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過去編第004話 1-8 - (2012/12/22 (土) 20:40:39) のソース
「リバースに狙い撃たれ、崩壊した家庭。その後どうなったかは色々や。一家心中したトコもあるし娘が寝とる父親襲てハン マーで殴り殺したっちゅうのもある。いっちばんヒドかったのはスーパーで見ず知らずの4歳児殺した奴やな。隠し持っとった 出刃包丁ですれ違いざまに首バッサリ。だいたいああいう場所の天井って3mぐらい上にあるやん? 男児の心臓っちゅうの は元気なんやろな。水圧カッターみたく噴き上がった血しぶきが今でもベットリや。板変えろ? ムリムリ、そこな、事件のせー で潰れたよって。いま廃墟。でやな。犯人……よーするにリバースに家庭ブッ壊された奴の言い分はこうや。『子供と幸せそう に話している父親が許せなかった。自分は不幸なのになんでコイツだけ』……てな。ま、何のひねりもないアレや。裁判なら 『自己中心的、かつ悪質で』とかいうお馴染の枕詞確定、ベッタベタな動機や。ちなみにソイツの母親はな、『マシーンの特性』 で暴れ狂う夫に鼻ブッ刺されて一生鼻水垂れ流す体らしい。妹なんかは膝蹴りぬかれて一生松葉づえ。ま、ウチにいわせ ればまだ幸せなほーやけど、当人達はドン底や。最初は父親だけおかしかった……ソレもリバースが無理くりに暴れさせとっ た”だけ”の家庭は、人間的な不可抗力でどんどん悪くなっていった。離婚が起こっても親権が母親に移っても…………。 断わっとくけどな、そのころリバース、手出しやめとったで。だからしょちゅう子供らに炸裂した母親のヒステリーっちゅうのは、 本人が、勝手に起こしたものや。一番不憫やったのは妹で、理不尽に怒鳴られながらもなおイイ子であろうと頑張り続けた。 働きに出た母親に代わって家事全部引き受けた。買い物もな。ある日ブレーキ音とともに白いビニール袋がドロのついたジャ ガイモや曲がった特価品のキュウリと一緒なって空舞い飛んだのは松葉づえヒョコヒョコつきながら横断歩道わたっとったせー や。重厚な衝突音のあと総てが血だまりんなか落ちた。轢き逃げや。死亡事故や。犯人はいまだ見つかっとらん。足さえ フツーなら、離婚さえなければ。兄は、少年は嘆いたんや。家庭が健全でありさえすれば避けられた悲劇。それに対する悲 しみはやがて怒りに転じた。『健全というだけで悲劇を免れている家庭』、幸せそーにヌクヌクしとる連中への……怒りに。 だから奪ったんやな。幸せそーな『父親』から子供を。犯人にとって『父親』っちゅーのは自分から幸福と妹を奪った憎い存 在や。それと同列の存在が幸せそうにしとるから……奪う。結局奪われたら奪うしかあらへんのや。リバースも、犯人も…… ウチも」 「もちろん筋からいえば犯人はリバースこそ恨むべきなんや。見ず知らずの子供殺したところでキブン晴れへん。けど結局、 犯人は、なぜ自分たちの家庭が崩壊したかさえ分からへん。憎んでいる父親、加害者の最たるものが実は被害者で…… みたいな本質はわからへん。そやから黒幕(リバース)の存在も知らん」 「この世にはびこる『憤怒』っちゅーのはつまりそーいうもんちゃうか? 的外れ、真に怒りをブツけるべきものとは別なモン に怒りをブツける。なぜ不幸や無念をもたらされたのか、何が苦痛を与えているのか。それがまったく分からへんまま、ただ 手近なモンに怒りをブツける…………。人混みん中で石ぶつけられた奴がまったく無関係な通行人にそれをブツける繰り返 し。頭のええ奴ほどスッと身を隠すっちゅうのに、煽るだけ煽って人混みから抜けてくっちゅうのに、怒り心頭の輩は人混み ん中にまだ犯人がおると信じ石を投げ続ける」 「それに文句やせせら笑いが上がり始めると収拾つかへん。怒りはますます深まる。無理解、救おうとしない連中ほど腹立 たしいものはあらへん。不特定多数から受けた怒りは結局不特定多数へ向ってく。だからキリがない。救われない。リバース が陥っとる無限獄はそれや。誰か一人、スッと人混みから歩み出て一声かければ、それに救われたっちゅう実感を持てば 何か変わるかも知れへんのに……みたいな意思をかつてあのネコと飼い主はウチにぶつけてきたけど正しいかどーかわからへん」 「防人衛がなろうとしていたのはその『誰か一人』やろうな。平坦にいえばヒーロー。それに……憧れた」 「ヒーローっちゅうのが実際おって、たとえばウチがとことん絶望する前にやってきたら……『不特定多数への怒り』最たる 連中、貧困国の誘拐犯どもを見事蹴散らしたなら、きっとウチはお屋敷で普通に暮らせとったとは思う」 「努力すればヒーローになれる。世界の総てを救える……そう信じていた防人は、けど、赤銅島の件で挫折を味わい諦めた。 ま、一生あのままやろうな。ザマア見ろや」 「ウチの名前? ウチはデッド=クラスター、ディプレスの相方ってトコか」 羸砲ヌヌ行の述懐。 「防人戦士長をデッドは貶すが、しかし正答は述べてるよねえ。 『誰か一人、スッと人混みから歩み出て一声かければ』 『それに救われたっちゅう実感を持てば』 「何かが変わる。変わるんだ」 「実際、レティクルとの戦いで彼は……変わった。まさに人混みの中から歩み出たたった一人の言葉に奮起し………… 失ったものを、かつて捨てたものを。取り返す」 「防人戦士長だけじゃない。火渡赤馬も楯山千歳も……赤銅島を乗り越える」 「一方、剣持真希士たちの報告を受けた上層部は」 「ディプレス。ディプレス=シンカヒアか」 「奴が生きているだと?」 「馬鹿な。ありえんよ。現に死体はあったのだ」 「検死は榴弾由貴……だったな」 「クローンなれば見抜ける。だからこそ任せたのだ」 「奴はいった。本物だとな」 「しかし6年前の事件では……」 「糸罔(いとあみ)部隊の全滅、か」 「軍靴はいった」 「ディプレス=シンカヒアは生きている」 「馬鹿馬鹿しい。大方模倣犯だろう」 「9年前の決戦は激烈だった。マレフィックマーズ……憧れる輩もいよう」 「では、剣持と鉤爪の逢った──…」 「ハシビロコウを真似るホムンクルス、だけではな」 「物証にはならん」 「流れの共同体に関しては?」 「犬飼にでも追わせておけ」 「いま重要なのはヴィクターだ」 「忌まわしき100年前の汚点。雪ぐは総てに優先する」 ディプレス=シンカヒア。かつて戦団と激しく敵対した組織の幹部。 彼は死んだ。それが戦団の公式見解なのだ。 榴弾由貴。 かつて居たお抱えの検死官は誰もが信頼する腕前で、だからこそ彼女の下した判断は、 『真実』 だと、誰もが誰もが信じている。 羸砲ヌヌ行は述べる。 「もっとも……事実は違うけどねえ」 「榴弾由貴は気づいていた。1995年の決戦後みつかったマレフィック達の死体。それがとある幹部の武装錬金で作られた 『まがいもの』ってね」 「しかし真実を述べるコトはできなかった。述べなくする悲劇があったのさ」 「そしてその悲劇に関わったもののうち」 「1人は音楽隊へ。もう1人はレティクルへ」 「それぞれ行くコトになる。ま、語られるのはもう少し先の話だが」 「そのうち1人の言葉が、リバース=イングラム、玉城青空を大きく揺さぶった」 「本当に姉を愛しているのならば止めて見せろ! これ以上の魔道に貶めてやるな!!!」 「止め……る? ……あだ? 痛い……です」 「ああ! 根源は貴様の姉の命ではない! 歪みのもたらす憤怒だ!! まずはそれを滅ぼせ! 止めてやれ! 何を されようと救ってやれ! そして罪を償わせろ! それが、それこそが……」 「父に! 母に!! そして姉にしてやれる最大の償いではないのかッ!?」 」 自動人形からその声を聞くのは何度目だろうか。その日の夜、青空は自室で深い溜息をついていた。 (ポシェットの中に潜ませていたもの。何があったか大体分かっているわよ) どういう声の者たちに挑み、何度泣きながら「お姉ちゃん」といい、そしてどういう説得を受けたか。 感想としては、いい人たちにあったなあという感じである。 特に熱っぽい──チワワさんと呼ばれた──男の子は本当にカッコ良かった。妹を任せていいと思えるぐらいに。 イオイソゴに黙っているコトが一つある。 彼女が探している「チワワ」。彼はいま、光と同行している。 鳩尾無銘という名のチワワはイオイソゴを指していった。「奴こそ我をこの体に押し込めた張本人の1人」。 そして彼女は9年前からずっとずっと無銘を探している。 捕まえて、喰うために。 もし同行しているのが無銘と知られれば、イオイソゴは確実に義妹の元へ行く。 だから、黙っている。 それが顔も知らない「チワワさん」にできるせめてもの恩返しだし──… 義妹から「好きな男のコ」まで奪いたくはなかった。 できれば普通の恋をして、普通の幸福を味わって欲しかった。 「本当に姉を愛しているのならば止めて見せろ! これ以上の魔道に貶めてやるな!!!」 「止め……る? ……あだ? 痛い……です」 「ああ! 根源は貴様の姉の命ではない! 歪みのもたらす憤怒だ!! まずはそれを滅ぼせ! 止めてやれ! 何を されようと救ってやれ! そして罪を償わせろ! それが、それこそが……」 「父に! 母に!! そして姉にしてやれる最大の償いではないのかッ!?」 」 (やっぱり私……歪んでるよね) 『チワワさん』の叫びが豊かな胸の中で何度も何度も木霊する。 彼は事情を知ってなお、青空を「救う」コトにした。そういう者に出会ったのは──… (2人目、かな。とにかく光ちゃん、お幸せにね) もし自分が救われたら、光も、彼女が好きになった(気配からして一目ぼれしたのは明白だった)「チワワさん」も救われる。 (そう、なれたら……) 膝を抱えながら瞳を湿らす。自分は本来そちらの未来に行きたかった。でも自分の本質に潜む憤怒、「伝えたい」という 欲求に魅入られ、現在(いま)がある。 ただ楽しいおしゃべりに興じている家族たちは許せそうになかった。チワワさんもまた欠如ゆえに人を救うコトを覚えた者 なのだ。恵まれていない人は救いたい。恵まれている人には苦しみを伝えたい。その思いは如何ともしがたかった。 (二律背反。イオイソゴさんは打ち明けろっていうけど……) もし憤怒を失くして「救われて」普通の女のコになってしまったら、この世で楽しく喋る家族たちを許容できるようになってしまっ たら……組織はそんな幹部を不必要とするだろう。 (みんな、欠如とそれに対するやるせなさがあるから、仲間でいられるの。今の私の悩みは「ホムンクルスをやめたい」って いうような物だよ) 世間から見れば決して褒められた人格ではないが、イオイソゴたちは確かに仲間だった。限りない欠如を抱えているが、 それだけに各人は個性の中核を成す『ある一点』に関して非常な優しさを持っている。それに青空は何度となく救われても いる。傷のなめ合いといわれればそれまでだが、裏切りたいとは決して思えない。 (誰かにどんな風に言われても……みんなみんな、私の大事な仲間なの) そう思っても「チワワさん」の言葉が耳から消えないので──… 玉城青空は『直接』家庭を崩壊させるコトをしばらくやめた。 それは凄まじい鬱屈をもたらす行為だった。 代償行為が必要だった。 だから。 代わりに老化治療と、間接的に家庭崩壊のできるホムンクルス研究に専念し──… 「ほう! ほう! ほたらようけの鳥さんになれよん!? ほんなんええなあ!」 「ねーがいよるのは最大とか最速とか大きなあ奴ばっかでどもこもならん! うん! いかないっ! わしはもっとじゃらじゃ らした鳥さんになりたいんよ。とーからほー思っとんよ。でもねーは大きなあ奴ばっか!」 (大まかな奴ばっかでどうにもこうにもならない……うぅ。ひどいよ光ちゃん。私だって一生懸命鳥の図鑑見てカッコいいの 探したつもりなのに。のに……) 時には義妹のセリフに膝を抱えて泣いたりしながら──… 「はい。お姉ちゃんはたった一人の家族だから……何もいわずに別れたく……ないです」 (ありがとう光ちゃん。こんな私をまだ家族だと思ってくれて) 時にはアホ毛をちぎれんばかりに振って小躍りしながら──… (でもみんなに刃向うなら、まず私が出るからね。それが……責任っていうものだよ) 組織に属する者として。両親を奪った者として。 決意を高めていくうち。 およそ1年が、過ぎた。 「インディアンを効率良ーく殺す方法をご存じかしら?」 「まさかあれだけの巨体をいとも簡単に無力化するとは……。大戦士長ともあろう者がとんだ 不覚を取りました」 扉の向こうから声が聞こえてくる。青空はその片方に聞き覚えがあった。 「グレイズィング=メディック。……思い出しました。確かキミの名はグレイズィング」 片方は1年ほど前に実父と義母を蘇生した衛生兵の使い手だ。そして残りは──… 「坂口照星。先日うぃるとぐれいずぃんぐとくらいまっくすが誘拐した錬金戦団のお偉方じゃよ」 「そう」 聞かされてもあまり気乗りはしなかった。いまから彼を拷問にかけ長年の恨みを晴らすという。 周囲にいる仲間たちはそれなりに気運を高めているが、青空はどちらかといえば不参加を決め込みたかった。 チワワさんのセリフを聞いて以来。 家庭を壊すのをやめて以来。 憤怒はその向け所をすっかり失っているようだった。 ましていまの相手は戦団──ホムンクルスを斃す正義的な集団──で、筋からいえば青空が『伝えたい』コトは特にない。 適当に撃って切り上げよう。そう思っている時である。 神妙な面持ちのイオイソゴが袖を引いて来たのは。 「どうしました?」 ただならぬ様子に息を呑み反問。……実父と義母を預けていた彼女に。身を案ずる情愛はまだあった。 「死んだよ。彼らは」 沈痛な声だった。手からサブマシンガンが転げ落ちた。 「わしが潜伏しとった場所に戦士が来ての。鉤手甲じゃよ。鉤手甲でバラバラにされた。ぐれいずぃんぐめが近場におれば 良かったのじゃが、あいにく任務で遠方におった。24時間以内には──…」 「たどり着けなかったんですか?」 からからに乾いた口の中からやっとの思いで言葉を引きずり出すと、イオイソゴは深く首を垂れた。 「仮初とはいえ、いい父母じゃったよ。ヌシには感謝しておる……」 「死んだ……? 人間なのに? お父さんとお義母さんが……戦士に刻まれ……て?」 しゃがみ込み、サブマシンガンを拾う。戦慄く全身から久々の感情が噴き出してくるようだった。 「私でさえ間違って殺してしまったのに……光ちゃんにもう一度逢わせてあげたかったのに……」 どうして確認しなかった。 戦士ならまず人間か否かを確認すべきではなかったのか。 ホムンクルスが殺されるのは仕方ない。それだけのコトをしている。 だが。 ただ光に再会するためにイオイソゴに付き従っていた実父と義母は? 殺されていいはずがない。同じ人間なら尋問をし、酌量し、保護すべきではなかったのか? なのに戦士は有無を言わさず彼らを殺したという。 青空自身、実父と義母を憎む気持ちはあった。でも家族でもあった。いつかやり直せたら……未練がましくもそう思っていた。 それが、断たれた。 (光ちゃん。ごめんなさい……もう一度会わせてあげたかったのに。もう一度、会わせてあげたかったのに) 涙が、出た。 何のために自分はあの晩、泣きじゃくってまで蘇生を頼んだのだろう。 いつしか自分がしゃくりあげているのに青空は気付いた。 涙を必死に止める。 その代わり、失意と空しさが湧いてくる。 「そう在るべき」静かな感情とは真逆の灼熱が、脳髄を焼くようだった。 「落ちつけりばーす。その戦士はわしが殺しておいた。仇はすでに取っておる」 じゃから、とイオイソゴはゆっくり喋った。 「扉の向こうにおる戦士の元締めに、ヌシの感情を『伝えて』やるなよ? そんなコトをしてもヌシの両親は戻って来ん。他の 戦士にその感情を『伝えて』も全く以て意味がない」 踵を返したイオイソゴの頬が笑みにニンガリ引き攣っているコトに青空は気づかない。 ただしばらく俯き黙りこみ──… 「ええ」 黒い白目の中で真赤な瞳を輝かせながら……笑った。 「そう。治して差し上げますわよ。ちょうどマレフィックの方々が御到着されましたし」 扉が、開いた。 「ダブル武装錬金二重の苦しみを味わって味わうのよ」 支給されていたもう1つの核鉄が、サブマシンガンになる。 すすり泣くような声はきっと相手に届いていないだろう。 だがそれでも構わない。 声が届かないのはいつものコト。 だから。 伝える。 手にしたサブマシンガンで……伝える。 「戦士相手に私の悲しさをたっぷり伝えるのよ許さない許さないふふふははははあーっはっはっはっはっは」 すれ違うグレイズィングが軽く舌を出した。「あーあキレてる小声で聞こえないけど」。そんな顔をちょっとすると。 ……どこからか、刀が床を突き刺すような音がした。 それを合図にグレイズィングがパンプスの踵を軸にくるりと振り返り、ウィンクしつつノブに手を当てた。 「それではしばし、ごきげんよう」 ドアがゆっくりと閉じられ──… 呼吸困難に苦しむ坂口照星目がけリバース=イングラムはゆっくりと歩き出した。 彼女は知らない。 「よくやるわねご老人も」 サブマシンガンであらゆる感情を伝えている間、扉の向こうで。 白いシーツがほぼ床まで垂れる丸いテーブルの周りで。 こんなやり取りがあったのを。 「なぁに。ちょっとした仕返しじゃよ。奴は義妹放逐の件でわしを騙そうとしたからの」 優雅に紅茶を啜るグレイズィングの前で、小休止中のイオイソゴはせんべいを一齧りした。 「確かにウソはいってませんわね。あのコの実父と義母がバラされた晩、確かにワタクシは遠くにいましたもの」 「死んだのも事実じゃ」