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<div class="datebody"> <h2 class="date">April 01, 2005</h2> </div> <div class="blogbodytop"></div> <div class="blogbody"> <div class="titlebody"> <h3 class="title">John Calvin Bachelor "The Birth Of The People's Republic Of Antarctica"</h3> </div> <div class="main"><a href= "http://image.blog.livedoor.jp/silvering/imgs/e/1/e1c8a8e1.jpg" target= "_blank"><img class="pict" height="230" alt="南極人民共和国の誕生" hspace="5" src= "http://image.blog.livedoor.jp/silvering/imgs/e/1/e1c8a8e1-s.jpg" width="160" align="left" border= "0"></a>プリングル100冊より。400頁の厚めの本なので早めに片付けよう。新しい太陽と並行して読む。感想&粗筋2005.4.9<br clear="all"></div> <a name="more" id="more"></a> <div class="mainmore">読了。<br> &&これ、何? 全然わかんねえ。作者は何がやりたいの?<br> 前半150ページまではテンポよくコミカルに進む政治冒険SFという感じだったのが、150ページ過ぎから突如、「北欧神話の巫女」である母親と強力なカリスマ性のある異端牧師の祖父の意思で「魔王の手先」に仕立て上げられ、自らの本意によらずついには南極の暴君にまでまつりあげられる(そして失脚する)様を極めて陰鬱でもったいぶって面白みに欠ける冗長な文体・ストーリーでひたすら描いている。結局最後までそのままであった。<br> 感想であるが、何これ? つまらねえ、の一言。<br> 最大の欠点はあまりに長すぎることだ。しかも、150ページ以降のスタイルは、ほぼ一貫して<br> 「物語的な意味を持つ事件、行動、出来事は無味乾燥に簡略に、他人からの伝聞または主人公の回想という形で叙述する」<br> 「叙述のメインは、主人公の内面の葛藤をえんえんとだらだらと記すこと。そして、その過半を主人公が自分を北欧神話の戦士に見立てて、父母や祖父肉親、周囲の意向に翻弄される、あるいはバーサーカーとして悪に染まってしまう自分に悩むことの描写に費やす」<br> という極めてアンチエンターテインメントなものを採用しているからつらい。<br> このスタイルからも、本書の意図がアクションやサスペンスを楽しませることに無いことは明らかだ。シリアスなテーマを追究しようとしているらしい。しかもその視点は文明や政治全体というパブリックなところよりもむしろ語り手自身の内面を北欧神話を媒介として分析するところに明らかに向っている。だが、あまりに細かい心理の動きや思考の内容を垂れ流し放題にしすぎている割には内容が不明確であるので、何がやりたいのかがさっぱり伝わってこない。<br> 何より主人公の人柄が最悪で、徹底的に感情移入を困難にするような酷い人物として造型されているから余計にたちが悪い。生い立ちの不幸には目をつぶるとしても、中盤の展開は本人も認めるように周囲に翻弄され無行動で優柔不断。それがある出来事をきっかけに自分が魔王の使者、バーサーカーではないかという強迫観念を持ったときから次第にアホウドリの姿で現れる母とカリスマ性の強い祖父の意志を継いで南極の王にのし上がっていく、というのも何でそういう人物設定にする必要があったのか理解しづらいところがある。この人物の何を描きたくてそういう設定にしたのか、その必然性がさっぱり伝わってこない。いうまでもなく性格的に一貫性がなくてリアリティも乏しくなる。<br> また北欧神話をあまりにも取り込みすぎていて、しかもそれを何故こういう形で取り込む必要があったのかも理解しがたい。<br> せめて終盤ぐらい、正統的な大衆娯楽冒険小説の手法で南極に主人公が王国を築いていく過程をもう少しとっつきやすくアクションたっぷり波乱万丈に描いてもらっていれば、読後の印象は跳ね上がったと思うのだが、何と、肝心のその部分は、「失脚した後の主人公がざんげの形で後悔たらたら失脚の理由を駆け足で後付け説明する」というとんでもない辛気臭いスタイルになっている。主人公が失脚するという結果が分っていて過程を読みたい読者などいるものか。いきなり時間が三〇年飛んで暗い語りが始まった時点で本当にガッカリして、よっぽど読むのをやめようかと思った。残り50ページでやめるのは悔しいから無理に読み通しただけで。だが、作者の構成の失敗、技量不足ではなく、天邪鬼な確信犯、アンチ大衆小説の実践としか思えないだけに食えない。自信を持って貶せないのがつらい。なんていやな作者だろう。<br> とにかく、こんな辛気臭い内面描写主体の長大な政治寓話を書きとおした作者は、立派だと思うし、きっと私のようなボンクラには理解の及ばない高度なテーマ追究をしていらっしゃることなのであろうとは思う。だが惜しむらくは、分りやすい大衆小説の手法を真っ向から否定する手法で書かれているためにごく一部の天才にしか理解しがたいものになっているため、一般性は皆無に近い(普通の政治冒険小説として進行する冒頭150ページまでを除くと)。いくら高度なことを考えても大半の人に分ってもらえないんじゃあ意味無いじゃん、と私が思うのも無理ないと我ながら思う。<br> ちなみに、新ベンサム主義やリユニオニズムといったもっともらしい政治思想がでてくるものの、いずれも突込みが甘い。<br> 魅力の無い異常に多数の登場人物、表面的には政治アクション小説なのに内容的には人物同士のねちねちした葛藤や怨恨、愛憎、どろどろの心理描写がだらだら続く、起伏に欠けた「は行的」ストーリー、浅墓な社会思想考察、うっとうしい政治抗争、氷の地南極という舞台設定&&<br> こういったものから、非常によく似ているのは、キム・スタンリー・ロビンスンのあのつまらない「火星三部作」だ。<br> 力作ではあるけど、傑作かどうかは微妙、主観的には大嫌い、好きな人もいそうだが好き嫌いは激しく分かれそう&&というのが結論。<br> そして、物語として評価すれば、かなり酷いレベル。明らかに面白くない。ねちねちした人物の葛藤を読むのが好きでない限り、はまれないだろう。<br> テーマ性 ★★★★<br> 奇想性  ★<br> 物語性  ★<br> 一般性  ★<br> 平均   1.75<br> 文体   ★★<br> 意外な結末★<br> 感情移入力─<br> 主観評価 ★(13/50点)<br> <br> 南極人民共和国の誕生 ジョン・ケルヴィン・バチェラー<br> <br> 母と父に<br> 第一章 炎の王国<br> 私の母<br> 私はグリム・フィドル。1973年春分の夕べ遅く、母のランバは初めて私を魔法の手鏡で覗いた。スウェーデンの首都ストックホルム外人地区のビアホールで母は踊っていた。オルゴールと電話ブースの列の間で。母方の祖父はルター派の牧師だったが、母はドラッグの影響を受けていたわけではなかった。ただ、ランバの幻視が近づいていたという以上の説明はできない。母はノルウェー人の巫女だった。<br> その直後に、私の懐妊。正確な経緯には、やや混乱がある。私の父、アメリカ人徴兵忌避者のペレグリン・アイドは、端っこの電話ブースの中にふてくされた様子で座っていた。アメリカに電話をかけて話していた。私の育ての父の一人、やはり兵役忌避者のイスラエル・エルファースが近くに立って、海賊王というピンボール・ゲームをしていた。イスラエルによると私の父はへべれけに酔って泣いていたらしい。ペレグリンはランバがのしかかってくるまで、その存在に気付いてすらいなかったようだ。ランバが何を求めているかは、美しい髪と長い脚を持ち、表情に不幸な陰影をたたえた一七歳の美女であるということと同じくらい明白なことだった。それに、ランバは強力な香りをも漂わせていたらしい。その動きは乱暴で、とりつかれたようだった。ランバは、自らをペレグリンに強いた。二人の抱擁は自然だった。二人は明らかに通じ合った。そしてランバはすぐに去り、正真正銘あの血をペレグリンに残した。あとでペレグリンは、ランバが処女だったのだろうかと思い、この肉欲の罪へのとりとめない悲しみを倍増させた。<br> 最初はその現場に気付かなかった、とイスラエルは言った。気付いた彼は、もう一人の育ての父、アイビーリーグの伝説的ホッケー選手、アール・リトルジョンをブースにやり、私の種が宿る生物学的瞬間をアールの巨体の背後に隠して、プライバシーを守った。その場面を更に隠すため、イスラエルはもう一人の育ての父、やはり伝説的ホッケー選手のガイ・ラビリンスに元気よくアメリカ国歌を熱唱させた。結局、知人のフォーク歌手ティモシーも口をハープのように鳴らして加わった。<br> ***<br> ことが終わったランバは「スカラグリム・ストライダ!」と叫んだ。ペレグリンはイスラエルに「気持ち悪い」といった。<br> その年一二月、ストックホルムの祖父モード・フィドル尊師宅で僕は生まれた。祖父のチェス友人アンダース・ホースヘッドと助産婦のアストラ(兼巫女仲間)が立ち会った。祖父は妻ゾーに去られ、娘の妊娠という醜聞に頭を痛めて二階にひきこもっていたので、僕の誕生には立ち会えなかった。僕の産声に祖父はルター派らしく聖書を振りまわし最後の審判の叫びをあげた。「息子よ、神をおそれ魂を豊かにせよ、だが人間とはかかわるな、やつらは前ぶれなく災厄をもたらす!」<br> モード・フィドルはスウェーデンのルター派教会の有力者であり、全国津津浦浦まで説教して回り、「死の天使」号という布教用の船まで持っていた。だが、妻ゾーに去られた傷心に追い討ちをかける長女の不始末にすっかり頭を抱え込んだ。父親が誰かも分からないらしい。黒人? ユダヤ人? アメリカ人? 悪いほうへ悪いほうへと考える。もしやつらが北欧を支配するようなことがあれば、ストックホルムも聖書で焼き尽くされた邪悪な都市のように災厄に見まわれるのだと信じていた。彼は異人種を憎んではいなかったが恐れていた。ルター派の教えに対する冒涜を徹底的に排する説教をした。そんな信仰に厚い狭量な熱狂家の祖父ではあったが、僕は愛していた。<br> アンダース氏が僕を普通の赤ちゃんだといい、母方の叔父にあたる一二才のレイダーは、自分を生んだのが原因で母が亡くなったことを忘れられなかったので、ランバが出産後も健康であることを祝福した。<br> 母は回復に2週間を要した。祖父は僕のことをどうにかすべきだと主張し、母に詰め寄った。母は魔女の手鏡で応戦した。祖父は母をレイダーに見張らせ、教会に行き、ルター派の相談相手であるソーブランドに電話相談したが、戻ってみると母は僕をつれて外人居住区に家出していた。<br> クリスマスで雪が降っていた。母はアストラに頼んで部屋を借りた。そしてミッキーマウスクラブに行き、父の消息を探した。<br> 父はといえば、ホッケー選手二人と共に兵役忌避のためスウェーデンに来て1年目でようやくホッケースタジアムのスナック売りの仕事を許可されていた。時給1ドルだが初めての仕事だった。ホッケー選手は地元チームに所属したものの、ここで行われるのは、グーンと呼ばれる似て非なるゲームだった。彼らは酒場へ夜遅く来ると、ニクソン&キッシンジャーの悪口を言った。またモリー・ロジャースという女にイスラエルの恋文をしたためたりした。そこへフォーク歌手が来て、あの女が赤ん坊をつれて探していたぞという。彼らは恐る恐る、電話ブースのほうへ行く。中に赤ちゃんがいて、「僕はグリム・フィデル」という名札。母は父らが僕を見つけるのを確認して、その場を去った。<br> <br> 僕の父<br> 僕は父とその友人たちに育てられた。イスラエルの恋人モリイ・ロジャースが母親代わりを務めたりした。彼らはベトナム戦争中のアメリカ人MPとベトナム人警官の死亡事件、航空機内の盗難事件などとの関連性を疑われていた。彼らはモリイの友人の詩人オリ・フルジョトソンに紹介されてソード・ホ-ズヘッドというブローカーと知りあった。ペレグリンとイスラエルはレッツゴーバイキングという夏季ボーイスカウトに投資した。かれらはベックスバガーというストックホルム近郊の町の古ビルを買いとってボーイスカウトに提供した。様々な小道具やボートなどをソードから買った。冬の間僕は父らのかけるレコードや朗読する本などの雑多な刺激の中で育った。ノルウェー語の勉強中に母の叫んだskallagrim striderの意味も知った。やがてボーイスカウトは終わった。サドラ-とアールは喧嘩で故障し、休養の日々に入った。アールは僕をホッケー選手として鍛えようとしたが、思うようにいかずいらだった。<br> 父についてもっと話そう。父は職業軍人レスリー・アイドとアイルランドのプロテスタント、ジェーン・ペレグリンの間の長男だった。ジェーンは女性向け恋愛小説を書いていた。父は軍の学校(クロッシング校、略称クロス)に入れられた。校長はレスリーの軍の元同僚フリッツ「くびなし」フィッツゴアだった。父はやがてイスラエルとともに、エール大学に入った。イスラエルは卒業したが父は卒業しなかった。父はチャリティ・ベンサムという女性に失恋してから、女性とつきあわなくなった。兵役拒否のためスウェーデンに来てからも、行きずりのセックスはあっても、長期間つきあう女性はいなかった。<br> もう40年も昔のことだ。そして、僕の生活に、その父を傷心の日々に追いこんだ女性、チャリティ・ベンサムが入りこんできたのだ。<br> <br> ノーベル賞パーティ<br> 僕は父らと王宮のノーベル賞授賞パーティのアルバイトに行った。僕とイスラエルは父とはなれて働いていた。<br> このとき僕はイスラエルからチャリティ・ベンサムのことを聞いた。彼によると大学時代父とチャリティは熱烈な恋仲にあったが、父らが2年間の兵役拒否で逮捕されそうになり、スウェーデンに逃げるときに別れた。父は実家から勘当され毎日チャリティに電話をかけていた。チャリティは大学院に行き、その後来るように取り計らおうとしていたが、僕が生まれたせいでだめになったようだ。だがイスラエルは、そのお陰でおれたちの生活は変わったんだから、気にすることはないさ、と言った。<br> チャリティはセサル・フロールという男と結婚していた。著名な金持ちの建築家。チャリティ自身は経済科学で学位をとり、シカゴ大学教授となり、ノーベル賞候補として主賓扱いで招待を受け、実際に受賞したのであった。彼女はシカゴ生まれ、母ドロシアは聖歌歌手。父インクリースは長老派牧師。姉妹のコンスタンス、シャスティティ、ホープは弁護士や実業家になり結婚。チャリティ自身も著書多数で「すばらしい新ベンサム主義」と「世界市場の快楽と苦痛の原理」「最大の財」が有名だ。テレビの司会キャスターも務める。大統領の食事会にも招かれる。夫はメキシコのクレオパトリウムをはじめ未来的な住宅地開発で著名、前上院議員の兄弟をもつ。娘クレオパトラ。<br> チャリティは44歳になる。<br> 僕は会場を歩きまわり、父がチャリティと話しているのを目撃する。<br> ***<br> そのことを告げるとイスラエルはいい顔をしなかった。<br> やがて会場にガイ、モリイ、恋人のオリ、その弟ギザーが来た。<br> アールが2匹の犬、ゴールドバーグとアイスバーグを僕に渡した。<br> 国王夫妻が現れ、チャリティ夫妻とその一家が紹介された。<br> すると僕の父がチャリティの夫をつきとばし、チャリティの前へ行って叫んだ。「君はおれの妻だ。おれはずっと待っていた。君がやってきて愛しているといってくれることを」チャリティの夫が止めようとするが父は再び突き倒しチャリティを抱きしめた。チャリティも泣きながら抱き返した。<br> 護衛が止めに入り二人を引き離した。父は抵抗し、僕の2匹の犬も父を助けた。チャリティは父を傷つけないでと叫んだ。<br> だが、僕らは降参した。<br> <br> 父の罪<br> 僕らは三つ下の階に手錠をかけられて連行された。僕と父の前にチャリティ夫妻がつれてこられた。守衛はスカルダーと名乗った。セサルは、父との大学時代の話を持ち出し、今や僕たちも年をとった、許してくれ、という。父はお前の嘘など聞きたくないという。父とセサルの間で口論が続いた。<br> 僕は途中で放免された。オリが僕らを家まで送ってくれた。<br> 翌日、父があの後セサルを絞殺したことを知った。父は守衛やセサルに殴る蹴るの暴行を受け、背中を銃で撃たれながらもセサルのくびを離さなかった。マスメディアをにぎわす一大スキャンダルとして報道され、父は終身刑の実刑判決を受けた。<br> 後で知ったことだが、父とチャリティは実は、別れ際に結婚し、入籍していた。それをチャリティの父親が無効にし、セサルは、父が私生児を生ませたとの連絡に落ちこんでいるチャリティに無効証書を見せて、結婚を迫った。そして結婚すると、弁護士を雇って父を妻の遺棄で訴え、万全を期した。<br> こういったことを法に則って行ったことをセサルは父に訴え、説得した。父は言った、「おれには未来がないんだ」<br> セサルは言った、「そのことならうまくいくよ。僕の弟は上院に顔がきくんだ」<br> この一言が引き金になって、父はセサルに襲いかかったのだった。<br> <br> すばらしい新ベンサム主義<br> チャリティは功利主義の創始者ジェレミー・ベンサムの子孫で、その徹底した功利主義によって「すばらしい新ベンサム主義」を提唱した功績により、ノーベル賞を受賞した。功利主義によれば、父を捨てセサルとの結婚を選んだチャリティの行為は、苦痛よりも快楽の合計が1上回っていることから合理化されると思われた。義務論的倫理主義者及び感傷主義者の批判もかわすことができた。だがチャリティのすごさはそれを越える「すばらしい新ベンサム主義」の創設にあった。これは、国家を「怪物」として擬人化する意味が国家を国際政治における功利主義者とみなしその国際行動の倫理性・功利性を判定できるようにする点にあると主張し、米国のベトナム戦争政策の功利主義的倫理性を正当化するものであった。更に、国家に「一般的善意」という利他的性質を仮定し、国家はまず自国民の最大多数の最大幸福をおもんぱかった上、次に他国に対する功利を考えるものであると指摘するものだった。これを「慈善(チャリティ)要素」と呼んだ。この観点からも米国の終戦に至る周辺国との協調行動が正当化される一方、伝統的国際協力関係(自由世界、共産圏、アラブ、第三世界など)は慈善要素を加味した功利主義の観点から不合理であると批判された。<br> だがここまで読んでも僕にはその理論の価値も分からなければ、働く量が同じでも富を手にいれる人とそうでない人の階級がはっきり分かれる理由も依然として分からなかった。慈善要素とはなんたる傲慢か。なんたる冷血か。弱者を殺戮し搾取して自分の腹を満たした後、自分の妻に残りものを自由に食っていいぞというのと何ら変わりはない。<br> さて、以上僕が考えたことを語ってきたが、あまり重要じゃない。僕が考えたことにしたがって、実際に何をしたか、それこそが書くに値するテーマである。<br> <br> (頑固な漁師)のモード<br> ヴェクスベガーに移って三年がたつと、ストックホルムの政情は悪化した。平等主義的風潮は一掃され、頑固な国粋主義が復活した。そして王政派連合が結成され、一世を風靡した。彼らは少数派のリベラリスト集団であるデカルト連合を脅かした。追い詰められたデカルト連合は集会を開き王政打倒を叫んだが、王政派の陰謀で暴動に巻きこまれ鎮圧された。彼らのメンバーに60年代の米国過激派がいるという噂が広まると、国内の米国人コミュニティへの風当たりが強まった。この反米キャンペーンに利用されたのが僕の父の事件だった。彼は格好のスケープゴートとして利用された。かくして王政派は自ら王宮を倒し権力を握るに至るのだが、その中で頭角を現した天成のデマゴーグが僕の祖父モードだった。ある日桟橋で彼の演説をきいたイスラエルがその様子を僕に語ってくれた。この時点では僕に祖父の情報はほとんどなかったから、自分の祖父とは露知らず、全くの他人事として僕はきいた。<br> 僕と祖父をつなぐ唯一の鍵である母がそこで再び僕の生活に姿を現すのである。それは母にとってラッキーだったとは言えない。<br> <br> 時間泥棒のランバ<br> 僕はいろんな女とつき合ったが、その中にアンという女性がいて、僕は「スライアイズ」と呼んでいた。僕は彼女にいろいろな物語をきかせたが、ひょんなことで喧嘩をしてしまった。僕は仲直りのために計画を練って、2匹の犬をつれて彼女の家のパーティに行った。そこにアンは僕の母を巫女として呼んでいたのだ。母は様々な質問に答え、最近の事件の犯人がイスタンブールを意味する「偉大な都市」によるものだなどと答えていた。僕の母の舞いを見て犬たちが吠えだし、大騒動になった。僕は取り押さえられた。巫女は僕の顔を知っていて、後で母だと分かった。母は僕の未来が見えるといい、「スカラグリム・ストライダー」の話をしろと言った。<br> 僕は話した。スカラグリムはアイルランド出身の頭領で、妻の浮気に嫉妬して妻の家族を皆殺しにし、アイスランド、グリーンランドと逃げた挙句、アメリカを経由して「南の国」の王となった伝説上の人物である。<br> 母は僕こそが彼の正当な後継者である、彼と自分に従い南の国の王になれ、と主張した。<br> そして母は踊り去った。<br> その後僕はスライアイズの体のぬくもりに逃げ場を求めたが、けっきょく自分の未来はそこではなく、北の星座を越えた寒い国の人々をすべることにあると悟った。<br> <br> 炎<br> 僕らはイスラエルの手紙による指示で船を整備する。やがて、チャリティの娘クレオパトラや兄弟たちがやってきて、船を出すように言った。町には火が放たれ、住民は暴徒と化していた。僕らはブラッククレーン号で逃げた。そしてストックホルムに移動。国王は終末論派に屈服したらしい。<br> ストックホルムで僕らはソードやアールらに迎えられる。チャリティや、レイダー・フィデル、イスラエル、祖父モードまでいた。モードは、孫の僕に己の非を悔い、僕を取り戻せるならと僕の父を助けることを約束した。彼はエバンゲリオン派の大物で力があるというのだ。父の処刑は今夜中に執行されるらしい。<br> チャリティは父に夫を殺された後、父を助けたいと接触を求めていたらしい。最初ガイらに断られていたが、米国での地位も名誉も捨ててついにはスウェーデンに子供たちとやってきた。ガイらも根負けし受けいれた。以後はむしろチャンリティが中心になって父を助ける計画を進めてきた。<br> 祖父は死の天使号を持っていた。<br> 僕らは刑務所に船で行き、祖父やチャリティらがひと芝居うち、刑務官をけむにまいて、父を含む一部の囚人を船に乗せて逃げ出した。<br> その後スウェーデンがどうなったかはよくわからない。<br> <br> 第二章 呪われた者たちの艦隊<br> 希望を捨てて<br> 拷問がペレグリンを変えてしまっていた。しかも、片目を失い、やつれはて、背中の曲がった姿で帰って来たかれは、その肉体的な変貌が示す以上に変わり果てていた。怒りの感情を切り捨てていた。穏やかだった。いや、ただそれだけではない。海に、食べ物に、われわれの話すすべての言葉に感動した。気楽に振舞うことはなく──五年間もの投獄にうちのめされた男なら無理もない──自分の普通さを強調した。僕に話しかけるときもことさらに新しい自分を強調していた。例えばこんな風に。「お前以上に忠実な息子を持つ親はいない」僕は答えを準備しておらず、たいていは微笑むだけだが、父はそれで安心する、まるで僕がかれを招いた領主で、かれが旅路の客であるみたいに。ここにずっといられないとでも感じていたのか? 生きて(死の天使)号に乗り続けることが望外の果報であるかのようだった。<br> すっかり謙虚な善人となった父。僕らのほうも変わっていた。チャリティもあの強気さが後退し、父が消えれば自分も消えかねないというような雰囲気だった。<br> クレオパトラは僕のことを父の敵の子という目と愛情のないまぜになった気持ちで見ており、僕も同様だった。<br> ***<br> 祖父は航海が進むにつれ、われわれの精神的支柱となり、ノアの方舟伝説などを語った。<br> バルト海から北海を抜けド-ヴァ-海峡の付近でイギリスのパトロール船に呼びとめられチェックを受けた。コレラが流行しているので入港チェックが厳しいらしい。<br> われわれはそのまま大西洋に出て、南下した。フィニステル岬付近で、周辺に多数の死体が浮かんでいた。大半が子供だった。一人を引き揚げてラザルスがきくと、こう答えた。「やつらは金を欲しがった! 俺たちは持っていなかった! 子供しかいなかった! 水が欲しかった! やつらは金のために俺たちを殺した!」<br> 「どこから来た?」<br> 「呪われた者の艦隊からだ」<br> 「ありえない。まだそんなことは」とイスラエル。<br> 「どこへ向かっていた?」<br> 「水だ! 水をくれなかったんだ! 金を欲しがった! 子供たちをアメリカに! おれはいとこがいるんだ!」<br> そして男は死んだ。<br> 祖父は西へ進路をとりアメリカへ向かうことを提案したが、結局そのまま南下した。<br> ゴーグルアイとヘルヴァ-ドが熱を出して倒れた。僕らは水を蒸留して使った。以後発病者は出なかった。<br> やがて僕らはポート・プライアに停泊した。だが、そこは「危険隔離地域」と立て札がされ、死体が転がっていた。ポルトガル語で「絶望へようこそ」と落書きがしてあった。英語で言えば「希望を捨てよ」ということだ。<br> 僕らは汚染されていない水を探し汲んだ。それから生存者に質問した。かれはこう答えた。「やつらは叫びながらやってきた。蟻みたいにうじゃうじゃ。俺たちは叩きのめした。それから病気。やつらは俺たちの食料をとり上げた。そしてまたやってきた。何もかもとり上げた。糞! やつらは俺たちの食料を食べられなかった。それを食べて死んだ。食料を食えない人間って何者だ? 息子が言ったよ、悪魔だって。牧師もそう言った。地獄はもう満員だ。魔王はやつらを地球に戻したんだ。はるか昔から牧師は言っている、最悪の罪人、ポンティアス海賊、ユダのことを。やつらは小さい。飢えていた。地獄から来て。だから俺たちの食料を食えなかったんだ。牧師は言った。俺たちはほうっておいてくれと頼んだ。やつらは死んだ。燃えた! 魔王だった。神の母よ、俺たちの教会は厩のように燃えた。糞だけが燃えなかった。なんという糞だ? それは動くんだ!」<br> 僕は、この町もまた、「呪われた者の艦隊」と称する連中に滅ぼされたことを悟った。<br> 僕らはこの男から逃げ出し船に戻った。<br> ゴーグルアイが死んでいた。<br> 乗員は皆怯えきっていた。父も、チャリティも。イスラエルとモリイも。<br> 祖父がゴーグルアイを海に葬った。<br> <br> 神の無料の贈り物<br> 僕らは嵐にあった。1995年が終わり96年になった。ヘルヴァードが死んだ。ワイルド・ドラムラルが「海が燃えている!」と叫んだ。確かに海上が燃えているように見えたが遠くて確認できないうちに見えなくなった。なんだか分からないがその「炎の嵐」の方向へは戻れないので、話しあいの結果、貿易風にのって西方に行く前に、アセンション島で必要な修理を行うことになった。ところが、船は強い風で南に流された。僕が方位計算を誤ったらしかった。ワイルド・ドラムラルが、左に港が見える、叫び声が聞こえる、船が見えるといった。見ると、岩の集まりの沖合に一隻の船が見えた。われわれは船を近づけていった。<br> ***<br> 彼らは伝道師と名乗った。船の名は「神の無料の贈り物」号。ルアンダから来たらしい。後方にある島は確かにアセンション島だった。<br> ファロル家の兄弟が二人の伝道師を連れて来た。ホスピタル神父とノヴォ・ペドロ神父だった。彼らは祖父にみそぎをしないかといい、祖父は怒って断った。僕が祖父はルター派の教会の幹部であることを告げると彼らは笑っていた。彼らは、クレオパトラにいつ告白をしたかときき、クレオパトラは5年と1月前と答えた。それで、彼女がカトリック信徒であったことと、父の死の前が最後の告白であったことが分かった。<br> 僕らがブラッククレーン号に戻る前に、ラザルスが僕のところへ来ていった。「妙な匂いがすると思って調べてみたんだ。下のほうに難民がいるよ。この船は公開墓場だ」かれによると、この船のリーダーである聖スティーヴン神父の尋問からイスラエルとガイが真っ青で帰ってくるのに会ったので、きいたところ、<br> 「あいつらは狂ってるよ」<br> 「何百人の難民がいて、食料などの物資も積んでいる、でも難民に配給はせず腐るに任せているんだ。その上であの神父どもは祈っている。キチガイだよ!」と答えたらしい。<br> 「かれらはキリストの仕事を代行しているといってるよ」と僕は言った。<br> そこで祖父がオットーに言った。「ブラッククレーンの安全を確保しろ。デッキから神父を追いだせ。仲間にいっさい近づけるな。下に行って使える物資に印を付けろ。ホイストをチェックしろ」それから、マストの上半分を斧でいただくといった。<br> イスラエルは反対したが、祖父は、イスラエルをユダヤ人と罵り、動じなかった。わしはやつらなど怖くないぞと。そして、聖スティーブンと話すため奥に入っていった。<br> イスラエルは僕とラザルスを舷門に呼び、祖父がこんな乱暴な人物とは思わなかった、かれを仲間に引き入れたのは間違いだったと語った。僕は彼のことを父のように優しくユーモアのある人物として慕っていたが、その奥に隠れたユダヤ人としての葛藤を今初めて感じていた。かれは、殺人的手段に訴えてでも、祖父の横暴をいさめたいと決心を固めていた。だから僕もかれにしたがって、祖父が聖スティーブンと話している場所へ向かった。<br> 中では祖父と聖スティーブンが話して笑っていた。僕らが入ると、聖スティーブンは僕に、イエスが魔王に試されたエピソードを話した。イエスが魔王に三度誘惑されながらも屈しなかったというものだ。<br> そしてかれの論理はとんでもない方向に進んだ。「今やイエスはいなくなり、腐敗した王国は、食料や権力や安全と引き換えに魔王の手に落ちろと誘惑されている。魔王から逃げるすべはない。なぜこうなったのか? それは、イエスがその子を見捨てたのではない。人は食料や権力や安全で生きていくことはできても、それで満足することはできないという真実を教えるためだ。それを拒否してこそ天国に行けるのだ。キリストの意志に従うならば、彼らに食料も秩序も安全保障も与えてはならないのだ。これこそ神への道だ。この罪深き世界を滅ぼすことこそが!」<br> 「それが神の無料の贈り物ってか」ラザルスが言った。<br> 「キチガイだ。完全に狂ってるよ」とイスラエルが言った。<br> 祖父は「いや、狂ってはいない。ただ間違っているだけだ。われわれの敵は彼ではない。魔王なのだ」と言った。<br> ラザルスが聖スティーブンに飛びかかり、ナイフで喉を切って殺害した。<br> 「神よ彼らを許したまえ」と祖父が言った。そして、マストを降ろすよう指示した。<br> <br> 地球の終わり<br> その後祖父がまた権力を握った。かれは僕に、最後まで僕がかれに着いていくならば、僕の家族をメキシコで解放しようと言った。僕は同意も拒否もしなかった。船のメンバーはみな祖父を恐れていた。<br> 祖父はマゼラン海峡を目指すことを宣言した。僕らは途中、船団に砲撃されたりもしたが何とかくぐりぬけた。<br> 僕らはみな精神や肉体が疲労し、休息が必要な状態だった。僕らはフォークランド諸島近くのミーズキスに停泊した。<br> 島の北岸に他の難民が2グループいたが、僕らは追い払った。そこで僕らはリハビリし、船を修理した。<br> そこで僕らは委員会を開き、東フォークランドを偵察しようと決定した。祖父はすぐに出発しようと提案し反対した。われわれは別々になるべきではないと主張した。だが結論としては偵察隊を出すことになった。<br> そのことで僕はクレオパトラと話した。彼女は僕と祖父が決意を何の迷いもなく行動に移す点で似ていて、理解に苦しむといった。僕はといえば彼女の知性に憧れていた。<br> 今にして思えば僕らの見こみは甘かったというべきだ。安易に楽観しすぎていた。祖父のほうが厳しい状況をよく見ていたといえる。<br> ***<br> 僕はオッター、ラザルス、オーランド、アイスバーグらとともにブラッククレーン号で偵察に出発した。もしトラブルでミーズキスに戻れないときは南方の海上で落ちあうことになった。<br> 僕らは島を回りこんでポートスタンレーに近づいた。そしてやけに灯りが多いことに気付いた。深夜ごろに、南西から地鳴りのような音が聞こえた。僕たちは沖合からくる船団に追い詰められた。だが近づいてくるとそいつらは脇を通りすぎていった。やがて東で爆発音が聞こえた。<br> 僕らは東フォークランド島に入り江の村を見つけ停泊した。浜に上がると家々から人がでてきて、僕らは人込みに飲まれて広場まで行った。鐘が鳴り終わると兵士の集団が現れた。士官が演説を始めた。彼らはアリゼンチンのパタゴニアの軍で、「地球の果ての軍隊」という名だった。彼らがこの村を占領したらしい。そして処刑が始まった。黒衣の老婆が連れてこられた。そこへ、黒髭の男がシャベルを持ってやってきた。この男が執行人と墓掘りをかねると思いきや、突然演説を始め、この土地は俺たちの土地だと民衆を先導し、司令官を殴り倒した。そして暴動。軍は銃撃を始めた。僕とラザルスは逃げ出し、船から離れていった。<br> そこへ先ほどのシャベルの男が現れた。ジャーマニカス・フレイザーという名だった。けが人がいるので助けてほしいといわれた。入江のブラッククレーン号はなくなっており、沖合に数隻のロングボートが見えた。僕らは半ば無理やりこの船に乗せられ手伝わされるハメになった。12月2日の戦いの生き残りらしい。僕らは漕ぎまくってばらばらな方向に逃げ、ある入江に船を止めゲリラの攻撃をよけながら丘の上に逃げて眠った。<br> 目覚めてロングファーロウという宣教師の男と話し、また眠って、ジャーマニカスに起こされた。もう解放するという。かれは司令官の下に戻るらしい。ボートはもう使えないというので僕らは歩いて帰ることにした。南方のサウンド湾はアルゼンチン軍(パティ)に取り囲まれているので東に行ったほうがいいといわれた。また何かあったときはボランティアの連中にエレファント・フレイザーの息子であるジャーマニカスを助けたといえばいい、と。<br> だが翌朝僕らは召集をかけられ、病院の荷物を積みだしてポートスタンレーに運ぶことになった。<br> 僕らは牛馬のようにこき使われ、東へ進んだ。途中、ビースティに襲われた。残党が再び東に向かった。<br> ポートスタンリーは煙をふく要塞だった。ロイヤリストが管理していたが、周囲にはビースティのキャンプが集まっていた。<br> 僕はロイヤリストの本部に行き、エレファント・フレイザーに会った。かれに助けを求めたが、とにかく作業が終わるまでボランティアとして働くように言われた。火災現場の作業だった。<br> 僕らは現場からクリスマス・ムアという男を助けた。かれは軍隊と共にコレラがやってきたと語った。かれの口から「魔王の椅子」という言葉をきいた。それは氷の山を溶かして噴出した火山の名だった。<br> その後の2週間、敵襲に苦しみながらさまざまな作業をした。ようやく終わって解放された。浜にでてみるとブラッククレーン号が見えた。そこへ走っていくとオーランド、ラザルスが現れた。リトル・デッデ・ゴーンは熱病で死んだらしい。船はもうフレイザーのものだという。僕は走りだすがジャーマニカスが現れ止めた。僕らは言い争い、ジャーマニクスに「僕は神なんか信じない! 神を憎む!」と叫んだのを覚えている。<br> その後あったことをグリム・フィデルは覚えていない。後できいたところでは、ボートの出発準備が整ったとき、僕は逃げ出した。ジャーマニカスらは追ったが、間にビースティの邪魔が入ったりしてなかなかつかまらなかった。僕は死体をナイフで切ったり、食ったりしていたらしい。彼らは僕をピストルでうち、棒で殴って止めた。僕は敵に痕跡を残さないように船に乗せられたが、死んだと思っていたら、息を吹き返した。<br> これは全部後で聞いたことだが、僕は今知った。グリム・フィデルは、狂戦士バーサーカーだったということを。<br> <br> 第三章 氷の王国<br> 羊飼い、その呼び声、僕の声<br> 愛の神とは聞こえのいい言葉だ。ポート・スタンレーでこれを否定したときの僕は、理性的でなかった。愛の神とは理性的テーマなのだ。僕は今ここで、「嫌悪の神」を罵りながらも誇った、グリム・フィドルに答えないではいられない。異教徒グリム・フィデルが溢れ出して、クリスチャンのグリム・フィデルを溺れさせ、疑惑と殺しの恥辱を隠蔽するため嘘をつかざるを得なくなった。僕は今、彼が──すなわち僕が──言った言葉に恥辱を感じ、暗闇が僕の口の中に存在したこと、僕が間違っていた、間違っていたことを理解していることを示さなければならない。<br> 愛の神はキリスト教の神だ。イエスの父だった。フィドルの聖書によると、イエスの語るこの神は、弱き人々を天国に導いたはずだ。<br> 僕は自分が吐いたという異端の言葉に考え込んだ。自分の半生を振り返り、イエスとの違いを確認し、自分は異端たるべく生まれつき、偽の神に使えて殺しの使者となる運命なのかと嘆いた。<br> ***<br> 僕らはロングファーローらについて(南アフリカの)南ジョージアに行き、そこで過ごしていた。ロングファーローは英国出身の聖職者だった。娘アビゲイルはサムソンと結婚し、2子をもうけたが、サムソンはフォークランドで戦死していた。彼は僕を聖書にでてくるデヴィッドの再来に仕立てあげようとしていたが、僕は共通点がほとんどないと難色を示しつづけた。<br> 僕は南ジョージアで6年間過ごした。<br> ***<br> 自分の宗教的位置付けという哲学的問題に最終結論がでたのは南ジョージアに来て三年目、アビゲイルと恋仲になった頃だった。ロングファーローが自分の狂信のために母を死なせ、息子(夫)も死なせたと訴えるアビゲイルとの会話から僕はモーゼの話など様々なキリスト教の逸話に考察を加え(内容は興味がないので省略)、僕の悩みは結局今までの自分の失敗に言い訳を与えるための理屈を考えているに過ぎないし、祖父にしろロングファーローにしろ僕を宗教的統治の道具にしようとしているに過ぎないと悟った。<br> ***<br> 更にグリム・フィドルは、魔女の息子、母ランバが氷使いのスカラグリムと呼んだノルウェー人でもあった。ロングファーローはその話もアビゲイルから聞き知っていた。彼は僕をますます新しいリーダーにふさわしいといった。<br> 1999年12月アビゲイルが僕の息子を生んだ。サムとなづけた。僕らは洗礼を受けた。みんなが歓迎パーティーを開いた。<br> ***<br> この洗礼を境に僕はふたたび不幸に踏み込んだような気がする。<br> フレイザーはキングジェームズ号で再びフォークランドの偵察に行ったが、現地のビースティ(素浪人、流民)たちがパティから西フォークランドを委譲されたらしい。ジャーマニカスがオッターとワイルド・ドラムラルらを連れて西フォークランドに上陸調査の結果、確かに一部がビースティの手に委ねられていたが、ビースティの間に奇妙な疫病が大量発生し、遺体が転がっている状況であった。<br> ***<br> だが南ジョージアの危機は内部からやってきた。ポートスタンリーの戦いで労働力として徴用された現地ビースティがきていた。彼らはフォークランドでも南ジョージアでも待遇が悪く、コミュニティ内部で結婚することから結束も固く、不満が広がっていた。教師となったラザルスは彼らの立場を代弁し、ロングファロウ、ボランティア、エレファント・フレイザーを偽善的な支配層として非難した。彼はゴーントタウンの集会で演説をぶった。フレイザーは事態を重く見て、新元首のラフ・ゴーント三世(トリップ・ゴーント)にラザルスをいさめるよう頼んだ。ゴーント家の未亡人ヴィオランテとラザルスが結婚していたからだ。かれはラザルスが好きではなかったが、前前からフレイザーの地位を狙っていたので、ここを先途と逆らった。かくしてフレイザー家とゴーント家は対立した。フォークランドを追い出された難民はビースティに対決すべく立ちあがった。ラザルスは権力批判の演説を繰り返した。彼らは支配への服従という疫病を垂れ流していると。かくして、ゴーントの少年とビースティの子供たちの刃傷沙汰が勃発した。ファーガス・モッグはラザルスを痛烈に非難し、ラザルスの恩師の一人ジェーン・ゴーントは暴漢に襲われた。これを見て逆上したジャーマニカスはフレイザー家とゴーント家を両方とも非難したが、これが裏目に出て、かえって南ジョージアの内部分裂を助長したと非難された。ボランティアの指導層であるザ・ホスピダーと、フォークランド難民の指導者サイモン・ブラックンベリーが手を握って勢力を増した。僕が27歳のとき唯一の学校が放火で焼けた。<br> ラザルスは議会の大統領選挙をすべきだと提唱していた。実施されればおそらくラザルスが当選し、女たちの地位も代弁してくれる。女たちにだけ意見の代弁者がいないのだ。このため、女たちは賛成したが、ラザルスの大衆的人気に嫉妬しているジャーマニクスはいい顔をしていなかった。<br> 誰を大統領にすべきかと話しあっているうちに、アビゲイルという話になり、そして僕に白羽の矢が立った。<br> 結局、僕は大統領候補に祭りあげられ、過半数はとれなかったものの最大多数で大統領に当選した。<br> アビゲイルは、これで前夫サムと同じように僕も国民全員のものになった、といい、僕に別れを告げに来た。僕は、そんなことはないと言い張った。<br> しかし、秋が近づくにつれ、僕のそんな誓いも、自然の災厄によってぶち壊しになるのだった。<br> <br> 脱出(エクソダス)<br> 津波と氷の群が押し寄せた。海底火山の(魔王の椅子)が噴火したらしい。<br> 僕はジャーマニカスやラザルスと長々と、読者がうんざりするほど長く政治や神学を語った。読者は、僕らが話したことがあまりにつまらないのでまるごと省略した。僕は退屈した読者が224ページ6行目から先に進もうとすると睡魔に襲われるのを見た。読者は、225ページ6行目で目覚めた。<br> ***<br> ラザルスが聖スティーヴン神父殺害を後悔していることは前に述べた。はっきり僕に言ったのは一回だけだが、何度も抽象的で曖昧な言いまわしで言及していた。長い会話だった。ラザルスのしたことを目撃した唯一の生存者と考えられる男である僕への告白であったと、今は分かる。ラザルスは自分の血のつながった父親が誰か知らず、ただ西インド諸島のどこかの島人で、既にもう亡くなっているであろうことしか分からない、といった。母親はキューバの修道院の学生か召使いだと分かっていた。もう亡くなっているか、逃げたか、尼になっているだろう。幼いころラザルスはキューバの孤児院に入れられ、どうやってか知らないがアメリカのフロリダ州にある別の孤児院に移された。ローマ・カトリック教会の計らいで、四歳のとき同じ孤児院の黒人オーランドやベイブとともにファロール家に引き取られた。ラザルスはシカゴの私立学校に缶詰にされ、ドミニカの牧師たちにしごかれた。ラザルスとその新しい兄弟以外は全員が白人だった。そこでローマ・カトリック教会すなわちラザルス言うところの「聖なる鎖」を嫌悪するようになった、と語った。ただ、この発言はこのとき限りだった。ラザルスのユーモアのセンスからすると普通でない。ラザルスにユーモアのセンスがあったか? あったとも。ラザルスは自分であろうと他人であろうと、偽善というものを楽しむ余裕があった。<br> そして神父を殺したのは、彼の言葉が母親を殺した教会の腐敗や母親への冒涜を表していたのでかっとなったからだという。<br> その後の神学論争は冗長だった。だが要するに、スティーヴンは間違っていた、それを僕らが正す機会を得たのだ。<br> ***<br> 翌年冬、レナ・ローズ(クリスチャン・ローズの妹)が襲われ意識不明になった。議会を開いて協議した。犯人は不明だった。レナはやがて回復し退院。<br> ジャーマニカスがいよいよジェーンと結婚の決意を固めた。<br> ***<br> 結婚式。正直この辺りのだれそれが結婚し誰が仲人で云々とかは全然興味ないので大幅に省く。<br> その最中レナが投身自殺。<br> ***<br> この事件でゴーントタウンが悲しみに包まれた。僕はアザラシ漁師の居酒屋「夜の太陽」で喧嘩が起こったときいた。僕は夜になっても部屋にマザ-ウェル、ドラムラル、オッター、ペグスらといた。ラザルスが来て報告した。「エレファント・フレイザーが殺された。彼は突然夜の太陽を訪れ、クリスチャン・ローズに銛を打ち込んだ。ソール・ローズがそれを抜いてエレファントの心臓に突き刺した。かれらはジャーマニクスを拘束した。ザ・ホスピダーは長官・将軍職を引き継いだと宣言した。下にケルヴィン・ゴーントとトディ・マクヒューがいる。10人のボランティアもだ。俺たち二人とも殺人犯をかくまった容疑で逮捕状が出ている」<br> 「若いの、落ちつけ、もう一度言え」マザーウェルが銛に手を伸ばす。<br> クリスチャンは生きているらしい。フレイザーは脅しのつもりでわざと急所を外していた。<br> 「なぜそんなことを?」<br> 「アビーだ、ああ、メアリとジョセフ、許せ」<br> 僕は椅子から立ちあがって絶叫した。マザーウェルが銛の柄で僕を殴り倒していなかったら、もっとめちゃくちゃなことをしていただろう。<br> やつらはフレイザーのキャンプを焼き払った。ことの起こりはやつらがフレイザーのキャンプを訪ねてきて、アビゲイルが対応中に、ロビーが戻ってきて銛をつかんだことだった。格闘になり、アビゲイルがショットガンを撃ってイアン・ブラッケンベリーらに当たり、彼らは逃げながら反撃で撃ち、一発がアビゲイルに当たった。誰かが放火し家が燃え子供五人やアビゲイルらが死に、サムは生き残った。<br> 翌朝埋葬が行われた。<br> ***<br> 僕とジャーマニクスとラザルスが独房に、オッターとドラムラルとマザーウェルが同室に閉じ込められた。ジャーマニカスは復讐を誓っているようだった。<br> 裁判はなかなか始まらなかった。その後も自殺者が相次ぎ、決闘で逮捕されたデイビー・ゴーントも投獄された。<br> ロビー・オルドミッツァがアリバイがないことでレナ殺しの犯人と宣告され、その後の放火事件もあわせて死刑となった。実際に彼が犯人だったかどうかは分からないが、マザーウェルはザ・ホスピダーに、デイヴィー・ゴーントはローズ家の連中に復讐を誓った。<br> ***<br> まもなくロビーが投獄されたので慰めた。レナの件は陥れられたのだと。彼はアビゲイルの件をわびた。<br> 数日後死刑が執行された。僕らも立ちあった。<br> ***<br> 僕らはザ・ホスビダーからキングジェームズ号とキャンドルマスパケット号で追放され、アフリカに向かった。僕らは新たな呪われた者の艦隊になったのだ。<br> <br> おれのアホウドリ<br> 息子サムを捨てることへの懺悔。僕らの船は喜望峰へ向かった。サムよすまん、君が僕と同じように母の霊感を受け継いでいるならこの懺悔を読むことがあるかも知れん。<br> 他の誰よりまさに君に宛てて書いたこの懺悔を、もし君が読むことがあるというなら、もしや君も大昔、氷の灰色の風に乗った青白いアホウドリと言葉を交わしたということもありうるか?<br> ***<br> 僕らはアフリカが無理ならオーストラリアに行くつもりだった。総勢150人いた。ジャーマニカスによると四年前の日付で僕の墓石がフォークランドにあったらしい。たぶん祖父だろう。いったい何のために。嵐が近づいていた。おれはなぜ動かない? 祖父やザ・ホスピダーのようにリーダーシップをとらない? 自分の中にまだわだかまりがある、こんな状況だというのに。ラザルスらはみな船酔いしているらしい。おれがしっかりしないといけないのに。<br> アホウドリが来た。アホウドリはただ南の海をぐるぐる飛んで、繁殖期に上陸するだけだ。飛ぶのだけが目的みたいに。おれはそいつと話した。お前はおふくろだろうと。そいつは否定しなかった。おれの真の名、氷使いスカラグリムを名乗ると。そいつにきいた、祖父は生きているのかと、そいつは生きている以上のことを知っているといったが、内容は教えず、お前は自分のなすべきことを知っている、祖父のところへ行くのだといった。<br> その後、船のメンバーと会合。みんな不安に駆られ、おれを頼っているのがありありと分かった。<br> おれはフォークランド諸島へ進路を変えることを命じた。<br> 母の霊力は、父の中にそれがなんであれおれを宿すための何かを見つけ、父を選んだのだ。あのアホドウリも母だ。母は魔法の手鏡ですべてを見通していた。おれもそのとき、母の手鏡に映っていたのだ。<br> おれは決めた。おれは母アホウドリの意志に従い、リーダーになるのだ。歴史の中に飛びこむのだ。読者よ、退屈させてすまなかった。おれの苦悩をえんえん見せられてつらかっただろう。今までのおれは「記念祭をわれらに」の主人公のように優柔不断な傍観者タイプだった。周りにまつりあげられて動くだけだった、出来事に受動的に翻弄されるだけの存在だった。だがもう違う。祖父を見つけ出し、おれさまの王国を作るのだ。<br> <br> おれの祖父<br> Aおれのリーダーシップについて、権力について、いろいろ考えてみた。権力者というのは切羽詰まった人民の要求で、生ける機械、ロボットに仕立てあげられてしまう。人民の供給する燃料で動きつづけなければならないのだ。自然に対し勝利しているうちはいいが、うまくいかなくなれば悲惨だ。ただ腐敗し、暴力に陥るだけ。<br> おれにとって祖父こそ成功の鍵だ。おれの模範は祖父であり、おれは祖父のような存在になりたいのだ。そのためには祖父を見つけ出さなければならないのだ。<br> Cだがおれはその目的をみんなには隠し、思いたいように思わせておいた。<br> Eみんなは西フォークランドにまた入植するつもりでいた。ジャーマニカスはおれの沈黙にだまされてはいないと思う。おれの目的を知っていただろう。だがおれが最後まで彼の父親にしたがったことで彼はおれに借りを感じている。だからおれに何も言わなかった。<br> ***<br> Iフォークランドまで後2日の場所に来ると多数の難民の船団に出くわした。呪われた者たちの艦隊の意味が心にしみた。俺たちもその一部なのだ。<br> やがて大勢の病気の子供たちを助けようとしてキングジェームズ号が遅れた。子供たちを助けて追いついては来たが、われわれの会議で意見は割れた。結論は出なかった。とりあえず隔離したが。<br> おれたちはミーズキスについた。<br> おれはやる気に火がつき、実力以上のリーダーシップを発揮した。<br> ***<br> 浜にいくと難破船がいて、上陸し気象観測所にいった。近くにキャンプがあるらしい。<br> 気象観測所の中に40人のレッチ、難民がいた。銃器備品があった。海賊らしき三人の男がいたので尋問した。一人は黒人、他の二人はフランス人を名乗った。助かるための嘘だろう。彼らは救護キャンプが南極沿岸の島にあるのでそこを目指しているといった。これも嘘かと思ったが話をきくうちに本当らしく思えてきた。<br> おれは外に出て自分の墓を見つけた。祖父がここに来たのだ。<br> キャンプの連中が撃ってきたので俺たちは応戦した。そして逃げた。戦闘は引き分けだった。おれたちは難破船に火を放ち船に戻った。あの黒人がついてきた。行き先を教えるといっていた。<br> ***<br> 黒人はジークという名でブラジルから流れ流れてここへきた。海賊だったことはないというが嘘臭い。そのキャンプは南極沿岸の南シェットランド諸島にあるという。エレファント島という島があったと。アフリカには疫病が蔓延しているしそこから海賊も来ている。南のキャンプに行こうと。<br> みんなは大陸に病気があるという証拠もないし薬もある、われわれが生きられない証拠もない、なぜ嘘と分かりきった南に行くのか、と反対したが、おれはキャンプへ行くことを決めた。それを信じたわけじゃない。ただ、祖父がどこかに入植して2年後ぐらいにフォークランドに戻ってこられるような場所といったら非常に可能性の高い位置だ。<br> とにかくおれは自分を正当化する理屈を探した。おれの犯罪にみんなを巻きこむ理由を。でもおれは間違ってた。<br> ***<br> おれたちは天候と戦いながら、スコティア海を南極沿岸まで渡り、南シャットランド諸島についた。火山活動が活発化していた。船が動き回っていたのでかわした。一部の船は赤十字マークをつけていたが、それはおれが「氷十字」と呼んでいる船団の一部であることを示していた。キングジョージ島のキャンプを見たが、難民救護施設のようには見えなかった。俺たちはロバーツ島に向かった。氷の中の峰峰におれは既視感、デジャヴュ-を感じた。その考えは輪廻転生を認めることにつながる。鯨がいた。<br> ***<br> 僕らは会議をした。カッター船で見回りしている連中に投降するか、もっと偵察を続けるか? だがその矢先、僕らは小さなカッター船に攻撃を受けた。火を放たれ、毛皮を着た小さな動物と格闘になった。赤十字マークのカッター船が助けに入り、敵を撃退したが、キャンドルマスパケット号は沈没し、キングスジェームス号の舵も壊れた。僕らはリビングストン島のキャンプのあるオーロラ湾の港に停泊した。遠くに奇妙な灰白色の石壁が目を引いた。彼らのリーダーのディーチャガーという男はドイツ出身だった。

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