第二話<それは、未来への不安なの>
前回より少し前のお話。
「おじゃまします、小狼君。」
「ああ、いらっしゃい。」
さくらが、小狼が日本で活動する際の拠点としている、マンションにやってきた。
別に来るのは初めてではないが、二人きりというのは初めてである。なんせ、いつだっけか
ここに来たときには、当時小学生だった小狼の付添い人である、衛(ウェイ)がいた。
しかし、今は完全に二人きりである。
好きな人と一緒にいられるということは、きっと人間として一番幸せなのだろう。とてもにこ
やかな顔で、さくらは靴を脱いで、短い廊下を歩き、そのままリビングに入った。
ちょうど部屋の真ん中にテーブルがあり、そしてその付近にはソファ、そしてちょっと離
れた隅っこの方にテレビが置いてある……という感じの部屋は、綺麗さっぱり整理整
頓されており、埃一つないように思われる。ていうか、絶対にないと思う。
しかし────息を吸うたびに感じる、この暖かい感じは────
「とりあえず、そこに座ってくれ。」
と、座布団を指差す、少年の匂いだった。
「……うん。」
と答えながらさくらは、小狼に指されたとおりの座布団に、行儀よく正座した(ちなみに、
小狼はあぐらをかいて座っている)。
二人の位置関係は、テーブルを挟んで反対……つまり、顔を合わせているということで
ある。そのことに気づいた途端、座布団の場所を勧めた小狼も、それに従ったさくらも
まるで完熟トマトのごとく、真っ赤になった。
「あ……その……」
「あ、ああ……な、なんだ?」
「え、ええと……」
二人とも、会話を切り出そうとはしているのだが、しかし結局は何も言えないまま、時間
が過ぎていく。
こんな、微笑ましい、純情なカップルの恥ずかしくも幸せな時間は、いとも簡単に崩れ去
った。
突如、緑色の光の弾丸が、飛んできた。
小狼の部屋のバルコニーの窓を突き破り、そのままさくらへ当たる────前に、
「危ない!」
「!?」
小狼が、動いていた。
緑色の弾丸から、さくらを守る盾のように、彼女の体を抱き寄せる。
その直後に、鮮血が舞った。
突然の事態に流されるままだったさくらも、そこでようやく何が起きたかを理解した。
「────小狼君!?」
「───っ!!」
素人のさくらから見ても明らかに重傷を負いながらも、小狼は自分を貫いた緑色の光の
弾丸が飛んできた、窓の外を睨み付けた。そして、半狂乱になっているさくらに「壁の後
ろに隠れろ」と言って、自分は窓の向こうを睨んだまま、動かない。
「小狼君……」
パニックに陥りながらも、なんとかさくらは小狼の言葉に従い、言われたままに壁の後ろ
へと隠れていた。このような状況では、間違いなく自分よりも彼の方が対応できるという
ことはよく知っていたからだ。
バルコニーに、二つの足音が響く。その直後、声が聞こえてきた。
「ふうん……君が、あのクロウ=リードの後継者───いや、こっちは血縁者か。」
「………あなたと、あなたの大切な存在である……クロウ=リードの後継者は、私たち
についてきてもらいます。もちろん、反論はさせませんよ。」
どうやら、一人の少年と、少女の声らしかったが───やけに、機械的で、感情のこも
っていない声だった。
「誰が、お前たちに……」
臨戦態勢をとった小狼が、言いかけた、その時────
「文句は言わせないと、言ったはずですよ」
少女の声が響くと同時に、緑色の光の濁流が、小狼の体を、そして彼の部屋を包み
込み、とにかく破壊した。その濁流にぶっ飛ばされた小狼は、かろうじて破壊されなかっ
た壁に激突し、そのままもたれかかった。
「小狼君!!」
思わず叫びながら、さくらは壁にもたれかかる小狼のもとへかけつける。そして、その時
に、目に入った。バルコニーに立っている、緑色の髪と瞳の少女と、黒い髪と眼をした
少年を────
それから時間は多少流れる。
かなりの広さを持った、畳敷きの部屋。
そこに、さくらと小狼のふたりは、紅天元秀一、蒼地竜刹木……そして高町なのはの
三人と向かい合う形で、ちゃぶ台のすぐそばにある座布団に座っている。
最初に発言したのは、小狼だった。
「……いったい、あの二人は誰なんだ?何故俺たちを狙ってきた?」
それは、さくらも聞きたいと思っていた、質問。
秀一は、それに静かに、茶を啜りながら答えた。
「……あれが誰かは、俺たちにもわかっていない。」
「…………?」
思ってもいない答えに、小狼とさくらは口を開きかけたが、しかし結局何も言わなかった。
「……ただ、目的だけはわかっている。」
「………それって、いったいなんなんですか?」
不安そうな顔で聞くさくらに、秀一はできるだけ───とはいっても先ほどと対して変
わっていないが───柔らかめの口調で、言った。
「……どうやら、あれは、強い魔力を持ったものを狙っているらしい。」
「…………強い、魔力………」
「そうだ。それも、この……今俺たちがいる世界……お前たちが住んでいる世界だけ
ではなく、さまざまな世界でな……」
それを、刹木が続けた。
「ああ……しかも、もう被害者は全員合わせて三桁近くまでのぼってやがる。こりゃ、時
空管理局始まって以来の大量誘拐事件だな。」
聞けば、過去になんどか魔術師などの誘拐事件は起きた事はあるらしいが、それらもせ
いぜい被害者は2、3名。多くても10~20人程度らしい。それを聞けば、この事件の
異常さが、いやでもわかった。しかも、この事件に自分たちも巻き込まれてしまったので
ある。
これからのことで不安になるさくらに、刹木が話しかけた。
「私たちは、この世界までとある魔導師の力を借りるために来て────まあ、そんとき
に偶然君たちがあの二人に襲われているところに遭遇したのさ。」
「………噂には聞いていた、あのクロウ=リードをも凌ぐほどの魔力を持った魔導師だ
からな。保護をしないわけにはいかんだろう。」
刹木の後に続いて秀一はそう言うと、再び茶をすすった。そして、お茶碗を一回ちゃぶ
台の上に置いて、再び口を開く。
「……ところで、木之本桜。」
「は、はい!」
話をふられて、慌てて返事をするさくらであった。
「────明日、君のご家族は、暇かな?」
「え────」
突然、家族の話をされて一瞬混乱したものの、しかしすぐに考える。確か、明日は父親
は出張でおらず、兄の木之本桃矢は────
「お兄ちゃんが、大学のみんなで行ってた旅行から、ちょうど帰ってきます。」
「………ふむ、そうか。」
満足そうに────見えないけれど────頷く秀一。
「………そして、君たちも今は冬休みの真っ最中で、しばらく学校はないんだな?」
「は……はい……?」
思いがけない質問に、さくらも小狼も怪訝そうな顔になる。
「一体、なんでそんなことを聞くんだ?」
と、不思議そうに小狼が聞いた。
秀一は、最後の一滴のお茶をすすり終えて、そして一息をついてから答えた。
「……とりあえず、君たちの身柄は、こちらでしばらく保護させてもらう。家族の暇につい
て聞いたのは、そのことを保護者に話すためだ。」
それが、さくらと小狼の身に起きた、なんだか信じられない話である。
麻帆良学園の、学園長室で、
「え、エヴァンジェリンさんが!?」
思わず、耳をふさぎたくなる様な大声で、10歳くらいの少年……ネギ・スプリングフィー
ルドは叫んだ。
それに答えたのは、全身をボロボロにした、まるでロボットのような(というかそのもの)少
女、茶々丸である。
「はい、間違いありません。証拠に、私のレーダーでは、マスターの生命反応を確認す
ることはできません。」
「そんな……」
悲しそうな顔をして、項垂れるネギ。
そんな彼の後ろに立っているまさに「ナイスミドル」と表現できる男が、さらに茶々丸に聞
く。
「それは、もしかして赤か、もしくは緑か黒い髪だったかい?」
「……はい。緑と黒は確認できませんでしたが、赤い髪の毛でした……高畑先生。」
その答えを聞いた男……高畑・T・タカミチはさらに自分の後ろに立つ、老人……この
麻帆良学園の学園長に言った。
「……学園長、これは……」
「うむ、間違いないじゃろう……」
頷きながら、学園長は嘆いた。
「………どうやら、時空管理局の言っておった通りのようじゃな。」
自宅に帰ったさくらは、夜中の1時になってもまだ眠れないでいた。
確かに、こんな状況ですぐに眠れるような精神構造をした12歳など、滅多にいないだろ
う。自分のベッドのすぐ下で毛布に包まっている小狼も、どうやら同じようだった。
「……眠れないのか?」
「………うん。」
「そうか………」
それきり、小狼も話しかけてこない。どうやらこれからの事に関して考え込んでいるらし
い。
さくらも、やはり彼と同じように考えていた。
────これから、自分はどうすればいいのだろう。
────これから、自分はどうなるのだろうか。
そんな、答えの出るはずのない疑問を抱えて、さくらの意識は、闇へ落ちていった。
前回より少し前のお話。
「おじゃまします、小狼君。」
「ああ、いらっしゃい。」
さくらが、小狼が日本で活動する際の拠点としている、マンションにやってきた。
別に来るのは初めてではないが、二人きりというのは初めてである。なんせ、いつだっけか
ここに来たときには、当時小学生だった小狼の付添い人である、衛(ウェイ)がいた。
しかし、今は完全に二人きりである。
好きな人と一緒にいられるということは、きっと人間として一番幸せなのだろう。とてもにこ
やかな顔で、さくらは靴を脱いで、短い廊下を歩き、そのままリビングに入った。
ちょうど部屋の真ん中にテーブルがあり、そしてその付近にはソファ、そしてちょっと離
れた隅っこの方にテレビが置いてある……という感じの部屋は、綺麗さっぱり整理整
頓されており、埃一つないように思われる。ていうか、絶対にないと思う。
しかし────息を吸うたびに感じる、この暖かい感じは────
「とりあえず、そこに座ってくれ。」
と、座布団を指差す、少年の匂いだった。
「……うん。」
と答えながらさくらは、小狼に指されたとおりの座布団に、行儀よく正座した(ちなみに、
小狼はあぐらをかいて座っている)。
二人の位置関係は、テーブルを挟んで反対……つまり、顔を合わせているということで
ある。そのことに気づいた途端、座布団の場所を勧めた小狼も、それに従ったさくらも
まるで完熟トマトのごとく、真っ赤になった。
「あ……その……」
「あ、ああ……な、なんだ?」
「え、ええと……」
二人とも、会話を切り出そうとはしているのだが、しかし結局は何も言えないまま、時間
が過ぎていく。
こんな、微笑ましい、純情なカップルの恥ずかしくも幸せな時間は、いとも簡単に崩れ去
った。
突如、緑色の光の弾丸が、飛んできた。
小狼の部屋のバルコニーの窓を突き破り、そのままさくらへ当たる────前に、
「危ない!」
「!?」
小狼が、動いていた。
緑色の弾丸から、さくらを守る盾のように、彼女の体を抱き寄せる。
その直後に、鮮血が舞った。
突然の事態に流されるままだったさくらも、そこでようやく何が起きたかを理解した。
「────小狼君!?」
「───っ!!」
素人のさくらから見ても明らかに重傷を負いながらも、小狼は自分を貫いた緑色の光の
弾丸が飛んできた、窓の外を睨み付けた。そして、半狂乱になっているさくらに「壁の後
ろに隠れろ」と言って、自分は窓の向こうを睨んだまま、動かない。
「小狼君……」
パニックに陥りながらも、なんとかさくらは小狼の言葉に従い、言われたままに壁の後ろ
へと隠れていた。このような状況では、間違いなく自分よりも彼の方が対応できるという
ことはよく知っていたからだ。
バルコニーに、二つの足音が響く。その直後、声が聞こえてきた。
「ふうん……君が、あのクロウ=リードの後継者───いや、こっちは血縁者か。」
「………あなたと、あなたの大切な存在である……クロウ=リードの後継者は、私たち
についてきてもらいます。もちろん、反論はさせませんよ。」
どうやら、一人の少年と、少女の声らしかったが───やけに、機械的で、感情のこも
っていない声だった。
「誰が、お前たちに……」
臨戦態勢をとった小狼が、言いかけた、その時────
「文句は言わせないと、言ったはずですよ」
少女の声が響くと同時に、緑色の光の濁流が、小狼の体を、そして彼の部屋を包み
込み、とにかく破壊した。その濁流にぶっ飛ばされた小狼は、かろうじて破壊されなかっ
た壁に激突し、そのままもたれかかった。
「小狼君!!」
思わず叫びながら、さくらは壁にもたれかかる小狼のもとへかけつける。そして、その時
に、目に入った。バルコニーに立っている、緑色の髪と瞳の少女と、黒い髪と眼をした
少年を────
それから時間は多少流れる。
かなりの広さを持った、畳敷きの部屋。
そこに、さくらと小狼のふたりは、紅天元秀一、蒼地竜刹木……そして高町なのはの
三人と向かい合う形で、ちゃぶ台のすぐそばにある座布団に座っている。
最初に発言したのは、小狼だった。
「……いったい、あの二人は誰なんだ?何故俺たちを狙ってきた?」
それは、さくらも聞きたいと思っていた、質問。
秀一は、それに静かに、茶を啜りながら答えた。
「……あれが誰かは、俺たちにもわかっていない。」
「…………?」
思ってもいない答えに、小狼とさくらは口を開きかけたが、しかし結局何も言わなかった。
「……ただ、目的だけはわかっている。」
「………それって、いったいなんなんですか?」
不安そうな顔で聞くさくらに、秀一はできるだけ───とはいっても先ほどと対して変
わっていないが───柔らかめの口調で、言った。
「……どうやら、あれは、強い魔力を持ったものを狙っているらしい。」
「…………強い、魔力………」
「そうだ。それも、この……今俺たちがいる世界……お前たちが住んでいる世界だけ
ではなく、さまざまな世界でな……」
それを、刹木が続けた。
「ああ……しかも、もう被害者は全員合わせて三桁近くまでのぼってやがる。こりゃ、時
空管理局始まって以来の大量誘拐事件だな。」
聞けば、過去になんどか魔術師などの誘拐事件は起きた事はあるらしいが、それらもせ
いぜい被害者は2、3名。多くても10~20人程度らしい。それを聞けば、この事件の
異常さが、いやでもわかった。しかも、この事件に自分たちも巻き込まれてしまったので
ある。
これからのことで不安になるさくらに、刹木が話しかけた。
「私たちは、この世界までとある魔導師の力を借りるために来て────まあ、そんとき
に偶然君たちがあの二人に襲われているところに遭遇したのさ。」
「………噂には聞いていた、あのクロウ=リードをも凌ぐほどの魔力を持った魔導師だ
からな。保護をしないわけにはいかんだろう。」
刹木の後に続いて秀一はそう言うと、再び茶をすすった。そして、お茶碗を一回ちゃぶ
台の上に置いて、再び口を開く。
「……ところで、木之本桜。」
「は、はい!」
話をふられて、慌てて返事をするさくらであった。
「────明日、君のご家族は、暇かな?」
「え────」
突然、家族の話をされて一瞬混乱したものの、しかしすぐに考える。確か、明日は父親
は出張でおらず、兄の木之本桃矢は────
「お兄ちゃんが、大学のみんなで行ってた旅行から、ちょうど帰ってきます。」
「………ふむ、そうか。」
満足そうに────見えないけれど────頷く秀一。
「………そして、君たちも今は冬休みの真っ最中で、しばらく学校はないんだな?」
「は……はい……?」
思いがけない質問に、さくらも小狼も怪訝そうな顔になる。
「一体、なんでそんなことを聞くんだ?」
と、不思議そうに小狼が聞いた。
秀一は、最後の一滴のお茶をすすり終えて、そして一息をついてから答えた。
「……とりあえず、君たちの身柄は、こちらでしばらく保護させてもらう。家族の暇につい
て聞いたのは、そのことを保護者に話すためだ。」
それが、さくらと小狼の身に起きた、なんだか信じられない話である。
麻帆良学園の、学園長室で、
「え、エヴァンジェリンさんが!?」
思わず、耳をふさぎたくなる様な大声で、10歳くらいの少年……ネギ・スプリングフィー
ルドは叫んだ。
それに答えたのは、全身をボロボロにした、まるでロボットのような(というかそのもの)少
女、茶々丸である。
「はい、間違いありません。証拠に、私のレーダーでは、マスターの生命反応を確認す
ることはできません。」
「そんな……」
悲しそうな顔をして、項垂れるネギ。
そんな彼の後ろに立っているまさに「ナイスミドル」と表現できる男が、さらに茶々丸に聞
く。
「それは、もしかして赤か、もしくは緑か黒い髪だったかい?」
「……はい。緑と黒は確認できませんでしたが、赤い髪の毛でした……高畑先生。」
その答えを聞いた男……高畑・T・タカミチはさらに自分の後ろに立つ、老人……この
麻帆良学園の学園長に言った。
「……学園長、これは……」
「うむ、間違いないじゃろう……」
頷きながら、学園長は嘆いた。
「………どうやら、時空管理局の言っておった通りのようじゃな。」
自宅に帰ったさくらは、夜中の1時になってもまだ眠れないでいた。
確かに、こんな状況ですぐに眠れるような精神構造をした12歳など、滅多にいないだろ
う。自分のベッドのすぐ下で毛布に包まっている小狼も、どうやら同じようだった。
「……眠れないのか?」
「………うん。」
「そうか………」
それきり、小狼も話しかけてこない。どうやらこれからの事に関して考え込んでいるらし
い。
さくらも、やはり彼と同じように考えていた。
────これから、自分はどうすればいいのだろう。
────これから、自分はどうなるのだろうか。
そんな、答えの出るはずのない疑問を抱えて、さくらの意識は、闇へ落ちていった。