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山下一家
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山下一家
元々は「チーム山縣ファミリー」としてスタート。関根龍一、山縣優のユニットであったが、関根が山縣を「勝ったら山縣ファミリーに入ってもらう」と、YOSHIYA vs 関根・山縣のハンディキャップマッチで秒殺。「誰も自分らが勝ったらとは言っていない」と、理不尽な要求で強引にYOSHIYAをチーム入りさせる。
山下とは、YOSHIYAのデビュー当時のリングネーム(本名は団体の規定により非公開)から。非公開の原則でありながら、試合中にマイクで呼ばれたりなど、周知の事実ではある。
一家の名の通り、親子ユニットという形で協力している。
山下とは、YOSHIYAのデビュー当時のリングネーム(本名は団体の規定により非公開)から。非公開の原則でありながら、試合中にマイクで呼ばれたりなど、周知の事実ではある。
一家の名の通り、親子ユニットという形で協力している。
- 2009年7月25日、CLUB-K3000、当時Ωのドンとして関根オリジナル「関根だけ1カウントフォール」ルールにて対戦。試合後に「実母の代わりに教育係やってやる」という山縣の呼び掛けに、関根が「お母さん」と返答しユニット結成。
- 2009年10月18日、CLUB-K SUPER outbreakにて、1vs2のハンディキャップマッチで、YOSHIYAが勝利して強引にメンバー入りさせられる。
- 2009年12月17日、CLUB-K SHINKIBA「山下一家プレゼンツ敗者山下一家入り」6人タッグマッチにて、「負けたらチームハンサム解散」という追加条件も加えられ、JOEが敗れ「おじさん」となる。
- 2010年1月3日、新年会プロレスにて、ついにJOE自ら「山下一家入り」を宣言し、正式にユニット参加。