スコールが、タルブでラグナロクを手に入れる一月弱前のことである。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、学院女子寮内の自室で幼なじみの訪問を受けていた。
「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」
そして彼女から、直々に命を受けた。
率直に言って、嬉しかった。
使い魔召喚の義で、召喚した平民に逃げられてからというもの、ルイズへの風当たりはますます強くなっていたのだ。そんな自分が、幼なじみの窮地を助けられるのだと思うと胸が躍った。
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」
そして彼女は、自ら志願してきた学友や、手助けを申し渡された許嫁と共に戦地アルビオンへと向かった。
「朝がた、窓から見てたらあんたたちが馬に乗って出かけようとしてるもんだから、急いでタバサを叩き起こして後をつけたのよ」
その旅は決して順調とは呼べず、腹立たしいツェルプストーの介入や敵方に雇われたと思しき傭兵達の襲撃もあった。
「このような任務は、半数が目的地にたどり着ければ、成功とされる」
それでも、死力を尽くして戦場を駆け抜けて、やっとの思いでアルビオン向けのフネに乗った。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
空賊につかまってしまい、もはやこれまでかと思いきや、予想よりもずっと早く目的の人物に会うことも出来た。
良かった、これで幼なじみの姫様の手助けが出来る。そう思ったのに――
「私は王族だ。嘘はつかぬ。姫と、私の名誉に誓って言うが、ただの一行たりとも、私に亡命を勧めるような文句は書かれていない」
だんだん、おかしくなっていったのだ。
ウェールズは何故か逃げようとしなかった。
「今から結婚式をするんだ」
そして、許嫁もおかしな事を言い出した。
なぜ、その異常さに気づけなかったのか。
「そうだ。この旅における僕の目的は三つあった。その二つが達成できただけでも、よしとしなければな」
気づいたときには、何もかもが遅かった。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、学院女子寮内の自室で幼なじみの訪問を受けていた。
「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」
そして彼女から、直々に命を受けた。
率直に言って、嬉しかった。
使い魔召喚の義で、召喚した平民に逃げられてからというもの、ルイズへの風当たりはますます強くなっていたのだ。そんな自分が、幼なじみの窮地を助けられるのだと思うと胸が躍った。
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」
そして彼女は、自ら志願してきた学友や、手助けを申し渡された許嫁と共に戦地アルビオンへと向かった。
「朝がた、窓から見てたらあんたたちが馬に乗って出かけようとしてるもんだから、急いでタバサを叩き起こして後をつけたのよ」
その旅は決して順調とは呼べず、腹立たしいツェルプストーの介入や敵方に雇われたと思しき傭兵達の襲撃もあった。
「このような任務は、半数が目的地にたどり着ければ、成功とされる」
それでも、死力を尽くして戦場を駆け抜けて、やっとの思いでアルビオン向けのフネに乗った。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
空賊につかまってしまい、もはやこれまでかと思いきや、予想よりもずっと早く目的の人物に会うことも出来た。
良かった、これで幼なじみの姫様の手助けが出来る。そう思ったのに――
「私は王族だ。嘘はつかぬ。姫と、私の名誉に誓って言うが、ただの一行たりとも、私に亡命を勧めるような文句は書かれていない」
だんだん、おかしくなっていったのだ。
ウェールズは何故か逃げようとしなかった。
「今から結婚式をするんだ」
そして、許嫁もおかしな事を言い出した。
なぜ、その異常さに気づけなかったのか。
「そうだ。この旅における僕の目的は三つあった。その二つが達成できただけでも、よしとしなければな」
気づいたときには、何もかもが遅かった。
あれから一月が過ぎた。
任務の内の二つ――ウェールズ皇太子の暗殺と手紙の強奪――が達成できただけでもよしと言いながら、ルイズの『元』婚約者ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵は、ルイズを手放そうとはしなかった。
レコン・キスタ内部での地位をフルに活用し、ルイズに個室を与え、目一杯にもてなした。まるで、そうすればいつかルイズが振り向くとでも思っているかのように。
(冗談じゃないわ)
国を裏切り、陛下と姫様の信頼を裏切り、そして自分を裏切ったワルド。
何故に好意を抱けるのか?
……もし、ワルドが『ストックホルム症候群』の事を知っていれば、ルイズに対しての扱いもまたもう少し違ったモノになっていただろう。
杖と行動の自由こそ与えなかったモノの、過度のもてなしはルイズの緊張感を緩めていた。
そうした精神的な緩急がつけられたからこそ、何の訓練も受けていない少女でも、憎しみを心の糧にして精神が折られずに保っていられたのだ。
牢獄に繋がれ、常に心を責め苛まれていれば、ワルドが説得のため語るレコン・キスタの理念に転んでいたかもしれなかった。
「やぁ、僕のルイズ。今日は良い知らせがあるよ」
だから、にこやかに笑みを浮かべながら近づいてくるのを見ても、フンとそっぽを向く。
まぁ、結局はいつも頭に血が上ってワルドを怒鳴りつけることになるのだが。
「実はね、今日はこれから里帰りをしようと思うんだ。君と一緒にね」
「里帰り?」
「そうさ、君もそろそろ帰りたいだろう? トリステインへ」
どういう事なのかと尋ねる間も無く、ルイズ専属となっていたメイドに出立の準備を整えられ、馬車に放り込まれた。
「ワルド! 里帰りって何なの!?」
馬車内で隣に座ったワルドに詰め寄る。
「君も知っているだろう? アンリエッタ王女が婚礼の儀を上げようとしていたことを」
「!」
そう、だからこそ自分はここまで来たのだ。
「そして今回、我々神聖アルビオン帝国からも参列者を出すことになってね、僕もその一員に選ばれたんだよ」
「あなたは……! よくも恥ずかしげもなくそんな事が出来るわね!」
「そう怒らないで欲しい、ルイズ。それを口実に、こうして君を連れ出して故郷への凱旋も出来るのだからね」
「フン、凱旋ですって? トリステインに帰ったところで、あなたに向けられるのは罵倒と侮蔑だけだわ!」
そうはならんさ……口には出さずワルドは心中ほくそ笑んだ。
任務の内の二つ――ウェールズ皇太子の暗殺と手紙の強奪――が達成できただけでもよしと言いながら、ルイズの『元』婚約者ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵は、ルイズを手放そうとはしなかった。
レコン・キスタ内部での地位をフルに活用し、ルイズに個室を与え、目一杯にもてなした。まるで、そうすればいつかルイズが振り向くとでも思っているかのように。
(冗談じゃないわ)
国を裏切り、陛下と姫様の信頼を裏切り、そして自分を裏切ったワルド。
何故に好意を抱けるのか?
……もし、ワルドが『ストックホルム症候群』の事を知っていれば、ルイズに対しての扱いもまたもう少し違ったモノになっていただろう。
杖と行動の自由こそ与えなかったモノの、過度のもてなしはルイズの緊張感を緩めていた。
そうした精神的な緩急がつけられたからこそ、何の訓練も受けていない少女でも、憎しみを心の糧にして精神が折られずに保っていられたのだ。
牢獄に繋がれ、常に心を責め苛まれていれば、ワルドが説得のため語るレコン・キスタの理念に転んでいたかもしれなかった。
「やぁ、僕のルイズ。今日は良い知らせがあるよ」
だから、にこやかに笑みを浮かべながら近づいてくるのを見ても、フンとそっぽを向く。
まぁ、結局はいつも頭に血が上ってワルドを怒鳴りつけることになるのだが。
「実はね、今日はこれから里帰りをしようと思うんだ。君と一緒にね」
「里帰り?」
「そうさ、君もそろそろ帰りたいだろう? トリステインへ」
どういう事なのかと尋ねる間も無く、ルイズ専属となっていたメイドに出立の準備を整えられ、馬車に放り込まれた。
「ワルド! 里帰りって何なの!?」
馬車内で隣に座ったワルドに詰め寄る。
「君も知っているだろう? アンリエッタ王女が婚礼の儀を上げようとしていたことを」
「!」
そう、だからこそ自分はここまで来たのだ。
「そして今回、我々神聖アルビオン帝国からも参列者を出すことになってね、僕もその一員に選ばれたんだよ」
「あなたは……! よくも恥ずかしげもなくそんな事が出来るわね!」
「そう怒らないで欲しい、ルイズ。それを口実に、こうして君を連れ出して故郷への凱旋も出来るのだからね」
「フン、凱旋ですって? トリステインに帰ったところで、あなたに向けられるのは罵倒と侮蔑だけだわ!」
そうはならんさ……口には出さずワルドは心中ほくそ笑んだ。
その日の内に二人はレキシントン号に乗船した。
引き連れる艦隊の数があまりにも物々しすぎるのではないかと思えたが、げせんな反乱組織はこうして示威行為をしなければ保てないのだろうとやや見下して納得していた。
「ほら、ルイズ。迎えのトリステイン艦隊が見えてきたよ」
何の意図があるのか、甲板に連れ出したルイズにワルドがそう言って指し示す先には、懐かしい王家の意匠を刻んだ艦隊が整然と近づいていた。
(何としても、この機会に逃げ出さなくてはいけないわ……)
自分がレコン・キスタに囚われていては、アンリエッタ姫が存分に攻撃できない。と思ってしまうのは、ルイズの自己過大評価である。
国を治める立場の者となれば、私的な縁は無視しなければならないものだし、もしアンリエッタがそう思っても『鶏の骨』マザリーニ枢機卿辺りは、手心を加えることなく攻撃を命じるだろう。
だがそれでも、この機会にレコン・キスタから逃げだそうという気概は、正しいことだ。
……既にしてトリステインでは死んだ者として扱われている彼女を助けようと意図的に動く者など皆無なのだから。
「さて、ではそろそろ始まるかな」
不敵な笑みをワルドが浮かべる。
どおん、と歓迎の礼砲をトリステイン艦隊が上げるのに併せて、レコン・キスタ艦隊の一隻が火を噴いた。
「な、何!?」
「トリステインからの砲撃だよ」
「ほ、砲撃!? そんな、だって今のは礼砲で……」
「ああ、もちろんそうだろうね。今のトリステインに、レコン・キスタへ戦争を仕掛ける程の力は無い。だが、その礼砲に併せてこちらの軍艦がああして一隻落とされたのだ。開戦へ持ち込むには十分な理由だろう?」
したり顔でそう頷く。
「ひ、卑怯だわ! フネを自爆させて、その罪をトリステインになすりつけるだなんて!」
「ルイズ、覚えておくと良い。歴史とは常に勝者によって作られるんだ。そして、常に力ある者が勝者となる」
ルイズは、悔しげに元婚約者を睨み上げるしかなかった。
(ああ、姫様、申し訳ありません!任務も果たせず、今こうして迫りつつある危機をお教えすることも出来ないだなんて……!)
心の中では謝意を述べながらも、ルイズは未だにこの自体の本質を理解しては居なかった。
もし、彼女が正確に事態を把握していれば、ワルドには批難ではなく、家族の助命を訴える言葉を投げかけていただろう。
引き連れる艦隊の数があまりにも物々しすぎるのではないかと思えたが、げせんな反乱組織はこうして示威行為をしなければ保てないのだろうとやや見下して納得していた。
「ほら、ルイズ。迎えのトリステイン艦隊が見えてきたよ」
何の意図があるのか、甲板に連れ出したルイズにワルドがそう言って指し示す先には、懐かしい王家の意匠を刻んだ艦隊が整然と近づいていた。
(何としても、この機会に逃げ出さなくてはいけないわ……)
自分がレコン・キスタに囚われていては、アンリエッタ姫が存分に攻撃できない。と思ってしまうのは、ルイズの自己過大評価である。
国を治める立場の者となれば、私的な縁は無視しなければならないものだし、もしアンリエッタがそう思っても『鶏の骨』マザリーニ枢機卿辺りは、手心を加えることなく攻撃を命じるだろう。
だがそれでも、この機会にレコン・キスタから逃げだそうという気概は、正しいことだ。
……既にしてトリステインでは死んだ者として扱われている彼女を助けようと意図的に動く者など皆無なのだから。
「さて、ではそろそろ始まるかな」
不敵な笑みをワルドが浮かべる。
どおん、と歓迎の礼砲をトリステイン艦隊が上げるのに併せて、レコン・キスタ艦隊の一隻が火を噴いた。
「な、何!?」
「トリステインからの砲撃だよ」
「ほ、砲撃!? そんな、だって今のは礼砲で……」
「ああ、もちろんそうだろうね。今のトリステインに、レコン・キスタへ戦争を仕掛ける程の力は無い。だが、その礼砲に併せてこちらの軍艦がああして一隻落とされたのだ。開戦へ持ち込むには十分な理由だろう?」
したり顔でそう頷く。
「ひ、卑怯だわ! フネを自爆させて、その罪をトリステインになすりつけるだなんて!」
「ルイズ、覚えておくと良い。歴史とは常に勝者によって作られるんだ。そして、常に力ある者が勝者となる」
ルイズは、悔しげに元婚約者を睨み上げるしかなかった。
(ああ、姫様、申し訳ありません!任務も果たせず、今こうして迫りつつある危機をお教えすることも出来ないだなんて……!)
心の中では謝意を述べながらも、ルイズは未だにこの自体の本質を理解しては居なかった。
もし、彼女が正確に事態を把握していれば、ワルドには批難ではなく、家族の助命を訴える言葉を投げかけていただろう。
エスタ大統領執務室。
「ジャンクションレーダーの開発状況は?」
ラグナの問いに、補佐官のウォードは申し訳なさそうに首を振る。
「はかどってないか……ああ、オダインのじいさんがいればなぁ!」
彼の行方は既にスコールと同じ方法で掴んでいる。
……やはりというか、同じ土地に居るらしい。国は違うようだが……
ただ、意思の疎通が出来ないために、こちらの状況を伝えることも出来なければ、もちろん知恵を借りることも出来ない。
そもそも、どうもあちらの魔法に興味津々のようで、帰ろうとするそぶりがほとんど見られないとの事だ。
現在オダイン魔法研究所の所員達は、オダインの残した『ジャンクション・マシーン・エルオーネ』の基礎理論を元にして、エルオーネの『接続』先を調べるレーダー、引いてはそこへ繋げるための装置を作成しようとしているのだが、状況は芳しくないようだ。
「せめてジャンクション・マシーン自体は完成させて、エルオーネの負担を軽くしてやりたいんだが……」
義娘と息子に苦労を強いる自分は、一体何なのだろうとラグナは苦い顔をした。
(まだあいつには、パパとも、父さんとも、クソ親父とも呼ばれてないんだ……そんなんで……そんなんで……)
「ジャンクションレーダーの開発状況は?」
ラグナの問いに、補佐官のウォードは申し訳なさそうに首を振る。
「はかどってないか……ああ、オダインのじいさんがいればなぁ!」
彼の行方は既にスコールと同じ方法で掴んでいる。
……やはりというか、同じ土地に居るらしい。国は違うようだが……
ただ、意思の疎通が出来ないために、こちらの状況を伝えることも出来なければ、もちろん知恵を借りることも出来ない。
そもそも、どうもあちらの魔法に興味津々のようで、帰ろうとするそぶりがほとんど見られないとの事だ。
現在オダイン魔法研究所の所員達は、オダインの残した『ジャンクション・マシーン・エルオーネ』の基礎理論を元にして、エルオーネの『接続』先を調べるレーダー、引いてはそこへ繋げるための装置を作成しようとしているのだが、状況は芳しくないようだ。
「せめてジャンクション・マシーン自体は完成させて、エルオーネの負担を軽くしてやりたいんだが……」
義娘と息子に苦労を強いる自分は、一体何なのだろうとラグナは苦い顔をした。
(まだあいつには、パパとも、父さんとも、クソ親父とも呼ばれてないんだ……そんなんで……そんなんで……)