「せんせっ――、いただ"きっす"っ――」
ファーストキスは甘酸っぱいレモンの味?
それとも、少しだけ苦味の残るオトナの味?
うんぅ、そんなの味わう余裕なんてなくて、
胸に広がるのは、ちょっぴりの恥ずかしさと、
この上ない満足感――――。
「さぁー、みんなお待ちかねっ、お昼の時間だよ!!」
お気に入りのひまわり柄の大きなビニールシートを広げて、みんなを手招き。
なんてたって、今日はみんなのために私が作った"メンチカツ"を振舞うんだから。
そう、みんなのために。
全員がシートの上に集まって。
互いに互いのお弁当箱をつつき合う。
でもって、
「はい、ダンくーん、あーんしてv」
とかなんとか、いちゃいちゃしてくれちゃってたり。
そんな、しあわせいっぱいのふたりの後輩のことが、
微笑ましいような、
ちょっぴり羨ましいような。
そして、待ちに待った披露のお時間。
意を決して、トレーパックの蓋を開く――。
「じゃーん、"惣菜屋ちば"特製のメンチカツでーす。
さぁさぁ、たーんと召し上がれ」
営業スマイルじゃなくて、心からの笑顔でみんなの前に差し出す。
我先にと、カツに箸を伸ばす大好きな部活の友人たち。
「今日もキリノんちのメンチカツはおいしいねー♪」
親指を立てて笑顔を向けて、味の感想を述べる親友。
その笑顔が、いつもと同じレベルの味を保障してくれている気がしてくれて、
よかった、よかった、って一安心。
「でしょでしょー。
なんてたってうちの自慢の逸品だからねー」
で、一番味の感想を訊きたい人の方に顔を向ける。
瞳に映るのは、500mlペットのお茶を片手にメンチカツをほおばるあなた。
私の視線に気がついたのか、口の中のカツをお茶で流し込み、
私に向かって口を開く。
緊張の一瞬――。
「ん? キリノ、今日はいつもと違う肉使ってたりするのか?」
う…、何かまずかったりしたんだろうか。
いつもの、私も認めるお母さんのメンチカツに慣れてしまったあなたの舌には、
私の拙い腕じゃ満足させられなかったんだろうか…。
「え? いつもと同じっすよ。 変な味でもしますか?」
心なしか声が震えてた気がする。
料理の腕は、精一杯の想いでカバーしたはずなのになぁ、なんて。
「いや、なんだか今日のはいつもよりおいしい気がしたからな。
いい肉でも使ってるのか?と思ってな」
一気に顔がにやけてくるのが自分でもわかる。
だって、しょうがないじゃん。
本当に、ほんっとうに嬉しいんだから。
"おいしい"だけじゃなくて、
違いにまで気づいてくれたんだから。
その一言を聴けただけで、朝4時に起きた甲斐があった、
必死になって練習した甲斐があった、って。
「せんせっ」
四つん這いになって、あなたに近づく私。
「なんだ?」
突然呼ばれたことに、ちょっと不思議そうな顔。
もう一歩あなたに近づいて、
そして―――、
あなたの左手からペットボトルを奪う。
そして、飲み口に口づける。
口の中に広がるほのかな苦み――。
少しのあいだ、余韻を味わって、
飛びっきりの笑顔をあなたに向けて、
「せんせっ――、いただ"きっす"っ――」
今はこれが私の精一杯。
次のステップは、
ぜひぜひ―――、
あなたからがいいなぁ――、
なんてね。
最終更新:2008年05月12日 00:04