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ワイルドの使い魔-9(3) - (2007/07/22 (日) 01:52:14) のソース
同時刻、学園長の部屋。 大音響の破砕音はここまで当然届いていた。 「なんじゃ?騒々しい・・・む、これは!」 学長のオールド・オスマンが遠見の鏡で外の様子を伺うと、巨大なゴーレムが丁度拳を鉄の破城鎚へと変えて宝物庫の外壁を殴りつけている所だった。 鏡の中のゴーレムが拳を振るうたび、学長室にまで衝撃が伝わってくる。 「このゴーレム・・・さては土くれのフーケか!」 「知っているのでありますか、オールド・オスマン」 「うむ、最近トリスティンで噂になっておる怪盗じゃ。ついにこの学園の宝物庫も標的になったか」 学長の驚きの声に、呼び出されていたハルペリアが問いかける。 別に聞きたいわけではない。ハルペリアに搭載された様式美あいづち機能だ。 桐条の科学者達・・・戦闘ロボを少女の姿にするだけあり、少々はじけていたようである。 ともあれ、鏡の中ではゴーレムがコレでもか!と言わんばかりに外壁を殴り続けている。 「いかんのう、あれでは流石に外壁が持たん」 「・・・いいのですか?この騒ぎに誰もあのゴーレムを止めようとする方が居ないようですが」 「教員連中は当てにならんよ。音を聞いて飛び出してもアレ見たらとっとと逃げ出すじゃろうな」 控えめなメアリの言葉にオールド・オスマンは首を振る。 実際学園の教員たちでまともな戦闘経験を持つものはほんの一握りだ。 ミスタ・コルベールがその中でも突出しており、他はミスタ・ギトーがそれなりに使える位だろう。 だがコルベールやギトーを始めとする教員は学園に住んで居るわけではなく、夜間の今はここに居ない。 唯一の教員・・・今夜の当直であるミス・シュヴルーズにあのゴーレムへの対処を期待するのは酷だろう。 あえて言うならオスマンだけだが、 「え?ワシ?・・・面倒じゃし、疲れるし」 「役に立たないであります」 「学長の資格はありませんね」 ボケた所に人外少女の二人から容赦ない突っ込みをうけて精神的に突っ伏し役に立ちそうも無い。 これで教員は全滅だ。 となれば、今度は学生に一縷の望みを託すしかないが、あの威容を前に動ける学生など居るだろうか? 実際、ゴーレムが現れてから随分経つが寮から現れる影は無い。 やはり学生では荷が重いらしい。 「宝物庫の警備は私の任務であります。迎撃に向かうであります」 「いや、待つのじゃ。あれは・・・グラモン家の小倅か?」 このまま見ている事も出来ないと思ったのか、ハルペリアが立ちあがろうとして・・・オスマンがそれを止める。 魔法の鏡の中・・・巨大なゴーレムの足元で、幾つモノ影が攻撃を仕掛けている。 それは紛れも無く、ギーシュの操る7体のゴーレムだった。 巨大なゴーレムに驚いていたギーシュだったが、そのゴーレムが自分ではなく本塔の外壁を攻撃し始めたのを見てようやく落ち着いてきた。 ゴーレムの殴りつけている場所、あの場所は確か無数の宝物が収められていると言う宝物庫ではなかったか? とすると、このゴーレムは今話題の『土くれ』のフーケの作ったものと言う事になる。 見上げると、ゴーレムの肩の辺りにローブを身に纏った人影が見える。 あれがフーケなのだろう。噂ではトライアングル級のメイジだ。ドットのギーシュでは歯が立たないだろう。 幸い、巨大なゴーレムはギーシュを気にした様子も無い。 このまま寮まで逃げてしまえば何事も無く明日を迎えられるだろう。 だが、心の奥の何かがそれをさせないで居た。 それどころか、新調した薔薇の杖を取り出し、完全武装のワルキューレを練成する。 「僕は、何をしているんだろう?こんなに強力なゴーレムに、『土くれ』のフーケに立ち向かおうとしているのか?」 不思議だった。数日前なら間違いなく逃げ出していただろう。 何故?こんな圧倒的な存在に立ち向かえるのか・・・ そこまで考えて、あの少年、キタローのことを思い出した。 「そうか、彼・・・あの力を振るわれた時に比べれば・・・こんなゴーレム、怖くも無いじゃないか」 あのキタローの力、揺らめく幻影に比べれば、このゴーレムは只巨大なだけだ。 ギーシュも魔力さえあれば作り出しうる代物だ。 むしろ、ギーシュはあの時キタローの中に居るモノを感じ取ったのかもしれない。 死をそのまま凝縮したような存在・・・タナトスを。 それに比べれば、このゴーレムは巨大とは言え・・・正体不明でもなく、絶対的な運命でもない。 「ふっ・・・なら、この学園の一員として逃げる訳にはいかないな」 先刻までの調子を取り戻したように嘯きワルキューレ達を走らせる。 それぞれの手には、巨大なウォーピックやハンマーが握られていた。 そしてゴーレムの足元へ群がると、つるはしでも振るうように柱のような足へ武器をたたきつける。 フーケが違和感を感じたのは丁度その時だ。 外壁がかなり抉られあと少しで崩壊すると言った直前、それまでなんの問題も無く壁を殴りつけていたゴーレムが空振りする。 「え? 何よ、どうしたのよ!?」 再度殴りつけさせようとするが、再び空振り。それどころか上半身が全く安定しなくなってきた。 何かと思い足元を見て・・・ようやく、ギーシュの存在に気がつく。 彼のワルキューレ達は、ゴーレムの足をかなり削り取り、不安定にさせることに成功していた。 「なかなかヤルでありますね」 「小倅のゴーレムはそれなりに力はあるしの。数も居るしあれくらいは出来るじゃろうて」 「ですが、決定打にはなりません。再生を始めました」 学長室で観戦する3人(?)の言うとおり、フーケはあっさりと削られた足を再構成する。 それどころか、土だった足を拳と同じく鉄へと変えてしまう。 とはいえギーシュ自体をどうこうする気は無いようだ。 フーケにとって、今の脅威は昼間見た宝物庫の少女達。 彼女達が学長室からここまでやってくる前にお宝を持って逃げ出さなければいけない。 ギーシュの相手をしている暇など無いのだろう。 「これでは手も足も出ないであります」 「ハルペリア、やはり貴女が行った方が・・・」 「いや、待て。あの小倅まだ何かやる気じゃぞ」 その懸念する相手が既に実況役に変わっていたりするのだが。 そんな調子で実況解説する三人が見守る中、ギーシュは効果の無くなった戦法をあっさり切り替える。 「ならば、これはどうだ!ワルキューレ、7体合身!!!」 「おおっと、ここで合体であります!王道であります!」 「ですが、組体操にしか見えませんね」 実況のハルペリアとメアリの言うとおり、それはワルキューレ達の組体操だった。 一応人体を模しているのか、大まかな形は人らしきシルエット。 だが、どうみてもその状態で動けるようにも見えない。 しかし、オスマンだけはそれを見て眉をピクリと動かす。 「ほう、それを元に練成するか」 その瞬間、ギーシュと同じく土の魔法のエキスパートであるフーケも彼の意図に気がついた。 同時に見過ごせない障害が現れそうな事も。 「やらせないわ!」 あわて組体操状態のワルキューレ達に向かい鉄の拳をたたきつける! だが、一瞬遅い。 ギーシュは、ドット級のメイジと言えど練成の腕はかなりのものだ・・・その速度も。 拳がワルキューレ達に届くかと思われた瞬間、一瞬でそれは姿を変えて・・・一体のワルキューレとなった。 体格はフーケの物より遥かに劣るが、それでも相応の力はあるのだろう。 襲い来る鉄の拳を両の手で受け止めきる。 それはワルキューレの対巨大モンスター用形態。 容積などの関係で一体しか維持できなくなり動きも鈍くなるが、その分パワーとボデーの強度は跳ね上がる。 キタローとの決闘など人間相手には動きが鈍すぎて使えないが、同じゴーレムを相手にするにはこれほど的確な形態は無い。 「ここで僕の名を上げさせてもらうよ。行け!僕のG・ワルキューレよ!」 「ドットのボウヤが調子に乗るんじゃないわ!!」 だが、流石に今回は相手が悪かった。 何しろワルキューレの材質は青銅。そして今のフーケのゴーレムは拳を鉄に変えている・・・それも両手を。 今ワルキューレは両手でフーケのゴーレムの一つの拳を押さえているに過ぎない。 結果は、目に見えていた。 ドグワシャァ!!!! 「ああっ!僕のG・ワルキューレが!?・・・ンガ!?」 見事に一撃で叩き潰される合体ワルキューレ。見るも無残である。 更にその壊れた破片で頭を打ち気絶するギーシュ。 「期待を裏切らんのう・・・」 「様式美でありますね」 「ですが、無駄ではなかったようです」 解説室・・・もとい、学長室もげんなりだ。 だが、メアリは魔法の鏡の向こうで更なる変化を見つけていた。 障害が無くなったとばかりに改めて拳を振り上げるゴーレム。 その腕に突如爆発が起こった。そして上空から降り注ぐ炎と氷の槍。 そしてゴーレムの足元へ疾駆する二刀を掲げた少年の姿を。 前座が終わり、役者がそろう。