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「モンハンで書いてみよう 風翔龍編」(2007/08/08 (水) 20:03:47) の最新版変更点
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私……(ここではタバサとだけしておこう)は、精神を集中させる。魔力の存在を認識し、己が編む魔法を再度思い浮かべた。
これから行われるのはトリステイン魔法学院の二年生が行う恒例行事、春の使い魔召還の儀式。
しかし他の生徒達とはことなり、バカな期待や興奮をしているわけではない。ただ事実として重要だと認識していた。
私には断固とした目標がある。全てを取り戻すと言う目標だ。それは他のどんな事よりも私の中では重要。
使い魔の結果次第ではそれにより近づくと言う事であり、普通の使い魔でもその歩みは決して止まらない。
だが強力な使い魔であるに越した事は無いのだから、前日から断食して魔力と集中力を高めてきた。
「では次にミス・タバサ」
ミスタ・ハゲ……違った、ミスタ・コルベールの声に頷き、生徒の輪から離れる。
「頑張りなさいよ!」と背後から掛かった数少ない友キュルケの声に小さく頷き、集中して杖を構え……唱えた。
「これは……」
召喚の魔法陣から最初に現れたのは風だった。そよ風から徐々に強風へと強さを増す風。
巻き上がる土煙に誰もが目を抑え、再び魔法陣を見据えればそこに居たのはドラゴン。
四本足で地を踏み絞め、頭部には棘状の角が数本後方へ伸びる。口元にもヒゲ状の突起が並び、蒼い瞳はどこか神聖性さえ感じた。
もっとも特徴的なのはその翼だ。肩口から生えた広い翼は長くしなやかな尻尾の付け根まで届く。
どうやら飛行に特化したドラゴンのようだ。体を覆う錆のような茶色からして、鉱物質の体表に覆われているらしい。
どこかのルイズが召喚したゴム質の怪鳥とは全く違うドラゴンらしいドラゴン。
『まあ当たりだろう』
周りの驚きと歓声とは程遠い冷たい感想が心の内で漏れ、私はコントラクト・サーヴァントを実行する為にドラゴンに歩み寄った。
だがその歩は止まり、押し戻される事になった。ドラゴンが四肢を踏ん張り、辺りを睨みつけると同時に風が吹いた。
召喚時に吹いたそよ風や強風なんてレベルではない。それは『暴風』。辺りの天気からして間違いなく自然現象ではない。
翼の運動による風圧も考えたが、ドラゴンの体勢と風の吹く向きが不自然。まさか先住魔法? しかもこの威力……
油断した瞬間足が地面を離れた私の小さな体は、憎たらしい位に大きなキュルケの胸に収まる位置まで飛ばされていた。
「皆さん! 下がってください!!」
「タバサ! アンタ大丈夫なの!?」
あたりを満たす悲鳴にコルベールは必死に指示を飛ばすが、風の音に負けて悲しく掻き消える。
キュルケは数人の生徒が錬金した土壁の内に転がり込みながら、タバサのみを案じる。
だがその胸の内からは何時もとは違った熱っぽい声が聴こえる。
「大当たり」
「えっ?……ヒッ!」
思わず覗き込んだタバサの顔には何時もの冷静な色が無い。不自然に歓喜を押し殺したように歪に捻れた能面。
そんな自分の状態に気が付いたのか?一度顔を擦るとタバサは機械仕掛けのように立ち上がる。
そこには何時も通りの表情があり、キュルケはなぜか安堵のため息をついた。だが続くタバサの言葉にまたもや驚きの声を上げる。
「契約してくる」
「魔法でもないのに強風を吹かせる怪物よ?」
「強いのは良い事」
辺りには悲鳴と怒声が木霊しているが、タバサはそんな事関係無しと言う風に淡々と言い切る。
いつの間にか春の明るい日差しは陰り、嵐の夜のように天を黒雲が覆う。こんな事態にも変わらない親友の反応にキュルケはウインクと援護の言葉で答える。
「そうね……援護するわ」
「ならここから魔法を打ち込んで牽制を」
「了解。ファーストキスできると良いわね」
「人間じゃないからノーカウント」
軽いジョークの応酬まで行い、タバサは強風に負けないようにしっかりと足を付いて土壁から走り出した。
キュルケや同じ土壁に避難していた生徒たちが頷きあい、唱えた魔法が不思議を形作る。風や炎が宙を駆け、ドラゴンに……当たらなかった。
「そんな! 魔法すら吹き飛ばすなんて!」
「魔法とて物理と言う法則に従っていますからね。己の推進力よりも強い衝撃を受ければ動きは止まり、押し返されます」
生徒達の驚きの声に無い髪を風で乱されたコルベールが土壁に転がり込んで答えた。
その意味を理解して誰もが思い浮かべるのは疾風のギトーと言う嫌味な風のメイジたる教師のことだ。
彼が授業をすればそれは風の魔法の自慢話に直結する。生徒は殆どソレを聞き流していた。だがその証拠が一つ目の前にある。
炎が得意なキュルケはその内容を残念にも僅かに肯定し、風上のマリコルヌは自分の魔法がその領域まで達していない事を悔やむ。
『風は全てを吹き飛ばす。故に風は最強である』
だがその言葉が本当に似合うのはギトー自身ではない。
生徒とは言え数十人のメイジの魔法を容易く捻じ曲げ、壁が無ければ頭すら上げさせない眼前の風竜にこそ相応しい。
何者も寄せ付けない風の鎧「龍風圧」を身につけた古き鋼龍。かの世界では天候すら左右し、この龍がいる場所には常に嵐があると恐れられた。
ある人物にその名を聞かされるまでは誰も知る事がないのだが、この古龍種は「風翔竜 クシャルダオラ」と言った。
強い! とても強い! 素晴らしい! とても素晴らしい!!
何度目かの魔法が曲げられ吹き飛ばされ、その巨体が似合わない速度で飛翔し、爪や尻尾が自分に振り下ろされるたびにタバサはそう感じる。
なんと言う力にして能力! コレを手に入れることが出来れば目標には大きく前進する。
そのために必要なのはこの風竜の撃破ではない。キスすること……正確にはコントラクト・サーヴァントの呪文を唱え、唇を奪う事だ。
人間相手にやると確実に犯罪だが、相手はこの強力な風竜……いや風韻竜?には関係ないはずだ。
どうでも良いがメスだろうか? オスだろうか? メスだったら「お姉さま」とか私を呼んで「キュイキュイ」と鳴くのだろうか?
「ウィンディ・アイシクル」
完成された魔法が氷の矢を数多飛ばすが風の鎧により威力を失い、当たった物も小さく削られ、硬い表皮に難なく弾かれた。
やはり正攻法では駄目だ。振り下ろされた爪をドラゴンが起こす風に己の風を乗せた勢いにより距離を取る。
此方の攻撃を容易く弾き、数回の攻防で読み取った弱点らしい頭への攻撃も試みるが、やはり威力不足。
ならば……長い呪文の詠唱により回避運動が疎かに成らない様、細心の注意を払いつつ最近習得した魔法を唱える。
「ユビキタス・デル・ウィンデ」
自分が分かれる奇妙な感覚。これこそ風の遍在が起こす意識と力ある分身。
まだ慣れていないことから出せる分身は二つ程。本体を含めて三つのタバサの内、二つの分身を劣り使い撹乱。
本体がコントラクト・サーヴァントを完成させる。そういう予定だったのだが、ドラゴンがソレを見て笑った。
良く見たら片目は何かによって潰されているらしく開かないが、片目が嗤っているのを確かに感じる。
それくらい予定の範囲内とでも言うのか?
「「「マズイ!」」」
三人揃って危険を叫んだところで意味は無い。広げられた大きな翼が風を捕まえ、フワリと竜の巨体が浮かぶ。
次に巨大な口を開くのが見える。突進からの噛み付き? そう考えたがそれは間違いだった。開かれた口から風が音を立てて吸い込まれていく。
ドラゴンの特徴と言えば? 飛行能力……頑強な体……そしてブレス! 炎のブレス? 違う! 自分の風が邪魔をする。ならば?
答えは直ぐに来た。口から吐き出されたのはその形すら見て取れる勢いを与えられた風。
滞空し首を振って連射する事で射程を広げ、放射状に薙ぎ払う暴風……いや『恐風』。回避は不可能と判断し、せっかく作った分身を盾にする。
だがそんなものでは大した防御にはならない。容易く消し飛ばされる分身……ゴミのように飛ばされる私。
「タバサ! ゴーレムで回収してきて、ギーシュ!」
「レディの為だ。無茶もしよう!」
吹き飛ばされてゴロゴロと転がり、動かなくなった小さな体を見て、キュルケが叫んだ。
自分で助けに行きたいが、この風ではあそこまで行くのも骨が折れる。彼女を背負って帰ってくるのも大変だ。
そこで重さがある程度あり、疲れないゴーレムの出番となる。ギーシュのゴーレムが青銅である事は少々心許ないが、ワガママは言えない。
心配そうに見つめる生徒達の視線の先で隊列を組んで進むワルキューレが進む。2体ほど風に飛ばされて脱落したが、何とかタバサを回収して戻ってきた。
「タバサ……衛生兵! モンモランシー!!」
小さな体は何時も以上に軽く感じ、あちこちに切り傷と打撲が見えた。血の気が薄いのは気のせいではなく、純粋な血液不足だろう。
衛生兵は残念ながら居ないが、学生とは言え水のメイジは居る。塹壕の中を駆け回るように衛生兵の如く、到着した金髪の少女が治療を開始。
「もっとスゴイ使い魔がいいな~なんて思ったけど……私はロビンで良いわ」
「私も……高望みはケガの元みたいだから……ねえ? タバサ」
水の魔法を使いつつ、肩に乗っているカエルの使い魔に引き攣った笑みを浮かべるモンモランシー。
それに同意を示すキュルケは、タバサの顔を覗き込む。だが返事が無い。目はしっかり開いているのに返事が返ってこない。
「タバサ?……タバサ!!」
「なに?……聴こえない」
「タバサが脳を負傷した~!!」
ワ~ン!と盛大に泣き始めたキュルケをしっかり無視して、コルベールがタバサの耳元で確認。
「風の音と衝撃で鼓膜がやられましたな……ミス・タバサ! まだやりますか!?」
「やる……」
鼓膜が破れた教え子は未だに闘志の色を消していない事を確認し、コルベールはため息をついた。
やると言う以上はやらせてやりたいが、相手が相手だ。このままでは収拾がつかない。
そう思った時、変化があった。地面に伏せていた者も、遠くに避難していた者も、錬金の壁に隠れていた者も一同に顔を上げる。
その視線の先では闘志を撒き散らし、暴れまわっていたドラゴン クシャルダオラが動きを止めていた。
風が不意に止んだ。天を覆っていた黒雲が晴れ、動きを止めたクシャルダオラに日光が降り注ぐ。
風の轟音が止むと、自然の音が鮮明に聞こえてくる。『ビシリ』と言う金属が割れるような硬くて重い音。それが連続して響く。
発生源は? 誰もがソレを探している中、タバサが立ち上がった。キュルケが追い縋る手を振り払い、走り出す。
「今なら契約できる」と感じたからである。その視線の先でクシャルダオラの背にヒビが入ったのが見えた。
「そうか……脱皮か……」
コルベールの呟きが宙に解けた。茶色の体色はまさに錆、しかもこの状態であるクシャルダオラは生息地を離れ、無差別に各地を襲撃すると言われている。
鋼の肌に錆が覆われるには悠久の時間がかかる事から、脱皮は極めて珍しい。
それが多くの人間の前で行われるのは異例の事態だろう。呆然とする観衆の目の前で、神秘の行動は続く。
崩れ落ちる茶色の抜け殻から、身を引き抜き大きな翼を広げるクシャルダオラは白銀に煌いていた。
「キレイ……」
誰とも知れない呟きの中、白銀の体色は日光を受けてキラキラと輝く。さらにその体色は末端から黒に染まる。
だが決して汚い色ではない。黒真珠と表現しようと言いすぎではない、輝く澄んだ黒味の強い灰色。
呆然とする観衆の中、クシャルダオラは脱皮を終えた事に歓喜する叫びを上げ、バサリと翼を羽ばたかせ……唇を奪われた。
「やった……」
いつの間にか背中から上っていたタバサはそう呟くと、力を無くして崩れる。意識まで手放そうとした時、不意に声が聴こえた。
『何をした小娘……私が人の言葉を介するとは……』
重い声だ。悠久の年月を感じさせながらも、闘争の意思を失わない緊張感を宿している。誰の声かなど己ずと解った。
「契約の儀式……貴方は私の使い魔」
『見知らぬと土地に呼び出しておいて無礼な人間だ。しかし此方では魔法が現役と見える』
「貴方の居た場所では違うの?」
『私が若い頃にはまだ魔法使いが居たが……それにしても我ら『神の末端』を使い魔にするとは……』
それは間違いなく自分が乗るドラゴン クシャルダオラのものだ。本人曰く契約の影響らしい。
理解するとは言わず介すると表現していた所から、前から理解はしていたようだ。やはり古い竜の血族で間違いないだろう。
「使い魔になって欲しい。私には貴方の翼と風が必要」
『ふん……人間が向かってくる事は多々あったが、そんな事を頼まれたのは初めてだ』
「お願い……」
『まあ良いだろう。どうせキサマ等我らの時からすれば一瞬で朽ちるのだ。お遊び程度に付き合ってやろう』
お遊び等と言う獣を超越した思考を有するタバサの使い魔は、脱皮しても尚潰れたままの瞳を歪ませて笑う。
タバサもその背に再び身を預けて、今しがた鮮やかになった鋼の肌へと唇を付ける程の距離で言葉を繋ぐ。
「私は……今のところタバサ。貴方は?」
『名前か?……私は私以外のナニモノでもないのだが……』
「それじゃあ呼びづらい。だから名前を上げる……貴方は……シルフィード……ちなみに貴方はメス?」
『メスだがなにか?』
「百合萌え……」
『?』
この契約から数年後、某国の王座についた青い髪の女性。その女性は風を操る鋼の竜を従えていた。
某国はその女王が亡くなるまで繁栄と勝利の追い風が止む事がなかったそうな……
私……(ここではタバサとだけしておこう)は、精神を集中させる。魔力の存在を認識し、己が編む魔法を再度思い浮かべた。
これから行われるのはトリステイン魔法学院の二年生が行う恒例行事、春の使い魔召喚の儀式。
しかし他の生徒達とはことなり、バカな期待や興奮をしているわけではない。ただ事実として重要だと認識していた。
私には断固とした目標がある。全てを取り戻すと言う目標だ。それは他のどんな事よりも私の中では重要。
使い魔の結果次第ではそれにより近づくと言う事であり、普通の使い魔でもその歩みは決して止まらない。
だが強力な使い魔であるに越した事は無いのだから、前日から断食して魔力と集中力を高めてきた。
「では次にミス・タバサ」
ミスタ・ハゲ……違った、ミスタ・コルベールの声に頷き、生徒の輪から離れる。
「頑張りなさいよ!」と背後から掛かった数少ない友キュルケの声に小さく頷き、集中して杖を構え……唱えた。
「これは……」
召喚の魔法陣から最初に現れたのは風だった。そよ風から徐々に強風へと強さを増す風。
巻き上がる土煙に誰もが目を抑え、再び魔法陣を見据えればそこに居たのはドラゴン。
四本足で地を踏み絞め、頭部には棘状の角が数本後方へ伸びる。口元にもヒゲ状の突起が並び、蒼い瞳はどこか神聖性さえ感じた。
もっとも特徴的なのはその翼だ。肩口から生えた広い翼は長くしなやかな尻尾の付け根まで届く。
どうやら飛行に特化したドラゴンのようだ。体を覆う錆のような茶色からして、鉱物質の体表に覆われているらしい。
どこかのルイズが召喚したゴム質の怪鳥とは全く違うドラゴンらしいドラゴン。
『まあ当たりだろう』
周りの驚きと歓声とは程遠い冷たい感想が心の内で漏れ、私はコントラクト・サーヴァントを実行する為にドラゴンに歩み寄った。
だがその歩は止まり、押し戻される事になった。ドラゴンが四肢を踏ん張り、辺りを睨みつけると同時に風が吹いた。
召喚時に吹いたそよ風や強風なんてレベルではない。それは『暴風』。辺りの天気からして間違いなく自然現象ではない。
翼の運動による風圧も考えたが、ドラゴンの体勢と風の吹く向きが不自然。まさか先住魔法? しかもこの威力……
油断した瞬間足が地面を離れた私の小さな体は、憎たらしい位に大きなキュルケの胸に収まる位置まで飛ばされていた。
「皆さん! 下がってください!!」
「タバサ! アンタ大丈夫なの!?」
あたりを満たす悲鳴にコルベールは必死に指示を飛ばすが、風の音に負けて悲しく掻き消える。
キュルケは数人の生徒が錬金した土壁の内に転がり込みながら、タバサのみを案じる。
だがその胸の内からは何時もとは違った熱っぽい声が聴こえる。
「大当たり」
「えっ?……ヒッ!」
思わず覗き込んだタバサの顔には何時もの冷静な色が無い。不自然に歓喜を押し殺したように歪に捻れた能面。
そんな自分の状態に気が付いたのか?一度顔を擦るとタバサは機械仕掛けのように立ち上がる。
そこには何時も通りの表情があり、キュルケはなぜか安堵のため息をついた。だが続くタバサの言葉にまたもや驚きの声を上げる。
「契約してくる」
「魔法でもないのに強風を吹かせる怪物よ?」
「強いのは良い事」
辺りには悲鳴と怒声が木霊しているが、タバサはそんな事関係無しと言う風に淡々と言い切る。
いつの間にか春の明るい日差しは陰り、嵐の夜のように天を黒雲が覆う。こんな事態にも変わらない親友の反応にキュルケはウインクと援護の言葉で答える。
「そうね……援護するわ」
「ならここから魔法を打ち込んで牽制を」
「了解。ファーストキスできると良いわね」
「人間じゃないからノーカウント」
軽いジョークの応酬まで行い、タバサは強風に負けないようにしっかりと足を付いて土壁から走り出した。
キュルケや同じ土壁に避難していた生徒たちが頷きあい、唱えた魔法が不思議を形作る。風や炎が宙を駆け、ドラゴンに……当たらなかった。
「そんな! 魔法すら吹き飛ばすなんて!」
「魔法とて物理と言う法則に従っていますからね。己の推進力よりも強い衝撃を受ければ動きは止まり、押し返されます」
生徒達の驚きの声に無い髪を風で乱されたコルベールが土壁に転がり込んで答えた。
その意味を理解して誰もが思い浮かべるのは疾風のギトーと言う嫌味な風のメイジたる教師のことだ。
彼が授業をすればそれは風の魔法の自慢話に直結する。生徒は殆どソレを聞き流していた。だがその証拠が一つ目の前にある。
炎が得意なキュルケはその内容を残念にも僅かに肯定し、風上のマリコルヌは自分の魔法がその領域まで達していない事を悔やむ。
『風は全てを吹き飛ばす。故に風は最強である』
だがその言葉が本当に似合うのはギトー自身ではない。
生徒とは言え数十人のメイジの魔法を容易く捻じ曲げ、壁が無ければ頭すら上げさせない眼前の風竜にこそ相応しい。
何者も寄せ付けない風の鎧「龍風圧」を身につけた古き鋼龍。かの世界では天候すら左右し、この龍がいる場所には常に嵐があると恐れられた。
ある人物にその名を聞かされるまでは誰も知る事がないのだが、この古龍種は「風翔竜 クシャルダオラ」と言った。
強い! とても強い! 素晴らしい! とても素晴らしい!!
何度目かの魔法が曲げられ吹き飛ばされ、その巨体が似合わない速度で飛翔し、爪や尻尾が自分に振り下ろされるたびにタバサはそう感じる。
なんと言う力にして能力! コレを手に入れることが出来れば目標には大きく前進する。
そのために必要なのはこの風竜の撃破ではない。キスすること……正確にはコントラクト・サーヴァントの呪文を唱え、唇を奪う事だ。
人間相手にやると確実に犯罪だが、相手はこの強力な風竜……いや風韻竜?には関係ないはずだ。
どうでも良いがメスだろうか? オスだろうか? メスだったら「お姉さま」とか私を呼んで「キュイキュイ」と鳴くのだろうか?
「ウィンディ・アイシクル」
完成された魔法が氷の矢を数多飛ばすが風の鎧により威力を失い、当たった物も小さく削られ、硬い表皮に難なく弾かれた。
やはり正攻法では駄目だ。振り下ろされた爪をドラゴンが起こす風に己の風を乗せた勢いにより距離を取る。
此方の攻撃を容易く弾き、数回の攻防で読み取った弱点らしい頭への攻撃も試みるが、やはり威力不足。
ならば……長い呪文の詠唱により回避運動が疎かに成らない様、細心の注意を払いつつ最近習得した魔法を唱える。
「ユビキタス・デル・ウィンデ」
自分が分かれる奇妙な感覚。これこそ風の遍在が起こす意識と力ある分身。
まだ慣れていないことから出せる分身は二つ程。本体を含めて三つのタバサの内、二つの分身を劣り使い撹乱。
本体がコントラクト・サーヴァントを完成させる。そういう予定だったのだが、ドラゴンがソレを見て笑った。
良く見たら片目は何かによって潰されているらしく開かないが、片目が嗤っているのを確かに感じる。
それくらい予定の範囲内とでも言うのか?
「「「マズイ!」」」
三人揃って危険を叫んだところで意味は無い。広げられた大きな翼が風を捕まえ、フワリと竜の巨体が浮かぶ。
次に巨大な口を開くのが見える。突進からの噛み付き? そう考えたがそれは間違いだった。開かれた口から風が音を立てて吸い込まれていく。
ドラゴンの特徴と言えば? 飛行能力……頑強な体……そしてブレス! 炎のブレス? 違う! 自分の風が邪魔をする。ならば?
答えは直ぐに来た。口から吐き出されたのはその形すら見て取れる勢いを与えられた風。
滞空し首を振って連射する事で射程を広げ、放射状に薙ぎ払う暴風……いや『恐風』。回避は不可能と判断し、せっかく作った分身を盾にする。
だがそんなものでは大した防御にはならない。容易く消し飛ばされる分身……ゴミのように飛ばされる私。
「タバサ! ゴーレムで回収してきて、ギーシュ!」
「レディの為だ。無茶もしよう!」
吹き飛ばされてゴロゴロと転がり、動かなくなった小さな体を見て、キュルケが叫んだ。
自分で助けに行きたいが、この風ではあそこまで行くのも骨が折れる。彼女を背負って帰ってくるのも大変だ。
そこで重さがある程度あり、疲れないゴーレムの出番となる。ギーシュのゴーレムが青銅である事は少々心許ないが、ワガママは言えない。
心配そうに見つめる生徒達の視線の先で隊列を組んで進むワルキューレが進む。2体ほど風に飛ばされて脱落したが、何とかタバサを回収して戻ってきた。
「タバサ……衛生兵! モンモランシー!!」
小さな体は何時も以上に軽く感じ、あちこちに切り傷と打撲が見えた。血の気が薄いのは気のせいではなく、純粋な血液不足だろう。
衛生兵は残念ながら居ないが、学生とは言え水のメイジは居る。塹壕の中を駆け回るように衛生兵の如く、到着した金髪の少女が治療を開始。
「もっとスゴイ使い魔がいいな~なんて思ったけど……私はロビンで良いわ」
「私も……高望みはケガの元みたいだから……ねえ? タバサ」
水の魔法を使いつつ、肩に乗っているカエルの使い魔に引き攣った笑みを浮かべるモンモランシー。
それに同意を示すキュルケは、タバサの顔を覗き込む。だが返事が無い。目はしっかり開いているのに返事が返ってこない。
「タバサ?……タバサ!!」
「なに?……聴こえない」
「タバサが脳を負傷した~!!」
ワ~ン!と盛大に泣き始めたキュルケをしっかり無視して、コルベールがタバサの耳元で確認。
「風の音と衝撃で鼓膜がやられましたな……ミス・タバサ! まだやりますか!?」
「やる……」
鼓膜が破れた教え子は未だに闘志の色を消していない事を確認し、コルベールはため息をついた。
やると言う以上はやらせてやりたいが、相手が相手だ。このままでは収拾がつかない。
そう思った時、変化があった。地面に伏せていた者も、遠くに避難していた者も、錬金の壁に隠れていた者も一同に顔を上げる。
その視線の先では闘志を撒き散らし、暴れまわっていたドラゴン クシャルダオラが動きを止めていた。
風が不意に止んだ。天を覆っていた黒雲が晴れ、動きを止めたクシャルダオラに日光が降り注ぐ。
風の轟音が止むと、自然の音が鮮明に聞こえてくる。『ビシリ』と言う金属が割れるような硬くて重い音。それが連続して響く。
発生源は? 誰もがソレを探している中、タバサが立ち上がった。キュルケが追い縋る手を振り払い、走り出す。
「今なら契約できる」と感じたからである。その視線の先でクシャルダオラの背にヒビが入ったのが見えた。
「そうか……脱皮か……」
コルベールの呟きが宙に解けた。茶色の体色はまさに錆、しかもこの状態であるクシャルダオラは生息地を離れ、無差別に各地を襲撃すると言われている。
鋼の肌に錆が覆われるには悠久の時間がかかる事から、脱皮は極めて珍しい。
それが多くの人間の前で行われるのは異例の事態だろう。呆然とする観衆の目の前で、神秘の行動は続く。
崩れ落ちる茶色の抜け殻から、身を引き抜き大きな翼を広げるクシャルダオラは白銀に煌いていた。
「キレイ……」
誰とも知れない呟きの中、白銀の体色は日光を受けてキラキラと輝く。さらにその体色は末端から黒に染まる。
だが決して汚い色ではない。黒真珠と表現しようと言いすぎではない、輝く澄んだ黒味の強い灰色。
呆然とする観衆の中、クシャルダオラは脱皮を終えた事に歓喜する叫びを上げ、バサリと翼を羽ばたかせ……唇を奪われた。
「やった……」
いつの間にか背中から上っていたタバサはそう呟くと、力を無くして崩れる。意識まで手放そうとした時、不意に声が聴こえた。
『何をした小娘……私が人の言葉を介するとは……』
重い声だ。悠久の年月を感じさせながらも、闘争の意思を失わない緊張感を宿している。誰の声かなど己ずと解った。
「契約の儀式……貴方は私の使い魔」
『見知らぬと土地に呼び出しておいて無礼な人間だ。しかし此方では魔法が現役と見える』
「貴方の居た場所では違うの?」
『私が若い頃にはまだ魔法使いが居たが……それにしても我ら『神の末端』を使い魔にするとは……』
それは間違いなく自分が乗るドラゴン クシャルダオラのものだ。本人曰く契約の影響らしい。
理解するとは言わず介すると表現していた所から、前から理解はしていたようだ。やはり古い竜の血族で間違いないだろう。
「使い魔になって欲しい。私には貴方の翼と風が必要」
『ふん……人間が向かってくる事は多々あったが、そんな事を頼まれたのは初めてだ』
「お願い……」
『まあ良いだろう。どうせキサマ等我らの時からすれば一瞬で朽ちるのだ。お遊び程度に付き合ってやろう』
お遊び等と言う獣を超越した思考を有するタバサの使い魔は、脱皮しても尚潰れたままの瞳を歪ませて笑う。
タバサもその背に再び身を預けて、今しがた鮮やかになった鋼の肌へと唇を付ける程の距離で言葉を繋ぐ。
「私は……今のところタバサ。貴方は?」
『名前か?……私は私以外のナニモノでもないのだが……』
「それじゃあ呼びづらい。だから名前を上げる……貴方は……シルフィード……ちなみに貴方はメス?」
『メスだがなにか?』
「百合萌え……」
『?』
この契約から数年後、某国の王座についた青い髪の女性。その女性は風を操る鋼の竜を従えていた。
某国はその女王が亡くなるまで繁栄と勝利の追い風が止む事がなかったそうな……
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