日が暮れかけた門限ギリギリの時間になって、ルイズは学院に帰ってきた。
当然、ルイズの部屋では騒動が勃発していた。
「アノン、このバカ! あれだけ勝手なことするなって言ったのに、あっさりはぐれた上にご主人様を置いて先に帰るってどういうこと!? おまけにツェルプストーに剣まで買ってもらって!」
「別にいいじゃない。ダーリンへの私からのプレゼントよ」
烈火のごとく怒るルイズに、からかう様に言うキュルケ。
「ダーリンって何よ? ひとの使い魔にこんな危ないもの与えないでくれる!?」
「あら、人間の使い魔なら剣の一本もないと格好がつかないでしょ?」
「冗談じゃないわ。あんたはこいつがどんなに危険なヤツかわかってないのよ!」
「危険? 彼が? 確かにギーシュには勝ったらしいけど、危険は言い過ぎじゃない?」
キュルケの認識の甘さに、ルイズは苛立つ。
「とにかく! 私の使い魔に勝手なことしないで!」
妙に怒るルイズに、キュルケはにやりと笑った。
「ふぅん」
「何よ」
「嫉妬はみっともないわよ? ヴァリエール」
何か勘違いしたキュルケは、勝ち誇ったように言った。
「誰が嫉妬してるってのよ!」
ルイズは顔を赤くして怒鳴る。
「あ、でもいくらインテリジェンスソードとは言え、あんなボロ剣をプレゼントしたのは失敗だったかしら? 今度はもっと立派な剣を用意しなくちゃね」
「聞きなさいよ!」
ルイズとしては必死なのだが、どうにもいつものケンカの域を出ない。
とにかく、キュルケの勘違いはあとで正すとして、まずはアノンから剣を取り上げなければ。
「アノン、その剣をツェルプストーに返しなさい。でないとご飯抜きよ」
「あら、そんな必要ないわ。ダーリンだってその剣、気に入ってくれたわよね? …ってあら?」
さっきまで部屋の隅にある藁の寝床に座って、剣となにやら話していたアノンの姿が無い。
「少し前に、剣を持って出て行った」
ベッドの上で本を開いていたタバサが言った。
「へ?」
「あら」
ぽかんとするルイズ。
キュルケはつまらなそうに言った。
「あんたがケチなこと言うから、ダーリンは愛想尽かしちゃったのね」
「あのバカ!」
ルイズは部屋を飛び出した。
もう夕食の時間だ。
アノンはいつ終わるとも知れない、ルイズとキュルケの言い争いから逃れるべく、そしてまともな食事を得るべく、いつものように厨房へと向かっていた。
背中のインテリジェンスソードが、かちゃかちゃとつばを鳴らしてしゃべる。
「つまり、ルーンが光ったり、体が軽くなるのも相棒が『使い手』って証拠なんだよ」
「相棒?」
「おうよ。お前は『使い手』だからな。俺の相棒さ」
「それで、『使い手』って何なんだい? デルフ」
「あー、えーと。忘れた」
「キミ、いまいち役に立たないね」
「しょうがねえだろ。六千年も生きてんだ。物忘れくらいするって」
この剣が言うには、自分には召喚された際、契約によって何らかの能力が身についたらしい。
だが、どうにもはっきりしない。
肝心なところで、この剣は忘れた、と言うのだ。
この剣の話でわかったのは、この剣を持つと自分の身体能力が強化される、ということぐらい。
この分では、わざわざ手に入れることも無かったか。
ルイズの機嫌も悪くなるし、近いうちに処分しようかと考えながら、アノンは厨房の扉をくぐった。
いつもなら、すぐにマルトーをはじめとする、コックやメイドたちの歓迎があるのだが…。
なんだか、いつもと厨房の様子が違う。
皆仕事をしてはいるのだが、なんというか活気がない。
それどころか、怪我をしているのか、腕や頭に包帯を巻いている者もいた。
「なにかあったの?」
尋ねてみたが、皆俯いてばかりで、なにも答えない。
「一体どうしたって……」
さらに問い詰めようとすると、奥から顔にあざを作ったマルトーが現れた。
「おお、アノンか……いや、なんでもねえよ」
「なんでもないってコトはないだろう? それとも、ボクには話せないようなコトなのかい?」
俯き、しばらく黙った後、マルトーは口を開いた。
「シエスタが、モット伯って貴族に連れてかれちまったんだ」
「連れてかれたって…誘拐?」
「いや、シエスタを自分の屋敷に雇い入れるって…」
「なら、働く場所が変わっただけじゃないか」
マルトーは首を振った。
「モット伯ってのは王宮の勅使なんだが、その権力に任せて、平民の娘を強引に召し上げては手篭めにするって外道なんだ。そいつがシエスタを気に入って、無理矢理連れて行っちまった」
「え…?」
「もうシエスタは帰ってこねえ……」
「帰って来ない……?」
初めて会ったときの、腹を空かせた自分にシチューを振る舞ってくれてたときの、シエスタの笑顔が頭に浮かんだ。
ざわざわと、嫌な感覚が足元から這い上がる。
額に、汗が滲んだ。
「俺達も抵抗はしたんだが、魔法であしらわれてこのザマだ。いくら貴族だからってこんな理不尽が許されるのか、畜生!」
マルトーは叫ぶように言った。
「あんないい娘は他にいねえってのに、何でシエスタがこんな目に…」
肩を震わせて、顔を覆うマルトー。
「…そのモット伯って人の屋敷、ドコ?」
「え? ああ…確か学院の南に一時間くらい歩いたところに……」
この嫌な感覚。アノンにその理由はわからない。
だが、こみ上げてくる原因不明の焦燥感は、アノンの体を突き動かした。
「! アノン、お前まさか…!」
はっとしたマルトーが顔を上げたときには、もうそこにアノンの姿は無かった。
ただ、開け放された厨房のドアが、風に吹かれて小さな音を立てた。
当然、ルイズの部屋では騒動が勃発していた。
「アノン、このバカ! あれだけ勝手なことするなって言ったのに、あっさりはぐれた上にご主人様を置いて先に帰るってどういうこと!? おまけにツェルプストーに剣まで買ってもらって!」
「別にいいじゃない。ダーリンへの私からのプレゼントよ」
烈火のごとく怒るルイズに、からかう様に言うキュルケ。
「ダーリンって何よ? ひとの使い魔にこんな危ないもの与えないでくれる!?」
「あら、人間の使い魔なら剣の一本もないと格好がつかないでしょ?」
「冗談じゃないわ。あんたはこいつがどんなに危険なヤツかわかってないのよ!」
「危険? 彼が? 確かにギーシュには勝ったらしいけど、危険は言い過ぎじゃない?」
キュルケの認識の甘さに、ルイズは苛立つ。
「とにかく! 私の使い魔に勝手なことしないで!」
妙に怒るルイズに、キュルケはにやりと笑った。
「ふぅん」
「何よ」
「嫉妬はみっともないわよ? ヴァリエール」
何か勘違いしたキュルケは、勝ち誇ったように言った。
「誰が嫉妬してるってのよ!」
ルイズは顔を赤くして怒鳴る。
「あ、でもいくらインテリジェンスソードとは言え、あんなボロ剣をプレゼントしたのは失敗だったかしら? 今度はもっと立派な剣を用意しなくちゃね」
「聞きなさいよ!」
ルイズとしては必死なのだが、どうにもいつものケンカの域を出ない。
とにかく、キュルケの勘違いはあとで正すとして、まずはアノンから剣を取り上げなければ。
「アノン、その剣をツェルプストーに返しなさい。でないとご飯抜きよ」
「あら、そんな必要ないわ。ダーリンだってその剣、気に入ってくれたわよね? …ってあら?」
さっきまで部屋の隅にある藁の寝床に座って、剣となにやら話していたアノンの姿が無い。
「少し前に、剣を持って出て行った」
ベッドの上で本を開いていたタバサが言った。
「へ?」
「あら」
ぽかんとするルイズ。
キュルケはつまらなそうに言った。
「あんたがケチなこと言うから、ダーリンは愛想尽かしちゃったのね」
「あのバカ!」
ルイズは部屋を飛び出した。
もう夕食の時間だ。
アノンはいつ終わるとも知れない、ルイズとキュルケの言い争いから逃れるべく、そしてまともな食事を得るべく、いつものように厨房へと向かっていた。
背中のインテリジェンスソードが、かちゃかちゃとつばを鳴らしてしゃべる。
「つまり、ルーンが光ったり、体が軽くなるのも相棒が『使い手』って証拠なんだよ」
「相棒?」
「おうよ。お前は『使い手』だからな。俺の相棒さ」
「それで、『使い手』って何なんだい? デルフ」
「あー、えーと。忘れた」
「キミ、いまいち役に立たないね」
「しょうがねえだろ。六千年も生きてんだ。物忘れくらいするって」
この剣が言うには、自分には召喚された際、契約によって何らかの能力が身についたらしい。
だが、どうにもはっきりしない。
肝心なところで、この剣は忘れた、と言うのだ。
この剣の話でわかったのは、この剣を持つと自分の身体能力が強化される、ということぐらい。
この分では、わざわざ手に入れることも無かったか。
ルイズの機嫌も悪くなるし、近いうちに処分しようかと考えながら、アノンは厨房の扉をくぐった。
いつもなら、すぐにマルトーをはじめとする、コックやメイドたちの歓迎があるのだが…。
なんだか、いつもと厨房の様子が違う。
皆仕事をしてはいるのだが、なんというか活気がない。
それどころか、怪我をしているのか、腕や頭に包帯を巻いている者もいた。
「なにかあったの?」
尋ねてみたが、皆俯いてばかりで、なにも答えない。
「一体どうしたって……」
さらに問い詰めようとすると、奥から顔にあざを作ったマルトーが現れた。
「おお、アノンか……いや、なんでもねえよ」
「なんでもないってコトはないだろう? それとも、ボクには話せないようなコトなのかい?」
俯き、しばらく黙った後、マルトーは口を開いた。
「シエスタが、モット伯って貴族に連れてかれちまったんだ」
「連れてかれたって…誘拐?」
「いや、シエスタを自分の屋敷に雇い入れるって…」
「なら、働く場所が変わっただけじゃないか」
マルトーは首を振った。
「モット伯ってのは王宮の勅使なんだが、その権力に任せて、平民の娘を強引に召し上げては手篭めにするって外道なんだ。そいつがシエスタを気に入って、無理矢理連れて行っちまった」
「え…?」
「もうシエスタは帰ってこねえ……」
「帰って来ない……?」
初めて会ったときの、腹を空かせた自分にシチューを振る舞ってくれてたときの、シエスタの笑顔が頭に浮かんだ。
ざわざわと、嫌な感覚が足元から這い上がる。
額に、汗が滲んだ。
「俺達も抵抗はしたんだが、魔法であしらわれてこのザマだ。いくら貴族だからってこんな理不尽が許されるのか、畜生!」
マルトーは叫ぶように言った。
「あんないい娘は他にいねえってのに、何でシエスタがこんな目に…」
肩を震わせて、顔を覆うマルトー。
「…そのモット伯って人の屋敷、ドコ?」
「え? ああ…確か学院の南に一時間くらい歩いたところに……」
この嫌な感覚。アノンにその理由はわからない。
だが、こみ上げてくる原因不明の焦燥感は、アノンの体を突き動かした。
「! アノン、お前まさか…!」
はっとしたマルトーが顔を上げたときには、もうそこにアノンの姿は無かった。
ただ、開け放された厨房のドアが、風に吹かれて小さな音を立てた。