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ゼロと波導の勇者 2 - (2007/07/21 (土) 08:07:20) のソース
戦火だ。戦火がやってくる。 二つの軍勢が押し寄せる。それは見境なくすべてを破壊し、終には町へと、城へと押し寄せる。 囚われ、虐殺される人々。何もかも押しつぶす軍勢。 聞こえてくるのは――リーン様の悲鳴、だと!? どうして私はこんな状況なのに何もできないんだ!? 城がこんな状況だというのに、あのお方は一体何処へ…… そこまで考えて、私は思い出す。 そうだ、あの方は……あのお方は、捨てたのだ。町を、城を、リーン様を……私すらも。 一体何故、何故―― 「ブルアァァッ!!」『何故ですかアーロン様ッ!!』 次の瞬間、ルカリオは目を覚ました。 そして、一瞬今の自分の状況が分からなかった。 首には首輪と鎖、床は藁、空には月。 ――捕虜にされたらしい。まだ寝ぼけた頭で、ルカリオはそう結論付けた。 ならここは敵の陣地だろうか。リーン様は無事なのだろうか。とりあえずここから抜け出…… 「うるさいわね! 夜鳴きするなんてあんたそれでも使い魔なの!? 主人の安眠妨害なんて、随分偉いものね!」 ……せないようだ。 少女の甲高い怒鳴り声で、改めて意識が覚醒する。 ここは、そうだ、ロータではない。もちろんオルドラン城でもない。かといって、最後に主と別れた場所でもない。 目の前にいたのは主でもなくリーン様でもなく、ローブをまとった人間たち。 そして、この少女。確かルイズ、ルイズ……ヴァリエールと言ったか。 どうやら彼女が、自分をここへと連れ出したらしい。 らしいのだが……何故こんなことになったのか、ルカリオにはいまだ、完全には理解できていないのであった。 「いい!? 明日朝早いんだからね、あんたは先に起きて洗濯して掃除して雑用して! わたしの為にしっかり働いてもらうんだからねっ!」 ルイズはそう捲くし立てると最後に指を立てて、 「やっと呼び出した使い魔なのよ。ちゃんとルーンも刻んであるんだから、忘れたら承知しないんだから!」 と言って、一方的に会話を打ち切り、再び寝始めた。 「……ぶ、ぶる」 ここまで怒鳴られては、さすがのルカリオもどうしようもなかった。 家事自体は修行の一環としてやっていたが、こう怒鳴りつけられては…… ルカリオは息を吐き、ゆるゆると頭を振った。 どうやら話の内容から察するに、今の自分の主は、この少女らしい。 その証であるルーン文字が、ルカリオの左手の甲に刻まれている。 『……使い魔、か』 そのルーンを見ながら、ルカリオは証が刻まれたときのことを思い出していた。 あの時自分は主に一方的に縁を切られ、投げられた杖が光って……気がついたら、ここにいた。 そこは、まったく見知らぬ場所だった。雰囲気はロータに似ていないこともないが、それでもどこか異質で、落ち着かなかった。 見知らぬ人々に奇妙な目で見つめられ、わけも分からず走り出してしまった。 一体ここは何なのか。自分は、どうなってしまったのだろうか。 心を過ぎる不安のままに駆けたが、自分の知っているものは何一つない。 町のシンボルであったオルドラン城も、いつのまにかすっかりその姿を消してしまっていた。 昨日まで、この近くでは戦争の為に『彼ら』が集められていた。人間たちが用意した、赤や緑の鎧甲冑を身に纏って。 だが、それら全てが、ない。 オルドラン城にその根を伸ばす、壮大にして雄大な岩山、ミュウが坐すという『世界の始まりの樹』すら、どこにも見当たらなかった。 侵略され、全て破壊されてしまったのだろうか。それにしては、随分平和すぎる。 ならば……侵略され、滅び、侵略した国も滅び――ついに、何もなくなってしまったのか。 気がついたとき、ルカリオは開けた場所に居た。 何処をどう走ったのか、まったく思い出せない。そして、ここがどのあたりなのかも。 空は青い。静かな春風が吹きぬける。 だが、今のルカリオには慰めにもならなかった。 慰めといえば、あの時感じた、あのお方の波導……しかしその希望も、すぐに消えてしまった。 気がついて振り向くと、そこには、目が覚めて初めて見た少女がいた。 やはり……同じ、波導。あのお方と……アーロン様と、同じ。 『戦争は……戦争は、どうなったんだ? ロータは、オルドラン城は……リーン様はどうなってしまわれたんだ!? ……アーロン様は……ッ!!』 そう吼えたところで、どうなるものでもない。だが、吼えずにはいられなかった。 気がつけば少女に連れられ、ローブに眼鏡の男と向かい合っていた。 「連れてきました、ミスタ・コルベール」 「ご苦労様です、ミス・ヴァリエール。さあ、『コントラクト・サーヴァント』を」 少女は神妙な顔で頷くと、ルカリオと向かい合った。 「ブルッ……」 「いい? あんたはわたしの使い魔なんだからね。動かないでよ……」 そう言いながら、少女はタクトの先をルカリオの額に当てた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と為せ」 呪文の詠唱を終えると、そのまましゃがみ込み、そして。 「……ッ!?」 ルカリオに口づけた。 その行為の意味は多少なら色々と知っていたし、だからこそ何故この状況で彼女が口づけたのかわからなかった。 顔がかあっと熱くなるのを感じ、ルカリオはぶるぶる頭を振った。 「……何勘違いしてるの?」 そこに少女の声が冷水のように降ってきた。 「『コントラクト・サーヴァント』……『契約』の儀式よ。あんたがドギマギする必要なんて、全然ないんだから。 まったく、あんたみたいなすぐ逃げ出しちゃうような野良犬と『契約』することになるなんて……感謝しなさいよ? こんなこと、めったにないんだからね」 意味を考える間も、首をかしげる間もなかった。 突然体が燃えるように熱くなり、ルカリオは思わず飛び跳ねて伏せた。 「もう、何やってんのよあんたは……ホント、なんでこんな……」 ルイズが呆れてため息をついた。 伏せている間に体の熱も消え、後は左手に不思議が文様が残されただけだった。 『これは……』 「使い魔のルーンよ。あんたがわたしの使い魔だって印」 珍しいルーンですね、と眼鏡の男は勝手にスケッチを始めた。 まったく、何がなんだかわからなかった。そもそも使い魔とは何だ? 一体何故こんなことに―― そう思ううちに頭が沸騰して、気絶してしまったらしい。 となると、あのルイズという少女がここまで連れてきてくれたのだろうか? もしかしたら、案外優しい性根なのかもしれない。首輪や鎖はさすがにどうかと思うが。 ともあれ、明日は早いといっていた。なら、眠ったほうがいいだろう。 ルカリオは窓から見える二つの月を仰ぎながら、目を閉じた。 今度は、悪夢に魘されないように。そっと祈って。