無言の笑みを浮かべるジュリアン。驚愕に喉が詰まり、それ以上の言葉が出てこない防人。
その奇妙な粘度を持つ空気を破った者は、ジュリアンの左掌で顔面を包まれたテロリストだった。
「畜生! いい加減、離しやがれ!!」
暴れもがくテロリストはくぐもった声で罵声を吐くと、ジュリアンの頬にアーマライトの銃口を
強く押しつけ、引き金を引いた。
火花と銃声がエントランスホールに響き渡ると同時に、ジュリアンの顔に300発以上の銃弾が
連続して撃ち込まれる。
しかし、弾丸は薄皮一枚も破らず、すべてあらぬ方向へ弾かれていく。
やがてアーマライトがこれ以上吐き出すものが無いとばかりに沈黙すると、左頬から薄い煙を
上げるジュリアンは自分の掌中にあるテロリストにニッコリと微笑んだ。
「……もう、痛いじゃないですか」
その笑顔とは裏腹に、テロリストの顔面を掴む指に力が込められた。
腕にはその幼い顔に似つかわしくない筋肉が不自然に盛り上がり、手の甲には醜悪な蚯蚓のような
血管が浮き出る。
「がッ……あガガが……ギいッ……イイいいいヒィイイイいいい……!」
ホムンクルスの尋常ならざる怪力が、万力の如くテロリストの側頭部を締め上げた。
その噛み締められた歯の間から、素人のデタラメなバイオリン演奏を思わせる耳障りな悲鳴が漏れ出る。
こめかみに指先がギリギリと食い込み、そこから血が噴き出し始めている。
もう既に自分の意志ではないのだろう。テロリストは不随意に何のリズムも無く四肢をバタつかせて
いるだけである。
ただ純粋に他者に苦痛を与え、他者から苦痛を与えられる。
そこに何の意味も無い、世にもおぞましい光景だ。
「フフ……。ウフフフ、アハハハハハハハハ!」
ジュリアンは心底、楽しそうな笑い声を周囲に撒き散らすと、両腕をグイと伸ばしてテロリスト二名を
高々と吊り上げた。
一方は完全に気絶しているのか微動だにしない。もう一方は混濁した意識の中、定まらぬ調子で
全身を痙攣させている。
その奇妙な粘度を持つ空気を破った者は、ジュリアンの左掌で顔面を包まれたテロリストだった。
「畜生! いい加減、離しやがれ!!」
暴れもがくテロリストはくぐもった声で罵声を吐くと、ジュリアンの頬にアーマライトの銃口を
強く押しつけ、引き金を引いた。
火花と銃声がエントランスホールに響き渡ると同時に、ジュリアンの顔に300発以上の銃弾が
連続して撃ち込まれる。
しかし、弾丸は薄皮一枚も破らず、すべてあらぬ方向へ弾かれていく。
やがてアーマライトがこれ以上吐き出すものが無いとばかりに沈黙すると、左頬から薄い煙を
上げるジュリアンは自分の掌中にあるテロリストにニッコリと微笑んだ。
「……もう、痛いじゃないですか」
その笑顔とは裏腹に、テロリストの顔面を掴む指に力が込められた。
腕にはその幼い顔に似つかわしくない筋肉が不自然に盛り上がり、手の甲には醜悪な蚯蚓のような
血管が浮き出る。
「がッ……あガガが……ギいッ……イイいいいヒィイイイいいい……!」
ホムンクルスの尋常ならざる怪力が、万力の如くテロリストの側頭部を締め上げた。
その噛み締められた歯の間から、素人のデタラメなバイオリン演奏を思わせる耳障りな悲鳴が漏れ出る。
こめかみに指先がギリギリと食い込み、そこから血が噴き出し始めている。
もう既に自分の意志ではないのだろう。テロリストは不随意に何のリズムも無く四肢をバタつかせて
いるだけである。
ただ純粋に他者に苦痛を与え、他者から苦痛を与えられる。
そこに何の意味も無い、世にもおぞましい光景だ。
「フフ……。ウフフフ、アハハハハハハハハ!」
ジュリアンは心底、楽しそうな笑い声を周囲に撒き散らすと、両腕をグイと伸ばしてテロリスト二名を
高々と吊り上げた。
一方は完全に気絶しているのか微動だにしない。もう一方は混濁した意識の中、定まらぬ調子で
全身を痙攣させている。
「見て下さい! 見て下さいブラボーサン! 僕、こんなに強くなりましたよ! アハハハハハハハハハハ!!」
ジュリアンが防人に対して喜色満面で呼びかけたその時、ジュリアンの両腕が細かく震えるや否や、
奇怪な炸裂音を上げながらテロリスト二名の姿が消えてしまった。一瞬にして。
後に残っているのは彼らの衣服と銃器だけである。
チラリと見えたジュリアンの手掌の中央には小さく穴が開いている。
これが人間型ホムンクルスの“捕食”だ。
野生生物の如く大きく開けた口で獰猛に獲物を食い千切る動物型ホムンクルスとは違い、
人間型ホムンクルスはその“第二の口”とも言うべき手掌の小さい穴から獲物の全存在を
吸い尽くすのだ。
奇怪な炸裂音を上げながらテロリスト二名の姿が消えてしまった。一瞬にして。
後に残っているのは彼らの衣服と銃器だけである。
チラリと見えたジュリアンの手掌の中央には小さく穴が開いている。
これが人間型ホムンクルスの“捕食”だ。
野生生物の如く大きく開けた口で獰猛に獲物を食い千切る動物型ホムンクルスとは違い、
人間型ホムンクルスはその“第二の口”とも言うべき手掌の小さい穴から獲物の全存在を
吸い尽くすのだ。
友が異形の化物に、憎むべき敵に成り果ててしまっている。
眼を覆いたくなる。耳を塞ぎたくなる。眼前で展開されたこの光景のすべてを否定したい。
防人の胸に去来するものは絶望感、それだけだ。
「ジュリアン……。そ、そんな……」
「僕はもう今までの僕じゃない。僕は生まれ変わったんです。サムナー戦士長のくれた“武器”で」
「サムナー戦士長が!? な、何故……?」
ジュリアンは防人の問いには答えず、己の両掌を眼前に掲げ、陶酔した瞳でウットリと眺めている。
最早、その表情にはあの年齢不相応なあどけないジュリアンの面影は無い。
自らの圧倒的戦力に酔う暴君(タイラント)の顔だ。
「錬金戦団が今まで忌むべきものとして退治してきたホムンクルスが、こんなに素晴らしい
ものだなんて……!」
ジュリアンは手を下ろすと、眼が覚めたように防人の方を急ぎ見遣る。
「僕らはホムンクルスに対する認識を改めるべきです! 使い方によっては錬金戦団の大きな
戦力にだってなる!
全てのホムンクルスを“邪悪”と決めつけるのは間違っているんですよ!
ねえ、そう思いませんか? ブラボーサン」
一体、何の発見なのだろうか。ジュリアンは防人に、まるで言い聞かせるように世紀の大発見を伝える。
“これ”は本当にジュリアンなのだろうか。
大戦士長となるべき男に拾われ育てられ、不向きながらも戦士としての訓練を受け、長じて戦団
情報部門のエージェントとして働いてきた青年の口から、禍々しい言葉が吐き出されていく。
眼を覆いたくなる。耳を塞ぎたくなる。眼前で展開されたこの光景のすべてを否定したい。
防人の胸に去来するものは絶望感、それだけだ。
「ジュリアン……。そ、そんな……」
「僕はもう今までの僕じゃない。僕は生まれ変わったんです。サムナー戦士長のくれた“武器”で」
「サムナー戦士長が!? な、何故……?」
ジュリアンは防人の問いには答えず、己の両掌を眼前に掲げ、陶酔した瞳でウットリと眺めている。
最早、その表情にはあの年齢不相応なあどけないジュリアンの面影は無い。
自らの圧倒的戦力に酔う暴君(タイラント)の顔だ。
「錬金戦団が今まで忌むべきものとして退治してきたホムンクルスが、こんなに素晴らしい
ものだなんて……!」
ジュリアンは手を下ろすと、眼が覚めたように防人の方を急ぎ見遣る。
「僕らはホムンクルスに対する認識を改めるべきです! 使い方によっては錬金戦団の大きな
戦力にだってなる!
全てのホムンクルスを“邪悪”と決めつけるのは間違っているんですよ!
ねえ、そう思いませんか? ブラボーサン」
一体、何の発見なのだろうか。ジュリアンは防人に、まるで言い聞かせるように世紀の大発見を伝える。
“これ”は本当にジュリアンなのだろうか。
大戦士長となるべき男に拾われ育てられ、不向きながらも戦士としての訓練を受け、長じて戦団
情報部門のエージェントとして働いてきた青年の口から、禍々しい言葉が吐き出されていく。
錬金戦団の一員なれば口が裂けても言ってはならない言葉だというのに。
「……」
防人は眼を伏せ、ガックリとうな垂れてしまった。拳を固く握り締めたまま。
何も言えない。何も言葉が出てこない。
ジュリアンは、そんな防人にはお構い無しに、愛くるしい笑顔を作りながら口を開いた。
「お願いがあるんです、ブラボーサン」
彼の投げかける言葉には何も答えず、無言で床を見つめたままの防人。
そして、次の一言は確実に防人を打ちのめした。
「ブラボーサンの核鉄、くれませんか?」
「!?」
防人は驚愕の表情で顔を上げるのが精一杯だ。
ジュリアンは、防人の思いなどには無頓着に言葉を続ける。
「これだけの強い身体に武装錬金が加われば、僕はどんな敵にだって立ち向かえます!
そうすれば……。そうすれば、僕を馬鹿にした奴らを見返せる……!」
己の得た力に、そしてそこから湧き出る着想に、興奮を隠せないのだろう。
喜びを抑えきれない様子で独り言のように呟く。
「サムナーの奴になんか絶対負けない……。ううん、ジョンにだって……。僕が、僕が大戦士長に
なる事だって簡単だ!」
「それがお前の望みなのか? それが、お前の選択なのか……? そんなものが……」
その言葉を聞いた途端、ジュリアンの顔いっぱいに険しさが広がった。
防人にはジュリアンの顔がまったくの他人、いや、まったく別の生物にすら見えた。
「……」
防人は眼を伏せ、ガックリとうな垂れてしまった。拳を固く握り締めたまま。
何も言えない。何も言葉が出てこない。
ジュリアンは、そんな防人にはお構い無しに、愛くるしい笑顔を作りながら口を開いた。
「お願いがあるんです、ブラボーサン」
彼の投げかける言葉には何も答えず、無言で床を見つめたままの防人。
そして、次の一言は確実に防人を打ちのめした。
「ブラボーサンの核鉄、くれませんか?」
「!?」
防人は驚愕の表情で顔を上げるのが精一杯だ。
ジュリアンは、防人の思いなどには無頓着に言葉を続ける。
「これだけの強い身体に武装錬金が加われば、僕はどんな敵にだって立ち向かえます!
そうすれば……。そうすれば、僕を馬鹿にした奴らを見返せる……!」
己の得た力に、そしてそこから湧き出る着想に、興奮を隠せないのだろう。
喜びを抑えきれない様子で独り言のように呟く。
「サムナーの奴になんか絶対負けない……。ううん、ジョンにだって……。僕が、僕が大戦士長に
なる事だって簡単だ!」
「それがお前の望みなのか? それが、お前の選択なのか……? そんなものが……」
その言葉を聞いた途端、ジュリアンの顔いっぱいに険しさが広がった。
防人にはジュリアンの顔がまったくの他人、いや、まったく別の生物にすら見えた。
「……あなたに何がわかるって言うんだ。みんな……みんな、僕を馬鹿にした」
ジュリアンの、憎しみを込めた視線が、防人を貫くように凝視する。
「何も出来ない僕を……。弱い僕を……。みんな、みんな……」
ジュリアンの、畸形に大きく発達した犬歯が剥き出しになり、怒りを以って噛み締められる。
「サムナーだけじゃない、他の戦団員も……。ジョンだって……」
ジュリアンの、殺意によって握り締められた拳が、拷問道具のように変形していく。
しかし、ここに至って防人には確信を持って、彼に言える事があった。
感動とも羨望ともいえるものを胸に抱かせてくれたウィンストン大戦士長の言葉。それを聞いたが故に。
「何を言ってるんだ! ウィンストン大戦士長はお前を本当の弟のように、息子のように
思っているんだぞ!」
「うるさい! 黙れ! あなただって僕を馬鹿にしていたんだろう!? 何も持っていない僕を!!」
空しいだけである。
防人の心からの呼びかけも、ジュリアンの感情の反発を生んだだけであった。
大きく感情を吐き出したジュリアンは、やがて顔を背けてしまった。
その時、防人は見た。
フッと防人から視線を外したジュリアンの表情は一瞬、ほんの一瞬、泣きベソをかく子供の
ものとなったのを。
「僕には何も無い。あなたが持っているような“力”も、火渡サンのような“友達”も、
千歳サンのような“大切な女性(ヒト)”も……。僕には、何も、無い……」
「ジュリアン、お前……」
駆け寄りそうになった。泣いている子供を放っておく者がどこにいる。
彼はわからないのだ。自分のしている事も、自分の言っている事も。
ただ悲しくて、どうしたらよいのかわからずに、一人で泣いている子供なのだ。
感動とも羨望ともいえるものを胸に抱かせてくれたウィンストン大戦士長の言葉。それを聞いたが故に。
「何を言ってるんだ! ウィンストン大戦士長はお前を本当の弟のように、息子のように
思っているんだぞ!」
「うるさい! 黙れ! あなただって僕を馬鹿にしていたんだろう!? 何も持っていない僕を!!」
空しいだけである。
防人の心からの呼びかけも、ジュリアンの感情の反発を生んだだけであった。
大きく感情を吐き出したジュリアンは、やがて顔を背けてしまった。
その時、防人は見た。
フッと防人から視線を外したジュリアンの表情は一瞬、ほんの一瞬、泣きベソをかく子供の
ものとなったのを。
「僕には何も無い。あなたが持っているような“力”も、火渡サンのような“友達”も、
千歳サンのような“大切な女性(ヒト)”も……。僕には、何も、無い……」
「ジュリアン、お前……」
駆け寄りそうになった。泣いている子供を放っておく者がどこにいる。
彼はわからないのだ。自分のしている事も、自分の言っている事も。
ただ悲しくて、どうしたらよいのかわからずに、一人で泣いている子供なのだ。
「だから……」
ボソリと言うが早いか、ジュリアンは喉の奥から絞り出すように叫んだ。
「僕は見返してやるんだ! サムナーを! ジョンを! ブラボーサンを! 僕を馬鹿にした
すべての“人間共”を!!」
ボソリと言うが早いか、ジュリアンは喉の奥から絞り出すように叫んだ。
「僕は見返してやるんだ! サムナーを! ジョンを! ブラボーサンを! 僕を馬鹿にした
すべての“人間共”を!!」
『人間共』
駆け寄ろうとした脚が硬直した。
この言葉が耳に飛び込んできた時、防人は悟った。悟ってしまったのだ。
泣いている子供などではない。
目の前にいるのはただの“化物”なのだと。もう、あの愛すべき好青年ではないのだと。
あの幼さを感じさせる邪気の無い笑顔は、もう見られないのだと。
この言葉が耳に飛び込んできた時、防人は悟った。悟ってしまったのだ。
泣いている子供などではない。
目の前にいるのはただの“化物”なのだと。もう、あの愛すべき好青年ではないのだと。
あの幼さを感じさせる邪気の無い笑顔は、もう見られないのだと。
また、あの時のように、“何か”が自分の中で冷えていく。
“もうあんな思いはしたくない……。もう誰にもあんな思いはさせたくない……”
そう誓ったはずなのに。
また、“あの時”のように、心が冷えていく。
“もうあんな思いはしたくない……。もう誰にもあんな思いはさせたくない……”
そう誓ったはずなのに。
また、“あの時”のように、心が冷えていく。
「さあ、核鉄を下さい……!」
ジュリアンは、身を硬くしたまま凝然と立ち尽くす防人に向かって、歪みに満ちた笑みを
浮かべて歩み寄る。
否、それは最早、笑みなどではない。
攻撃直前の猛獣が闘争本能を昂ぶらせるままに起こす、ただの顔面筋の筋収縮だ。
それだけなのだ。
ジュリアンは、身を硬くしたまま凝然と立ち尽くす防人に向かって、歪みに満ちた笑みを
浮かべて歩み寄る。
否、それは最早、笑みなどではない。
攻撃直前の猛獣が闘争本能を昂ぶらせるままに起こす、ただの顔面筋の筋収縮だ。
それだけなのだ。
「核鉄を、核鉄を寄越せェエエエ!!」
[続]
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