怪異の石扉⑤山の怪異!

〜ミストラルシティ〜
結利「さーてこの街は私が守るんだ!」
息巻きながら、街の端から端へと走り回る結利。EGO職員らによる夜通しの作業が功をそうし、街並みは以前と遜色ないレベルまで回復してきた。
結利「みんなお疲れ様!ちょっとは休んでね!」
隊員「結利隊員も巡回ご苦労様です!」

とはいえその後、ミストラルシティに敵意が注がれることはなかった。
結利「あれ以来スピノザの襲撃がない。なんでだろう」
トキシロウとブランがやってきた夜と、それ以降の日々。
そこにある違いはなんだろうか。
結利「平和だから悪いことではないんだけど」
敵意を察知できない安寧世界、いわば敵意そのものが存在しない、というわけだ。
結利「もしかして・・他人の悪意に気がつかない、悪意が存在しない世界の、その延長に“私の世界“があるのかも・・・」
遠い未来、数百年後の世界では特に大きな戦争もない。そのためか能力者も多くはなかったそんな時代。
結利「このままじゃあいけないんだ。父さんたちの想いを叶えることも私の役目なんだ」
一見すると平和な安寧世界。だだがそれは内側だけ見ればに過ぎない。
外界からの襲撃が一度あれば壊滅的なダメージを負うことをミストラルシティは経験した。
突拍子もないことだけど、仮に今、地球全体が外界からの侵攻にあったとしたら?

今、オリジンのような存在が襲ってきたら?
結利は恐怖で体をブルっと振るわせた。
…その震えは、恐怖だけが原因ではなかった。

結利「!?」
気づけば巨穴地帯に戻っていた彼女の前には、相も変わらず石扉が並んでいる。
十也たちがそれぞれの扉の先で戦っている中で、石扉の一つが少しだけ開いているのだ。
誰も選択しなかったその扉が。
結利の体を硬らせていた正体は、扉の隙間から漏れる冷気だった。
結利「こちらから開けていない。誰かが、扉の向こうからこっちに来ようとしている?」

ギィぃぃ。。。

最後の扉が静かに開こうとしていた。


〜ティーダ大陸〜
三大大陸とは異なり、未開の地も多いティーダ大陸には今も多くの謎が秘められている。
科学技術が発達し、常人を超える能力者も多い時代が訪れたのに未開となっているのは、単純に人類の生存に危険を及ぼす自然現象が断続的に発生しているためだ。
一年のほとんどを数万リットル規模の豪雨雲で覆われたジャングル、煉獄を思わせる溶岩が絶えず流れる運河、そして何人も侵入を拒む地球上で最大峰の山。
いずれも現代の人間の力では数日と持たず死滅するにたる環境なのである。

とはいえどの時代にも冒険者とはいるもので、命知らずの彼等の冒険譚が噂となり、世界中にこの大陸の逸話が広まっていた。真実か、虚構かを確かめる術もなく。

ざっざっ

安寧世界の訪れは、冒険者にとっては活動しやすい環境になったという。
大陸に眠る巨大なダイヤや、無尽蔵のエネルギーを生成するレアメタルがあるという噂から、EGOは研究目的以外での大陸渡航を禁止していたのだが、今となってはお咎めなし。
最近はバスツアーも流行っているとかいないとか。

ざっざっざっ

だが、今、彼は望んでここにはいない。

ざっざっ

なんということか、成り行きで“ここ“にきてしまったのである!
人類を拒絶するこの地に。
ディック「なぁ、どうして人は山に登るんだ!?」
そう、数多の不運な出来事に巻き込まれることに運命づけられた彼だ。

ザクロ「人はねぇ本質的に高いところが好きなんですわ」
ダマ「祈りを捧げるには神に近いほどいいというからな」
ジングウジ「未開だからだ。解明する以外に理由はいらないだろう」
ディックを含め四人が、空を貫かんと佇む山を前にしている。ディック以外は類を見ない山狂い。
山を登ることに関しては素人同然のディックには何も理解できない。
ディック「山に呼ばれでもしているのか?ああなんでこんなことになったんだ・・・」
ここはサガルマータ。世界最高峰の未知なる山だ。

息絶え絶えに足を進めるディックは、意識をつなげるために思考していた。
ここのところ、彼はシャカイナ復活の鍵を探している。
地縛民の中に現れた強硬派、そして、ニコロ。彼らの行動がディックの魂に火をつけた。
誰かを犠牲にして地縛民の願いを叶えるなんてだめだ!力に囚われて地縛神なんて呼び出してしまうなんてもってのほかだ!
かつて勇者に討伐されたというシャカイナを復活させることに賛否両論あるとはいえ、アポロンの協力も受けながら正しい復活の手段を模索しているのだ。
そんな中、地縛民の一人ディディアンが神の啓示のようなメッセージを受信して、怪異に詳しいにろくたちに連絡したら、渡航チケットを渡されて、何かあったら連絡しろと言われ、空港でもみくちゃにされて、よくわからないまま集団についていって、気がついたら山を登っていた。
ディック「・・・いや全くわからん!どういうことだ!流されやすい自分が情けない!」
ザクロ「ディックはん、無駄に体力と頭をつこうたらあかんですよ」
ダマ「もうすぐ標高18,000mだ。今日はこの辺りで休もう」
ジングウジ「よし、今晩は俺が祖国の料理を振る舞ってやろう!」

手際良くいくつかテントを張る一同。ディックは手の出す隙がなく息を整えながら立ちすくむ。
そして一番大きなテントの中で、彼ら四人は食事をすることにした。
ディック「ここまできていうのもなんだけど、俺、山登りは初めてなんだ」
ザクロ「最初はみんなそうですよ。特にここは危険ばかりで誰しもが初心者みたいなもんですわ」
ディック「そもそもどうしてこの山に登ろうとしてるんだ?」
ダマ「サガルマータ山は前人未到の雪山だからな。ここの山頂なら神へ祈りが通じるだろう」
ディック「祈りのため・・・ダマ、どんな祈りをしたいんだ?」
ダマ「・・・ある少女の鎮魂だ」
ディック「へぇ。殊勝なことだな。なぁ他のみんなは・・・」

パチパチっ
マキが燃え飛ぶ音で会話が途切れた。
誰も言葉を発しないと、なんと山が静かなことか。
ジングウジ「さ、話はそこまでだ。明日も早い。さっさと食って寝るんだな」
登山の目的を聞きそびれたが、ディックは初めて食べるジングウジの祖国の料理とやらを味わってから素直に寝ることにした。

〜翌日〜
外の豪風の音に目が覚める。
山の天気は極端というものの、サガルマータ山は特にひどいようで、10分後に天候が変わることもザラにある。
ディック「この風では登山は無理だよね。流石に今日はテントで待機だよね?」
ザクロ「何悠長なこと言うてまんねん。もう時期に山頂なんやから行くに決まってはるやろ」
ダマ「体調がいいうちに行けるところまでいくのが得策だ。いつ高山病が出て体に支障をきたすとも限らないからな」
ジングウジ「さあテントをたたむぞ」
ぽいっとテントから追い出さられるディック。三人は黙々と撤収作業を進める。
ディック「狂ってるよ。あんたたち」
ものの数分で出発の準備が整った。

ざっざっざっ
一同は登る。あたりはいつしか岩山と化していた。

ざっざっざっ
もしも本当にこの三人が山に狂っているのなら、山に呼ばれたのだとしたら、"呼んでいるもの"がいるのでは?ディックの頭でそんなことがよぎる。
山の怪異、とでもいうのか、それが人を呼び、生贄の到着を待っている、そんな想像が頭から離れない。
まるで死に急ぐ贄の隊列。その中に自分がいるなんて。認めない。
ディック「何があっても生きて帰るぞ」
他の三人は何も答えなかった。


その時ふと、誰かの声がした。
暴風の中、内容を聞き取るのは困難だが確かに人の声だ。隊列にはいない女性の声、だろうか。
他の登山者かもしれない、あたりを見渡す。
少し進んだ先、ぼこっと崩れた穴状の崩落箇所があり、その底にそれはあった。
カラフルな色の折り重なり。
ダマ「虹の谷だな」
膝をつき祈りを捧げながらダマが呟いた。
ディック「虹の谷?たしかにカラフルだな。で、なんなんだあれは」
ジングウジ「わからないか?ここは足を滑り落とすにはぴったりな場所だろう?それに登山服ってのは何かの時に発見しやすいように発色の良い色が多いってことだ」
ディック「あの折り重なりは…」
登山中に滑落した者たちだ。
口にするのは幅かれた、未来の自分の姿、なんてことを考えないようにしたかったから。
ザクロ「さっきの声はあの人らのだれかだったんでしょうね」
もちろん生きた声ではない。
薄目で見つめていると、ディックは奇妙なことに気がついた。
カラフルな登山服の中に、山登りには相応しくない服装、まるでコンビニに行くかのような薄着の者が混じっているのだ。
…いや見間違いか。もしかすると落下時に登山服が脱げてしまったのかもしれない。
山では不思議なことが起きるもんだ、と誰かがいった。
強まる豪風の中、もはや誰の声かもわからない、皆の疲労はピークを迎えようとしていた。

ざっざっざっ
ザクロ「おい、あれを見ろ!」
先頭を登っていた彼が指さす先には、小さな洞穴が口を開けていた。
ダマ「少しあそこで休もう」
ジングウジ「そうだな。流石につかれたしな」
三人は足早に洞穴に入っていく。ディックを除いて。
ディック「なぁ何か違和感を感じないか?」
勘違いではなさそうだ。その洞窟の奥からほのかにあかりが漏れていたから。
おい、すぐに外に出ろ!と問いかけても中から答えはない。すでに奥に進んでしまったのだろう。
恐る恐る洞窟に近づき、少しだけ覗いてみた。
ディック「!?」
誰もいない。奥に行くにしても姿が見えない距離ではない。ありえない。まるで煙のように消えてしまった。
ディック「!すぐに離れないと…!」
だが意思に反して体は洞窟の中に進もうとしている。
脈絡もなく、ディックはすでに怪異の魔の手に堕ちてしまっていたようだ!

ディック「もはや自力での脱出は不可!なら!」
体の自由は効かない。だけど声なら出せる!

ディック「イマジナリーフレンド!」

能力は消失している。それはディックでも同様だ。
ディック「あぁ間違えた!召喚だ!・・・こい、リョウガ!」

ブワッ!

彼の求めに応じて、燃え上がる青い炎の中なからリョウガが現れた!
リョウガ「いつもそうだが、相変わらずとんでもない状況で呼び出してくれるな」
やれやれと、いつものようにリョウガはディックの手を引き寄せ、洞窟から離れたところまでひきづってくれた。
ディック「いやー能力がなくなっても召喚の力でリョウガを呼び出せてほんとによかったよ」
リョウガ「さて召喚師さま、なんの御用ですか?」
ディック「あぁ、早速なんだけど。ここだ。怪異の本体はここの奥にいる」
洞窟の中を指さす。
ディック「おそらく山の怪異だ。登山者を呼び寄せて生贄にしてるんだ、きっと」
リョウガ「なら洞窟ごと壊しちまうか?」
ディック「いや、洞窟を壊してもまた他の場所に現れるだろう。本体を倒さないと怪異は消えないんだ」
にろくの受け売りね、と添えるディック。
リョウガ「怪異か。召喚獣なら俺でも倒せるけど、怪異とやらはどうやって倒すんだ?」

ディック「その媒介となるものを破壊するとか、封印するとか、そんなとこらしい」
リョウガ「教科書通りのやり方はないってことか。ところでさ」
リョウガは周囲を見渡しながら問いかける。
リョウガ「どうしてここには雪じゃなくて“白い花”が群生しているんだ?」
その疑問は正しい。標高1,800mといえばあらゆる動植物の生存可能高度を優に超えている。
絶対零度を下回る環境下でここまで生い茂ることがあるだろうか。
ディック「フラフラで気づかなかった。うん、これはナルに聞いたんだけどね、この花の名前は不知火。怪異が蔓延る地に根付き花を咲かせるんだ」
リョウガ「怪異あるところに不知火ありってか」
ディック「逆も然りって言ってたよ」
リョウガ「不知火あるところに怪異寄りけり、か」
ディック「これを悪用されたらまずいことになりそうだよな」

ディックとリョウガは知らない。
数ヶ月前、アンモライ王国でバトルグランプリが開催された後、カンパニーが駆除しきれなかった巨大装置から、地球全土に向けて不知火の種子が放たれたのだ。(SIDE:Wを参照願いたい)
これにより世界は怪異に包まれた。全てはスピノザの仕業だ。
スピノザは不知火と怪異の因果を解明し利用したのだ。さらに、当時のEGOとWAOの癒着を裏から手引きした上で、巧妙に準備を進めていたというから恐ろしい。

リョウガ「さて、警戒しすぎてもしょうがない。洞窟に入る以外に道はないんだろう」
ディック「山頂に進もうにも俺たちの登山技術じゃ不可能だしね。よし、行くか!」
特に準備も出来ないままに、洞窟攻略に挑むことになった。

〜洞窟の中〜
洞窟の中はひんやりとしていたが、豪風がない分進みやすかった。
ディックとリョウガは暗闇の中慎重に足を進める。
暗さに目が慣れても中々周囲の様子がわからない。緩やかに下っていることだけはわかる。
引き寄せられるように進むと、次第に空気が暖かくなり、少し明るくなってきた。
ディック「洞窟内は気温が安定するって聞くけど、こんなに暖かいんだな」
リョウガ「流石におかしいだろう?体感で30度近い。この先に熱源があるんじゃないかな」
明るさと熱の原因はその先にあった。

ディック「これは・・・小屋?」
そう、そこにはお世辞にも立派とはいえないが、確かに人工的な建築物があった。
小屋の中からあかりが漏れている。誰かがいるのだろうか。
同時に、ぼこぼこと沸騰するような音が聞こえてくる。料理の音だろうか。
リョウガ「明らかに不自然だな。前人未到の山に似合わないぜ」
そのはずだ、だが現実は目の前にある。しかもこの建物、かなり古めかしい。
ディック「怪異、として片付けるには違和感があるね」
まずは入るしかないと、二人は小屋の扉を開けてみた。

ディック「!?」
そこにいたのは、ザクロ、ダマ、ジングウジだった。
リョウガ「おい、お前らここで何してるんだ?」
誰も反応しない。彼らは小屋の真ん中にある大釜を囲んで座り込み、体を小刻みに揺らしている。
大釜はとても大きい。大人数人がは入れるほどの、大きめの風呂釜といったところか。
その中には赤黒くドロドロとした液体が満ちている。まるで溶岩だ。
ディック「こいつら怪異に魅入られたんだろう。もう人には戻れないかも」
リョウガ「非道だな」
ディック「怪異に人の通りは通用しないよ」
リョウガ「それもそうか。おい、あれを見てみろ!」

ぼこぼこと煮えたぎる大釜の中から何かがこっちを見ている。
少女だ。

ディック「殺人事件だぁ!」
その声に驚いたように、少女は釜の底を向いて沈んでいった。
ディック「あぁ!手遅れだった!」
リョウガ「待て待て、マグマ釜の中で溶けずに動けるなんて人間じゃないだろう」
それもそうだ、ならあれが。
ディック「怪異の本体か」

すると大釜の周りで座り込んでいたダマがぶつぶつと話し出した。
ダマ「あぁマリアは今もなお苦しんでいたのか。俺にはもうどうすることもできない。おお神よ、か弱き少女を救いたまえ。怪異に魅入られた少女の魂を浄化してくださいませ」
続いてザクロがつぶやく。
ザクロ「能力を蔑ろにした罰や。全ては消えてしもたんや。あぁもっと大事にしとったらよかったわ。すまんなぁ」
最後にジングウジが語る。
ジングウジ「全世界統合個人情報カードの陰謀は本当だったんだ。全てはこのカード越しに見られている。無理に破壊したり、能力を使おうとする意思に反応して飛ばされる。この狂気の山に、そして虹の谷の一部になる・・・」

ディック「こいつら、ただの山登りじゃぁなかったみたいだな。それぞれに目的を胸にしてやってきていんたんだな」
だが怪異に飲まれた。これほどの高山に、能力無くして登ることが可能なフィジカル、未知なる場所へ挑むメンタルを兼ね備えてもなお、ここの怪異には敵わなかったのだ。
リョウガ「ジングウジとやらの話が真実なら、お前は大丈夫なのか?カードは全員に配られたんだから、不意に能力を使おうとした時に危険はなかったのか?」
ディック「問題ない。地縛民には全世界統合個人情報カードは配布されていないから」
それってかなりひどい話なのでは・・・切ない。
ディック「まぁいつものことさ。こっち(地縛民)から接触を絶ってるんだからしょうがないさ。それよりも、怪異をなんとかしないと」

マグマがたぎる底に少女がいるのかと、大釜を覗く。
だが姿が見えない。それどころか、釜の底が見つからない。
ディック「これ、釜じゃない。地下にあるマグマを覗くための覗き窓だ!」
そうこれは地獄への入口。狂気に満ちた山脈の地下、そしてさらに地中深くに眠るマグマだまりにつながっているのだ。
リョウガ「へぇ。じゃぁ怪異の本体はこのマグマの中に逃げていったってことか」
ディック「くそう、ディスコネクトがあればマグマの熱を遮断して中に入ることができるっていうのに・・・いや待てよ、そうだ!」
リョウガ「能力がないこの世界だからこそできることをすればいい。だな」
ディック「あぁ。いくぜ!」

ディック・リョウガ「融合晶換!」
パァァァ!!
二人の身体が重なっていく。あたかも一人の人間のように。
召喚士と召喚獣の融合。それが果たせるのは、召喚士の中でも彼らだけだろう。

ディック【Я】「よし、これでいけるはずだ」
躊躇なく、彼らは大釜に飛び込んだ。

〜大釜の中・マントルの奥底〜
地球という星は、表層の大地が深いところで約60km(およそミストラルシティからカリナン公国までの距離に等しい)、その奥3,000kmはマントルと呼ばれる高音の溶けたマグマがひしめいている。通常の方法では人間はマントルにすら到達することは出来ない。
だが、彼らは今、マントルの奥底までたどり着いた。
ディック【Я】「地球の中がこんなドロドロなんて知らなかったぜ」
先程の少女の姿はまだ見えない。さらに奥、ずっと奥にいるのだろうか。
それにしてもこの領域はなんと美しいことか。
ディックたちはその光景に目を奪われていた。

しばらく進むと、マントル域を抜けた。この星にはさらに奥が存在したのだ。
地表からすでに6,000kmは進んだだろう。観測不可能なこの空間に広がるのは・・・
ディック【Я】「!?なんて煌びやかな世界だ!」

マントルとは地殻が高音で溶けたもの。いわば岩石の流動体だ。
だがここにあるのは岩石ではない。この輝きの正体は・・・
ディック【Я】「輝鉱石か。もしかしてこれら全てが輝鉱石なのか!」
その通り。地球の深淵たる核は超高密度にして超高温超高圧に圧縮された輝鉱石だったのだ。
あまりの圧力により個体でありながら流動的。
圧縮といえど中心からの距離1,000kmに達する球状の空間。

最高峰の山から潜り始め、ディックたちはようやくのことここにたどり着いたのだ。

そしてそこに少女はいた。
もはや山の怪異という名前は似合わない。彼女は一体なんなのか。
ディックらがそっと手を近づける。
少し怯えた様子を見せた後、少女は手を伸ばした。
手と手が触れた瞬間、ディックらの中に、少女の記憶が流れ込んできた。

かつて貧しい村に住む少女マリア。それでも懸命に生きていた。
だが世界に紛れた怪異は最も容易く彼女の命を奪い去った。
そう、彼女は怪異による最初の被害者。魂は浄化されることなくこの地球にとどまったのだ。

だがそれだけじゃない。
少女の手から紡がれるのは数多の記憶。
時に世界の指導者となり、時に悪意と戦う勇者となり、平凡な高校生となり。
この少女の中には幾星霜の命が宿っているようだ。
あまりに人為的な存在。そう感じざるをえない。

そして最後に見た記憶はディックらの心を大きく揺さぶった。

スピノザのメンバーが揃う塔の中。
中心には巨大な輝鉱石コズモナウトが据えられている。(SIDE:Tを参照されたい)
まず、イクハバイツヤが造形し体を作る。
次に、トキシロウが魂のプロファイルを設定する。
そして、ニーチェが超越した力の源を注ぎ込む。
最後に、ボルクがその存在を起動させる。

輝鉱石は少女の姿に改められ、この世界に顕現した。
輝鉱生命体の誕生だ。それは人造的に行われた唯一の召喚行為。
人一人ではなし得ない禁忌。掻い潜るために結成されたのが秘密結社スピノザ。

最後に果倉部かもめが、マリア…いや、ヴァリアに囁いた。
かもめ「生物は恐怖の前に平伏すように生きている。一人の命はその者一人分の価値しかなく、それ以上にもそれ以下にもならない。だから、あなたの力が必要なのよ。シンコウシャの思惑の通りにしてはいけないの」
優しげな目を浮かべ、かもめはヴァリアの頭をそっと撫でた。
かもめ「悲哀の存在ヴァリアよ、この世界から能力を消し去りたまえ」

ピカー
そうしてこの世界から能力が消えたのだ。この少女が全ての元凶。
そう、全てはスピノザのなすところだったのだ。


ディック【Я】「・・・この子の意思じゃない。悪いのはスピノザだ・・・いや、あいつらも世界を救おうとしていたのか・・・」
ヴァリア「・・・」
目の前の少女はもはや人ではない。そうわかってはいるのだが。
ディック【Я】「俺がやるしかないのか」
世界を狂わせた人造怪異ヴァリア。能力消失の根源。
混沌に塗れた状況を救うことが重要だ。だが、背負うにはあまりに重い。
ディック【Я】「スピノザ・・・もしかしたらお前たちなりの正義かもしれないけどよ。この世に悪があるとすれば、それは人の心だぜ。そして最も恐れるもの、勝たねばいけない敵、それは自分の心だな」

ディックは少女から手を離し、自らの指を重ね結び、祈りを捧げる。
ヴァリアは静かに見つめていた。
ディック【Я】「未元遁甲!八卦星願承!この少女を浄化せよ!」

ヴァリアは静かに目を瞑った。
これで世界は元通りになる。そうわかっているのだが。
この少女が何をしたというのか。

ディックは、このことを、きっと誰にも話すことはないだろう。


〜ミストラルシティ・巨穴補修地帯〜
結利「え!ディック!君なのかい?」
石の扉から出てきたのはボロボロな服装のディックだった。
扉の向こうは雪山だろうか、冷気が溢れ出てきている。
結利「まさか怪異を滅してくれたの?さすがだね!」
ディック「・・・」
どうもおかしい様子だと結利は思った。何か大事なものを失ったような、そんな顔をしている。
リョウガ「おい、後が使えてるんだが」
ディックの後ろからリョウガが扉を抜けてきた。はて、能力は消えたはずでは?と一瞬思ったが、それ以上に不自然な光景を目にして驚く。
結利「リョウガもいたの・・・ってその子は誰?生きて・・・るんだよね?」
リョウガは少女を背負っている。その子はどうも瀕死の様子であった
ディック「結利、この街に墓地に案内してほしい」
鬼気迫る様子に詳細を聞くことが出来ないまま、結利はミストラルシティの墓園に案内した。

ディック「この辺りか」
そこには一つの墓標が立っていた。
ヴァリア「・・・」
ディックは最後にこの少女を墓に連れてきたかったのだ。この世界に生きた証となるように。
ヴァリアに触れた時に感じた記憶を辿ると、ミストラルシティに墓があるとわかった。
最も、その記憶はマリアのものなのか、他の誰かのものなのか、リョウガには確信がなかった。
ヴァリア「・・・私のお墓。パパと、ママと・・・」
リョウガが墓の名前を確かめる。しかしそこには・・・
リョウガ「ヴァリア、お前の名前は・・・」
ディック「あるぜ。ヴァリアと、お前のパパとママと、みんなの名前が」
ヴァリア「よかった・・・」
最期に笑顔を浮かべてから、ヴァリアの体は光の塵に姿を変えて消えていった。

リョウガ「これでよかったのか?」
ディック「あぁ」
静かに空を見上げると、昼間だというのに満月が天蓋に浮かんでいた。



かくしてこの世界の根底を揺るがした怪異を消滅させることに成功した。
怪異に繋がる石扉の全てを攻略した彼に、最期に立ち塞がるものとは?

TO BE COUTINUDED

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最終更新:2021年08月29日 11:12