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ゼロと魔砲使い-07 - (2008/02/15 (金) 11:40:21) のソース
#navi(ゼロと魔砲使い) &setpagename(第6話 考察) 決闘だか特訓だかもはやよく判らない戦いが終わったその夜。 夕食後、主と使い魔はそろって机に向かっていた。 主は結果的にさぼってしまった午後の授業の分の勉強を。 使い魔は今日集めた魔力の測定データの整理を。 時間にして一時間半くらいの間、主従ともに無言のままの時が過ぎていったが、この辺で主人の気力が尽きたようだった。 「うーん、ちょっと一休みしようかしら。なのは、お茶入れてくれる?」 「はい、かしこまりました」 その言葉には、今までにない親愛が籠もっていた。 元々なのははほとんど敬語を使わない、フレンドリーな人物である。公式の場ではそうではないが、そういう場面では目に見えて言葉が固くなる。 ルイズに使い魔として仕えることを決めたときから、彼女は意図的に敬語を使ってきた。 まだ社会的な習慣は理解しきれてはいないが、初日の夜ルイズから聞いたことから察するに、そうした方がいいと思ったからだ。 だが結果として、今までのなのはの言葉はやや他人行儀なものになりがちであった。 それが今日の出来事をきっかけに少し変化しはじめていた。 お互いがお互いのことを知り始めたということだ。 それがこういった、何気ない動作に見え始めていた。 さすがになのはにはルイズの実家のメイドほどうまく紅茶を入れる技はない。 その点はやや不満であったが、二人して一服していると感じる、何とも言えない健やかさが心地よいルイズであった。 「そういえばなのは、さっきからそのぱそこんとかいうやつとにらめっこしてたけど、何か判ったの?」 「ええ、ものすごい限定的ですけど、この世界の魔法のことが、少しだけ判りました。ある意味全然違うんですね、私たちのところと」 「まあ確かにね。系統魔法にはああいう、破壊力のある光を操る魔法なんか無いもの」 ルイズは決闘の最終局面を思い出す。なのはが光の円陣で出来た盾をかざしつつしていたアドバイスは、ギーシュの操るワルキューレの動きを加速度的に良くしていった。 そんな中、さすがに攻撃を裁ききれなくなったなのはは、光の玉を一体のワルキューレに向けて放った。 その一発は、信じられないことに苦もなくワルキューレの片腕を切りとばしたのだ。 「見た目ウィル・オー・ウィスプみたいな光の玉なのに、触れただけでワルキューレの腕がぽっとんだったものね」 「あ、あれは、ちょっとこちらも予想外だったんですよ」 そう、なのはにとってはまさに予想外だった。 その時なのははよけきれないと見た一体の攻撃を、『非殺傷設定』のディバインシューターでそらそうとしたのだ。 ところが普通なら魔力衝撃ではじけ飛ぶはずのワルキューレの腕が、攻撃の命中部位からもげるように落ちてしまったのだ。 自分の魔法が効き過ぎるみたいだと判断したなのはは、ギーシュをほめると同時に、次の攻撃でけりを付けると宣言した。 『まさかこんな短時間でつい攻撃魔法を使わされるなんて。すごいね。じゃあ、あと一回。次はこっちからも攻撃するよ。ちょっと威力ありすぎるみたいで、たぶん一撃で壊しちゃうから、ラストチャンスだね』 『判った。実際こっちも精神力がきついから、これで終わりだろう』 腕の飛んだワルキューレを、ギーシュの使い魔であるジャイアントモールのヴェルダンデが引きずっていく中、残りの六体がなのはに対して、最初とは見違えるほどのコンビネーションで向かっていく。互いが互いの動きを隠し、姿の相似性を利用してなのはの遠近感を狂わす。 『そう! 同じ姿なら、そう動かさないと!』 感心しつつもなのはは容赦しない。 『じゃあ、行くよ。アクセル・シューター!』 確認したいこともあったので、まず非殺傷設定で四発。この四発は、先ほどと同じように、一撃でワルキューレの腕や足、胴体を破壊するというより、分解するような感じでもぎ取った。 残る二体には、非殺傷設定解除のものを使用。こちらも一撃でワルキューレを戦闘不能に追い込んだが、あくまでもなのはがよく知るような、物理的な大ダメージで破壊されていた。 『これまで、かな』 と、なのはが一息入れたとき、背後に殺気を感じた。とっさにシールドを展開するも、それより速く、ワルキューレの攻撃が腹部に命中。 弾かれながらも放ったディバインシューターが、腕のもげたワルキューレを完全破壊した。 ヴェルダンデが運んでいたワルキューレであった。片付けと見せかけてなのはの背後に地下を通して運んでいたのだ。 『作戦勝ち、ですね』 『お見事』 それを聞くのと同時に、やり遂げた男の表情を浮かべたまま、ギーシュは気絶したのだった。 「へえっ、判ったの? なんかすごいわね、なのはって」 「いえ、この機械があったおかげですよ。これがなかったらさっぱりでした」 なのはスキャナーを指さす。実際今日一日で、スキャナーによって採取された魔力のパターンは、なのはに大量の情報を提供していた。 「それで一番大事というか、私たちの使う魔法とここの系統魔法の違いは、元となる魔力ですね」 「魔力?」 実はハルケギニアには魔力という概念がない。魔法の現象が『ごく当たり前のもの』であり、それを制御する力は『精神力』だからだ。 ついでにいうとこちらでいう『物理学』の概念もごく一部にしかないし、あってもほとんどが経験則である。つまり独立した学問として成立していない。 そのため、いわゆるエネルギー保存則に当たる概念がこちらにはない。それ故、魔法を使った作用に対して、『何らかの代償』が必要になる、という発想そのものが存在していなかった。 消費されるのはあくまでも魔法の『発動及び制御』に使われる『意志の力』、すなわち精神力である、ということである。 なのはは、ルイズのいぶかしげな様子から、今ここで語ったことすべてではないが、自分たちのいう『魔力』に当たる概念がルイズに判らないことには気がついた。 「魔力というのは、魔法が発動したときに消費される力のことですよ」 「へっ? 魔法を使うと何かが減るの? そりゃ精神力は減るけど、それは違うでしょ?」 「う~ん」 なのはは少し困った。なのはにもルイズ達にエネルギーの概念がないことに気がついたのだ。 ルイズは実践はともかく理論においては詳しいことは、昨日の夜の説明で判っている。そのルイズが判らないというからにはこれは一般レベルのことであろう。 「そうですね、ちょっと魔法から離れて説明します」 なのはは少し方向性を変えることにした。 「簡単な話ですけど、地面に置いた岩を動かすとします。まず人力で動かすとどうなりますか」 「えっと、動かした人が疲れる」 「正解です」 馬鹿みたいな話だが、これが大事なのである。 「つまり、岩を動かすには、誰かが力を振り絞って疲れないといけないわけです」 「当たり前よね」 「では、魔法で動かそうとすると?」 ルイズは少し考える。 「風か水の魔法、エアハンマーやウォータージェットみたいに相手をはじき飛ばす魔法か、ゴーレムを作って動かせばいいのかしら」 「まあ、方法は何でもいいんですけど、魔法を使って動かすことも出来ますよね」 ルイズは頷く。 「だとすると、その魔法は、岩を動かす人が疲れたのと同じだけの力を使っているわけです」 「あっ」 その説明は、今まで考えたこともない方向からの考察だった。言われてみれば確かにそういう気がする。 「つまり魔法を使うと、人が疲れるみたいに、何かが疲れるって言うこと?」 「ええ、疲れるって言うより減るんですね。そういう力の源を、私たちのところでは魔力って言うんです」 「納得。要するに魔法って言うのはその力に命令していろんな事をするわけなのね」 「大正解です」 なのはは少し驚いていた。誰だ、彼女を落ちこぼれ扱いしたやつは。確かに実技はあれでも、この少女はこんなにも頭がいいじゃないの。 彼女は本気で怒ると同時に、いかにこの世界において『魔法』という力が影響力を持っているのかを実感していた。 そしてなのはは話を戻した。 「で、この機械はその『魔力』がどういう働きをしたかを目で見ることの出来る形にして示してくれるものなんです。見えると言ってもほとんど数字の羅列ですけどね。で、調べた結果」 「ふんふん」 ルイズもだんだんなのはの話に興味が出てきていた。こんな突っ込んだ講義は、今まで聴いたことがない領域だ。 「この世界の魔力は、基本的にあらゆるもの――空気にも、水にも、大地にも、炎にも、そして我々人間や動物たち、植物たち、そういったすべてのものと共にある、言い換えると宿っている力なんです」 そこまで言うと、なのはの思いはこのことに気がついた原因――先の決闘の最終局面の分析に飛んだ。 なのはは何故非殺傷設定の魔法があのような反応をしたのかを調べていた。 センサーのデータを元に、レイジングハートが分析エミュレートを実行する。 そのためのデータをチェックしていたなのはは、ある数値の異常さに気がついた。 「ね、レイジングハート、この数字、変じゃない?」 なのはが示したのは周辺領域の魔力素含有量だった。 なのは達の世界で使われるミッド式やベルカ式の魔法は、周辺に存在する魔力素をリンカーコアと呼ばれる魔法的器官を通じて魔力に変換し、これを周辺空域に展開することにより様々な事象を引き起こす魔法である。 含有量とは、その魔力素が周辺にどれくらい存在しているかを示す値である。 これが高い領域では魔力の吸収量が増えるため、回復が早くなる。 だか、今表示されている含有量は異常とも言えた。ミッドチルダの平均の数千倍にもなる。 “異常はありません” レイジングハートは冷静に告げる。 「でもこれじゃまるで世界全部が魔力出てきているみたいだよ」 “その通りです” 「……へっ?」 “スキャナから読み取ったデータによれば、この世界においては、ありとあらゆる物質に魔力が浸透しています。おそらく素粒子レベルでの現象と思われます” 「うそ……」 判りやすくたとえるなら、ミッドチルダや地球では、魔力素は大気中の塵のようなイメージになる。 ところがここハルケギニアでは、あらゆる物質に――分子・原子どころか素粒子のレベルで――魔力が付着しているのである。 糖衣錠みたいに、素粒子が魔力でコーティングされているようなのだ。 “粒子と結合した魔力は安定度が極めて高いので、通常吸収されることはまずありません。例外があるとすれば、スターライトブレイカークラスの魔法を使用したときくらいでしょう” 「なんか世界そのものがロストロギア扱いされそうだね」 “かも知れません” シャレがシャレにならず、なのはは頭を抱えた。 “そして、この世界の魔法は、融合した魔力に対して術者が働きかけることによって成り立っています。細かい操作原理などはもう少しサンプルを集める必要がありますが、大枠はこれで間違いないと思います” 「ミッド式とは全然違うね」 “はい。仮にハルケギニア式としますが、術者が取り込んだ魔力を展開するミッド式とは違い、魔力と結合している物質やエネルギーを、その結合した魔力に働きかける事によって間接的に操作することによって成り立つ魔法体系です。練金が可能なのもそういう理由です” 「確かにね。魔力と物質が結合しているんなら、元素変換もバリアジャケットの生成と大して変わらないっていうことになるものね」 バリアジャケットは魔力を物質化して生成する。但しあくまでも疑似物質であり、天然に存在する物質とはあり方が違う。 ミッド式では鉄をアルミにするような真似はほぼ不可能である。だがここでは、魔力という『タグ』を介して元素の結合すら書き換えられるのである。 ミッドチルダや地球ではこうはいかない。 もっとも、これは魔力の粒子結合という現象が『この世界固有の事象』ならである。 固有ならそれはこの世界自身の特徴であり、違うのならこの現象を引き起こしている何らかのシステムが存在することになる。 しかし固有なのかそうでないのかは、なのは達もまだ知ることは不可能であった。 「でもだとすると非殺傷設定の魔法がゴーレムの腕をもいじゃったのも判るな。あのゴーレムの腕、ある意味すかすかだったんでしょ」 “はい。関節機構のないゴーレムが動くため、あのゴーレムの一部分は、金属粒子の結合が切れ、魔力のみの結合で形を維持していましたから” 普通に考えれば、青銅がゴムのように変形することはあり得ない。展性の限界を超える。 ギーシュの作ったゴーレムは、可動部分が動く際、一時的に分子結合の『金属粒子としての結合』がばらばらになっており、『分子に結合した魔力のみが連結している』状態になっていたのである。粉になった青銅が魔力というのりでまとまっているような状態である。 そのため、ゴーレムは金属の質感を保ったまま、関節部が自在に動くことが出来たのである。 ちなみにこれはゴーレムの形成時にも起こる現象である。練金された物質が分子単位の粉末状に分解され、魔力を通して再結合することによって素早く且つ術者のイメージ通りに再構成されるのである。 だがこれは言い換えれば、結合を維持する魔力が乱れたとき、本体も破損すると言うことである。そしてなのはの放った非殺傷設定の魔法は、『魔力にのみダメージを与える』魔法である。 結果として、関節や可動部を維持していた魔力がなのはの魔法攻撃によってダメージを受け、その部分からもげ落ちたり崩れたりしたのである。 「いろいろ試してみないと判らないけど、あのワルキューレみたいな魔法で一時的に生成されたものに対して、非殺傷設定の魔法は致命的って事ね」 “そうなります” 「そして、私の放った魔法は、そういった『魔力』のみにダメージを与えることが出来るんです。本来は対人非殺傷――魔法で攻撃したときに相手を殺さないようにするためのものなんですけど」 「そういうことも出来るのね」 ルイズは少し感心したように言う。 「ええ。私、故郷では犯罪者の取り押さえとかも職務のうちですから。非殺傷とはいえ、攻撃を受けるとしばらく動けなくなりますので」 「相手を捕縛するための魔法なのね」 「はい、そうです」 ルイズは判ったとばかりに大きく頷き、少し考えるようなポーズになった。 「だとすると、私の魔法、なんで爆発しちゃうのかしら。なのはの言うとおりなら、魔法って、ものに宿る魔力……精霊みたいなものに働きかけて起こすのよね。ならなんで爆発が?」 「ですねぇ」 なのはも少し考える。と、そこに別の言葉が割り込んできた。 “おおよそですが見当は付いています” 「のわっ!」 突然の声にルイズが飛び退く。 「だ、だれ?」 「あ、この子です」 そういえばまだ紹介してませんでしたね、と、なのはは胸元からペンダントを取り出した。 「この子はレイジングハート、もう十年来の相棒になるインテリジェントデバイスですよ」 「インテリジェントデバイス? 知恵ある……デバイスって、杖のこと?」 「ええ。この子は杖ですけど、必ずしも杖とは限りません。まあ、だいたいこちらのメイジが振る杖に近いかと。ただ、この子には知性が付与されていて、私のことをサポートしてくれるんですよ、いろいろと」 なのはの言葉には、友人を自慢するような響きがあった。 「すっごい。変形とかもするし、すごいお宝の杖じゃない」 ルイズもさすがにびっくりだった。 “それよりマスター、彼女の魔法が爆発する理由ですが” レイジングハートが話を元に戻す。 「あ、そうだった。ね、何か判ったの?」 なのはが改めて質問する。 “はい。これは午前中の授業で、ミス・ルイズが爆発を起こしたときに検知したものですが” それと同時に、パソコンのディスプレイに二枚の図が表示される。 人型の枠に、無数の矢印が表示されていた。片方はてんでばらばらで、どちらかというと人から離れていこうとしていたが、片方は明確に人の方へベクトルが集中していた。 「これなに?」 そう聞くルイズに、レイジングハートが答える。 “魔法発動時の魔力の流れです。この魔力は、我々が使う意味での、物質に宿っている力だと思ってください” 「うん」 ルイズが頷いて了解の意を示す。 “散っている方はミス・シェヴルーズのもの、集中しているのはミス・ルイズのものです” 「これって……」 なのはがそれを見てあることに気がつく。 「ご主人様の方は、私たちが魔法を使うときのものに近いわね」 「?」 ルイズには意味が通じていなかった。それに気がついたなのはが解説する。 「私たちの魔法は先ほど説明したのとは違って、ものに宿っているのと同じ『魔力』を、いったん自分の中に取り込むんです。取り込むのは物質と結合していない魔力ですけど」 「私たちは間接的、なのはは直接的なのね」 飲み込みの早さに、なのははますますルイズがものすごく頭がよいことを確信する。 まったく持って勿体ない、と思う。 「その通りです。取り込んだ魔力を一定の手順に従って展開・放出することによって魔法が発動します。それが私たちの魔法です。扱いやすくて強力ですが、あまり応用は利きません」 「なるほど……でもだとするとなんで私はあなたの魔法に似ているのかしら。ミス・シェヴルーズの方は別に魔力集まらないんでしょ?」 “はい、そしてそれこそが爆発の原因です” レイジングハートが断定した。 “理由は不明ですが、ミス・ルイズ、あなたが魔法を発動しようとしたとき、対象となった石から大量の魔力が強制的に結合を解かれてあなたの方へ引き寄せられました。そのため結合を解かれた石が物質としての安定を崩して爆発したのです” 「私が魔法を使おうとすると、魔力を引きはがしちゃうの?」 “はい。私はそれによってこの世界の物質が魔力を帯びていることに気がつきました” 「確かにここまで一体化している魔力結合、強制的に解除したら反動出るよね」 なのはも納得がいったという顔をしていた。 「爆発のエネルギーが魔力還元されるのも当然かあ。還元ていうより解放だもんね」 “その通りです。マスター” 細かいことはともかく、何となくルイズにも理由はわかった。 「つまり、私が魔法を使おうとすると、精霊が言うこと聞くんじゃなくって私の元に集まっちゃうから爆発するのね」 “正確には違いますが、現象的にはその通りです” 「……私って、魔力って言うか、精霊に好かれてるのかなあ」 “結論を出すためには、もっとたくさんの資料を集めて比較してみる必要があります” 「ま、まだデータ取り開始して一日なんだし、慌てないで行きましょ、ご主人様。でも一つだけ言えそうですね」 「なに? なのは」 不思議そうに聞くルイズに対して、なのはは言い切った。 「魔力の流れからしても、ご主人様には普通ではない特別な何かがあります。系統魔法が使えないことにも、きっと訳がありますよ。ご主人様はただの『ゼロ』ではありません」 「なのは……」 ルイズは何故かそれ以上言葉が出てこない自分を感じていた。なんでこの使い魔はこうも肯定的なんだろう。どこまで行っても自分を否定する言葉が出てこない。 ただひたすらに現状を肯定し、都合の悪いことは真っ向正面からぶっ壊していく。 とことん前のめりな不思議な人。 と、感極まっていたとき、せっかくの感動に水を差す音がした。 こんこん。 礼儀正しく響く、ノックの音であった。 さて同じ頃、遙か遠き異国――ガリアの地にて。 その夜、ガリアの『無能王』ジョセフは、密偵からの通信をまとめた資料を読んでいた。 名前と裏腹な有能さを持つジョセフは、情報の重要性も認識していた。 今目を通しているのはそのうちの一つ、姪に当たるシャルロット・オルレアンに関する報告である。 遙か遠い田舎の国に追いやった姪であるが、監視は欠かさない。今日の報告には、彼女が使い魔として風竜を召喚したことが書かれていた。 遠見の鏡を応用して作り上げられた情報網は、鳥の使い魔も及ばぬ早さで各地の情勢をジョセフの元へ届ける。その日の出来事をその日のうちに1000リーグもの遠隔地へと伝えられるのだ。 「ほう、竜となれば格段に足が速くなるな。彼の地からここまででも一日で到着できるか。イザベラが聞いたらどう思うかな」 「喜んでこき使いそうですね」 相づちを打ったのは、一見美丈夫に見えるが、よく見れば異形の者――エルフの男性であった。 彼の名はビダーシャル、故あってこの地でガリア王に仕えている者である。 「そうそう、それよりおぬしが興味を持ちそうな情報も来ておるぞ」 「ほう、と、申しますと?」 「その使い魔召喚の儀式でな、『人間』を召喚した者が現れたそうだ」 その言葉に、ビダーシャルの目がつい、と細められる。 「それは確かに興味深いですな」 「ちなみに召喚者の名はルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール。トリステイン王家の庶子を源とする公爵家の娘だ。そして使い魔の証は左手へ刻まれたらしい」 「……確かに条件は満たしておりますね。これで二人目、ですか」 「ああ。加えてその娘、学院ではまったく魔法の使えぬ無能力者として『ゼロ』なる二つ名を付けられているそうだ。皮肉よの」 「覚醒していないというわけですな。これで使い魔が武器を片手に一働きすることが出来たら、ほぼ確定でしょう……陛下?」 ジョセフはくつくつと笑っていた。ビダーシャルはいぶかしげに王の方を見る。ジョセフはその視線に気がつくと、姿勢を改めて語りはじめた。 「そうそう、その使い魔だがな、これまたとんでもない型破りらしいぞ」 「と、申しますと?」 「なんとな、今まで見られたことのない特異な魔法を使うそうだ。光の円陣とともに現れた光球は、ドットとはいえブロンズゴーレムを一撃で粉砕し、円陣の盾はその攻撃もことごとく止めたとか……どうかしたか?」 今度動きが止まったのは、ビダーシャルのほうであった。 しかも、今までジョセフが見たこともないほどの、まがう事なき殺気を当たりにまき散らしている。 「今、光の円陣、と、言いましたな」 「……あ、ああ」 珍しくジョセフは気圧されていた。いつもまったく感情を表さないこの男が、珍しくそれをむき出しにしている。 「もし、それが事実なら……」 「事実なら?」 「我々エルフは、その全力を持ってかの者を討たねばならぬ。そのために人間全員を道連れにしようとも」 さすがにジョセフもあっけにとられた。いくら何でも話が大きすぎる。 「おい、どういう訳だそれは。禁忌に触れん範囲でかまわんから説明しろ」 「まあよかろう。おまえ達の言う始祖ブリミルは、神から虚無の力を授かったのだろう?」 「ああ。おまえ達は悪魔の力だと言うがな」 ビダーシャルは腕を組み、視線をどこでもない位置に固定したまま言葉を続けた。 「この世には大きく分けて二つの魔法があることが知られている。一つはおまえ達が使う系統魔法、もう一つは我々の使う精霊魔法。だが、実はもう一つ、この世に知られる魔法があるのだ」 「初耳だな」 「当たり前だ。かつてエルフはその魔法を相手に部族の命運をかけた戦いを行っているのだ。しかもそこまでして我々は相手をあの悪魔(シャイターン)の門に封じることに成功しただけだという無様な有様なのだからな」 「聖地に封じたというのか?」 「さすがに私といえどもその目で見たわけではないから詳しくは知らぬ。教えられた知識でさえ、私の立場を持ってしても真実かどうかが判らぬほどの秘事だ」 「……よほどのものらしいな」 ビダーシャルが珍しくもため息をつく。 「これは真実かどうかは判らぬが、我々が何とか打ち勝てたのですら、実は相手が何らかの理由で自滅したからだという噂もあるくらいだ。人間よ、興味本位で手など出すでないぞ」 「なるほど、それがお主達が聖地を封印している理由か」 ジョセフが判ったというように言うと、ビダーシャルは首を横に振った。 「あくまで理由の一つでしかない。そうでなければたとえお主にでも話せたと思うか?」 「確かにな。言われてみればその通りだ」 「いずれにせよ」 そこでビダーシャルは再び元の事務的な態度に戻る。 「たとえ噂でもそのようなことがあるのなら、この目で確かめないといけないな。王よ、場合によっては私は暇乞いをせねばならないかも知れない。ああ、もちろん代わりの者は来る」 「どういうことだ?」 「今彼の地に一番近いところにいる同族は私だ。この話の真偽を確認するとなれば、我が゜動かねばならない」 「なるほど。だが慌てなくともよい。彼の地にはシャルロットがいるのを忘れたか。彼女にまず調べさせればよかろう」 それを聞いて、彼は息を抜いた。 「失礼。少々取り乱していたようだ。貴公の言うとおりだな。最終的にはこの目で見ねばならないだろうが、慌てる必要はないか」 「全くだ。だがビダーシャル、そなたをここまで慌てさせるその光のメイジ、いったい何なのだ?」 「簡単だ。さっきも言ったが、かつて始祖ブリミルは神より虚無を授かった」 ジョセフは頷いた。かつて己の力に目覚めたとき、香の薫りとともに脳裏に浮かんだ文言が頭をよぎる。 「ならばいるはずであろう? 始祖に虚無を授けた『神』が」 さすがに息をのむジョセフ。 「かつてエルフが門に封印せし第三の魔法、それは天空に光の円陣を描くもの。精霊を食らいつくし、世界を滅ぼす禁断の魔法。それを我らは『悪魔魔法(シャイターンズ・マギウス)』と呼び、それ力を振るう者を『悪魔』と言ったのだ」 「ふっ、吹いたものよ」 眉根を寄せるビダーシャルに対し、ジョセフは小さく笑い続けていた。 そして傍らに置かれた羊皮紙とペンを手に取る。 「さて、我が姪にも一仕事してもらわねばならぬか」 そしてこの一筆は、後に一人の少女の手に渡ることになる。 #navi(ゼロと魔砲使い)