SIDE:B

〜月〜
天十也とトキシロウの共闘により神抗者スピノザを退けたあと、トキシロウは一人月に残ることを選択した。
十也がその選択を尊重してくれたことがトキシロウは何よりも嬉しかった。

しばらくは月を散策していたが、自然とトキシロウは白い塔を拠点とすることにした。
しばらくは輝鉱石の研究を淡々としていくつもりだったのだが、この本と出会って意識が変わった。

手に取った一冊の本を眺める。
これは果倉部かもめが残した彼女の軌跡。
プロファイリングでは読み取れなかった彼女の真意が詰まっていた。

〜最初の世界〜
かもめ「私はまだまだいけるよ!」
大きな茶碗がテーブルの上に空になって転がっている。
次々に運ばれてくるのは特盛の天丼、牛丼、カツ丼のオンパレードだ。

傍には腹をパンパンに膨らませた大の大人がうーうーうなって倒れている。
かもめ「がつがつっ!」
その手が止まることはない。

ここはとある繁華街の中心、デカ盛りが売りの店先だ。
多くの挑戦者が倒れては消えていく中、少女時代のかもめはもぐもぐとその手を緩めない。

かもめ「これでこの街も私のもんだ!えっへん!」

彼女は街を渡り歩き、そこで大食い店を制覇して縄張りを徐々に大きくしていったのだ。

からんコローん
「店長、俺にも彼女と同じものを」
突然店に入ってきた男が挑戦的に絡んできたものだから、かもめはより一層その胃袋に力を込める。
かもめ「私に挑もうなんて100年早いよ!喰らえ『ビッグイーター』!」

これこそがかもめの能力。発動後、その胃袋は宇宙とかし、いくらでも食事を摂ることができるのだ。
そして摂取したカロリーは異空間に蓄えられ、その時がきたら解放されるという。

「・・・ギブアップだ」
天丼半分を食べたところで男が根を上げた。
かもめ「え!?なんて手応えのない!」
「それはそうと。かもめさん、俺の一派に加わわってくれないか?」
かもめ「唐突だな!悪いけど、私は一人で大食いの道を極めたからね。お断りするよ」
「いや、大食いチームじゃない」
パンパンのお腹をさすりながらさっと男が立ち上がった。
よく見れば大層な武具を身につけている。まるでその姿は・・・
「俺たち一緒に世界を救ってくれないか?」

こうして、かもめと勇者メサイアは出会ったのであった。
それからのかもめは、元から姉御気質であったから、頼最後まで責任を持って世界を救うことにした。
元々膂力に自信はあったが、世界を救うとなるとより強さを意識する必要があった。
適度な呼吸と過度な食事を通して彼女なりの戦い方が見えてきた。

メサイア一派にはかもめ以外にも数名の仲間がいた。
魔導士、闘士、武器職人、いずれも名の知れたものたちだ。
彼らの影響もあって、かもめはもっと色々なものを食べるようになった。

ある日、気まぐれから魔導書を食べてみた。(魔導士にはこっぴどく怒られた)
予想以上の美味だったし、今までに感じなかった何かが見えるようになった。マナ感覚の覚醒だ。
魔導を使えるようにはならなかったが、感知機能が研ぎ澄まされたため、敵の隠れ家や弱点の把握に助かった。

そしてさらにある日、強大なマナを含む魔導書を見つけた。
敵の頭が隠し持っていたもので、その状況だと食べる他なかったので、仕方なく、よだれを我慢しながら貪った。
その本が「青い星の魔導書」だったのだ。


こうしてメサイア一派の一人として各地を救いながら、遂に敵の親玉がいる地にたどり着いた。
ピエタ帝国にある巨塔の前で、メサイアは単独乗り込むと切り出したもんだから、仲間をなんだと思ってるんだ!と熱くなってみたのだが、どうやらそれが最善手のようだから、諦めて見送った。
しばらくしてメサイアは涼しい顔をして塔から出てきた。
全てはこれで片付いたそうだ。


それからというもの、かもめは再びフードファイターとして慎ましく生活することになった。

そんなある日、訃報が届いた。メサイアが死んだそうだ。
世界を救った勇者もいつかは死んでしまうのか。悲しみよりも虚しさが大きかった。
そして数年後、さらにその数年後、共に戦ったものたちの報せを受けるたびにその虚しさは膨らんでいった。

だが、友の死を前にして、かもめが死ぬことはなかった。
何もかも失ってもなお、彼女はその身体と意識を失うことはなかった。


元は大食いの能力だった「ビックイーター」は、メサイアたちと行動を共にする中で魔導書を消化・吸収する「ブックイーター」に変容しており、ある時に「青い星の魔導書」を食らったことで「ワールドイーター」に達したのだ。
この力の本質を理解するのには長い時がかかるのだが、最初に理解したのはこの星と一体化した感覚だった。

それから数十億年後、星の寿命が尽きたと同時に、かもめの命がようやく果てた。


〜二つ目の世界〜
目が覚める。最初に見たのは一つの光だった。
天国、のように思われたが、それは星が生まれる瞬間に発生する高密度のエネルギーだった。。
まさかのまさか、かもめは星の誕生に立ち会っていたのだ。

星が死ぬ時、それは次なる世界の始まり。
超新星爆発により飛び散った星の残骸は別の世界に飛び散り、少しずつ形をなし、新たな星が誕生するのだ。
こうして青い星もまた、新たな時を刻み始めたのだ。
ここの世界が消えても、別世界に転生する。終わらない輪廻。
かもめの存在は、もはや一つの世界では収まらなくなっていたのだった。

それから数十億年、かもめは青い星の上から世界を見つめ続けた。
生物が地上に進出し、恐竜が世界を跋扈した後、人の誕生に立ち会った。
人間が誕生したことに喜び、自らも人として生きてみた。

不思議なことに、この世界ではかつて経験したこと同じようなことが起きていた。
時に争い、時に支えあい。
見覚えのある大統領が国を治め、同じ顔の人間が笑う。
どうやら世界というものは、同じことを繰り返すようにできているようだ。

ただ一つ違うこと。かもめが持っているかつての世界の記憶を、他の誰もが持っていないということだ。
新たな世界では、共に過ごした日々は全てリセットされているのだ。

そしてある日。
メサイア「俺たちと一緒に世界を救ってくれないか?」
かもめ「・・・」
半ば冗談のように聞こえた。一緒に救った世界はなんだったのか、虚無感すらあった。

何か思い出してほしい。秘めた思いも虚しく、共に戦い世界を救った後も、かもめの世界は変わらず続いた。誰も何も思い出すことはない。かもめの世界だけ救われなかったのだ。

その後、この世界でもかもめは人として死ぬことはできず、長き時を過ごし、世界の方が先に壊れていった。

〜それからの世界〜
繰り返しが始まった。
数十億年を過ごすたび、青い星は超新星爆発を繰り返し、そして新しい別世界が開始する。
どれほどの時間が経ったとしても、かもめの生涯は幕を閉じようとしない。

かもめはただ時が過ぎるのを待つだけとなった。

〜一筋の光を見つけた世界〜
何度目の世界だろう。数えることも諦めた頃、今までにない出会いがあった。
星が誕生するエネルギーの光と共に現れた存在。
その姿はまるで創造者を思わせた。名をスピノザ。
それはかもめにある取引を持ちかけた。

スピノザ「世界をあまねく行き渡り、あらゆる知識と経験を積めたなら、あなたの望みを叶えてあげましょう」
かもめ「望み。私の人生を・・・終わらせることもできるの?」
スピノザ「それがあなたの望みなら。それまでは生きなさい」
スピノザ(全ての世界を巡ったあなたを糧とすることで、私は至高に至ることができるでしょう。あなたの経験と知識全てを吸収すれば、間違いないく“因子“への道が開かれるはず。それまでは世界の片隅で静かに待つことにしますね)

気がつくとスピノザの姿は消え去った。
かもめは探求を始める。この繰り返しの世界を突破するために。自分の命を摘むためのゴールに向かって。

〜Rのない世界〜
この世界ではかもめは男性の姿をしていた。
世界の果てと、かもめ自身の果てと、どちらが先に来るのか比べてやろうと決意し、かもめは「果倉部」の性を名乗ることにした。

名を新たにしたのに合わせて、この世界の秘めたる“力”に気がついた。召喚術である。
文字と絵が刻まれた手のひら大の紙片を組み合わせ競い合う。その力は軍事兵器を上回る“レベル”すら存在していた。

ちっぽけな人間が世界に立ち向かう可能性が色濃く見えた瞬間だった。
この力の根源が何かはすぐにわかった。

未元粒子によるエネルギーである。

これこそが繰り返しを突破する鍵であると閃いた。
かもめ「この世界でなら!私の力で繰り返しを突破することができるかも知れない!」

だが残念ながら、この世界でもかもめの願いは叶わなかった。

それは突然現れた暗闇。当たり前に巡っていた毎日が、突如として消え去り暗闇に閉ざされたのだ。
今思うとこれは“力”の暴走だったのかも知れない。

〜能力の溢れる世界〜
次の数十億年はそれまでと何もかもが違って見えた。
エネルギーの流れが世界を構築しては崩壊させ、それを繰り返す。それでいてとても安定していた。
かもめ「まるで全ての世界の中心のようだわ。基本世界・・・いや、特異世界だわ!」

世界の行く末を見守っていると、この世界のメサイアと出会った。
メサイア「さぁ討伐に向かおう!“シャカイナ”はそこにいる!」
かもめ「・・・?シャカイナ?初めて聞く名前だ」
特異世界はこれまでの経験にはなかった事象が稀に起きていた。

その後、メサイア一派が世界を救った前後から、この世界の異質さがより明白となっていった。

それまで選ばれしものだけが有していた「能力」を、誰しもが有しているのだ。
(ご推察の通り、神抗者シャカイナの力ゆえだ。)

繰り返しの世界の中でついにたどり着いた、全ての人間が能力を有する世界。すなわち、可能性に満ち溢れた世界!
かもめ一人では繰り返しを止めることが不可能でも、能力を有する数人でなら、世界の根幹を狂わせるほど大きな変革を生み出す光明!

かもめ「この世界で完遂させる!」

彼女は変革のために必要な人材を探すことにした。
一般的な妄想や空想では足りない、この世界をひっくり返すことができるそんな能力を持つものを。

かもめ「大丈夫。あてはあるから!」

ポルチスター=ヴェルヘルミナ=ニーチェ幾羽場イツヤ、そしてクロオ
彼らはそれぞれが孤独の中で自らの思想を強めたものたち。
かもめの思想に共鳴し、それでいて各々の目的を果たすために行動を共にする打算的なつながり。
それでよかった。皆が世界の変革を望んでいたから。

仲間を集めたのち、かもめは秘密結社を組織した。その名もスピノザ。
この世界の行く末を今までとは別の方向に導くために、いくつかの強大な軍事国家と提携して裏から操ることにしたのだ。
かもめにとって次に何が起きるのか手にとるようにわかるから、評判は上上だった。だって何度も繰り返してきた世界をみてきたんだから。
能力に秀でたものを少しずつ仲間に加えて、実績と信頼を積み上げた先、アンモライシティに「堕月」の実施を提案する。軍事国家としては軍事力の誇示ができるのだからアンモライ側から否定の声はなかった。

しかしこれは最大の嘘。
「堕月」の被害は甚大であり、アンモライシティ側も大きな損失を負ったのだ。秘密結社スピノザを咎めるものを葬るほどに。

大きな代償だった。かつてこれほどの命を奪ったことはない。長き時を生きたかもめといえ、何も感じない、ことはなかった。
それでも必要なことだった。「堕月」の真の目的は、膨大なエネルギーを獲得することだったから。
しかしこの世界の技術ではエネルギーを保管することはできない。エネルギーは流れる川であり、人間はその川から手のひらに掬える分だけ使っているに過ぎないのだ。
だがかもめは知っていた。この世界、ではない別の世界で既に見つけていたのだ。

未元粒子の溜まり場「龍脈」に大きな衝撃を与えることで、エネルギーは濃縮された渦球「コズモナウト」が生成される。

黒スーツを着たイツヤ「さーて、これを回収すれば終わりだな」
黒スーツを着たニーチェ「さっさとしろ。この服は不快じゃ。わたくし様にふさわしいはやはりドレスじゃ。早う着替えたいからの」
白スーツを着たクロオ「慎重に扱うんだぞ。最も簡単には壊れたりしないがな」
なぜかクロオの声は届かない。忍びゆえに存在が忍んでいるためだ。

黒スーツを着たイツヤ「よし完了。ところで転がってる輝鉱石の小石はそのままでいーのか?」
白スーツを着たクロオ「そのままでいいとのお達しだ。微量のエネルギーが含まれてはいるがな」
だがその声は届かない。
黒スーツの女「さっさとして。詩鈔(いくつかの詩の中から、ある目的のもとに抜き出した書物)がまってるわ」
黒スーツを着たイツヤ「かもめのことか。確かにあの人の存在は、一つの詩には収まらないね。なかなか乙だな」

そうして秘密結社スピノザの目的の一つが達成されたのだが、同時に、多くの憎しみを生み出してしまった。
特にアンモライシティの鉱石学者の彼だ。
かもめは彼をそのまま生かすことにした。
いつの日か、彼が復讐者となり、かもめの命を奪いにくることを期待したのだ。

同時に神託の家系であるデルポイの民に接触した。
現在の神託者であるアポロンは、数百年にわたり下らなかった神託を真実と疑う余地なく、かもめの言葉を神の言葉と受け止め行動ようになる。
だが、彼はいささか極端な傾向があったようで、時折かもめは彼の行動を制限することなった。

とはいえ待つだけでは、「コズモナウト」を昇華させることができる能力者が見つかるとは限らない。
そこでかもめは、これまでに経験した戦い方を果倉部流としてまとめ上げた。
多くの門下生に恵まれ、エネルギーの扱い方を伝える中で個々の能力の底上げに成功した。
特筆すべしは、今寄咲ツバメ、トニー・ダイヤモンド、スライ・ダイヤモンド、そしてディック・ピッドの4名だろう。
彼らは果倉部流をその身に宿し、そして個々の能力を次の次元に昇華させたのだ。
だが、その過程で、繰り返しを止める能力の発現には至らなかった。


〜唯一無二の存在〜
それは突然現れた。
ミストラルシティの道場を構えていたその頃、突如としてこの街にある青年が出現したのだ。

彼の名は、天十也。
正確には彼に似たような存在は、他の世界でも出会っていた。
だが、この世界の彼は、ここにいながら別の世界を感じさせるような曖昧さと奥深さを秘めていたのだ。

しばらくの間、彼のことを見守ることにした。
かもめが何もしなくても、ここでは様々な事件が起きてしまう。
天十也がどのように向き合い、解決していくのか。そこに興味が湧いていた。

未来からの使者グローリーとの邂逅。
人でありながら振り切れたNの狂乱。
異世界からの襲撃とダーナらの脅威。
想定外のEGOの暴走と地縛民の激闘。

天十也はそのいずれにおいても介入し、そして正しい力を持って鎮めていった。
驚くべきことである。
かつての英雄メサイアをも凌駕するほどに、天十也の活躍は類を見ないものだったのだ。

共に過ごすことはなかったものの、彼の活躍を見届ける中で、かもめの何かが変わっていった。
かもめ「私が見届けてきた世界。それらはこの世界に到達すまでの準備期間。彼が現れるために必要な時間だったんだ」
かもめが特別だったのではない。彼女はその時が来るまで、待ち続けただけなのだ。

この特異な世界の中で、なおさらに特別な存在である彼の行動に影響されて、かもめはそれまでの計画を全て見直すことにしたのだ。
今この世界に必要なものはすでに揃っている。
不要なのは、異質な存在である「果倉部かもめ」自身だ。

そうして生み出されたのが能力の全てを無効化することで成立する世界、「安寧世界」の構築だった。
想像は容易だが簡単ではない。あらゆる能力がある世界で、能力を全否定することはあらゆる矛盾を生み出すはず。だけどあらゆる世界を経験したかもめだからこそ妄想できる、最大・最強の発想だった。

安寧世界であれば、かもめ自身の能力も無効化されるだろう。
そうすれば、その身に宿った「青い星の魔道書」の力を手放すことになり、即座に死に至るはず。


秘密結社スピノザの最後の計画が始動した。


〜安寧世界のその中で〜
かもめが旗をふり始めたあたらしい世界の構築。
当初は混乱も見られていたが、次第にあたりまえになっていく。
それと同時に能力の差がなくなったことにより、人々は争うことを忘れ、平和な様相を強めていった。
この世界は誰にとっても安寧であっただろう。
だが、その静寂を打ち破るものが現れる。

天十也だ。
それは当然のことだろう。あたりまえの世界を取り戻すことが彼の使命であるから。

だから結末は彼に任せることにして、かもめは一人月に残った。
彼女が費やした時間によりたどり着いたこの世界を守るため。
彼女は一人、能力の残滓が全て消えるまでの間、青い星を眺めていた。

命の灯火がようやく消えようとしていた。


「よくぞここまで辿り着きましたね」

その声はかつてどこかで聞いたことがある。
意識が消えうる狭間でかもめはそいつの目的をようやく理解した。

召喚術。

多くの並行世界を歩み、蓄積された命を対価として、神抗者スピノザはこの世界に降臨したのだ。
スピノザ「長い時間も私の前では塵に同じ。退屈はしていませんでしたよ。そうだ、あなたの願いを叶える約束でしたね」

そうしてついに、本当に、果倉部かもめの生涯は幕引きとなった。
だが、彼女にはどんな後悔も不安もない。

だってこの世界には彼が、天十也がいるのだから。

〜トキシロウの懺悔〜
全てを理解した。だが同情はできない。
それでも彼は願う。果倉部かもめの魂が縛られることなく逝くことを。
その先はきっと、彼女が望む本当の安寧世界のはずだから。


SIDE:B(ビッグイーターかもめ) Fin

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最終更新:2021年12月27日 12:34