「はわわ~。なんや?こんなところでなんで重爆撃機のエンジン音が
聞こえるんや~?」
港町ラ・ロシェールにある貴族向け最上級の宿『女神の杵』。そこで
料理人として働いていたベローチェがここで聞くはずもない音に飛び起きる。
音は星空を東から西へと飛び去る。ベローチェは鋼の乙女としての並外れた
目でその姿を追うが……残念ながらこの世界のフネよりも高い高度を
両脇に人を抱えて飛ぶその乙女の後ろ姿は、彼女の記憶になかった。
「結構高う飛んどるな~。鋼の乙女……誰やろ?うちが知らん乙女や……」
聞こえるんや~?」
港町ラ・ロシェールにある貴族向け最上級の宿『女神の杵』。そこで
料理人として働いていたベローチェがここで聞くはずもない音に飛び起きる。
音は星空を東から西へと飛び去る。ベローチェは鋼の乙女としての並外れた
目でその姿を追うが……残念ながらこの世界のフネよりも高い高度を
両脇に人を抱えて飛ぶその乙女の後ろ姿は、彼女の記憶になかった。
「結構高う飛んどるな~。鋼の乙女……誰やろ?うちが知らん乙女や……」
ベローチェだけではない。その夜。トリステイン王国の空の玄関口である
港町ラ・ロシェール上空に、今まで誰も見たことがないものが現れたのを
多くの人が目撃した。それは低くくぐもった音を伴った、赤青白の三つの
輝きを放つ流れ星――真夜中に突如として現れ、西の方角に飛び去った
それを人々は畏れ、何かの予兆ではないかと囁き合う、が……得てして
真相とは想像の埒外にあり、至極単純であるものなのだった。
トリステイン魔法学院を飛び立ったふがくは、馬で2日の行程をわずか
1時間で航過する。現在高度4500メイル。戦時下ではないため灯火管制などは
しかれていないが、それでも真夜中の町の灯は大日本帝国のそれと比べれば
そう目立つものではない。最初は不安定な空の旅に悲鳴を上げていた
ルイズとギーシュも、この状況に慣れたのか、諦めたのか、それとも
物珍しさが勝ったのか、静かになっていた。
「……そ、それにしても……まさかアルビオンよりずっと高い位置から
ラ・ロシェールを眺めるなんて……空海軍の戦列艦でもやったことは
ないんじゃないかな……
ははっ。雲に見え隠れする世界樹の桟橋なんて、生まれて初めて見たよ……
意外と暗いものなんだね……」
ギーシュが心底感心したような言葉を口にする。
「そうね。さっき見えたタルブの村の方がまだ明るいわね」
ふがくは思う。ラ・ロシェール上空に到達する前に左手に見えた
タルブの村――それはある種奇妙な光景だった。距離的にそれなりに
離れていたため細部までは確認できなかったが、広大な草原の真ん中に
ある村全体を囲む一段と暗い堀のようなものがあり、ワインが特産と
いうだけあっての草原を囲む近隣の山裾から続く麓にある醸造所とは
明らかに異なった、村外れの巨大な水車小屋のような煉瓦の施設だけが
真夜中にもかかわらず皓々とした明かりに照らされていた。そして施設の
そばには例の堀らしきものを挟んでまるで滑走路にも見える何かで
敷き固められた1リーグはある直線道路のようなもの。施設の煙突からは
薄く煙が立ち上り、そこがこの時間も稼働中であることを示していた。
港町ラ・ロシェール上空に、今まで誰も見たことがないものが現れたのを
多くの人が目撃した。それは低くくぐもった音を伴った、赤青白の三つの
輝きを放つ流れ星――真夜中に突如として現れ、西の方角に飛び去った
それを人々は畏れ、何かの予兆ではないかと囁き合う、が……得てして
真相とは想像の埒外にあり、至極単純であるものなのだった。
トリステイン魔法学院を飛び立ったふがくは、馬で2日の行程をわずか
1時間で航過する。現在高度4500メイル。戦時下ではないため灯火管制などは
しかれていないが、それでも真夜中の町の灯は大日本帝国のそれと比べれば
そう目立つものではない。最初は不安定な空の旅に悲鳴を上げていた
ルイズとギーシュも、この状況に慣れたのか、諦めたのか、それとも
物珍しさが勝ったのか、静かになっていた。
「……そ、それにしても……まさかアルビオンよりずっと高い位置から
ラ・ロシェールを眺めるなんて……空海軍の戦列艦でもやったことは
ないんじゃないかな……
ははっ。雲に見え隠れする世界樹の桟橋なんて、生まれて初めて見たよ……
意外と暗いものなんだね……」
ギーシュが心底感心したような言葉を口にする。
「そうね。さっき見えたタルブの村の方がまだ明るいわね」
ふがくは思う。ラ・ロシェール上空に到達する前に左手に見えた
タルブの村――それはある種奇妙な光景だった。距離的にそれなりに
離れていたため細部までは確認できなかったが、広大な草原の真ん中に
ある村全体を囲む一段と暗い堀のようなものがあり、ワインが特産と
いうだけあっての草原を囲む近隣の山裾から続く麓にある醸造所とは
明らかに異なった、村外れの巨大な水車小屋のような煉瓦の施設だけが
真夜中にもかかわらず皓々とした明かりに照らされていた。そして施設の
そばには例の堀らしきものを挟んでまるで滑走路にも見える何かで
敷き固められた1リーグはある直線道路のようなもの。施設の煙突からは
薄く煙が立ち上り、そこがこの時間も稼働中であることを示していた。
(シエスタにもらったガソリン……合成石油の製造施設にしては規模が
小さすぎるけど、ギーシュの言っていた『ミジュアメ』製造所というのも
眉唾ね。
それにあの滑走路みたいなもの……『竜の羽衣』が飛行機だとすれば
納得できないこともないけど……)
小さすぎるけど、ギーシュの言っていた『ミジュアメ』製造所というのも
眉唾ね。
それにあの滑走路みたいなもの……『竜の羽衣』が飛行機だとすれば
納得できないこともないけど……)
ふがくはこれまで入手した断片的な情報と、自分が確認した状況から、
タルブにある、この世界には似つかわしくない施設の正体を想像しようとした。
ところが……
「……ところでふがく。君は前にもっと高く飛べると言っていたような
気がするけれど……どうかな?滅多にない機会だし、一度どこまで高く
飛べるか体験してみたいんだけど」
唐突にギーシュがこんなことを言い出した。これにはずっと静かだった
ルイズがげっそりとしたような声を上げる。静かだった理由は、どうやら
しばらく気を失っていたらしい。
「……ギーシュ……アンタねぇ……」
「まぁ、私の巡航高度……簡単に言えば一番飛ぶのに疲れない高度は
こっちの単位に直せば9000メイルだし。飛んでもいいけど」
「そんなところ飛んで、何か見た日にはわたしたちが異端審問にかけられるわよ……」
「そうなの?」
タルブにある、この世界には似つかわしくない施設の正体を想像しようとした。
ところが……
「……ところでふがく。君は前にもっと高く飛べると言っていたような
気がするけれど……どうかな?滅多にない機会だし、一度どこまで高く
飛べるか体験してみたいんだけど」
唐突にギーシュがこんなことを言い出した。これにはずっと静かだった
ルイズがげっそりとしたような声を上げる。静かだった理由は、どうやら
しばらく気を失っていたらしい。
「……ギーシュ……アンタねぇ……」
「まぁ、私の巡航高度……簡単に言えば一番飛ぶのに疲れない高度は
こっちの単位に直せば9000メイルだし。飛んでもいいけど」
「そんなところ飛んで、何か見た日にはわたしたちが異端審問にかけられるわよ……」
「そうなの?」
「そうよ。天空は始祖がこのハルケギニアに降臨する前に住まわれていた
場所。そんな高さまで上がった人間なんていないし、行っちゃいけない
場所なの!始祖の怒りに触れて罰せられるって言われてるんだから!」
「へえー。それは知らなかったわぁ」
「まったく……って、ええっ!?」
ルイズは唐突に真横から聞こえた声に驚く。ルイズだけではない。
ふがくもその唐突に現れた翼に驚いた。
「はぁい。ルーデルお姉さんでーす!元気にしてた?ルイズちゃん、
ふがくちゃん」
「ル、ルーデル!何でここに?」
いつの間にか真横を飛んでいたカーキグリーンの翼――ルーデルは
そう言ってにっこりと微笑んだ。
「え……?よく見えないけれど……知り合いかい?」
「うわ……よく見ると男もいたのね……」
ちょうど反対側、ふがくとルイズの体、それにふがくの翼が邪魔をして
相手がよく見えないギーシュが声を上げると、ルーデルはギーシュには
見えないのを幸い顔をしかめる。
「別にたいしたことないわ。私の故郷の同盟国の鋼の乙女よ。ギーシュ。
……で、どうしてアンタがここにいるわけ?」
ふがくの言葉にはややトゲがある。極秘任務の途中ということもあるが、
これ以上厄介事を背負い込みたくないというのが正直な理由だ。
しかし、ルーデルはそんなふがくの思惑など気にしていないかのように
意味深な笑みを浮かべた。
「つれないわねぇ。ラ・ロシェールの夜を満喫していたら貴女たちが
真上を飛んだから、どこへ行くのかなーって気になったのよ」
「それはどうも。でも、悪いけど、今ルーデルにつきあってる暇はないの。
ルイズ、ギーシュ、高度を上げるわよ」
そう言ってふがくはルーデルを振り切って一直線に高度を上げた。
ルーデルは急降下爆撃機型の鋼の乙女、超重爆撃機型の自分と違って
高高度までは上がれないはず――高高度に達するまでに時間がかかるけど、
もうこれ以上の厄介事はまっぴらよ、と。
「あらん。本当につれないわねぇ……でも、おもしろそうなことになって
きたじゃない」
ふがくに振り切られたルーデルはそう言って微笑み、高度はそのままに
飛び始める。その笑みの妖しさを、ふがくは知るよしもなかった――
場所。そんな高さまで上がった人間なんていないし、行っちゃいけない
場所なの!始祖の怒りに触れて罰せられるって言われてるんだから!」
「へえー。それは知らなかったわぁ」
「まったく……って、ええっ!?」
ルイズは唐突に真横から聞こえた声に驚く。ルイズだけではない。
ふがくもその唐突に現れた翼に驚いた。
「はぁい。ルーデルお姉さんでーす!元気にしてた?ルイズちゃん、
ふがくちゃん」
「ル、ルーデル!何でここに?」
いつの間にか真横を飛んでいたカーキグリーンの翼――ルーデルは
そう言ってにっこりと微笑んだ。
「え……?よく見えないけれど……知り合いかい?」
「うわ……よく見ると男もいたのね……」
ちょうど反対側、ふがくとルイズの体、それにふがくの翼が邪魔をして
相手がよく見えないギーシュが声を上げると、ルーデルはギーシュには
見えないのを幸い顔をしかめる。
「別にたいしたことないわ。私の故郷の同盟国の鋼の乙女よ。ギーシュ。
……で、どうしてアンタがここにいるわけ?」
ふがくの言葉にはややトゲがある。極秘任務の途中ということもあるが、
これ以上厄介事を背負い込みたくないというのが正直な理由だ。
しかし、ルーデルはそんなふがくの思惑など気にしていないかのように
意味深な笑みを浮かべた。
「つれないわねぇ。ラ・ロシェールの夜を満喫していたら貴女たちが
真上を飛んだから、どこへ行くのかなーって気になったのよ」
「それはどうも。でも、悪いけど、今ルーデルにつきあってる暇はないの。
ルイズ、ギーシュ、高度を上げるわよ」
そう言ってふがくはルーデルを振り切って一直線に高度を上げた。
ルーデルは急降下爆撃機型の鋼の乙女、超重爆撃機型の自分と違って
高高度までは上がれないはず――高高度に達するまでに時間がかかるけど、
もうこれ以上の厄介事はまっぴらよ、と。
「あらん。本当につれないわねぇ……でも、おもしろそうなことになって
きたじゃない」
ふがくに振り切られたルーデルはそう言って微笑み、高度はそのままに
飛び始める。その笑みの妖しさを、ふがくは知るよしもなかった――
「ねぇふがく!ルーデル振り切っちゃったけど、本当に良かったの?」
8本の飛行機雲を引きつつ雲海を突き抜けさらに上昇するふがく。
ルイズは思わず下を見て――後悔した。ただでさえ速度を犠牲にして
急角度で上昇しているのだ。夜の海はただ双月に照らされた幻想的な
雲海の隙間から見える程度。ふがくに抱かれているせいか航空病に罹ることは
なかったが、それでも風の音や翼などの振動はルイズたちにも伝わってくる。
慣れていない二人は思わず本当に大丈夫なのかと心配したが、そんなことは
お構いなしにふがくは上昇を続けた。
「……こんなところでルーデルにかまっていられないでしょ?あっちは
急降下爆撃機型だからここまでは上がってこられないはず……ついでだから
見せてあげる。高度15000メイルの世界を」
現在高度は7500メイル。すでに高積雲は越え、上空には満天の星空と、
薄い絹雲が見えるのみ。そのまま上昇を続け――唐突にそれは襲ってきた。
8本の飛行機雲を引きつつ雲海を突き抜けさらに上昇するふがく。
ルイズは思わず下を見て――後悔した。ただでさえ速度を犠牲にして
急角度で上昇しているのだ。夜の海はただ双月に照らされた幻想的な
雲海の隙間から見える程度。ふがくに抱かれているせいか航空病に罹ることは
なかったが、それでも風の音や翼などの振動はルイズたちにも伝わってくる。
慣れていない二人は思わず本当に大丈夫なのかと心配したが、そんなことは
お構いなしにふがくは上昇を続けた。
「……こんなところでルーデルにかまっていられないでしょ?あっちは
急降下爆撃機型だからここまでは上がってこられないはず……ついでだから
見せてあげる。高度15000メイルの世界を」
現在高度は7500メイル。すでに高積雲は越え、上空には満天の星空と、
薄い絹雲が見えるのみ。そのまま上昇を続け――唐突にそれは襲ってきた。
――ゴアッ!
「な、何っ!?これっ!?」
「……これは……風?強烈な西風だ!」
「乱気流……じゃない!これは……偏西風?」
「……これは……風?強烈な西風だ!」
「乱気流……じゃない!これは……偏西風?」
高度8000メイルに達しようとしたとき。ふがくたちは強烈な西風に
翻弄された。かろうじて吹き飛ばされずにはすんだものの、ルイズと
ギーシュを抱えたままふがくは翼だけではなく全身がきしむのを感じながら
全力で上昇を続ける。大日本帝国の鋼の乙女でも唯一ふがくのみが装備した
排気タービン式過給器の力強い鼓動が風を切り裂き、この強烈な風が
凪いだのは、高度13000メイルを超えたあたりだった。
「……っはぁ……はぁ……やっと抜けた……。ああっもう!髪がぐしゃぐしゃよ」
さらに上昇しつつふがくは体勢を立て直す。ふがくが水平飛行に遷ったとき、
そこは上空に雲一つない、黒いほどに青い空だった。
「……ついたわよ。高度15000メイル。さっきの偏西風を抜けたときに
機位を失ってるから、アルビオンがどっちにあるのか確認しないと
いけないけど……って?」
「……す、すごい……きれい……」
「うん。すごい……空がこんなに青くて……それに二つに分かれているなんて……
まるで夢みたいだ」
ルイズとギーシュは目の前に広がる、地上とは別世界の光景に目を
奪われていた。遙か彼方から太陽が昇り始めているのか、遠景がうっすらと
明るくなっている。ふがくはそんな二人を横に、目印になるようなものを
探し始めた。
翻弄された。かろうじて吹き飛ばされずにはすんだものの、ルイズと
ギーシュを抱えたままふがくは翼だけではなく全身がきしむのを感じながら
全力で上昇を続ける。大日本帝国の鋼の乙女でも唯一ふがくのみが装備した
排気タービン式過給器の力強い鼓動が風を切り裂き、この強烈な風が
凪いだのは、高度13000メイルを超えたあたりだった。
「……っはぁ……はぁ……やっと抜けた……。ああっもう!髪がぐしゃぐしゃよ」
さらに上昇しつつふがくは体勢を立て直す。ふがくが水平飛行に遷ったとき、
そこは上空に雲一つない、黒いほどに青い空だった。
「……ついたわよ。高度15000メイル。さっきの偏西風を抜けたときに
機位を失ってるから、アルビオンがどっちにあるのか確認しないと
いけないけど……って?」
「……す、すごい……きれい……」
「うん。すごい……空がこんなに青くて……それに二つに分かれているなんて……
まるで夢みたいだ」
ルイズとギーシュは目の前に広がる、地上とは別世界の光景に目を
奪われていた。遙か彼方から太陽が昇り始めているのか、遠景がうっすらと
明るくなっている。ふがくはそんな二人を横に、目印になるようなものを
探し始めた。
(太陽が右手の方角から昇り始めている……ってことは、西に向かっていたのが
途中で北に向いた、ってことね。急角度で上昇したから距離的にはそんなに
逸れてないとは思うけど……)
途中で北に向いた、ってことね。急角度で上昇したから距離的にはそんなに
逸れてないとは思うけど……)
あんまり時間をかけすぎて叛乱軍に見つかりたくはないし、ね――
ふがくがその両目をこらして何か目標になるものを探すと、ほどなくして
空に浮かぶ2隻のフネが見つかった。
「……軍艦?それに商船?それにしても……」
それは3本マストの帆船然としたフネと、ある意味ふがくには見慣れた、
全長150メイルほどの軍艦然としたフネ――しかし、それはここハルケギニアに
おいては異質なものであることに、ふがくは気づいていない。それ以前に
『船が空を飛んでいる』という事実については……まぁ、浮遊大陸に
行くんだから船が浮かんでいても不思議はない、とふがくは理解していた。
「どうしたの?」
「……フネよ。それも2隻。私がハルケギニアのフネをあんまり知らないから
どこのフネかは分からないけど……軍艦と商船……っぽいわね」
「軍艦、だって?」
ギーシュはそう言って下を見る――そして後悔した。あまりにも高すぎるのだ。
そして、フネらしきものなんて小さな点にしか見えない。
「ええ。2本煙突に三連装砲塔と連装砲塔が前部に1基ずつ集中配置されている
黒い艦ね。あと、両舷に3枚ずつ翼があって、艦尾にプロペラがあるわ。
そんな艦が3本マストの帆船と接舷してるわね」
「何それ?翼だけで帆がないの?そんなフネって……」
ルイズが驚く。ハルケギニアのフネは風石の力を借りて浮き上がり、
風を得て走る帆走だ。翼はあくまで行き足を制御する舵の代わりでしかない。
それに、煙突があるフネなんて聞いたこともない。
「……いや、父上と兄上から以前聞いたことがある。アルビオン空軍で
建造された新型戦列艦の噂を。今までのフネと違って艦体に装甲を
張り巡らせてあるし、風石で浮き上がって、コークスを燃やして
動く……らしいんだ。でも重くて船足も遅いし、大砲も全部で9門しか
積んでないって聞いたよ」
「そんなに少ないの?昔アルビオンに旅行したときに見た軍艦は、
もったたくさん大砲を積んでいた記憶があるわよ?」
ギーシュの言葉にルイズが反応する。それを聞いたふがくは……
「なるほど。砲身はまだ短いけど、こっちでもやっぱりこの国が
こういうことするのね」
ふがくがその両目をこらして何か目標になるものを探すと、ほどなくして
空に浮かぶ2隻のフネが見つかった。
「……軍艦?それに商船?それにしても……」
それは3本マストの帆船然としたフネと、ある意味ふがくには見慣れた、
全長150メイルほどの軍艦然としたフネ――しかし、それはここハルケギニアに
おいては異質なものであることに、ふがくは気づいていない。それ以前に
『船が空を飛んでいる』という事実については……まぁ、浮遊大陸に
行くんだから船が浮かんでいても不思議はない、とふがくは理解していた。
「どうしたの?」
「……フネよ。それも2隻。私がハルケギニアのフネをあんまり知らないから
どこのフネかは分からないけど……軍艦と商船……っぽいわね」
「軍艦、だって?」
ギーシュはそう言って下を見る――そして後悔した。あまりにも高すぎるのだ。
そして、フネらしきものなんて小さな点にしか見えない。
「ええ。2本煙突に三連装砲塔と連装砲塔が前部に1基ずつ集中配置されている
黒い艦ね。あと、両舷に3枚ずつ翼があって、艦尾にプロペラがあるわ。
そんな艦が3本マストの帆船と接舷してるわね」
「何それ?翼だけで帆がないの?そんなフネって……」
ルイズが驚く。ハルケギニアのフネは風石の力を借りて浮き上がり、
風を得て走る帆走だ。翼はあくまで行き足を制御する舵の代わりでしかない。
それに、煙突があるフネなんて聞いたこともない。
「……いや、父上と兄上から以前聞いたことがある。アルビオン空軍で
建造された新型戦列艦の噂を。今までのフネと違って艦体に装甲を
張り巡らせてあるし、風石で浮き上がって、コークスを燃やして
動く……らしいんだ。でも重くて船足も遅いし、大砲も全部で9門しか
積んでないって聞いたよ」
「そんなに少ないの?昔アルビオンに旅行したときに見た軍艦は、
もったたくさん大砲を積んでいた記憶があるわよ?」
ギーシュの言葉にルイズが反応する。それを聞いたふがくは……
「なるほど。砲身はまだ短いけど、こっちでもやっぱりこの国が
こういうことするのね」
アルビオン王国は、地球の地図に当てはめると大英帝国に相当する国。
それならば――向こうで『ドレッドノート』を生み出した智慧と気慨を、
こっちでも持ち合わせているようだと、ふがくは思った。
「何の話?」
「別に。こっちのことよ。とにかく、あのフネがアルビオンのフネだと
いうなら、そんなに離れていないわね。移動するわよ」
二人にそう告げると、ふがくは高度を維持したまま移動を開始した。
それならば――向こうで『ドレッドノート』を生み出した智慧と気慨を、
こっちでも持ち合わせているようだと、ふがくは思った。
「何の話?」
「別に。こっちのことよ。とにかく、あのフネがアルビオンのフネだと
いうなら、そんなに離れていないわね。移動するわよ」
二人にそう告げると、ふがくは高度を維持したまま移動を開始した。
その少し前――浮遊大陸アルビオン北部、ニューカッスルから
100リーグほど離れた東の空では……
100リーグほど離れた東の空では……
「それでは殿下、今回の積み荷の硫黄、確かにお渡ししましたよ」
「感謝する。君たちのおかげで、我々は持ちこたえられている。
……あのフネでは、空賊に偽装して私掠行為をすることもできないからね」
夜明け前の暗い空。密輸船『マリー・ガラント』の甲板上でそう言って
笑うのは、金色の髪の精悍な青年――アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダー。
アルビオン王国王立空軍本国艦隊司令長官でもある彼は、その麾下にある
唯一の艦船である新型戦列艦『イーグル』にて、彼らを支援する者たちからの
援助物資を受け取るべく、通常の航路から外れたこの場所に赴いていた。
「ははっ。確かに、ここまで立派だと誰も商船とは見てくれませんよね」
ウェールズ皇太子の言葉を受けるようにそう笑うのは、金色の髪を
ショートカットにした、まだ少女の域を抜けきらない平民の女性。
いつも右腕に包帯が巻かれ、右眉の上にある小さな×印のような古傷が
目立つ、ウェールズ皇太子にはシンと名乗っているその女性が、
アルビオン王国における貴族派の蜂起以来劣勢の王党派を支える者たちの
エージェントとしてウェールズ皇太子に接触していた。その正体は
ウェールズ皇太子も知らないが、アルビオン訛りのあるシンを表に出し、
表だった見返りも要求せずに物資を援助し続ける者たちについては、
薄々ながら気づき始めてはいた。
「そういうことだ。それに、叛乱軍は2日後に総攻撃を行うと通告してきた。
シン、君にこうして会うのも、これが最後かな?
君の主に、今までの助力にアルビオン王家を代表して感謝する、と
伝えてほしい」
「…………。それでは、ボクたちは明後日、この空域でお待ちしていますね」
平然と言うシンに、ウェールズ皇太子は色をなした。
「な……馬鹿なことを!
すでに我々は3万もの敵兵に包囲されている。しかも敵にはかつての
本国艦隊旗艦である巨大戦艦『ロイヤル・ソヴリン』……いや、今は
奴らが我々から初めて勝利をもぎ取った戦地の名『レキシントン』に
名を変えているが、それを含めた艦隊までいる。そんな場所に……」
「……殿下、聞こえませんか?あの音が……」
「……音?」
シンの言葉にウェールズ皇太子が空を見上げる。その耳には、低く
くぐもった、今まで聞いたことのない音が届いている。
「……あれは!?」
音の方角に目を向けると、遙か高みを赤青白の三つ星が瞬き8本の尾を
引きながらアルビオンの方角へ飛んでいく。それが頭上を過ぎ
ニューカッスルの方角へ飛び去るのを、ウェールズ皇太子は
ただ見ていることしかできなかった。
「……なんと……あのような流星は今まで見たことがない。あれはいったい……」
「吉兆だと思いますよ、殿下。まだアルビオン王家を始祖はお見捨てに
なってはいない証かと」
「分かった。我々は城に戻る。君たちもすぐにここから離れてくれ。
まもなく夜が明ける」
「感謝する。君たちのおかげで、我々は持ちこたえられている。
……あのフネでは、空賊に偽装して私掠行為をすることもできないからね」
夜明け前の暗い空。密輸船『マリー・ガラント』の甲板上でそう言って
笑うのは、金色の髪の精悍な青年――アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダー。
アルビオン王国王立空軍本国艦隊司令長官でもある彼は、その麾下にある
唯一の艦船である新型戦列艦『イーグル』にて、彼らを支援する者たちからの
援助物資を受け取るべく、通常の航路から外れたこの場所に赴いていた。
「ははっ。確かに、ここまで立派だと誰も商船とは見てくれませんよね」
ウェールズ皇太子の言葉を受けるようにそう笑うのは、金色の髪を
ショートカットにした、まだ少女の域を抜けきらない平民の女性。
いつも右腕に包帯が巻かれ、右眉の上にある小さな×印のような古傷が
目立つ、ウェールズ皇太子にはシンと名乗っているその女性が、
アルビオン王国における貴族派の蜂起以来劣勢の王党派を支える者たちの
エージェントとしてウェールズ皇太子に接触していた。その正体は
ウェールズ皇太子も知らないが、アルビオン訛りのあるシンを表に出し、
表だった見返りも要求せずに物資を援助し続ける者たちについては、
薄々ながら気づき始めてはいた。
「そういうことだ。それに、叛乱軍は2日後に総攻撃を行うと通告してきた。
シン、君にこうして会うのも、これが最後かな?
君の主に、今までの助力にアルビオン王家を代表して感謝する、と
伝えてほしい」
「…………。それでは、ボクたちは明後日、この空域でお待ちしていますね」
平然と言うシンに、ウェールズ皇太子は色をなした。
「な……馬鹿なことを!
すでに我々は3万もの敵兵に包囲されている。しかも敵にはかつての
本国艦隊旗艦である巨大戦艦『ロイヤル・ソヴリン』……いや、今は
奴らが我々から初めて勝利をもぎ取った戦地の名『レキシントン』に
名を変えているが、それを含めた艦隊までいる。そんな場所に……」
「……殿下、聞こえませんか?あの音が……」
「……音?」
シンの言葉にウェールズ皇太子が空を見上げる。その耳には、低く
くぐもった、今まで聞いたことのない音が届いている。
「……あれは!?」
音の方角に目を向けると、遙か高みを赤青白の三つ星が瞬き8本の尾を
引きながらアルビオンの方角へ飛んでいく。それが頭上を過ぎ
ニューカッスルの方角へ飛び去るのを、ウェールズ皇太子は
ただ見ていることしかできなかった。
「……なんと……あのような流星は今まで見たことがない。あれはいったい……」
「吉兆だと思いますよ、殿下。まだアルビオン王家を始祖はお見捨てに
なってはいない証かと」
「分かった。我々は城に戻る。君たちもすぐにここから離れてくれ。
まもなく夜が明ける」
「了解しました。殿下。良き航海を」
そう言ってシンは自分に背を向けイーグル号に戻るウェールズ皇太子を
見送る。イーグル号がマリー・ガラント号から離れてから、シンは先ほど
流星が飛び去った空を見上げてぽつりと漏らした。
「……うちの姫様から副司令が直々に向かう、って聞いてはいたけれど……
こりゃまたすごい。こうくるとはボクも思ってなかったよ」
シンの正体はトリステイン王国の秘密組織、通称『ゼロ機関』のエージェント。
『ゼロ機関』とは王室直属の秘密組織で、王立魔法研究所――俗に言う
アカデミー――の研究とは比べものにならない魔法や飛行機械を極秘裏に
実戦投入するために設立されたとその存在が公になった後に言われることに
なるが、それはルイズが虚無に目覚めた後の後付けの理由であり、実際には
アンリエッタ姫が独自に情報収集や秘密工作を行うために設立した、
銃士隊の影となる存在だ。その構成員はシンのようにエージェントとして
活動しつつ銃士隊隊員として表の顔も持つ者もいれば、このマリー・ガラント号のように
表向きは商船として活動し、その乗組員が全員『ゼロ機関』の存在を知らないまま
協力者として任務に就いていることもある。伝統にこだわり情報戦に
後れを取っていたトリステイン王国も、この『ゼロ機関』の設立により
ようやくガリア王国やロマリア連合皇国に比肩しうる情報機関を手に
入れていたのだった――
そう言ってシンは自分に背を向けイーグル号に戻るウェールズ皇太子を
見送る。イーグル号がマリー・ガラント号から離れてから、シンは先ほど
流星が飛び去った空を見上げてぽつりと漏らした。
「……うちの姫様から副司令が直々に向かう、って聞いてはいたけれど……
こりゃまたすごい。こうくるとはボクも思ってなかったよ」
シンの正体はトリステイン王国の秘密組織、通称『ゼロ機関』のエージェント。
『ゼロ機関』とは王室直属の秘密組織で、王立魔法研究所――俗に言う
アカデミー――の研究とは比べものにならない魔法や飛行機械を極秘裏に
実戦投入するために設立されたとその存在が公になった後に言われることに
なるが、それはルイズが虚無に目覚めた後の後付けの理由であり、実際には
アンリエッタ姫が独自に情報収集や秘密工作を行うために設立した、
銃士隊の影となる存在だ。その構成員はシンのようにエージェントとして
活動しつつ銃士隊隊員として表の顔も持つ者もいれば、このマリー・ガラント号のように
表向きは商船として活動し、その乗組員が全員『ゼロ機関』の存在を知らないまま
協力者として任務に就いていることもある。伝統にこだわり情報戦に
後れを取っていたトリステイン王国も、この『ゼロ機関』の設立により
ようやくガリア王国やロマリア連合皇国に比肩しうる情報機関を手に
入れていたのだった――
「……見えた。私の電探も、まだまだ大丈夫ね」
背中から陽が差すのを感じながら、ふがくが眼下に広がる巨大な浮遊
大陸の縁に安堵の溜息を漏らす。雲と霧に包まれた浮遊大陸は、ルイズに
よればトリステインと同程度の面積があるらしい。
「ニューカッスルはアルビオン北部にある大きな都市よ。とりあえず
下に降りて、どこかで場所を確認しましょ」
「そうだね。もうじき夜が明けそうだし。それに、ずっとこうしてると
疲れたよ……」
ルイズとギーシュも陸地が見えたことでこれまでの疲れが一気に
吹き出した格好だ。アンリエッタ姫の話によれば、ニューカッスルでの
戦いは王党派が不利なまま追い詰められているという。だとすれば、
部隊が展開している場所を探せばそこがニューカッスル城だということ。
そしてそれは程なくして見つかった。
いくつもの橋が架かる大きな河の北側にある城郭。それを包囲するように
万単位の兵がいることがこの高度からも判る。陸兵の後方には200メイルは
ある巨大な木造帆船を中心に5隻の中型帆船が城郭を望み、すべての艦は
舷側を城郭に向けいつでも砲撃できる体勢にあった。
「そろそろ夜明けね。ここから一気に城に舞い降りるわよ!」
ふがくはそう言ってやや距離を取り、急降下を始める。高度15000メイルから
7000メイルまで急降下し、そこから降下角度を緩めて城郭に取り付く――
本来ならば一気に急降下したいところだが、それには自分の体が、なにより
ルイズたちが耐えられないこと、そして敵が城郭を包囲している以上、
あまり目立つことはしたくないというのがふがくの考えだった。
しかし、そこでふがくは致命的なミスを犯す。ここまで翼端灯を
点灯したままだったのだ。それはふがくが自分を撃墜できるような存在が
ここハルケギニアには存在しないと考えていたためだったが……それが
甘い考えだったと思い知らされることになる。
背中から陽が差すのを感じながら、ふがくが眼下に広がる巨大な浮遊
大陸の縁に安堵の溜息を漏らす。雲と霧に包まれた浮遊大陸は、ルイズに
よればトリステインと同程度の面積があるらしい。
「ニューカッスルはアルビオン北部にある大きな都市よ。とりあえず
下に降りて、どこかで場所を確認しましょ」
「そうだね。もうじき夜が明けそうだし。それに、ずっとこうしてると
疲れたよ……」
ルイズとギーシュも陸地が見えたことでこれまでの疲れが一気に
吹き出した格好だ。アンリエッタ姫の話によれば、ニューカッスルでの
戦いは王党派が不利なまま追い詰められているという。だとすれば、
部隊が展開している場所を探せばそこがニューカッスル城だということ。
そしてそれは程なくして見つかった。
いくつもの橋が架かる大きな河の北側にある城郭。それを包囲するように
万単位の兵がいることがこの高度からも判る。陸兵の後方には200メイルは
ある巨大な木造帆船を中心に5隻の中型帆船が城郭を望み、すべての艦は
舷側を城郭に向けいつでも砲撃できる体勢にあった。
「そろそろ夜明けね。ここから一気に城に舞い降りるわよ!」
ふがくはそう言ってやや距離を取り、急降下を始める。高度15000メイルから
7000メイルまで急降下し、そこから降下角度を緩めて城郭に取り付く――
本来ならば一気に急降下したいところだが、それには自分の体が、なにより
ルイズたちが耐えられないこと、そして敵が城郭を包囲している以上、
あまり目立つことはしたくないというのがふがくの考えだった。
しかし、そこでふがくは致命的なミスを犯す。ここまで翼端灯を
点灯したままだったのだ。それはふがくが自分を撃墜できるような存在が
ここハルケギニアには存在しないと考えていたためだったが……それが
甘い考えだったと思い知らされることになる。
――ガガガッ!
「……くっ!銃撃?この高度で?
大丈夫?二人とも!」
「わたしは大丈夫……今のは!?」
大丈夫?二人とも!」
「わたしは大丈夫……今のは!?」
「分からない!けど、このまま降下を続けるわよ!」
高度13000メイルを過ぎたとき、ふがくは突然付近の雲の合間から
銃撃を受けた。かろうじて攻撃を躱しそのまま降下を続けるが――
高度13000メイルを過ぎたとき、ふがくは突然付近の雲の合間から
銃撃を受けた。かろうじて攻撃を躱しそのまま降下を続けるが――
「……あーあ。外しちゃった♪」
「今のはわざとよ、姉さん。だって、私たちに全然気づかないんだもの。
ただのご挨拶。くすくす♪」
「そうだね、アリス。
でも驚きだね。フガクはあっちでクレアたちがぶっ壊したと思ってたよ。
詰めが甘いねーあいつら♪」
「でも、これで楽しくなるわ、姉さん。退屈ともおさらば。だって、
フガクだったらいっぱい殺してくれるもの♪」
「そうだね、アリス。楽しくなるよ、これから。くすくす♪」
その後ろ姿を上空から眺める二つの影に、ふがくは気づくことは
なかった。
「今のはわざとよ、姉さん。だって、私たちに全然気づかないんだもの。
ただのご挨拶。くすくす♪」
「そうだね、アリス。
でも驚きだね。フガクはあっちでクレアたちがぶっ壊したと思ってたよ。
詰めが甘いねーあいつら♪」
「でも、これで楽しくなるわ、姉さん。退屈ともおさらば。だって、
フガクだったらいっぱい殺してくれるもの♪」
「そうだね、アリス。楽しくなるよ、これから。くすくす♪」
その後ろ姿を上空から眺める二つの影に、ふがくは気づくことは
なかった。