遠く果てしない憂鬱のStairway

35話 遠く果てしない憂鬱のStairway

その日、俺はいつものように会社に行って仕事をしていた。
いや、いつもとは違う事があった。
その日は俺の息子の、5歳の誕生日で、俺は会社が終わればすぐに家に帰り妻と共に息子の誕生日を祝おうとしていたんだ。
息子が欲しがっていた玩具は、既に購入して家に隠してあった。

(喜ぶと良いんだけどな)

パソコンに向かってキーボードを打ちながら、
俺は家に帰って妻とどう息子を祝おうか考えていた。
きっとその時の俺は薄ら笑みを浮かべて見る人によっては不気味だっただろう。

その時、俺の持っていた携帯電話が鳴った。

「ん、誰だ?」

まだ仕事が終わる時間では無いので俺はどこかの取引先からかと思った。
だが、液晶には「非通知」の文字が表示されている。
不審に思いつつも、俺は携帯の通話ボタンを押し電話に出る。

「はい、もしもし、**商事の肥後ですが」
『肥後、正則さんですか?』
「はい……?」
『**警察署の者ですが……どうか落ち着いて聞いて下さい』
「……何、でしょう」

どうしようも無く胸騒ぎを感じた。
そしてその胸騒ぎは、最悪の形となって実現してしまった。





『……奥さんと息子さんが、事故に遭われまして……残念ですが……』




「……え?」




妻と息子は、買い物から帰る途中、居眠り運転のダンプが突っ込んできて、轢かれたらしい。
二人の身体は轢き潰され、息子に至ってはもはやただの肉塊と化していたと。
妻は顔は辛うじて残っている状態で、残りの部分は直視出来ない状態だったと。
警察や目撃した人から聞いた話だ。
道理で……霊安室で柩を開けさせてくれなかった訳だ。

朝、俺が「行ってきます」って言って。
妻と息子は「行ってらっしゃい」って言ってくれて。

あれが最後か。
あれが最後の二人の姿で、交わした最後の言葉か。

何だよそれ。

そんなのありかよ。

そんなの……。




妻と息子を失ってからどう言う生活をしていたのか、記憶が殆ど無い。
気付けば俺は場末の鉄工所で働いていて、
趣味と言えば出会い系サイトを巡って適当に女や男とヤるような汚い存在になっていた。
他には酒を飲むかパチンコを打つか。
あの日、妻と息子を失う日の朝までは、まさか自分がこうなるとは思っていなかった。
無論、妻と息子を失うなんて、夢にも思わなかった。

そして今、俺は、殺し合いと言う謎の殺人ゲームに巻き込まれている。
殺し合いをするつもりは無かったが、死にたくも無かった。
そして一人殺してしまった。熊の男に殺されかけて、それで……。
殺さなければ俺が殺されていただろう、だけど、人を一人殺した事には変わり無い。
罪悪感なんてとうの昔に無くなっていたと思っていたんだが、まだ残っていたみたいだ。

そうこうしている内に一回目の放送の時間がやってきた。
俺は田圃が広がる所の民家に侵入して放送を聞いた。
運営の男の声が島中に響き渡る。
禁止エリアが発表されるが、自分がいる場所からは遠く離れていて取り敢えずは気にしなくても良さそうだった。
次に、死亡者の名前が発表される。
呼ばれた名前は27人、この27人の中には、俺が殺した熊の男も含まれているに違い無い。
しかし、たった六時間の内にそんなに死んだのか……。
そんなに殺し合いに乗り気でいる奴が多いと言う事なのだろうか。

俺はこれからどうする……?
別に探したい知り合いがいる訳でも無い、禁止エリアも遠い場所。
なら下手に動き回らず、この民家に隠れている方が良いんじゃなかろうか。
少なくとも次の放送がある正午まではここは禁止エリアにはならない。正午以降は分からないが……。

「……ちょっと寝るか」

畳の部屋に移動して、そこに横になる。
二つ折りにした座布団が枕代わりだ。
一応、窓や扉は全て施錠してあるから外から誰かが入る事は出来無い……筈。
夜中から色々な事があって、もう疲れた。
少し眠らないと身体がもたない。

「……寝よう」

俺は目を閉じ、眠りにつく事にした。


【朝/D-4/田園地帯清原家】

肥後正則
[状態]左頬に打撲、睡眠
[装備]アンカライトナイフ
[持物]基本支給品一式、小型クランプ(2)、針金
[思考]1:(睡眠中)
    2:死にたくない。
    3:これからどうする……?
[備考]※特に無し。


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最終更新:2014年02月02日 17:24