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ゼロの仲魔-01 - (2008/06/29 (日) 00:56:15) のソース
#navi(ゼロの仲魔) 喧騒の只中にあるヴェストリの広場、そこで有象無象の野次馬のなかに、ぴりぴりと遠目からでもひどく憤慨していらっしゃるとわかってしまう淑女らしからぬ様子の女子が一人。名はルイズ。 彼女が視線を向ける先には一人の男性と、彼を取り囲むようにしている複数の生徒たちがいた。 どうしてこんな状況になっているのか、それは自分の使い魔が二回目の決闘を受けてしまったからなのだ。 進級試験でもある使い魔召喚の儀式、ルイズが呼び出したのは見るからに平民といった男だった。怪我だらけだったので治癒をしたのだが、顔にはいまも痛々しい切り傷の跡が残っている。 服装は真っ黒なコートを羽織って学生のような出で立ちであったが杖などもっておらず、腰に差していた木の棒は剣であった。それは教師であるコルベールも見たことのない非常に珍しい打ち方をされたものだったが。 先日のギーシュという男子生徒が生み出したゴーレムはその剣、彼曰く『葛葉』の銘をもつ刀であっさりとばらしてしまったのだが今回はそれとは話が違っている。 そもそも今回の原因はというと、一般的に見たら馬鹿馬鹿しいと一笑に付してしまうが、当人にとっては重大な男の沽券をかけるもの。要は女のとりあいだった。 ギーシュとの決闘が終えた日のこと。その圧倒振りに例のごとく魅入ってしまったルイズの仇敵であるキュルケがその使い魔である彼を部屋に呼び込み、性交渉をいたしましょうと迫った。 だが、それより先に約束していた幾人とも鉢合わせてしまい、そのことごとくをキュルケはぺいとゴミのようにそげなく扱った。 はてさて、結局は妙な物音に怪しく思ったルイズが感づき性交渉は行われなかったのだが、問題は終わっていなかった。 キュルケにあっけなく振られた男たちは全員がそこそこ高貴な身分でもあり、プライドだけは人並みに持っていた。 そんな彼らが平民のそれも魔法が一つも使えない劣等生、落ちこぼれ、胸無しのそれも使い魔に男として敗北したなど認められるわけがなかった。 そういうわけで彼ら五人だか六人だかはそろって朝っぱらからそのキュルケの心を掴んだ使い魔に決闘を申し込んだのだった。 どう見てもリンチだが体裁は最後まで立っていたやつがキュルケのお相手になるというバトルロイヤル。 そんなもん断ればいいとルイズは言ったのだが、そうしたら次はさすがゼロの使い魔だと小ばかにされる。 「それは許せないからって、なんでそんな変に頑固なのよ」 がしがしと足踏みをする。苛立ちが押さえきれないでいる。近くから聞こえてくるキュルケの黄色い声も彼女の精神をかき乱した。 ばかばかしい。昨日のやつは奇跡だ。勝てるわけがない。 そう思っているのに、ルイズは無理やりにでも決闘を止めなかった。 それは使い魔の言葉と行動が、うれしかったからだった。 やがて誰か、ルイズが名前も知らない男の一人が杖を掲げて開始の合図を出した。 直後、全員がいっせいにルイズの使い魔に向けて魔法を放った。 「――なによそれ!」 ルイズはそのとき走り出そうとした。使い魔を助けるために、自分がいかに無力なのかも忘れて。 しかし、それが遮られた。ぐいとマントを引っ張られて首が絞まってつんのめった。 おかげで彼女は無事だったが、使い魔は女をとられた恨みを晴らそうという男たちの魔法、風や炎、氷に襲われた。 いくら情けなくても力はある。水蒸気と土ぼこりが舞い上がり、使い魔の姿を隠してしまっていた。 しかし、煙が晴れたところで、次に現れるのは無残な姿に違いない。彼らは全力ではなかっただろうが、威力のほどは死んでいてもおかしくないものだった。 「大丈夫」 「え?」 ルイズが背後に振り向く。そこにいたのは、自身のマントを掴んでいる少女だった。 クラスメイトだったが話をした覚えはない。 「大丈夫ってなにがよ」 「見ればわかる」 その少女は魔法を唱えた。 強い風を送り、煙を吹き飛ばす。そうして、その後に現れたのは自身の刀を構えた無傷の使い魔だった。見物人がどよめいた。 先日のギーシュとの戦いは白兵戦だった。確かに魔法を使ったとはいえゴーレムを生みだしただけ。平民同士の戦いと似ている。 しかし、これは違う。特権ともいえる魔法を防いだ。なかったことにしてしまったのだ。 「な、なにをした平民!」 一人がもう一度魔法を放った。火の系統のファイアーボール。まともに当たれば重度の火傷を負ってしまう。 それを、使い魔は刀でかき消した。 己に降りかかる火の粉は自分で払う、なんて言葉があるが、そのとおりだった。 「ちょっと! あんたそんなのができるなんてなんで教えなか――ぐえ」 激昂しているルイズの頭の上に一羽のカラスが降り立った。 「なにすんのよゴウト!」 「黙ってみていろルイズ」 ゴウトと呼ばれたカラスは小声でささやいた。 この鳥は召喚の際に使い魔と一緒にやってきた。当初ルイズはこのカラスを使い魔にしようとしたのだが、すばやく逃げ去られてしまったのだ。 その後、ゴウトはたびたびやってきて目の前の使い魔と話をしていた。なんとなくおもしろくなかったが今ではもう使い魔にしようという気はない。 ルイズはなんでしゃべっているのか気になって尋ねると、元は人間だったと答えが返ってきた。あまりに嘘くさかったがとりあえずそういうことにしている。もちろんこのカラスが喋ることは周囲に秘密にしていた。 ルイズは小声で、周りに聞こえないように意見を言った。 「ゴウト、黙って見ていられないわよ。もうあいつら本気になっちゃったじゃない」 「だからなんだ。あんな子供、話にならん。修羅場をくぐってきているのだ。それも、途方もない数のな」 そうこう会話している間にも戦闘は続いている。男子生徒たちはその刀にさえ当たらなければいいと、全方向から攻撃することに決めたようだ。 再び囲みだした。前後左右、逃場はない。 「やっぱり無理よ。メイジ、それもあんなにだなんて」 「そうだな。確かに、一人では難しいかもしれん。だがな、ルイズよ。あいつには仲魔がいる」 「仲間? 妙にアクセントがおかしいけど」 「仲魔だ。あいつの本来の職業を教えてやる」 使い魔が懐から細い管を取り出した。それは出会った初めの日、ルイズが彼から奪おうとしてもかたくなに拒否されたもの。 生徒たちはいぶかしんだ。なにせ彼が構えている刀は魔法を弾いてしまうという特性があったのだ。 もう一つおかしなものがあるんじゃなかろうか。使い魔は魔法を避けながらその管の口を天に向けた。 右手が光る。 その数秒後、ルイズも見物人たちも遠くから覗いていた教師たちも、なにより戦っている生徒たちも驚愕した。 「出て来い。ケルベロス」 ぼそりと、使い魔が言った。 管から光が迸る。それは空へと舞い上り、やがて形をつくり地に落ちる。 すぐさま輝きが消え、形だけが残った。 そこにいたのは白き毛皮に覆われた巨大な一頭の犬。 獣と呼べるものではない。 この世界で、幻獣と呼ばれているものだった。 「アオ――――――――ンっ!」 咆哮が響く。 大気を震わせる。 それは人の、生物の本能を刺激し、生命の危機に陥ったときの感情を生み出させた。 すなわち――恐怖。 「なああああ! なああ、なんあなんなななああああ!」 生徒の一人があわてて火球を放つ。しかし、それはケルベロスから外れて見物人へと飛んでいった。 あわや被害が出るかと思われたが、何もおきなかった。ケルベロスがかったるそうにそれを尻尾ではじいたのだ。 「軽くやってくれ。殺したら駄目だ」 「ウウ、ワカッタ」 喋った。誰かがそのことを指摘するとまたしてもどよめきが大きくなった。 言語を理解する獣、韻獣とはそれだけ珍しいのだ。 だからこそゴウトがしゃべることは秘密にしている。 ケルベロスはぶるると身体を震わせたあと、怯えきっている生徒に飛び掛った。 「喰われるぞ!」 「誰ガ喰ウカ」 ケルベロスは目にも止まらぬ俊敏な動きで魔法を避けながら体当たりをかましていった。 生徒たちは宙を舞い、壁に叩きつけられ、次々と動けなくなっていった。 そしてほんの十秒も経たないうちに、メイジたちはみな動けなくなっていた。 使い魔はそのうちの一人、意識が残っているものを起こして尋ねた。 「まだやりますか」 その生徒は涙をこぼしながら首を振るった。 参った。その意志を示した。 ルイズはそこまで見届けてからゴウトに尋ねた。 「あいつの本来の職業ってなに?」 「――悪魔召喚士。それが、葛葉ライドウだ」 先日ならここで爆発したかのように拍手喝采だったが、見物人たちは怯えた目でその使い魔を見ていた。 例外は、 「ダーリンやっぱりすごいわー!」 ひゃっほーいと抱きつこうとするキュルケと、主であるルイズぐらいだった。 その夜、ルイズは寝室で使い魔もとい葛葉ライドウを床に正座させて問い詰めた。 「あんた、一体なにもんなのよ!」 「悪魔召喚士です」 あっさりとライドウは答えた。 「ゴウトもそういってたけどなによそれは! 説明しなさい!」 「言葉のとおり、悪魔、ここでは幻獣なんていわれてるものたちと契約して、共に戦うものたちのことです」 「……戦うって、あんた、なにをしてたのよ」 「前に言いましたが東京という街を守ってました」 ルイズは唾を飲んだ。 確かに、メイジを五人も相手にしての立ち回りからそれぐらいはできるだろうとルイズは思った。トーキョーなんて聞いたこともない田舎、そこらの盗賊からなら楽に返り討ちにできるだろう。 「でも、その契約って、あんたにコントラクト・サーヴァントなんてできたの?」 「できません」 「じゃあどうやって?」 「戦って勝つことです」 ルイズは絶句した。その乱暴な手段にもだが、あのケルベロスが従っている結果だ。 「じゃあ、あんた、あれに勝ったってこと?」 「はい」 またあっさりと答えた。 「嘘じゃないのよね」 「本当です。ちなみにあいつだけじゃありません」 ライドウは懐から管を何本も抜き出した。 「一番左がケルベロス、次からリャナンシーにジークフリート、ヤマタノオロチ、モー・ショボー、スサノオ、リリス、ネコマタ」 「わかった。わかったわ。けど、なんであんたそのこと教えなかったのよ」 「……信用できませんでしたから」 ルイズは鞭を振るいたくなったがぐっと我慢した。 落ち着け。話を聞け。 「いきなり変なところに呼び出されて警戒してましたから」 「そりゃまあそうね。けど、あんたなんで今日になってケルベロスだっけ。あいつを出したのよ」 「や、ルイズさんがいい人だとわかりましたから。ギーシュの件で」 「はあ?」 「あのとき、怪我するから危ないからって言ってくれましたよ。平民が死んで新しい使い魔を呼ぶいい機会だったのに」 「それは――」 少しも考えなかったといえば、うそになるかもしれない。けれど、そんなつまらないことで人が死ぬのも、まがりなりにも自分の使い魔が死ぬのも許せられるものではない。損得抜きにして、それは駄目だと思ったからだ。 「それでゴウトと相談して、教えてもいいだろうと結論が出ました」 「どういう議論があったのよ」 「口は悪いけど心根は優しいみたいだって」 「……そう」 ルイズはライドウにおざなりな返事をしてベッドに腰掛けた。嘘をついたときにしばいてやろうと思って握っていた鞭も放り投げた。 頭を抱える。顔に背中にふつふつと汗がわいてきた。 嫌な汗。吐き気がする汗だ。これが出るのは二度目。一度目は初めて魔法を使ったときだった。なにをしても爆発にしかならない。 魔法が、使えないのではという怖気にわいてきた汗。 ――心根が優しい。 そういわれたのはうれしかったが、だからなんだというのか。 彼女の心情は複雑。頼もしすぎる使い魔。トーキョーという街を守ってきた幻獣を従える使い魔。 劣等感に蝕まれる。病のように全身が凍える。 なんだそれは。なんだそれなんだそれなんだそれなんだそれ。 ルイズは願っていた。強い使い魔を。 父に母に、姉に、誰にも自慢できるものを。 ところが実際に引き当ててみるとどうだ。 複数のメイジをあっけなく打ちのめす。目となり耳となること、秘薬となる材料を探し出すことといった基本的なことはできずとも主人を守ることに関しては文句がない。 なさすぎる。それが恐ろしい。 ルイズはいま、ようやくこの言葉を理解した。 『メイジを見るなら使い魔を見ろ』 使い魔が弱いのならまだいい。強すぎるとどうなるか。 メイジ自身がつぶされる。重いのだ。己の足が、つぶれてしまうのだ。 震える声、弱弱しい声でルイズは尋ねた。 「ライドウ、あんた、どうして私の使い魔なの?」 「どうしてって、無理やりにやられたんですけど。不満ですか?」 「違う。そんなのない。ないわよ。けど、あんたなら外へ出ても生きていけるでしょう。私の庇護なんか必要ないじゃない」 「それはそうですね」 肯定しやがった。 「ぶっちゃけここにいるより外へ出て金を稼いだほうがいいもの食えますし、床の上で眠ることもない。着替えの手伝いもしなくてすみます」 「……なんか私がひどいことしてるみたいに聞こえるんだけど」 「いや、事実を並べてるんですが」 ぐうの音も出ない。 こうまで言うのなら、もう次に出てくる言葉は予測できる。ああ、それでいい。そうするのが当たり前だ。理に叶っている。所詮、自分なんかのところに落ち着くようなものではない。 もっと大きなところ、国に仕えればその強さのまま魔法が使えなくとも出世するだろう。 それがいい。それが、彼が生きるべき道なのだ。自分は彼の、葛葉ライドウの通る道に転がっている石ころに過ぎない。 「ルイズ様。それでですね、お願いがあるんですが」 ほらきた。 「なに。もうなんでも言いなさい」 ルイズは明日からどうするか考えていた。また使い魔を呼ぶか、いや、呼んでも失敗する。だから、もう、いっそのこと退学するかと。もう平民に混じってしまおうか、そんなことさえ考えた。 ところが、ライドウの口から出てきたのは予想とは全然違うものだった。 「使い魔やめて仲魔になりません?」 ――わかった。許すわ。 なんて言葉が出そうになったが意味がわからなかったのですんでのところで止まった。 はて、この男はなんていったのだろうか。 「もっかい言って」 「使い魔やめて仲魔になりません?」 「一言一句間違ってなかったわ。私の耳が間違っていたわけじゃないのね。え、意味がわからないんだけど」 「いや、確か召喚されたときにも言っていたような気がしますけど。使い魔じゃなく、仲魔ならいいって」 そういや言ってたような気がしないでもないような気がする。 「え、んじゃ、私もその管んなかに入れってこと?」 「まさか。そんなこといいません。要は、いまみたいな奴隷とご主人みたいな関係やめましょうってことです。持ちつ持たれつでいきましょう。お金もマグネタイトもいりません。週一の大学芋で請け負います」 「勝手に話し進めないでよ。誰も仲魔にするとはいってないんだから」 仲魔になりたそうな瞳で見てきても知らないわよと、小さくつぶやいた。 「まあそうですけど」 「でも、仲魔ね。考えてやってもいいわ。あんた使い魔のくせして勝手に決闘なんかやらかしたりするんだもん。知り合いにこいつが私の使い魔ですだなんて恥ずかしくて言えやしないわ」 「すいません」 「ふん……」 ルイズはライドウに背を向けてベッドにもぐりこんだ。顔を見せられなかった。 覚悟していたのに、それが無駄になって、どうしてもほころんでしまっている。 ライドウが声をかけてくる。 「どうしますか。結局」 「……べ、別にいいわよ。そんな、名前が変わるだけでたいした違いはないんだから。もう正座をやめてもかまわないわ」 「ありがとうございます」 ルイズはライドウの言葉を聴いて、すっぽりと頭を毛布の中に隠してしまった。膝を抱えて胎児のように丸まる。 夢の中に入る直前、明日からまともな寝床を用意させようと思った。 これからは使い魔じゃなくて仲魔なんだから。 #navi(ゼロの仲魔)