ある日の放課後。
掃除当番だったサヤはキリノに遅れて剣道場に赴いた。
入口から中が覗ける位置に差し掛かったあたりで、
何やら深刻そうな表情で話すキリノとコジローが視界に入る。
とっさに扉の陰に隠れてるサヤ。
キリノの気持ちを知る友人としては何があったか気になるものの
二人の問題に首を突っ込むべきじゃないか。
と、思い直しその場を立ち去ろうとした。…のだが。

「…まだ、来ないんです」
「そうか…しかし困ったな…」

---『はいぃ!?』

「もう2週間経つんですけど…」
「最悪の場合も考えた方が良さそうだな」

---『な、なんですとぉー!?』

「ごめんなさい先生…あたしのせいだ…」
涙目になるキリノ。
「いや、ちゃんと確認してなかった俺も悪いんだ」
対するコジローも困り果てた顔で頭をかく。
「どうしよう先生…もし…」
「そりゃあ…もう一度おろしに行くしかないかな…はは。」

---ぶちっ。

「ちょおーっと待ったぁぁぁぁぁ!!!」

深刻な空気を切り裂くように剣道場にサヤの雄叫びがこだまする。
その片手にはいつの間に持ち出したのか竹刀が握られ、
キリノを庇うように2人の間に割って入る。

「先生!私は信じていたのに!
先生ならキリノを幸せにしてくれるって!
悲しませるような事は決してしないって!!」

「サ、サヤ!?」
状況が掴めないキリノはその丸い目をさらに更に丸くして困惑している。

「下がって、キリノ!
こういう時はね、もっとはっきり言ってやんないと!
女の子が傷つくばかりなんだから!」

サヤはその顔に激情を滾らせ、呆気に取られたままのコジローの間抜けな顔に竹刀を突き付ける。

「そんなへらへらしながら、堕ろせだなんて!
キリノの気持ちを考えた事あるの!?」

「ちょ、ちょっと待て、サヤ!」

コジローはサヤの発した言葉から、サヤが何を勘違いしているか気付く。
しかしサヤは止まらない。

「これが落ち着けますか!
しかも『もう一度』って言った!?
前にもできちゃった事があるって事!?
最低!最低!!もっと気をつけなさいよこの種馬男ぉー!」

怒りに任せて竹刀を振り回しコジローを叩き伏せようとするサヤを、
ようやく事態に気付いたキリノが慌てて抑えにかかる。

「サヤ、違うの、サヤ!」
「止めるなキリノ!私は!この男の根性を…!」

サヤの竹刀の攻撃を身体に浴びながらコジローも声を上げる。
「お前は重大な勘違いをしているんだ、サヤ!」

俺達が話していたのは今度の連休の合宿の話で…」
「私が下宿先へのお金を無くしちゃってね、
交番に届けたんだけど2週間経ってもやっぱり連絡は来なくて…」

---ぶん、ぶん、と尚も竹刀を振り回し続けるものの
その勢いは一気に衰える。

「最悪の場合、銀行に下ろしにいかなきゃだなぁ…って」

先程まで怒りで真っ赤だったサヤの顔色がみるみるうちに真っ青に変わっていく。

「…じゃあ…」
「じゃあ…赤ちゃんは…?」

「誤解だ!濡れ衣だ!居るわけがないだろう!」
「そうだよサヤ、だって私達そういう事どころかキスもこないだ済ませたばっかりで…」
「あっ馬鹿、キリノお前っ…」

---からーん。
竹刀を取り落としたサヤは魂が抜けきった表情をしている。
先刻まで般若だったその顔は、いまやハニワのようだ。

「ご」

「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

音速の壁を超えそうな速度で走り去るサヤ。
遠ざかるにつれ声が低く聞こえるのはドップラー効果というやつか。
「車には気を付けろよー」
「合宿までにはもどっておいでー」

「いやー…サヤには困ったもんだな。とんでもない勘違いをしやがって」
「…ちょっと欲しいかも」
「え?」
「…なんでもありません」
最終更新:2008年04月20日 12:56