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あなたが好きです - (2006/02/09 (木) 15:29:08) のソース
長い影が二つ、歩道に伸びていた。 一つの影はゆらゆらと動いて、隣の影をしきりに見る。 膝元まである長い髪がカールにされて二つに分かれている。それをゆらゆらと揺らしながら、 その隣の対照的にショートカットに髪をこざっぱりとした、一瞬少年にも見間違うようなボーイッシュな人物にしきりに何かを話し掛ける。 長髪の少女が翠星石、ショートヘアの少女を蒼星石といった。 二人は双子で、髪の長さを除けば、左右対称のオッドアイといい、瓜二つだった。 翠星石が姉で蒼星石が妹。生まれた時間の些細な差だが、翠星石も蒼星石も双子だという事と同じくらいそれを大事にしていた。 「とにかく、ちび人間が言う事はいちいち頭にくるですよ。」 「ちょっと姉さん…」 しきりに騒ぎ立てる翠星石に対して蒼星石は落ち着いているというか物静かというか、双子でも大分性格は違うらしかった。 翠星石の言う「ちび人間」とは蒼星石と同じクラスの「桜田 ジュン」という少年を指している。 双子とジュンは高校に入って知り合ったのだが、翠星石とジュンの馬があうのかあわないのか、顔を突き合わせれば兎に角言い合いになってしまう。 「そういえば、高校に入ってから、姉さん一言目には桜田君の話だよね?もしかして…」 蒼星石の口元が微かに緩んだ。 その蒼星石の一言に、翠星石の顔は見る見る紅潮していくのが蒼星石にも見て取れた。 「ち、違うです!ちび人間なんかには興味はないのです!い、いつもいつもちび人間が軽口を叩くから…そ、そうこれはうらみつらみなのです!」 必死で弁解する翠星石に、蒼星石はクスクスと笑いをこぼした。 「わーらーうーなーです!とにかく、ちび人間のことなんてこれっぽっちもなんとも思ってねぇですよ!」 「はいはい、わかったよ、姉さん。でもさ、彼、結構人気あるんだよ。雛苺なんかもなついてるみたいだし、 あの真紅や水銀燈まで彼の事気にかけてる雰囲気があるんだよ。」 雛苺、真紅、水銀燈。皆、彼女らの幼馴染である。 「か、関係ねぇです。ちび人間がどうなろうとしったこっちゃねぇのです!」 顔を真っ赤にして必死で弁解をする翠星石。 そんな姉の姿に、蒼星石は姉が本当にジュンを好きなのだとひしひしと感じていた。 そもそも翠星石は自分の感情を素直に表現するのが苦手で、心で思っていることとは裏腹なことを口に出して言ってしまう。 その事をよくしっているからこそ、蒼星石にはこの姉が微笑ましくもいとおしくも思えた。 もうすぐこの学園では文化祭がある。 文化祭を行う季節というのは地域によってもまちまちだが、双子の通っている学園では秋に行うことになっていた。 各クラスで出し物を決める。それは劇でもいいし、飲食店でも何でもよかった。今年度、蒼星石とジュンの所属するクラスは演劇をする事になり、 それが決まった日の放課後から早速準備が始まった。配役やお話の内容はさておいて、大道具などの裏方から決めていく事になり、 蒼星石とジュンは偶然小道具を担当する事となった。どちらも手先の器用さを買われてのことだった。 「小道具ったって、何も決まってないのに何つくりゃいいんだよ。」 ジュンがこぼした。 「そうだね。でも、とりあえず必要になりそうな道具なんかは準備しておいた方がいいよ。」 「そうだな。」 蒼星石の提案によって、二人は小道具を作る際に必要になりそうなものを集める事になった。 「蒼星石ー。蒼星石のクラスは何をやるですか?」 そこへ、翠星石がやってきた。 「あ、姉さん。僕らのところは劇をやるんだよ。」 「そしたら蒼星石が主役ですね!姉として鼻が高いのですよ。」 「いや…」 「残念だったな、蒼星石は僕と一緒の小道具係りさ。」 そこへジュンが首を突っ込んできた。 「あ、桜田君…」 「な…ふ、ふん。蒼星石は主役の器ですが、皆に遠慮して譲ってやったにきまってるです。 それに小道具係だって手先の器用な蒼星石には天職ともいえるのです!」 突如現れたジュンに、翠星石はそっぽを向きながらも、蒼星石の擁護だけは忘れない。 「せいぜい蒼星石の足を引っ張らないでほしいもんです。」 「ね、姉さん…」 「うるっさいなー。オマエのとこは喫茶店やるんだろう?こんなとこで油うってていいのかよ?」 「ち、チビ人間にそんなことを言われる筋合いはねぇのですよ!…じゃ、蒼星石、頑張るですよー。」 そう言って翠星石はのっしのっしと教室から出て行った。途中で、一瞬ジュンの方を振り返ったが、ふんっとして行ってしまった。 「ご、ごめんね、桜田君。姉さんは…」 慌てて蒼星石がフォローに入る。 「わかってるよ。それに口の悪いのは今に始まった事じゃないし。」 「う、うん。本当にごめんね…」 集めてきた道具を並べて、どんな注文が来ても対応できるかどうか二人は話し合い、今日はそれで終わりになった。 翌日、おおまかな配役や劇の内容が話し合われてその形が見えてきた。それに伴って、蒼星石とジュンの仕事も増えてきた。 二人でイメージを出し合い、それが決まれば次にそれをかたどっていく。それは食器だったり、勲章だったり、様々だったが、 二人が作り出していくそれぞれの物は本物と比べても見劣りしないものであった。 「凄いよね、桜田君。よくこんなアイディア思いつくよ。」 「そうかな?蒼星石だって凄く仕事が丁寧で、イメージ以上のものが出来上がってくるから、凄いと思ったぞ?」 「そ、そうかな?えへへ…」 珍しく蒼星石が照れたような笑みをこぼした。翠星石の前ではどうかは知らないが、少なくともジュンを始め、 クラスの人間はこういう感情を露にした蒼星石を見ることは珍しかった。 と、いっても、翠星石絡みのことで困っている顔は良く見るのだが… 「あ、ちょっとこの仕上げ頼めるか?」 「ん?いいよ…」 ジュンがじっと蒼星石の手つきを眺めている。 「ちょ、そんなに見られてたらやりづらいよ。」 「あ、ごめんごめん。なんていうか綺麗に手が動くなーって思って。」 「き、緊張するじゃないか…つっ!?」 鈍い痛みが、蒼星石の指からじんわりと広がった。うっかりと手を滑らせて親指を切ってしまったのだ。 「おい、大丈夫か?ちょっと見せてみろ。」 ジュンが乗り出して蒼星石の手を取る。 「あ、ちょ…」 「ちょっと深い感じだな…止血しないと…」 ジュンはカバンから救急絆創膏を取り出して、指の付け根に強めに巻くと、血の出ている指を口に含んだ。 「!?ちょ、ちょっと桜田君!」 「え?あっ!」 自分が蒼星石の指を口に含んだことにそこで始めて気付いたらしい。 「ご、ごめん。僕が怪我したときはいつも姉ちゃんがこうしてたから…」 「ほ、保健室に行って来るね…」 気まずい空気になりそうだったからか、蒼星石は慌てて教室を出て行ってしまった。 その日の帰り道、いつものように翠星石と蒼星石は一緒だった。例によって、騒がしい翠星石だったが、蒼星石がいつにもまして静かなのが気になった。 「どうしたですか、蒼星石?何か、いつもより元気がねぇ感じです。何かあったのですか?」 「ん…別に、なんでもないよ…」 「怪我が痛むですか?全く、チビ人間も蒼星石にこんな怪我負わせるなんて、何を考えてやがるですか!」 一人虚空に向かって怒りを叫ぶ翠星石。 「彼は…悪くないよ。手が滑った僕が悪いんだから…」 蒼星石はそう言って、保健室で包帯のまかれた手をじっと見た。 「痛かったらすぐに翠星石に言うですよ?すぐにでもチビ人間に賠償を請求してやるのです。」 「僕も不注意だったんだ。桜田君は悪くないよ。」 翠星石もそれ以上は何も言わなかった。ただ、どうも蒼星石の様子がおかしいことだけが翠星石の心に引っかかっていた。 その日の夜。 「おやすみ。」 「おやすみですぅ。」 翠星石が眠そうなあくびをする。 翠星石も蒼星石も各々の部屋に戻って後は床に入るだけ。 時計は既に日付が変わってしまった事を指し示していた。 「………」 電気を消して、床に入って…それからしばらく蒼星石は寝付けないでいた。 じっと天井を見つめる。特に何が見えるわけではない。でも、目を閉じるよりいいと思った。目を閉じると、まぶたの裏に、 あの場面がよみがえってくる。自分の指を真剣な顔で口に含んだジュンの顔。何故、こうもはっきりと思い起こせるのか。 わからない。わからなくて、じっと天井を見つづけている。 (そんな…まさか、ね…) 今日の帰り道だって、夕食の時だって、ずっとジュンの顔が脳裏に焼きついたように離れなかった。 (だって、彼は…翠星石の思い人じゃないか…それは僕だって知ってる事のはずだよ…でも…なんだろう…) ジュンの顔が思い浮かぶたびに、胸の奥底が苦しくなって、ざわざわとした。それに加えて、 決して晴れる事のない霧のようなもやもやがずっと心を支配しているのだった。 (……これが、そうなのかな…でも、今までぜんぜん意識した事なんてなかったのに…) 「そ、そうだよ!」 自分以外誰も居ない部屋で、蒼星石は叫んで勢い良く体を起こした。 (そうだよ、きっとあんなことされたから、気が動転してたんだよ。僕は、僕は…) 月明かりが窓から差し込む。窓際においてある蒼星石の机を月光が照らして、無造作に転がしてあったシャーペンがきらきらと光を反射した。 「そうに、違いないんだ…」 薄暗い部屋の中で、賭け布団をつかんだ手にキュッと力をこめながら、蒼星石は一人呟いた…