40話 ゆらりゆらり揺れているのは
島役場に辿り着いたテオ。
古い鉄筋コンクリート製の二階建ての庁舎が彼を出迎える。
誰か居るだろうかと思いながら玄関へ歩いて行く。しかし、扉の前まで来た時足に何かが引っかかりガランガランと大きな音が鳴った。
「えっ、えっ」
何事かと戸惑うテオだったが、どうもそれが即席の警報装置による物だと気付くのとほぼ同時に玄関の扉が開いて、中から巨躯の狼が姿を現す。
「どちらさん?」
狼は低い男の声で言葉を発しテオを睨み付ける。
筋肉質の大柄な狼で、鋭い牙と爪はテオの身体など容易に引き裂くであろう、テオはどきどきしながら受け答えした。
「ぼ、僕はテオ……テオ・オトマイアー。こ、殺し合う気は無いよ」
殺し合いには乗っていないと答える。決して嘘では無く「殺し合う」つもりはテオは無かった。
しかしやはり簡単には信じて貰えず狼は訝しそうに尚もテオを睨む。すると役場の中からもう一人、今度は金髪ショートヘアの人間の少女が現れた。
かなり乱れているが制服を着ており中高生のようだ。
「あらまあいやらしい格好の牛さん……」
「……まあ乗っていないのなら別に良いがな。俺はゼユック、こっちは美知だ」
「美知ですー、私とゼユックの作った即席の警報装置が早速役立つなんて。牛さん、取り敢えず中入る?」
「は、はい」
狼と少女の二人に促されテオは役場の中に入る。
先程の警報措置はこの二人が糸や空き缶等を使い役場周囲に設置した物らしかった。
(この二人でさっき手に入れたアレ、試そうかなあ)
先刻手に入れた毒物「シアン化カリウム」の効能を試す時が訪れたとテオは内心思う。
役場に入り応接スペースへと通される。そこには雄と雌の体液の臭いが漂い、使用済みのティッシュが転がり、
幾度と無くここで淫らな行為が行われていた事を示していた。
誰が行ってたか、ほぼ間違い無くゼユックと美知であろう。この狼と少女はどうやら何度も身体を交えているらしかった。
「ちょっと臭うけどごめんね」
「い、いや……」
「美知の***は気持ち良くてよぉ、何度もヤっちまうんだヘヘ」
「いやーんゼユックったら」
「……」
「テオもするかァ?」
ゼユックが美知のスカートをめくりながらテオに言う。美知は少し恥じらうような素振りをしつつ抵抗しない。
スカートの下の下着は無かった。テオは目を逸らしつつ断る。
興味が無い訳では無いが今は別の目的を果たしたかった。
「しっかしお前すげぇ格好してんな」
「……仕事着と言うか、何と言うか」
「仕事? ……あっ(察し)、もしかして男娼とかそんな感じかな?」
「うん……借金のカタで」
「まあ安心しろ、俺も美知も職業の貴賎を問うような事はしねぇ。なあ?」
「そうだよ、その辺は安心して」
「ありがと……折角だから、コーヒー入れるよ」
おもむろにテオは立ち上がり、コーヒーを入れに給湯室へ向かう。
背後でゼユックと美知が顔を見合わせた事には気付かない。
給湯室に入り、コーヒーを二人分作り、その中にシアン化カリウムを入れて良く混ぜる。
(これの死に方はどんな風だろう……)
殺人への抵抗、忌避はとうに消え去りテオの頭に有るのはシアン化カリウムの効能がどのような物かと言う事のみ。
コーヒーを持って二人の元へ戻る。
「おーサンキュー」
「ありがと」
「いえいえどういたしまして」
二人はテオからコーヒーを受け取る。
後は二人がコーヒーを飲めば、テオが見守ろうとした。
「……何か変なニオイがするな」
しかしそんなに事が上手く運ぶ筈も無い。ゼユックがコーヒーに疑問を抱く。美知はカップを持ちはしたが、口に運びはしない。
「あれ? そうかな……豆が傷んでいたのかな」
「白々しいなテオ」
「え」
とぼけようとしたテオにゼユックが飛び掛かり、腕に食らいついて思い切り投げ飛ばした。
テオは事務机にぶち当たり机の上に有った備品が辺りに散らばった。
食らいつかれた傷、投げ飛ばされる際に捻った腕、そして強打した全身の痛みにテオは悶える。
「ぐあ、あ……」
「涼しい顔して、俺らに一服盛ろうとしやがるとは良い度胸だな? 急にコーヒー入れるなんて言ったら怪しむに決まってんだろ?」
ゼユックがゆっくりテオに近付きながら言う。
確かに彼の言う通りなのだがテオはそこまで思考が至らなかった。
「何を入れたんだ」とテオの腹を思い切り踏み付けながらゼユックが尋ねる。黒目に光る獣の瞳には怒りが湛えられている。
「シアン、化、リウム」
「ええ!? 猛毒じゃんそれ」
美知が驚き反応する。飲んでいれば間違い無く死んでいただろう。
「お前何でそんなモンを」
「自殺の方法を探してるんだ、僕」
「ああ?」
「楽に死ねる、自殺の方法無いかなって。さっき手に入れた、毒を試そうと思って」
「ふざけんなテメェ! 俺らをお前の実験台にしようとしやがったんだな!?」
余りに身勝手極まり無いテオの目的にゼユックも美知も憤怒する。
この白牛に然るべき制裁を加えなければならないと心に決めた。
テオはゼユックに踏み付けられながら、全てを諦めたような、ぼんやりとした表情を浮かべている。
「テオ、お前は『自殺』は出来ねぇよ……俺達に『処刑』されるからな!」
ゼユックにより、テオに死刑宣告が為される。
処刑の準備は直ぐに始まった。
腕を後ろで縛られ、美知の手によりテオの両足が合口によって刺され身動きが出来ないようにされた。
「あぎゃぁああああ!!!」
当然テオは激痛によって悲鳴をあげ泣き叫んだ。だが完璧に無視される。
裏庭へと引き摺り出され、一本の大木の元へと放り投げられる。この木こそがテオの処刑台である。
どこからかロープが持ち出され、ゼユックが大木に登り太い枝の上にロープを通し、一端を停められていた軽トラックに繋ぐ。
そしてもう一端を美知がテオの首に結び付けた。
(あ……絞首刑にされるんだ……僕)
ここまで来ればテオは自分がどのような運命を辿るのか察する事が出来た。
「もっと恥ずかしい姿で死ね」とゼユックがテオの下着を乱暴に剥ぎ取りそこそこに大きい逸物があらわになる。
しかし今まで何度も何度も、恥辱を重ねてきたテオに取って今更全裸が恥ずかしいと言う事も無い。
今彼の頭に有るのは絞首刑で死ぬのはやはり苦しいのだろうか、と言う事のみ。
最期の言葉を聞くと言った温情も与えられず、テオの処刑が始まった。
ゼユックが軽トラックを発進させると、テオの身体がゆっくりと持ち上がる。
「うっ、え」
この時点でもう殆ど呼吸は出来なくなっていたが、遂にテオの身体が宙に浮くと、いよいよ呼吸も血流も遮断され、想像を絶する苦しみがテオを襲う。
「ぐっ、え゛え゛っ]
血塗れの両足を激しくばたつかせ、泡を吹き、両目を血走らせ、激しくもがく白牛青年。
とても品の無い声が大きく舌を垂らした口から吐き出される。
もしこれが高所から突き落とす方式の絞首刑だったのなら恐らく首の骨が折れてすぐに死ねたであろうが、今回テオに適用された方式は引き上げる物で、
ロープが急所からなまじ逸れてしまいそれが苦しみを長引かせる要因となった。
いくらもがこうとテオの首のロープは彼の気道と血管を締め上げる。
(苦しい、苦しい!! 痛い!! 苦しいよぉ!! 早く終わって!! お願いだから!! 早く終わってよおお!!)
一刻も早く、この苦しさから解放される事を、テオは願った。
そして。
「ア……げぉ……お」
段々と白牛青年の動きが緩慢になり、ビクビクと大きく身体を痙攣させ、股間からは小水や便が溢れ地面に垂れ落ち始める。
だらしなく開いた口からは血の混じった泡と舌が垂れ、粘り気の有る唾液が排泄物同様地面と彼の身体を汚す。
(だん、だん、なにも、わからなく、なって……き……なんか……あった、か……ここち……いい……よぅ……――――)
ほんの一瞬、僅かな心地良さと暖かさを感じた後、テオは何も分からなくなり、それと同時に、彼の身体はゆらりゆらりと揺れ動くのみとなった。
役場の裏の大木に、大きな実が出来た。
枝に引っ掛けられたロープで首を絞め、釣り上げられた全裸の白牛青年。
薄ら開いた両目は虚空を見詰め、瞳孔は開き切り、血の泡と排泄物でその身体は酷く汚れ悪臭を放ちながら、ぶら下がっている。
◆◆◆
「全くとんでもねぇ奴だったぜ」
「ホント……気晴らしにまたヤろ」
「よっしゃ」
白牛青年を処刑し終えたゼユックと美知は、再び役場の中へと戻って行った。
ぶら下がった白牛青年の死体をどうするか少し協議もしたがとても汚く触るのも億劫なので放っておく事で合意した。
【テオ・オトマイアー 死亡】
【残り33人】
【昼前/D-5島役場】
【ゼユック】
状態:健康
所持品:基本支給品一式、合口
現状:殺し合いはしないが襲われたら戦う。美知と行動。しばらく島役場に籠る。
備考:特に無し。
【室川美知】
状態:健康
所持品:基本支給品一式、チェーンソー
現状:殺し合いはしないが襲われたら戦う。ゼユックと行動。しばらく島役場に籠る。
備考:服は着ている。
最終更新:2016年07月22日 13:17