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anotherA-1

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匿名ユーザー

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anotherEND-1.終わりのソラ ~ an other end


 この空は偽者で。
 けれど、その色は本物と変わらず何処までも青い。
 そうだ。この狂った戦場は偽者だ。
 それも又、ある一転だけは現実と同じ。
 死ぬという事。それだけが、この箱庭で唯一の真実だった。

 ──それは、平等に訪れる。

 重い。重い。何て重いんだ。
 俺は、大地に鎮座するそいつを渾身の力を込めて、旋回させていた。
 必死の力では足りない。それだけでは、あの女は貫けない。
 俺は自分はもう死んでしまっている事にした。
 呼吸を無視し、悲鳴を上げる筋肉を無視し、押し続ける。

 俺は、今の今まで。悉く死に一番遠い場所に居た。
 今だってそうだ。自分の技量じゃ無駄だ、という理由をつけてまで、秋菜の居る戦場から逃げ出してしまった。
 だから、今は。
 せめて自分で自分の体を壊して、死に対して歩み寄ろうと思う。
 周りかけている砲台を更に押した。

 …さあ、俯角は取れた。
 ぜぇぜえ、と間の抜けた喘ぎ。
 今の今まで、息をする事すら忘れてしまっていた様な気がした。
 縋り突く様に、弦を引き絞る装置に取り付く。クランクを回す。引き絞られる。張り詰める。
 砲弾にも鉄槌にも似た矢を、図太い柱の様な銃身に乗せる。
 次は仰角だ。装置をいじって大体の見当をつける。だが、これでは微妙な狙いがつけられない。
 仕方ない。丁度、切り出したばかりの丸太を担ぐ様に台尻を肩に乗せる。

 ──精神を統一。視界が拡大。
 遥か向こうに居るはずの秋菜が、直ぐ目の前に居るかの様な錯覚を受ける。
 と──二度目の光が。あれは、♀クルセだろうか。
 思わず、目を瞑る。強い光は、目を眩ませるからだ。

「…間に合ってくれよ、頼む」
 当てる自信は十分にあった。
 しかし。その時。俺は、何も知らなかった。

 ──そう、死こそが、この箱庭の真実。


「う…あ…」
 焼け爛れた体で、呆然と言葉を発する秋菜を、黒衣の騎士は馬上から見ていた。
 手には、或る魔王の持ち物だった、ツヴァイハンダー。
 形見とも呼べるそれを手に、滅するべき存在に向けて、ひた走る。

 彼は、何処までも誇り高い男だったのだろう。
 彼女は、今更ながらにふと思う。
 戦い、戦い、戦って。剣を手に構えたまま、最後まで戦う意思を捨てずに、この剣の主は逝った。

 自分は。
 ここに来てやっと、彼の様に、全てを戦いに注ぎ込める様になったのだと思う。
 そう。全てを背負って、全てを飲み干して。
 それは、悉くが毒の様に酷く苦かったけれども。

 心には誓いを。
 手には剣を。
 遺志は、私の意志を加速する。
 私は、進むべき道を往く。

 ぎっ、と彼女は秋菜を睨む。
 圧倒的な力を以って、全ての参加者を蹂躙し続けてきたそいつは。
 一人の騎士が、命と引き換えに放った光に、今やぼろぼろに崩れかけていた。
 ──今ならヒールも間に合うまい。

「…チェックメイトだ」
 さあ、幕に──

「あ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
 ──しかし、耳を劈く様な叫びが下がる暗幕を中段。
 秋菜が、その傷からは想像も出来ないような速度で片手を上げる。
 亡、とその掌が、光りを帯びた。

 瞬き程の間に、それが編み上げるのは、ぐちゃぐちゃに歪んだ…魔方陣。
 ♀セージが、目前にしたならば、余りの出鱈目さに、悲鳴を上げかねない式。
 けれど、それは一つの目的にそって、ありったけの害意を詰め込まれていた。

 そして、その目的とは、深淵の騎士の破壊である。

「殺してあげる殺してあげる一片の肉片も欠片も炭屑も灰も塩も何もかも残らないぐらい徹底的に破滅的に盲目的に絶対的に!!!
 殺して殺して殺して殺してBANしてBANしてBANして───あはは、あはははははははは、あははははははははははははははは!!!!」
 けれど、その言葉は、黒衣の騎士には甲高い悲鳴じみた雄叫びにしか聞こえない。
 何故なら、悲鳴じみたそれは、二つの叫びを、超々高速にて一つの口で発している結果。
 その一つは悪意、またもう一つは詠唱である。
 秋菜は喉から血を飛沫ながら、僅か零コンマ数秒にも満たぬ間に、詠唱を完了。

 深淵の騎士は、背後から、♀セージが叫ぶ声を聞いた。
 だが、彼女は、その声を黙殺した。
 今しかない、秋菜を殺すなら、今しかないのだ。

 そう。それは、この場に居ないもう一人だって判っている筈で。
 自分でも、分の悪すぎる賭けだ、とは思う。
 けれど、一瞬の停滞も無く、冷たく、笑った。
 意識が──冴え渡る。もう言葉など要らない。
 五感以外の、不要な全てが揮発していく。

 目の前の女は、今は、私を殺す事しか考えていない。
 ならば、私には聞こえる、この音も、聞こえてはいまい。

 ひゅるるるるる。

 秋菜の掌が、深淵の騎士に向けられる。
 音と、秋菜と、黒衣の騎士と。その誰にも遅れて、漸く♀セージが式を編み始める。

 ツヴァイハンダーが、衝撃を伴って走る。
 僅かに遅れて、指の先程まで女の術が顕現する。

 ひゅるるるるるる。

 音が、大きくなった。
 真っ黒く、長い影が、視界の隅を掠める。
 それは、一つの奇跡なのだろう。
 そして。

 どずり、と肉を引き裂き、骨を打ち砕く致命的な音が聞こえた。

「あ…れ…?」
 ひゅう、という呼吸音。
 ぐらり、と秋菜の上体が一瞬傾ぐ。
 どずん。低く、腹に響く様な音。

 その時、深淵の騎士の瞳に写った光景は。
 黒い、槍じみた鉄の棒に地面に縫い付けられた、焼け爛れた体の秋菜の姿だった。
 一瞬遅れて発動した呪文が逸れて、何処か彼方へ飛び去っていく。
 さぁ、黒い騎士の大きな剣が、終わりを引き連れてやって来る。

 ──どしゃっ。

 かくて、この長い長い狂った喜劇の幕は、いとも呆気なくその幕を下ろした。



 全てが終わったその後でなら。
 例えば、とある優しい奇跡だって、許される。
 それは、戦い続け、血を流し続けた彼等への、ほんのささやかな贈り物。



 くるくると、手の無い腕に包帯が巻かれている。
 わたしは、呆然とした顔で、それを見ていた。
 目の前に居るのが、誰なのか判らない。
 むしろ、今自分がここにあること。世界の何もかもが嫌になってしまっていた。

 ──きっと、私は、壊れてしまったんだと、思う。

「──っ、───」
 声が、聞こえない。
 私は、気づかないうちに自分で外界の全ての感覚を遮断してしまっているみたいだった。
 やがて、紐で縛り、焼き鏝を当てて強引に止血した切断面を完全に包帯が覆っていた。
 痛みを殆ど感じなかったのは、やっぱり私が壊れてしまったからだ、と思う。
 いや…本当は叫びそうになるぐらい痛かった、のかも知れない。
 でも、それは記憶から綺麗に抜け落ちていた。ああ、やっぱり私は壊れてしまったんだろう。

 大切な人の元に、行きたかった。
 私の中で、その思いだけはまだ正常なようだった。

 虫が這う様にして、のたのたと、目的の場所に向う。
 すぐ後ろで、誰かが何かを言ったけれど。何も聞こえなかった。
 今は只。

 ああ。♂ローグ。
 ♂ローグ。♂ローグ。
 嗚呼。

 私は、仰向けに天を仰ぐ彼に寄り添うように。
 寝転がると、ちらと空を見る。曇っていた筈の空は、いつの間にか透き通るような蒼。
 ああ、きれいだな、と思う。殺戮の庭は、終わったのか。
 でも、それさえ今はどうでもいい。

 彼は、それ程まで私の心の中で、大きく育ってしまっていた。
 でも今は幸せだった。でも、辛かった。辛いはずは無い、と思い込みたいのに幸せで、そして辛かった。
 くるくる回る。くるくる回る。体を回して、傍にある体を見た。

 ──壊れながらにして、こんな残酷な現実を直視できる自分の意思が、憎かった。

 わたしが知っている彼の体は。
 そんな大きな穴は無かった筈で。
 地面の上に、夕日の様に見える赤を散らしてはいなかった筈で。
 つまり、横たわるそれは、私の知っていた彼ではなく。
 タダの死体。

 死者は語らず。
 只、横たわるのみ。

「…っぐ…ひっぐ…うっ」
 気が付けば。涙。
 縋りついて、他の誰もを遮断した世界で、一人泣いていた。

 姉さんが死んで。子バフォが死んで。♀アーチャーが死んで。
 そして、♂ローグも死んでしまった。
 壊れた私は、遅まきに、その事実を飲まされる。

 誰も彼もいなくなった寂しい世界。
 私は。涙を、冷たい骸に落としていた。

「──」
 誰かの、声。
 私には聞こえない。

「───ぃ」
 まただ。
 聞き続けるのが嫌だったから、耳を塞いだ。

「──おい!!」
 がつん。
 …これは、何だろう。
 懐かしい──声?

 誘われて、顔を上げる。

「ひでぇ顔だな。 台無しだぜ?」
「ぁ……」
 ぽかん、と私は大きく口を開けていて。
 目の前の。居るはずの無い人物を見つめていた。

 ──私が閉ざしていた世界が、戻ってくる。
 視界に光が差し込んだようだった。

「♂…ローグ?」
「だな」
「……」
 惚けた様に、目の前の男を見つめる。
 言葉が出ない。涙も止まっていた。

 むにゅり。

「!!!?」
「夢じゃねぇ、だろ?」
 意地悪く笑って彼は言う。
 見れば、にゅっと伸びた手が、私の頬を摘んでいた。

「ど、どうして…?」
 慌てて腕で彼の手を払いつつも、言う。
 ♂ローグは、何も言わず、只笑って真後ろを指差した。

 振り返ると──

 見覚えのある、それぞれの懐かしい人達が居た。
 ♀セージや、深淵の騎士は驚いた様に。そして、やがてそれは泣き顔になって。
 ♂アーチャーは、只、ある人の前で泣いていて。

 私は、只呆然とそれを見ていた。

「──ちぃとばかし、都合のいい奇跡、って奴さ。な、アラーム?」
「うん…♀クルセお姉ちゃん」
 ♂ローグに向き直ると、彼の横に、仮面の詩人に伴われた少女が、柔らかい微笑みを浮かべて立っていた。

「あたし達だって、会いたかったんだからね」
「そうだぞ、クルセ殿」
 ♂ローグが、そう言ってにやにやと笑っている子バフォと♀クルセを腕で制し、一歩私の方に歩み出る。

「♀アーチャー…それに子バフォ? どうして…」
「言ったろ。 これは都合のいい奇跡だっ、てな。
 アラームにゃ感謝しろよ? こいつのお陰で、今の時間があんだからな」
 言われて、目線をアラームに向けると、彼女の胸元には淡く輝く一枚のカード。
 日の光の中に在ってさえ、それは輝く。
 ああ、今の時間は。まるで楽園のようだ、と思った。

「で、でもだな…」
「しーっ、そっから先は言うな」
 言葉を紡ぎかけた口を♂ローグが掌で塞ぐ。

「あらあら、お二人様はお熱い事でございますねぇ…」
「何言ってんだよ、このアジャ子。っていうか、アラーム!!
 別にキスとかしてねーんだから、両手で目を覆うな!! 山羊も笑うんじゃねぇっ!!」
「スタイナー(てんとう虫)のサンバなら演奏できるぜ?」
「るせーよ、この骨!!」
 はあはあ、と肩で息をしながら、ひとしきり♂ローグが怒鳴りちらす。
 …ああ、この人は。やっぱり、こんな時でも変わらないのだな。
 自然に──

「あ…お姉ちゃん笑ってる」
 アラームの言葉。私は、口元を綻ばせていた。
 ♂ローグの様子が、余りに可笑しくて。自然に笑みが浮かんでしまう。
 それを見て、彼も。大輪の笑みを咲かせていた。

「──いいじゃねぇか、おい。やっぱ、笑ってねぇとな?」
「…ああ。私は…私は、笑っているぞ」
 言うと、納得したように彼は頷く。

「何時までも…何時までもな」
 そして、私は気づいていた。
 別れは、もう近いのだ、という事を。

 見れば、♂ローグの姿は揺らめき始めていて。
 バドスケも、もう既に死んでしまっていたのだと判った。
 アラームの胸元にあるカードが、奇跡の終わりを告げる様に明滅していて。
 けれど、悲しみは何処かに消えてしまっていた。

 私は、穏やかに微笑む。

「…最後の最後にゃ泣きつかれるかもって思ってたが…その心配は、ねぇようだな?」
「馬鹿…お前は、卑怯だ」
「ローグだからな」
「騎士じゃなかったのか?」
「ぐ……痛ぇ所付きやがるな。わーってるだろ? もう、お別れなんだよ」
 僅かに、寂しそうな色が。
 そして気が付くと、彼が私を抱きしめていた。
 酷く暖かくて、穏やかだ。
 胸元に顔をうずめたまま、目を閉じる。

「でも、私は」
 叶わないと判っているけれど、そう言わずにはいれなかった。
 私の言葉に、彼はきっと困った様な顔を浮かべているんだろう。
 彼は、こういう我儘にはきっと慣れていないと思う。

「──馬鹿者、離してやれ」
 苦笑混じりの声に、現実に引き戻された。
「姉さん?」
「久しぶりだな」
 あくまで冷静に、しかも簡潔に返される言葉を聞いていると、自分が酷く幼いかの様に感じてしまう。
 ああ、やっぱり姉さんには一生敵いそうにない。
 彼女は、見知らぬプリーストの女性を連れて、私の横に立っていた。

「もう、時間が近い。それぞれ、告げておかなければならない事を話しておいた方がいいぞ。
 …まずは、私からだな」
 有無を言わさぬ態度で、姉さんが言う。

「生きろ。辛くてもな。お前はそれが出来る、と期待させてくれ。全ては終わったのだ」
「…うん」
 この人の前では、どうしても幼い口調になってしまう。
 次に、アラームと、バドスケが歩み出た。

「あのねっ、私、こんな事しか出来なかったけど、お姉ちゃんや、お兄ちゃん達と会えて、とっても嬉しかったよっ」
 そこまで一息に言ってから、にっこりと彼女は微笑んだ。

「それからねっ。私、お姉ちゃんにはずっと、ずーっと幸せでいて欲しいのっ。
 お姉ちゃんのお姉ちゃんが言ったみたいに、楽しいや嬉しい事ばかりじゃないかもしれないけどっ。
 それでも、悲しんでるよりは、笑ってる方がずっと、ずーっと楽しいもん!!」
「ああ。努力するよ。私が生きていたいって思う限りね。そして、ありがとう…本当に、本当にありがとう、アラーム」
 私の言葉に、少女は何時もと変わらない嬉しそうな顔をする。

「アラーム、俺にも言わせてくれよ」
「あ、うん。ごめんね、バドスケさんっ」
 仮面の詩人の言葉に、アラームはにこっと笑って下がった。

「すまねぇ。死ぬつもりはなかったんだけどな」
「……」
 努めて明るく言う彼に、私は言葉を詰まらせてしまう。

「俺は、別に大層な事は言えない。只、頼まれごとをしてくれないか?」
「…ああ」
「アルデバランの時計塔に行って、俺達の事を伝えて欲しい。それとな、外の連中にはしっかり通信しておいた、じき助けが来る」
 彼は簡潔に言う。
 私は、頷いてそれに答える。
 仮面の下の表情は判らなかったが、片手をあげて見せた彼は満足げに笑っている気がした。

「次は、あたし達の番ね」
「うむ」
 子バフォと、♀アーチャー。
 珍しく、緊張した面持ちの二人。

「むー、何て言ったらいいのかなぁ…大体言いたい事はもう言われちゃったし。
 ったく、アタシもこーいう役回りが板についてるわねっ。子バフォ、何かいいの無い?」
「…無いな、弓手殿。我としては、我が主に、ここでの出来事全てを教えて欲しくはあるが」
「あーっ、もう!! 困ったわね」
「…ええとだな、無理をする必要は無いぞ? それで、子バフォ。お前の主は何処に?」
「プロンテラだ。主は何時も騒がしいからな。直ぐに判る」
 笑いながら、子バフォは言った。

「もう、あたしを無視して話を進めないでよ!!」
「むぅ…ならば、言いたい事を言えば良いではないか。それが皆と同じだったとて、何を恥じる必用がある?」
「……そ、それもそうね。ごほんっ」
 子バフォに促され、彼女は居住まいを正して私に向き直った。

「あのね、♀クルセさん。あたしも、考えてる事は皆と一緒だから。その、さ。
 幾ら♂ローグの奴が好きでも、気にやまないでよね。いい男なら、他にも星の数ほどいるんだから。
 あんな趣味の悪い奴より、百倍もいい男見つけなさいよ。いい?」
「あ…うん。判った。努力する」
 怒涛の様な物言いに、少々気圧されながらも、答える。

「…誰が趣味の悪い男だよ、ったく…って、ぐおっ!?」
 ぼりぼりと、頭を掻きながら♂ローグが不満げに呟いていた。
 が、いきなりその背中に、叩きつける様な拳が炸裂する。
 見れば、♀プリーストが彼を私の前に突き出した様だった。

「頼むから、そう怒らねぇでくれっての」
「ふふ…本当に、お前は相変わらずだな」
 薄れていく彼に、私も変わらない笑顔で言う。
 でも。やっぱり別れは涙で飾るもので。
 皆の言葉を聴きながら、いつの間にか私は涙を流していた。

 只──それは、不快なものではない。
 暖かな、最後の大切な瞬間を祝福する雫だった。

 彼と。彼らは消えてしまう。
 けれど、別れは決して悲しみばかりじゃないのだろう。
 私は、彼らの一挙手一投足をじっと心に焼き付けよう。

「♂ローグ」
「今更、言葉なんざいらないだろ?」
「そう、だな。でも」

 彼は。いや、彼らは。只二人、姉さんともう一人の女性を残して。
 ゆっくりと私の前から歩み去っていく。

「ありがとう」
「ああ。また絶対、俺はお前に会ってやるからな…忘れるなよ?」

 そうとだけ言って、ゆっくりと手を振り、まるで空に溶けていく様に、光の塵になって消えた。

「…幸せですか?」
 ふと、殆ど姿も見えなくなってしまった誰かの声がする。
 聞いたことは無いから、きっとあのプリーストの人だろう。

「ああ。私は、とてもとても、幸せだ」
 なら──彼女の最後の言葉は良く聞き取れなかった。
 けれど、きっとそれは、とても優しいものなのだろう。

 幽かな光の残滓も、崩れかけていた一枚のカードも、青い空に溶けて消えていく。

「…生きて、いこう」

 ぽろぽろと、涙だけがとめどなく零れていた。
 そして、胸の内には、確かな温もり。
 きっと。

 ──私は、決して、この奇跡を忘れない。



 僅かな光となって彼女の親友と、豪胆なプリースト、そして快活なアルケミストの少女は去っていった。
 今のは。一瞬考えかけて、この都合のいい奇跡に対する考察を止めて置いた。
 この世界の法則には、未だ人に理解出来ない物もある、という事なのだろう。

 それよりも、今は現実の問題として考えなければならない事があった。
 僅かに残った涙を拭って、顔を上げる。

 どうやって、この箱庭を脱出すべきか。それを考えなければならなかったからだ。
 彼女が考えていると、少し向こうで、最後の別れを告げていた♀クルセがこちらに向ってきた。
 その顔に、先程までの暗い色は無い。

 少し考えた後──♀セージは、彼女に自分が考えている事を話す事に決めた。
 残る二人は──未だ、奇跡の余韻に酔っている。少々時間を空けてやるべきだろう。

「♀クルセ。その、だ」
「ああ、心配ない。私は、大丈夫だ」
 どうやら、彼女は自分が考えていたよりもずっと強いらしい。
 手の無い腕をぶんぶんと振ってみせる♀クルセに、♀セージは心中で安堵していた。

「ならいい。単刀直入に言おう。どうやって、この箱庭から脱出する?」
 その言葉に、彼女はいともあっさりと答えを返す。

「それなら心配は要らない。さっき、バドスケが外部に連絡した事を教えてくれた。じき、助けが来るだろう」
「…そうか」
 さっき、と言う事は恐らくあの詩人もまた、死んだのだろう。
 ふと──声が聞こえた気がして、♀セージは顔を空に向ける。

「ふむ…どうやら、迎えが来たらしいな」
 そこには、あの忌まわしい秋菜と同じ服をした女が居た。
 なるほど。狂ったGMの尻拭いに、同じGMがやって来た、という事か。
 だが、明らかにそれは遅すぎた。

 音もなく地面に、その女は降り立つ。
 彼女の姿を認めるなり、正気に戻った深淵の騎士と♂アーチャーが、それぞれの武器を手に身構えた。

「…よせ、多分敵じゃない」
 言って、彼らを♀セージが制する。

「大丈夫ですか!?」
 そして、その女GMは随分と慌てた──しかし、何故か疑わしく思える──そんな声音の言葉をわめいていた。

「見ての通りだ」
「………」
 黙って、その女は彼等を見渡す。
 そして、ぶるぶると顔を赤くして震え始めた。

「…酷い。秋菜は、どうしてこんな事を」
 どうやら、怒りに震えているらしかった。
 その表情に、僅かな疲れを感じながら♀セージが、彼女に歩み寄る
 どうしても、聞かなければならない事が会った。

「一つ、聞く。このふざけた茶番は、お前達の意思か?」
「…いえ。秋菜の独断です」
 僅かな間の後に、♀GMが答える。

「独断…ならば、何故奴を止めなかった…?」
「私達には、その権限が無かったんです。それに遅すぎました」
 その答えに、♀セージは、冷静さを捨て去ってしまった。

「ふざけるな!! お前は…お前は、この茶番に憤っているのだろう!?
 ならば…どうして…どうして無理矢理にでも割って入らなかった!!」
「……」
 激高に、白服の女は押し黙る。
 きっ、と唇を噛んで、その糾弾を黙って聞いていた。

「貴女の言葉は最もです。ですが、私の申し上げた事も事実なんです」
「…どうしようも…なかったのか」
「…ええ」
 どっ、と嫌な疲れが押し寄せてくる。
 成程、これは本当に只の茶番だった訳だ。
 ならば、これ以上彼女を責めてもしかたあるまい。

「♀セージさん…もう、終わったんです。今は、帰りましょう」
 その言葉に、笑みを造って、♀セージは答えていた。

 やがて、ポータルの眩い光が彼等を包む。

「プロンテラ南の端に皆さんを転移します。今回の事は…本当に申し訳ありませんでした」
 その言葉を最後に、彼らはこの箱庭を脱出した。


 最初に飛び込んできたのは、本物の空だった。
 一色の青で塗りつぶされていない、透き通るような蒼。
 誰からとも無く、その光に溜息が零れていた。
 既に♀GMの姿は無い。そこに居たのは、肉体的にも、精神的にもボロボロに傷ついた自分達だけだった。

 自分達は、あの狂った戦場から帰還したのだ。
 だが、その事で安堵の表情を浮かべている者は誰一人居なかった。
 ふと、あの終わりつつある場所で、残り四十七もの傷つき、倒れた者が消えていく事を思い、悲しくなる。

「──全てが、終わったのだな」
 最後まで握っていたツヴァイハンダーを地に突き立て、よろよろとした動作で深淵の騎士が馬上から降りた。
 そして、その場にゆっくりと腰を下ろす。ペコもまた、主に従って身をかがめた。

「ああ」
 その姿を見ていた♀クルセが、呟くように答える。

「なぁ。俺達は、これから──幸せになれる、かな」
 彼もまた、逝った人達にそんな願いを託されたのだろう。
 ♂アーチャーが、言う。その横顔には、何の色も無かった。

 彼の思いは、当然だった。
 あの狂った戦場を生き抜いてきた者が、必然的に持つであろう疑問。

「当然だ。絶対に…絶対に私達は幸せになる!!」
 しかし──♀クルセは、そんな彼の方を向くと、力強く断言した。
 ♂アーチャーは、一瞬きょとんとしたような表情を浮かべ──

「…そう、だよな。うん…俺は、幸せになってやる」
 ──小さく、しかしはっきりと頷いた。
 それで彼の迷いは切れたのだろう。顔を上げると、礼のつもりか、♀クルセに親指をぐっ、と立ててみせた。

「しかし…今は少し休むべきだぞ。流石に──疲れた」
 ♀セージが、呟いて地面に身を横たえる。

「ああ、同感だ」
 そして、深淵の騎士もまた、その提案に頷いていた。

 遠くからは、活気に満ちたプロンテラの街の雑踏が幽かに聞こえる。
 それぞれの場所に帰る前の、一時の休息。
 誰も彼もが。あの箱庭であった全てを思い出しながら、静かに時を過ごしていた。

 ──そして、全ての閉幕から、しばしの時間が流れる。
 何ヶ月か、何年か。過ぎ去った時間の数は判らない。
 だが。最後に。
 彼らのそれからのほんの一幕だけをお目に掛けるとしよう。


 ──例えば。とある日の当る野辺にて。

「──今日も、晴れかぁ」
 ある男が、横たえた身を起して呟く。
 彼は筋肉質のその体を、通常のそれとは違う狩人装束に包み。
 手には、弩を。日々の糧を得る為の狩りに疲れて、一人休んでいた。

 彼は、腕のいいハンターだったが、モンスターは殆ど狩らない男だった。
 そして、殆どプロンテラに行く事も無く、彼を知る人間は、こぞって力を貸してほしいと言っていた。
 だが、決まってそんな輩にはこう答えたと言う。

 俺は、そういうのが好きじゃないんでね。むしろ嫌いだ。俺は、只ゆっくりと時間が過ごせればそれでいい。


 ──例えば。とある古城にて。

「侵入者か」
 ある騎士が鎧に身を包み、大きく立派なペコに乗って進んでいた。
 彼女は、この古城にやってくる人間は排除しなければならない。
 類稀な剣腕を有する彼女に太刀打ちできる人間は殆どいなかったが、同時にその騎士は、決して人間を殺める事は無かった。

 その師は、そんな彼女を甘い、と咎めた。
 しかし、彼女は何時も胸を張ってこう答えていた。

 師よ。人を殺める事は、私の亡き戦友たちが喜びませんから。私は、託された剣と誓いがある限り、決して人を殺めません。


 ──例えば。とある賢者の都にて。

「…ふむ。成程な。新しい理論だ」
 ある賢者が大きな本を手に、その周りに書籍を山と積み、黙々とその知識を研鑽していた。
 彼女は、只自分に出来る事は考え、研究する事だけだと言い、幾つもの発見を成し遂げていた。
 例えば、エンペリウムの魔術回路における有用性。世界と神との並立関係。人造の箱庭の可能性と、その欠点等。
 周囲の人間はこぞって彼女を賞賛したけれど、決して彼女はそれを気に留める事は無かった。

 又。そんな彼女を妬み、謗る者も少なくは無かったが、誰もその才を超える者が居ないのも、また事実だった。
 彼女は、口癖の様にとある言葉を言い続けていた。

 私は、私の出来る事を出来るだけやり遂げる。それだけが、私が一生を賭けてでも成し遂げたい事だからな。


 そして──とある、孤児院前にて。

「…こらっ!!」
 ぽかり、と両手に義手を嵌めた、精悍な顔の修道女が、悪戯をして逃げていた子供に追いついて、その頭を小突く。
 八の字に眉毛を歪め、怒ったような顔。

「いたっ!! 何すんだよ!!」
「ダメだろう、そんな事をしては。 君だけが困るんじゃない。他の皆だって困ってしまう。
 もし君がそんな事をされても、嫌じゃないっていえるのか?」
「……」
 しゅん、とした顔で項垂れる子供に、シスターはしゃがみこむとその頭を優しく撫でて笑いかけた。
 普段はこんな事をする子では無い。きっと、嫌な事でもあったんだろう
 そう言えば──友達と喧嘩をしていた筈だった。

「馬鹿。そんな顔をするな。ほら、友達と喧嘩したなら、ごめんなさい、といわないとな?」
「……ごめんなさい」
「私にじゃないよ。大丈夫。喧嘩っていうのは、仕掛けたほうも、された方も後悔するものだから。な?」
「うん!!」
 顔を上げると、こっくりと頷き、元気良くその子供は駆けて行った。
 彼女は、その背中を目を細めながら見送る。

 …立ち上がり、義手で頭の被り物を取った。
 私も随分変わったものだ、と正直に思う。

 ここの生活は、今までのそれとは違って、とても穏やかでゆったりとしている。
 ──とは言え、日々の忙しい雑事を抜かせば、という条件はつくが。

 見上げると──眩い日差しの青い空。綿の様な雲が幾つか流れている。
 にんまり、と微笑むと彼女は、とある人たちの事を思い出し、微笑んでいた。

 なぁ。♂ローグ、私は今、お前達の願った通り、幸せでいられているだろうか?

 …その答えは風の中に。
 ざぁ、と勢い良く拭いた風が、彼女の長い髪を撫でる。
 気を取り直して、修道女のヴェールを被り直す。

 今日は、子供達の世話だけではない。
 二組ほど、古いなじみがやって来る。
 時計塔と、アルケミスト。一人や二人では無いから、随分と手間が掛かるだろう。

 風が、再びざぁと吹く。
 それは、もう大丈夫だと、彼女に遠い便りを送り届けていた。

 ──閉幕



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