91話 明日は来るのか(前編)
運営本部、黒いゴーグルを掛けた監視員の一人が平野源五郎の元へ走る。
そして、生存者全員の生存反応が監視モニタから消えたと伝えた。
「暫く待機するように」と監視員に支持し、モニタールームへ戻らせた後、平野は側近二人――じゅんぺいとまひろに声を掛けた。
「じゅんぺい君、まひろ君、聞こえたと思うが、生存者全員の反応がモニタから消えた。
本来ならば、全員死亡したと見るべき状況なのだが、さっき話した事を覚えているかね?」
「はい」
「ハイ」
平野は
第三放送終了時にまひろからもたらされた情報から、生存者6人が首輪の解除を目指している可能性を考え、
それをじゅんぺいとまひろの二人にも伝えていた。
「確か、首輪がゲーム中に外れた場合、モニタの上じゃ、死亡って出るんですよね?」
「そうだじゅんぺい君」
じゅんぺいの言うように、ゲーム中に何らかの理由で首輪が外れた場合、モニタ上ではその参加者は「死亡」扱いになる。
ゲーム中に首輪が外れると言うのは、普通ならば優勝者に信号を送って解除する以外には無い筈、だが。
「6人全員、殺し合いには乗っていない者ばかり。
当然、周囲にはもう敵も居ない。そのような中で、突然、6人全員がモニタ上で『死亡』した。
と言う事、ですね? 平野さん」
「ああ、まひろ君。君はこれについてどう思う?」
「つまり、生存者達が、首輪の解除に成功したと」
まひろが語った考察に平野が頷いた。
直後に「そんな事有り得るのか」とじゅんぺいが疑問を呈す。
彼の言う通り、参加者が首輪の解除に成功したなど信じ難い、それは平野もまひろも一緒だ。
言うまでも無く高度な技術で作られた特別製の物なのだから。
しかし、生存者の内の一人、貝町ト子が機械類に詳しいと言う事や今までの生存者達の筆談と思われる行動を振り返るに、
可能性は捨てきれない。
「取り敢えずは、生存者達の反応が途絶えた、D-6エリアの廃ビルへ『迎え』を行かせる。
もし本当に全滅していたのならそれで良し、もし首輪を全員外していたのなら、私達の元に案内する」
「大丈夫なんすか? 案内なんかして。生き残り達は、俺らの事恨んでるだろうし、絶対襲ってくると思いますけどね」
「まあ、その辺りも考えてある。安心したまえ、じゅんぺい君。まひろ君も。それでは、始めようか」
余り多くの事は語らないまま、平野はモニタールームの方へ歩き去って行った。
やや呆れた表情を浮かべるじゅんぺいと、特に表情を変えないまひろ。
「あの人、たまに根拠の無ぇ自信見せる時有っからなぁ」
「まあ、本当に危険になったら、私達は避難して良いと言っていましたし」
「そうだな、いざって時は平野さんに悪いけどそうさせて貰おうぜ」
身の振り方を話しながら、二人は休憩室へと戻る。
◆◆◆
すっかり夜となったバトルロワイアルの会場。
最初の夜の時とは違い、銃声も悲鳴も聞こえない。聞こえるのは風の吹き抜ける音、
そして夜空を強力なライトを照らしながら飛行する大型の黒いヘリコプターのローター音のみ。
D-6エリア、廃ビルの駐車場だった場所にヘリは着陸した。
ヘリの中から、自動小銃を装備した、黒い服に身を包んだゴーグル男達が複数人出てくる。
彼らこそが平野源五郎の寄越した『迎え』の者達であった。
生存者6人が、モニタ上で生存反応の途絶えるその直前まで居た筈の廃ビルの中へゴーグル男達は入って行く。
彼らが確かめようとしているのは生存者6人の生死。
本当に死んだのか、それとも、平野源五郎の言う通り首輪を外す事に成功したのか。
「ぐあ!?」
その答えは彼らが二階フロアに足を踏み入れてすぐに判明した。
「落ちろ!」
「げぶっ」
「落ちたな(確認)」
床にうつ伏せに倒れたゴーグル男の一人を踏み付ける、生存者の一人、犬狼獣人の
原小宮巴。
残りのゴーグル男達は彼女の首に、有る筈の首輪が無い事を見て取る。
「お前ら、やっぱり首輪を……」
ゴーグル男の一人が言いかけた、だが、それがゴーグル男達の発する最後の台詞となった。
次々と現れたMUR、ノーチラス、サーシャ、北沢樹里、貝町ト子に、ゴーグル男達は全滅させられてしまう。
「よし、この勢いに乗じて、あのヘリを奪うんだゾ!」
MURが号令し、生存者達が外に停めてあるヘリに向け突撃する。
ヘリの周囲にも当然武装したゴーグル男達が配備されていたが、あっと言う間に全員が排除されてしまった。
「何だお前ら……!?」
「抵抗するな」
ヘリの中へ押し入ったト子が、銃を突き付けてパイロットを脅す。
そして自分達を運営本部へ連れて行くよう命じた。
パイロットは逡巡する素振りを見せるも、銃口を目の前にしては従うしか無いと思ったのか、頷いた。
「良いゾ~これ」
「上手く行ったな、MURさんの言う通り様子見して正解だった」
ノーチラスがMURを称賛する。
廃ビルにて全員の首輪解除に成功した時に、MURの提案によってその場で全員息を潜めていたが、
しばらくして会場周囲を囲む崖の向こうから夜空を照らす強烈なライトを照らしながらヘリがやってきて、
MURの考えが正しかった事が証明された。
MUR達によって奪取されたヘリは、廃ビルの駐車場からゆっくりと飛び立つ。
ヘリが離陸した後、倒れていたゴーグル男の一人が、苦しげに身体を起こし通信機を手に取って通信ボタンを押した。
「……生存者達の、襲撃に遭い……プランBに移行、しました……」
『分かった。大変な役目、ご苦労だった』
飛び去って行くヘリを見詰めつつ、ゴーグル男は通信機の向こうの男――平野源五郎とのやり取りを続ける。
◆◆◆
生存者6人に奪われたヘリは、ゲーム会場を外界から完全に隔絶していた絶壁を越え、
生存者達、いや、参加者達にとって全く未知の領域に入る。
「崖を越えたみたい」
窓の外を見ながらサーシャが言う。
樹里、巴も同じように窓の外に目をやる。
会場は街灯や幾つか建物の明かりが有るのに対し、会場の外はヘリのライト以外には月の光程度しか、明かりは無い。
「暗いなあ……」
「んー、下は草原と森なのかな? なんか、建物と言うかそういう人工物が見当たらない……見当たらなくない??」
会場の外は、月明かりとヘリのライトの光で視認出来る限り、人工物が見当たらず、延々と草原や森が続いているように見えた。
道路も畑も見当たらない。現代日本において到底考えられない景色だと、6人全員が思う。
但し、厳密にはMURと、ノーチラス・サーシャ・ト子・樹里と、巴の「日本」はそれぞれ似て非なる物なのだが。
「一体ここはどこなんだろうな、いや、それ以前に、日本なんだろうか、ここは」
「それも、このゲームの黒幕に聞けば分かると思うゾ」
「おい、ちゃんと本部に向けて飛んでいるんだろうな」
会話するノーチラスとMURの横で、再びパイロットを威圧するト子。
「と、飛んでいる! ほら、見えてきたぞ」
「む……」
怯えながら話すパイロットの言に、ト子を始めとして全員がウィンドウガラスの向こうに視線を送る。
暗闇の中、ぽつんと明るい場所が視認出来た。
ヘリポートである。
「あれが本部か」
「ああ、そうだ」
「よし、みんな乗り込むゾ! 準備は良いな? 必ずこのゲームの黒幕を倒して全員で生きて脱出するんだゾ」
MURが激を飛ばし、全員が決意を新たにした。
いよいよヘリが光り輝くヘリポートへと着陸する。
暗闇の中を飛んできた6人にとってヘリポートの光はとても眩く視界に溢れる光に思わず目を瞑るが、直ぐに慣れ目を開いた。
「……? 妙だな」
外の様子にノーチラスが疑問を持つ。
四方を高い塀に囲まれたヘリポートには人っ子一人見当たらない。
普通に考えれば警備の者位は居るのではないのか?
「誰も居ないわね……?」
「警備員ぐらい居そうなものなんだけど……」
サーシャと樹里も同様に不審がる。
「とりあえず外に出よう」
MURがそう言い、6人がヘリから降りる。
その時、パイロットが微かに哂ったが、誰も気付く者は居なかった。
「あそこ、入口が有るわ」
サーシャが指差す先に、大きな両開きの扉が付いた、コンクリートの建家が有った。
あれが本部の入口に違い無い、そう判断した6人は建家に向かって、辺りを警戒しつつ歩いて行く。
本当に誰も居ない、ただただ固いコンクリートの地面が有る広いヘリポート――――の筈だった。
「ん?」
先頭のMURは急に足が沈むような感覚に襲われた。
深い泥濘に嵌ってしまった時のような。足元を見ると、そこには黒い沼のような物が広がっていた。
「うおお!? 何だこりゃ!?」
「いっ!? うあ!」
ノーチラスと樹里が吃驚の声を上げる。巴とト子、サーシャも異変に気付く。
6人全員が、先程までただのコンクリートだった筈の地面に突如出現した「黒い沼のような物」に足を取られていた。
その上、6人はどんどんその黒い沼のような物に沈んで行く。
「くそ……!」
這い出ようとト子がもがくが、もがけばもがく程どんどん沈んで行ってしまう。全くの徒労であった。
「何なんだゾ!? うわあああ……!」
為す術も無く、MURは黒い沼のような物へと完全にその身体を沈めてしまった。
続いて、他の五人も同じように沈んで行き、その後、黒い沼のような物はどんどん小さくなり、
最後には消えてしまいただのコンクリートの地面へと戻った。
「そう甘くは無いんだよなぁ……問屋が卸さないって、はっきり分かんだね」
いつの間にかヘリから降りたパイロットの男が、黒い沼のような物が有った辺りを見ながら、不穏な笑みを浮かべた。
◆◆◆
(息が……出来ないゾ……!)
黒い沼のような物に飲み込まれたMUR。水中に居る感覚と全く同じで、息も出来ず、何も見えず、
ゴボゴボと言う自分の口から二酸化炭素の気泡が溢れ出る音しか聞こえない。
上下感覚が無くなり、最早自分が沈んでいるのか否かさえも分からなくなる。
(し、死、ぬ……!)
このまま窒息して溺れ死ぬのか――――そう思った時、急に辺りが明るくなった。
途端、身体中にまとわりついていた水に似た感覚が消え、重力が元通りになり、息が出来るようになる。
だが次の瞬間にはMURは固い床に叩き付けられた。
そのMURの上にト子、サーシャ、ノーチラス、樹里、巴が次々と降ってきて、彼を下敷きにしてしまう。
「いってぇ……」
「大丈夫? ノーチラス……あいた」
「サーシャ……北沢に貝町、巴、居るか?」
「居るよ」
「ああ」
「居まーす」
「あれ、MURさんは……あっ」
「ど、どいてくれゾ……」
恨めしそうに苦しそうに、五人の下からMURが声を発する。急いで五人はMURの上から退いた。
立ち上がって自分の腰を叩くMURにサーシャが気遣いの声を掛ける。
「ごめんなさいMURさん、大丈夫ですか……?」
「何とかな、それより……ここはどこなんだ?」
MURの言に周囲の様子を確認する五人。
現在居るのは、広いホールのような部屋だった。開催式の時の部屋とは別の物のように見える。
四方を真っ白い壁に囲まれ、入口らしき物も見当たらない。
自分達が落ちてきた天井を見上げれば、そこには簡素な照明が幾つか設置された無機質な天井しか無い。
いやそもそも、あの黒い沼のような物は何なのか。ヘリポートはただのコンクリートの地面だった筈だが。
「良く分からないけど、どうも、ヘリポートからこの部屋に、転移、した? って事かしら」
サーシャが全員の疑問に対する一応の答えになりそうな結論を出した。結果から言えばそうなのだろう。
尤も、あの突然現れた黒い沼のような物は何なのか、どうやってこの部屋まで転移したのか、など、全く解決の兆しが見えない事柄も多々有ったが。
「と言う事は、ここが奴らの、運営の本部……って事か?」
ノーチラスが新たな疑問を口にした直後、異変が起こる。
6人から見て正面の壁が、自動ドアのように開き始めた。そして現れた入口から、大勢のゴーグル男達が雪崩込んでくる。
武器を構えようとした6人だったが、ここで、武器を始めとした所持品が全て無くなっている事に気付いた。
「あれ、武器無いや」
「デイパックも無い!」
キョロキョロする巴、叫ぶ樹里。
そして6人はあっと言う間にゴーグル男達に包囲されてしまう。
(まさか罠だったのか……!?)
MURは自分達が本部まで来れたのは、運営側が仕掛けた罠なのではと思い始めていた。
思い出せば廃ビルにやって来たゴーグル男達は本気で抵抗していないように見えた。
首輪を外そうと言う話題は、盗聴器の存在を知る以前に多少声に出してしまっている。
運営は自分達が首輪を外した事を察知し、わざと自分達の本拠地におびき寄せたのでは――――?
(いや、今はそれより……)
運営が罠を仕掛けたのかどうかより現状を打破する事を優先すべきだと、MURは頭を切り替えた。
しかし、打破するとは言っても、いつの間にか武器が無いこの状態で下手に抵抗するのは自殺行為に等しい。
ところが、ゴーグル男達も、6人を包囲すれど、何か仕掛けてくる様子も無かった。
「何だ、どうして何もしてこないんだゾ……?」
困惑の色を浮かべるMUR、他の五人も多少の差はあれど同じような反応である。
「ようこそ、この殺し合いを生き抜いた6人の強者達」
男の声が響く。すると、ゴーグル男達が道を開け、三人の男が6人に向かって歩いて来た。
その内二人は6人も良く覚えている、じゅんぺいとまひろ。
その二人を従えるように中央に居る、作務衣姿の男は、6人は初めて見る顔であった。
じゅんぺい、まひろ、そして作務衣の男――――平野源五郎は、6人の二、三メートル前方で止まる。
「……お前がこの殺し合いの黒幕なのかゾ?」
進行役を務めていたじゅんぺいとまひろを従えている事から推測したMURが切り出した。
「如何にも。私の名前は、平野源五郎。このゲーム、バトルロワイアルの支配人を務めている。
君達の前に姿を現すのは、初めてかな」
丁寧な口調と仕草で、平野は肯定し自己紹介をした。
この「平野源五郎」こそがこの殺し合いの黒幕――――そう認識した6人の表情が険しくなる。
それを全く意に介さず平野が続けた。
「まさか首輪を解除してしまうとは、驚いたよ」
「気付いていたのかゾ……」
「我々もそう甘くは無いと言う事だ。貝町君かな? 解除したのは」
「……」
平野の問いにはト子は答えず睨み付けるのみ。
ふっと不敵な笑みを浮かべるのみで平野は特に咎める事もせずに、弁舌する。
「最初は、確信していなかったのだがね。幾つかの状況証拠、とでも言うのかな?
それらを纏めたのだよ……君達は、何度か不自然に無言になった事が有っただろう」
どのようにして6人が首輪解除に成功したと考えるようになったかを事細かに6人に説明する平野。
それを聞き、MURとト子が特に悔しげな表情を浮かべた。
首輪解除に関する事を隠す為の筆談が裏目に出てしまう形となったからだ。
とは言っても、首輪の盗聴器に気付く前に何回か口に出して言ってしまっている為それも一因であろうが。
「やっぱり、私達は誘い出されたと言う訳ね」
「その通りだよ。サーシャ君。首輪がゲーム中に外れるとこちらのモニタには『死亡』と表示される。
君達が一気に『死亡』となったから、確認に行かせた者に『全滅したのなら良し、さもなければ、やられる振りをして本部へ誘い込め』と、
指示を出したのだ……上手く君達は引っ掛かってくれた」
「へへ……どうも」
平野の後ろから、不快なにやけ顔をした男が現れる。ヘリのパイロットだ。
ト子に散々脅されていたパイロットも、平野の策謀の一翼を担っていたのだ。
しかし臆病なのは演技と言う訳では無いらしくト子に睨まれるとおずおずと後ろへ引き下がる。
「ここで立ち話も何だ、別室を用意してあるから、場所を移そうじゃないか」
そう言うと平野はゴーグル男達に再び道を開けさせ、6人に自分についてくるよう促す。
「どうする? MURさん」
従うべきかどうかMURに尋ねる樹里。
当然MURは迷ったが、武器は没収され大量のゴーグル男に囲まれ更に敵地のど真ん中に居る現在、
平野の言う通りにする以外に道は無さそうであった。
「今はあいつの言う通りにするしか無いだろうな……今の所、俺達をどうこうするつもりは無さそうだし、まだチャンスは有る筈だゾ」
他の五人に向かって、まだ希望は残っていると含みを持たせMURが言う。
6人は平野、じゅんぺい、まひろの三人の後について行った。
最終更新:2015年05月31日 21:45