パピヨンに首を絞められたとき、ヴィクトリアは確かに見た。
いつか見た秋水の、澄んだ瞳とはまったく対照的な瞳を。
濁っていて、苛立っていて、ヘドロとマグマを綯(な)い交ぜにして煮たてているような──…
それがパピヨンの瞳だった。普通の人間ならまず嫌悪し、目を背け、悪と断じて貶めるだろう。
それがパピヨンの瞳だった。普通の人間ならまず嫌悪し、目を背け、悪と断じて貶めるだろう。
だがヴィクトリアは……惹かれた。
瞬間的に、瞳の奥にあるモノを理解してしまった。
瞬間的に、瞳の奥にあるモノを理解してしまった。
彼の境涯は僅かだが知っている。かつて彼の実家に行き、彼の父の日記を読んだコトがある。
まだ人間だった頃のパピヨンは不治の病に罹り、誰からも必要とされず、死を待つだけだった。
だからホムンクルスになったのだろう。
イモ虫が蝶に変態すれば、華麗な変身を遂げさえすれば誰からも注目される。
そう信じて研究を重ねた……というのはパピヨンの父の日記には書かれていなかったが……見当はつく。
だからホムンクルスになったのだろう。
イモ虫が蝶に変態すれば、華麗な変身を遂げさえすれば誰からも注目される。
そう信じて研究を重ねた……というのはパピヨンの父の日記には書かれていなかったが……見当はつく。
だがそれでも、一縷の望みを賭けたホムンクルス化さえ彼の人生を好転させなかったようだ。
ヴィクトリアはホムンクルス化直後のパピヨンがどういう行動を取ったかまでは知らない。
だが蝶野屋敷と呼ばれる彼の実家が荒廃し、住民が誰一人生存していないところからおおよその推測はできる。
必要とされなかったから、殺した。
想像に難くない話だ。
必要とされなかったから、殺した。
想像に難くない話だ。
武藤カズキという少年は、パピヨンを必要……とまではいかないが、何かを与え、何かパピヨンにとって一番大事な「何か」
を認めたように思える。人間に戻したいという執心を呼び起こすぐらいなのだから、きっと途轍もなく大きな物を与えたに
違いない。
を認めたように思える。人間に戻したいという執心を呼び起こすぐらいなのだから、きっと途轍もなく大きな物を与えたに
違いない。
そんな存在が、月に消えた。
父が同じ経緯をたどり、同時期に愛する母さえ失ったヴィクトリアだから、パピヨンの抱えている感情は少しだけ分かった。
女学院の地下に秋水が来るまで彼女は、ただ、疲れていた。
老女のように枯れてねじくれた精神から一絞りの何かが消えうせて、ただ疲れていた。
総てを諦めていて、「そこから先」の人生に意味など見出せなかった。希望があっても縋るつもりにはなれなかった。
そんな少し前の自分に溢れていた感情が、パピヨンの瞳の端々に見えた。
違うところがあるとすれば。
父が同じ経緯をたどり、同時期に愛する母さえ失ったヴィクトリアだから、パピヨンの抱えている感情は少しだけ分かった。
女学院の地下に秋水が来るまで彼女は、ただ、疲れていた。
老女のように枯れてねじくれた精神から一絞りの何かが消えうせて、ただ疲れていた。
総てを諦めていて、「そこから先」の人生に意味など見出せなかった。希望があっても縋るつもりにはなれなかった。
そんな少し前の自分に溢れていた感情が、パピヨンの瞳の端々に見えた。
違うところがあるとすれば。
何もかもを諦めかけながらも。
そこから先の人生の無意味さを悟りつつも。
希望に縋るより絶望の赴くまま総てを破壊する方が楽だと知りつつも。
そこから先の人生の無意味さを悟りつつも。
希望に縋るより絶望の赴くまま総てを破壊する方が楽だと知りつつも。
自分にとって大事な「何か」を取り戻したいと奮起し、汚泥の中を歩いて行く。
そんな意思の強さが瞳の奥に宿っていた。
にも関わらず彼が揺らいでいるのは、大事な存在を失ったという失意のせい。
(平気な訳、ないわよね)
鬱屈するのも無理はない。
彼もまた、たった一人のかけがえのない存在を失っているのだから。
不可能を可能にするという理念さえ、巨大な失意に引きずられ、飲み込まれそうなほど傷ついている。
一言でいえば彼は……悲しんでいる。
つい最近母を失ったヴィクトリアだから、同じ気持ちには敏感だ。例え彼がそう言わなかったとしても、彼を取り巻く雰囲気
は雄弁すぎるほど気持ちを物語っている。
「何か」を与えてくれた人間がいなくなり、悲しんでいる。
普通の人間ならそれを誰かに伝え、喋り、憚りなく泣きさえすれば気持ちは少しずつ楽になる。
不可能を可能にするという理念さえ、巨大な失意に引きずられ、飲み込まれそうなほど傷ついている。
一言でいえば彼は……悲しんでいる。
つい最近母を失ったヴィクトリアだから、同じ気持ちには敏感だ。例え彼がそう言わなかったとしても、彼を取り巻く雰囲気
は雄弁すぎるほど気持ちを物語っている。
「何か」を与えてくれた人間がいなくなり、悲しんでいる。
普通の人間ならそれを誰かに伝え、喋り、憚りなく泣きさえすれば気持ちは少しずつ楽になる。
だがパピヨンはずっとずっと孤独のままなのだ。
そして孤独の中で「ならざるを得なかった」傲岸不遜な態度のせいで……誰にも弱みを見せられずにいる。
にも関わらず無差別な破壊で憂さを晴らせないのは、やはり武藤カズキとの間にあった何らかの絆のせいではないか?
そして孤独の中で「ならざるを得なかった」傲岸不遜な態度のせいで……誰にも弱みを見せられずにいる。
にも関わらず無差別な破壊で憂さを晴らせないのは、やはり武藤カズキとの間にあった何らかの絆のせいではないか?
パピヨンの瞳を見た後、ヴィクトリアは少しずつ思い始めていた。
なんでもいい。少しでもいい。彼の悲しみを和らげられないかと。
【9月12日】 昼ごろ。
──────銀成市。とある孤児院──────
「ではお願いしますの。話をしたら子供たちがもう、待ちきれないっておおはしゃぎですの。ありがとうございますの!」
「いえ。礼には及びません。やっぱり子供達は笑顔が一番ですから」
防人は孤児院の庭にいた。やや大きめの駐車場ぐらいしかないこじんまりとした庭には身寄りのない子供たちが10人ほど
いる。孤児院……というコトで防人はここに来る前、錬金戦団にある同様の施設──こちらはホムンクルスに家族を殺され
た身寄りのない子供たちを収容する施設だ。千歳や剛太もそこで育った──に漂う一種の暗さを想像していたが、ついてし
まえば何とも彼好みの明るい喧噪に満ちていた。銀色の覆面の下で頬を緩ませながら庭を一望する。じゃれあう子供たち。
追いかけっこをする子供たち。砂場にいるのは兄弟だろうか。よく似た顔つきの子供が2人、赤や黄色のスコップで砂山を
ぺたぺたと叩いている。庭の片隅では先ほどの笑顔の少女が子供たちと戯れている。
「いえ。礼には及びません。やっぱり子供達は笑顔が一番ですから」
防人は孤児院の庭にいた。やや大きめの駐車場ぐらいしかないこじんまりとした庭には身寄りのない子供たちが10人ほど
いる。孤児院……というコトで防人はここに来る前、錬金戦団にある同様の施設──こちらはホムンクルスに家族を殺され
た身寄りのない子供たちを収容する施設だ。千歳や剛太もそこで育った──に漂う一種の暗さを想像していたが、ついてし
まえば何とも彼好みの明るい喧噪に満ちていた。銀色の覆面の下で頬を緩ませながら庭を一望する。じゃれあう子供たち。
追いかけっこをする子供たち。砂場にいるのは兄弟だろうか。よく似た顔つきの子供が2人、赤や黄色のスコップで砂山を
ぺたぺたと叩いている。庭の片隅では先ほどの笑顔の少女が子供たちと戯れている。
(まさか銀成市にこんなブラボー場所があったとはな)
知り合いの代理で初めてやってきたこの孤児院は、とてもいい場所だった。親や身寄りを亡くした筈の子供たちが心から
の笑顔を浮かべている。それだけで防人は癒される気分だった。
彼は7年前、とある任務を失敗した。結果として多くの人々を死なす羽目になったその事件──斗貴子の故郷・赤銅島に
おける集団殺戮──は彼の心に今でも暗い影を落としている。
結局斗貴子以外の誰も救えなかった。顔見知りの老人たちも、斗貴子のクラスメイトたちも。
努力さえすれば世界の総てが救えるヒーローになれる。そう純粋に信じていた防人にとって、赤銅島の事件は大きな転機
となった。彼は自身の限界を悟り、せめて与えられた任務の中で最良の結果が出せる「キャプテン」を目指さんとするように
なった。
事件に関わっていた防人の僚友たちもまた……変わった。
無邪気で泣き虫だった楯山千歳は総ての感情を内に押し込めるようになり、自らの才能を信じていた火渡に至っては才
能さえ及ばぬ「不条理」を克服せんと自らも不条理足らんとするようになった。
今の自分たちの姿は、若いころ描いていた輝かしい未来とはまったくかけ離れている。
防人は時々そう思う。千歳にしろ火渡にしろ、いまの彼らの生きざまは彼らの本質からかけ離れた「無理のある」ものだ。
不自然さに満ちている。抱えた傷に触れぬよう、その上に同じ傷を重ねぬよう……そればかりを考えているのだから。
の笑顔を浮かべている。それだけで防人は癒される気分だった。
彼は7年前、とある任務を失敗した。結果として多くの人々を死なす羽目になったその事件──斗貴子の故郷・赤銅島に
おける集団殺戮──は彼の心に今でも暗い影を落としている。
結局斗貴子以外の誰も救えなかった。顔見知りの老人たちも、斗貴子のクラスメイトたちも。
努力さえすれば世界の総てが救えるヒーローになれる。そう純粋に信じていた防人にとって、赤銅島の事件は大きな転機
となった。彼は自身の限界を悟り、せめて与えられた任務の中で最良の結果が出せる「キャプテン」を目指さんとするように
なった。
事件に関わっていた防人の僚友たちもまた……変わった。
無邪気で泣き虫だった楯山千歳は総ての感情を内に押し込めるようになり、自らの才能を信じていた火渡に至っては才
能さえ及ばぬ「不条理」を克服せんと自らも不条理足らんとするようになった。
今の自分たちの姿は、若いころ描いていた輝かしい未来とはまったくかけ離れている。
防人は時々そう思う。千歳にしろ火渡にしろ、いまの彼らの生きざまは彼らの本質からかけ離れた「無理のある」ものだ。
不自然さに満ちている。抱えた傷に触れぬよう、その上に同じ傷を重ねぬよう……そればかりを考えているのだから。
だからこそ、無邪気に微笑むコトのできる子供たちを見るたび防人は思う。
錬金術の災禍に彼らが巻き込まれ、自分たちのような傷を負うようなコトがあってはならない。
錬金術の災禍に彼らが巻き込まれ、自分たちのような傷を負うようなコトがあってはならない。
と。
防人が子供たちに贈る視線に何かを感じ取ったのか。
「みんないい子ですのよ」
もうすぐ50になるかという女性の院長は嬉しそうに庭を見渡した。
「不況で寄付が減って、おいしい物も食べさせてあげれないのにあの子たちは文句一ついわないんですの。それどころかお
小遣いを一生懸命貯めてくれて──…」
「みんないい子ですのよ」
もうすぐ50になるかという女性の院長は嬉しそうに庭を見渡した。
「不況で寄付が減って、おいしい物も食べさせてあげれないのにあの子たちは文句一ついわないんですの。それどころかお
小遣いを一生懸命貯めてくれて──…」
「成程。何かあなたにプレゼントでも?」
「いえ、値が張りそうなブランド物の限定品とかラー油とかレアなおもちゃとか、徹夜で並んで徹底的に買い占めてですね、
ヤフオクに流してくれるんですの。結構な利鞘を稼いでくれて……いまや運営費の8割が賄われているですの! ああ!
なんて逞しいコたちなんでしょう!」
「は、はぁ」
「と失礼しました。ところで紹介がまだでしたね」
「?」
「ブラボーさんが連れて来てくれた人のコトですの。笑顔で無口でバインバインなあの女の子の」
「いえ、値が張りそうなブランド物の限定品とかラー油とかレアなおもちゃとか、徹夜で並んで徹底的に買い占めてですね、
ヤフオクに流してくれるんですの。結構な利鞘を稼いでくれて……いまや運営費の8割が賄われているですの! ああ!
なんて逞しいコたちなんでしょう!」
「は、はぁ」
「と失礼しました。ところで紹介がまだでしたね」
「?」
「ブラボーさんが連れて来てくれた人のコトですの。笑顔で無口でバインバインなあの女の子の」
庭の片隅でその少女は幼稚園児ぐらいの子たちとドッジボールをしている。意外に運動神経がいいようで、子供たちの
ボールをひょいひょい避けたかと思うと、幼児ゆえの手加減のない投球をふわりと受け止め軽く返す。絶妙な送球だ。防人
は感嘆した。彼女はどうやら「相手がちょっと頑張れば取れる」ギリギリの加減を見極め、ボールを返しているらしかった。
それが証拠にボールを投げられた子供達。幼い闘争心をかきたてられているようで、右に左に飛んでは食らいつくように
ボールを取る。そこへ『よくできたね』とスケッチブックに文字を書き少女は応対する。余裕たっぷりだ。子供を見下して
いるのではなく彼らが楽しめるよう楽しめるよう、考えながら動いている。
ボールをひょいひょい避けたかと思うと、幼児ゆえの手加減のない投球をふわりと受け止め軽く返す。絶妙な送球だ。防人
は感嘆した。彼女はどうやら「相手がちょっと頑張れば取れる」ギリギリの加減を見極め、ボールを返しているらしかった。
それが証拠にボールを投げられた子供達。幼い闘争心をかきたてられているようで、右に左に飛んでは食らいつくように
ボールを取る。そこへ『よくできたね』とスケッチブックに文字を書き少女は応対する。余裕たっぷりだ。子供を見下して
いるのではなく彼らが楽しめるよう楽しめるよう、考えながら動いている。
大人しいながらも利発な少女だ。防人は感心を込めつつ女院長に反問。
「失礼ですが彼女とはどういうご関係で?」
彼女はここに来るとき防人に案内を乞うた。だがこの施設の子ならそれはそもそも必要ない。鐶光というホムンクルスの
ような方向音痴なら話は別だが、少女はどうやらチンピラに絡まれた弾みで道を見失っただけらしい。
彼女はここに来るとき防人に案内を乞うた。だがこの施設の子ならそれはそもそも必要ない。鐶光というホムンクルスの
ような方向音痴なら話は別だが、少女はどうやらチンピラに絡まれた弾みで道を見失っただけらしい。
「他の施設の院長さんですよ。まだお若いのに立派ですのよ? 是非運営の参考にしたいってわざわざ手紙を送ってくれ
て……」
て……」
それで来るコトになったという。女院長自身、あの笑顔の少女とは今日が初対面ともいう。
「名前は確か……」
その時、防人の耳を鈍い音が叩いた。振り返る。視線の遥か先には鼻を押さえて立ちつくす笑顔の少女。足元にはボー
ル。何が起こったか想像に難くない。
ル。何が起こったか想像に難くない。
「失礼」
防人が話を中断し少女に駆け寄ったのは、ひとえに彼女を心配してのコトだ。一見とてもか弱いその少女はとてもボール
の直撃に耐えれそうにない。幸い防人は経験上、軽い打撲や骨折、脱臼といった怪我の処置には慣れている。だからとり
あえず手当を……そう思い、自然に駆けだしていた。
の直撃に耐えれそうにない。幸い防人は経験上、軽い打撲や骨折、脱臼といった怪我の処置には慣れている。だからとり
あえず手当を……そう思い、自然に駆けだしていた。
「大丈夫か?」
少女は防人を認めると……両手から手を放し、会った時のように足元からスケッチブックを拾い上げ、マジックでこう書いた。
少女は防人を認めると……両手から手を放し、会った時のように足元からスケッチブックを拾い上げ、マジックでこう書いた。
『ぶみ!』
ぶみとはなんだろうか。銀色覆面の奥で防人は目を点にした。方言だろうか。或いは怪我の状態をあらわす何か高度な
医療用語だろうか。
やや鼻のあたりが赤くなった少女はしばらく防人を凝視し、しばらくすると「ぶみ!」の下に説明文を加えた。
医療用語だろうか。
やや鼻のあたりが赤くなった少女はしばらく防人を凝視し、しばらくすると「ぶみ!」の下に説明文を加えた。
『↑は鼻を打った叫び声です』
やや照れくさそうに少女は微笑んだ。
(変わったコだな)
コート越しに防人は頬を掻く。少女は「う」という感じに笑顔を歪め、慌ててスケッチブックを捲り、次なる言葉を紡ぎ始めた。
『へ、変な伝え方ですみません。ででででもブラボーさんが心配した様子で駆けよってきてくれたから、あのっ、その、どーし
てもいま思ってるコトを伝えなくちゃって思って……でもそーいえばお鼻が痛かったし急にぶつかってビックリしたなあって
気付いちゃってちょっと叫びたくて、気付いたら『ぶみ!』とか……あああ。なんでこんなの描いちゃったのかな私~~!!』
笑顔のまま少女はしゃがみ込み、体育ずわりの姿勢で俯いた。空気は「やってしまった」とばかりどんよりしている。
コート越しに防人は頬を掻く。少女は「う」という感じに笑顔を歪め、慌ててスケッチブックを捲り、次なる言葉を紡ぎ始めた。
『へ、変な伝え方ですみません。ででででもブラボーさんが心配した様子で駆けよってきてくれたから、あのっ、その、どーし
てもいま思ってるコトを伝えなくちゃって思って……でもそーいえばお鼻が痛かったし急にぶつかってビックリしたなあって
気付いちゃってちょっと叫びたくて、気付いたら『ぶみ!』とか……あああ。なんでこんなの描いちゃったのかな私~~!!』
笑顔のまま少女はしゃがみ込み、体育ずわりの姿勢で俯いた。空気は「やってしまった」とばかりどんよりしている。
(間違いない。このコは……天然だ!)
『とにかくありがとうございます』
(お。復活。もう立ち上がった)
(お。復活。もう立ち上がった)
少女はペコリと一礼した。ふわりとしたショートのウェーブヘアが揺れ、汗の粒がぱあっと散った。軽い運動で汗ばんだ
少女の芳しい匂いが周囲に立ち込め、防人はわずかだが鉄の自制心が揺らぐのを感じた。
少女の芳しい匂いが周囲に立ち込め、防人はわずかだが鉄の自制心が揺らぐのを感じた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
ここでようやくボールをぶつけたと思しき男児が声を出した。声を出せなかったのは突如として疾走してきた防人の──
彼はあくまで普通に走ったつもりだったが、小さな子供にとっては最高速のバイクや自動車が突っ込んでくるようなド迫力
だった。しかも彼は全身銀色のコート! びっくりするなという方が無理である──姿に腰を抜かしていたせいだ。
彼はあくまで普通に走ったつもりだったが、小さな子供にとっては最高速のバイクや自動車が突っ込んでくるようなド迫力
だった。しかも彼は全身銀色のコート! びっくりするなという方が無理である──姿に腰を抜かしていたせいだ。
『大丈夫大丈夫。怒ってないから。でもお姉ちゃんはこう見えて怒るととっても怖いから、あまり悪いコトしちゃダメよーっ!
ボールはいいの。うん。遊んでる時の弾みだったし、君の気持ちみたいなのが伝わったから逆に嬉しい……かな?』
ボールはいいの。うん。遊んでる時の弾みだったし、君の気持ちみたいなのが伝わったから逆に嬉しい……かな?』
そう書いて少女は男の子をぎゅっと抱きしめた。笑顔のままの彼女は「気にしたらダメよ?」とでも言いたげに彼の背中を
とんとんと優しく叩いた。
とんとんと優しく叩いた。
その時、男の子の顔が真赤だった理由に、防人はすぐ気付いた。そして咳払いをしつつ軽く目を逸らした
男の子の体には、笑顔で大人しげな少女に見合わぬ豊かな胸がピッタリと密着していた。
そして少女が背中を叩くたび抱擁が微妙なズレを見せ、それにつられてたっぷりとした膨らみの潰れ方が露骨に変わる。
余程の質量らしい。服越しでさえそれが分かるのだから……実際に密着されている男の子が如何なる感触を味わってい
るか全く想像に難くない。
男の子の体には、笑顔で大人しげな少女に見合わぬ豊かな胸がピッタリと密着していた。
そして少女が背中を叩くたび抱擁が微妙なズレを見せ、それにつられてたっぷりとした膨らみの潰れ方が露骨に変わる。
余程の質量らしい。服越しでさえそれが分かるのだから……実際に密着されている男の子が如何なる感触を味わってい
るか全く想像に難くない。
(桜花なら籠絡狙いで同じコトをするのだろうが……)
どうやら少女は天然でやっているらしく(自分がそういう凶器を持っているという自覚さえないのかも知れない)、またスケッチ
ブックを拾い上げると「今度はお部屋で積木崩ししましょ。積木崩しは楽しいっ、楽しいのよーっ!」とだけ書いた。
ブックを拾い上げると「今度はお部屋で積木崩ししましょ。積木崩しは楽しいっ、楽しいのよーっ!」とだけ書いた。
しばらくその少女は孤児院に宿泊するらしい。
(となると、パピヨンが考えた例の企画。彼女もアレを見るかも知れないな)
防人はそう考えながら寄宿舎に向かって歩き出し、孤児院の門をくぐり抜け……何かにぶつかった。
「っとすいやせん」
「いやこちらこそ。すまない。ちょっと考え事をしていたからな」
「奇遇ですねえっ! 実は俺っちも考え事をしていたんでさ!!」
ぶつかられた人影は声を張り上げた。怒っている訳ではなく、何かを心底喜んでいるらしい。
防人とほぼ同年代で、見た目はやや若いウルフカットの青年は、にっこにことエビス顔で揉み手をしていた。
「実はこの孤児院に知り合いがいるらしくて久々の再会に心躍っているんでさ。へへっ。再会! 再会ってのはいいと思い
ませんか銀の人! 離れ離れだった愛する人にまた会える! くーっ! これだから人生はいい! 例え世界の総てが
灰色でも可愛いあの子だけは優しく輝いている!」
生き別れの兄弟にでも会いに来たのだろうか? 防人はいろいろ聞きたくなったが折角の再会に水を差すのも悪いと
思い取りあえず親指を立てた。
「よく分からないがブラボーだ! おめでとう!」
「へへ。ありがとうございやす。ありがとうございやす」
そして防人は彼と入れ替わりに孤児院を出た。
「いやこちらこそ。すまない。ちょっと考え事をしていたからな」
「奇遇ですねえっ! 実は俺っちも考え事をしていたんでさ!!」
ぶつかられた人影は声を張り上げた。怒っている訳ではなく、何かを心底喜んでいるらしい。
防人とほぼ同年代で、見た目はやや若いウルフカットの青年は、にっこにことエビス顔で揉み手をしていた。
「実はこの孤児院に知り合いがいるらしくて久々の再会に心躍っているんでさ。へへっ。再会! 再会ってのはいいと思い
ませんか銀の人! 離れ離れだった愛する人にまた会える! くーっ! これだから人生はいい! 例え世界の総てが
灰色でも可愛いあの子だけは優しく輝いている!」
生き別れの兄弟にでも会いに来たのだろうか? 防人はいろいろ聞きたくなったが折角の再会に水を差すのも悪いと
思い取りあえず親指を立てた。
「よく分からないがブラボーだ! おめでとう!」
「へへ。ありがとうございやす。ありがとうございやす」
そして防人は彼と入れ替わりに孤児院を出た。
今しがたすれ違った男の通称が「演技の神様」で──…
先ほど斗貴子たちの前で武装錬金を発動したなどとは。
そして斗貴子たちがいま、どうなっているかなどは……。
本当に心底、露知らぬまま、防人は寄宿舎へと歩いて行く。
【9月7日】
──────パピヨンの研究室で──────
「頼みもしないコトを」
「別に。私が勝手にやってるだけよ
「別に。私が勝手にやってるだけよ
不機嫌そうな声を聞きながら、ヴィクトリアは雑巾を絞った。バケツの中に赤くぬめった液体が零れおちる様はなかなか
恐ろしい物があるが──ヴィクトリアは「慣れていた」。
恐ろしい物があるが──ヴィクトリアは「慣れていた」。
この日の作業はおおむねパピヨンの予定通りに進行した。
ただこの日、ちょっとした変化が研究室に起こっていた。
ヴィクトリアがしゃがみ込み、床を拭いていたのだ。そして雑巾は限りなく赤く、遠まきに観察するパピヨンの口元にはうっす
らとした血の跡が滲んでいる。
ただこの日、ちょっとした変化が研究室に起こっていた。
ヴィクトリアがしゃがみ込み、床を拭いていたのだ。そして雑巾は限りなく赤く、遠まきに観察するパピヨンの口元にはうっす
らとした血の跡が滲んでいる。
ヴィクトリアは、パピヨンの吐いた血を……拭いていた。
「病気なのにまた力むから血を吐くのよ。まったく。アナタって本当よく怒るわね」
「黙れ」
「早坂桜花から聞いたわよ。どうやらアナタ、ホムンクルスとしては不完全みたいね。だから人間だった頃の病気もその
まま。ずいぶんと変わってるのね」
「下らん邪魔が入ったからだ。慣れれば吐血の味も悪くない」
「はいはい」
「下らん同情を寄せているようだが、あいにく俺は貴様が思うほどの不便は感じちゃいない」
憮然と呟くパピヨンだが、声音は鬱屈時ほど恐ろしくもない。どちらかといえば拗ねているような調子だ。床拭きという
作業外の時間を怒らぬのは──作業の都合上ヴィクトリアに与えた休憩時間中の出来事というのもあるが──その行為
の意外性にやや面喰らっているせいかも知れない。少なくても作業開始時のヴィクトリアは、軽い驚きに息を呑むパピ
ヨンを見た。
「はいはい。でもこの研究室、もうちょっと清潔にしたらどう?」
研究室の空気は淀んでいた。窓も換気口もなく、埃だらけでその上名称不明の器具どもが無遠慮に薬品の蒸気を絶え
間なくブッ放している。このままでは1年以内に公害病の温床になるだろう。
「埃っぽいと喉に悪いでしょ? いちいち血を吐いていたら作業の能率にも響くと思うけど」
毒舌少女にしては非常にやんわりとした物言いで、諭すように呟く。ただし返答は大体予測済みで、事実その通りになった。
「断る。この埃っぽさとカビ臭さが俺は大好きでね」
「はいはい」
ヴィクトリアは少し吹き出しそうになった。
(ああ。なんだ)
指示を下している時のパピヨンはひどく厄介でやり辛い相手に見えたが──…
いざ普通に話してみると。
(要するに子供なだけじゃない)
ヴィクトリアの言葉にいちいち突っかかってくる割にはどこかズレた、我儘なだけの青年である。
(もし弟がいたらこんな感じだったかも知れないわね。パパ。ママ)
考えてみれば実年齢ならヴィクトリアの方がはるかに上なのだ。曾祖母と曾孫、或いはそれ以上の年齢差だ。
だからヴィクトリアの思考はやや的外れなのだが……。
なんとなく「手のかかる弟」としてパピヨンを見る方が精神衛生上良さそうなので、ヴィクトリアはその方向性で行くコトにした。
「黙れ」
「早坂桜花から聞いたわよ。どうやらアナタ、ホムンクルスとしては不完全みたいね。だから人間だった頃の病気もその
まま。ずいぶんと変わってるのね」
「下らん邪魔が入ったからだ。慣れれば吐血の味も悪くない」
「はいはい」
「下らん同情を寄せているようだが、あいにく俺は貴様が思うほどの不便は感じちゃいない」
憮然と呟くパピヨンだが、声音は鬱屈時ほど恐ろしくもない。どちらかといえば拗ねているような調子だ。床拭きという
作業外の時間を怒らぬのは──作業の都合上ヴィクトリアに与えた休憩時間中の出来事というのもあるが──その行為
の意外性にやや面喰らっているせいかも知れない。少なくても作業開始時のヴィクトリアは、軽い驚きに息を呑むパピ
ヨンを見た。
「はいはい。でもこの研究室、もうちょっと清潔にしたらどう?」
研究室の空気は淀んでいた。窓も換気口もなく、埃だらけでその上名称不明の器具どもが無遠慮に薬品の蒸気を絶え
間なくブッ放している。このままでは1年以内に公害病の温床になるだろう。
「埃っぽいと喉に悪いでしょ? いちいち血を吐いていたら作業の能率にも響くと思うけど」
毒舌少女にしては非常にやんわりとした物言いで、諭すように呟く。ただし返答は大体予測済みで、事実その通りになった。
「断る。この埃っぽさとカビ臭さが俺は大好きでね」
「はいはい」
ヴィクトリアは少し吹き出しそうになった。
(ああ。なんだ)
指示を下している時のパピヨンはひどく厄介でやり辛い相手に見えたが──…
いざ普通に話してみると。
(要するに子供なだけじゃない)
ヴィクトリアの言葉にいちいち突っかかってくる割にはどこかズレた、我儘なだけの青年である。
(もし弟がいたらこんな感じだったかも知れないわね。パパ。ママ)
考えてみれば実年齢ならヴィクトリアの方がはるかに上なのだ。曾祖母と曾孫、或いはそれ以上の年齢差だ。
だからヴィクトリアの思考はやや的外れなのだが……。
なんとなく「手のかかる弟」としてパピヨンを見る方が精神衛生上良さそうなので、ヴィクトリアはその方向性で行くコトにした。
一方パピヨンは、慣れた様子で血だまりを掃除するヴィクトリアをしばらく黙然と観察していたが──…
やがて。
「で、どうして貴様は血を拭くのに慣れている」
とだけ呟いた。
質問する側とは思えぬ傲慢な態度だ。だが少し前のように腕力で訴え爆薬を放つより比較的マシともいえる。
ヴィクトリアは、答えた。
やがて。
「で、どうして貴様は血を拭くのに慣れている」
とだけ呟いた。
質問する側とは思えぬ傲慢な態度だ。だが少し前のように腕力で訴え爆薬を放つより比較的マシともいえる。
ヴィクトリアは、答えた。
「まだママに体があった頃、介護してたからよ」
ママ、ことアレキンサンドリアはヴィクターが怪物と化した時、傍にいた。傍にいたからこそ首から下の体機能を総て失い
7年もの間昏睡状態に陥った。ヴィクトリアが言ったのはその時期のコトだろう。
7年もの間昏睡状態に陥った。ヴィクトリアが言ったのはその時期のコトだろう。
「ふぅん。介護ねえ。しかし体機能を失ったからといっていちいち出血するものか?」
「アナタ、いちいち鋭いわね」
床に溜まった「鋭いやつ」の血を綺麗さっぱり拭ったヴィクトリアは軽く嘆息した。
「戦士のせいよ」
「追撃部隊が来たという訳か」
「そう。私達の隠れ家にね。パパの行方を聞きに来たのか、私とママを人質にして”また”パパへの切り札にするためかは
分からないけど」
そういうコトが何度かあり、しばしば意識のない、動けぬアレキサンドリアが手傷を負うコトがあった。
「よくもまあそれで生き延びられたもんだ」
「…………助けてくれる人がいたからよ」
パピヨンの表情がやや硬くなった。無理もないとヴィクトリアは思った。
「私も、思い出したのはつい最近だから」
「アナタ、いちいち鋭いわね」
床に溜まった「鋭いやつ」の血を綺麗さっぱり拭ったヴィクトリアは軽く嘆息した。
「戦士のせいよ」
「追撃部隊が来たという訳か」
「そう。私達の隠れ家にね。パパの行方を聞きに来たのか、私とママを人質にして”また”パパへの切り札にするためかは
分からないけど」
そういうコトが何度かあり、しばしば意識のない、動けぬアレキサンドリアが手傷を負うコトがあった。
「よくもまあそれで生き延びられたもんだ」
「…………助けてくれる人がいたからよ」
パピヨンの表情がやや硬くなった。無理もないとヴィクトリアは思った。
「私も、思い出したのはつい最近だから」
いつか寄宿舎で見た遥か過去の夢。それに出てきた「金髪の男」。胸には認識票。
彼とよく似た男とヴィクトリアはつい最近邂逅した。
のみならず、彼はある意味でヴィクトリアの運命を左右した。
彼とよく似た男とヴィクトリアはつい最近邂逅した。
のみならず、彼はある意味でヴィクトリアの運命を左右した。
総角主税(あげまき ちから)。
かつて戦士と激しい戦いを繰り広げたザ・ブレーメンタウンミュージシャンズのリーダー。
ヴィクトリアに蝶野屋敷へ行くよう促したのは彼だった。そして彼女は蝶野屋敷で秋水たちに説得された。
(……そういえばアイツ言っていたわね)
「この顔と同じ奴を見たコトはないか? もうちょっと老けていると思うが」
凛々しい金髪の青年は自信たっぷりにそう呟いた。
ヴィクトリアは、その顔に見覚えがあった。聴かれるまでは忘れていたが……見たコトがあった。
崩れかけた家の中で、目覚めぬ母を前に泣きじゃくる幼い自分。
やってきたのは男。金髪で認識票をかけた、生真面目そうな美丈夫。
彼は戦団への怒りを露にし、ヴィクトリアにクローンの技術を教え……いつの間にか姿を消していた。
やってきたのは男。金髪で認識票をかけた、生真面目そうな美丈夫。
彼は戦団への怒りを露にし、ヴィクトリアにクローンの技術を教え……いつの間にか姿を消していた。
総角はその男と似ていた。
似ているといっても親や兄弟のような相似性とはどこか違っていた。
簡単にいえば、同一人物の18歳と24歳の時の写真を並べたような相似性だ。
同じ人物だが、年齢のせいで顔が少し違って見える。
ヴィクトリアがあったコトのある金髪の男と総角は、そんな相似性を帯びていた。
似ているといっても親や兄弟のような相似性とはどこか違っていた。
簡単にいえば、同一人物の18歳と24歳の時の写真を並べたような相似性だ。
同じ人物だが、年齢のせいで顔が少し違って見える。
ヴィクトリアがあったコトのある金髪の男と総角は、そんな相似性を帯びていた。
(アイツは何者なのかしらね。結局。パパのコトも知っているようだったけど)
戦団に連行された総角が何を供述しているかまでは分からないヴィクトリアだ。
それはともかく彼との邂逅でヴィクトリアは「過去にいた金髪の青年」を思い出した。
それはともかく彼との邂逅でヴィクトリアは「過去にいた金髪の青年」を思い出した。
「何しろこの100年ほとんどずっとママと2人きりだったし、その戦士が私達を守っていたのは本当に一時期……多分、3か
月もなかった筈よ。私達が日本に渡る手伝いをして、それっきり」
「それはそれは。随分酔狂な輩がいたものだ」
「本当にね。元々ママにクローン技術を教えたのもその戦士らしいし。…………え? 戦士? …………?」
「どうした?」
ヴィクトリアはしばし口を噤んだ後、しばし視線を彷徨わせた。いっていい話題かどうか少し迷ったのだ。
そもそもいまはパピヨンの与えた休憩時間中。それが終わっていたなら蝶々覆面はまた機嫌を損ねるだろう。
まずは確認できる方から確認。素早く携帯電話に目を這わす。休憩の刻限はとっくに過ぎている。
「どうせアナタにとっては下らない話よ。続けていいのかしら。作業に戻れっていうなら戻るけど」
「手短に済ませ。下らん話を勿体つけられるのは嫌いでね」
「へぇ意外。それなりに融通効くようね……。意外……。で、話していて思い出したけど。確かあの戦士は…………戦士じゃ
なかった筈よ」
「意味が分からん」
「確か言ってたの。『戦団所属で核鉄も持っているが、戦士は本職じゃない』って」
「…………」
「武装錬金の特性がかなり特殊だとかで、研究畑にいながら試験的に戦士見習いもやっていたそうよ。正確な所属は、所属
は……。研究の、確か……そう。研究班の。……思い出してきたわ」
「…………」
「あの人は賢者の石研究班の班長。ママ(副班長)の上司。そう。あの戦士は……ママの上司」
パピヨンは鼻を鳴らした。
「で、名前は?」
「名前は確か──…」
月もなかった筈よ。私達が日本に渡る手伝いをして、それっきり」
「それはそれは。随分酔狂な輩がいたものだ」
「本当にね。元々ママにクローン技術を教えたのもその戦士らしいし。…………え? 戦士? …………?」
「どうした?」
ヴィクトリアはしばし口を噤んだ後、しばし視線を彷徨わせた。いっていい話題かどうか少し迷ったのだ。
そもそもいまはパピヨンの与えた休憩時間中。それが終わっていたなら蝶々覆面はまた機嫌を損ねるだろう。
まずは確認できる方から確認。素早く携帯電話に目を這わす。休憩の刻限はとっくに過ぎている。
「どうせアナタにとっては下らない話よ。続けていいのかしら。作業に戻れっていうなら戻るけど」
「手短に済ませ。下らん話を勿体つけられるのは嫌いでね」
「へぇ意外。それなりに融通効くようね……。意外……。で、話していて思い出したけど。確かあの戦士は…………戦士じゃ
なかった筈よ」
「意味が分からん」
「確か言ってたの。『戦団所属で核鉄も持っているが、戦士は本職じゃない』って」
「…………」
「武装錬金の特性がかなり特殊だとかで、研究畑にいながら試験的に戦士見習いもやっていたそうよ。正確な所属は、所属
は……。研究の、確か……そう。研究班の。……思い出してきたわ」
「…………」
「あの人は賢者の石研究班の班長。ママ(副班長)の上司。そう。あの戦士は……ママの上司」
パピヨンは鼻を鳴らした。
「で、名前は?」
「名前は確か──…」
ヴィクトリアの言葉を遮るように、けたたましいブザーが研究室に響いた。
その出所を見たヴィクトリアは少し目を丸くした。
(もう? あと1時間はかかると思ったけど)
研究室の一角に長い机がある。その上にはパソコンがあり、いかにもジャンクパーツから組み立てた雰囲気アリアリの
角の丸い直方体の装置が接続されている。
更にパソコンの後ろには巨大な円筒形のフラスコが5つ並んでいる。
総て大人1人が入れそうなほどの大きさという所までは共通しているが、フラスコの内容物はまちまちだった。
(もう? あと1時間はかかると思ったけど)
研究室の一角に長い机がある。その上にはパソコンがあり、いかにもジャンクパーツから組み立てた雰囲気アリアリの
角の丸い直方体の装置が接続されている。
更にパソコンの後ろには巨大な円筒形のフラスコが5つ並んでいる。
総て大人1人が入れそうなほどの大きさという所までは共通しているが、フラスコの内容物はまちまちだった。
「ヘビのように」酷薄そうな男性。
「ゴリラに似た」チンピラ風の男。
「カエルの如く」気色の悪い青年。
「バラのように」美しく艶やかな女。
「ゴリラに似た」チンピラ風の男。
「カエルの如く」気色の悪い青年。
「バラのように」美しく艶やかな女。
そして。
「ワシを思わせる」屈強な若い男。
実に様々な特徴をもつ男女は、フラスコの中で眠っていた。よく見るとその体の所々は欠けているが、もし付きっ切りで
監視すればその部分が徐々にだが確実に再生しつつあるのが分かっただろう。
監視すればその部分が徐々にだが確実に再生しつつあるのが分かっただろう。
それらのフラスコの上部から延びたコードもまたパソコンに接続され、何かのデータを絶え間なくやり取りしているようだった。
「解析完了か。『もう一つの調整体』。あれがどう霊魂に作用するか……いや、そもそも貴様が作ったあの装置が正確に
解析できているか。それがそもそも問題だがな」
「図面を引いたのはアナタでしょ。部品を作ったのも。私は組み立てとソフトウェアの微調整をしただけよ。……もちろん、そっち
に問題があったら謝るけど……」
後半は消え入りそうな声だった。ヴィクトリアなりに素直な感情を表したつもりだが、大声で言うのはやや気恥しくもあった。
一方、パピヨンは彼女の微妙な変化になどまるで興味がないようで。
「解析完了か。『もう一つの調整体』。あれがどう霊魂に作用するか……いや、そもそも貴様が作ったあの装置が正確に
解析できているか。それがそもそも問題だがな」
「図面を引いたのはアナタでしょ。部品を作ったのも。私は組み立てとソフトウェアの微調整をしただけよ。……もちろん、そっち
に問題があったら謝るけど……」
後半は消え入りそうな声だった。ヴィクトリアなりに素直な感情を表したつもりだが、大声で言うのはやや気恥しくもあった。
一方、パピヨンは彼女の微妙な変化になどまるで興味がないようで。
「とにかくまずは貴様がクローン再生しつつある『連中』の霊魂で試してみるとしよう。ご先祖様はスゴイスゴイと資自賛して
いたようだが……さて
いたようだが……さて