48話 world LOST world
田畑の広がる長閑な光景。
尤も、殺し合いの中で見晴らしの良い場所を歩くのは上策では無いのだが。
薄汚れた作業着姿の山犬獣人の男、
肥後正則はそんな事まで考えない。
特に宛も無く田圃の中に敷かれた道路を歩く。
「ふぁぁ……」
大きく欠伸をする正則。彼はついさっきまで仮眠を取っていた。
勿論、比較的安全そうな民家の中でだが。
正直まだ眠かったがいつまでも同じ場所で眠っている訳にもいかない。
「つってもな……これからどうするか……ん?」
前方に何かを見付ける正則。
民家の塀の陰に灰色の大きな毛皮の物体が倒れている。
恐る恐る近付いてみると、それは成人男性程もある大きな雄犬だった。恐らく妖犬か、魔犬の類だろうと正則は思う。
腹が上下しているので生きてはいるようだった。
「おい……?」
思わず声を掛けた正則だったが、声を掛けた直後に、この犬が殺し合いに乗っていたらと心配になった。
「……うう……誰だ……?」
「!」
雄犬が正則の方に顔を向ける。その顔を見て正則は驚いた。
右目が血に染まり、潰れていた。
何か鋭利な刃物で刺されたようで傷口がとても痛々しい。
良く見れば股間と尻の辺りも汚物で汚れており、見るからに壮絶な体験をしたのだろうと言う事は容易に予想が付いた。
「俺は殺し合う気は無い。取り敢えず、その……安心してくれ」
「ほ、本当か……?」
「ああ……お前は? 殺し合いには……」
「俺も、乗ってないよ……ハァ、ハァ」
互いに戦意は無い事を一応を確認する。
「俺は肥後正則。お前は?」
「あ、
荒津文護……」
「分かった。荒津、随分酷い怪我してるな……その、下の方もかなり汚れてるし」
「色々あったんだよ……」
文護の発した「色々」と言う単語にどれだけの意味が含まれてるのだろうと正則は思う。
右目を失い、失禁と脱糞までしているのだから。
「ちょっとクラクラきちゃって……休んでたんだ。でもそろそろ動けそうだから……」
ふらつきながら文護が立ち上がる。
「おいおい、本当に大丈夫なのか? クラクラしてるって出血多量って事じゃ……。
その目、相当血が出ているように見えるぞ」
「一応、血は止まってるっぽいけど……」
「そうか、だけど……股間と尻、洗ったほうが良いぞそれ。
気持ち悪いだろ、そのままだと……臭いも凄いぞ」
「……」
改めて自分の下半身を確認する文護。
正則の言う通り、その辺りは不快な感触と臭いをもたらしていた。
ずっとこのままにしておく事はとても出来無い。衛生的に最悪な状態である。
文護はすぐ傍の民家に目をやる。
「ここの家で洗おう」
「俺も行ってやるよ」
「え? でも……」
「ここで会ったのも何かの縁だ、気にするな」
「う、うん」
正則と文護は民家の中へと入って行った。
……
……
文護が風呂場で身体を洗っている間、正則は民家の居間を観察する。
中央に年季の入った座卓が置かれた和室。
ついさっきまで人が居たかのように生活感が残っていた。
壁に掛けられたカレンダーは今年、今月の物。
(この島の住民はどうなったんだ? ……今の俺には関係無いか)
これ程大規模な殺し合いの舞台を用意する為に、この島に元々住んでいたであろう人々を、
殺し合いの運営の連中はどうしたのか正則は気にはなった。
ただ、それを追求するのは今やるべき事では無いと判断し、それについては考えるのを止める。
「ん……」
小さな箪笥の上に写真立てが置かれているのを見付ける正則。
写真立てには、笑顔を浮かべる家族を写した写真が飾られていた。
「……」
家族写真を見ている内、正則はかつての自分と妻子の姿を思い出す。
思えば妻子と一緒に撮った写真は、それなりの数があった筈だが今は一枚も手元に無い。
どこへ消えてしまったのか、もう今では知る術は無い。
「……フゥ」
今更自分の妻子の事を思い出しても何もならないだろう。
溜息を吐きながら、正則は写真立てを写真が見えないように倒して置いた。
やがて文護が風呂から上がってくる。
血や汚物で汚れた身体は綺麗になり、異臭もシャンプーの香りに取って代わられた。
目の傷は相も変わらず痛々しかったが。
「おー、綺麗になったな」
「目の所洗う時はかなり大変だったけど……痛くて痛くて」
「まあそりゃあなぁ」
「肥後さんだっけ? あんたこれからどうするの? って言うか……肥後さん今一人?」
「ん? ……ああ、俺一人だ。これからなぁ……特に決めてはいないんだよな。
そう言うお前はどうなんだ? 荒津」
「俺は……今は一人だよ。同行していた子がいたけど、殺された。
この目の傷と、失禁脱糞もその時にって訳……俺も……これからどうするか、具体的には決めて無いね」
互いに殺し合いに乗ってない上で、今後の方針は特に決めていない事が明らかとなる。
「それなら荒津、一緒に行動しないか?」
「え? 何で? いや、別に嫌な訳じゃないけど……何で俺と一緒に行こうと思ったの?」
突然の申し出の理由を正則に訊く文護。
「いやまぁ、ずっと一人だったから……誰かと一緒になりたいなって」
「淋しいって事?」
「そうだよ」
「うわぁ、キモッ。おっさんが淋しいって言ってもキモいだけだわ」
「んだとゴルァ」
「ああごめんごめんごめん言い過ぎた。良いよ。一緒に行こうぜ肥後さん」
「……ああ、宜しく。荒津」
「こちらこそ……けど、一緒に行動するにしたってこれからどうしよう?」
「そうだなぁ」
正則は自分のデイパックから地図を取り出し、座卓の上に広げる。
現在位置は恐らくD-4とE-4の境目付近と思われた。
南に禁止エリアと化したF-4、F-5があるが距離は離れているので気にする必要は無さそうだ。
東に行けば、南部集落があり、商店街や変電所、役場等がある。
運営が拠点にしている小中学校もすぐ近隣にあり、北部集落に比べて島の中枢と言った雰囲気が強い。
恐らくと言うより、間違い無く、人が集まり易い地域では無かろうか。
「町の方行ってみるか、南部集落の方」
正則が文護に提案する。
文護は少し心配そうな表情を浮かべた。
「町か……人が多く集まりそうだな。殺し合いに乗ってる奴も、乗ってない奴も」
「正直言って、動きたくは無いんだけどな。そう言う訳にも行かないだろうし。
俺達の他にも殺し合いに乗っていない奴は居ると思うから、そう言う奴等を見付けて仲間にしていけば、
或いは、或いはだぞ? この殺し合いから逃げ出す方法も見付かるかもしれないだろ?
って思ったんだけど……どう?」
「中々の希望的観測だけど……良い考えだと思うよ」
「本当か?」
「なぜ疑う……本当だよ」
「それじゃあ、もう暫く休んでから行こう」
「おう」
暫く休憩してから二人は出発する事にした。
【朝/D-4・E-4境界線付近/松林家】
【肥後正則】
[状態]左頬に打撲
[装備]アンカライトナイフ
[持物]基本支給品一式、小型クランプ(2)、針金
[思考]1:死にたくない。
2:荒津と行動。暫く休んだ後に南部集落へ向かう。
[備考]※特に無し。
【荒津文護】
[状態]左目失明、精神的ショック(少し和らいだ)、やや貧血気味
[装備]無し
[持物]基本支給品一式、新聞エロ記事スクラップノート
[思考]1:殺し合いはしない。
2:肥後さんと行動。暫く休んだ後に南部集落へ向かう。
[備考]※
上神田ための容姿のみ把握しました。
※身体を洗いました。
◆◆◆
バーテンダーの格好をした金髪の青年、
七塚史雄は田園地帯を東に歩いていた。
見晴らしの良い場所なので早々に通り抜けたいと彼は思っていた。
「さっさと通っちまおう……」
道路を歩きながら、点在している民家にちらちらと目をやる史雄。
もしかしたらどこかの民家に誰か隠れているかもしれないが、確認する気は無かった。
下手な事をして殺し合いに乗っている者と遭遇しては元も子も無い。
南部集落で身を潜められそうな場所を探そう――――それが史雄が今考えている事である。
「急ごう」
周囲を警戒しつつ、史雄は先へ進む。
すぐ近くの民家に、実際に参加者二人が身を潜めている事など彼は気付かなかった。
【朝/D-4・E-4境界線付近】
【七塚史雄】
[状態]健康
[装備]S&W M1(5/7)
[持物]基本支給品一式、.22ショート弾(14)
[思考]1:死にたくない。
2:南部集落へ向かい隠れられそうな場所を探す。
3:殺し合いに乗っている奴とは会いたく無い。
[備考]※
劉恵晶を危険人物と判断しました。
※第一回放送の情報を劉恵晶の地図と名簿より得ました。
※肥後正則、荒津文護の二人には気付いていません。
最終更新:2014年03月04日 20:24