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ゼロの夢幻竜 第十五話「盗賊の狙い」
『土くれ』。この言葉である人物を想像する者がトリステインに一体どれだけいるだろうか?
恐らく粗方の人間がこの言葉を一つの単語として用いるだろう。『土くれのフーケ』。
正体不明で神出鬼没な事で名を馳せるその怪盗は、魔法を用いて貴族の屋敷等を襲いお宝をまんまと奪っていく事で有名である。
その存在に貴族達の大半は怯え、名前が一度でも出ようものなら戦々恐々としている。
というのも、彼等がどんなに厳重な警備網を布こうがフーケは鮮やかに突破し、気づいた時には時既に遅しという状況が度々あったからだ。
加えて、そんな風に犯行を犯す事もあれば、屋敷自体を吹っ飛ばしたり等かなり荒っぽい事もやってのける時がある。
出方と手段の多様化の為に、警備の者達もめっぽう降り回されっ放しというのが現状だった。
分かっているのは次の三点。
男女かどうかも分からぬフーケは、時たま犯行の際大きさにして30メイルはあろうかというゴーレムを使う事が鍵となり、少なくとも土系統のトライアングルクラスメイジという事だけは分かっていた。
それと犯行現場に『秘蔵の○○、確かに領収いたしました。土くれのフーケ。』という被害者にとっては非常に鼻持ちならない文面のサインを残していく事がお決まりになっていた事。
そして狙う獲物の大半はマジックアイテムに集中していた事だった。
さて、その当のフーケは今魔法学院本塔の壁に垂直に立っている。
彼女の狙いはこの塔の5階にある宝物庫に隠されているという『深海の宝珠』だった。
地道に調査を続けた結果、ここにある事は間違いないと踏んだのだが、実際その場の近くへ来てみると大きな問題が発生した。
足の裏で探ってみても分かるが壁は厚く、またかなり頑丈に作られている為に早々簡単な方法では破壊する事は出来ないと分かる。
フーケは悔しそうに歯噛みした。
「『固定化』の魔法以外はかかってないみたいだけど、これじゃ私のゴーレムでもどうしようもないね!
やっとここまできたっていうのに……かと言って手ぶらで戻る訳にはいかないからねえ。『深海の宝珠』はもう目の前にあるっていうのに……ん?」
そんな時彼女は壁の一部にそこまで小さくはない真新しい窪みを見つけた。
何か大きな衝撃波によって削り取られた様な……そんな感じだ。
先程まで中庭の辺りで大きな音が引っ切り無しに聞こえていたがそれと関連性があるのだろうか?
まあいい。外壁の他の部分を見ても目立つ傷はそこぐらいな物だ。
言い換えれば物理的に脆弱なものになっていると言う事。
そこを攻めない手は無い。
フーケは自分の幸運さに小唄でも歌いたくなったが、そこはぐっと堪え一言だけ呟いた。
「ツキは最後の最後でお出まし……って事ねぇ。」
自分に自分の杖が向けられている。
魔法が使える事が前提である貴族にとってこれ程屈辱的な事は無い。
だがキュルケは少しでも余裕を見せる為に、無理矢理にでも僅かな笑みを捻り出しながら言う。
「やるじゃない。取って置きの隠し玉には少し驚いたけど。」
すると当のラティアスは杖をくるっと一回転させてキュルケの方に差し出した。
「私もです。攻撃と防御の連携をあれだけ上手く組み立てられたら、普通は攻め込めないですよ。実際途中まで上手く立ち回れませんでしたし。……手合わせして良かったです。」
ラティアスがそう言ってふっと微笑む。
キュルケもその様子に微笑みながら話を続ける。
「んで?あなたは私にもうご主人様にちょっかいを出すなとか言い出すのかしら?」
「二度と……とは言いません。……偶になら許します。」
その言葉を聞いてキュルケはきょとんとする。
ちょっと、それってあまり変わってないんじゃないの、と。
しかし、ラティアスの発した言葉の裏に隠された意図を読み取ると、キュルケは小さく吹き出した。
ラティアスの手に掴まり、彼女は立ち上がりつつ短く答える。
「ありがと。」
ところで、二人が交わしている会話が聞こえずとも、遠くから見ていたルイズはこれまでに無い充足感を感じていた。
使い魔であるラティアスが家の宿敵とも言えるキュルケを打ち破ったからである。
最初こそ苦戦を強いられるように見えたものの、新たに見せた能力……不可視化を使って勝利したのだ。
最早今なら、スクウェアクラスの騎士を乗せた火竜を相手にしたって負ける気が起きない。
気づけばラティアスはキュルケに杖を渡し、こちらに向かって歩いていた。
ルイズはその身をひしと抱き締め、嬉々とした声を上げる。
「凄い!いいえ、もう凄いなんて物じゃないわ!そんな言葉も霞んじゃうわ、ラティアス!」
ラティアスはその言葉に照れたようで軽く頬を掻いた。
しかし、直ぐにいつもの表情になってルイズに囁く。
「有り難う御座います、ご主人様。でも、もしキュルケさんの隣にいるちっちゃい人が相手だったら私は多分負けていたでしょう。」
「え?」
その言葉にはっとしたルイズは、キュルケの隣に佇む青髪をした小柄な少女、タバサに目をやった。
特に先程の結果に取り乱す事も無く黙々と本を読み続けている彼女が相手だったならラティアスは勝てないと?
怪訝そうな表情でタバサを見つめ続けるルイズにラティアスはその理由を述べる。
「あの人の属性で、あの人の知性で勝負になっていたら多分私は手も足も出なかったでしょう。
空を飛べる事や技を出す事は言うまでも無く、今初めて使った不可視化も対抗策はあっという間に練られていたでしょうね。」
信じられないといった目でルイズはラティアスとタバサを交互に見た。
勿論ルイズとてタバサの力量がある程度見切れないほど愚かではない。
彼女が使い魔召喚の儀において風竜を召喚した事から彼女は風系統であり、且つ相当な力量を持つメイジであると察しはついていた。
しかし、ラティアスが自分の事をそこまで卑下するほどの実力を持っているのだろうか?
そう思っていた時、地面が小さく震えた。
何かと思ってキュルケが背後に向かって振り返ると……
「な、何よ、これ!」
たっぷり30メイルはありそうな巨大な土ゴーレムが立っていた。
しかもそれが大きさに合わない機敏な動きでこちらに迫ってきている。
突如現れたその存在に平常心を保てる者が果たしてどれだけいるだろうか?
少なくともその場にいる者達の中には誰一人としていなかった。
「逃げるわよ!」
「言われなくてもそうするわ!!」
ルイズの言葉に否応無く反応するキュルケ。
ラティアスは一瞬で元の姿に戻り、ルイズを両腕で掴んで空中へ舞い上がる。
タバサはシルフィードを呼び出してそれに乗るとほぼ同時に、走っていたキュルケも乗せた。
「ご主人様。あれは一体何なんですか?」
「土ゴーレムよ……あんな大きな物を操れるなんてきっとトライアングルクラスのメイジだわ。」
ルイズはラティアスの質問に的確に答える。
その言葉を聞いたラティアスは小さく呆ける様に呟いた。
「流石はご主人様です。」
フーケはゴーレムの肩に乗ったまま、壁にある窪んだ所に向かって拳を打ち振るうよう操る。
衝突の瞬間、彼女はゴーレムの手を鉄へと変化させていたが、それでもまともに人一人通れる穴が出来るまでに3~4回は叩かなければならなかった。
何とか開いたその穴へ、フーケはゴーレムの腕伝いで入っていく。
中をざっくばらんに見渡す事もせず、フーケはある一画を目指し走り出す。
行動は全てにおいて、俊敏且つ狡猾に行わなければならない事がフーケの考え。
そして目指した一画にはいかにも高価そうな宝石箱がずらっと並べられていた。
が、フーケはそれらには目もくれず、一番右端にある木彫りで装飾も少ない質素な箱に手をつける。
鍵がかかってはいたものの、特に『固定化』の魔法が施されている訳でもなかったので『錬金』でその鍵を土くれにし、一応中身の確認をする。
自分の視界に映ったものを見てフーケはつい薄ら笑いを浮かべてしまう。
箱の中には目も覚めんばかりに青く、そして美しく輝く『深海の宝珠』があったからだ。
それにしても随分と古参なやりくちではないか。
一番重要な秘宝という物は一番それらしくない外見、若しくはそれに準じる物に収められているなど。
しかしこれが一体どういう形でマジックアイテムという力を発揮するのだろうか?
が、それについて考えている時間は無い。
箱の蓋を閉めた後でそれをローブの下にしまった彼女は去り際、壁にこんな書置きを刻んでいった。
「『深海の宝珠』、確かに領収いたしました。土くれのフーケ」
ゴーレムは本塔より離れ、魔法学院の城壁を一跨ぎで越す。
異常なまでの地響きをたてながらそれは草原を進んでいたが、あるポイントまで辿り着くと一気に崩れ小さな小山となった。
そこから少し離れた場所で旋回するタバサの風竜とルイズを背中に乗せなおしたラティアスはその様子を特に何をするというわけでも無く見つめていた。
「ご主人様、あのゴーレム壁を壊してましたけど、一体何をしていたんでしょう?」
「宝物庫。」
ふいに口をついて出たラティアスの質問に答えたのはタバサだった。
その言葉にぎょっとしつつ、ルイズはゴーレムを操っていた者に関しての特徴を必死で思い出していた。
「そう言えばゴーレムの左肩辺りに見えた黒ローブのメイジ、壁の穴から出てきた時に何かを抱えていたわ。」
「じゃあ泥棒じゃないですか!急いで追いかけましょう、ご主人様!」
「無理よ。もうその本人が見えなくなっちゃったもの。」
そう言ってルイズは小山の辺りを指差す。
成程。そこには人っ子一人、鳥の一羽も見当たらない。
犯罪が正に行われた場面に鉢合わせたにも拘らず、何も行動に移す事が出来なかった。
出来る事は限られていることぐらい分かってはいても、その事をラティアスは内心歯噛みしてしまった。
翌朝、魔法学院ではいつもと変わらぬ情景が……あるはずも無かった。
昨夜遅くに起きた騒ぎは収束の気配を見せる事無く続いていた。
賊の手から守り続けていた秘宝中の秘宝である、『深海の宝珠』が盗まれたのだから無理も無い。
宝物庫の壁にでかでかと開いた穴は事件直後に何事かとやって来た教師陣の口を開きっ放しにするのに十分だった。
そして別方向の壁には『土くれ』のフーケの犯行声明。
「『深海の宝珠』、確かに領収いたしました。土くれのフーケ」
噂に違わぬ貴族の面々を馬鹿にした文言。
教師達は学院長室に程近い一室に集められたものの、好き勝手な事ばかりを言っていた。
「土くれのフーケめ!貴族の邸宅を荒しまわるだけに飽き足らず魔法学院にまで手を付けるとは!メイジの風上にも置けんやつじゃないか!盗人の時点で元々とも言えるがな!」
「大体、昨晩の衛兵は何をやっていたというのだ!」
「君は衛兵如きに安穏として全幅の信頼を置いていたというのかね?!連中は所詮平民だぞ!それよりも責任を問うべきは先日の当直者ではないのかね?!」
言葉の力に物理的な力があるのだとすれば、正に矢で射す様な勢いを持った言葉だった。
それに「ひっ」と小さい声を上げて反応したのがミセス・シュヴルーズ。
通常当直というのは夜通し門の付近にある詰め所にて待機していなければならない。
しかし彼女はというとその時、魔法学院を襲うなどという輩がいるなどとは露程も思わず、当直の任を怠って自室で呑気に眠っていたのである。
「ミセス・シュヴルーズ!昨夜の当直はあなただったはずですよ!どういう事なんですか?!」
教師の一人が追及を始める。
オスマン氏がこの場にいないので、その前に責任の所在がどこにあるのかというのをはっきりさせておこうというのだろう。
「も、申し訳ありません!」
「泣いたところで宝物が戻ってくる訳ではないのですぞ。
ミスタ・コルベールの談に因ればあれは魔法でも冶金でも複製する事は不可能で、金銭的にも学術的にも天文学的な価値を持つ代物との事。
故に!賊から守る為首都から離れたこの魔法学院の宝物庫において厳重に保管していたのに如何なされるおつもりですか?!」
「そ、それは……」
「これこれ。女性を苛めるものではない。」
その場に現れたオスマン氏が追及をしていた教師ことミスタ・ギトーを宥める。
しかし彼は厳しい口調を崩さず答えた。
「しかしですな、オールド・オスマン!ミセス・シュヴルーズは当直であったにも拘らず呑気に自室で眠っていたのですよ!これは彼女の責任問題であるはずです!」
口泡飛ばし激論するミスタ・ギトーを余所に、オスマン氏は髭を撫でる。
「ミスタ……なんだったかのう?」
「ギトーですっ!しっかりしてください!」
「そうそう、ギトー君じゃったな。感情に走ると見えるものも見えてこんぞい。という事で訊こう。この中で学院に就任して以来まともに当直を果たした者がいるかの?おったら手を挙げなさい。」
言われて挙がる手の数はゼロ。
教師達は暫くああだこうだと言っていたが、オスマン氏がやけに目立つ咳払いをした後は自分達の不甲斐無さに思いきり肩を竦めていた。
オスマン氏は小さく一息吐き話を再開させる。
「ご覧の通りじゃ。この一件、ミセス・シュヴルーズだけに責任があったということではない。我々全員が責任を感じ折り入って恥じるべきじゃろう。
賊は魔法学院という場所、そして多くのメイジがいるという条件を逆手にとってこれだけ大胆な犯行に及んだ。勘違いしておる者もおるようじゃが、これは学院における誇りの問題じゃ。
加えて、誰が始めに言い出したかは知らんが衛兵はあの時いち早く現場に駆けつけておったぞ。わしは彼らの対応を批判するつもりは無いがどうじゃ?異論のある者はおるか?」
その言葉に周りは一瞬水を打ったようにしんと静まり返る。
オスマン氏は壁に開いた大穴を撫でながら続けた。
「さて、賊の犯行を一部始終見ていたものがおったそうじゃがもう来ているかね?」
「はい、この3人です。」
オスマン氏の問いかけにミスタ・コルベールが答え、当の3人に前へ出るように道を開ける。
その3人とは勿論、ルイズとキュルケとタバサの事である。
ラティアスは元の姿に戻って、滞空した状態でルイズの少し後ろに控えていた。
背中にはこの一件に興味を持ったらしいデルフリンガーが終始黙っている事を条件に抱えられた状態で連れて来られていた。
ラティアスはオスマン氏のように、ある程度事情を知っている者達の前では人間形態の姿も出来るが、誤解を与えないよう一応元の姿になっている。
とは言え、人の形をとったとしても使い魔なのでカウントされる訳ではなかったが。
「ふむ、君たちか。では、その時の様子を出来るだけ詳しく説明してくれんか?」
それにルイズが「はい!」と答え、一歩前に進み出てから見たままを話し出した。
「土ゴーレムが現れて壁を壊しました。肩の辺りに乗っていた黒いマントのメイジ……フーケが宝物庫の中から宝石箱のような何かを……『深海の宝珠』が入っていた箱だと思いますけど、それを取っていきました。
それからまたゴーレムの背中に乗って外に向かったんですけど……城壁を越えた所だと思います。突然ゴーレムは崩れて土になってしまったんです。」
「土というと、あそこにある小さい丘のような盛り土……あれがその残滓と?」
「はい、そうです。そこに駆けつけたら本当に土しかありませんでした。人影も私たち以外は一つもありませんでした。」
「そうか……後を追おうにも手懸かりは無しという訳か。」
オスマン氏は暫しの間考え込んでいたが、何かを思い出したかのようにミスタ・コルベールに尋ねる。
「ところでミス・ロングビルが見当たらんのじゃが、何処に行ったか分からんかね?」
「それが朝から姿が見えないのですよ。」
「この非常時に一体どうしたというんじゃろうか?」
そう噂をしていると当の本人がルイズ達の更に後ろから息も絶え絶えといった感じで現れた。
「ミス・ロングビル!一体何処に行っていたんですか!大変ですぞ!事件ですぞ!」
コルベールは彼女の姿を認めると一気にまくしたてた。
しかし彼女は非常に落ち着き払った声で応対する。
「申し訳有りません。朝から急いで調査をしておりまして……」
「調査?」
「そうですわ。今朝方目を覚ましてみたらこの騒ぎ。そして宝物庫はご覧の通り。壁に今国中の貴族を震え上がらせているフーケのサインを見つけたので調査を行いましたの。」
「うむ。仕事が速いものじゃの、ミス・ロングビル。」
……その時、誰かが学院長の方をしっかりと見ていたならば気づいたであろう。
彼の目の奥に鋭い一条の光が走った事を。
「それで?結果は?」
「はい。フーケの居所が掴めました!」
「な、何ですと?!」
コルベールは素っ頓狂な声をあげて驚く。
対してオスマン氏は落ち着いた表情でその先を訊く。
「誰にそれを訊いたのかね?」
「はい。近在する農民数人に訊きこんだところ、近くの盛りにある廃屋に入っていった黒ローブの男を見たそうです。恐らく彼こそフーケであり、その廃屋はフーケが隠れ家として使っている所ではないかと。」
「して、その場所はここからどれくらいの距離にあるのじゃ?」
「はい。徒歩で半日、馬なら4時間ほどといった所です。」
その答えにコルベールは興奮しきった表情で反応した。
「オールド・オスマン!早速王室に報告しましょう!王室衛士隊に今回の事を依頼し、兵隊を差し向けてもらわなければ!」
しかしオスマン氏は首をゆっくりと横に振り目をむいて怒鳴った。
「馬鹿者!そんなことをしている間にフーケはもっと遠くに逃げるわ!『深海の宝珠』も遠くに離れてしまうぞい!しかも、自分達を襲う火の粉を自分達で満足に払えんで貴族も何もあるものか!
これは魔法学院で起こった問題じゃ。という事は我々だけで解決せねばならん!!そこでじゃ!」
オスマン氏は自分とコルベールのやり取りを見ていた教師陣に対して振り向き、一つ咳払いをした後尋ねる。
「フーケの捜索隊を編成する事にする。我こそはと思うものは杖を掲げよ!」
しかし杖は一本も上がらない。
全員隣の顔を見合わせて『どうしようか?』と囁いているばかりだ。
「これ、誰も杖を掲げんのか?名を上げる良い機会じゃぞ。」
その時すっと一つの杖が上がる。掲げたのはルイズだった。
それを見たミセス・シュヴルーズは驚き声を上げる。
「ミス・ヴァリエール!何をしているのです?!あなたは生徒ではありませんか!オールド・オスマンは教師の方々にお訊きなされたのですよ?ここは教師に任せて……」
「でも誰も杖を掲げないじゃないですか。」
言われてみればその通り。教師陣には反論の余地すらない。
するとラティアスがルイズに話しかけてきた。
「ご主人様。私もご一緒します。」
「当たり前でしょ。使い魔は主人が何か行動を起こすときは、常にその隣にいて付き従うものなのよ。でも……あなたがいるなら、その、凄く安心ね!」
「有り難う御座います、ご主人様。またお役にたつ事が出来ます。」
「ありがと。けどその言葉はフーケを捕まえた時にとっておいた方が良いかもしれないわね。」
ルイズがその言葉を言い終えると同時に、その隣からも杖が上がった。
見るとキュルケが口元に薄笑いを浮かべつつ杖を掲げていた。
それを見たコルベールは驚く。
「ミス・ツェルプストー!君も生徒じゃないか!」
「ヴァリエールには後れを取ってはいけないと思いまして。」
その言葉を聞いたルイズは取り澄ました表情で言い返す。
「別にあんたの助けなんか欲しくないわよ。私一人でも何とかしてみせるわ!」
「ルイズ~?思い上がりって怖いのよ。相手はトライアングルクラスのメイジで、それも『土くれ』のフーケなのにゼロのあなた一人でどうかなるわけないでしょう?」
「な、何よっ!私の使い魔に負けたくせに!」
「あくまでも、あなたの使い魔に、ね。あなた自身は私と勝負してはいないわ。分からない?あなたの今の自信は使い魔あってこそのものだと私は思うけど。
もしラティアスがこの場にいなかったら、あなた名乗り出ていたかしら?」
言われてルイズはその的を射た意見に返す言葉すら無くなってしまった。
考えてみれば今まで自分は強大な力に対しておんぶに抱っこという姿勢はあまり取っていなかった。
貴族としてのプライドがそうする事を妨げていたのかもしれない。
でなければ、自分を尻目にどんどん魔法の才能を現していく姉達に、少しでも追いつきたいという自己顕示の欲求だろうか。
が、それが何年もコモン・マジックも碌に使えない事と平行して、次第に鬱屈した物として溜まっていった事は分かる。
そしてラティアスを召喚した事でそれが一気に昇華されてしまったという事も。
自分はそれから使えるようになった魔法など一つも無く、相も変わらず言われたままのゼロだという事も。
そう考えると無性に悔しくなってきた。
キュルケが言った事が正しいためか、ラティアスも今回ばかりはだんまりを続けている。
と、更にキュルケの横にいるタバサが杖を掲げる。
「タバサ。あんたはいいのよ。関係無いんだから。」
「心配。」
「そう……ありがとう。タバサ。」
キュルケの声に被さるようにタバサは即答した。
若干一名の自信が疑問に感じられる所ではあったが、三人の様子を見たオスマン氏は納得するように頷きながら笑った。
「そうか。では、頼むとしようか。……そう言えばミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士と聞いておる。良い働きを期待しておるぞ。」
その言葉にそこにいた全員が「えっ?」といった表情でタバサを見つめる。
が、当の本人はなんて事はない様にただ無表情でその場に立ち尽くしているだけだ。
「本当なの?タバサ?」
彼女と親しいキュルケさえも驚いている。
シュヴァリエの称号……それは王室から出る称号としては最下級のものであるが、純粋に個人がなした偉業に対して送られるものだ。
爵位は領地を買ったりする事で獲得できるが、シュヴァリエだけはそうもいかないからだ。
しかもそれをタバサほどの若年者が手に入れている事も驚きに輪をかけていた。
オスマン氏はコホンと咳払いを一つして続ける。
「勿論本当じゃ。そしてミス・ツェルプストーはゲルマニアの優秀な軍人を多く輩出した家系の出で彼女自身が出す炎魔法も強力と聞いておる。」
いきなりの指名にキュルケは慌てて気取ったポーズをしてみせる。
「そして、ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女であり、えー、将来有望なメイジと聞いておる。
現にその力の現われとも言えるその隣にいる使い魔も大変優秀と聞いたが?」
それを聞いたルイズは少し複雑な心境ながらも澄ました顔で胸を張ってみせる。
オスマン氏は三人をそれぞれ見ながら特にラティアスの方を見ていた。
左手に刻まれたガンダールヴのルーンが正しいのなら、フーケに遭遇する事があったとしても切り抜ける事が出来る確率は高い。
興奮したコルベールがオスマン氏の後を引き取る。
「そうですぞ!しかもミス・ヴァリエールの使い魔はガン……!」
その後は言えない。
オスマン氏がコルベールの口を慌てて塞いだからである。
そしてその頃になると教師達はすっかり黙ってしまっていた。
コルベールの口を片手で塞ぎつつ、オスマン氏は威厳のある声で言う。
「今ここに杖を掲げた三人の意思に勝てるというものがある者は、前に一歩出たまえ。」
出るものは誰一人としていない。
それを確認したオスマン氏は三人の方に向き直る。
「魔法学院は諸君らの努力と貴族の義務に期待する。」
言うとルイズ、タバサ、キュルケは真顔になり、直立して同時に「杖にかけて!」と唱和した。
それからスカートの裾を摘まんで恭しく礼をする。
ラティアスはどうしようかとおろおろしていたが結局身を低くし、頭と首を床に垂れさせる事にした。
「それでは馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地に着くまで温存しておく事。良いかな?ちなみに三人の本日の授業については免除という事にする。ではミス・ロングビル!」
「はい。オールド・オスマン。」
「彼女達を手伝ってやってくれんか?」
「もとよりそのつもりですわ。」
オールド・オスマンの申し出にミス・ロングビルは頭を下げた。
「うむ。宜しい。壁の修復については、そうじゃな……ミセス・シュヴルーズにやってもらう事にしようかの。では皆、朝食に向かうとしよう。」
オスマン氏はそう言って全員を解散させた。
しかし、その中でたった一人例外がいた。
「あー、ミス・ヴァリエールとその使い魔は朝食の後で私の部屋に来なさい。直々に伝えねばならん事があってな。よいかね?」
「あ、はいっ!分かりました!」
一体学院長先生は何のご用なのかしら?
そう疑問に思っていたが、お腹の虫が鳴るのをキュルケに聞かれたルイズは、そんな事などあっという間に忘れて怒りを爆発させていた。
#navi(ゼロの夢幻竜)
#navi(ゼロの夢幻竜)
ゼロの夢幻竜 第十五話「盗賊の狙い」
『土くれ』。この言葉である人物を想像する者がトリステインに一体どれだけいるだろうか?
恐らく粗方の人間がこの言葉を一つの単語として用いるだろう。『土くれのフーケ』。
正体不明で神出鬼没な事で名を馳せるその怪盗は、魔法を用いて貴族の屋敷等を襲いお宝をまんまと奪っていく事で有名である。
その存在に貴族達の大半は怯え、名前が一度でも出ようものなら戦々恐々としている。
というのも、彼等がどんなに厳重な警備網を布こうがフーケは鮮やかに突破し、気づいた時には時既に遅しという状況が度々あったからだ。
加えて、そんな風に犯行を犯す事もあれば、屋敷自体を吹っ飛ばしたり等かなり荒っぽい事もやってのける時がある。
出方と手段の多様化の為に、警備の者達もめっぽう降り回されっ放しというのが現状だった。
分かっているのは次の三点。
男女かどうかも分からぬフーケは、時たま犯行の際大きさにして30メイルはあろうかというゴーレムを使う事が鍵となり、少なくとも土系統のトライアングルクラスメイジという事だけは分かっていた。
それと犯行現場に『秘蔵の○○、確かに領収いたしました。土くれのフーケ。』という被害者にとっては非常に鼻持ちならない文面のサインを残していく事がお決まりになっていた事。
そして狙う獲物の大半はマジックアイテムに集中していた事だった。
さて、その当のフーケは今魔法学院本塔の壁に垂直に立っている。
彼女の狙いはこの塔の5階にある宝物庫に隠されているという『深海の宝珠』だった。
地道に調査を続けた結果、ここにある事は間違いないと踏んだのだが、実際その場の近くへ来てみると大きな問題が発生した。
足の裏で探ってみても分かるが壁は厚く、またかなり頑丈に作られている為に早々簡単な方法では破壊する事は出来ないと分かる。
フーケは悔しそうに歯噛みした。
「『固定化』の魔法以外はかかってないみたいだけど、これじゃ私のゴーレムでもどうしようもないね!
やっとここまできたっていうのに……かと言って手ぶらで戻る訳にはいかないからねえ。『深海の宝珠』はもう目の前にあるっていうのに……ん?」
そんな時彼女は壁の一部にそこまで小さくはない真新しい窪みを見つけた。
何か大きな衝撃波によって削り取られた様な……そんな感じだ。
先程まで中庭の辺りで大きな音が引っ切り無しに聞こえていたがそれと関連性があるのだろうか?
まあいい。外壁の他の部分を見ても目立つ傷はそこぐらいな物だ。
言い換えれば物理的に脆弱なものになっていると言う事。
そこを攻めない手は無い。
フーケは自分の幸運さに小唄でも歌いたくなったが、そこはぐっと堪え一言だけ呟いた。
「ツキは最後の最後でお出まし……って事ねぇ。」
自分に自分の杖が向けられている。
魔法が使える事が前提である貴族にとってこれ程屈辱的な事は無い。
だがキュルケは少しでも余裕を見せる為に、無理矢理にでも僅かな笑みを捻り出しながら言う。
「やるじゃない。取って置きの隠し玉には少し驚いたけど。」
すると当のラティアスは杖をくるっと一回転させてキュルケの方に差し出した。
「私もです。攻撃と防御の連携をあれだけ上手く組み立てられたら、普通は攻め込めないですよ。実際途中まで上手く立ち回れませんでしたし。……手合わせして良かったです。」
ラティアスがそう言ってふっと微笑む。
キュルケもその様子に微笑みながら話を続ける。
「んで?あなたは私にもうご主人様にちょっかいを出すなとか言い出すのかしら?」
「二度と……とは言いません。……偶になら許します。」
その言葉を聞いてキュルケはきょとんとする。
ちょっと、それってあまり変わってないんじゃないの、と。
しかし、ラティアスの発した言葉の裏に隠された意図を読み取ると、キュルケは小さく吹き出した。
ラティアスの手に掴まり、彼女は立ち上がりつつ短く答える。
「ありがと。」
ところで、二人が交わしている会話が聞こえずとも、遠くから見ていたルイズはこれまでに無い充足感を感じていた。
使い魔であるラティアスが家の宿敵とも言えるキュルケを打ち破ったからである。
最初こそ苦戦を強いられるように見えたものの、新たに見せた能力……不可視化を使って勝利したのだ。
最早今なら、スクウェアクラスの騎士を乗せた火竜を相手にしたって負ける気が起きない。
気づけばラティアスはキュルケに杖を渡し、こちらに向かって歩いていた。
ルイズはその身をひしと抱き締め、嬉々とした声を上げる。
「凄い!いいえ、もう凄いなんて物じゃないわ!そんな言葉も霞んじゃうわ、ラティアス!」
ラティアスはその言葉に照れたようで軽く頬を掻いた。
しかし、直ぐにいつもの表情になってルイズに囁く。
「有り難う御座います、ご主人様。でも、もしキュルケさんの隣にいるちっちゃい人が相手だったら私は多分負けていたでしょう。」
「え?」
その言葉にはっとしたルイズは、キュルケの隣に佇む青髪をした小柄な少女、タバサに目をやった。
特に先程の結果に取り乱す事も無く黙々と本を読み続けている彼女が相手だったならラティアスは勝てないと?
怪訝そうな表情でタバサを見つめ続けるルイズにラティアスはその理由を述べる。
「あの人の属性で、あの人の知性で勝負になっていたら多分私は手も足も出なかったでしょう。
空を飛べる事や技を出す事は言うまでも無く、今初めて使った不可視化も対抗策はあっという間に練られていたでしょうね。」
信じられないといった目でルイズはラティアスとタバサを交互に見た。
勿論ルイズとてタバサの力量がある程度見切れないほど愚かではない。
彼女が使い魔召喚の儀において風竜を召喚した事から彼女は風系統であり、且つ相当な力量を持つメイジであると察しはついていた。
しかし、ラティアスが自分の事をそこまで卑下するほどの実力を持っているのだろうか?
そう思っていた時、地面が小さく震えた。
何かと思ってキュルケが背後に向かって振り返ると……
「な、何よ、これ!」
たっぷり30メイルはありそうな巨大な土ゴーレムが立っていた。
しかもそれが大きさに合わない機敏な動きでこちらに迫ってきている。
突如現れたその存在に平常心を保てる者が果たしてどれだけいるだろうか?
少なくともその場にいる者達の中には誰一人としていなかった。
「逃げるわよ!」
「言われなくてもそうするわ!!」
ルイズの言葉に否応無く反応するキュルケ。
ラティアスは一瞬で元の姿に戻り、ルイズを両腕で掴んで空中へ舞い上がる。
タバサはシルフィードを呼び出してそれに乗るとほぼ同時に、走っていたキュルケも乗せた。
「ご主人様。あれは一体何なんですか?」
「土ゴーレムよ……あんな大きな物を操れるなんてきっとトライアングルクラスのメイジだわ。」
ルイズはラティアスの質問に的確に答える。
その言葉を聞いたラティアスは小さく呆ける様に呟いた。
「流石はご主人様です。」
フーケはゴーレムの肩に乗ったまま、壁にある窪んだ所に向かって拳を打ち振るうよう操る。
衝突の瞬間、彼女はゴーレムの手を鉄へと変化させていたが、それでもまともに人一人通れる穴が出来るまでに3~4回は叩かなければならなかった。
何とか開いたその穴へ、フーケはゴーレムの腕伝いで入っていく。
中をざっくばらんに見渡す事もせず、フーケはある一画を目指し走り出す。
行動は全てにおいて、俊敏且つ狡猾に行わなければならない事がフーケの考え。
そして目指した一画にはいかにも高価そうな宝石箱がずらっと並べられていた。
が、フーケはそれらには目もくれず、一番右端にある木彫りで装飾も少ない質素な箱に手をつける。
鍵がかかってはいたものの、特に『固定化』の魔法が施されている訳でもなかったので『錬金』でその鍵を土くれにし、一応中身の確認をする。
自分の視界に映ったものを見てフーケはつい薄ら笑いを浮かべてしまう。
箱の中には目も覚めんばかりに青く、そして美しく輝く『深海の宝珠』があったからだ。
それにしても随分と古参なやりくちではないか。
一番重要な秘宝という物は一番それらしくない外見、若しくはそれに準じる物に収められているなど。
しかしこれが一体どういう形でマジックアイテムという力を発揮するのだろうか?
が、それについて考えている時間は無い。
箱の蓋を閉めた後でそれをローブの下にしまった彼女は去り際、壁にこんな書置きを刻んでいった。
「『深海の宝珠』、確かに領収いたしました。土くれのフーケ」
ゴーレムは本塔より離れ、魔法学院の城壁を一跨ぎで越す。
異常なまでの地響きをたてながらそれは草原を進んでいたが、あるポイントまで辿り着くと一気に崩れ小さな小山となった。
そこから少し離れた場所で旋回するタバサの風竜とルイズを背中に乗せなおしたラティアスはその様子を特に何をするというわけでも無く見つめていた。
「ご主人様、あのゴーレム壁を壊してましたけど、一体何をしていたんでしょう?」
「宝物庫。」
ふいに口をついて出たラティアスの質問に答えたのはタバサだった。
その言葉にぎょっとしつつ、ルイズはゴーレムを操っていた者に関しての特徴を必死で思い出していた。
「そう言えばゴーレムの左肩辺りに見えた黒ローブのメイジ、壁の穴から出てきた時に何かを抱えていたわ。」
「じゃあ泥棒じゃないですか!急いで追いかけましょう、ご主人様!」
「無理よ。もうその本人が見えなくなっちゃったもの。」
そう言ってルイズは小山の辺りを指差す。
成程。そこには人っ子一人、鳥の一羽も見当たらない。
犯罪が正に行われた場面に鉢合わせたにも拘らず、何も行動に移す事が出来なかった。
出来る事は限られていることぐらい分かってはいても、その事をラティアスは内心歯噛みしてしまった。
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