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――――ゴロゴロゴロ。

「んー、降る、かな?」
「…きそうっすねえ」

外の音に、同時に竹刀を止めた二人が外を見やり、同じ事を思っていると。
ぴしゃり、というひとつ大きな雷鳴と共に振り出す雨。
おわっちゃあ、とこれまた同時に顔を抑える。

「しょうがねえな、今日は早めに――上がるか」
「仕方ないっすねえ…夜はずっと雨だって言ってましたし」

本降りになる前に帰ればいいさ。
コジロー的には、まだそんな感じだった。
……実はこのとき――事件は、既に起こっていたのだが。


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


「……遅せえな」

そんなわけで練習を終え、
シャワー室に入ったキリノが出て来るのを待っているのだが――遅い。
さすがに男女で一緒に浴びるわけにもいかないので、
終わったらキリノが合図を出すと言う事になっている筈なのだが、あまりにも。
そうこうしていると、先生、という声と共に、シャワー室の入口でひらひらと蝶のように手招いている、手。

「お前な……長過ぎんだよ。ふやけちまうぞ?」

痺れを切らし、半切れ気味にコジローがそう、まくしたてかけると。
ドアの2m手前で待ったがかかる。

「ちょ、先生ダメ!!それ以上近付いたら3段突きで地獄行きっすよ?」

その声にうおっ、とコジローが立ち止まると。
キリノの声は次の要求をしてくる。

「先生、まだ剣道着のまま…っすよね?――シャツ、貸して貰えませんか?」
「……はぁ?そんなもん何に使うんだ?」
「着られるものが無いんす……」

ごばっ、と勢いよくコジローが吹き出すと、
しかしドアの陰から差し出された手は深刻そうに打ち震えている。
おいおいマジか、と考えながらもコジローが女子と逆方向の男子更衣室から自分のシャツを取ってきて、渡すと。

「―――ありがとうございます」

そう言ってシャワールームの内側に消える手。
キリノが、コジローのシャツを羽織ながらしてくれた説明によると―――どうやら、こういう事らしい。
更衣室の窓は、換気の為に開けられていた。
キリノはいつも通りに、窓際の部長用棚に着替えと荷物を置き…
まったくいつも通りに稽古を始めたのだが、そこにこの雨。
想像以上に雨足が強く、降り込んだ雨がキリノの荷物をぐしょぐしょにしていまうまでに、10分もかからなかった。
さらに不幸にも、予備の剣道着は全部、新入部員の為に4月の頭にクリーニングに出し、そのまま帰って来ていない。

(しかし――普段のコイツなら、用心の為にも窓くらい閉めるだろうに?)

そう、心で思ってから答えが出るまでにもあまり時間はかからなかった。
―――そういえば今朝コイツ、弟が風邪で熱出したとか言ってたっけ。
あまり気にはしていない様子だったが……やはり心配だったのだろう。
そういえば心なしか、今日は稽古にも少し身が入ってない様でもあった。

ともあれコジローがこの特殊な事態を自分の中で収拾していると。
もういいっすよ、とやっとシャワー室のキリノから声が掛かる。
徐にシャワー室に踏み込むと、そこには―――半裸に夢中で自分のシャツの臭いを嗅ぐ、キリノ。

「えへへ…先生のニオイするっすよ」

唖然、とするこちらをよそに。
スンスン、と目を半分閉じ、うっとりした表情で鼻を立ててその臭いに酔いしれているキリノ。
その姿に、しばし呆然としながら……

(よく見たら―――睫毛なげえな、こいつ)

などとその目は釘付けに遭い、数秒そのままの状況が続く。
コジローがはっ、と我に返り、生唾をひとつごくん、と飲み込むと。

(――いかんいかん。)

首を振りどうにか理性を復活させ、
着替えようとしていた自分の剣道着の予備をキリノの肩にかける。

「お前まで風邪引くぞ、バカ」

コジローが強い口調でそう言うと、少しシュンとするキリノは、だが…
かけられた剣道着にも再びコジローの臭いを見つけ、なおも嗅ぎながら。

「…じゃあ、こっちの剣道着とハカマ、お借りしまーす」

とだけ言い残し、女子更衣室に消えて行く。
コジローはと言うと、はぁ、と胸を撫で下ろし、どうにか心を平常にすると、

「…助かった」

とつぶやくのが精一杯であった。


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


「…くしゅん!」

シャワーのじゃああ、という音に混じって、可愛いくしゃみが一つ。
先生のシャツ、ここに置いておきますね、と言って入って来たキリノのものだ。
そのまま部屋のどこかにいるであろうキリノに話しかける。

「……だから風邪引くっつったろ」
「ゔー、すいません。でも…こっちの剣道着と袴も、けっこうブカブカで…」

そりゃあ俺のだからな、とコジローが一人ごちしていると、不意に疑問が一つ。
脳裏を巡る暇も無く、それはすぐさま実声となって発せられる。

「――そういやお前、その格好で家、帰れんのか?」
「…え?え~と、傘差して帰るんで、スソとか汚しちゃったらごめんなさいですけど……」

そういう事を聞いてるんじゃねえよ、とコジローが零すと、
更に深い溜息を漏らし、意を決して、ひとつ。

「―――しょうがねえ、車で送ってったる」
「ホントっすか、ありがとうございます!」


……その、喜ぶキリノの声に。
どこか「計算通り」という響きが混じって聞えた気がするのは――
俺の気のせいなんだろう、たぶん。

と、コジローが温めのシャワーと共に自分の考えを流してしまおうとしていた、部屋の片隅で。

―――金髪の小悪魔のしっぽがはたり、と揺れていたとか、揺れていなかったとか。



  • 終わり-
最終更新:2008年04月24日 01:18
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