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2-180

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180.剣よりも強い物[2日目昼~雨]


時を数時間ほどさかのぼる。


『ここへ来るまでに、遠目にですが集落らしき物を見かけました。彼の傷も治療したいですし、そこまで戻りませんか』
グラリス撃退後、♂シーフの傷が浅いことを知りつつも♂セージは言った。

まず急ぐべきことは筆記具の入手。その為には他の参加者と遭遇する危険を承知で人家を探さざるを得なかったのだ。
彼が見た集落はすでに大半が禁止区域になったようだが、まさか禁止区域に全体が収まるはずもない。はみ出ている部分も当然あるだろうし、北から来た♀Wizや♂プリ達は民家の気配さえ目にしていなかった。
当然の選択として♀Wiz一行は東へと向かう。
そして、彼が言っていたよりもかなり手前で民家を見つけた。
そのころには空色が怪しくなりつつあったこともあり、彼らは安全策を採ってそこへ向かった。
…地図上ではF-3。つまり♀BSと♂スパノビ・ダンサーが出会った民家へ。


倉庫に踏み込もうとしていた♂セージが民家を振り返った。
「今、叫び声が…?」
「行きましょう」
炎の輪を浮かべた♀Wizが走る。
サイトを持つ彼女達とカードの効果で潜んでいる者を見破れる♂プリが手分けし、それぞれ倉庫と民家の安全を確認する手はずになっていた。
あちらには♂プリと♂シーフが行っている。
ゲームに乗った殺人者が居たとしても複数の可能性は低く、不意打ちを受けないよう気をつけていれば簡単にやられてしまうような2人ではない。
そう思ったからこそ分散したのだが。

「どうした!」
3人は裏手から民家の角を回り込んで正面へと飛び出す。
そこに♂プリ達が居た。特に♂シーフは地面にへたり込んでえずいている。
「大丈夫ですか!?」
「来るな!」
駆けつける彼らに気付き、♂プリは気を取り直したようだ。手を上げて3人を制止した。
その様子に事態を薄々察しながらも♂セージは一応訊ねる。
「何があったのかな?」
♂プリは♂シーフと♀商人に目をやって遠回しな答えを選んだ。
「まあ、何だ。冥福を祈ってやらなきゃならん奴が2人ほどいた」
「その様子ですと、結構ひどいようですね」
眉をひそめる♀Wizに♂プリは頷き返した。
「ああ。見ない方がいいぜ」

「それより!その2人は誰と誰です?死んでどれぐらい経っていました!?」
惨状を思い出して顔をしかめる♂プリを♂セージが急き立てる。
勢いにとまどう彼より先に♀Wizがその意味に気付いた。
「♂プリさん。その2人が殺されたばかりなら、手を下した誰かがまだ近くにいると言うことになるんです」
「あ、ああ」
♂プリは答えようとして改めて不審点に気付く。
「…ありゃあ殺られたのは今日になってからじゃねえ。それより変だな。ありゃ参加者じゃねえぞ?」
「なんですって?」
「さっきは気にしてる余裕無かったが、ありゃ王国軍の制服だ」
その答えに♂セージと♀Wizは顔を見合わせた。
「……見てきます」
「私も」
「おいおい。やめとけってのに」
♂セージに続いて民家の戸をくぐろうとする♀Wizを♂プリが引き留める。が、彼女はやんわりとその手を押し戻して♀商人を示した。
「私なら大丈夫です。それよりあの子をお願いしますね」
「本当に大丈夫なのか?」
「大抵の惨状は悪夢に見ましたから」
かすかに微笑む余裕さえ見せて民家へ踏み込む彼女を見送り、♂プリは引率を任された少年少女を見下ろした。
「…女は強し、ってか?」
♀商人も呟く。
「あのー。わたしだって女なんですけど…」


「で、何か分かったのか?」
悪臭と羽虫に辟易しながら出てきた2人と共に倉庫へと場所を移し、車座に座ると即座に♂プリが聞いた。
「ええ。まずこれを」
「…何だそりゃ?」
♀Wizと♂セージが差しだした物を見て彼は表情に疑問を浮かべる。
大きな布包みと、そして一冊の聖書。
「着た切り雀はちょっと嬉しくありませんから。着替えを見つけました」
そう言って♀Wizが包みを広げ、同時に♂セージが聖書のページを開く。
そこには元々の教典の上に口紅で真っ赤な文字が書き加えられていた。
「おいおい。そいつはちとよろしくねーぞ…ん?」
聖職者として反射的に顔をしかめた♂プリが文字を読んで固まる。
【これから筆談しますが絶対に言わないで下さい】

「え、どういうこと?」
♀商人も思わず口にしてから慌てて口を押さえた。
しかしそれを♀Wizが何事もなかったようにフォローする。
「確かに死んだ方の物を奪うのは良くないかも知れませんけど…今はそんなことを言っている場合ではないと思うんです。雨も降ってきましたし、もう丸一日着たきりですから」
その間に♂セージはさらに聖書のページをめくった。
【ジョーカー達に盗み聞きされています】

「ああ…まあそうか」
♂プリは困惑をありありと浮かべて曖昧な相づちをうった。
一方心の準備が出来ていた♂セージは飄々と受け流す。
「ま、詳しい説明は着替えてからにしましょう」
しかし。
「私と♀商人さんはそっちで着替えます。見ないで下さいね」
「……」
♀Wizが冗談めかして言い、♂セージは♂プリ共々思わず光景を想像して沈黙してしまった。
やはり男とは悲しい生き物のようである。
「もうっ!ばかっ!」
そんな男共のすねを♀商人は憤然と蹴っ飛ばした。


数分後、服を着替えた一行はそれなりにさっぱりとした顔で車座に戻った。
「にしても、よく全員分の服があったもんだな」
「それについては♂セージさんの方から」
「そうですね」
♂セージは頷いて聖書に口紅を走らせる。
【筆談は♀Wizさんに任せます】

2人は内容を取り替えて本格的な説明態勢に入った。
複数の論理的な内容を同時に考え、しかも話すことと書くことを間違えずにいるのはさすがに難しい。そこで意図的に分担したのだ。
「えーとまず、母屋で殺されていたのはほぼ間違いなく王国軍の兵士です」
【この島のシステムについて説明します】

♀Wizの文章は簡潔すぎるほどに簡潔だった。
きちんとした筆記具が見つからなかったから仕方ないとは言え口紅では少々書きにくく、また今後のことを考えるとなるべく消費を抑えたかったからである。
多少誤解を生む可能性もあるが今は仕方なかった。
「私の知る限り正式の軍装のようでしたし、参加者ではない証拠に首輪をしていた跡もありませんでした」
【工務大臣から聞いたので正確でしょう】

彼女の書く赤い文字に頷きつつ、♂セージは自分の観察と推論を披露する。
「そして惨殺されたにもかかわらず、ろくに抵抗した痕跡さえありませんでした。ここから推測できる可能性は2つ」
【首輪には振動をGM側に伝える機能と爆破機能があります】

「犯人は瞬時に兵士2人を無力化できるだけの力を持つ何者か…あるいは彼ら兵士が油断する何者かだ。ということです」
「なんだって?」
目と耳から同時に知識を詰め込まれ、♂プリが目を白黒させて声を上げた。
自分でもどっちに対して反応したのかよく分からない。
一方、早々に文字を追うのは諦めて♂セージの話に耳を傾けていた♀商人が、首を傾げつつ疑問を口にする。
「どっちも島に連れて来られた人たちには無理な気がするんだけど…」

「ええ、前者の可能性は低いと思いますよ。彼らに一撃で昏倒するような大きな傷はありませんでしたし、参加者にそこまでの力を与えるはずもありませんからね」
【振動は私たちの会話と脈拍を監視する手段です】
「そうですね」
♀Wizは聖書に口紅を走らせつつも不自然にならない程度に合いの手を入れた。

【そして振動を伝える機能が失われると爆発します】
「つまり彼らは無抵抗のまま捕らえられ、その後殺されたと見るべきなんです。…ではそれが可能なのは何者でしょうか」
一旦言葉を切って彼は聴衆の反応を待つ。
どうやらこういった探偵口調が気に入ったらしい。
「わからん。ま、俺達じゃないことだけは確かだな」
♂プリが律儀にも付き合って答えた。

「そう、まさにその通り。私達参加者にはほぼ不可能なんですよ。つまり犯人はおそらく彼らの仲間…より正確には上司であるGM達の誰かだと思われます」
【またこちらの位置を伝える機能が地図にあります】
「げ。げげ。そっちか」
得々と推理を語る♂セージと文章を綴る♀Wiz、♂プリの反応はまたもその双方への相づちとなっていた。
仮にもプリ。他者の告白を聞いて必要な反応だけを返す術には長けているのかもしれない。
「だけど、どーしてわざわざ部下の人を殺したりするの?」
♀商人がまたも首を傾げた。
適切な疑問を投げ返す辺り、探偵の助手役としては合格である。

「その答えがこの着替えにあります。あの民家には食料はおろか調理器具さえ残っていなかったのに、ほぼあらゆる冒険者職業の衣装と簡単な化粧品が揃っていました。そしてこの倉庫には何とカートまであるんですよ」
【スキルその他の大きな力は訓練砦と同じ装置で減衰されます】
確かに暗がりに積み上げられた農機具などに混じって商人用の猫車が置いてあった。
一切の改造をほどこしてない、カプラサービスで貸与されるのと同じシンプルな物である。
「ペコペコ以外の外見装備一式か。それで?」

【GM達はこれを無視する装備を持っています】
「つまり彼らは特定の参加者に装備を供与するか、逆に一部を殺してすり替わり、ゲームの結果をコントロールしようとしていた不心得者なのではないでしょうか」
「ぁ…そう言えば商人ギルドで聞いちゃったんだけど」
何か思いだした様子で♀商人が手を叩く。
「このゲーム…BRの毎日の死者や優勝者を当てる賭博があって、大きなお金が動いてるって」
「なにぃ罰当たりが。知ってたらこの俺が闇討ちしてぼっこぼこにしてやったのに」
「♂プリさん、そんな事してたんだ…」
ポキポキと指を鳴らす♂プリを♀商人は呆れ顔で見つめた。
彼はにんまりと笑う。
「おうよ。俺はこう見えても実は破戒僧だからな」
「こう見えてって…どっからどー見ても立派な破戒僧じゃない」
「おほん。続けていいかな?」
脇道にそれ始めた会話を♂セージが咳払いで止める。

「それでジョーカー辺りが嗅ぎつけて粛正した。傷の多さは拷問の跡。死体を残したのは他にも居るかもしれない同類への警告と、参加者の危機感を煽って殺し合いを加速するため。という所でどうでしょうか」
「なるほど。確かに筋の通った話ですね」
【装置は島内に4基、細かい場所までは不明です】
口紅を置き、自分の方の説明も終わったという意思を示して♀Wizが言った。
「ただ、それが事実とするとまた同じような手出しを考えるかも知れないと言うことになりませんか?ここは危険じゃありませんか?」
そこで彼女は再び口紅を取り、一言だけ書く。
【GMも】

♂セージは大きく頷いた。
「まあ可能性は低いでしょう。知らなければともかく今は兵士の不在に注意しているでしょうし、兵士にしてもアドバンテージは首輪をつけられていないだけですから、1日目を生き残った我々を相手にしたくはないはずです」
最悪の事態は♀Wizの書いたとおりGMが手出しを始めた場合である。
ただし、それはスキル制限無効化装備とやらを手に入れるチャンスでもある。
♀Wizもその可能性に思い至ってることを確認し、彼は話を次の段階へ移すことにした。

「ところで♀Wizさん。その話が出たついでにちょっといいですか?」
「なんでしょう」
♂セージは♀Wizから口紅を受け取った。
【首輪と装置を止める方法は?】
質問を書いて口紅を返し、まったく別のことを口にする。
「午前中にうかがった『悪夢』ですが、あれが事実なんてことはありませんか?」

「何がおっしゃりたいんですか?」
【不明です。が】
♀Wizは短く答えて図を描き始めた。
破裂寸前まで膨らんだ大小2個の風船を、ピンと張ったゴム紐で繋いだ糸電話のような絵。
大きな風船には【首輪】小さな風船には【GM盗聴器】と説明書きが加えられた。
【首輪の原理は単純です。どこを切っても破裂しますが空気を抜けば無力です】
彼女がそれを書く間、♂セージは言いにくいことを言おうとしているかのような長い間を取り、そして言った。
「…貴女が実際にこのゲームを運営する側ということはないか、と聞いているんです」

「おい。よりによって何てこと言い出す」
♂プリが真面目に憤慨し、♀Wizはため息を吐いてみせた。
「仮に私があなた方を騙すつもりなら、そんな疑われるようなことを口にしませんよ」
その間に♂セージは地図を取り出し、亀のような島の東西南北に突き出た『手足』に印を付けた。
【島は砦の十数倍。おそらく装置は均等配置・限界出力】
本来の用途よりはるかに広い面積をカバーするためにはあまり片寄った配置は出来ず、また技術者というモノは『美しい』システムを好む。
彼はそのきれいな対称形に並ぶ位置に比較的自信があった。
「そうですか?貴女自身忘れていて、それが悪夢という形で噴き出したと言うことは?」

「そんなこと言い出したら、あなただって今はすべて忘れているだけのGMかも知れないって事になるじゃありませんか。誰も信用できなくなりますよ」
付き合ってられないと言わんばかりの口調を演じつつ、♀Wizは♂セージの考察について吟味する。
配置は確かに彼が示した位置にある可能性が高い。
そして装置の許す限度ギリギリまでパワーを上げてあるとすれば。
口紅を走らせる。
【1~2基の操作もしくは破壊で全基停止も?】

♂セージは頷いた。
ただし憎まれ口は絶好調のまま。
「おや?この状況で誰かを信用するつもりですか?」
「♂セージさん!?」
様子を見ていた♀商人がさすがに悲鳴じみた声を出した。
♂セージは肩をすくめて理由を聖書に書き込む。
【明日中に装置を全て確認し、どれがGMの本拠か探りたい。『喧嘩別れ』しましょう】
彼はこの時、GMの本拠は装置のどれかと一緒にあると自然に思いこんでいた。
「…とりあえず一発殴っていいか?」
♂セージの意図が盗聴相手に疑われずPTを分けることにあったと分かり、♂プリが安堵のあまり彼の頭を叩く。
「あたっ。…そりゃまあ言い過ぎかも知れませんが、殴ることはないじゃないですか」
「言って分からない奴にはこれでいいんだよ」
「何も言ってないじゃないですか」
「やめましょうよー」

仲良く仲間割れの演技を続ける脇で♀Wizはしばし黙考し、やがて1つの疑問を記した。
【別れてもそれぞれが装置へ近付けば怪しむのでは】
♂セージは口と文字で即答する。
「これまでのようですね」
【近付く際、地図を預けます】
「……っ!」
全員が息をのんだ。
確かに言われてみればそれしかないという手段である。
しかしそれは単に現在地を確認できなくなると言う以上に大きな賭けとなる。
地図を預けた相手が裏切って禁止区域に地図を投げ込めば。そうでなくてもその誰かが殺されてしまい、地図が禁止区域に取り残されることにでもなれば。
その時は爆死を免れない。
口ではああ言った♂セージだが、実は♂セージが最も仲間を信用しているのかもしれなかった。
「それはどういう意味ですか」
♀Wizも演技に加わり、PT分けを始めようとしたその時。

「…僕は行きます!」
「あ、おい!」
それまで黙って説明を聞いていた♂シーフがいきなり倉庫を飛び出した。
♂プリには彼が『僕は』ではなく『僕が』と言ったように聞こえた。
「俺ぁ追いかける!あいつ荷物忘れて行きやがった」
「私も行きます」
♀Wizは♂シーフの残していった地図を拾って♂セージへ示す。
それには島の半島のうち現在地から最も遠い場所、E-10付近に印が付けてあった。
彼女はさらにE-5とE-6の境目付近へ丸印を付け、♂セージがそれを集合地点として理解したかも確かめずに飛び出す。
追いついてきた彼女へ♂プリは悔いを漏らした。
「あいつ、根が真面目だからな。思い詰めてるとは思ったが…」
考えてみればグラリスを撃退した後から今まで、彼はほとんど口を利いていなかった。
自分の一言で仲間を危険にさらしたのがよほどこたえたのだろう。
だからこそ挽回の機会が欲しかったのだろうが、これでは同じことの繰り返しだ。
「とっ捕まえてちゃんと説教してやらねえとな」
「それよりIAを!」
効き目の薄い速度増加を使って彼らは走り出した。

「やれやれ」
♂セージはため息をついて積み上げられたカートを引き下ろす。
まったく突発的に別れてしまった。
本当はいろいろ理由を付けてもう少し戦力を均等に分ける予定だったのに。
しかもさすがの♀Wizも慌てたのか、聖書と口紅を持っていってしまった。
せめてそのどちらかがなくては、誰かと友好的な接触を持てた場合説明に困るだろう。
いろいろ考えて仕掛けたつもりが、まだまだだったようである。
「仕方ありませんね。私達も追いますか」
彼は♀商人にカートを渡して、強くなり始めた雨中へと飛び出した。


結局彼らが♂シーフを捕まえるまでには丸々1ブロックの横断を要し、説得と休息のために雨を避けて最寄りの集落へ身を寄せることになる。
そこに待ち構える事態も知らず。


<♀WIZ>
現在位置:F-3→D-5(集落)
所持品:ロザリオ(カードは刺さっていない)、クローキングマフラー、案内要員の鞄(DCカタール入)、島の秘密を書いた聖書、口紅

<♂プリースト>
現在位置:F-3→D-5(集落)

<♂シーフ>
現在位置:F-3→D-5(集落)

<♂セージ>
現在位置:F-3→D-5(集落)

<♀商人>
現在位置:F-3→D-5(集落)
所持:青箱2(未開封)、店売サーベル、カート

他は同じのため省略(前出179話)



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