ちゃんと答えろよ。それに、どうもおかしな気配だぜ」 「そりゃお前、再生怪人だからだよ」 「はァ? 訳がわからねぇぞ」 肩に担ぐように構えたまま、デルフと問答をする虎蔵に対して、ワルドは竜から地面へと飛び降りた。 虎蔵に魔法を防ぐ手段がある以上、竜で飛び回りながらの攻撃にそれほどの意味は無い。 勿論、接近戦でも圧倒されていたのだが――それをあえて選んできた。 ――糞デブが何処まで弄ってるかだな、畜生が―― 虎蔵の周囲の空気も変わった。 闘争の、殺し合いの空気だ。 デルフもそれを感じ取り、何も喋らなくなった。 「あの分身の術はどうしたい」 「遍在か? ふん。貴様が気にすることではない」 「さよけ――――んじゃ」 『――――行くぞ!』 燃え盛るタルブ村の中を、虎蔵とワルドが縦横無尽に飛び回りながら死闘を演じている頃、 村の上空を二騎の竜騎士が飛んでいた。 「――おかしいな」 「如何した?」 火竜のブレスで村に火をつけていた男が、竜をホバリングさせながら呟く。 ワルドに率いられて、村を焼きに来た竜騎兵は三騎。 非戦闘員しか居ない筈の村を焼くのには過剰すぎる戦力だ。 「火がおさまっている気がするのだが」 「燃やし尽くしたんじゃないか? 森に燃え移らない程度には加減しているしな」 僚友の言葉に、男はふむと頷く。 そもそも彼はこの任務を快く思ってなど居ないのだ。 新生アルビオンとなった最初の戦が条約破りの不意打ちに加え、据えられた隊長は異国人である。 いかに彼――ワルドが高名な風の術者だとしても、納得のいくものではない。 そしてそれは、アルビオンの竜騎士たちにとってほぼ共通の心境であった。 故に、彼以外の二騎も、あまりやる気が無い。 「――――そういう事にしておくか」 「そうしておけ。ふぅ――――全く、気が滅入る。《閃光》の態度を見るに、上からの正式な任務とも思えんしな」 「確かに。だが――――逆らうわけにも、な」 男はため息をついて、無傷の建物へ向けて火竜のブレスを叩き込む。 比較的大きい民家のようだったが、これだけの時間がたてば避難もすんでいることだろう。 果たして自分は、こんな事をするために軍人になったのだったかと自問自答すら始めようとしたところに、 もう一人の僚友が慌てた様子で飛んできた。 「おい、おかしな事になってきたぞ。隊長――《閃光》が平民相手に、竜から降りて戦い始めた」 「は? 何を言っているんだ、お前は――だいたい、平民相手に"戦い"になどなるものか」 そうだ。 ラインですら余程戦いなれた傭兵でもない限りサシで勝つことは難しいのだ。 こんな片田舎に、スクウェアと"戦える"平民が居るはずが無い。 起こるとすれば、それは虐殺に過ぎない。 「いや、なんと言うか――見た目は平民なんだが、《閃光》と渡り合っている」 「馬鹿な――――」 絶句する竜騎士。 だが、確かにワルドの風竜が見えない。 それほど大きな村ではないのだから、空に居れば絶対に目に入るはずなのに、だ。 「まったく勝手なことを。案内してくれ――――場合によっては、加勢するぞ」 「分かった。こっちだ」 村の外れでは激しい剣戟の音が響き渡っていた。 村人はもはや一人も見当たらない。 マチルダたちが上手く避難させたのだろう。 「――ちッ!」 舌打ち。 馬によって強化処理を施されたワルドの一撃は重い。 デルフで受け止め、ワルド自身を蹴り飛ばそうとするが、彼はギリギリのタイミングで後ろに飛ぶ。 咥えていたタバコは既に落としている。 思った以上に激しい戦闘になっていた。 「《ウインド・ブレイク》!」 「――哈ッ!」 放たれる風。 袖から数珠を引っ張り出して、それを防ぐ。 ワルドは既に移動している。 「相棒、上だ!」 「っと――随分と速くなったもんだな」 叩きつけられる殺気に、バックステップでその場を離れる。 今まで立っていた所に、レイピアを突き立てるように着地するワルド。 馬に随分と弄られたようで、驚くほど身体能力が上がっている。 「如何した、使い魔。遍在は? 雷撃は? 遠慮などすることは無いぞ」 「言うじゃねぇか――」 ワルドの上から見る態度に、頬を引きつらせる虎蔵。 元々懐の人タイプではない。 あっと言う間に額に青筋を浮かべた。 「おっ、良いね。相棒。やる気になってきたじゃねぇか!」 デルフの軽口に答える事もなく、低空を滑るようにワルドに肉薄して切りかかる。 レイピアを《エア・ニードル》で強化して鍔競りあうワルド。 しかし、流石に膂力では虎蔵に分がある。 じりじりとレイピアが押されていく。 「ちッ――――流石に、やる!」 身体を回すようにしてデルフを受け流し、即座に次の魔法を詠唱する。 一方、虎蔵も左手で印を結ぶ。 「我、雷牙雷母の威声を以て五行六甲の兵を成す!」 互いにバックステップで最適の距離を取った。 その間は10メートルほど。 「千邪斬断万精駆逐電威雷動便驚人――――起風、発雷ッ!!」 「――《ライトニング・クラウド》!」 ワルドの杖から伸びる稲妻。 虎蔵の掌から放電しながら伸びる東洋竜。 互いがぶつかり合い、大爆発を起こす。 「――魔法の威力も上がっているのか」 並大抵の魔法ならば飲み込むつもりだったが、相殺までは行かずとも殆どを凌がれた。 油断無くデルフを構えながらワルドの気配を探る。 しかしその瞬間、突如として周囲の民家の屋根や木の上に気配。そして殺気。 ワルドの遍在が身を潜めていたのだ! 彼らは詠唱を既に終えている。 虎蔵に向けて突きつけたレイピアの先端に圧縮された空気。 待ち伏せだ。 「相棒!」 「――ちぃッ!」 『エア・ハンマー!!!!』 周囲四方向から、空気の槌が放たれた。 回避も防御も間に合わない。 爆音が響き渡った。 「ふふ、ふふふふ――――ははっ、はははははっ!!」 思わず哄笑が漏れる。 最高の気分だった。 ――倒した、倒したぞ! 伝説の使い魔を倒した! これでルイズも―― 風系統の術者が最強をアピールする際の根拠の一つに、回避の難しさが上げられる。 火、水、土。 それらの系統の主たる攻撃魔法がどれもが可視攻撃であるのに対して、風系統だけが異なる。 《エア・ハンマー》 不可視である上に、面の攻撃だ。 これを四方から取り囲んで放った。 それも、上に逃げられないように高い所から斜めに叩きつけるようにだ。 防ぐことも、避けることも出来まい。 爆風によって巻き上げられた土煙。 ワルドは離れた所から、腕を組んでそれを眺めていた。 煙が晴れれば、其処に襤褸屑のようになった虎蔵が居ることを確信している。 しかし―――― 「――ッ!」 ぞくり。 背筋に薄ら寒い物を感じ、思わず身構える。 瞬間――爆風が吹き荒れ、土煙を一気に吹き飛ばした。 ――――拙い、拙い、拙い、拙い!!!! ワルドに僅かに残された人間としての本能が危機を告げている。 爆風の中心地に、人が立っていた。 襤褸屑どころか、しっかりと二本の足で。 眼帯に隠されていた筈の右目がグロテスクに肥大化している。 右腕全体に暴風が纏わりつき、手首から先は化け物の如き鋭い爪に変わっている。 そして何より、全身に鋭い風を――圧倒的な存在感、圧倒的な気配を纏っている。 あれは何だ。 人ではない。 人が御せるモノである筈がない。 「クカカカカッ! 随分と調子に乗ってくれたなぁッ!」 その存在は――虎蔵は、鋭い犬歯が見える獰猛な笑みを浮かべ―――― ワルドへ死を宣告した。