「分かりました…もう止めますまい」
カストルは開き直ったかのように、そう言ったのだった。
「皆…どうか生きて帰ってくだされ」
「辛気臭い男だな、全く」
アレクサンドラは鼻を鳴らす。
「私は何も心配などせん。お前達を倒すのはこの私だからな―――さっさと用を済ませてこい」
カストルは開き直ったかのように、そう言ったのだった。
「皆…どうか生きて帰ってくだされ」
「辛気臭い男だな、全く」
アレクサンドラは鼻を鳴らす。
「私は何も心配などせん。お前達を倒すのはこの私だからな―――さっさと用を済ませてこい」
交わした言葉は短くとも、その奥に込められた想いは、誰もが理解していた。それに深く感謝して、遊戯達は速やか
に旅立った。目指す先は<死神>タナトスが支配する地―――冥府。
最後の戦いの時が、すぐそこまで迫っていた。
に旅立った。目指す先は<死神>タナトスが支配する地―――冥府。
最後の戦いの時が、すぐそこまで迫っていた。
「さ、さ、さ、さあ皆…びびび、ビビってんじゃねえぞ…」
「お前がな…」
オリオンは呆れながら城之内をジト目で見る。城之内は生まれたての仔鹿もビックリなくらいガクブルしていた。
―――かつてある男が冥府への扉を開いたとされる大森林・ラフレンツェの森。
鬱蒼と茂る暗緑の木々。不気味な鳥の鳴き声。実に退廃的な空気が漂う場所なのだ。今にも幽霊でも出てきそうだ。
まして城之内はオカルトが大の苦手と来ている。怖れ慄くのも無理はない。
「しっかりしなさい、城之内。今からそんなんじゃ、冥府なんていけないわよ。ねえ?」
ガウ、とミーシャを背に乗せたレッドアイズが<そうだそうだ>と言いたげに唸る。
「レッドアイズ…お前、オレの相方じゃん。もっとフォローしてくれよ…」
そうは言ってもレッドアイズとてオスである(多分)。ムサい御主人より奇麗なお姉さんの味方をしたくもなろう。
「でも、城之内くんの気持ちも分かるよ。そろそろ暗くなってきたし…」
遊戯も不安そうに辺りを見回す。既に日も落ちかけ、宵闇が迫る森は一層おどろおどろしく見えた。
「どこかで休めないかな?」
「ふむ…そうだな。夜間の移動は危険だし、皆の疲れも溜まっているようだ。向こうに空き地が見えるから、今日は
そこで野営をしよう」
「そうですね…よし!<クリボー>召喚!」
ポムポムと飛び跳ねながら黒い毛玉がクリクリ愛嬌を振りまきながらやってくる。そして。
「魔法カード<増殖>を発動!クリボー、そこら辺で薪を拾ってきて!」
一斉に飛び散るクリボー数十匹。十秒ほどで戻ってきた時には、空き地の中央にはキャンプファイアーが出来そうな
くらいに薪が山盛りになっていた。その結果に満足して、クリボーは元通り一匹に戻る。
「お、やるな遊戯。よーし、レッドアイズ!お前も負けずにやってやれ!」
レッドアイズがグワっと口を開けて、通常よりも百分の一程度に威力を抑えた火球を吐き出す。一瞬で薪に火が付き、
夜の闇を明るく照らした。
「ほお…便利なものだな」
「いやあ、それほどでも。えへへ…」
照れる遊戯。気分はどこぞの青色タヌキだ。それはともかく、皆で焚火を囲んで座る。夜の冷気に芯まで凍えた身体
が、暖かい炎でゆっくり溶け出していくようだ。
パチパチと爆ぜる薪。闇深く閉ざされた森の中で、それだけが地上に残された唯一の光のように燃え盛る。
「ほーら、甘いのが欲しいの?一個、二個…それとも三個?…クスクス、いやしんぼね」
ミーシャは角砂糖を片手にクリボーと遊んでいる。勢いよく三方向に投げられた角砂糖を、クリボーは俊敏な動きで
全てキャッチした。
「よーしよしよし、いい子ね」
クリボーの頭(というか身体)を抱えてナデナデしている。そんな平和な光景である。
「…これは俺が本当に体験した話なんだが…」
オリオンがいきなり語り始めた。バチンっと大きな音を立てて薪が燃え上がる。その炎に照らし出されたオリオンの
顔は、異様に怖かった。自然、一同は息を呑む。
「あれは俺がイリオンを脱出してしばらくのことだった…俺はその時、アナトリアにいたんだ。アナトリアでは当時
から東方蛮族(バルバロイ)の侵攻が苛烈で、優秀な戦士を集めようと武術大会が盛んに行われていたんだ。そして
その武術大会には、俺も参加していた」
やたら暗い口調で語るオリオンは、まるで幽鬼に取り憑かれたような有様だ。
「はっきりいって、大した奴はいなかった。まだガキだった俺が勝ち進む度に最初はバカにしてた連中が黙りこくる
のが楽しかったな…はは、そんな風に思うのも若気の至りって奴だな。まあそんな感じで、大会そのものはまるで
問題なかった。だが、俺はどうにも腹が痛くなってな。便所に駆け込んだんだ。そこには誰もいなかったから、俺は
ゆっくり用を足した…」
オリオンは、かっと目を見開いた。遊戯達はビクっと身を竦ませる。
「その時だった…俺は…俺は…余りにも恐ろしい事実に気が付いてしまった…何故、何故今まで気付かなかったんだ。
それは誰が見ても明らかじゃないか。ちょっと注意していれば分かったのに…どれだけ後悔しても、もう遅かった…
俺にはもう、その恐ろしい事実に抗う術はなかったんだ…」
その瞬間の恐怖を思い出したのか、彼の身体は汗で塗れていた。そして語られる、世にもおぞましい結末―――
「俺が入った便所には…
紙 が な か っ た ん だ ! 」
「うわあああああああーーーっ!」
「きゃああぁぁぁぁっ!」
静かな森に悲鳴が木霊する。鳥達がけたたましく羽ばたき、一斉に飛び去った。
場に落ち着きが戻るのを待って、オリオンは続けた。
「…俺は武術大会の覇者となったものの、心にはそれが重く圧し掛かっていたよ。アナトリアの王から直々に士官の
誘いも受けたが、丁重に断ったよ。俺はもう、便所に紙も置いてない恐ろしい国にこれ以上いたくなかったんだ…」
恐ろしい恐ろしいと、オリオンは何度も繰り返す。彼の身に降りかかった惨事に対し、誰もが言葉もなく、ただ固唾
を呑んで怯えるばかりだった。
「お…オレ、ちょっとションベンしてくる…」
城之内が立ち上がった。夜気で冷えていた上に、この話である。催すのも無理はないだろう。
「ボ、ボクも…」
「じゃあ俺も」
「では私も」
「…行ってらっしゃい」
ミーシャは当然ながら留守番を選んだ。ちなみに彼女がそういう方面をどうクリアしているのかについては訊かない
ように。二次元の女性はトイレになんか行かないのだ。
そんなことは置いといて、四人は一列に並び用を足す。男の友情がそこにはあった。嫌な友情だった。
「ところで私の(放送禁止)を見てくれ。こいつをどう思う?」
「すごく…大きいです」
「そういう会話はシャレにならねーからやめろよ…」
「ぎゃああああ!先っぽに蚊が!」
―――連れションでここまで盛り上がれるのは彼らの他には某占い師とフランス人くらいだろう。
「…ところで皆。少しだけ相談に乗ってほしいことがあるんだが」
戻ろうとした所で、レオンティウスがそう切り出した。
「なんだよ。結構マジな話?」
「あ、いや。なんというか…ミーシャのことなんだ。というのも、彼女に対して私はどういう態度を取ればいいのかが
分からなくてな…」
苦笑するレオンティウス。事実、いきなり生き別れの妹と言われても、ピンと来ないのも仕方あるまい。
「そもそも私は女性の扱いというものが苦手でね。男の扱いならばアレなんだが…いや、それはいい。とにかく私が
関わった女性といえば、母上とアレクサンドラくらいだからな。母上に対するように甘えるのも兄としてどうかなと思う
し、アレクサンドラとはあの通りだ。だから、ミーシャにはどう接すればいいのか…」
「悩んでも仕方ねーよ、んなもん」
城之内は軽く笑う。
「これから、いくらだって時間はあるんだ。じっくり向き合っていけばいいだけだろ…心配ねーさ。同じ血を分けた兄妹
なんだからな」
「じっくり向き合え、か…」
「ああ―――エレフの奴も一緒に、な」
決意を込めた目で、城之内は空を見据える。
「そのためにも、絶対ぶっ飛ばしてやろうぜ。いけ好かねえ死神ヤローをな」
うん、と遊戯が頷く。レオンティウスも、口元に笑みを浮かべた。
「ミーシャ、か…」
オリオンは少し俯き、やがて口を開いた。
「…なあ。俺もちょっと聞いてほしいんだけど、いいか?」
「何だよ」
オリオンは一拍おいて、神妙な顔で語った。
「この闘いが終わったら、俺、ミーシャにプロポーズするんだ」
「…………」
何故。よりにもよって、このタイミングでヤバいフラグを立てるのか。
最終決戦。死ぬにはいい日にも程がある。
「なんと…ではオリオン、キミは私の義弟になるかもしれないということか!」
<あのフラグ>の概念を知らないレオンティウスが話題に喰い付いた。
「そうか…それは楽しみだな、ふふふ」
「…何がどう楽しみなのかは聞かないことにするよ」
そう言いつつ、オリオンはさり気なくレオンティウスから距離を取った。そして、続ける。
「昔の俺は、どうしようもないガキだったよ…そんな俺にも、ミーシャは優しく微笑んでくれたんだ。上手いことは
言えないけど、だから俺は、あいつを好きになっちまったんだ」
過去を語り始めたオリオン。彼のライフはもう0と言ってもよかった。
「へへ…ちょっと湿っぽい話になっちまったな!それはともかく、生きて帰れたら俺も今から学問をやってみようかと
思うんだ。頭悪いってバカにされるのもいいかもな…いや、その前に皆で豪勢なメシを食おうぜ!熱々のピザなんて
いいな。上にボルチーニ茸も乗っけてもらおう!」
もはや次の瞬間にも串刺しになって死にそうだった。
「はは…そ、そりゃあ楽しみだ…ま、まあ、そういう話は闘いに勝ってからだな、うん…」
「ふっ。まあ頼りにしてろよ。何せ俺は不可能を可能にする男だからな」
敵の攻撃から味方を庇って死ぬフラグが立った。同時に続編で仮面の男として復活するフラグも立った。
「お?それにしてもここは星空が奇麗に見えるな」
「ホントだ。満天の星空ってやつだね」
「ああ。特にあれ、北斗七星の脇に輝く星なんて格別の美しさだな」
それはまさかアレではないとか思ったが、恐ろしすぎて確認できなかった。
「オ…オリオン!これをキミにあげるよ!」
このままでは拙い。遊戯は一枚のカードを取り出し、オリオンに差し出した。
「これは<戦いの神オリオン>ってカードなんだ」
「へえ、俺と同じ名前なのか…その割にゃカッコよくねーし、別に強そうでもねーな…」
実際、さっぱり強いカードではありません。
「で、でも、オリオンと同じ名前なぐらいだから、御守りに持っててよ!お願いだから!」
「何をそんなムキになってんだよ…ま、いいか。くれるんなら貰っておくぜ」
オリオンはカードを胸元に仕舞い込む。ようやくの事でオリオン生還フラグを立てることに成功した遊戯は、ほっと
胸を撫で下ろした。
「お前がな…」
オリオンは呆れながら城之内をジト目で見る。城之内は生まれたての仔鹿もビックリなくらいガクブルしていた。
―――かつてある男が冥府への扉を開いたとされる大森林・ラフレンツェの森。
鬱蒼と茂る暗緑の木々。不気味な鳥の鳴き声。実に退廃的な空気が漂う場所なのだ。今にも幽霊でも出てきそうだ。
まして城之内はオカルトが大の苦手と来ている。怖れ慄くのも無理はない。
「しっかりしなさい、城之内。今からそんなんじゃ、冥府なんていけないわよ。ねえ?」
ガウ、とミーシャを背に乗せたレッドアイズが<そうだそうだ>と言いたげに唸る。
「レッドアイズ…お前、オレの相方じゃん。もっとフォローしてくれよ…」
そうは言ってもレッドアイズとてオスである(多分)。ムサい御主人より奇麗なお姉さんの味方をしたくもなろう。
「でも、城之内くんの気持ちも分かるよ。そろそろ暗くなってきたし…」
遊戯も不安そうに辺りを見回す。既に日も落ちかけ、宵闇が迫る森は一層おどろおどろしく見えた。
「どこかで休めないかな?」
「ふむ…そうだな。夜間の移動は危険だし、皆の疲れも溜まっているようだ。向こうに空き地が見えるから、今日は
そこで野営をしよう」
「そうですね…よし!<クリボー>召喚!」
ポムポムと飛び跳ねながら黒い毛玉がクリクリ愛嬌を振りまきながらやってくる。そして。
「魔法カード<増殖>を発動!クリボー、そこら辺で薪を拾ってきて!」
一斉に飛び散るクリボー数十匹。十秒ほどで戻ってきた時には、空き地の中央にはキャンプファイアーが出来そうな
くらいに薪が山盛りになっていた。その結果に満足して、クリボーは元通り一匹に戻る。
「お、やるな遊戯。よーし、レッドアイズ!お前も負けずにやってやれ!」
レッドアイズがグワっと口を開けて、通常よりも百分の一程度に威力を抑えた火球を吐き出す。一瞬で薪に火が付き、
夜の闇を明るく照らした。
「ほお…便利なものだな」
「いやあ、それほどでも。えへへ…」
照れる遊戯。気分はどこぞの青色タヌキだ。それはともかく、皆で焚火を囲んで座る。夜の冷気に芯まで凍えた身体
が、暖かい炎でゆっくり溶け出していくようだ。
パチパチと爆ぜる薪。闇深く閉ざされた森の中で、それだけが地上に残された唯一の光のように燃え盛る。
「ほーら、甘いのが欲しいの?一個、二個…それとも三個?…クスクス、いやしんぼね」
ミーシャは角砂糖を片手にクリボーと遊んでいる。勢いよく三方向に投げられた角砂糖を、クリボーは俊敏な動きで
全てキャッチした。
「よーしよしよし、いい子ね」
クリボーの頭(というか身体)を抱えてナデナデしている。そんな平和な光景である。
「…これは俺が本当に体験した話なんだが…」
オリオンがいきなり語り始めた。バチンっと大きな音を立てて薪が燃え上がる。その炎に照らし出されたオリオンの
顔は、異様に怖かった。自然、一同は息を呑む。
「あれは俺がイリオンを脱出してしばらくのことだった…俺はその時、アナトリアにいたんだ。アナトリアでは当時
から東方蛮族(バルバロイ)の侵攻が苛烈で、優秀な戦士を集めようと武術大会が盛んに行われていたんだ。そして
その武術大会には、俺も参加していた」
やたら暗い口調で語るオリオンは、まるで幽鬼に取り憑かれたような有様だ。
「はっきりいって、大した奴はいなかった。まだガキだった俺が勝ち進む度に最初はバカにしてた連中が黙りこくる
のが楽しかったな…はは、そんな風に思うのも若気の至りって奴だな。まあそんな感じで、大会そのものはまるで
問題なかった。だが、俺はどうにも腹が痛くなってな。便所に駆け込んだんだ。そこには誰もいなかったから、俺は
ゆっくり用を足した…」
オリオンは、かっと目を見開いた。遊戯達はビクっと身を竦ませる。
「その時だった…俺は…俺は…余りにも恐ろしい事実に気が付いてしまった…何故、何故今まで気付かなかったんだ。
それは誰が見ても明らかじゃないか。ちょっと注意していれば分かったのに…どれだけ後悔しても、もう遅かった…
俺にはもう、その恐ろしい事実に抗う術はなかったんだ…」
その瞬間の恐怖を思い出したのか、彼の身体は汗で塗れていた。そして語られる、世にもおぞましい結末―――
「俺が入った便所には…
紙 が な か っ た ん だ ! 」
「うわあああああああーーーっ!」
「きゃああぁぁぁぁっ!」
静かな森に悲鳴が木霊する。鳥達がけたたましく羽ばたき、一斉に飛び去った。
場に落ち着きが戻るのを待って、オリオンは続けた。
「…俺は武術大会の覇者となったものの、心にはそれが重く圧し掛かっていたよ。アナトリアの王から直々に士官の
誘いも受けたが、丁重に断ったよ。俺はもう、便所に紙も置いてない恐ろしい国にこれ以上いたくなかったんだ…」
恐ろしい恐ろしいと、オリオンは何度も繰り返す。彼の身に降りかかった惨事に対し、誰もが言葉もなく、ただ固唾
を呑んで怯えるばかりだった。
「お…オレ、ちょっとションベンしてくる…」
城之内が立ち上がった。夜気で冷えていた上に、この話である。催すのも無理はないだろう。
「ボ、ボクも…」
「じゃあ俺も」
「では私も」
「…行ってらっしゃい」
ミーシャは当然ながら留守番を選んだ。ちなみに彼女がそういう方面をどうクリアしているのかについては訊かない
ように。二次元の女性はトイレになんか行かないのだ。
そんなことは置いといて、四人は一列に並び用を足す。男の友情がそこにはあった。嫌な友情だった。
「ところで私の(放送禁止)を見てくれ。こいつをどう思う?」
「すごく…大きいです」
「そういう会話はシャレにならねーからやめろよ…」
「ぎゃああああ!先っぽに蚊が!」
―――連れションでここまで盛り上がれるのは彼らの他には某占い師とフランス人くらいだろう。
「…ところで皆。少しだけ相談に乗ってほしいことがあるんだが」
戻ろうとした所で、レオンティウスがそう切り出した。
「なんだよ。結構マジな話?」
「あ、いや。なんというか…ミーシャのことなんだ。というのも、彼女に対して私はどういう態度を取ればいいのかが
分からなくてな…」
苦笑するレオンティウス。事実、いきなり生き別れの妹と言われても、ピンと来ないのも仕方あるまい。
「そもそも私は女性の扱いというものが苦手でね。男の扱いならばアレなんだが…いや、それはいい。とにかく私が
関わった女性といえば、母上とアレクサンドラくらいだからな。母上に対するように甘えるのも兄としてどうかなと思う
し、アレクサンドラとはあの通りだ。だから、ミーシャにはどう接すればいいのか…」
「悩んでも仕方ねーよ、んなもん」
城之内は軽く笑う。
「これから、いくらだって時間はあるんだ。じっくり向き合っていけばいいだけだろ…心配ねーさ。同じ血を分けた兄妹
なんだからな」
「じっくり向き合え、か…」
「ああ―――エレフの奴も一緒に、な」
決意を込めた目で、城之内は空を見据える。
「そのためにも、絶対ぶっ飛ばしてやろうぜ。いけ好かねえ死神ヤローをな」
うん、と遊戯が頷く。レオンティウスも、口元に笑みを浮かべた。
「ミーシャ、か…」
オリオンは少し俯き、やがて口を開いた。
「…なあ。俺もちょっと聞いてほしいんだけど、いいか?」
「何だよ」
オリオンは一拍おいて、神妙な顔で語った。
「この闘いが終わったら、俺、ミーシャにプロポーズするんだ」
「…………」
何故。よりにもよって、このタイミングでヤバいフラグを立てるのか。
最終決戦。死ぬにはいい日にも程がある。
「なんと…ではオリオン、キミは私の義弟になるかもしれないということか!」
<あのフラグ>の概念を知らないレオンティウスが話題に喰い付いた。
「そうか…それは楽しみだな、ふふふ」
「…何がどう楽しみなのかは聞かないことにするよ」
そう言いつつ、オリオンはさり気なくレオンティウスから距離を取った。そして、続ける。
「昔の俺は、どうしようもないガキだったよ…そんな俺にも、ミーシャは優しく微笑んでくれたんだ。上手いことは
言えないけど、だから俺は、あいつを好きになっちまったんだ」
過去を語り始めたオリオン。彼のライフはもう0と言ってもよかった。
「へへ…ちょっと湿っぽい話になっちまったな!それはともかく、生きて帰れたら俺も今から学問をやってみようかと
思うんだ。頭悪いってバカにされるのもいいかもな…いや、その前に皆で豪勢なメシを食おうぜ!熱々のピザなんて
いいな。上にボルチーニ茸も乗っけてもらおう!」
もはや次の瞬間にも串刺しになって死にそうだった。
「はは…そ、そりゃあ楽しみだ…ま、まあ、そういう話は闘いに勝ってからだな、うん…」
「ふっ。まあ頼りにしてろよ。何せ俺は不可能を可能にする男だからな」
敵の攻撃から味方を庇って死ぬフラグが立った。同時に続編で仮面の男として復活するフラグも立った。
「お?それにしてもここは星空が奇麗に見えるな」
「ホントだ。満天の星空ってやつだね」
「ああ。特にあれ、北斗七星の脇に輝く星なんて格別の美しさだな」
それはまさかアレではないとか思ったが、恐ろしすぎて確認できなかった。
「オ…オリオン!これをキミにあげるよ!」
このままでは拙い。遊戯は一枚のカードを取り出し、オリオンに差し出した。
「これは<戦いの神オリオン>ってカードなんだ」
「へえ、俺と同じ名前なのか…その割にゃカッコよくねーし、別に強そうでもねーな…」
実際、さっぱり強いカードではありません。
「で、でも、オリオンと同じ名前なぐらいだから、御守りに持っててよ!お願いだから!」
「何をそんなムキになってんだよ…ま、いいか。くれるんなら貰っておくぜ」
オリオンはカードを胸元に仕舞い込む。ようやくの事でオリオン生還フラグを立てることに成功した遊戯は、ほっと
胸を撫で下ろした。
―――決戦前夜は、こうして騒がしく更けていくのだった…。