迷っていた。

駅前まで戻る・・・・?

電話してお父さんに迎えに来てもらう・・・・?

頭の中がグルグルする。
心臓がばっくんばっくん言っている。

早く家に帰りたい
それだけをひたすらに願っていた。



塾でついつい友達と話し込んでしまい、駅に着いたときには
夜の10時を回っていた。

「迎えに来てもらおうかな・・・」
携帯を取り出し、ボタンを押す指が止まる。
今日は火曜日、あたしの家の総菜屋のメンチカツ特売の日だ。
「ま、大丈夫だよね。」
ぱちんと携帯を閉じると、よいしょと鞄を持ち直して歩き出す。
今頃、お父さんもお母さんもダウンしているに違いない。火曜日の夜はいつもそうだ。

10分後、あたしは後悔する事となる。




気配は間違いなく感じていた。

誰かが後をついて来る。・・間違いなく・・・・

暗闇の中でも感じる、ぬるりとした視線。
体中にまとわりつくような不穏な空気。

住宅街の中の人気の無い歩道。
あともう少し・・・もう少しで明るい道に出る・・・。
(立ち止まっちゃだめ・・・・立ち止まっちゃ駄目・・)
自分に言い聞かせながら、小走りでひたすら前に進む。
(あの角を曲がれば・・・)
明るい道に出られる角まで、あと10m・・・・・という時に

背後の歩く音が走る音に変わった。

(もう駄目・・・!!)
一気にダッシュしようとして、コンクリートの割れ目に躓く。

「きゃぁぁ!?」
そのまま思いっきり転倒した。

「やばっ!!」
(もう駄目・・・・)
背後に・・・・まさにすぐ近くに人の気配を感じ、思わず目を瞑る。
その時・・・・

「うわっ!!」
男の驚愕の声に、思わず振り向く。

見ると、2人の男が揉み合っていた。

片方は190cm以上はあるような大男。
もう1人の男も決して身長が低いとは言えないものの、
それでも大男よりは頭ひとつ分は背が低い。
そして何故か、手に壊れた箒を持っていた。
2人はしばらく揉み合っていたが、不意に箒男が大男から離れる。
その瞬間

パーンッ!

闇を切り裂くような小気味の良い音が響き・・・・
箒男の見事な小手が決まった。

瞬時に大男が打たれた腕を押さえ、脱兎の如く逃げ出す。

「大丈夫か・・・・?」

その時、初めてあたしは箒男の顔をまともに見た。



「びっくりしたろうな・・もう平気だからな」
「う、うん・・・・」
水銀灯の光の下で見る箒男の顔は不細工では無かったが、
こういう場面に似合う容姿かと言えば、それも微妙だった。
「なんか様子がおかしかったからな・・・見に来て正解だったよ。」
「あの・・あなたは・・・」
「あ、足が腫れているみたいだな。動きかすなよ・・・と、この箒は汚れているから駄目だな。ゴミ捨て場で拾ってきたやつだしな。」
あたしの言葉をあっさり遮り、箒男は自分の鞄から白い布と薄い雑誌を取り出す。
箒男は雑誌をくるっと丸めると、あたしの怪我した足に当てがい、白い布で固定する。

「剣道の手ぬぐい・・・」
「何でわかるんだ?」
「あたしも剣道やっているから・・・」
「そっか。でもな、剣道やってても女の子は夜道は危ないんだ。中学生は早く帰れよ。」
言って、あたしの頭にぽんっと手を乗せる。
苦笑いしたその目は、とても優しい光を放っていた。
「なんか・・言い方が先生みたい」
「ははは・・・先生みたいか。俺も教師が板について来たのかな。」
「教師?」
「おう。春から、その学校に赴任するんだ。」
言って箒男が指差したのは、あたしの足にあてがった雑誌を指差した。
「え、これって・・・」
「さ、肩貸すぞ。明るい道に出れば大丈夫だろう。」
言ってあたしの鞄を拾い上げ、箒男はひょいとあたしの肩を持ち上げた。

2ヵ月後。

「しっかし・・本当に良かったの?せっかく推薦決まっていたのに。」
「はいはい、せっかくの入学式の日に終わった事をぐだぐだ言わない~」
「でも・・・」
「いいの、いいの。」
まだ何か言いたげなサヤの背中を軽く叩くと、あたしは急いで上履きからローファーに履き替えた。
2ヶ月前・・・・。
あたしを明るい道まで送って行ってくれた箒男が残していったものは。白い手ぬぐいと薄い雑誌・・・・
あたしが今いるこの、室江高校の学校案内だった。

「まったく・・キリノ位だよ。せっかく決まっていた推薦蹴って、わざわざ私立高校受験するなんて」
「まー、いいじゃん。あの学校、剣道部無かったしね。」
「あれ、あんた剣道は中学で辞めるって・・・それに、。ここの剣道部ってそんなに有名だった・・・」
「あーっ!!ほら!サヤとも同じ学校に行きたかったのもあるしね!うん!それが肝心だよ!!」
慌ててサヤの言葉を遮ると、あたしは、じゃあと手を振った。
「ごめん、あたし寄る所あるから先に帰ってて!また明日ね~」
「え!?ちょ・・ちょっと・・」
困惑顔のサヤを置いて、あたしは急いでとある場所へ向かった。
そこは勿論・・・・・

「すいませ~ん!入部希望の新入生ですが~」
最終更新:2008年04月20日 13:28