狂乱祭(IFルート)

93話 狂乱祭(IFルート)

「ん……」

北沢樹里が目を覚ますと、まず見えたのは蛍光灯の有る天井。
そして強烈な血の臭い、得体の知れない異臭が鼻を刺激し、樹里は鼻を塞いだ。
身体を起こして辺りを見回す。

「ひっ!?」

窓の所に有った物に樹里は悲鳴を発した。
夥しい鮮血の中に、全裸の女性の下半身が落ちていた。その下半身は片足の先が無かった。
別の窓から恐る恐る外を見ると、上半身が落ちていた。
喉元を抉られた、自分の死体だ。

「うっ……ぷ……」

樹里は部屋の外に出て、そして堪らず嘔吐する。
一通り吐き出し幾分落ち着いた辺りで状況を整理し始めた。
自分が今居るのは、「以前の殺し合い」での分校、さっき目を覚ましたのはその保健室。
そう、足を失い自暴自棄になって介抱してくれた海野裕也を詰ったり、勢いに任せ事に及んだ挙句、
裕也の彼女、倉沢ほのかに発見され裕也共々殺された場所に間違い無かった。

自分は「自分が殺された後」の元の世界に帰ってきたのだ。樹里は思った。

「帰ってきたのね私は……でも、これ、どういう事なの?」

樹里が改めて疑問に思うのは自分の死体が何故あんな事になっているのかと言う事。
自分はほのかに喉を刺され殺された。身体を上下に切断された記憶は無い。つまり自分が死んだ後にああされたと言う事だ。
一体どうやればあんな風になるのか、いやそれよりも何故あんな風に損壊されたのか。誰がやったのか。

「まさか倉沢さんが? ……可能性高いわ」

自分の死体を損壊したのは、倉沢ほのかであると、樹里は推理した。いや、ほぼ断定していた。
ほのかは平野の殺し合いの時に再会した時からも分かるように自分に凄まじい憎悪を向けていたのだから。

「裕也の死体が無い……どこに?」

保健室に一緒に殺された筈の裕也の死体が無い事に樹里は気付く。
良く見れば引き摺ったような血の跡が床に残っていた。
誰かが裕也の死体を引き摺って持っていったと言う事だろうか?
ここで樹里は平野の殺し合いでの、ほのかの言葉を思い出す。

――裕也君と一緒に島から出る為に、一生懸命頑張ってたのに――

「……裕也の死体も倉沢さんが?」

その可能性に気付いた時、樹里は、自分と裕也を殺した後の倉沢ほのかが、
とんでも無い事になっていたのだと自分のしでかした事の重大さを思い知らされる。
廃村で出会った時の様子も思い出すと、恐らく精神に異常を来しているに違い無い。

「あれ?」

保健室の、丁度自分が目を覚ました辺りに見覚えの有るデイパックが有るのを樹里は見付ける。
「この」殺し合いの物では無い、「平野の」殺し合いのデイパックだ。
開けてみると、中にはしんのすけから譲り受けて以来装備していたスコフィールドリボルバーと予備弾、一通の手紙が入っていた。
差出人は何と平野源五郎である。

『北沢樹里君。この手紙を読んでいると言う事は君は自分の世界に帰った後だろう。
知っていると思うが君は自分の世界での殺し合いで一度死に、蘇って私の殺し合いを生き抜いた。
元の世界の殺し合いでやり残した事も有るだろうから、君が殺されて少し時間が経った辺りに君を戻させて貰ったよ。
その銃は私からの餞別だ。それでは第二、いや、第三の人生を楽しんでくれたまえ 平野源五郎』

色々と突っ込みたい所は有ったものの樹里は黙ってスコフィールドを装備した。
餞別は有難い。この手紙の通りなら「こちら」の殺し合いはまだ終わっていない。丸腰では危険だ。
首にはもう、枷となる首輪は無く、失った足も元に戻ってはいるが、だからと言って自分が絶対的優位では無い。

「殺し合いが終わってまた殺し合いってのも……はあ。
まあ、首輪は無いし足は元に戻ってるし……その辺りはマシか。
……って事はこっちの世界の貝町さんや、倉沢さんは……」

そこまで思考した時、体育館の方から何やら騒がしい声が聞こえてくるのに気付いた。

「……何?」

樹里は体育館へと向かう。

◆◆◆

「……ふふふっ。そうなんですかぁ。よかった。後何十人も戦わなきゃいけないのかと
うんざりしてたんですけど、手間がちょっと省けそうです。ねぇ、裕也君。」

分校、体育館の体育倉庫。倉沢ほのかが引き摺っている海野裕也の屍に話し掛ける。
彼女の目の前には鎖で一塊に拘束された四人。壱里塚徳人、久世明日美、神崎健二、貝町ト子が居た。
尤も状況を把握出来ているのはほのかの正面に居る壱里塚と久世の二人だけであったが。

ほのかは自分のデイパックからP-90を取り出して四人に銃口を向ける。
四人一篇に始末出来る絶好のチャンスなのだから逃がしてはならない。
裕也君と一緒に帰ると言う目的を果たす為の大きな一歩だ、心の壊れていたほのかはそう、本気で思っていた。

「……や……め……!」
「ちょっと! どうなってるの!? 見えないんだけど!? ねぇ!?」
「……倉沢……さん……いいんだ、これで。もう疲れたよ……俺を、姉ちゃんの所へ連れて行ってくれ」
「神崎、てめぇ……!」
「あぁ! 神崎さん! あなたもとうとう救われる時が来たのですね!  私もお供します! 待っていてくださいサーシャさん!」
「ふざけんな糞がぁ! てめえらみんな死ね!」

騒ぐ四人に「うるさいなぁ」と心の中で思いながら、ほのかはデイパックからP-90を取り出し、銃口を四人に向けた。
さっさと引き金を引いてしまおう。こんな所で立ち止まってはいられない。
自分から裕也を奪おうとしたあの女を殺した時からすっかり殺人に対する忌避感は無くなった。
良い事だ、殺人に躊躇するようではこの殺し合いから裕也と一緒に脱する事など出来ない。

「畜生! 嫌だ! 俺は死にたくねぇ! おい! やめろ! やめてくれぇぇぇぇ! 倉沢ぁぁぁぁぁ!」

徳人の必死の命乞いにも、ほのかは全く耳を傾ける事無く、そして、ニヤリと笑って死刑宣告を行った。

「さ・よ・う・な・ら」


――――ここまでが「正史」。


「止まって」

少女の制止の声と共に、ほのかの後頭部に固い物が押し当てられる。
動きを止めるほのか。狂っていた笑みばかり浮かべていたその顔が、恐怖に引きつった。
声には聞き覚えが有った。だが、有り得ない。有り得る筈が無い。
声の主は、確かにあの時自分が殺した筈だ、でも、この声は――――。


◆◆◆


体育館にやってきた樹里が目にした物。
体育倉庫にてクラスメイトに銃を向けている倉沢ほのかと、彼女の片手に引き摺られている海野裕也と思しき死体。
やはりほのかは正気を失っているのだと樹里は確信する。
切欠を作ったのは紛れも無く自分である事も理解していた。

(声からして壱里塚と、久世さんと、神崎弟と、貝町さん?)

どうやら拘束されて動けないらしいクラスメイトが誰なのか声から判断する樹里。
その中には平野の殺し合いで仲間として行動した貝町ト子も居るようだった。無論、そのト子とは別であろうが。

(止めなきゃ!)

このままではあの四人はほのかに殺される、止めなければ。樹里は音を可能な限り出さないようにして小走りでほのかの背後に近付く。
止めたとしてその先どうするのか、それは樹里自身にも分からなかった。
だが、本来もう自分が関わる筈の無かった「この」殺し合いに再び自分が戻ってきたと言う事はきっと無意味な事では無い筈。

なら、自分が出来る限りの事をやってみよう、まずは第一歩だ。

「止まって」

樹里はほのかの後頭部にスコフィールドリボルバーを突き付けた。

「……え? ……北沢、さん」

ほのかは信じられないと言った心情が読み取れる声を発する。当たり前だろう。
自分が殺したと思った女が、すぐ後ろで自分に銃を突き付けているのだから。
樹里は、ほんの少しだけ笑みを浮かべつつ言った。



「久しぶり、倉沢さん……地獄から、戻ってきたわ」



――――IFルート、開始。



でもそれは、別のお話。



【俺得バトルロワイアル7th  北沢樹里  END】


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最終更新:2015年06月08日 13:36